kitahira blog

徒然なるままに、Benoitへの思いのたけを書き記そうかと思います。

Benoitの「新型コロナウイルス対策」について

ながめつる けふは昔に なりぬとも 軒端の梅は われをわするな  式子内親王 新古今和歌集より

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 後白河天皇の第三皇女、平安時代後期の激動を生き抜いた式子(しきし)内親王。京都の皇居を中心に、うごめく権謀術数の数々。病弱でありながら、斎院(さいいん)として、勝者必滅を体現しているかのような世相の中を生き抜いていったのです。どのような時代でったのか、多少の脚色はあるかと思いますが、古典「平家物語」が当時の様子や人間ドラマを生き生きと伝えてくれています。

 この物語で登場する以仁王(もちひとおう)は彼女の同母兄弟であり、平清盛が擁立した高倉天皇は、異母兄弟です。後白河院平氏との確執が、この両兄弟が対峙するという局面を迎え、以仁王が令旨(りょうじ)を発し挙兵するも、ことを急いだ代償か、源頼政とともに平等院鳳凰堂にて討たれてしまいます。

 世間を揺るがす兄弟喧嘩は、彼女の中で厭世(えんせい)の想いが募ってゆく。この以仁王の反乱よって始まった治承・寿永(じしょう・じゅえい)の乱は、源平合戦とも呼ばれ、6年間にも及ぶ大内乱にまで発展していきました。荒廃してゆく京の街を目の当たりにし、時世に翻弄される右往左往とするなかで、彼女の心の支えが「和歌」だったようです。

 斎院の任期中も、宮中との交流を積極的に行い、和歌の腕を研鑽しています。彼女が詠い遺した歌のなかで、現存するものは400首ほどと少なくはありますが、その1/3が勅撰和歌集に入集しているほどの技量の持ち主です。自然や人間の機微を捉え、優美で色彩豊かな歌で表現される女性ならではの感性が、おおいに人々を魅了したのです。

 式子内親王は京都の大炊御門(おおいのみかど)通りと万里小路(までのこうじ)通りの交わる地の公邸、通称「大炊殿(おおいどの)」を父である後白河院より相続し、この地が終の棲家となりました。そして、この公邸には、後鳥羽院がお忍びで愛でに来ていたというほど梅の樹があったといいます。

 地球の周期に習い、毎年のように春の到来を梅の花が告げてくる。手折りした梅の立枝を着物の袂に忍ばせ、袖に薫(た)き染める。梅の香りは恋の香り。この香りを男性に送ることで、意中の男性へ恋心を伝えようとする。当時はバレンタインデーのチョコレートではない。梅の花が、どれほどの恋物語を生み出してきたことだろうか。当時に生きる式子内親王も例外ではありません。

 彼女が病で床に伏している晩年、垣間見る庭木の中で、見事なまでの梅の樹がり咲き誇っている。何を思い、思い出していたことか。皇女だからと平穏無事な日々を過ごせるような時代ではありません。彼女は斎院として未婚を通し、そのまま出家する人生を選びました。いや思い悩んだ末に、できうることを尽くし、最善と思われるこの道を選んだのではないでしょうか。

 冒頭で、皆様にご紹介した歌はこのような意味でしょうか。「軒端に咲き誇る梅の花は、物思いに耽(ふけ)る私をいつも慰めてくれました。私が死して今日という日が昔となってしまっても、この梅だけは私を忘れないでいてほしい。」彼女が薨御(こうぎょ)する前に詠んだ歌です。凛とした女性が微笑んでいる、そのような姿が脳裏に浮かびます。

 

 今年の干支は「庚子(かのえね)」です。古代中国の賢人の英知の結晶である干支「庚子(かのえね)」を、自分なりに解釈したものを、今年早々に皆様にご紹介いたしました。どのような世相なのか?詳細は以下よりご訪問いただけると幸いです。

kitahira.hatenablog.com

 このブログの中で、自分が以下のようなことを書いています。

 「庚」は「更」であることから、2020年は「更始(こうし)=古いものを捨て、初めからやり直すこと」の年であると。時世は成長から継承へと移る中で、先行き見えない不安が募る1年となりそうです。しかし、人世の「子」が時世を乗りきる指針を教えてくれています。「子」は「孳」であり「坎」でもある。「孳孳(しし)」とは勤勉に努めることを意味する。「坎」の卦が上下に姿を見せる、六十四卦でいう「坎下坎上(かんげかんじょう)=坎為水」は、「重なる険難はあるが、真実をもって行動すればうまくいく。」ということを象っているといいます。山間を流れるせせらぎのように、一時に集中するのではなく絶え間なく努力を続けること、そして水でいう「水平」の如き確固たる準則を、いうなれば信念を持って、今年の時世を乗り切りなさいと教えてくれているようです。

 まさか、自分が新年早々にこのようなことをご紹介していたとは。読み返したとき、「新型コロナウイルス」という未曾有(みぞう)の事態に対し、Benoitとして何をすべきなのかと思い悩んだまま、何もせずに待っている自分を猛省いたしました。「重なる険難はあるが、真実をもって行動すればうまくいく。」と書いておきながら、行動に移していない自分がいる。

 Benoitとして何をすべきなのか?「更始」であるならば、サービス業の原点を思い返すとき。飲食店である以上、美味しい食べ物に美味しい飲み物がたしなめる場である。お越しいただいた皆様には、「口福な食時」のひとときを過ごしていただかなければならない。もうひとつ、昔々の自分が新卒としてリゾートホテルで勤務していた時、サービスの指針を学んだことを思い出しました。

「我々はお客様の安心・安全を確保しなければならない。」

 目に見えないウイルスだからこそ、何をして良いのから不安が募るもの。では、見えないからこそ見えないなりに「新型コロナウイルス」に対抗してゆこう。専門家ではないからこそ、深く考えてはいけない。もちろん、浅はかではいけない。皆様の「安心・安全」を確保するために何をすべきなのか?Benoitでできることは何か?スタッフ皆で話し合いました。

「消毒を日々徹底すること。」

 スタッフの営業前の手洗い消毒は以前から変わりません。店内数か所に、お客様用に気軽に利用できる消毒ポンプを設置する。従業員用のスペースを加えると、至る所に消毒ポンプが目に入るようになります。Benoitスタッフの手洗い消毒の回数も、意識的に回数を増やすことにしたのは、2月末のお話です。

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 3月に入り、スタッフの意識が変わってきたことで、できることがどんどん増えてきました。今度は、Benoit自体の徹底消毒への取り組みです。気持ち的には、Benoitを消毒液に漬け込みたいのですが、そうはいきません。毎日のルーティーンの中に、しっかりと消毒業務が入り込んだのです。

 手に触れる場所の拭き消毒です。手すりやドアノブ、テーブルにイス、メニューや会計ホルダーなど、思いつく限りの場所。特に化粧室は念入りに。ソファーやひじ掛けには、消毒を噴霧しております。不特定多数の人々が集う場だけに、午前中だけの1回では物足りず、各営業前後にスタッフ一丸となり徹底的にアルコール消毒を施します。いったいどれほどのアルコール消毒液を使っていることか。しかし、ここで妥協するわけにはいきいません。

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 さらに、営業前後に外気を入れることで換気を行い、営業中はエアコンを常に稼働することで、空気のよどみを無くすことを目指します。営業開始早々は、少しばかり寒さを感じるかもしれませんが、直前まで換気をしているため、どうかご理解のほどよろしくお願いいたします。営業中にも、スタッフがテーブルやイスを消毒している姿を目にするかと思います。普段であれば目に障る光景ではありますが、昨今の深刻なる状況ゆえに、どうかご容赦のほど、重ね重ねよろしくお願いいたします。

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 スタッフ皆に芽生えた共通認識は、「お客様の安心・安全の確保」から「Benoitからウイルス罹患者をだしてはいけない!」へと力強いものへと変わっております。「勤勉に努める」ことが古代中国の賢人からのメッセージであるならば、「罹患者をBenoitから絶対にださない!」という決意を実践をもって継続することこそ、今我々がすべきことのはずです。

 皆様へのご案内として、これほどまでに地味な内容はないかと思います。しかし、終息の見えないこのウイルス災禍に対し、Benoitの決意と行動をご案内することで、皆様が少しでも「安心・安全」を感じ取っていただければ幸いです。特別プランでお誘いする前に、まずはBenoitの取り組みを知っていただきたく、このメールを通してご報告させていただきます。

 

誰が里の梅のあたりにふれつらん移り香しるき人の袖かな  式子内親王

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 式子内親王が晩年を過ごした大炊殿には、見事なまでの梅の樹があったということは前述いたしました。この梅の花を愛でに訪れていた男性は「あの人」だろう。秘め通さねばならなかった恋慕が強いからこそ、別人であるとは知りつつ、その面影に恋い慕う「あの人」を見てしまう。「移り香しるき人」とは彼女が思慕をいだく男性のことを指し示します。梅の花の美しさに心奪われている間に、彼の着物の袖に梅の香が薫き染みてゆく。

 恋い慕う「あの人」は誰なのか。諸説あるのでここでは割愛いたしますが、実在していたはずです。彼女は忘れようと必死だったのでしょう。しかし、できるはずもなく、「玉の緒よ 絶えなば 絶えね~(百人一首)」と詠っています。若かりし頃は、梅の花を恨めしく思ったかもしれません。しかし、晩年はこの花が、昔の恋心を懐古させてくれていたのではないでしょうか。

 梅の花にこれほどまでに思いを募らせるのであれば、冒頭で皆様にご紹介した歌は、「われをわするな」と梅に語りかけているのではない、そう思えてしかたがありません。ことの真相は、式子内親王に伺うしかないのでしょう。

 

 式子内親王が、先行き見えぬ乱世の時代を生き抜くため、斎院となり、心の支えに和歌を選びました。いまだ終息の兆しの無いウイルス災禍の昨今にあり、Benoitスタッフ一同、万全の消毒体制を徹底し続けることを選びました。皆様からいただく、「美味しかったよ」「楽しかったよ」というお言葉と笑顔を心の支えとさせとし、今の世相を乗り切ろうと思います。Benoitからウイルス罹患者をだすことは絶対にないことを、皆様が「口福な食時」をBenoitで過ごすことができることを、この場をお借りし皆様にお約束いたします。

 

 余談ですが、式子内親王の生き抜いた時代を書き記した「平家物語」を、下関の観光案内とともにブログに書き記しました。平家物語が、なぜ今なお輝きを放っているのか?かいつまんだ内容ですが、面白く仕上がったと思います。ぜひ、下関へ観光するような気分で、以下よりご訪問いただけると幸いです。

kitahira.hatenablog.com

 

 暖かい日が続くようです。しかし、「暑さ寒さも彼岸まで」とはよく言ったもので、まだまだ油断はできません。十分な休息と睡眠をお心がけください。ウイルス対策もお忘れなきように。いつもながらの長文を読んでいいただき、誠にありがとうございます。

末筆ではございますは、ご健康とご多幸を、青山の地よりお祈り申し上げます。

 

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬

www.benoit-tokyo.com