kitahira blog

徒然なるままに、Benoitへの思いのたけを書き記そうかと思います。

完熟キンカン「たまたま」がたまたま教えてくれたこと。

 フランスのレストランはどのような組織になっているかということを少しばかり書いてみようと思います。耳慣れた言葉の中に「ソムリエ」や「パティシエ」があり、特にソムリエはそれだけが独り歩きをしている感すらあります。もともとはワインを専門にするサービス係のこと。

 さて、日本では調理長が全てを管轄していることが多く、「親方」がサービスも料理もすべての決定権を持っています。和食以外でも、オーナーシェフのお店は同じことです。

 フランスでは、総支配人が全てを統括しながら、その下に「シェフ」、「シェフパティシエ」「メートル・ド・テル(サービス責任者)」と「シェフ・ソムリエ」が、横並びに位置しているようなもの。お互いに余計な干渉はせず、自らの担った責務を果たすことで、他に貢献するのです。それらの責任者の元で、それぞれが独立した部門として成り立っています。

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 Benoitも例外ではありません。調理場の衛生管理を含めた責任者として、シェフはパティシエも管轄しています。しかし、完成形のデザートの確認はしますが、アドヴァイスはあったとしても、試作段階であーだこーだと過度に干渉することはまずありません。Benoitの場合は、シェフパティシエは環太平洋を統括しているエグゼクティブシェフパティシエと試作を重ね、デザートを仕上げていきます。料理の場合はもちろん、フランスにいるエグゼクティブシェフとの協議です。

 

今回の主役は「完熟キンカン」のお話です。

 日照時間や快晴日数が国内屈指の宮崎県。県内の柑橘栽培が沿海部に集中している中で、今回は内陸の地、宮崎市から西へ進んだ東諸県郡の綾町から送っていただいています。ここは、町の約80%が森林で、名水百選にも選ばれる水源を有するなど自然豊かな環境に恵まれているうえに、すでに30年以上も前から町全体で有機農法に取り組んでいる地なのです。

 見た目に美しく効率よく大量生産をめざす飽食の時代に、まさに逆行するかのような行動に出たのが、当時の綾町の町長でした。彼の英断は、今でこそ当たり前の農法も、当時は賛否両論だったはずです。反発して町を出てゆく人もいれば、賛同して転入してくる人もいる。それでも、ひたに有機農法を実践し続けたことで、今の名声を得ることができたのです。宮崎県綾町の詳しいご紹介は、同じく同県特産でもある「日向夏」の時にお話させていただこうと思います。

 彼の地より、届いている、いや「届いていた」という食材が、完熟まで収穫を待ちに待った「完熟キンカン≪たまたま≫」です。皮が薄く、完熟まで待ちに待つことで、十二分な甘さを内包したキンカン。綾町の徹底した減農薬有機農法、ノーワックスでBenoitに届いた「たまたま」は、そのまま口にすると、得も言われぬ甘さとほろ苦さのバランスに驚嘆することでしょう。

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 さあ、このキンカン、すでに収穫も終わっています。では、なぜこのタイミングでキンカンの話なのか?自分が、調理場内の職人としての彼らの仕事ぶりを知ったきっかけになった食材だったのです。本当はもっと早くのご案内したかったのですが、今回の「新型コロナウイルス災禍」のため、後手後手に回ってしまいました。ただ、闇に葬り去るわけないため、時期がずれたのですが、ここにご紹介させていただきます。

 

 Benoitは、皆様すでにご存じかと思いますが、ラ・ポルト青山ビルの10階と11階を占有しています。11階はレストランスペースで、10階がキッチンです。入口が10階にあり、皆様がBenoitのお越しいただき、お召し物などをお預かりする場所が、ちょうど料理とデザートを担うキッチンスペースの境目にあたります。

 正面向かって左手に酒の神バッカスがおり、こちら側が料理を担うキッチン(キュイジーヌ)。反対側の、ガラス越しに中を覗くことのできる場所が、デザートやパンを担うキッチン(パティスリー)です。この両者を分けているのが、ウォークインの冷蔵庫と冷凍庫。そう、全ての食材はここに保管されるのです。

 当初は、パティシエールの田中から、「美味しいキンカンある?」との相談がありました。相談とは響きがいいですが、「あるでしょう➔よろしく」との意味が含まれていることを忘れてはいけません。このプレッシャーが無ければ、宮崎県綾町に完熟キンカン「たまたま」には出会わなかったことでしょう。

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 収穫期を待ち、早々に購入した完熟キンカンが、Benoitに届きます。柑橘とはいえ、鮮度を維持したいがために、保管場所は冷蔵庫です。すると、キュイジーヌのシェフである野口が、食材管理の観点から、このキンカンを一口ぱくりと。すぐに、自分へ一言、「どれほどの量を、そしていつまで購入できる?」と。

 今まで、キュイジーヌとパティスリーで同じ食材を使うことはありました。しかし、今回はキンカンという同じ食材に加え、「コンフィ」という名前で、メニューに入ってきたのです。2月~3月の期間、料理では前菜としてフォアグラの脇に、そして柑橘のクープというデザートの中に入っていました。4月~5月は、ホワイトアスパラガスの前菜に添えられます。

 この「キンカンのコンフィ」が美味しいのです!間違いなく美味しいのですが、今回はそのお話ではありません。

 

 「コンフィ」とは、調理方法のことを言います。昔の冷蔵庫が無かったころ、いかにして食材を保存していこうかとの古人の英知の結晶ともいえるもの。食材を脂の中で煮るように仕上げ、そのまま冷ましてゆくと、油の中なので食材が空気に触れることがなく、酸化しません。そうすることで、保存ができるようになるのです。さらに、油だからこそ旨味を逃がしにくく、低温でゆっくり調理することで、肉が硬くならないのです。「鴨のモモ肉のコンフィ(confit)」は、この典型でしょう。

 では、キンカンを油で煮るのか。さすがに、油で煮たフルーツは誰も食べたくはないでしょう。フルーツの場合は、バイ菌が悪さできなくなるほどの、極々甘いシロップで煮ていったもの。大分県の特産である「ザボン(柑橘)果皮の砂糖づけ(confiserie)」やジャム(confiture)などです。昔は保存するため、甘く甘くジャムを仕上げます。

 

 日々の自分の日課ともなっていることは、料理やデザート情報を集めるために、カメラ片手に足繁くキッチンを訪問します。Benoitの調理人は、アラン・デュカスの下で働きたいという有志のメンバーばかりです。言うなれば、それ相応に経験を積んできたからこそ、その心意気が強いのでしょう。巨匠から見れば、「まだまだ」かもしれませんが、自分のような素人から見ると十分すぎるほどの腕を持っています。

 彼らにとって、当たり前だと思われていることが、自分からすると大いなる発見が多々あり、これが調理の「こつ」なのだと考えています。料理レシピ本を見れば、誰でも作れるのかといえば、きっと皆様も経験があるかと思いますが、全く別物に仕上がることがあります。この、行間に隠された「こつ」が、意外にも大切なことであったりします。

 しかし、この「こつ」というものが、料理を志す人にとっては、極々当たり前のことであり、文字として書き記すまでもないのだと考えているのでしょう。このレシピ本の行間に隠された、隠しているわけではないのですが、「こつ」を悟るのです。Benoitシェフ野口は、Benoitブランドの伝統的なレシピを読みながら、Benoit東京の器材や食材で可能な工程をイメージするのでしょう。そして、家との違いは、皆様のご希望のタイミングと量を測りながら仕込みの段取りを考えているのです。

 話がそれましたが、シェフやシェフパティシエはもちろん、調理人とはやはり「料理の理(ことわり)を料(はか)る」プロフェッショナルなのです。新しい料理については、説明を受けるのですが、「こつ」というものはあまりにも彼らにとって当然のことであり、語りません。素人の自分も知らないため問いません。

 確かに、十分詳しい説明を受けるので、それで充分です。しかし、自分などが気付かない中で、寡黙に作業を続ける中にその「こつ」があり、それを知ることで料理の説明に深みがでると考えています。その「コツ」は、知らなければ問うことができません。そこで、迷惑がられることを百も承知な上で、足繁くキッチンへ通い、作業工程を覗きに行くのです。

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 と3月のある日のこと。デザート用に、「完熟キンカン≪たまたま≫」を、コンフィに仕上げるというので、カメラ片手にキッチンへ赴きました。Benoitでは、ヘタを取ったキンカンを、甘さを控えたシロップを加えた後にパック詰めし、低温調理を施します。この調理方法によって、「たまたま」の持つ風味を損なうことなく、ほのかな甘みを加えることでキンカンの美味しさを最大限に引き出します。

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 そのまま、他のネタを探しに、料理を担うキュジーヌ側の調理場を覗きにいくと。偶然にも、「キンカンのコンフィ」を仕込んでいました。バットに入れられた、袋詰め前の状態のキンカンの山。よくよく見た時に、「え?」という声が口から洩れたのを覚えています。そのキンカンの山の画像は下です。皆様、違いに気付かれましたか?

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 シロップの甘さに多少の違いはあるものの、袋詰めの低温調理は同じです。何が大きく違うのか?袋詰めにするキンカンの姿です。デザート用では、ヘタだけ取って丸のままコンフィへ、種はその後に除きます。料理用では、ヘタ取って半分に割り、種を取ってからコンフィへ。なにやら、言葉遊びのようですが、この工程の違いには理由がありました。

 デザート用では、他の不知火(しらぬい)とパール柑という美味なる旬の柑橘と、器の中で競合しなくてはなりません。そこで、果皮の食感を生かしながら、キンカンの風味を最大限に生かしたい。対する料理用では、3月末まではフォアグラの滑らかさと、4月からはホワイトアスパラガスと、競合ではなく引き立て役に徹しなくてはならず、果皮の主張は穏やかに、風味を生かすように仕上げます。調理方法の違いは、仕上がる料理・デザートに合わせたものであったのです。下の画像の左が料理用、右がデザート用です。

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 シェフ野口に、パティシエでは、こうやってコンフィ作っていましたよと話すと、「そうなんだ」との返事。そう、完成したデザートは知っていても、過程には関与していない事実を物語っている。パティシエールの田中に話しても同じような返事。キュジーヌとパティスリーとの間にある、冷蔵庫からお互いに「キンカン」を持ち出し、最適と思える調理方法をひたに実践していたのです。

 同じキンカンが、一手間違うだけで、違った美味しさを発揮します。どちらを食しても美味しいことに変わりはありません。並べて食さないと分かりにくい違いです。しかし、彼らの中に「妥協」という文字はありません。この違いに「こだわり」ひとつひとつが絡み合い、Benoitの料理が、デザートを仕上げているのです。

 調理人にとっては、何気ない日々のルーティーンであっても、自分にとっては感慨深い、職人気質を垣間見た日となったのです。美味なる食材を、いかに美味しく皆様にお召し上がりいただくか。この想いのもとで、各部門の担当が何も語らず業務を遂行してゆく。このような下ごしらえの中にある「こだわり」こそ、我々サービスマンが皆様に語らなければいけない、美味しさを導くひとつの要素なので考えております。

 今回は、この「たまたま」を料理とデザートにと、同じ「コンフィ」という調理方法で仕込んでいたからこそ分かったことです。たまたまなのか、必然なのか、大いに学ばせていただきました。料理にしかデザートにしか使わない食材は、比較の使用がありません。ただ、間違いなくそれぞれが、食材を見定め、最適と思う下ごしらえ、調理を施していることに疑いの余地はありません。

 本来であれば、もっと早くお話すべきなのですが、「新型コロナウイルス災禍」に追われ、後手後手に回った感が否めません。これほど、お話しながら皆様にお楽しみいただけないこと、深くお詫び申し上げます。Benoitは営業を自粛しておりますが、自然のサイクルは待ってはくれません。旬を追うようにしてBenoitに届いていたもの、届く予定であったもの。そのような旬の食材のお話を、今後しばらく綴ってみようかと思います。

 

 いまだ終息の見えないウイルス災禍です。皆様、無理は禁物、十分な休息と睡眠をお心がけください。旬の食材には、今我々が必要としている栄養に満ち満ちています。免疫力を高める意味でも、旬の食材を食し、この席規模の危機を乗り越えてゆきましょう。我々ひとりひとりの行動が、この未曾有のウイルス災禍を「収束」へ向かわせ、必ず「終息」するものと信じております。そう遠くない日に、笑いながらお会いできることを楽しみにしております。

 

最後まで読んでいいただき、誠にありがとうございます。

末筆ではございますは、ご健康とご多幸を、一刻も早い「新型コロナウイルス災禍」の収束ではなく終息を、青山の地より切にお祈り申し上げます。

 

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬

www.benoit-tokyo.com