kitahira blog

徒然なるままに、Benoitへの思いのたけを書き記そうかと思います。

2022年10月11月Benoit 知る人ぞ知る熊本県「やまえ栗」がデザートに登場!

 秋ともなると、Benoitのディナーは「栗で始まり、栗で終える。」というプリ・フィックスメニューの流れが多くなります。ときに栗の前菜がスープなために、コース2番目に配することもありますが、気持ちの中ではやはり「栗で始まる」ようなものです。前菜の栗はフランス栗。であればこそ、最後は和栗で終えたいものです。

「洋栗に始まり、和栗で終える」

 今季のBenoitでは、「やまえ栗」のデザートが初お目見えです。この名前を聞いて「お!」と思った方は、栗を愛してやまない方か、栗を取り扱う専門家でしょう。もちろん、自分も知りませんでした。そこで、少しばかりこの栗が育まれた地と歴史をご紹介させていただきます。

 

 「やまえ栗」の「やまえ」とは、地名のこと。熊本県の南部に位置している、球磨郡山江村の村名です。球磨川を上流へと向かった先にある人吉市から、北に聳(そび)える標高1,302mの仰烏帽子山(のけえぼしやま)へと向かうかのように山路へと入った先にこの村があります。121㎢という広大な地でありながら、その90%が山林が占めているという。

 三方を山で囲まれるかのような地だからこそ、その山々に源を発する清流「万江川」と「山田川」が、南へと流れる中で彼の地を潤し、そして球磨川(くまがわ)へ落ち合う。この豊富な水資源と、開けた地の緩やかな傾斜は、かつては山田として村が誕生したのでしょう。しかし、如何せん平野部が限られていることもあり、多くの人々を養うことができなかった。

 そこで、この盆地だからこその夏冬・昼夜の寒暖差、さらに山の斜面を利用した果樹の栽培を先人は考えた。賢人は、柑橘ではなく栗を選ぶ…鎌倉時代から明治維新までの約700年間、すでに年貢として栗を納めていたという記録があるほどに、彼の地では特産となっていったのです。

 ついに!1977年9月、山江村の福山栗園の栗が昭和天皇へ「やまえ栗」として献上されることになるのです。今に至るまで連綿と受け継がれてきた栗栽培が、そして労を惜しまず丹精込めて育ててきた「やまえ栗」が、ついに認められた時がきたのです。どれほど山江村の人々の励みとなり希望となったことか。その年の大阪市場では、「献上栗に輝くやまえ栗」という横断幕が掲げられ、競りの最後に姿をみせた「やまえ栗」を見た村民は、「栗が輝いているようだった」と述懐しています。

 しかし、世相は「やまえ栗」に試練の時与えたのです。1992年、山江農協が球磨(くま)地域農協合併されたことで、「やまえ栗」は他地域とブレンドされ「球磨栗」として出荷されるようになるのです。歴史から、「やまえ栗」が消えたのです。

 球磨栗だって十分に美味しい栗です。しかし、山江村の人々は自分達の育んだ栗の美味しさに確固たる自信があったのです。今まで培われてきた栗栽培の歴史に加え、献上栗に選ばれたことが、山江村の誇りを見失うことに歯止めをかけたようです。粛々と時が経つ中で、「栗は命」であると言い切る彼らは、村の中という狭い範囲ですが「やまえ栗」を残し続け、復活の機会を待ち望んでいたのです。

 2008年、ついに世相が山江村の人々に微笑みかけたのです。時は大量生産から高品質を求めるように。そう、栗も例外ではありませんでした。和栗から球磨栗へ、さらに細分化された栗のブランド化が加速してゆくのです。そして、待ちに待っていたこの機運を、山江村の人々が見逃すわけがありません。ここに、「やまえ栗」の名前が復活を遂げたのです。

 2015年8月の台風15号の直撃し、栗畑は壊滅的な被害を受けました。献上栗に選ばれたころの生産量約400tもあったものが、約40tにまで落ち込んだのです。栽培者にとっては存亡の危機にいたる…心折れるほどのことだったはずです。さらに、翌2016年に熊本地震、2020年の豪雨災害と、度重なる自然の猛威の前に、なすすべなく打ちのめされます。

 しかし、彼らは諦めなかった!「やまえ栗」の品質向上を継続しつつ、「収量200t」との目標を掲げ、「やまえ栗」復興に向けて奮励努力することを厭(いと)わなかった。その結果、今では100tを超える実りを得ることができるに至ります。

 

 「やまえ栗」は、山江村で丁寧に渋皮を剥き、炊き上げ、ペースト状に加工されてBenoitに届きます。これだけでも十分に美味しいため、巷に溢れる栗尽くしデザートを期待してしまう。確かに、美味しい栗なのでたっぷり使ったデザートは、インパクトがあり美味しいだろう…しかし、人間の味覚というものは単調であると飽きてしまうもの。

 そこで、今年のBenoitモンブランは、フランスの伝統にならい、カシスと組み合わせてタルトに仕上げます。栗とカシス?摩訶不思議な組み合わせと思いきや、フランスでは伝統的にこのマリアージュを是(ぜ)とする。

 アーモンドの香ばしさを加えたさくっと心地よい食感のタルト生地を焼き上げる。これを土台として、中にカシスのマルムラードを絞り込む。カシスをたっぷりの使い、ほとんど甘さの加わっていないマルムラード。この美しい酸味が、今回のモンブランの芯となるかのように、凛(りん)とたっている。

 しゃりっとした食感と優しい甘さを加味するためにメレンゲをのせ、その周りには小さくカットしたフランス産マロングラッセを飾る。そして、フレッシュチーズであるマスカルポーネを加えたクリームを搾り、いざ栗のペーストへ。タルト生地にかぶせるかのように、栗のペーストをくるくると絞り盛り付けてゆく。

 やまえ栗のペーストがなめらかに口中で溶けてゆく中で、さくっ、しゃりっと食感が心地良く響く。栗の優しい甘さに加え、クリームやメレンゲ、タルトという一味違う甘さが、調和というよりもそれぞれを引き立てるかのよう。この絶妙なる食感と甘さのバランスを維持しているのが、カシスの綺麗な酸味なのでしょう。

Mont Blanc à notre façon

熊本県やまえ栗モンブラン ブノワ風

※プリ・フィックスメニューのデザートとして、+1,000円でお選びいただけます。

 

 日ましに秋めく今日この頃。目に見える季節の移ろいの加え、秋風は秋の薫りも運んできます。ここはひとつ、文明の利器を遠慮し、五感を利かせて秋を探してみるのも一興ではないでしょうか。そして、秋の味覚が恋しくなった際には、足の赴くままにBenoitへお越しください。深まり行く秋と歩調を合わせるように、旬の食材がメニューをもって皆様をお迎えいたします。

 最後まで読んでいいただき、誠にありがとうございます。

 終息の見えないウイルス災禍です。皆様、油断は禁物です。十分な休息と睡眠、「三密」を極力避けるようにお過ごしください。「一陽来復」、必ず明るい未来が我々を待っております。そう遠くない日に、笑いながらお会いできることを楽しみにしております。

 皆様のご健康とご多幸を、一刻も早い「新型コロナウイルス災禍」の収束ではなく終息を、青山の地より切にお祈り申し上げます。

 

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬

www.benoit-tokyo.com