kitahira blog

徒然なるままに、Benoitへの思いのたけを書き記そうかと思います。

「立冬」を迎えて

 暦の上では、11月7日に「立冬」を迎え、冬が始まりました。綿々と繰り返される自然のサイクルは、その年ごとに何かしらの変化をもたらすことになり、我々はその機微に一喜一憂するようです。四季折々の機微なる移ろいは、自然が草木と相談して決めていることであり、我々が勝手にカレンダーなるものにあてはめること事体がおこがましいのでしょう。旬の食材とメニューをシェフとともに年間スケジュールを作成したものの、計画道理に「実り」を得ることができないものが、「露地栽培」の逸品であり、間違いなく、「ハウス栽培」よりは、深く自然の味わいを感じるものです。自分などが愚痴をこぼすも、食材は全く悪いわけではなく、彼らはただただ自然に導かれ、その潮流に身を任せるのみ。

 

 かつては、農作業の目安は、草木の芽吹きやら花開く時期、小動物や鳥たちの鳴き声や行動パターン、遠く望める山々の冠雪の有無など、自然に教わるものでした。今でも十分に活用でき、気象庁の定める「生物規則観測」などは興味深いものです。通勤途中や散歩などの外出中に、人々の喧騒にもまれる中で、ふっと息つくひとときに、耳に入ってくる「初音(はつね)」には、感慨深いものがあります。しかし、暦を手に入れた人類は、この暦に支配されてしまうことになりました。スケジュールに支配される息苦しさは皆様も感じているのではないですか。ただ、暦は人類史上の大発見であり、どれほど日々の生活に欠かせないものであるか。これは今も昔も変わらなかったのでしょう。

 

花すすき あすは冬野に たてりとも けふはながめむ 秋の形見に  源顕仲(あきなか)

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 旧暦では10月から冬が始まります。詠者は、9月末日に詠んだのでしょうか。それとも、「立冬」の前日「節分」だったのでしょうか。「日」が変わることで「季節」が変わる。「花すすきよ、明日から季節が変わり冬野に立つことになる。今日の秋の姿を瞼(まぶた)にしっかりと焼き付けることにしよう。秋の形見として」。ススキのとっては、日増しに寒くなる「一年の中のただの一日」。しかし、我々にとっては、「秋最後の一日」。暦があればこそ生まれたものであり、この自然と暦との微々たる差を捉えることのできる詠者の美的感覚は、今に至っても十分に深々と感じ入ることができます。

 四季折々の美しさを誇る日本だからこそ育まれたこの感覚を大切にしなさい。そして、一日とて無駄な日はない。そのようなメッセージが込められている気がいたします

 

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬

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