kitahira blog

徒然なるままに、Benoitへの思いのたけを書き記そうかと思います。

Benoit特選食材「グリーンアスパラガス≪さぬきのめざめ≫」の食べ納めのご案内です。

ぬしなくて 荒れにし屋戸の 庭のおもに ひとり菫の 花さきにけり  藤原公重(きんしげ)

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 「菫(すみれ)」は、日本では北海道から沖縄県まで津々浦々で目にすることのでき、紫色の小さな花を咲かせます。あまりにも控えめな姿のため、園芸品種として育種されている「パンジー」の方が有名となってしまい、名こそ知るも、実際にどのような花が咲くものなのか、ご存じない方が多いのではないでしょうか。しかし、春の花々が咲き荒れた地に、ひっそりと可憐に咲くスミレの美しさを、古人は見逃しませんでした。日本最古の歌集「万葉集」にも、しっかりと名を残しています。しかし、スミレの葉や花は食することができるため、山菜採りのひとつとして人気を博していたのではないかとも。そんな邪推を持ちつつも、菫に対する人々の想いは、古今東西を問わず共通のようです。ヨーロッパでは、「誠実」や「謙虚」の象徴とされる花であり、そのまま花言葉にもなっています。

 冒頭の一句は、平安時代後期に活躍した歌人、藤原公重が詠んだものです。自分の住居を言い表す場合は「宿(やど)」ではなく「屋戸(やど)」であるといいます。長きにわたり留守にしていた我が家に辿り着いた時に、手入れのされていない庭に、ひっそりと咲いている薄紫色の小さな花。あ~スミレだけが待っていてくれたのだ、と愛おしく想う。

 荒れ放題の庭ではあるものの、何かしらの花は咲いていたであろうに、スミレに心奪われるのは、何か奥ゆかしさを、豪華絢爛ではなく可憐さに、感慨深い美しさを見出すのでしょう。ひそやかに咲くスミレの花は、それに気づいた人の心を慰(なぐさ)める。

 

 抱く想いは惜春(せきしゅん)であるも、食の世界ではまだ晩春です。春を代表する食材が、料理一皿一皿に彩りを与えることで、我々の目でも愉しませてくれる。旬の食材は、我々が必要としている栄養に満ちているといいます。春食材は、脂ののった濃い味わいという食材とは一線を画し、優しい美味しさとほろ苦さを兼ね揃えている気がいたします。見た目にも味わいにも、ある種の青々しさがあるような。

 これほどまでに、春食材が豊富に姿を見せる中で、ついつい身近にありすぎて見落としてしまいがちな「グリーンアスパラガス」。メインの食材として一料理を成しえる唯一の野菜ではないでしょうか。3月に始まったアスパラガスに心躍るも、月日が流れることで他の春野菜に目を奪われてしまいます。しかし、この野菜の美味しさはまだまだ継続しているのです。八百屋さんで片隅に並ぶ国産のアスパラガス、それに気づいた人の心を和(なご)ませる。

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 飲食を提供する場に身を置くことを心に決め、皆様には「安心・安全で美味しい」お料理をお持ちしたい。そう考えるものの、自分が何か「創り出す」ことができるわけではない。そこで考えたのが、食材へのこだわりを皆様にお伝えしていこうと。食材探しにおいて、シェフにはない自分の強みとはなんだとう?築地(当時、今は豊洲)は素晴らしいシステムであり、プロのバイヤーが集結しています。シェフは彼らの協力のもとで、食材を選んでいる。では、自分は皆様と直に接しているのだから、皆様に地元の、旅行先での貴重な情報をいただき、調べていこう。さらに、各都道府県に聞いてみよう。こうして自分食材探しが始まったのが5年前です。

 食材探しを始めて思うことは、日本には多種多様な美味しい食材がごまんと存在しているということ。表面上の食材の知識しかしらない自分は、皆様から、さらに地元の方々から、多くのことをご教示いただけました。そこで、Benoitで購入させていただいている特選食材を、皆様に随時ご紹介していこうと思います。

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 今回は、3月から今に至るまで何度となく自分からのご案内に登場している特選食材、香川県の「グリーンアスパラガス≪さぬきのめざめ≫」です。香川県農業試験場で試験栽培を重ねた末、2005(平成17)年にオリジナル品種として誕生したのが「さぬきのめざめ」です。アスパラガスは、種をまいて数ヶ月で収穫できる野菜ではなく、植えてから収穫までに3年間を要します。アスパラガスはわさわさとした葉を成し、香川県のありあまる陽射しを十二分に受け、根(地下茎)に栄養を蓄えていき枯れてゆく。これを毎年繰り返すことで、大地に根を広げてゆくのです。2005年から3年、まだ産声を上げたばかりの香川県特選食材なのです。

 地下茎を広げ新芽を出す姿は、竹に似ています。新芽を美味しくいただくことも似ています。筍は竹であり山菜のように収穫期は短いもの。しかし、アスパラガスは野菜であり、可能な限り長期にわたり美味しいアスパラガスを皆様の食卓へ届けたいという栽培者願いのもと、彼らの弛まぬ努力と知恵が「立茎栽培」という独特の栽培方法を生み出しました。初春、緑色が皆無のまっさらな大地より顔をのぞかせるのが新芽(アスパラガス)です。ある一定の長さで収穫するも、次々と地下茎に蓄えられた栄養を使い、次々と新芽が成長していきます。そして、栽培者が天候とアスパラガスの体力を見極め、収穫を止め数本の新芽を成長させるのです。新芽は葉を開き、わさわさと成長してゆく(立茎)、そして太陽の力によって光合成を成し、栄養を地下茎に送るようになります。そして、再度収穫期が訪れるのです。この立茎を境に、前期が「春芽」、後期が「夏芽」と表現し、収量は春芽>夏芽です。もちろん、香川県「さぬきのめざめ」も例外ではなく、この立茎栽培による、つかの間の「昼寝の期間」があるのです。

 Benoitでは、3月に香川県まんのう町、丸亀市のアスパラガス栽培者から購入していました。3か月間の長期にわたり収量を確保できるアスパラガス栽培者はおりません。前半を担ってくださった方から、次の方々へとバトンが受け渡され、今は殿(しんがり)となる一人の栽培者の方から購入させていただいております。今回はお礼も兼ねて彼女のご紹介。彼女?香川の農業女子として活躍中、「薫る農園」の園主である河田薫(かわだかおる)さんです。

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 香川県高松市香南町。薫る農園は、香川県の県庁所在地・高松市の南部に位置する香南町(こうなんちょう)にあります。この町は、もとは香川県香川郡にあった町で、2006年1月10日に高松市編入合併されました。香南町と聞くと、香川県の人々が想い描くのは、「高松空港」がある町であるといいます。地図では香川県のちょうど真ん中に位置しています。そして、この空港滑走路の南には「さぬきこどもの国」という大型児童館が隣接しています。公園や自転車コースを始め、プラネタリウムや大型遊具設備も備えた複合施設で、休日はもちろん平日も子どもの親子連れで賑わっています。他方、農地面積が町全体の5割近くを占め、米作のほか富有柿などの果樹栽培が盛んに行われています。豊かな田園景観の中に空港を有する香川の空の玄関口というイメージ。

 この香南町に畑を有する「薫る農園」さん。「さぬきのめざめ」を栽培するにあたり、多くのこだわりを伺いうことができました。学ばせていただいたポイントは大きく3つ。「高畝」と「畝間」、そして「灌漑と温度」です。

 この品種は、日本全国で栽培されている品種(ウェルカム種)に比べて表皮が薄く柔らかいため、病気に弱く、ハウスで栽培しなくてはなりません。さらに、香川県独自の高畝栽培です。通常、県外での栽培方法は、地面からにょきにょきとアスパラガスが姿を見せる「平畝(ひらうね)」での栽培。しかし、香川県では、「高畝(たかうね)」にして栽培しています。地面から60cmの高さまで土を盛り、そこにアスパラガスの苗を植えて栽培します。高畝にすることによって、アスパラガスはのびのびと根を張ることができ、地下茎が広範囲に広がり、地中の栄養分をより多く蓄えることを可能とします。

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 いただいた畑の画像、見事なアスパラガスに目を奪われてしまいますが、畑の様子をご覧いただきたいです。高畝の様子に加え、この広々とした空間ですよ。効率を重視するのであれば、畝(うね)と畝の間隔を狭くすることで、苗をより多く植栽し、葉を剪定するように育てていきます。しかし、彼女は畝の間を広げる方法を選んでいます。通気性を重視し、さらには、余計な剪定はせずアスパラガス本体がのびのび元気に育つ。それにより、自然に持ちうる病虫害への抵抗力が増すことになる。さらに、通気性の良さは害虫がつきにくいという利点もあるようです。

 畝を高く畝間を大きくとることで、アスパラガスはのびのびと地下茎を拡げることができる上に、成長したアスパラガスは剪定する必要が無いため、心置きなくわさわさと茂ることを許されます。だからこそ、ぐんぐんと育ち、より美味しくジューシーなアスパラガスが育つのだといいます。そして、もう一つ重要なことが「灌漑と温度」です。品種改良の末に生み出された「さぬきのめざめ」ではあっても、もとは地中海東部が原産の野菜です。特に夏場は、少量をこまめに灌漑を実施する必要があり、気を抜けないといいます。さらに、ハウス栽培だからこその夏場の温度管理も忘れてはいけません。

薫る農園の園主、河田薫さんからのコメントをいただきました。

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 「今年はアスパラを起こすタイミングが他の作物の都合で遅れたため、ゆっくりとスタートする作戦にしました。昨年は、2週間ごとに起こしていきましたが、今年はペースが早くなっているので、管理方法を変えました。年ごとに、天候や作業状況に応じて臨機応変に対応しています。なるべくみなさんに春芽の旬を楽しんでいただきたいので、ハウスの換気を重視して温度差の少ない低温管理に努めます。」

 この言葉通り、Benoitのアスパラガス料理の最後を飾る5月をメインに担ってくれたのは、「薫る農園さんのアスパラガス」でした。一度も滞ることなく、見事なサイズで届くアスパラガスに、シェフ・セバスチャンは感嘆の声を上げたものです。収穫されたばかりの鮮度抜群のアスパラガスのみを、河田さんご本人が選別し、その日のうちにBenoitへ送り出された逸品、美味しくないわけがありません。アスパラガスの芽吹きを促すことを、「起こす」というのですね。この野菜は平均気温が15℃を越えないと、新芽が動き出さないといいます。叱咤激励の下でたたき起こすのではなく、外気を取り入れながらハウスの温度を調節し、その年の天候を見極めながら、ハウスごとに優しく春芽を「起こす」ようです。

 

 薫る農園さんから購入するアスパラガスも夏芽へと移りました。収量が減り、全体的に細くなるという話でしたが、いやいや見事なまでの逸品が届いています。どれほど徹底した管理の下で栽培し、最後に厳しい選別を行っていることか、その美味しさが物語っています。Benoitのアスパラガス料理は今月末まで。5月29日に届く便が今期最後です。ご希望の際には急ぎご予定の調整をお願いいたします。Benoitでは今期最後を迎えるアスパラガスですが、香川県の「さぬきのめざめ」は、9月あたりまで出荷が続くようです。夏芽は収量が少なくなるため、なかなか目にする機会はないか思いますが、見つけた際にはぜひご購入をご検討いただけると幸いです。

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 Benoitで薫る農園さんの逸品をご用意できるのも、残り数日しかございません。皆様へのご案内がこれほどまで遅くなりましたこと、深くお詫び申し上げます。それでも、皆様にご案内お送りしました理由は、薫る農園さんのこだわりをお伝えせずに今期を終えることができないという使命感と、次に彼女が丹精込めて育て上げた逸品を購入させて いただこうかと考えているからです。薫る農園さんは、アスパラガス「さぬきのめざめ」の他にも、ブロッコリーやスイートコーンを栽培しているのです。そう、来月からプリ・フィックスメニューにランチ・ディナーともに登場する料理にトウモロコシを使用するのです。

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 旬を迎えるトウモロコシをたっぷりと使い、黄色のトマトと共に仕上げる冷たいスープ。コクのある甘さのトウモロコシに、心地良い酸味とみずみずしさのトマトが加わる。まだ、自分が口にしていないためこれ以上のコメントは控えさせていただきますが、シェフ・セバスチャンが語る口調に自信のほどを窺い知ることができます。

薫る農園さんは、今期「スウィートコーン≪ゴールドラッシュ・ネオ≫」を植栽しています。収穫予定は6月後半です。乞うご期待ください。

 

 春の新芽から夏の新芽に姿を変えながら、長きにわたりBenoitの料理に旬を届けてくれました。穂先がきゅっと締まった美しい姿、根元までやわらかいが歯ごたえはシャクシャク。鮮度が良いので、みずみずしいのはもちろん、にじみ出でるアスパラガスのジュースには野菜特有の甘さを楽しむこともできました。香川県の自然と、栽培にあたる人々の弛まぬ努力が育んだ、まさに「春一番の美味しいめざめ」です。Benoitの春は「讃岐から目覚め」、「讃岐で眠りに就きます」。まだ目覚めているうちに、皆様のお越しをお待ちしております。

 

 香川県まんのう町のアスパラガス栽培の方々と繋いでいただいた「さぬきこだわり市」の臼杵さん。今回タイミングを逃し、ご紹介できなかった丸亀市の「坂田農園」の坂田透さんと「藤井農園」の藤井義博さん。そして、今回紹介させていただいた「薫る農園」の河田薫さん。彼らとBenoitを結びつけていただいた「讃岐を食べるネット」の森田直子さん。「讃岐」を教えていただいた香川県東京事務所の柴田和彦さん。皆様、誠にありがとうございます。このご縁は、大切にさせていただきます。そして、アスパラガスは終了するも、まだまだ讃岐にある自慢の食材は、Benoitの料理に紫陽花(あじさい)ならぬ「味彩」を与えくれることでしょう。

 

 日本中の「美しい(令)」旬の食材が所狭しと並ぶ中、ひっそりと翠輝かせるアスパラガス「さぬきのめざめ」、それに気づいた人は、その美味しさに心を和(なご)ませる。

 

いつもながらの長文を読んでいいただき、誠にありがとうございます。

末筆ではございますは、ご健康とご多幸を、イノシシ(風水では無病息災の象徴)が皆様をお守りくださるよう、青山の地よりお祈り申し上げます。

 

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬

www.benoit-tokyo.com