kitahira blog

徒然なるままに、Benoitへの思いのたけを書き記そうかと思います。

2022年1月 Benoit特選食材「薫農園さんのブロッコリー」のご紹介です。

 今回は自然の機微に依り従いながら、丹精込めて野菜を育て上げている一人の女性、香川県香南(こうなん)町「薫る農園」の園主、河田薫さんのご紹介です。

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 「うふふ」と、園芸を楽しむとはわけが違い、農作業という力仕事をこなし、自らが園主としいて切り盛りする経営者です。天候に一喜一憂しながら、栽培する野菜の選択と栽培管理、スタッフ皆への気遣いとまとめ上げる統率力。美味しく安全な野菜を育てあげるべく、飽くなき探求心は、県外にまで学びに行き教えを請うという行動力を生み出しています。

 当然のことながら、彼女の育てあげた農産物は美味しく、周知されるようになります。諸先輩方からは、「若いのに大したもんだ」と一目置かれるようになり、「農業女子」としての名声を得るのです。農業は思いのほか重労働であり、猛暑極寒や暴風雨に関係なく、作物と向き合わなければなりません。農を生業とするということはそれ相応の覚悟と体力を必要とします。「農業女子」とは、陣頭指揮を執って自ら農産物に向き合う彼女の姿への賞賛の表れなのです。

 

 香川県の県庁所在地である高松市、この南部に位置しているのが香南町です。2006年1月10日に高松市編入合併された、比較的新しい町。この町の南には、香南台地を切り拓いた「高松空港」があり、まさに香川県の「空の玄関口」。この空港の滑走路の南には「さぬきこどもの国」という大型児童館があり、公園や自転車コースを始め、プラネタリウムや大型遊具設備も備え、休日はもちろん平日も子どもの親子連れで賑わっているといいます。

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 高松空港のある香南台地は、標高185mもの高さがあり、この地より北には讃岐平野が広がります。かつては、秋にもなると、稲穂が頭(こうべ)を垂れた、金色の地が一望できたのではないでしょうか。今ではかつてほどではないにしても、香南町は、讃岐平野の一端を担うだけに、農地面積が町全体の5割近くを占めています。お米や野菜はもちろん、丘陵地を利用しての果樹栽培や畜産も盛んです。

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 香南町という地域だけで、これほど多種多様な一次産業があるということは、生産供給機能が十分にあるばかりではなく、自然環境の保全機能をも兼ね揃えているということになります。高松市・香南町合併協議会の資料によると、「“田園環境と空港を生かした快適生活、新産業創造交流ゾーン”として位置づけることとします。」と書き記されています。

 

 限られた圃場(ほじょう)で、同目同科の作物を栽培することを「連作」といいます。園芸をされているかたは、大いに経験していることかと思いますが、連作は病気や害虫の発生を招き、収穫がなくなることもあります。水田の場合は、乾田とした後に寒い冬が訪れることで田が休まり、この連作障害を防ぎます。野菜の場合は、稲よりも栽培期間が少ないため、栽培計画をしっかりたてなければ、この障害を引き起こすことになります。

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 農薬がすべて悪いとは考えていません。農を生業とする以上は、収穫を得なければならず、必要不可欠のものであるはずです。しかし、農薬が良いとは思いません。必要以上に摂取することで、体に支障をきたすことになります。そして、農薬の過剰使用は、圃場を枯らします。連作障害を農薬で解決しようと試みることは、負の連鎖を導くことになるのです。

彼の地で農を営む河田さん、もちろん生産供給と自然環境保全とを両立させる「循環型農業」に取り組んでいます。循環型農業とは、環境への負荷に配慮した農業のこと。土作りから始まり、土作りで終わる。作物の根付く土の徹底的な管理こそが、農薬をほとんど使用しない安心安全な作物を育て上げるのです。

 

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 連作を避けるために、他目他科の作付けの計画を立てる中で、収益の出ない「ソルゴー」を組み込んでいます。ソルゴー(ソルガム)は、イネ科の一年草で、モロコシの一変種といいます。これを育て、刈り込み、土に混ぜることで緑肥とする。さらに、アブラムシやアザミウマを捕食するテントウムシやヒメハナカメムシの宿り場にもなるのです。最近は、「ひまわり」もこの仲間に加わったといいます。緑肥効果ばかりではなく、畑一面に咲き誇るひまわりの美しい景観は、夏の暑さに辟易しているすさんだ心を癒してくれるかのよう。昨年は近隣3軒の農業者でしたが、今年は4軒で取り組むといいます。

 緑肥が作物の健康のためならば、美味しい実りを得るための土作りも必要です。そこで欠かすことができないのが、「堆肥」です。健全な堆肥を得るために協力してくれているのが、同じ香南町にある赤松牧場です。その堆肥のいただくかわりに、河田さんは、所有する圃場(ほじょう)の一部で牛の飼料となる「稲WSC(稲ホールクロップサイレージ)を栽培し、赤松牧場へお渡ししているといいます。稲WSCとは、飼料に適した稲を穂と茎葉まるごと刈り取ってロール状に成型し、フィルムでラッピングしたもの。これを赤松牧場さんが、乳酸発酵を促します。栄養価を上げると同時に、牛にとって消化が良く、食が進むのだというのです。まあ美味しいかどうかは、牛に聞いてみるしかありません。

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 河田さんからすると「循環型農業」ですが、赤松牧場さんからすると「循環型酪農」となるのです。この耕畜連携は、机上ではいとも簡単なのですが、別の業態だからこそ大いに面倒なことのはず。しかし、お互いが安心安全で美味しい農産物やミルクを皆様に届けたいとする思いが、この連携を可能としているのです。さらに、香南町という小さな地域に農業と酪農が相まっているからこそ可能なのかもしれません。2030年までに世界が目指す国際目標、SDGs(持続可能な開発目標)を、ひたに実践しているということなのです。

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 Benoitに届いた見事なまでのブロッコリーは、緑美しく、ずっしりと重い。素晴らしい品質だとシェフは言う。ちょっとばかり調べてみると、良いブロッコリーの見分け方には、「花蕾(からい/頭のこんもりしている花のつぼみ)が密で濃い緑色である」「外葉(茎から伸びている小さな若葉)がしおれていない」「茎が変色しておらず、≪す≫が入っていない」ものが良いといいます。段ボールに入っていた多くのブロッコリー、どれ一つとして当てはまらないものはありませんでした。

 ブロッコリーの実力といえば、毎日でも食卓に並べたいほど。カロテンとビタミンCが豊富であるばかりか、体内の解毒酵素や抗酸化酵素の生成を促進し、体の抗酸化力や解毒力を高める「スルフォラファン」を含んでいます。だからでしょうか、収穫したてのブロッコリーはあまりにも勢いが強いため、扱いが難しいといいます。確か、香川県の農協から出荷する際には、クラッシュアイスをたっぷりと詰め込んで出荷している。この出荷方法を考案したのは香川県で、他県が模倣するようになるのです。

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 河田さんが危惧していた点はここにありました。あまりにも真摯に目の前の栽培中の野菜に向き合うがために、Benoitに送るために氷漬けにするという手間をかけることができないほどに多忙だったのです。どうする?

 昨年にBenoitは空白の春を迎えたことは前述いたしました。大々的に告知はしなかったものの、河田さんのグリーンアスパラガスは随時購入させていただいておりました。アスパラガスの時期は、ブロッコリーとは比較にならないほど多忙を極める期間だったのです。前年の夏から根に蓄えていた栄養を糧に、ぐんぐん芽を出す「さぬきのめざめ」は、河田さんに休息を与えません。そこで、彼女が提案してしてくれたのが、「信用のおける」八百屋さんだったのです。

 高松市を拠点に、移動販売も手掛けるsanukisの鹿庭大智さん。行動範囲は四国4県に及び、自らが美味しいと納得のいく生産者さんのものしか扱っていないという、四国野菜のスペシャリストだったのです。ご紹介いただいた当初は分からなかったのですが、すでに2年近くお付き合いさせていただく中で、なぜ河田さんがBenoitに鹿庭さんを紹介したのか、今では大いに納得するばかりです。

 

 河田さんは、Benoitにブロッコリーを送るにあたり、鹿庭さんと一考してくれました。Benoitへは、収穫後すぐに鹿庭さんが受け取りに赴き、彼の保有する冷蔵庫でゆっくりと休ませ、翌日に発送してくれたのです。もちろん、寒波の折には、鮮度を維持するためにすぐに発送でした。

 この行動は、野菜に素人である自分はもちろんですが、野菜の美味しさにこだわるシェフにとっても知らないところ。どうでもよいと思うのであれば、そのまま送ればいいのです。しかし、それを1日鮮度が落ちるということを鑑みても、敢えてすぐに送らないところに、河田さんと鹿庭さんの心意気がある。Benoitに「美味しいブロッコリーを届けたい。」と。この思いが込められたブロッコリーが、美味しくないわけがありません。言い換えると、この二人なくして、美味しいブロッコリーはBenoitに届いておりません。

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 鹿庭さんは収穫された野菜からその栽培者の力量を計り、彼が美味しいと思うもののみを扱っています。「販売するために野菜を取りに行くんのではない。美味しい野菜がそこにあるから取りに行く。」自らが現地に集荷に赴き、栽培者あの方と顔を合わせることの重要性を説いています。以前、彼と果実の話をしている時に、こう教えてもらいました。「香川の方もどんな気候でも味のブレが少ないように努力されています。そして、糖度より味の方に力を入れております。」と。

 栽培者の皆様は、自然に依り従いながら、最高のものを育て上げるようにと、日々最善を尽くしています。昨今は、ただ「甘い」ということを追究する果実が多いものです。しかし、口にした時の美味しさは、甘さはもちろん、酸味と瑞々(みずみず)しさとのバランスがとれていないと食べ飽きてしまうものです。このバランスは、品種の特性を識(し)り、丁寧に育て収穫時期を見誤らない。その土地土地によって風土は異なるために、培ってきた経験あればこそ可能なことです。

 「気候の変動でも味のブレが少ない」、栽培者はいつでも美味しいものを我々に届けようとの想いが伝わります。しかし、この言葉の裏には、「我々は味のブレない作物」を希求していることになります。確かに、いつでも美味しいものをと考える自分がいます。よくよく考えると、画一的な産物は、工場でしかできません。

 ワインにヴィンテージという考えがあり、その年は良かった悪かっただのと語ります。これは、ワインは農産物であるブドウから醸されるため、そのブドウの良し悪しがワインの味わいに反映するからです。では、なぜ他の農産物に、この考えが及ばないのでしょうか。

 季節によって産地によって、その年の天候によって違いがあって当然のこと。消費者である我々こそ、スーパーや八百屋さんで所狭しと並ぶ野菜が、自然に依り従いながら育てられた産物であることを理解しなければなりません。この理解は、栽培を担う方々が、無理に体裁を整えるために農薬を使うことを避けることにもなるでしょう。そして、それが自らの口から体に入った時に、我々に大いなる健康と幸福をもたらしてくれることになるはずです。

 

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 最後まで読んでいただき、誠にありがとうございます。

 「一陽来復」、必ず明るい未来が我々を待っております。マスク無しで笑いながらお会いできる日が訪れることを願っております。皆様のご多幸とご健康を、一刻も早い「新型コロナウイルス災禍」の収束ではなく終息を、青山の地より祈念いたします。

 

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬

www.benoit-tokyo.com