kitahira blog

徒然なるままに、Benoitへの思いのたけを書き記そうかと思います。

2022年10月11月 遠藤さんの「紅玉」なくして、Benoitのリンゴデザートはありえません!

 リンゴが美味しい時期がやってまいりました。甘ずっぱくて瑞々しい、しゃくっという食感が心地良い、我々には馴染み深いフルーツではないでしょうか。とはいえ、リンゴには多くの品種があり、それぞれに収穫時期や美味しさに違いがあります。多くの品種が世界に誇れるほどの美味しさを生食で発揮している…しかし、ことデザートとなると、やはり品種「紅玉」に勝るものはありません。

 国内に数多(あまた)あるリンゴ農園ですが、思いのほか「紅玉」を植栽しているところが少ないのです。さらに、植えていたとしても樹の本数が少ないとくる。程よい食感で甘みに満ちた新品種が続々と登場し、昔ながらの硬く酸っぱいりんごである「紅玉」は敬遠されてしまうのでしょう。

 自分が探しあぐねている中で、救いの手を差し伸べてくれたのが、Benoitに幾度となくお越しいただいているお客様でした。彼女には料理研究家という肩書があり、料理教室の開催や料理本へのレシピの掲載などと、幅広く活躍されている方です。そのような彼女に、自分が作ったわけでもないBenoit料理の自慢をするという、傍から見たら「釈迦の説法」そのものでしょう。しかし、彼女の寛容さが自分の愚行を笑いながら受け入れてくれています。と、勝手に自分は思っているのですが…

 5年ほど前の事だったでしょうか、「山形県に美味しいリンゴを栽培している人がいるのだけど、興味ない?」と。彼女ご自身がお手伝いに行っているリンゴ農園といのです。実地で見聞したからこそ、Benoitに自信をもって紹介してくれたのです。興味がないわけない、すぐに紹介いただき連絡をしたのです。電話の先は、遠藤果樹園の園主、遠藤直裕さんです。

 山形県の西には、新潟県との県境をなしている山々が聳(そび)えています。その一角にあるのが、急峻な朝日連峰です。あまりにも峻険であるがために、この山を挟んで新潟県朝日村山形県の朝日町では行き交うことが困難で、北か南を迂回しなくてはならないほど。

 その朝日連峰より湧き出でる清らかな水はせせらぎをなし、一方は新潟県へ他方は山形県へ。山形県側では、落合い落合いながら川幅を大きくし、山間(やまあい)を穿(うが)つの蛇行しながら海へ向かう、これが最上川です。その上流域に朝日町があり、大谷(おおや)という地でリンゴ畑を拓(ひら)いているのが、遠藤果樹園です。

 Benoitの申し出に、遠藤さんは快諾してくれました。そして、「紅玉の収穫が始まりますよ!」と一報が入ります。初めて遠藤さんの紅玉を試食したBenoitシェフパティシエール田中は、「見事なバランスで素晴らしい!」と絶賛したのです。遠藤さんが、いかにリンゴに真摯に向き合い、美味しくなるようにと想いを込めて育て上げているかを知る今では、田中の評価もそれは当然だろうと思うもの。毎年のように購入させていただいていることが、何よりの証です。晩夏ともなると…「遠藤さんのリンゴをよろしくね」と、これ毎年のこと。

 今年も遠藤さんの美味しいリンゴ「紅玉」が、Benoitに届きました!

 

 この遠藤農園さんの美味しそうなリンゴご覧ください!この可愛い小柄な紅玉を、1人2玉ほど使用して、デザートに仕上げます。果物は、果皮の内側に美味しさが集結します。そのため、一玉一玉丁寧に皮を剥(む)き、スライスしてゆきます。

 このデザートで欠かすことができないものが2つあります。一つは、美味しい紅玉。素材以上の美味しさは、いかに腕の立つ調理人であろうとも、錬金術師でもない限り不可能です。もう一つが、素焼きのこの器です。Benoitでは、Romertöph(ロメルトフ)という、ドイツ生まれの可愛い器を使用します。2~3時間、しっかりと水に浸けておき、水分を十分に含ませておいた器の中へ、遠藤さんの紅玉を一枚一枚と丁寧に盛りつけてゆきます。

 リンゴの盛り付けの最中(さなか)、数度にわたりサトウキビ由来のカソナードと呼ばれるブラウンシュガーと、香辛料をふりかけながら。香辛料?ここが昨年と大きく変わったところです。シナモンではありません。カルダモンとアニス、さらに白コショウ・ナツメグクローブ・ショウガの絶妙なるブレンドでフランスでは定番のキャトル・エピスを少々と。

 水分を含んだ蓋をし、180℃のオーブンの中でゆっくりと焼き上げること約60分。ロメルトフ自体に水分を含んでいるため、当初は、この水分が蒸発することで、器の中はじわじわと温度が上がります。蒸発しきった時点から、温度がぐんぐんと高くなるという、勝手に温度調節をしてくれる優れものが、このロメルトフという器なのです。

 60分という長い時間、オーブンに入れっぱなしでじっくりと焼いてゆくのかと思いきや、パティシエはオーブンから離れるわけには行きません。そう、そのまま入れっぱなしでは焦げてしまうのです。そこで、15分おきに、オーブンに入っているリンゴを引き出し、カソナードを振りかけなければなりません。

 焼き上がったリンゴは、ロメルトフに入れたまま、冷ますように休ませます。この休憩時間は、味わいを落ち着かせると同時に、美味しさを引き出すことにつながるのです。そして、皆様からのご注文があった際に、温め直してお持ちいたします。

 このロメルトフという器無くして作ることができず、遠藤農園さんの美味なる紅玉だからこそ、今の美味しいデザートに仕上がっているのです。蓋を開けた時の姿に驚き、爽やかな甘酸っぱい香りに魅せられることに。この長い工程があればこその、美味しさがロメルトフの中に詰まっている、これがBenoitの「リンゴのオーブン焼き」です。

Pomme au four

山形県産りんごのオーブン焼き

※プリ・フィックスメニューのメインディッシュの選択肢として、ランチ・ディナーともに+800円でお選びいただけます。一日にご用意できる数に限りがございます。ご希望の際は、ご予約時にご希望数をお伝えいただけると幸いです。

 

 遠藤果樹園の遠藤さんが、夢の実現に向けて一歩踏み出しました!

 今の果樹園の経営を継続しつつ、若き担い手の育成を目的とし、「マルホンファーム株式会社」を立ち上げました。将来的に地域の農業を守り、共感いただき賛同してくださる皆様が集うことで版図を広げてゆく。一次産業である農業という分野を通して、5次産業に挑む。新たな雇用を生みだすことで、山形県朝日町大谷を盛りたててゆくのだと。

 「マルホン」は「○」に「本」が加わった屋号といいます。遠藤さんのご先祖様が代々つかっていたものといい、今の直裕さんで八代目。連綿と受け継がれてきた屋号を旗印に、ご先祖様のお力添えも賜り、その名に恥じぬよう最善を尽くす!この思いで、社名にしたといいます。

 自分なんぞは微力の微ほどではありますが、青山の地より応援させていただきます。

 

 日ましに秋めく今日この頃。目に見える季節の移ろいの加え、秋風は秋の薫りも運んできます。ここはひとつ、文明の利器を遠慮し、五感を利かせて秋を探してみるのも一興ではないでしょうか。そして、秋の味覚が恋しくなった際には、足の赴くままにBenoitへお越しください。深まり行く秋と歩調を合わせるように、旬の食材がメニューをもって皆様をお迎えいたします。

 最後まで読んでいいただき、誠にありがとうございます。

 終息の見えないウイルス災禍です。皆様、油断は禁物です。十分な休息と睡眠、「三密」を極力避けるようにお過ごしください。「一陽来復」、必ず明るい未来が我々を待っております。そう遠くない日に、笑いながらお会いできることを楽しみにしております。

 皆様のご健康とご多幸を、一刻も早い「新型コロナウイルス災禍」の収束ではなく終息を、青山の地より切にお祈り申し上げます。

 

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬

www.benoit-tokyo.com