kitahira blog

徒然なるままに、Benoitへの思いのたけを書き記そうかと思います。

2022年夏 Benoitの特選食材≪桃≫ 「熊本県の西川農園さん」のご紹介です。

「どうやって各地の食材を探してくるのですか?いつ現地に行っているのですか?」

 皆様からこうよく質問をいただきます。確かに、ほぼほぼBenoitにいる自分が、地方へ赴くことは不可能であることを、皆様は知っているからこその問いなのでしょう。

 皆様が驚かれるのですが、実はどこも訪れたことはありません。現地に赴き、栽培者の皆様にお話をすること、畑などを直に見ること、その地方の風土を感じることは、大いに重要なことであり、行かなければ分からないことも多々あります。それも、一度や二度ではなく、足繁く通わなければ、その栽培者の「こだわり」を理解できないことは重々承知しているのですが…

 そこで、毎年のように購入を継続することで、栽培者の方々とメールや電話で話をさせていただきながら、貴重な情報を得るようにしています。そして、自由気ままに彼の地の歴史風土を調べることで、その食材の美味しさだけではなく、旅行をしているように皆様にご案内できればと考えています。だから、年を追うごとにご案内が長くなるのか!と納得いただけるのではないでしょうか。

 では、どうやって生産者さんと出会い、Benoitが地方に眠る美味なる食材を手に入れることができているのか。土地勘のない自分が探すことは不可能なため、彼の地に住んでいる方の助けを借りています。さらに、お客様との会話の中で重要な検索ワードを教えていただけることもあります。このあたりの詳細は折を見て書かせていただきます。今回は、というと…

「野村さん、どなたか桃を栽培されている方をご存じないですか?」

 Benoitが柑橘でほぼ1年中お世話になっている熊本県宇城市不知火の野村和矢さんへのこの一言から、同県で桃栽培をされている西川果樹園さんと出会えたのです。柑橘に向き合い、飽くなき探求心から挑戦し続ける野村さん。「類は友を呼ぶ」とはよく言ったもので、彼の知りうる仲間もまた、同じような「志(こころざし)」を持っているのです。

 野村さんからお声をかけていただいたこともあり、西川農園さんから快諾の連絡をいただいたのが、桃の花が咲き始めた3月のこと。自分は心躍る心地で今期の収穫が待ち遠しい限り。西川さんにとっては、年に一回の収穫を待ち望む気持ちは自分以上のこと。と、その前に…少しでも美味しい桃を皆様に届けるべく、摘花(てきか)に摘果(てきか)という、怒涛の日々を迎えます、と笑いながら教えてくれました。桃の樹の成長に合わせ、背中を丸め、腰をかがめ、さらに腕を上げ続けてのハサミ使いの作業は、思いのほか過酷なものなのです。

 熊本市に在住の方々は、「東の阿蘇(あそ)、西の金峰(きんぽう/きんぼう)山」と皆が口をそろえるほどに、東西に聳(そび)える山の美しさに敬意を表しています。

 熊本市西区と身近に聳(そび)える金峰山は、標高665mを誇り、山頂から眺望は抜群。東には熊本市街はもちろん噴煙立ち昇る阿蘇山、西には有明海や雲仙(うんぜん)、南西には天草の島嶼(とうしょ)郡が望めるといいます。その山中には、夏目漱石の「草枕(くさまくら)」に登場する「峠の茶屋」や、宮本武蔵が「五輪の書」をしたためたといわれる「霊巌洞(れいがんどう)」があります。そして、頂(いただき)は金峰山神社が占め、緩急2パターンの登山道を上ってきた人々を迎え入れている。

 この金峰山の北東の麓(ふもと)に、熊本市北区和泉町があります。市内とはいえ、山を背にした海抜70mな地だけに、昼夜の寒暖差が大きい、さらに土壌が肥沃なことから、果樹栽培には最適な地。彼の地で代々引き継がれてきた果樹園が「西川農園」です。今、陣頭指揮を執っているのが四代目となる西川徹さん。今もご健在で徹さんの補佐にまわるご両親まで、主力産物はメロンでした。しかし、18年前に彼が就農すると同時に、桃栽培へと舵を切るのです。なるほど、でもなぜ桃なのか?

 西川さんご自身がご両親と違うものを栽培してみたいと思う中で、何を選ぶのか大いに悩んだことでしょう。そこで思い浮かんだものが、幼い頃から大好きだった桃だったのだといいます。中国が原産なだけに、日本では北は青森県(全国10位)、南は鹿児島県(全国44位)という広範囲で栽培されています。熊本県でも不可能ではない農産物です。まして、和泉町がメロンやスイカの産地であるという環境を鑑みると、適しているのではないかとさえ思ってしまうものです。

 とはいえ、桃栽培に対して不安がなかったわけではありません。1年に1回の収穫しかない果樹栽培に切り替えるということは、相応の決断力とご家族の理解なくして成しえなかったはずです。ほぼ知識ゼロで始めたという桃栽培に、西川さんは何度も何度も挑戦と失敗を繰り返すも、倦(う)まず弛(たゆ)まず日々研鑽に励み続ける日々。「近年は納得のいく桃を育て上げることができるようになってきました!」と、西川さんは控えめです。しかし、Benoitに届く彼の桃を口にすると、「自信をもってBenoitへ送ります!」と桃が彼の想いを代弁してくれている。

 姿や手触り、香りや味わいといった「五感」を通して皆様に桃をお楽しみいただきたい。この思いから、西川さんは枝を横へ横へと広がる平棚栽培を取り入れています。数年先の樹形をどのようにすべきかを考えながら剪定してゆき、今年はこう結実させようという理想形を想い描きながら摘花に摘果、さらには収穫前には摘葉と、桃の花が笑いはじめたときから収穫までの約90日間つねに桃のお世話をしなくてはなりません。そして、樹上完熟というギリギリまで収穫を待つことで、桃本来の美味しさを内包させます。

 平棚栽培では、樹高は高くはならいため、高所作業は少ないという安全性はあります。しかし、樹形を横に広げることは、枝1本1本にかかる負担が大きくなるため、枝が折れる、樹の幹が割けるというリスクがつきものです。野菜と違い、このリスクは果樹にとって回復までに数年を要するもの…なぜ西川さんはこの栽培方法を取り入れたのか?

 「桃の栽培で大事なのは、温度、水、光、空気、栄養です。特に梅雨時期には晴れの日が少なくなります。少しでも多くの葉が光合成できるよう、枝を横に這わせているのです。湿度の高い時期は水を切り、葉を間引いて光の通りをよくします。桃は、太陽が好き!そう太陽の子なのです!」と西川さんは言う。

 そういえば、西川さんの名刺の肩書には、徹さんは「園長先生」、真代さんは「副園長先生」と記されています。確かに西川農「園」だけに、「代表」ではなく「園長」でも良い気がする。しかし、西川さんは桃への余りある愛情からこの肩書を使っているようなのです。

 「桃の木は一本一本同じように見えて、全部違うんですよ!人間に個性があるように、木にも個性があります。いつも子育てをしているように2年先を考えて枝の管理をしています。木、一本一本に育ち方を教えているような感じです。」と。なるほど、西川さんにとって桃は太陽の申し子であり、人生ならぬ樹生を導いてあげるような思いがあるのでしょう。だから「園長先生/副園長先生」なのでしょう。

 西川さんご夫妻は、「子供たちが主役になれ、笑顔あふれる観光農園をつくる」ことを目指してると教えてくれました。収穫期の違う品種を選び、丹精込めて育て上げる。そして桃狩りを週末だけ実施することで、消費者である皆さんとの接点を持つことで、嬉しいご意見ばかりではなく、ときに厳しい指摘をいただける。これにより、ご自身を叱咤激励しているのではなかと思うのです。

 自分の育て上げた桃を、皆様がどれにしようかと思い悩み、楽しそうに収穫する光景を目にすること。桃の香りに魅せられ味わいに酔う、そして「あんたの桃はおいしか!」と言ってもらえること。さらに、桃畑の中を子供たちが桃に魅せられ歓喜の声を上げながらはしゃぐ姿を、怪我が無いようにと細心の注意をはらいながら、温かい眼差しで眺めること。これらは西川ご夫妻にとってこの上ない喜びであるはずです。そして、これが彼らの探し求めている「桃源郷」なのかもしれません。

「皆様へ

この度は西川農園の桃をお召し上がりいただきありがとうございます。

我が家は熊本の家族経営の小さな農園ですが、これから先の農業、また生きる源である「食」の安定供給のため家族や仲間たちと切磋琢磨しながら頑張っていきたいと思います。

これからもどうぞ宜しくお願いいたします。」 西川徹さんより

 西川徹さんは、農園の園長先生として以外にも、2021年4月14日より一般社団法人AGRI WARRIORS KUMAMOTOの理事に就任。「100年先も続く農業」「農業を子供たちの憧れにするため」「カッコいい農業」これらを実現するための活動を始めています。

 

 遅きに失した感は否めませんが、6月半ばからBenoitへご尽力いただいた桃栽培者の方々を、ご紹介させていただきます。南は熊本県から、北は山形県まで。桜前線ならぬ桃前線の北上を追うようにBenoitに届く桃は、どれもが素晴らしい逸品でした。悪天候のため品質ままならず、栽培者の「Benoitへ送る品質ではない」との判断から、出荷断念と涙を呑むこともありました。

 それぞれの桃栽培者の方は、「美味しい桃を育て上げる」という志は同じでも、そこに辿り着く道のりが違うため、桃畑の姿が違います。旅行をするようにお楽しみいただけると幸いです。

 

 和歌山県紀の川市桃山町。自分が初めて桃の産地直送に踏み切ったのが、豊田屋さんとの出会いでした。半農半医という栽培を担う豊田さんには、多くを学ばせていただきました。無謀とも思える「無農薬栽培」に果敢に取り組む姿には感銘を覚えます。彼よりいただいたメッセージが心に響く…

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 香川県の大西さんは、桃名人の名声を得ながら、「桃が美味しくなるのを手伝っているだけです」とさらり語る。そんなわけはない!彼の桃に対する愛情は並々ならぬものがあり、夜中でも桃畑のお世話のために山に入る。齢80歳、とうとう今期をもって桃栽培は引退するという…

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 岐阜県飛騨高山で果樹園を営む亀山さん。桃名人とうたわれる父からバトンを受け、見事に果樹園を盛りたてています。交錯するご家族それぞれの想い、葛藤があった中で、彼は引き継ぐ決意をします。父の背を見ながら、彼ならではの新たな道を模索する。彼が名人と呼ばれる日も、そう遠くはないでしょう。

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 桜前線と同じように、桃前線も北上してゆきます。Benoitが桃を購入させていただいている北限は山形県にあるタキグチフルーツガーデンです。本来であれば、他の桃農家さんのように滝口さんをご紹介しなければいけないにもかかわらず、簡単なご紹介しか書き上げることができませんでした。自分の怠慢によるもので、決して書くに足らない栽培者というわけではありません。短いですが、滝口さんの「こだわり」をご紹介させていただきます。

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滝口さん、申し訳ありません。この場をおかりし、深く深くお詫び申し上げます。

 

 秋になり、初めて感じる涼しさを「新涼(しんりょう)」や「初涼(しょりょう)」というようです。温度計という便利なものがあるために、数字というものに縛られてしまい、体感できる涼しさを忘れてはいないでしょうか。ヒグラシの声はもちろん、夜な夜な奏でるスズムシやコオロギの音色もまた忘れてはいけません。そして、秋の風は、秋の薫りも運んできます。ここはひとつ、文明の利器を遠慮し、五感を利かせて秋を探してみるのも一興ではないでしょうか。そして、秋の味覚が恋しくなった際には、足の赴くままにBenoitへお越しください。深まり行く秋と歩調を合わせるように、旬の食材がメニューをもって皆様をお迎えいたします。

 最後まで読んでいいただき、誠にありがとうございます。

 「一陽来復」、必ず明るい未来が我々を待っております。そう遠くない日に、マスク無しで笑いながらお会いできる日が訪れることを願っております。皆様のご健康とご多幸を、一刻も早い「新型コロナウイルス災禍」の収束ではなく終息を、青山の地より祈念いたします。

 

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬

www.benoit-tokyo.com