kitahira blog

徒然なるままに、Benoitへの思いのたけを書き記そうかと思います。

Benoit新デザート「桃のヴァシュラン」のご紹介です。

 今回ご紹介させていただくデザートの特選食材は、何人をも魅了する、夏を代表する果実「桃」です。今年の梅雨明けの遅れ、それにともなう日照時間の短さという天災に見舞われる中、いつ桃がBenoitに届くのか、自分を含め誰も分からない。市場(しじょう)という、便利なシステムを活用すべきなのか?それとも桃探しの手を緩めずにいるべきか?

 

 桃のデザートはいつからですか?という問いを多くいただく中で、「8月からメニューに名を連ねます。」と言い切る。桃の購入もままなっていないことは、「Benoitのフルーツおじさん」と仲間から言われているだけに、十分に分かっている。皆様に「8月から」と即答することは、自分に言い聞かせ、奮い立たせているようでした。

 まして、今年は桃のデザートは、伝統の「ピーチ・メルバ」ではないと、春先に決まっていたのです。それが、7月中旬にいたっても、全貌が見えてこない。パティシエールチームも、試作はするものの、桃そのものがどれほどの品質なのか分からないため、思いあぐねていたのです。

 このような綱渡りのような状況の中で、ついに待望の桃デザートが、8月に登場いたしました。デザート名は、「岐阜県飛騨もものヴァシュラン」です。はて、ヴァシュランとは?

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 デザートを説明する上で、なんともちぐはぐな説明になってしまうのが、このヴァシュランです。いろいろ調べていたものの、これといって明確な回答がありません。思うに、メレンゲを使ったデザートの総称なのではないかとさえ思ってしまいます。そのため、多くはメレンゲで器をこしらえてみたり、囲ってみたりと。正直に、メレンゲは美味しいけれども、そこまで多くを欲しないもの。見てくれだけでは、Benoitのデザートとして成り立ちません。

 今年のBenoitの桃デザートは、「ヴァシュラン」という名を冠しつつも、これでもかという桃を使って仕上げてくるのが特徴です。キーワードは「焼く」「炙(あぶ)る」、そして「切り刻む」。

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 果実は、外皮の内側と種のまわりに美味しさが集まります。さすがに種は取り除きますが、皮をむくことはせずに調理してゆきます。産毛だけ洗い落とし、外皮のついた桃をくし形に切ります。それを、プラックと呼ばれる耐熱の鉄板の上に並べ、オーブンの中へ。低温で焼くこと、3時間。焼くというよりも、水分が抜けてゆくことで、桃は甘みとコクを増してきます。これを小さめにカットし、フランスから届いた「ペッシュ・ドゥ・ヴィーニュ」と呼ばれる酸味のある桃から仕上げたソースを絡めることで、心地良い酸味を加えます。これが、「焼き桃のマルムラード」です。

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 外皮付きでくし型に切った桃を、今度は炙ります。ハンディのバーナーを使用し、盛り付ける直前に、表面にうっすら焼き色がつくように炙ってゆくのです。桃表面にほのかな香ばしさが加わり、内包するそのものの美味しさが引き立てるかのよう。桃そのものの食感と果肉の美味しさを生かした、「炙り桃」。

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 「切り刻んだ桃」は、ソルベ(シャーベット)に仕上げます。特筆すべきは、水などを加えながら仕上げるソルベのレシピの中で、全体量の2/3を桃の果肉が占めているということ。既製品のピューレを使用すれば、簡単に仕上げることができるでしょう。しかし、Benoitパティシエールチームは、そのような妥協を許しません。下の画像が、ソルベのレシピを全て合わせた状態です。余計な香料などが一切入らない、これほどの果肉を加えてこしらえる桃のソルベが、美味しくないわけがありません。

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 画像撮影時は、品種が変わる狭間であったため、2種類の桃を使用していました。白い果肉は「白鳳」で、赤みがかったものは「あかつき」です。ソルベが、ほんのりピンクに色付いている理由は、果皮も一緒に加えているからです。だから、美味しいのです。

 「焼き桃のマルムラード」を下に、「炙り桃」、小さなボール状の「桃のソルベ」と順にのせてゆきます。そして、ヴァシュランだからこそ、申し訳ない程度ですが、小さなメレンゲを3枚ほど飾ります。このメレンゲ、ただの飾りかと思いきや、カリっとした食感と、桃ではない甘さをデザートに与えてくれているのです。

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 桃を生で食するのであれば、家で切り分ければ十分だと思います。しかし、デザートとして皆様に提案する場合には、思いもつかない、それも美味な、逸品に仕上げなければなりません。なぜ、毎年のように、7月から桃デザートをご用意しなかったのか?しなかったのではなく、できなかったのです。桃の美味しさを表現するにどうしたものかと試行錯誤の日々が必要だったのです。

 岐阜県の亀山果樹園さんから、8月初旬に「三笠白鳳」が6箱もBenoitに届きました。その数時間後に、急ぎ追加購入の依頼が自分の下に。追加?届いたばかりで…なんと、仕込みで3箱を惜しげもなく使用していたのです。今までは、お一人分に桃半実を使用していました。しかし、今年は一玉半です。

 「焼く」「炙る」、そして「切り刻む」桃。クリームやバターなどは一切加えずに仕上げる、「桃尽くし」の逸品です。食感違い、旨さ違いが織りなす、Benoit夏のお勧めデザートです。ついに皆様にご案内できる日を迎えました!

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Vacherin aux PÊCHES

岐阜県飛騨もものヴァシュラン

(追加料金 ディナー+800円)

 

 今期の梅雨の長期化と日照不足は、多くの作物に影響を与えています。桃も例外ではありません。8月早々に、岐阜県の「飛騨もも」をご用意する予定でおりました。しかし、亀山さんから「1週間ほど収穫を待ってほしい」との連絡が入ります。理由も聞かずに快諾したものの、8月から始まる桃デザートの桃確保に四苦八苦する日々が始まりました。

 そして、8月8日に、Benoitに亀山さんから桃が届きました。箱を開けてみると、芳しい桃の香りがはなたれたのです。すぐに、パティシエールチームと試食をすると、昨今の天候不順を微塵も感じさせない見事なまでの美味しさに、何も言葉を発せずとも、皆の表情が物語っていました。

 なぜ、亀山さんが1週間も収穫をずらしたのか、理由が分かったような気がいたします。梅雨明けの日照時間を利用し、ぎりぎりまで完熟した美味なる桃に育て上げたい。「Benoitへは美味しい桃を送りたい」との強い想いが、収穫を遅らせるという決断をなしえたのです。

 7月末の桃探しが迷走を極め、悪戦苦闘していた苦労は、亀山さんの桃を手にした時に報われた気がいたしました。2020年のBenoitの桃デザートは、余計なものが何も加わらないからこそ、桃の美味しさが重要になります。素材以上の美味しさはできません。この亀山さんの桃を贅沢に使用するからこそ、「飛騨もものヴァシュラン」が美味なる逸品に仕上がったのです。

 「三笠白鳳」から「白鳳」へと移りました。「あかつき」を挟んで、晩生の「昭和白桃」が、今月後半を担ってくれます。それぞれに、美味しさの違いがありからこそ、品種が変わるごとにデザートに微調整がなされてゆきます。今のデザートと、8月末のデザートでは、多少なりに違いが出るでしょう。まさに、一期一会なBenoit桃デザートとの出会いとはこのことでしょう。

 

 「亀山さんとは誰ですか?」と、お思いではないでしょうか。岐阜県高山市に居を構える亀山果樹園さんの園主さんです。「飛騨もも」と称される桃、収穫の早い順から「みさか白鳳」、「白鳳」、「あかつき」そして「昭和白桃」と栽培しています。いったいどのような地で、どのような果樹園なのか、詳細をブログに書き記させていただきました。お時間のある時に、以下よりご訪問いただけると幸いです。

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 「一陽来復」、必ず明るい未来が我々を待っております。そう遠くない日に、マスク無しで笑いながらお会いできる日が訪れることを願っております。皆様のご健康とご多幸を、一刻も早い「新型コロナウイルス災禍」の収束ではなく終息を、青山の地より祈念いたします。

  

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬

www.benoit-tokyo.com