kitahira blog

徒然なるままに、Benoitへの思いのたけを書き記そうかと思います。

長野県 エンジェルさんの「真っ赤なルバーブ」

 秋も早たけなわ。照り付ける陽射しはすっかりと影を潜め、日中こそ暑ささえ感じますが、日没とともに気温は下がり、夜半ともなれば肌寒いほどです。出かける際に、羽織るものが必要かどうか悩むのも、また秋深くなった証でしょうか。明け方がさらに冷え込み湿気があれば、都内でも朝露を見ることができたでしょう。朝の陽射しに、輝かんばかりの美しさ、まさに玉露(ぎょくろ)のごとく。と、古人の美的感覚に感嘆するのは、今の年齢になってからというもの。子供の頃は、通学時に靴がぐっしょりとなり、愚痴をこぼしていたものでした。

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 今回は、都内でも下草が生い茂っている、まさに緑の斑(むら)の中に、小さいながらも、鮮やかに輝きのある青さを誇る、小さな小さな極めて小さな花です。名は「ツユクサ」といいます。7月に其処彼処と咲き始めるため、漢字では「梅雨草」と書く、ものと自分は思っておりました。皆様はすでにご存じかと思いますが、「露草」です。前述したように梅雨のあたりから花を見かけるようになり、今にいたってもなお健在。ある程度群生しているのですが、桜のようにわっと咲き誇るのではなく、ひっそりと緑の草むらの中から顔を出している、なんとも奥ゆかしい花が、かくも長く咲き続けているのか?と思いきや、逆にツユクサの花は半日という短命、前に咲いた花の咲き枯れを追うかのように次が花開きます。桜のように花びらが舞うこともなく、椿のように花を「ぼとり」と落とすこともなく、最後の最後まで茎に残る状態で花が枯れるため、その花に残っていた養分は、次の花へ流れ、引き継がれていきます。小さいながらも、過酷な道端での生存競争を生き抜くための知恵に長けているようです。

  画像では小さくて分かりにくいのですが、美しく光る白露(はくろ)を見て取ることができるでしょうか。朝日に照らされ、白く光り輝く様を白露というのか。それとも、「五行説」において秋は白色、だから白露なのか。小さな花ではありますが、白露をまとったツユクサの美しさを目にした時、小さな発見ではありますが、この喜びは一入(ひとしお)です。秋の散策での黄葉・紅葉探しの前に、身近で小さなツユクサ探訪の旅も一興なのではないでしょうか。喜びも八入(やしお)あたりで、陽も高くなり小腹がすくころと存じます。足の赴くままにBenoitへお越しいただけると幸いです。※なぜ秋が白色なのかは、過日に投稿しました

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 を参照ください。

 

 日本が世界に誇る霊峰「富士山」と八ヶ岳を眺めることのできる地、長野県諏訪郡富士見町。大自然が織り成す、草木が宿る地ゆえに心地よい湿気があり、四季のサイクルの中で、寒暖の差が激しくなる白秋だからこそ、輝かんばかりの白露が美しいと教えてくれる。白、白と書いてきましたが、今回は「赤」がテーマの食材です。富士見町の連なる段々畑の片隅に居を構えるエンジェルさんご夫妻、彼らが丹精込めて育て上げた逸品食材、「真っ赤なルバーブ」です。「え?ルバーブは春の食材ではないの」という質問を多く受けます。確かに、日本で栽培されている品種のほとんどが、春先に旬を迎えます。ところが、エンジェルさんルバーブは、今まさに旬なのです。

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 イギリス人のご主人の一言、「子育ては田舎で」と。この想いに大いに共感した日本人の奥様。そこで、家族皆での移住を決意したのが今から27年前のこと。四季折々に姿を変える草木、笑い泣き粧い眠る山の美しさは、ご主人曰く「日本の宝!」。そこで、移住先に選んだのが長野県の富士見町でした。慣れない田舎生活に戸惑いながらも、周りの方々の助けがあったことで、大きな問題もなく4人の子供たちはすくすくと成長を遂げます。ご両親曰く、「想い描いたような育てができたな~」と。4人のご子息様には聞いてはいませんが、それぞれに言い分はあるでしょう。しかし、若いうちには気づかない大切なものが、きっと育まれたはずです。

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  彼の地での生活が始まり、生活に時間のゆとりが生まれてくると、何かと周りが見えてくるものです。農業従事者の高齢化と、これにともない不耕作地の増加。富士見町に限らず同じ問題を日本全国で抱えていることと思います。そこで、エンジェルさんご夫妻が思い立ったのが、富士見町を「まっ赤なルバーブ」の特産地にすることだったのです。イギリス人のご主人にとっては馴染みの食材であり、シベリア原産で寒さにめっぽう強く、頑強な植物、すでに無農薬で栽培を実践し毎年のジャム作りを楽しんでいた経験が後押しをしてくれたようです。さらに、友人から譲り受けた苗が、まっ赤な品種であること。日本に多くあるルバーブが緑色品種である中で、とても珍しいということも功を奏したようです。

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  無農薬栽培、この農家にとっては死活問題ともなる課題にも果敢に取り組み、自らが実践することで成果を上げ、見事なまでにまっ赤な、程よい太さのルバーブに育て上げました。新参者でありながら、地道な努力によって成し得た成果は評判を呼び、有志が集うようになります。株分けが始まったのが、2005年。その条件は、「化学的な農薬や肥料は使わずに」ということ。この徹底したこだわりがあったればこそ、一株一株が大きく成長し、葉は1mほどにまで。外見からは想像できないような、フルーティーな味わいを維持しているのです。このルバーブがつなげてくれた人の輪は、ルバーブ生産組合発足を導き、さらに富士見町が特産品としてバックアップしてくれることになります。なんと、町の高校ではルバーブカレーを商品化したそうです。

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 お世話になっている地へ、そして多々助けていただいた周りの方々への感謝の気持ちから、なんとか恩返しできないものかと試行錯誤し、たどり着いたルバーブの特産化。今やこのルバーブがもたらした出会いが、エンジェルさんご夫妻にとっての宝物だといいます。この大きな想いの詰まった食材が、秋深くなることで生じた寒暖差により、さらに赤見が増し、フルーティーでありながら心地良い酸味の逸品へと押し上げています。早朝に、Benoitのデザートに適した太さを選び、刈り取ったまま箱詰めされ送りだされます。「皆様に元気をお届けできるように」と、エンジェルさんの想いを込めながら。エンジェルさんご夫妻と写っている男の子は、ご子息ではなく、ルバーブカレーを商品化した富士見高校の生徒さん。栽培のノウハウを学びに来た時の貴重な一枚です。

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 パティシエ田中真理が今回のルバーブのデザートに求めたのは「食感」です。赤品種らしい心地良い酸味と爽やかなフルーティーさを生かすよう、熱加減に細心の注意を払い、しゃくっとした食感を残すようラズベリージュースの中で軽く、ごく軽く煮込み、一晩冷蔵庫で休ませます。くたくたにジャムのようにするだけでは芸がなく、ルバーブの食感と美味しさを損なわないよう仕上げる、これぞパティシエ田中の匠の技。土台にはバターをたっぷりと使ったサクサクのサブレ、ルバーブを煮詰めて仕上げたマルムラードを絞り込み、そこへしゃくっとした食感のルバーブを飾ります。中央にはバニラビーンズを惜しげもなく使ったクリームとフレッシュラズベリー。最後にルバーブのソルベをのせて完成を迎えます。食感の違い、甘酸っぱさの違い、100%国産、いやエンジェルさんと同志の丹精込めて育て上げたルバーブのみを使用する贅沢な逸品がこれです。

 

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 ランチでもディナーでも、プリフィックスコースのデザートの選択肢で、追加料金なくお選びいただけます。ただし、誠に申し訳ありませんが、10月末までのご用意ですルバーブの魅力を最大限に引き出している2018年バージョンは、過去最高の完成度を誇ります。よく見かけるジャムにはない、新たな魅力を気づかせてくれるはず。このエンジェルさんルバーブとの出会いが、露の如く消えてなくならないよう、十分にご注意ください。皆様との再会を心待ちにしおります。何かご要望・疑問な点などございましたら、何気兼ねなくご連絡ください。

  

 今回の画像のツユクサは、畔道(あぜみち)で撮影したものです。そう、畔ということは、もちろん内側には田が広がっています。今の時期であれば、稲刈りが終わり、刈り残った茎が枯れ、土色へと変わっている。何とも晩秋を思わせる、遠くで鐘が鳴り響いているかのような、一種寂しささえ感じさせる光景が広がっている…想像に難くないでしょう。そのような想いで田んぼを覗いてみると…

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  刈り残し?いや多少はあるかもしれませんが、今の農機具は優れていますから、これほど多くを残すことはないでしょう。この緑は、もちろん雑草でもなく、稲穂を刈りとった後の稲に、新たな葉が生まれているのです。寂しい光景を思い浮かべながら望むと、そこには緑ちりばめられた田園風景。この収穫後に青々しい葉が今一度生まれる姿が「穭(ひつじ)」、櫓(やぐら)に似ていますが、偏が「き(木)へん」ではなく「の(ノ)ぎ(木)へん」。そして、この青々しく茂った田んぼを「穭田(ひつじだ)」といいます。

  似ている言葉では蘖(ひこばえ)という言葉もあるようで、「孫生え」とも書きます。切株から生えてくる新芽のことを言い表しています。3年前、強風で倒れた鎌倉鶴岡八幡宮の大銀杏の木。その折れた木株から新芽が出てきて話題になりました。記憶されている方もいらっしゃるかもしれません。それが、蘖です。穭は稲の蘖といったところ、しかし別に一漢字で表現するところが農耕民族らしさ、古人はどのような思いを託したのでしょうか。

  厳しい環境の中でも、何も語らず生き抜く生命力の強さ。折られても、切られても、機を見て生き抜こうとする草木たち。過酷な生存競争の中で、少しでも効率よく限られた養分を生かすことで生き抜くツユクサ。自らの8~9割も刈り取られ、光合成もできないような茎の根元しか残っていない枯草色の一面ながら、肥沃な土壌の地の利を生かし、再生を試みる稲。どのような苦境にその身をおいたとしても真摯に受け止め、諦めることなく今できることを粛々とこなす、自然界の摂理そのもの、力強さなのでしょう。

 

 日本には、それぞれに全く様相を変え、その時々に美しさを誇る「四季」が存在します。南北同じ緯度であれば、確かに同じような気候かもしれません。しかし、大きな島国であるからこそ、移ろいが大きく、節目節目には自然の猛威にさい悩まされます。古人は、自然を凌駕するのではなく共存の道を選びました。自然の理(ことわり)に習い、草木の成長や動物の行動に機を見出し、今は共生を成り立たせているのが、日本人の姿なのでしょう。しかし、時として成すすべない自然の厳しさを、悔しいですが甘受しなければなりません。2018年、幾度となく災禍に見舞われた地域において、多くの方に並々ならぬ犠牲を強いることになりました。末筆ではございますが、亡くなられた方々のご冥福をお祈りすると同時に、穭や蘖のように少しでも早い復興を切に願っております。

 いつもながらの長文、最後までお読みいただき誠にありがとうございます。

 

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬

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