kitahira blog

徒然なるままに、Benoitへの思いのたけを書き記そうかと思います。

ミュージックディナー「フレンチでタンゴ」のご案内です。

道の辺(へ)の 尾花が下の思い草 今さらさらに 何か思はむ  「万葉集」作者不明

  道のほとりに、ススキ(尾花)の下で「思ひ草」がひっそり咲いています。今さら何を迷うことがありましょうか。私はあなたの愛を信じております。自分の勝手な解釈ではありますが、異論はあれどあながち間違いはないかと思います。色こそ地味ですが、秋を代表するススキの下に、秋の季語でもある「花園」とは全く無縁と思えるほど、ひっそりとうつむき加減に咲いている花があります。細身のすらりとした立ち姿に、頬に紅を指したかのような可愛らしい表情は、古人にして恋焦がれ、この忍ぶ恋に思い悩む女性(男性かもしれません)に見立てたのでしょう。名付けられた名が、「思い草」。歌にしたためたということは、お相手に送ったのでしょう。万葉の時代にあって、この想いの詰まった31文字の奥深さ、長々と書いてしまう自分は大いに見習わなければなりません。

f:id:kitahira:20181119093750j:plain

 自然界には、自然の淘汰を乗り越え進化してきた個性派ぞろいの動植物が多いものです。この花も例外ではありません。思い草には、葉がありません。つまりは葉緑体をもっていないために光合成を行えず、植物としての養分は他から得なくてはならないのです。そのため、自生はできず、ススキやミョウガなどに寄生し成長していきます。寄生とは野暮な表現でしょう、生き抜くうえでの良きパートナーを見つけ、寄り添いながら共存しているのです。たまに、想いが強く共倒れすることもあるようですが、このあたりは人間界の恋事情に似ていなくもありません。

 

 なんとも奥ゆかしさを覚えるこの花ですが、植物の図鑑の検索に「オモイグサ」という名は存在しません。7世紀から在り、未だ分類されていない未知なる新種ではありません。この花は「ナンバンギセル」と名付けられ、しっかりと図鑑にも登場しています。このユニークな姿が、南蛮人が使っていた「煙管(きせる)」に似ているからというのですが、この名前と花の印象があまりにもかけ離れているため、違和感を覚えるのは自分だけではないでしょう。確かに名付けられた時代に、ハイカラな洋物の「煙管」に似ているからとはいえ、もう少し趣きが欲しかったと思います。情報が豊かになればなるほど、この感性は消えていくものなのでしょうか。古人のほうが、今の人よりも甘美な表現に長けていたのかもしれません。

 

 知ることのできない、「ススキ」と「思い草」との恋愛事情。動物界においては、自ら動き語ることで、パートナーとの出会いを探し求めます。美しく響き渡る小鳥たちのさえずり。さらには、美しくもリズミカルに舞うタンチョウの姿もまたしかり。どちらも、鳥たちの言葉がなくとも通じる求愛の形です。人間の歴史を紐解いてみても、言葉という意思疎通のできるツールが無くとも、リズムを奏で、踊ることで神々と語り、感謝の気持ちを伝え、未来を占ってもらおう、もしくは導いてもらおうとしていることがわかります。力強くもリズミカルな太鼓の音に高ぶる気持ち、激しい舞を躍ることで神と一体化する儀式。神妙なる音楽に任せて、ゆったりと舞う巫女さんの姿には、尊厳の念を感じるものです。ほんの一例ですが、どちらも言葉を必要としません。神々への畏怖・畏敬の念から、愛情表現へと変わってゆくのも自然の流れであったはずです。そこで、「フレンチでタンゴ」と銘打って、皆様に音楽と舞の共演を、お食事も含め、五感を通してBenoitでお楽しみいただこうと思います。

 

 すでに、8回目を迎えるタンゴイベント。第1回目に舞を披露していただいた、パオラ・クリンガーさんとエルネスト・スーテルさんの来日に合わせ、12月の開催が決定いたしました。ペアを組んで18年、母国アルゼンチンの有名タンゴハウス「ミロンガ」を主舞台とし、定期公演やダンス指導の範囲は、ヨーロッパはもちろん、アジアにまで広がっています。情熱的・官能的でアクロバティックな踊りがタンゴダンスを思ってしまうのですが、彼らの舞を目の当たりにすることで、このようなタンゴのイメージが瓦解するのは必須。タンゴダンスの原点は「abrazo(抱擁)の舞」、彼らは我々に「パートナーと共に歩む」ことの大切さを伝えようとしているのです。

 f:id:kitahira:20181119093918j:plain

 しなやかながら機敏に流れ、一糸乱れぬ見事なステップの織りなす彼らの華麗なるダンス…感情のぶつけ合いや、挑戦的な行為を全て削ぎ、パートナーの優しさを感じることで、共鳴する感情を表現する。水の流れのように…清流のごとく美しくも繊細にしなやかに。さらに、緩急を織り交ぜながら…そうかと思えば、時の流れとともに大きな川へと変わり、緩やかながらも随所に見せる力強さ。そして母なる海へと導かれ、全てがまとめあげられ、見るものに感動と安堵感を与える。これが彼らの表現する舞です。飛ぶ跳ねる投げるなどのアクロバティックなものは、華やかに感動を思えるものですが、一見で十分です。彼らはダンスは「魅せる」ものであり、見とれるほどに美しいもの。登場の度に雰囲気を変え、飽きさせることはありません。だからこそ、名立たるミロンガで名を馳せることがでるのでしょう。

f:id:kitahira:20181119093939j:plain

 本場の素晴らしさを体感していただきたく、タンゴの音を担っていただくのは、アルゼンチンタンゴバンド。タンゴ独特の音色を奏でるバンドネオンは、2015年アメリカで行われたバンドネオン奏者世界一の栄誉に輝いた川波幸恵さん。悪魔の楽器と評されているバンドネオンを操り奏でる、世界のが認めた彼女の音色は必聴です。そして、華やかなふくらみを与えるヴァイオリンは、専光秀紀さん。 タンゴ独特の馴染みの楽器でありながら、タンゴ独特の奏法により音色は、ところどころで深い味わいを残します。さらに、重厚感を与えるものといえばコントラバス、大熊慧さん。曲に骨格を与え、心地良く心の奥底に響くリズミカルな音色を忘れてはいけません。今回、今までにない試みとして、ヴォーカルが入ります。日本のタンゴ歌手として活躍している、KaZZma (カズマ)さん。自分にはイメージがなかったのですが、アルゼンチンではタンゴバンドを組むにあたり、ヴォーカルが入る方が多いのだといます。

f:id:kitahira:20181119094025j:plain

 この猛者ぞろいのアルゼンチンバンドを率い、ダンスを含め、ストーリーに仕上げていくのがピアノのSacco香織さんです。アルゼンチンでの経験はもちろん、日本で活躍するものの、さらなる高みを目指し、活動拠点をイタリアに移しました。そう、今回は彼女の来日を調整していただき、実現できたことなのです。ほぼ全てのBenoitでのタンゴイベントを担っていただきました。音楽に対して無知なる自分が、どうしてこのようにタンゴイベントを開催できるのか?彼女いなくしてありえなかったことです。彼女の実力がどれほどのものか、当夜に感じ入っていただきたいと思います。今回もグランドピアノを使い、遺憾なく発揮していただきます。

  

Benoitミュージックディナー アルゼンチンタンゴ

日時:2018125()18:30より受付開始 19:00開演

会費:18,000(パフォーマンス・ワイン・お食事代・サービス料込、税別)

※質問などございましたら、何気兼ねなくBenoit(03-6419-4181)にご連絡いただけると幸いです。

 

【 Sacco 香織 -ピアノ- 】

f:id:kitahira:20181119094214j:plain

 2011年ヌエボ・タンゴの巨匠パブロ・シーグレル氏、岩崎浤之氏に師事、その2年後にはアルゼンチンへ。エルナン・ポセッティ氏に出会い、教えを受け、カルロス・ガルデル・ミュージアムでコンサートを行うまでに。さらに現地のミュージシャンとレコーディングを行いファーストアルバム、「Tango de Buenos Aires」をリリース。Los 36 Billaresなどにてコンサートを行いつつ、Tango para musicosスクールに参加し、腕を磨く。編曲は、バンドネオンの巨匠、ロドルフォ・メデロス氏にノウハウを叩き込まれました。現在はカルテットやDuoなどで、コンサートやディナーショー、ミロンガなど企画し、活動範囲は東京を中心に全国にまで及びます。昨年より拠点をイタリアに移し活動中。

 

川波幸恵 -バンドネオン- 】

f:id:kitahira:20181119094146j:plain

 2015年、アメリカで行われたバンドネオン奏者世界一を決める「Che Bandoneon International Competition 2015」で優勝。翌年には、ブエノスアイレスでSaccoさんとラジオやコンサートに出演。3月には韓国にてパシフィックタンゴオーケストラの1stバンドネオンを任されるという逸材。

 

【専光秀紀 -ヴァイオリン- 】

f:id:kitahira:20181119094233j:plain

 2013年アルゼンチンにて、タンゴヴァイオリンをアリエル・エスパンドリオ氏、パブロ・アグリ氏、ガブリエル・リーバス氏の三名に師事する。タンゴバンド「メンターオ」のメンバー。

 

【大熊慧 –コントラバス- 】

f:id:kitahira:20181119094249j:plain

 アルゼンチンにて、タンゴベースをレオポルド・フェデリコ楽団のベーシストのオラシオ・カバルコス氏、コロール・タンゴのマニュエル・ゴメス氏の両名に師事する。タンゴバンド「メンターオ」のメンバー。

 

【KaZZma (カズマ) -ヴォーカル- 】

f:id:kitahira:20181119094324j:plain

 数多くのアルゼンチン・タンゴ楽団に歌手として長年務め続けている。バンドネオン奏者・小松亮太氏とのデュオ・ユニットや、KaZZma自身がリーダーを務めるギター楽団「KaZZma y sus uitarristas」等、活動を大きく展開している。C.ガルデル作品から、A.トロイロ楽団、J.ダリエンソ楽団、O.プグリエーセ楽団、A.ピアソラ作品まで、幅広いレパートリーを得意とする、日本を代表するタンゴ歌手である。

 

【Paola Klinger y Ernesto Suter –タンゴダンサー- 】

f:id:kitahira:20181119094349j:plain

 ペアを組んで18年、母国アルゼンチンの有名タンゴハウス「ミロンガ」を主舞台とし、定期公演やダンス指導の範囲は、ヨーロッパはもちろん、アジアにまで広がっています。タンゴダンスの原点は「abrazo(抱擁)」の舞、彼らは我々に「パートナーと共に歩む」ことの大切さを伝えようとしているようです。

  

 アルゼンチン生まれのバンドネオン奏者であり名作曲家、アストル・ピアソラ。幼少の頃は、両親の仕事の関係上、ニューヨークにいたそうです。父親がタンゴ好きということが功を奏して、馴染みにある音楽がタンゴ。そして7歳の誕生日にバンドネオンをプレゼントされます。この時、「歴史が動いた」のです。母国に戻った彼は色々なオーケストラでバンドネオン奏者として頭角を現します。しかし彼は古いスタイルのアルゼンチンタンゴになじめず、独自のスタイルを追求すべくフランスへ。クラシックの作曲を勉強したく渡仏したピアソラですが、どうもしっくりこなく、ナディア・ブーランジェ先生から、「本来の自分の演奏してみなさい」と言われ、タンゴを披露した所「これがあなたの音楽よ」という事を突き付けられました。それから彼は彼独特のタンゴをどんどん作曲していくことになります。

 

 当時、ピアソラの楽曲はアルゼンチンには受け入れられず、「タンゴの異端者」とまで酷評されます。しかし、時代とともに評価が変わり、いまでは偉大なタンゴの作曲家に名を連ねています。この彼の才能を見出し、後押ししたのが、フランスでした。ピアソラに限らず、アルゼンチンが軍事政権であった時代に、国を追われ逃れた地がフランスのパリでした。この国の寛容なる音楽への理解なくして、ピアソラの今は有り得なかったでしょう。「フレンチでタンゴ」と銘打って始めたBenoitのタンゴイベントが、当初は「なぜ?」と疑問が多かったことは事実であり、自分もその一人でした。しかし、フランスとアルゼンチンタンゴとのこの関係を教えてくれたのは、他でもないフランス人のお客様からでした。この場を借りて御礼申し上げます。

 

以下、余談です。 

 

あけの雲わけうらうらと 豊栄昇る朝日子(あさひこ)を 神のみかげと拝(おろが)めば その日その日の尊しや

地(つち)にこぼれし草のみの 芽生えて伸びて美(うるわ)しく 春秋飾る花見れば 神の恵みの尊しや

 

 秋深くなり、其処彼処で執り行われる、五穀豊穣を神々に感謝する神事。新嘗祭(にいなめさい)などは、その主たるものでしょう。神々への感謝の祝詞(のりと)が奉上され、正装に身を包んだ巫女さんが、舞を奉納いたします。神の宿るところという意味の「神座(かみくら)」は、天の神々を神座に降臨していただき、人々と出会い穢れを祓う場所。そこで巫女さんが舞うのが「神楽(かぐら)」、もう少し細かく表現すると「巫女神楽」なのだそうです。

 

 多々ある神楽舞の中で、この時期に奉納されるものの代表は、「浦安(うらやす)の舞」と「豊栄(とよさか)の舞」でしょうか。前者は、決してミッキーが躍るわけではありません。「うら」は心という意味の古語で、神々が、国が平穏無事でありますようにとの祈りを込めた舞。対する後者は自然への感謝の気持ちを歌ったものなのです。そう冒頭の歌が、豊栄の舞の歌詞。美しくもあり、なんとも可愛らしくもある、だからこそ「乙女の舞」などとも呼ばれるのでしょう。

 

 どれほど昔から、舞は存在していたのでしょうか。ある動物の求愛ダンスがあるように、舞に言葉は必須ではなく、リズムの強弱緩急により、喜怒哀楽を表現することができるものです。目に見えぬ何か絶対的なものへの畏怖の表れであり、崇め奉る神々への畏敬の念が強いからこそ、舞という表現方法を使い感謝の意を伝え、何か接点のようなものを得たかったのでは。これが、古今東西、言語や舞のスタイルは違えど、多種多様の舞が存在している所以なのではないでしょうか。さらに、時が過ぎることで、言葉という意思表示の方法を手に入れ、さらに美しい音色を奏でることが可能となることで、今の舞が文化として成熟の道を進んでいるのだと思います。

  

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬

150-0001 東京都渋谷区神宮前5-51-8 ラ・ポルト青山10階

TEL 03-6419-4181

www.benoit-tokyo.com