kitahira blog

徒然なるままに、Benoitへの思いのたけを書き記そうかと思います。

最高のワイン

 夏前に、1本のワインをいただきました。あるご家族からの、いやご子息からの贈り物です。なんというか彼から控え目に手渡されたワインが、どれほど嬉しく、自分への励みとなったことか。

 

 彼のご家族にお会いしたのは、7年ほど前でしょうか、場所はもちろんBenoitでした。楽しそうなご家族の会食のお席を担当したのが自分、いつものことながら自慢の料理の数々を語らせいただきました。ご子息様との出会いもこの時です。そう、確かまだ中学生になったばかりのあどけなさの残る、賢そうな男の子。はにかみながらの笑顔を輝かせ、多くは語らず、よく話をきいてくれるのです。確か、お母さんが自分に紹介してくれたのですが、「将来、シャンパーニュを造りたい」のだと。そこで、シャンパーニュの王冠のような「ミュズレ」をコレクションしていると照れくさそう教えてくれました。ここから、自分のBenoitで抜栓したシャンパーニュのミュズレ集めが始まりました。これには、シェフ・ソムリエの永田も協力してくれ、年に何度と会うことはできないのですが、我々が彼に再会しミュズレコレクションをどっさり贈ることを、ひとつの楽しみにしていたのです。

 

 何度かお会いするうちに、彼の中で自分が「知らないおじさんから馴染みのおじさん」になっていったのでしょうか、いろいろと話してくれるようになったのです。そこで、気になることが。まだ、お酒を楽しめる年ではないのに、なぜシャンパーニュを造りたいと思うようになったのか?仮に少しだけ口にしたとしても、シャンパーニュは独特で子供が好きになる味わいではないと思うのです。彼は答えました。

お母さんとお父さんが、楽しそうに飲んでいるので、きっと美味しいのだと思う。だから、人を幸せにするシャンパーニュを造りたい」と。

 

 彼の想いは確固たるものでした。高校の第一外国語は「フランス語」、大学入試も「フランス語」受験です。やはり目指すはフランスのシャンパーニュ地方なのでしょう。ご両親がご子息にどのような将来像を描いていたかは知りませんが、大いに反対したであろうことは想像に難くないもの。どれほど葛藤したことか、どれほど夫婦で話し合ったのか、知る由はありません。しかし、彼の両親は彼の意思を尊重したのです。上記の言葉を聞いたら、「夢に向かって頑張りなさい」と告げるしかないかもしれません。ご両親に背中を押された彼は大学合格を勝ち取り、単身で山梨県へ。そうすべては「ワイン醸造」を学ぶために。

 

 大学で学び始めてからの自分との会話は、自分が学ぶ方に鞍替えすることになりました。山梨県で試験的に導入されている葡萄栽培方法は興味深いのですが、化学実験ではなく植物の成長の如何によるため、結果が出るのは何年先か分からないものです。しかし、彼の口調には、焦りというよりも、ブドウ栽培やワイン醸造を学ぶことの楽しさを感じ取ることができます。一歩一歩、着実に夢へと近づいているのです。その彼が、Benoitで自分に手渡してくれたのが、この「ロゼワイン」でした。

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 昨年、彼がワインの醸しに加わったロゼワインだったのです。とうとう、夢の第一歩が踏み出されたのです。1年で1回しか醸造できないワイン。全てが彼の裁量でないですが、人生初の彼が栽培と醸しに手を加えた逸品だったのです。これから先、50回も醸せれば、いや50回しかない中の1回目。これから始める彼の挑戦の1本です。普通に買うことができるワインかもしれない。しかし、この1本は違う。彼が大切に保管し、この日のために持ってきてくれたのです。彼のどれほどの想いが、このワインに込められていることでしょうか。本当に嬉しかった。あまりの嬉しさに、夜中にこのワインの画像を取りながら、目頭が熱くなる。自分もいい歳になってしまったようで、幾分涙腺が緩くなってしまったのでしょうか。

 

 別れ際に、上記の彼の台詞を自分が皆の前で口にした時、彼は「言ったかな~」ととぼけました。しかし、ご両親はしっかりと覚えていました。自宅へ帰る道中で、いったいどんな会話がなされたのでしょうか?思うに、きっと未来へ向けての夢が語られたのではないかと。全力で応援します!

 

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬

150-0001 東京都渋谷区神宮前5-51-8 ラ・ポルト青山10階

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