kitahira blog

徒然なるままに、Benoitへの思いのたけを書き記そうかと思います。

Benoit特選食材「新潟県白根 山田さんの≪白根白桃≫」満を持しての登場です。

野分(のわき)する 野べのけしきを 見るときは 心なき人 あらじとぞ思ふ  藤原季通(すえみち)

 野分(のわけ/のわき)とは、野を分けんばかりの暴風雨、今でいう台風のこと。野分の暴風がふきすさぶ光景を目の当たりにした時、抗しがたい自然の猛威になすすべなく、ただただ恐れおののくのみ。野分が過ぎさり、耐え抜いた樹々の中で、無念であったろう老木は裂け、若枝もまた。自然への畏怖の念をいだかずにはいられない。そう、思わない人はいないのではないだろうか。伊勢の船乗りは、暴風が吹き荒れることの多い日を、長年の経験から「二百十日(にひゃくとうか)」と「二百二十日(にひゃくはつか)」の雑節として、後世に残し船出を控えたといいます。立春から数えて210日目と220日目、2019年は、9月1日と11日です。

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 台風15号が関東に上陸し、千葉県を中心に甚大なる被害をもたらしました。かつては、空の機微を、はたまた動物たちの本能からの行動を読み取り、野分の到来を予測していたことでしょう。知らず知らずのうちに忍び寄る自然の猛威は、どれほどの恐怖であったでしょうか。今や、天気予報の精度は格段に向上し、台風の進路も状況も多少の誤差こそあれ把握できる時代となりました。今回の災禍は、人々が自治体が決して油断していたわけではなかったはずです。しかし、古今東西を問わず自然の猛威の前には、どんなに準備万端でも、なすすべはありません。

 皆皆様におかれましては、無事息災であることを願うと同時に、いまだ不自由な生活を強いらっしゃる方々には、いち早く平穏な日々を迎えることができるよう、青山の地よりお祈り申し上げます。台風一過の鉄道の運転再開予定時刻が時と進むと同時に遅れ続けていったことや、千葉県の停電回復のめどについては、錯綜する情報の中で、少しでも我々に希望の兆しを届けようとの想いがあったものと思います。9日未明より不眠不休の、文字の如くに「必死」の復旧対応を続けてくださる方々には感謝の言葉しかございません。今のBenoitが営業できることは、彼らの尽力なくしてありえません。重ね重ね御礼申し上げます。

 

 ここ数年の世界規模での異常気象は、日本も例外ではありません。いままで逸れていた台風の進路が北上し、本州に上陸し続ける理由も、一因はこのことに関係しているかもしれません。和歌山県桃農家の豊田さんは、「亜熱帯化しているようで、桃の栽培方法を考えなければいけない時にきている」といい、千葉県の勝山漁港の漁師さんは、「海水温が上がっているようで、海流が読めない」といい、「野菜の高騰」がニュースとなることも、毎年の恒例のようになってきています。日本津々浦々より食材が集まる豊洲を代表とする「市場」のシステムが、あまりにも素晴らしいために、多少の過不足はあるものの欲しい食材が手元に揃います。ところが、原産地の良さを生かそうと指定した地より手に入れようとすると、この自然がこう教えてくれます。「人間が自然の産物をカレンダーにあてはめるとは、なんとおこがましいことよ」と。

 Benoitでは、今期に「白桃前線を追え!」と勝手に銘打って白桃の購入先を選んでいました。山梨県、次いで福島県、長野県の日本に於ける三大銘産地からではなく、他地域の美味しい桃を皆様に紹介していこうと考え、7月は「和歌山県桃山町の豊田さん」、8月は「岐阜県飛騨高山の亀山さん」へ、9月は「新潟県白根の山田さん」へと繋いでいく計画をたてたのです。収穫予想カレンダーと品種を鑑みた今回の計画には自信がありました。ところが、所詮は素人が立てた、机上の空論だったのです。皆様周知の、昨年の台風の傷が癒えぬ中で、今夏の長雨と日照不足が、大きく大きく影響を及ぼしたのです。和歌山県の豊田さんから岐阜県の亀山さんへは、薄氷を踏むような感じですが、何とか繋ぐことができたのです。そして、9月の新潟県の山田さんへと引き継ごうとした。ところが

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「白根白桃の収穫が遅れた」

この「白根白桃」とは新潟県の果樹の一大産地である白根(しろね)の地名を冠する、新潟県が生み出した白桃の品種名です。新潟県の桃栽培の最後を飾る晩生の桃で、通常は8月後半から収穫が始まり、暑さ穏やかになる時期にあたるため、熟すのがゆっくりとなり、9月半ば過ぎまでと意外に長い期間の収穫が見込めるのです。なぜ、Benoitが桃のデザートを3か月もの期間続けるのか?この白根白桃の美味しさを皆様にお伝えしたかったのです。関東では、この時期に「福島県」という大御所が君臨しているため、収量少なく桃のイメージの少ない新潟県の白根白桃は、北海道の方向へと出荷されるというのです。自分が昔ながらに親しんだ新潟県の桃の美味しさをして知っていただきたい、この強い想いから「白根白桃」の収穫を待っていたのです。しかし、「遅れた!」

 8月も半ば過ぎ、朝8時ほどに電話がかかってきた。「申し訳ない、今期の白根白桃の収穫は遅れそうだわ」と。今回の「白桃前線を追え!」の話を新潟県白根の山田さんに話していたため、この白桃の継投を危ぶんだ山田さんの心遣いだ。いつも思う、どの生産者も、出荷量が確保できない時や収穫が終了する時などに、「申し訳ない」と本当に申し訳なさそうに伝えていただける。確かに、美味なる食材が手に入れることのできない寂しさはある。しかし、自然産物である農産物・海産物が、そんな人間の勝手気ままに合わせてくれるわけではない。お気持ちを嬉しい、ただ一生産者の方から購入するということは、このようなリスクがつきものであることは十分に理解しています。今までも多くのお客様に、「収量が少なくて」と謝罪するも、誰一人として怒り出すようなお客様はBenoitにはいらっしゃらない。このお話は、山田さんにも話していた。彼が危惧していたのは、Benoitの桃デザートに、空白を作り出してしまうことだった。

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 この早い段階での山田さんの一報が、どれほどBenoitにとっての救いとなったことか。豊洲経由で桃を購入することで、繋ぐこともできる。この素晴らしい市場システムは、自分へ安心感を与え、「諦めずに白桃前線を追い続けろ!」と叱咤激励しているようだ。今回は岐阜県飛騨高山の亀山さんから、飛騨桃の晩生の品種「昭和白桃」購入させていただくことにし、新潟県の白根白桃を待つことにすると心に決めた。いったいいつから収穫できるのか?小野不安が日々脳裏によぎるも、全ては「自然の産物」、つべこべ山田さんと話をしても始まらず「時を待つ」しかない。山田さんも生粋の農家さんだけに、逸(はや)る気持ちを抑え桃が熟すのを待つのみ。

 待ち遠しいと思うほど、時の流れは緩やかに長く長く感じるもの。山田さんからの連絡は、9月初旬まで待たなければなりましでした。「初収穫を送り出すよ!」と、待ち遠しかったこの時が、ついに訪れたのです。翌日に届いた段ボールを、パティシエチームとともに、焦る気持ちを抑えながら、箱を開けると美しい白桃が丁寧に納められている。優しい白桃の香りが広がり、美しい桃色。産毛の輝きは鮮度の良さの証でもある。とうとうBenoitデビューと手にした時、大事なことを忘れていたことを、この白桃は自分に教えてくれた。そうだ、山田さん言っていた

「白根白桃は追熟させる桃です」と。

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 白根白桃が熟した今、期は熟しました。皆様、お待たせいたしました。桃次第ではありますが、17日前後から、この「白根白桃のピーチ・メルバ」が、Benoitに登場します。2019年Benoitのピーチ・メルバは、甘さを控えることで、白桃の美味しさを十二分に感じることのできる、過去10年間では最高の仕上がり。今期、和歌山県から岐阜県を抜け新潟県へと傾倒していった、「白桃前線を追え!」もとうとう最後の品種を迎えました。「ところ変われば味わいも変わる」ことを知ることができます。すでに、Benoitで、7月・8月とこのデザートをお召し上がりいただけた方にも、ぜひお勧めしたい逸品です。「白桃」という食材を通して、旅行をするかのように、美味しさの違いをお楽しみいただけます。

 白桃の風味を損なうような煮込みは一切行いません。食感と繊細な風味を生かすために、ラズベリーを利かせたジュースとともに、そのまま半日ほど漬けるようにした桃半実。妥協のないバニラビーンズを使った軽やかな生クリームと濃厚なバニラアイスクリーム、アーモンドのパリパリの食感と香ばしさを出したポリニャックを飾り、カラントの甘酸っぱいジュースをともに。食感と甘さ・酸味のバランスを意識した伝統を踏襲しつつも、新たなピーチ・メルバの世界へ皆様をご案内いたします。かつて天才料理人エスコフィエ氏が、オペラ座で奏でたソプラノのメルバ女史に心打たれたことで誕生したというデザートが、今度は「甘み・酸味・食感」のハーモニーを奏でることで皆様の心にうったえかけてきます。

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 ランチでもディナーでも通常のプリ・フィックスメニューの選択肢の中で+800円でお選びいただけます。しかし、日頃より並々ならぬご愛顧を賜っている上に、さらにはこの長文レポートに目を通していただけている労に報いなければなりません。そこで、特別プラン延長のご案内です。期間は、メールを受け取っていただいた日より、白根白桃が終わるまでの平日限定。各コース料理の前菜とメインディッシュは、プリ・フィックスメニューからお選びいただけます。ご予約人数が8名様以上の場合は、ご相談させてください。

 

ランチ

前菜+メインディッシュ+桃デザート

4,600円→4,000円(税サ別)

ランチ

前菜+メインディッシュ+桃デザート+もう一つデザート ※

4,800円(税サ別)

ディナー

前菜+メインディッシュ+桃デザート

6,900円→5,520円(税サ別)

ディナー

前菜+メインディッシュ+桃デザート+もう一つデザート ※

6,400円(税サ別)

※夢のダブルデザートプランの復活です。デザートはピーチ・メルバx1でいいから、前菜x2がご希望の方も、同価格で承ります。

 

 ここ最近の動向の読めない暴風雨の数々、過去に和歌山県を直撃した際に、桃の収穫ができずに終了を迎えたことがございます。なにゆえ自然のことゆえ、ご理解のほどなにとぞよろしくお願いいたします。ご予約の際に、「ピーチ・メルバ希望」とお伝えいただければ幸いです。ご予約は、このメールへの返信、土日や急ぎの場合には、

www.benoit-tokyo.com

よりお願いいたします。もちろん電話でもご予約は快く承ります。

 

新潟県で桃?米どころで名を馳せる越後が、美味しい桃を産するのか?皆様の率直なご意見かと思います。そこで、「白根物語」としてなぜ桃を栽培しているのかを「はてなブログ」に書いてみました。お時間のある時に、ご訪問いただけると幸いです。

kitahira.hatenablog.com

 

 「白根白桃」。新潟県出身の自分だからこそ知りえる、白根の白桃の美味しさ。甘いだけではない、味わいのバランスの良さとしゃくっとした心地良い歯ごたえ、後引くの旨味をもっています。新潟県の方々は郷愁の念にかられることでしょう。そして、他県の方々には、新潟の自然が育んだ白根白桃が、美味しい桃というページに刻み込まれることになると思います。野分のような暴風雨は別として、その地方地方を吹く風は、雨を呼び、病害を減らす役割を担い「風土」を形成します。その風土で育まれた産物は、同じ品種であっても千差万別。その美味しさは「風味」という。そう風が地の美味しさをもたらすのでしょう。 

 

いつもながらの長文を読んでいいただき、誠にありがとうございます。

末筆ではございますは、ご健康とご多幸を、イノシシ(風水では無病息災の象徴)が皆様をお守りくださるよう、青山の地よりお祈り申し上げます。

 

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬

www.benoit-tokyo.com