kitahira blog

徒然なるままに、Benoitへの思いのたけを書き記そうかと思います。

Benoit特選食材「香川県ひうらの里≪飯田桃園さんの幻のスモモ≫」のご案内です。

忘れ草 我が紐に付く 時となく 思ひわたれば 生けりともなし (万葉集 詠者不詳)

 「忘れ草」とは、なんと意味深な名前ではないでしょうか。決して、ドラエモンの未来の道具ではありません。この花を目にすると「憂い」を忘れることができる、このような古人の想いが込められているのです。「恋心いだく相手を忘れようと、着物の下紐につけてはみたものの、この想い消えることなくお慕い続けてしまう日々に、生きた心地がいたしません」という、この自分勝手な解釈があっているかどうかは疑問ですが、この恋心いだく女性の気持ち、いたいほど感じとれます。防人(さきもり)へと出向く人へ送った歌なのか?いや、文字を書き記せる貴族同志で、地方へ赴任する人へ送ったものなのか?現代のような交通網が整備されているわけではないため、任期中は一時帰郷ができるわけでもなく、今生の別れとなりかねない時代。

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 梅雨に濡れ、青々しく輝かんばかりに生い茂る翠の中に、鮮やかなオレンジと黄色を基調とした、百合を思わせるかのように咲き誇る大輪の花、これが「忘れ草」です。まさに今この時期に花開いているのですが、身近で見かけたことはないでしょうか。今は、「ノカンゾウ」と呼ばれています。よく漢方薬の中に入っている「甘草(かんぞう)」。これはヨーロッパではレグリースという名称で、お菓子に加えたりする独特な風味の香辛料として親しまれているものです。しかし、これではありません。漢字では「萱草(かんぞう)」と書き、甘草はマメ科、萱草はユリ科の植物で別物です。

 あたり一面に咲き誇る光景を想像してみてください。この美しさに心惹かれ、憂いや悲しみを忘れることができる。いやいや、あまりの鮮やかであり凛とした姿に、忘れるどころか思い出してしまうのではないかと思うのは、無粋というものでしょうか。昔々は、「田植え」は手作業であり、並々ならぬ労力を必要としていました。ホトトギスが田植えの催促を告げる「時鳥」であり、梅雨終えるまでにこの難儀な作業を終えねばなりませんでした。ノカンゾウが咲くのは、この多忙極める時期です。色恋沙汰に現を抜かすわけにもいかず、叶わぬことを知りつつも慕い続ける、その切ない気持ちを相手に伝えたかったのではないでしょうか。きっとこの歌は、宮中の陰謀渦巻く世界の上級貴族ではなく、地元に密着した下級貴族たちの「恋文」だったのではないでしょうか。「詠者不詳」だということもその証では。これを相手に送ったとなると、古人のほうが現代人よりも、物おじせずにはっきりと気持ちを伝えてくることに長けていたような気がいたします、それも31文字で。

 

 あまりにも魅力的な7月の特選食材を、忘れてしまおうと「忘れ草」を探してみたものの、この想いは消えることなく膨らむばかり。生きた心地がせず、このままでは8月を迎えることができません。特に、これほどまでにフルーツが充実した月が他にあったでしょうか。今月は、まさに「紅三点」となる旬の果実が揃い踏み。宮崎県綾町の「完熟マンゴー」と、和歌山県紀の川市桃山町の豊田屋さんの「あら川の桃」。もう一つが香川県さぬき市の「スモモ」です。7月も間もなく終わりを迎えようとしている中で、なぜ今の告知なのか?届きました、「幻のスモモ」が。

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 香川県高松市から海岸線を東へ東へ向かうと、大きな入江が目の前に広がります。西側が高松市、東側がさぬき市とに区分された志度湾(しどわん)です。先日、「土用の丑」に日に、ウナギを楽しんだ方も多いのではないでしょうか。この「土用のウナギ」の発起人とされているのが、江戸きっての発明王、平賀源内です。「エレキテル」などは、若かりし頃の日本史の勉強の中で登場してきたのではないですか。さぬき市の志度湾に面した地が、彼の生誕の地であり、天才を育んだ地なのです。この地には、平賀源内記念館が設けられ、足跡を辿りながら偉業を展示しています。この記念館から内陸を望むと、小高い山々が麓を連ねる光景が広がり、今回の目的地はその一角です。里山の一つ「雲附山(くもつきやま)」へと向かう先にあります。

 ちょうど雲附山を越えたあたりで、「昭和」と「造田宮西(ぞうたみやにし)」という地名が目に留まります。江戸時代後期、今でも現存する観音寺の周辺の集落が「白羽」と呼ばれ、すでに桃の栽培が始まっていたのだといいます。この歴史は香川県下でもっとも古く、まさに「桃の聖地」ともいうべき地。ここで栽培された桃は「観音寺桃」と銘打たれ、世に流通していったようです。これほど桃栽培に歴史のある地は、地元では「ひうら」と呼ばれ屋号にもなっているのです。この「ひうら」とは、「南東向きの日当たりが良いなだらかな斜面」や「ひだまり」という意を含んだ言葉なのだと。いまでは、桃栽培が活況なこの地を「ひうらの里」と呼んでいます。

 この「ひうらの里」の造田地区で桃栽培をてがけている飯田桃園さんからお送りいただいているのは、桃ではなく美味なる「スモモ」です。「すもももももももものうち」とはよく言いますが、栽培には共通点も多く、同時に手掛けるのに好都合なのかもしれません。それでも特筆すべきことは、農産物であるからこその立地条件と、栽培者の並々ならぬ努力なくして美味なる果実は成さないということです。

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内海である瀬戸内海の波の如く、穏やかで温暖な気候は桃にとって最適であり、「ひうら」と名を残すだけの好立地は、十分な日照時間と水はけの良さをもたらしています。この地の居を構え、脈々と受け継がれてきた伝統の技を踏襲し、桃とスモモと向かう飯田桃園さん。ご両親という大先輩より、栽培を任された若き園主、飯田将博(いいだまさひろ)さんにバトンが渡されました。果樹栽培への想いは、ご両親に負けず劣らず、さらなる高みを目指します。

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 桃・スモモに最適な土作りから始まり、採光の良い樹形への仕立ての工夫。樹へのストレスを減らす土壌水分管理に肥培管理。結実してからも安堵することなく、さらに厳しい結実管理を。1年を通してのこの弛まぬ努力すべては、一年に一度しかない収穫で、他に類を見ないほど美味しい果実を手に入れるため。そして、丹精込めて育て上げた美味なる果実を、皆様にお楽しみいただきたいから。皆様の美味しさゆえの笑顔があるからからこそ、どんな苦境をも乗り越え、どんな苦労をも厭わないのです。

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 この旬の美味しさを、少しでも長く皆様にお届けし続けたい。飯田桃園さんのこの強い想いは、多品種を植栽することで、約2ヶ月半にわたる長き期間に実りを得ることを実現させています。Benoitでは、7月初旬に紅鮮やかな果皮の「大石早生(おおいしわせ)」から始まり、ぐっと赤みを濃くした「フランコ」、青みがかった果皮ながら果肉は赤い「ソルダム」と続きました。それぞれが美味しく、パティシエが品種によって微調整を加えながら仕上げていく姿は、年に一度の収穫のために、並々ならぬ努力を続けてきた栽培者への敬意を表するため。ほぼ1週間少しで品種が移り変わる7月は、Benoitパティシエチームを試しているかのようです。そして、ついに「ソルダム」終わりを迎え、次なる品種が届きました。待望の「幻のスモモ」です。

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 皆様の疑問には、飯田さんのメッセージを引用させていただきます。

 「幻のスモモとはどのようなものですか?」

 「約2週間という短い収穫期間で、通常のスモモの木に比べて約2分の1程度しかスモモの実が取れないので、うちでは『幻のスモモ』と呼んでいます。年によっては、ほとんど取れない、ということもあり、採算が取れないため同じ品種のスモモを作っている農家はほとんどいないと思います。申し訳ありませんが、品種名は伏せさせていただいています。」

 「では、なぜ飯田桃園ではそんな手間暇がかかり効率の悪いスモモを栽培しているのですか?」

 「スモモのイメージが覆るほどの美味しさに魅せられたからです。エンジェル(天使)のような甘い香りを漂わせ、滴らんばかりの甘味の強い水蜜をもつ。メルヘンで芳醇な味わいです。」というのです。エンジェルのような香とは、いささか分かりにくいものですが、飯田さんは「可愛らしい小さな女の子のような香り」とも表現しています。

 2人の娘を持つ親として、意外にこの表現には納得してしまいました。赤ん坊のころ、幼児のころ、子供のころで香りが変わるのです。これ、子育てをされた方には共感してもらえるのですが、いかがでしょう。特に幼児のころは、なんとうか「可愛がってね」というフェロモンでも発しているのか、抱っこしている時に、得も言えぬ優しい柔らかい香りがするのです。※間違っても、知らない他人で試してはいけません。

 飯田さんが「幻のスモモ」と銘打っている品種は、あまりの美味しさから「ひうらの里」の多くの生産者が栽培にチャレンジしたようです。しかし、その美味しさゆえに、少しでも気を抜くと鳥獣害虫の餌食になりやすく、まともに収穫できるきれいな果実に育てるには並々ならぬ努力を必要とします。さらに、収穫できたとしても果実があまりにも繊細で流通に耐えにくく、小売店でも扱いにくいため、継続することを諦める栽培者が続出し、ついには「幻」となってしまったといいます。

 

 この「幻のスモモ」が、Benoitではどのようなデザートに姿を変えるのか?今回はスモモの特徴でもある酸味を利用し、クラフティというスタイルに仕上げていきます。バニラの風味豊かな「焼きプリン」のように仕上げる熱々のデザートです。甘酸っぱいグリオットチェリーやルバーブで仕上げることの多いフランスの伝統的なデザートを、同じく酸味が特徴のスモモで組み立てるのです。熱々に焼き上げることで、酸味がまろやかになりスモモの甘さが引き立てます。この甘酸っぱさが、バニラの香と卵の甘さと抜群の相性を見せつけ、さらに牛乳アイスクリームのミルクの風味が、さらに我々を魅了することになるのです。甘いふくよかな香りの中に、澄んだスモモの香を感じ取れる。そして、一口お召し上がりいただければ、なぜ飯田さんが「幻のスモモ」を栽培し続けるか、理解していただけるのではずです。

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 2019年Benoitの「スモモのクラフティ」は、8月末までの予定です。しかし、飯田桃園さんの「幻のスモモ」は、8月前半で終わりを迎えることになります。この逸品を「太陽」という品種が引き継ぐのですが、やはり「幻のスモモ」を食せずして夏終えることはできません。ランチでもディナーでも通常のプリ・フィックスメニューの選択肢の中で+500円でお選びいただけます。ここ最近の動向の読めない台風の数々、天候の亜熱帯化が、どれほど飯田桃園さんのスモモに影響を及ぼすか予想がつきません。ご予約の際に、「スモモ希望」とお伝えいただければ、準備できる数が少ない場合には確保させていただきます。このメールへの返信、土日や急ぎの場合には、

青山のビストロ|ブノワ(BENOIT)東京

よりお願いいたします。もちろん電話でもご予約は快く承ります。なにゆえ自然のことゆえ、ご理解のほどなにとぞよろしくお願いいたします。

 

 自分が初めてこの品種にBenoitで出会った時、箱に整然と並んだ時の淡い色合いの美しさ、桃を思い起こさせるような優しくも甘い香りに心惹かれました。エンジェルのような…分かりにくくもあり、分かる気もする表現こそ、的を射ているのかもしれません。果実を割れば、輝かんばかりの透明感のある果肉に目を奪われ、滴る果汁は爽やかながらも十分な甘みを楽しめます。そして、ひとたび果皮を噛むことで、「スモモ」であることを思い出させてくれる、きれいで心地よい酸味が口中に広がるのです。

 昔昔に中国より持ち込まれた「桃」。最初は北方系の品種だったようで、先のツンととがった形をしていたようです。今でいう「大石早生」のようなものでしょう。そして、時が下り明治の時代になると、南方系が日本に上陸し、偶発実生(意図的ではない自然の交雑から生まれた品種)によって生まれたのが、今の「まん丸の桃」の原型だと言われています。「モモ」と「スモモ」は、同じバラ科で名前こそ似ていますが、モモはモモ属、スモモはサクラ属でサクランボに近い仲間なのだといいます。もしや!「幻のスモモ」はこの南方系の桃なのではないか?と夢想してしまう自分がいます。素人の自分に、品種が何なのか分かろうはずもなく、ヘタな詮索は野暮というものでしょう。飯田さんが秘密にしているように、このまま秘密の「幻のスモモ」のままのほうが、何かと歴史ロマンを感じる気がいたします。

 

 7月も、はや終わりを迎えようとしている中で、皆様には「紅三点」の最後に、「幻のスモモ」をご紹介させていただきました。しかし、「完熟マンゴー」と「白桃」も忘れてはいけません。すでにご案内を送らせていただいておりますが、この機会を逃すと来年まで待たねばならないため、今一度ご紹介させていただきます。

宮崎県綾町の「完熟マンゴー」は、Benoitでは最後の便を迎えることになりました。今月末までデザートに名を連ねますが、8月1日か2日であれば、ご用意できるかもしれません。ご希望の際には、ご連絡いただけると幸いです。宮崎県を代表するまでになった至高の果実、どれほどの逸品かは以下を参照ください。

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 さらに、和歌山県桃山町の豊田屋さんの「あら川の桃」。豊田屋さんの白桃の美味しさは、出会ってからこの4年、7月は豊田屋さんの桃以外は全く考える気がなくなるほど美味しさなのです。桃農家として脈々と受け継がれてきたノウハウを踏襲しつつも、白桃においては夢物語とのいえる「無農薬栽培」にむけ、挑戦し続ける日々。自然と共存すべく歩み寄るも、時になすすべもなく打ちのめされる。それでも、まだ諦めることをしない生粋の桃農家。彼らの桃への想いはいかほどのものか?詳細はこれまた以下を参照ください。

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 少しでも長い期間、皆様に美味しい桃をお楽しみいただきたい。そこで、豊田屋さんは大きく4品種を植栽しています。「日川白鳳」から始まり、「白鳳へ。そして、白桃の王様と称される「清水白桃」へ続いたのちに「」川中島白桃」で終わりを迎えます。それぞれの品種の収穫期間は約1週間前後。今、Benoitに届いているのは輝かんばかりの白さを誇る「清水白桃」です。長引く梅雨の影響もあり、遅れ気味で引き継がれていく中で、今期は8月少しまで豊田屋さんの白桃を続けます。お送りいただいている桃の箱の側面に、小さく書かれた「〇」の「ブ」。桃の品種名ではなく、きっとBenoitへ送り出す目印なのだと思います。この「〇ブ」が、可能な限り長く長く続くことを願っています。いつまで続くのか?それは、豊田屋さんの桃の樹に尋ねるしかありません。

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 6月の終わりに「夏越の祓(なごしのはらえ)」という神事が、各神社で執り行われました。境内に設置された茅の輪をくぐることで、病気や禍を払うおうとしたのです。古来より、夏を越すことは大変だったのです。高温多湿に加え、春(田植えの)の疲れが癒えないところに疫病が…いかに医学が発達しても、この自然環境は今も変わりません。自分の体力を過信し、無理な行動は禁物です。十分な休息と睡眠、こまめな給水をお心がけください。木陰に入り、葉の間を抜ける心地よい薫風、陽射しにきらめきながら重なり合う木の葉、なんと美しい光景か、と夢心地に浸るのも良いですが、夢の(意識の無くなった)世界から抜けることができなくならないよう、ゆめゆめお忘れなきようにお気をつけください。

 

末筆ではございますは、ご健康とご多幸を、そして新しい人生の門出を、イノシシ(風水では無病息災の象徴)が皆様をお守りくださるよう、青山の地よりお祈り申し上げます。

 

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬

www.benoit-tokyo.com