kitahira blog

徒然なるままに、Benoitへの思いのたけを書き記そうかと思います。

2021年6月 季節のお話「いずれ菖蒲(あやめ)か杜若(かきつばた)」ああややこしや…

花菖蒲(はなしょうぶ)が花笑い始めました。

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 花びらを3つ上向きに、うてなを3つ垂れ下がるような花姿は、「三英の花」と称され人々に愛でられてきた、カキツバタにアヤメ、そしてハナショウブ。地域によって違いはあるものの、4月末あたりからカキツバタ、そしてアヤメへと引き継がれ、6月前後にハナショウブが殿(しんがり)を担います。咲き誇る時期こそ違えど、アヤメ科アヤメ属に分類されているそっくりな花です。

 これほど印象深い、美しい花にもかかわらず区別が難しいことから、「いずれ菖蒲(あやめ)か杜若(かきつばた)」という名文句が生まれました。優劣がつけがたいほど、ともに優れているので選ぶのに困ってしまう。さらには、美しい方々への賛辞に使われます。皆様、気づかれましたか?アヤメは「菖蒲」と漢字で書きますが、ハナショウブもまた「花菖蒲」です。

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 上の画像はアヤメで、下の画像はカキツバタ。気持ちカキツバタが早く花笑うも、時期がともに重なります。しかし、アヤメは草原でカキツバタは湿原で育つこともあり、よほど意図的に植栽しない限り、同じ場所で見ることはないでしょう。ところが、ここに湿原か水持ちの良い草原で姿を見せるハナショウブが加わり、生育地での判別は難しくなります。さらに、この花は園芸品種が多々あることで、姿・形はもちろん花期が重なることもある。そして、ここに菖蒲(しょうぶ)が入ろうものなら…さあ、皆様を混乱の渦中へと誘(いざな)います。

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五月(さつき)こば あやめ引くべき沼水に まづ人さそふ かきつばたかな  藤原家隆

 

 五月にもなれば、「あやめ」を引き抜きに多くの人が沢沼に訪れるのだろう。それよりも一足先にカキツバタが花開き、我々を誘っているではないか、と家隆は詠っている。おや?つい先ほど、アヤメは草原でカキツバタが湿原だと自分が説明したばかり。アヤメを引き抜くために水辺にゆくのか?これは、「あやめ」≠「アヤメ」ということを意味しています。

 月を基準とした旧暦と、太陽の新暦では、その偏差が一か月と十日ほど生じます。そのため、5月は梅雨入り時期にあたるのです。我々が、この梅雨の長雨を「五月雨(さみだれ)」というのは、その名残でしょう。旧暦5月は稲作で重要な田植シーズンであり、その際には大量の水資源を必要とします。そのため、5月は農耕の神様を指し示す「さ」の月なので「五月(さつき)」であり、降り続ける恵みの雨が「水垂(みだ)れ」るので、「五月雨(さ・みだれ)」だという。確かに、通常「五」の漢字に「さ」の読みはありません。参考までに、「さ」が舞い降りる「座(くら)」で、「さ・くら」、昔は神聖なる田植えを担ったのが女性で、彼女たちは「早乙女(さ・おとめ)」です。

 梅雨時期にある旧暦の5月は、稲作には恵みの雨であっても、湿度も気温も上がり伝染病や蚊などの害虫に悩まされる日々が続くことになります。そのため、この様変わりする季「節」の「句」切りとし、生活様式を変えてゆこうと考えたのが、5月5日の端午(たんご)の節句です。では、古人はこの悩ましい日々を乗り越えるためにどうしたのか?衣替えもそうでしょう、食品乾燥させ腐らぬよう知恵を絞ったことでしょう。そして、今でも名残を残すのが薬効効果のある風呂に浸かることでした。「菖蒲湯」です。

 アヤメとショウブは別の植物ですが、ともに漢字では「菖蒲」と書く。調べてみると、往日は今のショウブを「あやめ」と呼び、アヤメは「花あやめ」や「菖蒲(しょうぶ)」であったという。ということで、先の一首の「あやめ」は今でいう「ショウブ」のこと。この葉の持つ薬効効果が「菖蒲湯」を生み出した。さらに、その芳香は蚊が忌避することを知っていた。ぷ~んと甲高い羽音に悩まされるのは、今も昔も変わらず、蚊取り線香の無い時代にはどれほど重宝されていたことか。

 

かげくもる 庭の梢(こずえ) 見るほどに 軒もみどりに あやめをぞ葺()  藤原家隆

 

 蚊が部屋に入るのを防ぐために、軒にこれでもかと「あやめ」の葉を葺き並べてしまい、部屋から庭を眺めると、梢が繁茂しているかと思えるほどに薄暗い影ができているではないか。偶然にも、ご紹介した二首は同じ詠者でした。もしや、よほど蚊に悩まされていたのか、前首では「下見」に行き、後首は防蚊対策が準備万端となった時の安堵を詠ったのものなのでしょうか。「あやめ」は薬玉にしつらえ吊り下げられていたとも言います。きっと彼の屋戸には、其処彼処と薬玉を吊るしていたのでは。

 ショウブが勝負や尚武(武道を重んじること)に通じるとして、兜や武者人形を飾り、鯉のぼりを空高く泳がせる、我々の馴染みの男の子のお祝いである「端午の節句」が誕生したのは、武家社会の江戸時代のこと。そうすると、この時代かこれ以前に、「あやめ」は「ショウブ」へと呼び名が変ったことになります。

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 さて、ショウブは菖蒲と書くことは前述しました。そこで、菖蒲の花をご紹介させていただきます。上の画像は品種改良で生み出された「ハナショウブ」、漢字では花菖蒲と書きます。しかし、これは菖蒲の花ではありません。まるで言葉遊びのようですが、「菖蒲の花」≠「花菖蒲」ということです。では「菖蒲の花」はどんな花なのか?

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 画像の中央に、ウインナーのような長細いものを見ことができると思います。肉穂花序(にくすいかじょ)と呼ばれる花の集合体です。生い茂る剣先のような葉の中で、ひっそりと花開くのです。ショウブが育つのは水辺なので、見つけるには長靴などのそれ相応の準備が必要なほどにひっそりと。

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 かつては里芋の仲間ではないかと思われていたものが、いまではショウブ目ショウブ科と立派に独り立ちしたものへと分類されています。菖蒲の花は、花菖蒲の花は似ても似つかないまったくの別物でであり、唯一その剣先のような葉の形が似ているといるだけ。美しい!と愛でるのではなく、この葉の薬効と芳香が梅雨時期を乗り切るための必需品であり、かつては今の時期ともなると、こぞって沢沼へショウブを引きにいったのです。

 

 14世紀の約50年間を綴った軍記物語「太平記」は室町時代に成立したのではないかと言われています。その物語の中で、平安時代末期に活躍した源頼政の故事が遺されています。頼政が朝廷に出没する鵺(ぬえ)を退治した時の褒美として、宮中の美女、菖蒲前(あやめのまえ)を賜ることになります。その時、白河法皇は彼が彼女に恋心を抱いていることを知っており、いたずらを画策します。菖蒲前を含めた3人の美女に同じ着物を着させ、薄い絹の布越しに頼政に判別させようとしたといいます。もちろん、分かりようがなく、頼政はこう詠ったといいます。

 

五月雨に 沢辺の真菰(まこも) 水たえて いづれ菖蒲(あやめ) 引きぞ煩(わづら)

 

 五月雨の長雨によって、沢の水かさが増し溢れている。真菰(まこも)とは水辺に自生しているイネ科の植物で葦(あし)の仲間。繁茂している真菰の中であるはずの菖蒲(あやめ)が分からす、引き抜くことを思い悩んでいます。菖蒲(あやめ)は文目(あやめ)の掛詞になっており、物事の筋道という意味があります。「文目わからない」ほどの恋をしているのだな~との頼政の思いがひしひしと伝わってきます。ここから、「何(いず)れ菖蒲(あやめ)」という諺(ことわざ)が生まれたといいます。

 冒頭で皆様にご紹介した「いずれ菖蒲(あやめ)か杜若(かきつばた)」は、この延長にあります。当初、自分はアヤメとカキツバタの花とが優劣つかないほど美しい、と考えていました。しかし、調べるほどになんとなくニュアンスが違うような気がしてくるのです。沼沢の岸辺に繫茂する剣先の葉の群(むら)の中で、どれがショウブでどれがカキツバタなのかと、思い悩んでいる。ただ外見が美しいから惹かれているのではない、自分の人生に不可欠な存在であり「あやめも分からぬ恋」をしている、あなたに…そう伝えたいのではないかと。皆様は、どう思われますか?

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 そう、ハナショウブが花笑い始めました。

 

いずれ菖蒲(あやめ)か杜若(かきつばた)

 先日皆様にご案内しました「今宵はBenoitで!」のご案内が言葉足らず、「いずれが部屋代で飲食代か」との多くの質問をいただきました。余計な話ばかり書いていて、肝心な内容が疎かになっていると反省しております。そこで、緊急事態宣言延長に伴い延期となったことを受け、この「今宵はBenoitで!」も期間を延長し、再度皆様にご案内させていただきます。

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 最後まで読んでいいただき、誠にありがとうございます。

 今年の辛丑が始まりました。その「辛」の字の如く優しい年ではないかもしれません。しかし、時は我々に新地(さらち)を用意してくれている気がいたします。思い思いの種を植えることで、そう遠くない日に、希望の芽が姿をみせることになるでしょう。

 「一陽来復」、必ず明るい未来が我々を待っております。そう遠くない日に、マスク無しで笑いながらお会いできる日が訪れることを願っております。皆様のご健康とご多幸を、一刻も早い「新型コロナウイルス災禍」の収束ではなく終息を、青山の地より祈念いたします。

 

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬

www.benoit-tokyo.com