kitahira blog

徒然なるままに、Benoitへの思いのたけを書き記そうかと思います。

「魚のスープ」が、皆様を地中海へと誘(いざな)います!

  7月になると問い合わせが入るBenoit東京の「魚のスープ」。マルセイユの代表料理ですが、Benoitではドロドロしいというよりも滑らかに仕上げています。「魚介」ではなく「魚」のスープは、ワインを使用せず、魚本来の美味しさを引き出す。エビ・カニ・貝類を一切加えないため、食せば食すほどに魚の旨味を堪能できます。

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 マダイにクロダイ、そしてイトヨリダイ。カサゴにホウボウと贅沢に使用した7月から、8月9月はさらに、夏の味覚のマゴチ、オニカジカとオニカサゴが加わります。いかつい姿だからといって、「オニ」「オニ」と、見たこともないのに、鬼にも魚にも失礼千万な話。しかし、この3種は姿からは想像もつかないほど繊細で美味なる身質を持っている魚たちです。

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 「POISSON de roche」という表記に、「roche(岩)」だけに「岩魚」やら「磯魚」との訳をあてています。確かに荒波の磯でもまれにもまれた魚種は美味しいもの。しかし、旨味の多い魚が磯ばかりではないことを、深い魚文化の日本人は知っています。ごつごつだったり、とげがあったり、ぬるぬるしていたり。

 8月に仲間入りした魚たちの特徴といえば、自分のような素人が捌くには難儀な、ごつい顔と堅い骨があることでしょう。これが旨味のもととなります。「roche」とは、そういう「ごつごつの魚」を総称して名付けたのではないとも思うのです。どう調べても確証は持てませんが、そのような気がしてならないのは、あまりにもBenoitの「魚のスープ」が美味しいからです。

 皆様の目の前で、スープがそそがれた直後から、磯の香りに包まれます。濃厚な茶色を帯びた深みのあるオレンジ色の液体に、透明感はないが輝いている。濃厚ながら、甲殻類のような濃さではなく、さらりとした感さえあるものの、余韻に感じる魚の美味しさに酔いしれることになるでしょう。

 五臓六腑に染み入るかのような美味しさは、猛暑に疲れた体を癒してくれそうな気がします。目を閉じれば潮騒(しおさい)が耳に届き、目を開ければ、Benoitの窓からは地中海が望める…かもしれません。

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Soupe de POISSON de roche, rouille et croûtons aillés

魚のスープ ルイユとクルトン

(追加料金 ランチ+800円 / ディナー+600円)

 

 余談ですが、あまり馴染みのない魚たちなので、この場を借りてご紹介させていただきます。

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 まずは北の海からは、「オニカジカ」です。浮袋が無い魚だからなのか、大きな胸ビレを上手に使いながら砂礫の海底をさまよう。いかつい姿から「オニ」を冠する美味なる魚です。ちなみに、「カジカ」は淡水魚のことで、清流にしか生息しない準絶滅危惧種。故郷新潟県北部では、馴染みのある魚で、夏の夜に川に獲りに行き、焼いて味噌つけ食べたものです。きっと、水族館や研究者の方からは、「食べない」で「確保!」と言われることでしょう…同じ仲間ながら、海と川との違いは大きいものです。

 沿岸や浅い海の中を席巻している魚類は、分類上では「スズキ目」に与(くみ)します。「オニカジカ」は、この「スズキ目」であるとする資料があるかと思いきや、「カサゴ目」にあてがっているものもあります。人間が勝手気ままに分類しているのであり、とうの本人には、いやいや本魚にはどうでもよいことなり。

 

 次は沿岸部を席巻しているスズキ目の魚たちに、「にらみ」を利かすように沿岸の岩礁に陣取り、小魚や、エビやカニをバリバリと食しているカサゴ目の魚です。生きとし生けるものは、食べたもので体ができています。魚も人も同じこと旨味の多いものを食し、体に蓄えているのでしょう。この口中に、きれいに並ぶ丈夫な歯なくして、甲殻類を捕食はできません。

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 この口の主は「オニカサゴ」です。とげとげしい「棘条(きょくじょう)」の背びれと尻びれを持つので、捌くときには要注意ですが、旨味に満ち満ちている美味なる魚です。さらに、体の割には大きな頭をもっており、これがまた旨味のもととなる。姿が「いかつい」からと、「オニ「」オニ」と無礼千万と怒っているかもしれません。

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 最後は、上下に薄いこの特徴的な姿、「マゴチ」です。夏の美味なる旬食材として、和食でも名が挙がるのですが、如何せん、大きさの割に可食部が少なく、ぬるっとした体表に堅い頭や骨なため、捌くことも一苦労。このマゴチ、上記2魚と似ても似つかない姿ですが、カサゴ目に分類されています。専門的な話はさておき、美味しい魚であることに間違いありません。

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 さて、築地から豊洲と移るも、創業75年を誇る魚卸しの老舗「大芳(だいよし)」さんが、「コチは漢字で≪鯒≫と書くのです」と貴重な情報を教えてくれました。「色々地域によって説があると思います。」と前置きし、「私の聞いた話では」と切り出してくれました。コチは砂泥底に身を潜め、餌となる魚類を待ち伏せます。そして、砂中から飛び跳ねるようにて捕食する。逆に、捕食されそうになった時、飛び跳ねるように逃げる。その姿は、まるで≪踊≫っているように見えるため、≪鯒≫なのだと。確かに、コチは≪魚≫だけに≪足≫はない。

 コチは、水揚げされた漁港から市場に送られる際に、まず発泡スチロールの箱に氷を敷き詰め、その上に「腹を見せて」のせられ、梱包されます。なぜなのでしょうか?

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 腹を見せて販売する理由は、丁寧に水揚げし輸送にも気を配っておりますという証を見せる意味合いがあるようです。海底の砂底に腹をつけて生活する底生魚のため、腹側は皮が薄く、海底や網に擦れて赤くなってしまうものもある。さらに、輸送時に、自分の重みで身が凸凹になり見た目にも悪い。そこで、皮の厚い背側を下にするのです。ヒラメなどもこうして出荷されます。

 「海の中で生きているときはもちろん、生簀(いけす)でも、腹側が下です。これは、自然界の生存競争に勝ち抜くために臨戦態勢でいる事を意味してるのだといいます。ひょっとすると、人と一緒で腹側を上にした方が本当はリラックスでき、身体にはいいのかもしれません。そういえば人間を含め昆虫類も大概は死を迎えた時、腹が上です。」言われてみれば、大いに頷く自分がいます。

 

 「魚のスープ」が、どれほどの魚を使い、どれほど美味しく仕上がっていることか。今回ご紹介した「オニカジカ」と「オニカサゴ」、さらに「マゴチ」。思うと全てが「カサゴ目」に与(くみ)しています。美味しさの秘訣は「カサゴ目」にあり?魚図鑑の様相を呈してきたところで…おや、お後がよろしいようで…

 

 いまだ終息の見えないウイルス災禍です。無理は禁物、十分な休息と睡眠をお心がけください。ウイルス対策もお忘れなきように。我々ひとりひとりの行動が、この未曾有のウイルス災禍を「収束」へ向かわせ、必ず「終息」するものと信じております。そう遠くない日に、笑いながらお会いできる日を夢見て、日々最善を尽くさせていただきます。今後ともなにとぞよろしくお願いいたします。

 

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬

www.benoit-tokyo.com