kitahira blog

徒然なるままに、Benoitへの思いのたけを書き記そうかと思います。

2020年「座れば牡丹」に想うこと

立てば芍薬(しゃくやく) 座れば牡丹(ぼたん) 歩く姿は百合(ゆり)の花

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 この時期になると、八重桜の美しさについつい心奪われ、忘れがちなのがボタンの花です。日本人は桜に、中国では牡丹に想いを馳せるよう。「百花の王」と称され、唐代の詩人である王叡(おうえい)が、「牡丹妖艶亂人心 一國如狂不惜金 (牡丹妖艶にして人心を乱し 一国狂するが如く金を惜しまず)」とまで詠っています。「不惜金」であり「不借金」ではありません。

 日本での開花時期は、もちろんサクラ同様に地方によって差があり、関東では4月半ばから末にかけて。この短期間に、大輪の豪華絢爛に花咲くボタンの花に、狂喜乱舞したのでしょう。百獣の王「獅子」とボタンの花の柄は、「唐獅子牡丹」と呼ばれ、当時の磁器や織物に描かれています。今でいう「美女と野獣」ともいうべき組み合わせが、ここに誕生しているのです。

 4月半ばより咲き始めるので、牡丹の季語は春。ではなく、夏です。晩春を飾るにふさわしいと思うのですが、この豪奢な咲きっぷりが、春ではなく夏にこそ相応しいのでしょう。季語として「初夏」を指し示します。「牡丹の目」は初春を、「狐の牡丹」は晩春のこと。

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 秋の彼岸には、「おはぎ」をお供えすることで、五穀豊穣と家族を見守ってくれているご先祖様への感謝の意を伝えます。春の彼岸では、「ぼたもち」をお供えすることで、五穀豊穣と家族皆が息災であることをご先祖様にお願いします。この両季節の「あんころ餅」は、その季節を代表する花を使って名付けられました。秋は「秋の七草」の筆頭に上がる「萩(はぎ)」の花から、「お萩」。春は、「牡丹餅」と。なぜ、「桜」でなかったのか?これは、彼岸此岸(ひがんしがん)という仏教的な要素が強いからこそでしょう。

 「萩」はマメ科の花らしい楕円形の花びらが特徴。「牡丹」が豪快なまん丸の花の形。これが、両季節のあんころ餅の形に反映しています。さらに、幸せを呼ぶ赤い色の小豆(あずき)は、赤飯を代表するように祝い事には欠かせません。その小豆も、収穫したての外皮が柔らかいものは、そのまま「粒あん」となり「お萩」へ。ながらく時を過ごして乾燥した小豆は、漉すようにして「こしあん」となり、「牡丹餅」へ。諸説はあるかと思いますが、ついつい「なるほど」と頷いてしまいます。

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 冒頭の一文は、美しい女性を形容するのに使われています。なるほど、脳裏に浮かぶ姿は、どの花も美しい花を誇ります。ボタンの原産地は中国の西北部。このボタンが中国で寵愛されていることは、前述しました。ボタンが低木だからこそ、大輪の花が咲き並ぶかのような光景に、心奪われます。まさに「座れば牡丹」。では他の花は?

 

 シャクヤクはアジア大陸北東部が原産で、ボタンの仲間ですが、ボタンが樹であればシャクヤクは草です。花は酷似しているのですが、すらっと伸びた茎の先に、美しい花を咲かせます。「立てば芍薬」とは、良く言い表している気がいたします。しかし、シャクヤクはこれでは終わらないのです。

 フランスのL’OCCITANE(ロクシタン)は、すでにご存じの方が多いのではないでしょうか。厳選された植物原料とエッセンシャルオイルをベースとし、南仏プロヴァンスを想わせるスキンケア用品を、数々世の送り出しているブランドです。そこに、「Pivoine Flora(ピヴォワン・フローラ)」が登場します。

 英語では「Peony(ピオニー)」といい、美しい妖精「ピオニア」が他の女神の嫉妬を買い、魔法をかけられ一輪の花に変えさせられた。ここに、「ピオニー」の花が誕生しました。だからこそ、美しい花の姿はもちろん、花びらが響き合うようにはなたれる香は、何人も魅了して止まないのだと。

 さあ、もうお気づきでしょう。この「Pivoine Flora(ピヴォワン・フローラ)」こそ、「シャクヤク」のことです。実は、自分はまだシャクヤクと出会ってはおらず、どのような香りか知る由もありません。しかし、ロクシタンさんがシャクヤクの香を採用するということは…「le Nez(ル・ネ)」と呼ばれるプロの調香師が認める、心穏やかになる癒しの香りなのでしょう。

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 ユリは北半球のアジアを中心にヨーロッパやアメリカ大陸にも自生し、多種にわたります。その中で、15種ほどが日本に自生しているといい、その内の5種が日本固有種です。その中でも、ひと際目を惹くのが「テッポウユリ」と呼ばれる品種。残念ながら、画像がありません。「テッポウユリ」の姿はネットの中より検索いただき、ご覧ください。美しい姿の真っ白な花は、凛とした風格を感じさせます。

 ユリの分布は広く、もちろんヨーロッパにも12種類ほどが自生しています。その中でも代表的なものが「ニワシロユリ」、別名を「マドンナリリー」と呼ばれているのです。テッポウユリに似ていますが、花は小ぶりです。この白ユリは、冴える白さが聖母マリアの純潔の象徴とされ、キリスト教の宗教画にたびたび登場しているばかりか、バチカン国の国家になっています。

 古来よりキリスト教の祭事には、この「ニワシロユリ」が使われていました。ところが、19世紀に「テッポウユリ」がその地位を取って代わることになったのです。なぜ、日本固有種の「テッポウユリ」が?ヨーロッパに持ち込んだ人がいるのです。

 1829年の大事件で日本を追放された偉人、「シーボルト」です。彼がヨーロッパに持ち込んだ数多くのコレクションの中に、「テッポウユリ」の球根があったのです。多くのヨーロッパ人が、異国の地よりもたらされた「テッポウユリ」に魅了されたようです。英名では復活祭(イースター)にちなみ、「Easter Lily (イースター・リリー)」と呼び、キリスト教の祭事には欠かせない花となったのです。

 

立てば芍薬(しゃくやく) 座れば牡丹(ぼたん) 歩く姿は百合(ゆり)の花

  それぞれの花が、美しく人々を魅了して止まないことを紹介させていただきました。この3つの花は、面白いことに同じ時期に咲くことがありません。美人の形容としての花の順番は、「シャクヤク➔ボタン➔ユリ」ですが、花開く順は「ボタン➔シャクヤク➔ユリ」です。ボタンの開花が晩春であれば、シャクヤクは初夏で、ユリは品種が多いのため夏半ばから初秋あたりまで。

 さて、この順番に並べ替えてみると「座れば牡丹(晩春) 立てば芍薬(初夏) 歩く姿は百合(仲夏~)の花」。ブログを書きながら、ふと思うことがあります。この所作は、今の我々日本人へのメッセージなのではないかと。「座れ(動くな)→立て(復帰の準備)→歩け(活度開始)」と。かつて日本中に蔓延した疫病に対し、賢人が遺したメッセージなのでしょうか。ただ単に偶然の一致なのでしょうか?はたまた、こじつけなのか?このご判断は、皆様に委ねさせていただきます。

 

 終息の見えないウイルス災禍です。皆様、油断は禁物です。十分な休息と睡眠、「三密」を極力避けるようにお過ごしください。「一陽来復」、必ず明るい未来が我々を待っております。そう遠くない日に、笑いながらお会いできることを楽しみにしております。鬼百合(おにゆり)が、睨みをきかす晩夏には、「走れ」となることを信じながら。

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最後まで読んでいいただき、誠にありがとうございます。

末筆ではございますは、ご健康とご多幸を、一刻も早い「新型コロナウイルス災禍」の収束ではなく終息を、青山の地より切にお祈り申し上げます。

 

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬

www.benoit-tokyo.com