kitahira blog

徒然なるままに、Benoitへの思いのたけを書き記そうかと思います。

2021年4月5月 Benoitの特選食材とお勧め料理のご案内です。

ぬしなくて 荒れにし屋戸の 庭のおもに ひとり菫の 花さきにけり  藤原公重(きんしげ)

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 春の陽気に誘われるかのように順を追って咲き誇る花々は、名にし負うものばかり。あまりにも豪華絢爛であるからか、足元にひっそりと花笑っている「菫(すみれ)」を見落としてしまいがちです。日本では北海道から沖縄県までの広範囲に自生していながら、その紫色の小さな花は、あまりにも控えめな姿のため、園芸品種として育種されている「パンジー」の方が馴染み深いものです。

 しかし、春の花々が咲き花落とす中に、ひっそりと咲くスミレの美しさを、古人は見逃しませんでした。日本最古の歌集「万葉集」にも、しっかりと名が遺されています。さらに、美しいばかりではなく、葉や花は食することができるため、山菜採りのひとつとして人気を博していたのではないかとも思う。

 藤原公重は、平安時代後期に活躍を見せた歌人です。自分の住居を言い表す場合は「宿(やど)」ではなく「屋戸(やど)」という。お役目で地方に赴任していたのでしょうか、長きにわたり留守にしていた我が家に帰り着いた時に、手入れのされていない庭に、ひっそりと咲いている紫色の小さな花が目に留まる。あ~スミレだけが私を待っていてくれたのだ…

 荒れ放題の庭ではあるものの、何かしらの花は咲いていたであろうに、スミレに心奪われるのは、何か奥ゆかしく咲いている姿に、得も言われぬ感慨深さ、可憐な美しさを見出したのだと思う。

 ひそやかに咲くスミレの花は、それに気づいた人の心を慰(なぐさ)める。

 

 誰に語りかけるわけでもなく、ひっそりと収穫を待つ旬の食材は、それに気づいた人の心を慰める。そして、「口福な食時」のひとときは、私たちの心の豊かさをもたらしてくれる。そこへ「語らい」が加わることで、さらなる効果をもたらすことでしょう。

 では、旬の食材とお勧めの料理/デザートをご紹介させていただきます。

 

イタリアから飛行機に乗って「グリーンピース」が届いています。

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 日本でもお馴染みの春食材の「グリーンピース」。ところが、缶詰の普及がこの食材への偏見を導き、好き嫌いの多い食材になってしまったことは否めません。しかし、鮮度の良いグリーンピースの美味しさは格別で、春にしか楽しむことができない旬の味わいです。

 グリーンピースが完熟すると「えんどう豆」。未熟だから栄養が貧弱かと思いきや、このグリーンピースの栄養価はまさにエリート級です。豊富なビタミンB群は糖質や脂質の代謝を盛んにし抵抗力を、さらにビタミンCとの相乗効果で感染症から守ってくれます。特筆すべきはカリウムと食物繊維の豊富さです。便秘解消、生活習慣病の予防にも最適。まさに春の美容と健康のためにあるような食材です。

 国産の食材を愛する自分ですが、今回ばかりは驚きの美味しさを誇る、地中海の太陽をさんさんと浴びて育ったイタリア産に席を譲るしかありません。船便では間に合わないため、飛行機で運んできた逸品です。もちろん、品種が違うといえば違うのですが、あまりにも国産を凌駕する甘みのある美味しさは、一食の価値あり。生の鞘(さや)を口にすると、鞘の筋が口中に残るものの、春らしい甘さを堪能しながらポリポリと食べることができるのです。鞘がそれほどまでに美味しいということは、中の粒粒はいかほどのものか。

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Délicat velouté de PETITS POIS et fromage frais

グリーンピースのスープ リコッタチーズ

※ランチとディナー、ともにプリ・フィックスメニューの前菜の選択肢に名を連ねております。

 

≪さっぱり分かり難い料理「ブランダード」、しかしこれが美味なり。≫

 ヨーロッパでは、北欧を主として、塩をたっぷりとまぶし釘が打てるほどに乾燥させ保存性を高めたタラ、「Morue(モリュ)」と名付けられた食材があります。これをいかに美味しく食べようかという、フランスの伝統と知恵が作り上げたのが、ブランダードという料理です。同じような料理が、ヨーロッパ各国にあり、大航海時代で言語が伝播するように、世界中に拡がっていきました。いったいどの地が発祥なのか、今となっては知る由もありません。

 日本は周囲を海に囲まれており、鮮度良く美味しいマダラが手に入る環境にあるため、Benoitのブランダードは塩干タラを使用しません。北海道のマダラに塩をまぶし一晩お休みです。これにより、、身が引きしまるのと同時に、旨味が出てきます。このタラを少しばかり塩抜きし、牛乳とニンニクの中で煮たものを、ほぐしたジャガイモと混ぜ合わせます。これに半熟卵をのせる。ジャガイモの甘さとホクホクの食感、そこにタラ特有の繊維っぽい身質と旨さが絡みあう。半熟卵のとろりとくる黄身との相性も抜群です。さらに、クリームにニンニクを風味付けしたものをソースとする。これがBenoitスタイルです。

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Œuf mollet, brandade de MORUE

鱈のブランダードと半熟卵

※ランチのプリ・フィックスメニュー、前菜としてお選びいただけます。

 

≪マダイのギリシャ風…どんなものがギリシャ風?≫

 マダイは、表面を炙るようにすることで、香ばしさを加え旨味を引き出します。しかし、この前菜は、マダイを凌駕する野菜の美味しさが際立っているのです。セロリ、ニンジン、タマネギ、カリフラワー、それにラディッシュ。レモンにコリアンダーの種を使い、絶妙な火加減で調理してゆき、冷蔵庫で一晩休ませます。コリアンダーパクチーのことで、苦手の方の多い香草かと思います。しかし、このコリアンダーの種は、うんともすんともいわない味気ない食材。ところが、野菜とともに熱を加えることで、野菜本来の甘さを引き出すのです。

 野菜それぞれの食感がリズミカルに口中に響き、野菜それぞれが甘さ旨さの旋律を奏でます。さらに、グレープフルーツの甘ほろ苦さ、マダイの美味しさが一加わることで、皆様を「口福な食時」へと誘(いざな)います。Benoitの窓越しから、エーゲ海を望めるかもしれません。

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DORADE marinée, légumes à la grecque

真鯛と野菜のマリネ ギリシャ

※ディナーのプリ・フィックスメニュー、前菜としてお選びいただけます。

 

Benoit、春の目覚めは讃岐から!

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 香川県農業試験場で試験栽培を重ねた末、2005(平成17)年にオリジナル品種として誕生したのが「さぬきのめざめ」です。アスパラガスは、種をまいて数ヶ月で収穫できる野菜ではなく、植えてから収穫までに3年間を要します。この期間、アスパラガスはわさわさとした葉を成し、香川県ならではの陽射しを十二分に受けることで、根に栄養を蓄えていき枯れてゆく。これを3年繰り返すことで、大地に根を広げてゆかねばなりません。そう、まだ産声を上げたばかりの特選食材なのです。

 今回Benoitに送っていただいているアスパラガスは、県庁所在地のある高松市の南に位置している香南町から。この地の畑を展開している、「薫る農園」さんからです。栽培者は、香川の農業女子として活躍中の河田薫さん。女性だからもてはやされているのではない。彼女の名声が名ばかりでないことは、丹精込めて育てあげた野菜を手にした時に実感し、口にした時には本物であること確信を得ることになる。穂先がきゅっと締まった美しい姿、根元までやわらかいが歯ごたえはシャクシャク。そこに、鮮度の良さが加味されます。

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 河田さんは、「さぬきのめざめ」栽培方法のポイントは、「高畝(たかうね)」と「畝間(うねま)」、そして「灌漑と温度」だと教えてくれました。この品種は、日本全国で栽培されている品種(ウェルカム種)に比べて表皮が薄く柔らかいため、病気に弱く、ハウスで栽培しなくてはなりません。さらに、香川県独自の高畝栽培です。通常、県外での栽培方法は、地面からにょきにょきとアスパラガスが姿を見せる「平畝(ひらうね)」での栽培。しかし、香川県では、「高畝」にして栽培しています。地面から60cmの高さまで土を盛り、そこにアスパラガスの苗を植えて栽培します。高畝にすることによって、アスパラガスはのびのびと根を張ることができ、地下茎が広範囲に広がり、地中の栄養分をより多く蓄えることを可能とします。

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 いただいた畑の画像、見事なアスパラガスに目を奪われてしまいますが、畑の様子をご覧いただきたいです。高畝の様子に加え、この広々とした空間ですよ。効率を重視するのであれば、畝(うね)と畝の間隔を狭くすることで、苗をより多く植栽し、葉を剪定するように育てていきます。しかし、彼女は畝の間を広げる方法を選んでいます。通気性を重視し、さらには、余計な剪定はせずアスパラガス本体がのびのび元気に育つ。それにより、自然に持ちうる病虫害への抵抗力が増すことになる。さらに、通気性の良さは害虫がつきにくいという利点もあるようです。

 畝を高く畝間を大きくとることで、アスパラガスはのびのびと地下茎を拡げることができる上に、成長したアスパラガスは剪定する必要が無いため、心置きなくわさわさと茂ることを許されます。だからこそ、ぐんぐんと育ち、より美味しくジューシーなアスパラガスが育つのだといいます。

 そして、もう一つ重要なことが「灌漑と温度」です。品種改良の末に生み出された「さぬきのめざめ」ではあっても、もとは地中海東部が原産の野菜です。特に夏場は、少量をこまめに灌漑を実施する必要があり、気を抜けないといいます。さらに、ハウス栽培だからこその夏場の温度管理も忘れてはいけないのです。

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 河田さんは、アスパラガスの芽吹きを促すことを、「起こす」と表現しています。この野菜は平均気温が15℃を越えないと、新芽が動き出さないといいます。叱咤激励の下でたたき起こすのではなく、外気を取り入れながらハウスの温度を調節し、その年の天候を見極めながら、ハウスごとに優しく春芽を「起こす」てゆくのです。そして、目覚めたアスパラガスは、ここぞというタイミングで収穫され、選別し、一晩冷蔵庫で休憩することで勇んだ成長を落ち着かせ、Benoitへ向けて旅立ちます。

 香川県の自然と、河田さんの弛まぬ努力が育んだ「春一番の美味しいめざめ」は、東京のBenoitで出会うのは、北海道の天然サクラマスなり。

 

≪大海原から戻ってきたサクラマス!≫

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 北海道の雄大な河川で生まれた稚魚が、1年ほど母なる川で育まれた後に、川を下り大海原へと泳ぎ進みます。この時、川に居残る河川滞在型と海に向かう降海型に分かれるのです。サクラマスは降海型であれば、この種の滞在型はヤマメと呼ばれます。どうゆう理由で2つの型に分かれるのか?いまだ謎のまま…これがサケ目サケ亜科に分類される「鱒(マス)」の面白いところ。仲間にイワナがいるのですが、これは一生を川で過ごすため陸封型などだといいます。

 鮭はサケ目サケ科であり、鱒のサケ亜科との違いは何なのか?簡潔に言ってしまうと、川で孵化した稚魚が、稚魚のままもれなく全てが海に下るものが鮭で、稚魚が川に居残り成長してゆくのが鱒。前述したように、鱒の一部は海に降り立ちますが、鮭が3年を要して戻ってくるのに対し、鱒は1年であること。そして、共通しているのは、頑(かたく)なな母川回帰であること。鮎はきれいな川を選んで遡上するのに対し、鮭の仲間はどんな困難が待ち受けようとも生まれ故郷(母川)に帰ってくるのです。

 海に降り立ったサクラマスの向かう先は、ベーリング海峡です。荒れ狂う海でありながら、餌となるオキアミが豊富であることで、多くの魚を呼び込むようです。このオキアミや小魚をパクパクと食し、河川滞在型とは雲泥の差ほどの体格へと大きく成長し、1年後に戻ってくるのです。この行動は範囲と、食してるものの違いこそが、天然と養殖との差を生み出します。

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 皆様よりサクラマスのメインディッシュのご要望が入り、サービススタッフが希望料理とコースの流れをキッチンに伝えます。これを合図に、前菜の仕上げが始まります。順番にもよりますが、ひとつ手前の料理がキッチンを旅立ったと同時に、サクラマス料理の準備が始まります。切り身に塩をふって一呼吸。焼の担当のスタッフが、皮目から鉄板をつかって焼きを入れます。

 びちびちと心地よい音色を奏でながら、熱が入ることで切り身の色が変わってゆく。さあ、ここでひっくり返す、鉄板の外で。反対側は焼かずに、バットに移して、温かい小部屋へ移動します。オーブンではなく、温かい小部屋で一休みです。この段階では、皮目からしか焼いていないので、下の画像の通り2トーンの色彩です。

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 皆様が、食事のペースを見計らい、サービススタッフがキッチンへ、サクラマス料理の仕上げを伝えます。付け合わせのアスパラガス担当者から、仕上がりまでの時間がシェフへ伝えられる。傍らで、その時間を耳にした焼き担当者が動き出す。温かい小部屋で休息中のサクラマスを取り出し、皮目から再度鉄板で焼きを入れる。先ほどとは音が違う。パリっとしたところで、ひっくり返し、数秒で鉄板からバットへ移す。これで、焼きの作業が終了です。

 焼き過ぎない、生ではない。この余熱を使いながらの絶妙な火加減こそ、サクラマスの美味しさを十二分に楽しむことのできる調理方法。パリッとしながら、身はほろっとしつつも、中はしっとりとしている。サケとは違う、優しい旨味を感じ取ることができるのです。

 「桜」を冠するサクラマスだからこそ、旬の食材グリーンアスパラガス「さぬきのめざめ」を合わせたい。塩ゆでにしたものと、生のもの。春の息吹を感じることのできるアスパラガスの新芽には、得も言われぬ旨味があるものです。湯がいただけでも美味しいですが、今回はさらに、スライスした生のアスパラガスを添えます。しゃりしゃりとした食感と、爽やかな生だからこその味わいは、単調になりがちな料理に、心地良い春の風を吹き込ませたかのよう。

 ソースは2種類です。卵黄をホワホワにしたサバイヨンという黄色のソース。もうひとつはエシャロットをバターとともにゆっくりと熱を加え、甘さと旨味を十二分に引き出すように仕上げ、ヴィネガーで心地良い酸味を加味した茶色のソース。それぞれが、サクラマスとの相性は抜群です。さらに、この2つのソースをお皿の上で合わせることで、また違った美味しさをお楽しみいただけることができるのです。あえてシェフが、2種のソースを混ぜ合わせないことには、理由がありました。

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SAKURAMASU sur la peau, asperges vertes cuites et crues

サクラマスポワレ グリーンアスパラガスさぬきのめざめ

※ランチとディナー、ともにプリ・フィックスメニューの魚料理の選択肢に名を連ねております。

 

≪春を告げる「ホワイトアスパラガス」がBenoitに登場です!≫

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 春を代表する食材であり、なかなか自宅では調理しない食材の代表が、この「ホワイトアスパラガス」ではないでしょうか。3年以上かけて地下茎に栄養を蓄えたアスパラガスが、春の陽射しに誘われるかのように、地表に顔をのぞかせます。アスパラガス新芽の成長は目に見えて早く、ぐんぐん背丈をのばしてゆきます。太陽の恩恵を十二分に受けたものが、グリーンアスパラガスであれば、陽射しをシャットアウトし、軟白化するように育てあげたものがホワイトアスパラガス。緑にはない、軟白化の独特なほど苦さは、冬眠の余韻にひたっている我々の体を目覚めさせてくれるようです。

 国産でも、美味しいホワイトアスパラガスが収穫されています。しかし、あまりにも優しい風味なために、フランス料理へと姿を変えた時には、他の食材に埋もれてしまい、春らしさを感じなくなるのです。そこでBenoitでは、鮮度を犠牲にしてでもフランスから空輸されてきた逸材を選びました。春らしい味わいでもある「エグさ」が、フランス料理のソースと相まった時、そこには春を実感できるマリアージュが誕生しています。

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≪「ホワイトアスパラガス」には「清流美どり」、そしてこれです!≫

 フランスから届くホワイトアスパラガスは、鶏肉とペアを組むようにBenoitのメニューに登場しています。ホワイトアスパラガスとの相性を考えながらシェフ野口は、鶏肉を選びました。しかし、お互いの味を引き立て合うようなマリアージュを成すには、それ相応の鶏肉の美味しさが必要だったのです。そこに名乗り出たのが、岐阜県の特別飼育鶏「清流美どり」でした。

 岐阜県濃尾平野にとって不可欠な岐阜三川の一つ、「揖斐川」の上流域で育まれた、真っ白な美しい羽並をもつ「清流美どり」。育てる過程で、一切の抗生物質や抗菌物質などを与えることなく育ててゆきます。自然に近い環境を整えた鶏舎は、内外を問わず除草剤も使用せず、徹底した清掃を行うことで、鶏にストレスを与えないように心がけています。

 地鶏にはない「清流美どり」の美味しさが、そこにあります。やわらかさで旨味に満ちたムネ肉に、ジューシーで弾力のあるモモ肉。大きい鶏にもかかわらず、シェフは何のためらいもなく、ムネ肉とモモ肉をともに盛り付けるのです。美味しさの違う2つの部位を知ることこそが、この鶏の本来の美味しさを知ることになる。

 ホワイトアスパラガスとウイキョウをピューレを盛りつける。そして、低温調理でしっとりと焼き上げた「清流美どり」のムネ肉とモモ肉。軽く茹で、焼き色を付けることで香ばしさをくわえたホワイトアスパラガスとウイキョウを忘れてはいけない。全てを結び付けるのに必須なのが、レモンでした。

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 広島県、瀬戸内海に浮かぶ離島「大崎上島(おおさきかみじま)」。サンサンと降り注ぐ陽光に温暖な気候という恵まれた環境の中、飽くなき探求心と努力を積み重ね、類まれなる品質のレモンを育て上げているのが、岩﨑さんご一家です。陽射しばかりでなく、愛情もたっぷり受けて育ったレモンは、まろやかな酸味が特徴で、そのまま食すると皮のほろ苦さと相まって、なんと美味しいことか。すっぱさに顔をしかめる必要はありません。さらに、摘んだそのままを届けていただくため、表皮のワックスを取り除く必要もありません。美しい輝かんばかりの黄色の果皮。レモン同士をこすった時に、透きとおった爽やかな香りが放たれる。そのまま目を閉じると、遠く潮騒(しおさい)が耳に届き、レモン畑から一望できる瀬戸内海に浮かぶ島々の美しさが脳裏に浮かぶ。この食材無くして今回の料理はなかった、そう言い切ってもよいかもしれません。

 春の陽射しが漏れ入る昼時には、あ~白ワインが呼んでいる…

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VOLAILLE rôtie aux agrumes, asperges blanches

鶏のロースト 柑橘風味 ホワイトアスパラガスとウイキョウ

※ランチとディナー、ともにプリ・フィックスメニューの肉料理の選択肢に名を連ねております。

 

≪西の「あまおう」、東の「とちおとめ」、やはりBenoitは「紅ほっぺ」。

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 多くのイチゴ品種が誕生する中で、1980年代には≪東(栃木県)の「女峰」、西(福岡県)の「とよのか」≫」という二大勢力が台頭するも、ここに「章姫」が割り込んできます。時が過ぎ、2000年前後ともなると、≪東(栃木県)の「とちおとめ」、西(福岡県)の「あまおう」≫へと移り行く。そして、ここに章姫と「紅ほっぺ」が姿を見せます。日本のイチゴ生産量の1位栃木県2位福岡県に負けじと健闘しているのが、地理的にも中間に位置している静岡県(4位)。イチゴ勢力図を二分する中に、割って入るかのように登場する≪章姫≫と≪紅ほっぺ≫という品種を生み出したのも、静岡県。甘さでは「あまおう<とちおとめ」、酸味では「あまおう>とちおとめ」。「紅ほっぺ」はどちらも中間に位置しているのだといいます。甘みと酸味を兼ね揃え、酸味があるからこそ甘みも冴えるのです。

 静岡県掛川の「赤ずきんちゃんおもしろ農園」の赤堀さんが丹精込めて育て上げた「紅ほっぺ」は、みずみずしくしゃくしゃくの食感であることはもちろん、心地良い酸味がイチゴの優しい甘さを引き立てています。甘いだけではない、イチゴの優劣はこのバランスによって決まる。Benoitに送っていただいているイチゴの品質にはただただ脱帽するのみ。豊潤な香りをはなちながら、美しい輝かんばかりの赤い色、口中いっぱいに広がる豊潤な甘さに心地よい酸味、いかに丁寧に育てられた「紅ほっぺ」であることか。自分のみならず、パティシエチーム皆が「美味しい」と納得の逸品です。

 今年は、イチゴパフェにように盛り付けてゆきます。既製品のイチゴのシロップもピューレも使用しない、赤堀さんの「紅ほっぺ」だけを使用する徹底ぶり。イチゴを潰してゆきマルムラード、煮出すようにとろみのあるジュース、これでもかとイチゴのみで仕上げたソルベ、何ためらうことなく贅沢に「紅ほっぺ」を使うからこその美味しさがります。

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 バニラビーンズをたっぷり加えた濃厚なバニラアイスクリーム一食の価値あり!さらに、軽やかな生クリームが味わいをまとめてくれているようです。そのままでも十分に美味しいデザートですが、添えているイチゴを煮出したジュースを加えると、はなたれる芳醇な香りに魅せられることとなるのです。

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FRAISE MELBA

静岡県産イチゴ紅ほっぺのメルバ

※ランチとディナー、ともにプリ・フィックスメニューのデザートとして、+800円でお選びいただけます。

 

≪三役揃い踏み、旬の柑橘が一堂に会します!≫

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 毎年のようにこの時期になるとBenoitのメニューに登場するのが、柑橘のデザート。今まさにこの時期だからこそ可能な3つの柑橘が、一堂に会するのです。

 熊本県天草の「不知火(しらぬい)」。彼の地は、県下随一の柑橘の産地であり、Benoitでは毎年のようにお世話になっております。今は太陽をさんさんと浴びた路地ものが届いています。どれほどの産地で、どれほどの美味しい柑橘を育んでいるのか。詳細は以前に綴ったブログを以下より参照ください。

kitahira.hatenablog.com

 宮崎県綾町は、完熟キンカン「たまたま」。県内での栽培が沿海部に集中している中で、Benoitは内陸の綾町です。なぜ彼の地を選んだのか?歴然とした理由がありました。話の内容は「日向夏」ですが、綾町のことをブログでご紹介させていただきました。

kitahira.hatenablog.com

 この完熟キンカン「たまたま」と広島県大崎上島の「瀬戸内レモン」はコンフィという調理方法をとります。「瀬戸内レモン」は、ホワイトアスパラガスと鶏肉の料理のご案内を参照ください。ここでは、コンフィをご紹介させていただきます。料理とデザートのそれぞれを担う両者が、同じ食材でもいかに違うのか?コンフィも手順によってここまで変わるのか?気になる方はぜひ以下よりブログをご訪問いただけると幸いです。

kitahira.hatenablog.com

 

2021年、新作の柑橘デザート!≫

 今年の柑橘デザートは一味も二味も違います。

 特選食材の柑橘3点まとめて果皮の風味を生かしたマルムラードを下に、「不知火」の果肉、「瀬戸内レモン」と完熟キンカン「たまたま」のコンフィと、順に盛り付けた後に、ぷるぷるの3種の柑橘ゼリーを中央にあしらいます。これだけでも春を感じることのできる柑橘の風味が満ち満ちた、甘さとほろ苦さの相まったデザートです。

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 さらに、今回はミントの登場です。一枚一枚とミントの葉を手で摘んだ後に、ミントが香る爽やかさたっぷりのソルベと、粒の大きいかき氷のようなグラニテに、さらにミントペーストへと仕上げ、盛り付けた柑橘の上にのせてゆくのです。

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 フルーツの盛り合わせにミントを飾ることはあっても、ここまでミントで仕上げた主張あるものを柑橘と盛り付けることは、ありそうでなかった気がします。「日本の柑橘はやはり美味しいな…」と感じながら、思いのほか柑橘とミントの相性が良いことに気付かされます。

 ん?Benoitシェフパティシエールの田中が、試食の際にこんなことを言っていた。「交互に試してください」と。柑橘とミントのことかと思いきや、彼女が伝えたかった「交互」とは、この「柑橘とミントのペア」と「ガトー・バスク」のことだったのです。

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 バターをしっかりと使って焼き上げた生地は香ばしく、外はサクサク、中はしっとりとしており、さらに柑橘の風味が生きている。このガトー・バスクだけでも十分に美味しい。しかし、「交互」に口にした時、田中が我々に伝えたかったことを理解することになるのです。マリアージュとはかくなるものか、と。いったいどう考えたら、このような発想が生まれてくるのでしょうか。

 今はフレッシュの果肉は「不知火」ですが、時おいて同じ天草の「天草晩柑」へと変更いたします。これはこれで「不知火」とは違った風味のデザートに仕上がる予定です。

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AGRUMES D'ICI, granité à la menthe

シトラスのコンフィ ミントのグラニ ガトー・バスク

※ランチとディナー、ともにプリ・フィックスメニューのデザートとして、+500円でお選びいただけます。

 

 最後まで読んでいただき、誠にありがとうございます。

 今年の辛丑が始まりました。その「辛」の字の如く優しい年ではないかもしれません。しかし、時は我々に新地(さらち)を用意してくれている気がいたします。思い思いの種を植えることで、そう遠くない日に、希望の芽が姿をみせることになるでしょう。

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 「一陽来復」、必ず明るい未来が我々を待っております。マスク無しで笑いながらお会いできる日が訪れることを願っております。皆様のご多幸とご健康を、一刻も早い「新型コロナウイルス災禍」の収束ではなく終息を、青山の地より祈念いたします。

 

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬

www.benoit-tokyo.com