kitahira blog

徒然なるままに、Benoitへの思いのたけを書き記そうかと思います。

2024年7月Benoit東京 ≪特選食材≫と≪お勧め料理≫のご案内です。

 草木の花々は移りゆく季節の機微を捉え、順を追って咲き誇るもいずれは散りゆきます。食材も同じように「旬」という期間は限られたものであり、「待つ」という優しさはありません。そこで、全ての旬食材は無理でも、Benoitの要望に応えてくれた逸材でこしらえた、まさに「旬の味覚」の料理とデザートをご用意いたしました。その旬の食材とお勧め料理/デザートを、皆様にご紹介させていただきます。

 

 

Benoitのフォアグラのコンフィが意味するもの

 もう15年もまえのこと、2009年にフランスで「Best of Chef」シリーズのレシピブックが刊行されました。10€という価格ながら、詳細な解説に幾枚もの写真が掲載されており、ついつい素人の自分でも作れるのではないかと錯覚してしまう。1刊目は、BOCUSEさん。3刊目はROBUCHONさん。ともに鬼籍に入るも、今なおその名声は衰えを知らない。この二人の間に割って入ったのが、我々のボス、Alain Ducasseでした。

 アラン・デュカスがこのレシピブックを刊行するにあたり、まっさきにもってきた料理こそが、今回ご紹介する「鴨のフォアグラのコンフィ」でした。自分がBenoitで働き始めた頃、初めてこのフォアグラの料理を口にした時は驚愕を覚えたものです。あまりの美味しさに、当時Benoitのシェフだった小島景から事細かに作り方を聞いたものです。なんと手間暇のかかる逸品なのかと感じ入ったことを今でも鮮明に覚えています。それが、このレシピ本では、家でも作れるのではないかとも思うほど詳細に、作り方が記載されているのです。

 鴨のフォアグラは、塩・コショウをふって冷蔵庫で休ませます。そして、カットすることもなく、そのままぬるめの鴨脂の中へ。ゆっくりゆっくりと鴨脂の温度を上げてゆく。揚げるわけではないので≪ぐつぐつ≫ではなく、鍋を覗き込むと、熱で脂が対流しているかのよう。何時間を要するだろうか…

 湯ではなく、鴨脂に浸かるフォアグラの中心温度が70℃に達した時点で、温度を維持するのではなく、そのまま油から取り出し、粗熱をとります。この状態でも美味しそうなのですが、アラン・デュカスが求めるフォアグラのコンフィは、さらに気の遠くなるほどの時を要求してくるのです。

 粗熱をとったフォアグラは、冷ました鴨脂とともにパックし、そのまま冷蔵庫で眠りにつきます。何もしない…そう何もしないこと3週間。フォアグラは、ミンチにすることも潰すこともせず、そのまま調理してゆきます。そのため、1週間ではまだまだフォアグラのもつ内臓の荒々しさが残っているのです。それが、3週間という時が経過することで、口中でとろけてゆくような滑らかさのある、さらに旨味に満ちた逸品に仕上がるのです。

 

Foie gras de canard confit, pain de campagne toasté

フランス産フォアグラのコンフィ

※ランチとディナーのプリ・フィックスメニュー、前菜として+2,000円でお選びいただけます。

 

 「コンフィ」とは、今では生活に欠かすことのできない冷蔵庫が無かった時代、先人たちが考えた食材の保存方法でした。水ではなく油で煮ることで、低温でじっくり熱が入り、素材の美味しさを逃がしません。そして、油に浸かったままにしておくことで、空気に触れいないため酸化せず、あらに悪玉菌が増殖することもなく保存が可能となるのです。ちなみに「フルーツのコンフィ」は、油ではなく砂糖漬けです。ばい菌が活動できないほど甘く仕上げるのです。この先人の知恵は、保存性ばかりではなく、あらたな旨味をひきだすとして、調理方法へと発展してゆきました。

 

 

≪暑い時期だからこそ、ヴィシソワーズスープで始めてもいい…≫

 冷たいスープで火照った身体を内側から冷まし、食欲を呼び覚ます。かつてアメリカ合衆国で誕生したという冷製「ヴィシソワーズスープですが、どうも英語っぽくはないネーミングではないですか。それもそのはず、考案者であるシェフはフランスのVichy(ヴィシー)の出身だった。この町は、フランスを悠々と流れるロワール川を遡り、遡りさらに遡り、フランスの中央部辺りにまで達したところにヴィシーの街があります。そこで、子供の頃にお母さんが冷たく供してくれたジャガイモのスープが原点にあるのだといいます。

 お馴染みの食材であるジャガイモ。この素材が持ちうる繊細な旨味を生かすために、クリームを極力減らし、ミルクでのばしてゆきます。これだけでも美味しいのですが、そこへプルンと鶏ブイヨンジュレが加わることで、味わいに深みが増してきます。そして忘れてはいけないものが、バターをたっぷりつかったクルトンです。「後のせサクサク」とすることで、香ばしさと心地よい食感が生まれるのです。

 全てを混ぜるように馴染ませてお召しあがりいただくのも良いですが、敢えて混ぜないのも一興なり。スプーンですくう場所場所によって多彩な表情を見せてくれます。色とりどりに咲きほこるアジサイならぬ、Benoitヴィシソワーズスープの味彩をお楽しみください。このヴィシソワーズスープ、次に魚のスープをお選びいただいても自分は止めません。というよりも、お勧めしたいぐらいです!

VICHYSSOISE rafraîchie, garniture taillée

ジャガイモの冷製スープ “ヴィシソワーズ”

※ランチとディナーのプリ・フィックスメニュー、前菜としてお選びいただけます。

 

 

プロヴァンス地方の夏を代表する料理「ラタトゥイユ」が前菜です!

 夏野菜を代表するナス、ズッキーニ、パプリカをトマトで煮込んでいったプロヴァンス伝統料理です。家でも作りやすいこともあり、馴染みの料理でえはないでしょうか。とはいえ、ご家庭と同じでは「プロの調理人」ではないわけで、Benoitのプリ・フィックスメニューに名を連ねるということは、やはり美味しいということなのです。

 ナス、ズッキーニ、パプリカとタマネギは、それぞれを絶妙な食感を残すように焼いてゆきます。野菜そのものの旨味が、熱が加わることでさらに引き立つかのよう。そして忘れてはいけない食材、、完熟まで収穫を待った真っ赤なパンパンのトマトとともに大鍋で一堂に会するのです。かるく煮込むことは、それぞれの野菜の甘さ凝縮させることになり、甘みが増します。さらに、冷ますことで、味わいが落ち着き、野菜のコクが際立ちます。松の実を加えることで、カリっと心地良い食感と、夏なのでナッツの香ばしさを…さらに、半熟卵のとろりとくる黄身との相性も抜群とくる。

Ratatouille de légumes du soleil, œuf mollet

夏野菜の冷たいラタトゥイユと半熟卵

※ランチのプリ・フィックスメニュー、前菜としてお選びいただけます。

 

 パリの赤ペン先生がフランス語表記を修正してきました。「légumes d’été (夏野菜)」から「légumes du soleil (太陽の野菜)」へと。なかなか粋な表現だと思いませんか?

 

 

Benoit東京で確固たる地位を得た食材…マダコ!≫

 「タコの産地といえば?」という問いに、真っ先に思い浮かぶのが兵庫県の明石(あかし)ではないでしょうか。高品質なうえに、水揚げ量が日本一を誇ります。これほどのタコ銘産地でありながら、存亡の危機に晒された時がありました。今から50年以上も前のこと、この海域に大規模な赤潮が発生し、タコが全滅に近い状況に陥ったのです。タコ産地としての復活を願う明石の漁師さんは、美味しいタコを探すべく全国を行脚したといいます。そして、彼らが選んだのが、熊本県天草のマダコでした。そこで、明石の漁師さんは天草へ船で訪れ、100tほどを譲り受けた後に明石の海に放流したのです。

 天草も明石も、島嶼群であり海流が速いことが、マダコの名産地たらしめているのでしょう。島の沿岸は岩がゴロゴロの磯浜が多く、海中はエビ・カニにとっては最高の住環境を与えてくれます。速い海流は、海水がよどむことを拒み、彼らの食餌となるプランクトンをたっぷりともたらします。そして、このエビ・カニをたらふく食(は)むのがマダコです。この環境下で育まれた天草タコが美味しくないわけがない。天草の上島(かみしま)南西部沿岸にある「柳(やなぎ)漁港」で水揚げされた「天草タコ」が、上天草サンパールの林田さんによってBenoitに直送されています。

 往古より「一に来島(くるしま)、二に鳴門(なると)、三と下って馬関瀬戸(ばかんせと=関門海峡)」といわれています。これは、潮流の速さと複雑さで船乗りたちを大いに悩ます海の難所ということ。この日本三大急潮すべてが、瀬戸内海にある。大海原の膨大なるエネルギーが、瀬戸内海という狭い海域にそそがれることが、この海峡を難所としている。

 この潮流は、豊富なプランクトンを太平洋から日本海からと運びこみ、常に生き生きとした水質を維持している。そして、複雑な沿岸から海中へと延びる岩礁は、エビ・カニに棲み良い環境を提供している。それを食餌とするマダコは、間違いなく美味しさを蓄えることとなり、潮流による運動は身が引き締まる。「関門海峡タコ」は味わい深く、噛むほどに旨味が口中にひろがります。関門大橋の袂にある唐戸市場から、道中さんがBenoitへ送り出してくれる。

 Benoitに直送されるマダコは、上記2か所から届きます。各港の水揚げ状況によって産地が変わってしまうため、いったいどちらが調理されえているのかは、当日になってみないとわかりません。しかし、甲乙つけがたいほどに、どちらも美味なマダコであるからこそ、産地を指定しなかったのです。熊本県天草産か山口県下関産か、こればかりは運に身をゆだねていただけると幸いです。

 このマダコの料理に欠かすことができない食材は柑橘です。え?今の時期に柑橘?とお思いの方も多いのではないでしょうか。日本は世界に誇る柑橘王国で、生産量こそ他の国々に及ばないものの、栽培されている柑橘の多種多様さは、世界の誇るものです。そこで、マダコとペアを組むのは、熊本県不知火の「のむちゃん農園」から、ジューシー柑(河内晩柑)です。

 熊本市から南西に向かうと、天草へと誘(いざな)うかのように宇土半島が伸びています。この半島のつけねあたりの南側、赤い印にあるのが、「不知火(しらぬい)町」です。八代海(やつしろかい)に面した丘陵な沿岸部は、一年を通して温暖。海に面した山の斜面は、太陽の恩恵を十二分に受けることができるうえに、柑橘のとって快適な水はけをももたらします。さらに、海からの養分たっぷりの汐風、阿蘇の伏流水である熊本の水、澄んだ空気で育まれた果実が美味しくないわけがありません。

 この地で代々にわたり果樹栽培を続けている「のむちゃん農園」は、若き園主である野村和矢さん早苗さんに受け継がれました。彼らは、天の恵みである不知火の地の利に甘んじることなく、飽くなき探求心のもとで、さらなる安心安全・美味しい果実を育て上げるため、農薬に頼ることを可能な限り避け、細心の注意を払いながら手間暇をかけることを惜しみません。柑橘の美味しさを追究するがために、彼らは露地栽培のみに徹しています。

 野村さんが丹精込めて育て上げた「ジューシー柑(河内晩柑)」がBenoitに届いています。オレンジ色ではなく黄色の果肉が、この料理には必要だったと、シェフの野口は言う。そして、彼らが育んだジューシー柑は、甘みと酸味、そして果皮のほろ苦さのバランスが良いと絶賛する。この柑橘を、極力甘さを控えてマルムラードに仕上げ、丁寧に下ごしらえされ、やわらかく茹でたマダコと、さらに、ギリシャ風と銘打たれた野菜が一堂に会します。

 この野菜のギリシャ風とは、セロリ、ニンジン、タマネギ、カリフラワー、それにラディッシュ。レモンにコリアンダーの種を使い、絶妙な火加減で調理してゆき冷蔵庫で一晩休ませたもの。コリアンダーパクチーのことで、苦手の方の多い香草かと思います。しかし、このコリアンダーの種は、うんともすんともいわない味気ない食材。ところが、野菜とともに熱を加えることで、野菜本来の甘さを引き出すのです。

 ぬくいマダコが、関門海峡産がどれほどの逸材であるかを教えてくれる。さらに、野菜それぞれの食感がリズミカルに口中に響き、野菜それぞれが甘さ旨さの旋律を奏でます。そして、江之浦バレンシアオレンジの甘ほろ苦さが、全ての食材を引きあわせ、調和をもたらす。この美味しさに酔いしれ、Benoitの窓へと目を移すと…そこにはエーゲ海がひろがっている…かもしれません。

Poulpe marinée, légumes à la grecque

マダコと野菜のマリネ ギリシャ

※ディナーのプリ・フィックスメニュー、前菜としてお選びいただけます。

 

 今回ご紹介しました、産地2か所がどのようなところなのか。ともに観光地であり歴史深い地です。以前にブログ書いたものご案内いたします。お時間のある時に、ご訪問いただけると幸いです。

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Benoitテリーヌをお忘れなきように!≫

 ビストロというカテゴリーの飲食店において、日本のみならず本場フランスでも欠かすことができない料理が、「テリーヌ」ではないでしょうか。Benoitにおいても、前菜として不動の地位を得ており、メニューから姿を消すことはありません。これほどまでに馴染みの料理でありながら、これといった決まった素材や調理法があるわけではなく、テリーヌ型といわれる陶器の蓋つき容器を使ってじっくり焼き上げたもの。肉に限らず野菜や魚介でも、この型で焼けばテリーヌということになるのです。

 このようにあいまいなカテゴリーなために、シェフによってさまざまなテリーヌが存在することになります。同じ肉主体でありながら、柔らかく仕上げたものもあれば、ゴロゴロと食感が残るようにこしらえたものもあります。違うからこそ、どのようなテリーヌが供されるのかもまた、楽しみの一つなのでしょう。

 Benoitシェフの野口は、長い調理人経験の中で試行錯誤を繰り返し、彼の求める美味しさを追求してきました。そのため、多くの店が提供しているとは、Benoitはひと味もふた味も違う。テリーヌの素材は、豚肉をメインに鶏レバーの加えて粗挽きでこしらえる。数多(あまた)あるテリーヌもそう変わらない。しかし、野口の肉のブレンド比率とスパイスとハーブの使い方が妙を得ているのでしょう、食感が心地よく旨味あふれる逸品に仕上がってるのです。

Terrine de campagne, pain toasté

テリーヌ・ド・カンパーニュ

※ランチのプリ・フィックスメニューの前菜としてお選びいただけます。ディナーでは、「サラダ・グルマン」の付け合わせとして登場いたします。

 

 さらに、鶏の「白レバー」のテリーヌも仲間入りしました。鴨のレバーを太らせたものが「フォアグラ」であれば、ニワトリを太らせると「白レバー」です。これをたっぷりと使うのですが、これではレバーペーストになってしまいます。そこで、粗挽きの豚肉を加え、よく混ぜ合わせ、テリーヌの型で焼き上げます。レバーの比率が高いため、熱が入り過ぎればパサパサとなってしまう。断面がほのかにピンク色となるような職人技ともいえる熱の加え方こそが、このテリーヌの美味しさを決める。まとわりつくような白レバーの旨味をお楽しみいただきたいです。

Terrine de foie de volaille, pain toasté

鶏レバーのテリーヌ

※ディナーのプリ・フィックスメニュー、前菜としてお選びいただけます。

 

 

≪イサキがBenoitへ夏を告げに来た!≫

 東北地方以南の海藻生い茂る岩礁域を棲み処にしているイサキ。淡白な味わいの白身で、塩焼きで食べるというイメージをお持ちの方も多いと思います。しかし、旬の名産地のイサキともなると、この固定観念が覆ります。

 長崎県五島列島近海は、その名を全国に轟かす類まれな豊かな漁場です。黒潮から分岐して九州西側から北上してくる対馬海流が、日本近海の水深の浅い海域に流れ込むことで、太陽光と彼の海域の栄養塩によって食物連鎖の原点ともいえる植物性プランクトンを育む。そして、これを動物性プランクトンが食み、さらに小魚がこれを食餌とし、さらに大きな魚に捕食される。今の時期は、イワシ類の稚魚であるシラスが、豊富なプランクトンを求めてこの海域を群泳します。これを、イサキが腹いっぱいになるまで食(は)む。そのため、脂がのったパンパンの身体となるのです。

 Benoitだけに、お刺身で楽しむわけにはゆきません。丁寧に下ごしらえされた、見るも美しい切り身に、最後の一手間である「焼き」という、簡単そうで奥の深い最後の工程が加わります。食材が持ちうる美味しさが、下ごしらえが、全て水泡に帰するかもしれません。「生」ではないが焼き過ぎない。言うは易く行うは難しとは、このことでしょう。職人としての経験に裏打ちされた「焼きの技」が、イサキのさらなる美味しさ引き出すのです。

 この時期のイサキは、「麦わらイサキ」と呼ばれ、夏を告げにくる魚だといいます。そこで、新樹を想わせるような青々とした夏を代表する野菜を添えたいものです。ズッキーニに、インゲン豆やツルムラサキ空心菜などの旬を迎えている緑野菜を細かく切り混ぜ、イサキの下に広げる。野菜それぞれの内包する旨さが、これほどまでに相性が良いものだったのかと思わずにはいられません。

 料理が運ばれてきたとき、まさに旬の魚の持つ香ばしい香りに魅せられる。そして、一口頬張ると、その美味しさに頬が落ちる。旬の美味しさに頷(うなづ)きながら、イサキが「夏を告げる魚」と称えられていることを感じ入ることになるでしょう。さらに、イサキは「梅雨イサキ」とも呼ばれています。梅雨時期の寒暖乾湿の差が厳しい日々が、知らず知らずのうちに体力を奪ってゆくものです。そこで、夏の到来を教えてくれたイサキと夏の緑野菜を美味しくいただくことで、乗り切ろうではありませんか。旬の食材には、今我々が欲している栄養が満ち満ちているのですから。

ISAKI au plat, légumes verts, sucs de cuisson

イサキのソテー 緑野菜

※ランチとディナー、ともにプリ・フィックスメニューの魚料理としてお選びいただけます。

 

≪剣先イカ、シロイカ、アカイカ、皆様いかが?≫

 関門海峡を横切るように架かる瀬戸大橋。その山口県側の下関沿岸、橋のたもとから少し西側へ向かった先に、唐戸市場が開けています。そこでは、毎日のように近海で水揚げされた旬の魚介類が競り落とされ、地方に送られるばかりではなく、その場でも購入することができ、さらには美味しくいただくこともできます。

 彼の地で、鮮魚店を営んでいる道中さんが、まさに旬を迎えている剣先イカをBenoitに送り出してくれます。剣先イカ山口県では「シロイカ」と呼び、島根県では「アカイカ」といいます。その地その地で愛称があるということは、旬の食材として愛着があることの証ではないでしょうか。それでも「白」と「赤」では、違い過ぎるのでは…そう思うも、鮮度の良い剣先イカの姿を見ると、なるほど!と思ってしまう自分がいます。

 「味のアオリイカ、食感の剣先イカ」と評される2種のイカアオリイカのほうが美味しいの?ということではなく、ともに美味しさ際立つイカであり、甲乙つけがたい。そこで、あえて違いを表現すると…こうなるのです。しかし、それぞれのイカは旬が異なるため、自分の中では「夏の剣先イカ、冬のアオリイカ」となる。そう、今の時期はアオリイカではなく剣先イカなのです!

 この剣先イカの食感を生かすように、Benoitシェフの野口は「焼き」にこだわりを見せる。焼き切ってしまえば、ただの焼きイカ。そこで、表面をちゃっちゃと軽く焼き、イカがくるっと反るようになった段階で、火から上げてしまうのです。この「mi-cuit(ミ・キュイ)」という焼きこそが、剣先イカが剣先イカたらしめる、その美味しさを発揮できるのです。

 バスク風のピペラードとは、パプリカと玉ねぎをしんなりと炒めることで野菜そのものの甘さを引き出し、完熟トマトでコクと心地良い酸味を加え、さらに生ハムで旨味を足したもの。これだけでも美味しい!これを剣先イカとともにお皿にも盛り付け、ニンニクで香りづけしたほわほわミルクをかぶせ、忘れてはいけないイカ墨のソース。さらに、バスク地方の特産である「Piment d’Espelette(ピモン・デスプレット)」をハラハラと。ん?ピモン・デスプレット?

 

 スペインと国境に近い海沿いに、Saint-Jean-de-Luz(サン・ジャン・ド・リュズ)という港町があります。美しい建物が並ぶ港町であり、美食の街とも呼ばれています。この町から東へ山の中を進むこと20kmほどでしょうか、Esprette(エスプレット)とう村に到着します。そう、この村の名を冠したものが、前述したPiment d’Esprette(エスプレット村の唐辛子)で、AOPの認証を受けている逸材です。

 ワインはAOCという表記で、原産地を名乗るためにクリアしなければならない厳しい規定があることはご存知かと思います。その食材版であり、EUという広範囲で規定したものが、このAOP(Appellation d'origine protégée / 原産地呼称保護)です。今ではワインのAOCルールも、このAOPに組み込まれており、AOCのルールがより厳格なため、ワインの表記はどちらを記載しても良いことになっています。ということで、AOPは、原産地を守り、品質を維持するため、フランス政府のみならずEU加盟国が保証した食材のこと。チーズもこの部類に入ります。

 このピモン・デスプレットははエスプレット唐辛子などと表現されるのですが、辛いだけではありません。日本の唐辛子よりも一回りも二回りも大きく、パプリカのように肉厚なので、野菜特有の甘味をも兼ねそろえているのです。夏に収穫したものを軒下に、まるで干し柿のように吊るして乾燥させる光景は、この村の風物詩です。窓枠と比較してみると、いかにこのピモン・デスプレットが大きいかお分かりいただけるのではないでしょうか。

 

 剣先イカの旬の旨さを際立たせるかのような夏野菜。香り良いミルクのまろやかさ。イカ墨のソースで、さらなる旨味を加ええる。さらに、はらはらと振りかかるフランスの旧バスクの地、エスプレット村の特産唐辛子が、ピリりと全体を引き締める。全てが一堂に会する時、そこには旬そのものお楽しみいただける一皿が姿をみせます。

 「夏の剣先イカ、冬のアオリイカ」…今季も以下の季節が始まりました。秋に姿を見せる「アオリイカ」とは違う美味しさをお楽しみください。

Poêlée de calamars au piment d’Espelette, garniture d’une basquaise

下関産剣先イカポワレ パプリカのピペラード バスク

※ランチとディナー、ともにプリ・フィックスメニューの魚料理としてお選びいただけます。

 

 山口県下関といえば、言わずと知れた「フグ」も名産地です。同県の最西端に位置している南風泊(はえどまり)市場は、フグを専門に扱う市場で、ここへ競りに入ることのできる魚屋さんは限られています。今回、Benoitがシロイカでお世話になっている道中さんは、フグの競りに参加できる老舗のひとつ。いったいどのような市場で、どのように競りが行われているのか?気になる方は、以下のURLよりご訪問いただけると幸いです。

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アイルランドより仔羊来たる!≫

 北海道よりも北に位置しながら、メキシコ湾海流によって温暖な気候が特徴のアイルランド。めまぐるしく変わる気候は、彼の地に十分な雨をもたらすことになり、、良質な牧草を育むのです。この豊かな自然の中で放牧されている仔羊は、アイリッシュグラス・フェッド・ラムと呼ばれ、柔らかな身質に、コクがあり旨味に満ちた美味しさがあります。

 仔羊は丁寧にトリミングを施し、背肉を表面に焼き色を付け、ふつふつとしたバターをふりかけながら、ゆっくりゆっくり熱を加えてゆく。この魅惑的な香りをどう表現したものか。表面には美味しそうな焼目がつくが、中はまだ生のままです。肉が内包している温まった肉汁を利用し、中からじっくり熱がゆきわたるように、温かい肉部屋で休ませロゼ色に焼きあげます。この美しい焼色なくして、仔羊の美味しさを味わえないでしょう。

 ズッキーニ、ナスにピキオス(バスクパプリカ)と彩り豊かな夏野菜にパルメザンチーズを振りかけオーブンへ。チーズが溶けてふつふつとしたところで、仔羊とともに盛り付けます。目の前に運ばれてきた時、仔羊の焼き色と夏野菜のグラチネの色のコントラストが目を引き、甘い野菜と焼いたパルメザンチーズの香りが漂います。そこへ、仔羊の旨味の凝縮したソースを、そっとお肉へかけてゆく。全てが一堂に会する時、なぜシェフがお勧めするのか、お分かりいただけるはずです。

Agneau rôti, légumes d’été légèrement gratinés

アイルランド産仔羊のロースト 夏野菜のグラチネ

※ランチとディナーのプリ・フィックスメニュー、主菜として+2,000円でお選びいただけます。

 

 

≪豚ホホ肉を知ると、もう牛ホホ肉には戻れない…≫

 豚ホホ肉…あまりにも豚肉が身近な食材なだけに、言われてみれば、特段珍しいものでもないはずなのに、見かけることは皆無でないでしょうか。なぜだろうかと考えてみました。思うに、名だたるレストランが牛ホホ肉の料理を提供しているために、豚ホホ肉の価値が見いだせていないのではないかと。お肉屋さんも、販売できない部位ではなく、販売しても売れない部位だから取り扱わない。だから、我々には馴染みがない食材なのでしょう…これほどまでに美味しいのに…

 牛ホホ肉の煮込みでは、赤ワインを使用します。しかし、豚ホホ肉は繊細な旨味があるため、白ワインを使います。香味野菜とともに煮こむこと1時間ほど、ほろりと崩れるようになる。ここでホホ肉を避難し、鍋に残った旨味のスープを煮詰め、フォン・ド・ヴォーを加え煮詰めたてゆく。この旨味そのものであるとろみのあるソースを、避難させていたホホ肉に絡め、ズッキーニとともに盛り付けます。パスタは別添えで。ナイフが必要ないほどに、ほろっと崩れるようにやわらかい豚ホホ肉、Benoitのランチでお楽しみください。

 どうして食材として名が挙がらないのか?と不思議になるほどの美味しさがあります。そう、豚ホホ肉を知ってしまうと、もう牛には戻れなくなる…

Joues de cochon cuisinées longuement, courgettes et pâtes fraîches

豚ホホ肉の煮込み ズッキーニとフレッシュパスタ

※ランチのプリ・フィックスメニュー、主菜としてお選びいただけます。

 

 

≪ボーノ(美味しい)という名を冠したボーノポーク?!

 「ボーノポーク」は、イタリア語で美味しいという意味の「ボーノ」という言葉を冠し、なんとも軽々しい印象を受けますが、その実は、岐阜県の中濃ミート事業協同組合の威信にかけて育て上げた銘柄豚です。飼育地は、県内の瑞浪(みずなみ)市、山県市揖斐川(いびがわ)町の3地域。3つの種の掛け合わせで誕生した三元豚で、そのひとつが霜降り割合を増加させる能力を持つ、岐阜県が開発育種した「ボーノブラウン」という種豚です。

 抗酸化能とオレイン酸を多く含む植物性原料を含み、飼料中のアミノ酸バランスを調整した専用に開発された飼料を与えています。この飼料を含め、徹底した管理のもとで飼育されることで、霜降り割合が一般的な豚肉の二倍にものぼり、肉自体の旨味を十二分に堪能できる上に、脂の甘味か加味されるのです。さらに、一般に流通している豚肉よりもドリップロスが少なく、肉の旨味が逃げにくいのが特徴といいます。

 飼育した全てが「ボーノポーク」というブランドを冠することはありません。県下の和牛ブランド「飛騨牛」が、霜降り具合を目視によって5等級なのか4等級なのか、はたまた3等級なのかと振り分けるように、この豚もまたロース部位を目視によって判別してゆきます。違う点は、区分けが「ボーノポーク」か「一般的な豚」の2択であるということ。

 皆様が、「ボーノポーク」という豚の名前を耳にしたことがないのも当然、徹底した管理のために多くを飼育できない上に、厳しい選別ゆえに流通量が極端に少ないのです。その、貴重な豚肉がBenoitに届いています!どれほど美味しいのか?それは、Benoitが5年間にもわたり他の豚へ浮気しないことがなによりの証(あかし)です。

 

 どれほどのブランド肉でも、豚肉は生では食せず、良く焼くと硬くなります。そこで、ロースの部位を厚めにカットするのですが、休ませながら断面がうっすらとピンク色になるように丁寧に焼き上げることで、しっとりとした食感とボーノポークの旨味を十二分に堪能できるのです。さらに、ディジョンマスターにエシャロットの甘みを加えたものを下に、オリーブとクルミを細かくカットしたものを上に。ボーノポークと会いまった時、その美味しさが際立つかのよう。この味わいのバランスこそが、この料理の神髄です。

Longe de cochon de Gifu en cocotte, pommes de terre nouvelles, lard paysan et cébettes

岐阜県ボーノポークロース肉のココット焼き 新ジャガイモと九条ネギ

※ディナーのプリ・フィックスメニューで、主菜としてお選びいただけます。

 

 

鴨がネギをしょってくる?いやいやBenoitでは柑橘です!

 「津軽かも」、このブランド名からお察しかと思いますが、飼育場は青森県津軽地方です。彼の地域6か所に点在する飼育場で、フランス原産のバルバリー種の鴨を飼育する。雄大な山々があり、そこより湧きいづる豊富な水資源、四季折々の優しさに厳しさ。この自然環境こそが、鴨にストレスを与えず、健康に育て上げることのできる理由なのでしょう。さらに、平飼い開放鳥舎によって余裕のある飼育面積を確保し、飼料も独自開発したものを与えるという徹底ぶりです。

 バルバリー鴨は、他の鴨と比べて皮下脂肪が薄く、赤身は濃い鮮紅色です。鴨特有の臭みが少ないとはいいますが、やはり鴨は鴨。この独特の臭みの大部分は脂についているため、Benoitでは皮目に隠し包丁を入れ、余計な脂を落とすように焼き、その後は低温でじっくりと、表面がロゼ色になるようにこしらえます。

 「鴨がネギをしょってくる」とは言いますが、Benoitはフランス料理店なので、ここはオレンジをしょってきてほしいものです。しかし、ここで海外のオレンジを選ぶようでは、これほどまで食材にこだわるBenoitの名折れというもの。そこで、登場するのが、タコの料理でご紹介した熊本県不知火の「のむちゃん農園」から届いた、今度は「ブラッドオレンジ」です。

 そして、のむちゃん農園のブラッドオレンジから引き継ぐのが、神奈川県の江之浦果樹園maruesuさんの「バレンシアオレンジ」です。日本の柑橘の北限、殿(しんがり)を担う地です。この時期に、これほどまでの品質のバレンシアオレンジに出会えるとは。それも露地栽培だからこその濃ゆく甘さに心地よい酸味に果皮の深みのある苦みがあり、ノーワックスとくる。Benoitにとって果肉はもちろん、果皮も重要な食材なのです。このバレンシアオレンジを惜しげもなくまるまると、軽くシロップで加熱したコンフィに、さらに細かくたたくように仕上げたコンディモンへと仕上げてゆきます。コンディモンとは、日本でいう薬味のようですが、味の重大要素を構成するためのアイテムです。

 青森県の「津軽かも」と江之浦の「バレンシアオレンジ」が。東京のBenoitで出会いました。ほぼ無農薬にノーワックスだからこそ、果実はもちろん果皮をも使って表現する鴨料理です。柑橘のもつ爽やかな香りに、ほど良い酸味と果皮の優しいほろ苦さが生かされたコンフィとコンディモン。この食材のマリアージュを、惜春の思いとともにお楽しみください。

Canard de Aomori à l’orange, carottes et navets

青森県産鴨胸肉のロースト カブとニンジン オレンジ風味

※ディナーのプリ・フィックスメニューで、主菜としてお選びいただけます。

※画像の料理の野菜は、ウイキョウです。7月は旬のカブとニンジンに変わっています。

 

 ランチでは、「津軽かも」の代わりに、「丹波黒どり(たんばくろどり)」で、同じようなスタイルでご用意いたします。この鶏は、フランスの地鶏「ラベルルージュ」の血統をもち、京都で育種され地鶏認定を受けたもの。飼育羽数を制限し、90~100日という長期にわたる飼育期間は、きめ細かな肉質に、上質な脂肪分とコクのある味わいを約束してくれます。

 しかし、鶏肉であるがために、調理方法によっては、パサパサになってしまう難しい難しい食材です。そこで、Benoitでは、丁寧に下ごしらえされた丹波黒鳥の胸肉ともも肉を骨付きのまま、低温調理を施します。旨味を逃がさず損なわず、ゆっくりと。仕上げは、表面が色付くように焼いてゆくことで香ばしさを加味してゆきます。

 さあ、「丹波黒どり」と江之浦の「バレンシアオレンジ」とのマリアージュをおたのしみいただけるのはランチのみです。

Volaille de Kyoto rôtie aux agrumes, carottes et navets

丹波黒どり"のロースト カブとニンジン  柑橘風味

※ランチのプリ・フィックスメニューで、主菜としてお選びいただけます。

 

 

Benoitの夏のデザートといえば、桃!今季は81日から≫

 Benoitで、夏の旬フルーツといえば、間違いなく桃です。例年であれば、7月には桃デザートがメニューに姿を見せておりました。そう、「た」という過去形になってしまったのです。今季の桃の品質が悪かったいうことではありません。今季は、昨年よりも収量は少ないですが、かなり美味しい桃に育っていると思います。では、なぜBenoitに桃デザートがないのか?

 一昨年、アラン・デュカスグループのアジア統括ソムリエに就任したのが、Ariiteaさん。彼への桃のプレゼンの機を自分が逸したのです。6月中旬、待ち望んだ熊本県の桃の収穫が始まる…さあ!と意気揚々と彼に声掛けしようと思ったころ…彼は日本にいなかった。このあり得ないような自分の失態のために、Benoitの桃デザートが8月からになってしまったのです。

 いまだデザートの詳細は決まっておりませんが、よほどの事情がない限り、8月1日より桃デザートが始まります。乞うご期待ください!

 

 

 バランスの良い美味しい料理を日頃からとることは、病気の治癒や予防につながる。この考えは、「医食同源」という言葉で言い表されます。この言葉は、古代中国の賢人が唱えた「食薬同源」をもとにして日本で造られたものだといいます。では、なにがバランスのとれた料理なのでしょうか?栄養面だけ見れば、サプリメントだけで完璧な健康を手に入れることができそうな気もしますが、これでは不十分であることを、すでに皆様はご存じかと思います。

 季節の変わり目は、体調を崩しやすいという先人の教えの通り、四季それぞれの気候に順応するために、体の中では細胞ひとつひとつが「健康」という平衡を保とうとする。では、その細胞を手助けするためには、どうしたらよいのか?それは、季節に応じて必要となる栄養を摂ること。その必要な栄養とは…「旬の食材」がそれを持ち合わせている。

 その旬の食材を美味しくいただくことが、心身を健康な姿へと導くことになるはずです。さあ、足の赴くままにBenoitへお運びください。旬の食材を使った、自慢の料理やデザートでお迎えいたします。

 

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最後まで読んでいいただき、誠にありがとうございます。

一陽来復」、必ず明るい未来が我々を待っております。末筆ではございますが、皆様のご健康とご多幸を、青山の地より祈念いたします。

 

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬

www.benoit-tokyo.com

2024年7月 「北平がBenoitを不在にする日」のご報告です。

 私事で恐縮なのですが、自分がBenoitを不在にしなくてはならない7月の日程を書き記させていただきます。滞りがちだったご案内を充実させるべく、執筆にも勤しませていただきます。ご不便をおかけいたしますが、ご理解のほどよろしくお願いいたします。

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 上記日程以外は、Benoitを優雅に駆け回る所存です。自分への返信でのご予約はもちろん、BenoitのHPや、他ネットでのご予約の際に、コメントの箇所に「北平」と記載いただけましたら、自慢の料理の数々を語りに伺わせていただきます。自分が不在の日でも、お楽しみいただけるよう万全の準備をさせていただきます。何かご要望・質問などございましたら、何気兼ねなくご連絡ください。

 

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ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬

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2024年6月「北平がBenoitを不在にする日」のご報告です。

 私事で恐縮なのですが、自分がBenoitを不在にしなくてはならない5月の日程を書き記させていただきます。滞りがちだったご案内を充実させるべく、執筆にも勤しませていただきます。ご不便をおかけいたしますが、ご理解のほどよろしくお願いいたします。

5()から13()ランチまで大規模修繕のため休業

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27()

 上記日程以外は、Benoitを優雅に駆け回る所存です。自分への返信でのご予約はもちろん、BenoitのHPや、他ネットでのご予約の際に、コメントの箇所に「北平」と記載いただけましたら、自慢の料理の数々を語りに伺わせていただきます。自分が不在の日でも、お楽しみいただけるよう万全の準備をさせていただきます。何かご要望・質問などございましたら、何気兼ねなくご連絡ください。

 

最後まで読んでいいただき、誠にありがとうございます。

一陽来復」、必ず明るい未来が我々を待っております。末筆ではございますが、皆様のご健康とご多幸を、青山の地より祈念いたします。

 

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬

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2024年5月Benoit 「お勧め料理」と「特選食材」、そして「惜春の思いで綴った季節のお話」のご案内です。

 季節は過ぎてゆき、待てといっても待ってはくれないもの。5月5日に「立夏」を迎え、暦の上で夏が始まりました。すでに猛暑を予感させるような夏日が続きますが…ここは惜春の思いを込めて…期日に書き切らなかった負け惜しみです。

 

春は曙(あけぼの) やうやう著(しる)くなりゆく 山ぎは少し明かりて紫だちたる 雲のたなびきたる

 自分が学生の頃は、中学校の古文ででしたが、今では小学校の国語の授業で出会うようです。平安時代中期に、清少納言が思いの丈を書き綴った「枕草子」の冒頭の文章。短く歯切れのよい的を射た表現の数々は、まるで心地よいリズムを奏(かな)でているかのように耳に残ります。今でも学校で学ぶことからわかるように、彼女の遺したこの随筆が後世に与えた功績は計り知れません。

 この随筆の中で、春は「曙」の頃がよいと喝破している。星月夜の中で、うっすらと見て取れる山の稜線。その山の向こう、地球の局面から太陽が姿を見せる頃ともなると、山の端(は)がじわりじわりと際立って見えてきます。そして、山際(やまぎわ)に太陽が差し迫ってくると、見事なまでに赤紫色に染まってくる。山にうっすらとたなびいている雲が、陽射しに照らされることで姿を見せる春ならではの光景である…

 山と空の境界で、山側が「山の端」といい、空側が「山際」といいます。山際にたなびいている雲は、低高度で発生する春を代表する「おぼろ雲」なのでしょうか。夏や冬であれば、白々しく夜が明けるのものですが、春や秋に発生しやすい雲がうっすら山の端にかかることで、得も言われぬ美しさを導いてきているのです。

 平安時代清少納言は宮仕えしていたこともあり、もちろん居住地は京都中心地です。盆地だからこそ、彼女は山際に朝日を見ることになります。しかし、春の曙の美しさは、なにも山際だけに限りません。目の前に広がる太平洋の大海原、その水平線上に太陽が姿を見せようとするその時…こう口遊(くちずさ)んでしまうのかもしれません。

 

≪春は曙(あけぼの) やうやう著(しる)くなりゆく 海ぎは少し明かりて紫だちたる (もや)のたなびきたる≫

 今のBenoit特選食材を獲るため、まだまだ夜の帳(とばり)が下りきっている頃に漁船は出港します。月影に照らされていればまだしも、星月夜ではおぼろげにしか望めない陸地を左手にみるように、沖合の定置網を目指す中で、東の水平線上に春の曙が姿を見せる。

 ここ足摺岬(あしずりみさき)の西に広がる海域は、黒潮がもたらす恩恵をうける好漁場。それと、サンゴ礁や藻場が多く成育環境が整っており、1000種以上の魚種が生息しているといわれている宿毛湾周辺海域。この2か所の漁場で漁獲された天然マダイがBenoitに届きます。このような離れ業は、宿毛市にある与力水産の吉村さんのご尽力なくしてありえません。

 というわけで、高知県西端に位置しているこの2つの漁場の紹介と、与力水産のご紹介、さらに知っているようで知らない「定置網漁」について、ブログに詳細を綴ってみました。以下よりご訪問いただけると幸いです。

kitahira.hatenablog.com

 

 ≪春曙(しゅんしょ)派?それとも春宵(しゅんしょう)/春夕(しゅんせき)派?≫

 圧倒的な古代中国文明の渡来によって、万葉の時代の宮廷内では漢文が席巻していたという。そのため、漢詩がもてはやされたのに対し、日の目を見ない和歌の時代が続く。しかし、平安時代に「ひらがな」が誕生したことで、ゆうに300年は続いた和歌の暗黒時代の幕は閉じ、国風文化が花開くことになるのです。そして、宮廷で和歌が活況を呈すると、その教養がその人に栄達にまで影響するようになるのです。すると、この時代に趨勢(すうせい)に乗り遅れまいと、貴族や武士たちが和歌の教養を得るために勉学に励むようになる。

 今も昔も、何かを学ぼうとするとき、何かに教えを乞うことになる。賢人を師事することで学ぶこともできるが、言葉であれば、今でいう教科書なるものがないからこそ、賢人が書き遺した和歌や随筆、物語や日記などを識ることも学ぶ方法もある。学べばな学ぶほどに自信がみなぎり、なにかと優劣をつけたがるものです。

 梅の花と桜の花。優劣をつけたいものの、品種そのものが違う上に、花笑う時期までが違う。では、ともに美しい花で良いではないかと落ち着くかもしれない。しかし、「曙」と「宵/夕」となると、時間は違うが同じ空。そうなると、春はどちらが美しいのかと決めたくなるものです。どちらも美しいが…何かしらの理由を付けて優劣を決めようと、宮中で喧喧囂囂(けんけんごうごう)と議論したのではないかと…

 「春曙」なのか「春宵/春夕」なのか?皆様はどう思いますか?過去の歌をもとにして、自分なりに考えてみた理由をブログに綴ってみました。お時間のある時にご訪問いただけると幸いです。

kitahira.hatenablog.com

 

≪春曙派であるならば、やはり高知県のマダイなり!≫

 海から陽が昇る、海に陽が沈む。太陽は季節によって軌道を変えるとはいえ、太陽は東の際から姿を見せ、西の際に沈みゆく。新潟出身の自分からすると海から日が昇ることはない。対して太平洋側に住んでいれば、海に陽が沈むことはない。確かに、山の端(は)から陽が昇る、山の端に陽が沈む光景は美しい。しかし、これが海の端となると、その美しさが際立ってくるうえに、(太陽の話だけに…陽)比にならないほどの「あはれ」の感情を覚えるものです。

 旬の海の幸をいただくのであれば、春曙派は海の端(は)より太陽が姿を見せる高知県の海産物をおいてほかにはない。宿毛(すくも)より直送されるマダイをBenoitで食せずして、春は終われません。この魚は、美味しいだけではなく、その威風堂々たる姿は、魚の王様と称されるに相応(ふさわ)しい。特に春のマダイの美味しさは格別なため、「桜鯛」という愛称までついています。

 丁寧に捌き、皮を取り除いた白身をしっとりと焼き上げます。この逸材に、春の味覚「グリーンアスパラガス」を添えます。今季はアスパラガスを茹でるのではなく、「焼く」という調理方法をとります。水分を多く含んだ野菜だけに、焼きすぎてはべたっとなる。いい塩梅(あんばい)の焼き加減が、しゃくっという食感と、アスパラガス本来のコクを引き出すことになり、焼き目が香ばしさを与えるのです。

 鮮度の良いグリーンアスパラガスは、生でも美味。そこで、アスパラガスをスライスし、サラダのように盛り付けます。しゃりしゃりっとした食感の心地よさに加え、春らしいさわやかさを感じることができる。さらに、謎のものがマダイの脇にあります。これは、シェフの野口が、マダイ料理の味のバランを考えたとき、ふっと閃いたものらしい。焼いたアスパラガスを細かく切り、そこにエシャロットの甘み、さらにカキで特有の旨味を加えたもの。カキは柿ではなく牡蠣です。確かに!これがいい仕事をする。皆さま、気になりませんか?

Dorade au sautoir, asperges vertes, sucs de cuisson

高知県宿毛産“桜鯛”のポワレ グリーンアスパラガス

※ランチとディナー、ともにプリ・フィックスメニューの主菜として、お選びいただけます。

 

≪いやいや、春宵/春夕派であれば新潟県のヒラメですよ!≫

 旬の海の幸をいただくのであれば、春曙派が高知県の海産物であるならば、春宵/春夕派は海の端(は)に太陽が沈みゆく新潟県の海産物である。多々ある海産物からBenoitが選んだ逸材は、佐渡ヶ島近海で漁獲したヒラメです。この時期にヒラメ?とお思いの方は、太平洋側にお住まいの方でしょう。新潟県では今まさに旬を迎えているのです。

 佐渡ヶ島は、東京二十三区を合わせた面積よりも大きい。確かに、日本地図を見ると、見事な大きさで島が描かれている。これほどの大きさを誇りながら、九十九里浜のような広大な浜辺などは皆無で、大粒の砂が輝く狭き浜辺が点在するだけ、多くはごつごつと岩肌むき出しの岩礁地帯に囲まれているような島です。そのため、佐渡ヶ島の海岸域は、我々に見事なまでの景観を楽しませてくれます。

 その海岸域の延長でもある海の中は、海に生きる生物にとってなんとも居心地のいい住環境を提供してくれていることか。さらに、南からの対馬海流が多くのプランクトンを運ぶことで、豊かな食環境をもたらす。この理想的な「衣」のない「食住」は、海中生物の見事なまでの食物連鎖を形成することになります。プランクトンを食餌とする小魚や甲殻類が育まれ、それらを捕食する大型魚が幅を利かすようになる。人の体は食べたもので作られる、もちろん魚も同じこと。美味しい食餌で育まれた上に、海流にもまれにもまれたヒラメが、まず美味しくないわけがありません。

 佐渡ヶ島のマルヨシ鮮魚店の石原さんによって選ばれたヒラメは、彼の手によって神経〆の後に、丁寧に捌(さば)かれBenoitに直送されます。ぶりぶりの身質にヒラメ特有のきれいな脂がのっている今に時期のヒラメは、新潟ではお刺身でいただくことが多い。確かに生食もおいしいが、これほど旨味をもっている魚であれば、火が入っても美味しい。しかし、火が入りすぎてしまうと、ぱさぱさとなり佐渡のヒラメの美味しさを損ねてしまう。生ではなく、焼きすぎてもいない、この職人技ともいえる絶妙な焼き加減こそが、ヒラメの美味しさを堪能できるのです。

 今季は、このヒラメにアサリとホッキガイの美味しさを添えます。緑野菜には、グリーンアスパラガスにスナップエンドウとインゲン豆、さらに空心菜やタアサイなど、収穫を迎えている緑野菜が、味わいばかりではなくこの一皿に色映えを与えてくれている。そして、魚と貝の旨味がぎゅっと詰まったスープをクリームでまろやかに仕立てたソースは、個々の食材の美味しさを引き立てると同時に、調和をもたらしていかのようです。

Blanc de turbot au plat, coquillages et légumes verts

佐渡ヶ島産ヒラメのソテー 貝と緑野菜

※ランチとディナーのプリ・フィックスメニュー、主菜として+1,500円でお選びいただけます。

※ご用意できる数量に限りがございます。ご希望の方はご予約時にご希望数をお伝えください。

 

≪テーブルマナーを知っていても、見初(みそ)むる心地のする講習会です!

 其処彼処(そこかしこ)で開催しているテーブルマナー講習会であれば、自分は皆様へご案内することはありません。

 日本人が、ついついやってしまうことを、笑いを込めながら教えてくれ、毎度のように「やっちまった~」と笑いが、部屋の仕切りとなるカーテンの隙間から漏れ聞こえてくる。このようなテーブルマナー講習会があったであろうか。だからこそ、皆様にご案内させていただくのです。

 

世界基準の一流を学ぶ 「テーブルマナー講座」

開催日: 2024

7月 20() / 29()

すべてが単独での開催で、すべてに申し込む必要はありません。

時間: 11:30より講義を始めます。 

11:10までにお運びください。終了予定は15時15分を予定しております。

料金: 20,000(サービス料/税込) 食事とワイン2杯を含みます。

※ 7月29日(月)の開催のみ料金18,000円です。

※事前振込制です。ご希望の日程がございましたら、北平宛(kitahira@benoit.co.jp)にご連絡ください。質問なども喜んで承ります。この講習会に関しては、電話でのご予約は受け付けておりません。

 

 いったいどのような講習会なのか?吉門先生のご紹介を含め、ブログに詳細を綴っております。人生が変わるといっても過言ではありません。気になる方は、ぜひ以下よりブログを参照ください。

kitahira.hatenablog.com

 

北平のBenoit不在の日

 私事で恐縮なのですが、自分がBenoitを不在にしなくてはならない2024年5月の日程を書き記させていただきます。滞りがちだったご案内を充実させるべく、執筆にも勤しませていただきます。ご不便をおかけいたしますが、ご理解のほどよろしくお願いいたします。

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 バランスの良い美味しい料理を日頃からとることは、病気の治癒や予防につながる。この考えは、「医食同源」という言葉で言い表されます。この言葉は、古代中国の賢人が唱えた「食薬同源」をもとにして日本で造られたものだといいます。では、なにがバランスのとれた料理なのでしょうか?栄養面だけ見れば、サプリメントだけで完璧な健康を手に入れることができそうな気もしますが、これでは不十分であることを、すでに皆様はご存じかと思います。

 季節の変わり目は、体調を崩しやすいという先人の教えの通り、四季それぞれの気候に順応するために、体の中では細胞ひとつひとつが「健康」という平衡を保とうとする。では、その細胞を手助けするためには、どうしたらよいのか?それは、季節に応じて必要となる栄養を摂ること。その必要な栄養とは…「旬の食材」がそれを持ち合わせている。

 その旬の食材を美味しくいただくことが、心身を健康な姿へと導くことになるはずです。さあ、足の赴くままにBenoitへお運びください。旬の食材を使った、自慢の料理やデザートでお迎えいたします。

 

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ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬

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2024年5月 高知県宿毛の天然マダイはどのようにBenoitへやってくるのか?与力水産のご紹介です!

春は曙(あけぼの) やうやう著(しる)くなりゆく 山ぎは少し明かりて紫だちたる 雲のたなびきたる 清少納言枕草子」より

 清少納言平安時代に宮仕えしていたこともあり、もちろん居住地は京都中心地です。盆地だからこそ、彼女は山際に朝日を見ることになります。しかし、春の曙の美しさは、なにも山際だけに限りません。目の前に広がる太平洋の大海原、その水平線上に太陽が姿を見せようとするその時…こう口遊(くちずさ)んでしまうのかもしれません。

 

春は曙(あけぼの) やうやう著(しる)くなりゆく 海ぎは少し明かりて紫だちたる(もや)のたなびきたる

 高知県西部には、海からそそりあがるかのような断崖絶壁の風光明媚な岬が、対をなすように太平洋に突き出ている。足摺岬(あしずりみさき)と、それより少しばかり西へむかったところにある叶崎(かなえざき)です。この両岬の間は、海から山がせりあがっているのではないかという地形なため、住むとなるとなかなかに難儀な場所。しかし、海の中の魚にとっては、快適な棲み処を約束してくれている。

 このような最高の漁場を、漁師さんがほうっておくわけがありません。そこで、彼らは海に注ぎ込む川の浸食によって作られる扇状地に目をつけるのです。確かに、川の氾濫による危険はあるもの、住居を建てることのできる平地があり、飲料水も確保できる。そこで、漁師さんは、土佐清水市を流れる貝ノ川川(※川2つは誤字ではありません)の扇状地に、集落を形成し、生業のために漁港も併設するのです。

 日が昇る気配をいまだ感じささえないほどの暗闇の中で、1艘の漁船がこの港を後にする。月影に照らされていればまだしも、星月夜ではおぼろげにしか望めない陸地を左手に、艫(とも)を南東へ向け波をきってゆく。ほどなくして、東の水平線の海際(うみぎわ)が赤紫色に色づいてくる。暖流である黒潮がかすめる海域だからこそ、暖かい海水が蒸発する中で、春の冷たい空気によって水蒸気が液体と化す。靄(もや)というのか霞(かすみ)というのか、これが海際にたなびいているからこそ、透けるようなベールで包んだかのように茜色が広がる…この春の曙の美しさに目を奪われる。

 明るみが増すにつれて、はっきりと姿を見せる陸地の稜線。上の画像の左上に見えるのは、足摺岬(あしずりみさき)です。北上してきた黒潮が、この岬にぶつかるようにして進路を東にとる。この黒潮こそが、この海域を類まれなる好漁場たらしめているのでしょう。この漁船の目的は、この貝ノ川港沖に張った定置網の引き揚げです。

 魚には、進路に障害物があると沖の方向へと向きを変える習性があるといいます。この習性を生かした罠(わな)が定置網漁です。海の流れの沿って泳いできた魚の進路を、「垣網」という海底から垂直に張った網で妨害すると、魚は沖へと向かう。その方向に、大きな網で囲まれた遊泳スペース「運動場」を確保します。ここをさまよい泳ぐうちに、「登網」に誘導されてゆきます。この「登網」は、底が上がってゆくように徐々に網間が狭くなるようになっている。その登網の一番狭い口がつながっているのが、「運動場」よりも一回り小さい「箱網」と呼ばれるスペースです。「登網」は「箱網」の上部に、それも狭い口でつながっているため、魚がここから逃げ出すことは難しくなるという。

 定置網漁は、この箱網を揚げます。朝日に照らされた叶崎の岬を遠くに望む、2つ上の画像に、「箱網を揚げるときの補助船」が写っています。大型船でこの補助船に向かうように箱網をゆっくりと網が巻き上げられてゆくにつれ、徐々に狭(せば)まりゆく網で囲まれた海面。この小船の近くくの箱網は、袋状になっており、そこに魚たちを追い立てるかのように導くのです。

 小船近くの袋状の網の中に動き回る黒々しい魚群が姿を現すと、船端(ふなばた)に列をなすように待機していた屈強な漁師一人一人が大きな玉網を手にする。そして、キラキラっと魚の腹がちらほら見えたころを見計らい、彼らが玉網を使ってすくい上げていきます。身長よりも長い柄をもつ網を使って、足よりも下の水面からビチビチ動く数尾をいっきに揚げる作業は、どれほどの重労働なことか。まして地面ではなく波に揺られている船上ですから、海に落ちる危険と隣り合わせです。

 その後、船上にて魚種ごとに選別され、箱網を再設置し、貝ノ川港へ踵を返すように舵を切る。港からこの定置網までの所要時間は、なにも支障がなければ10分ほどだといいます。帰港するとすぐに、スタッフ総出で手際よく漁船から鮮魚が運び出され、必要な処置を行った後、順次発送されてゆくのです。

 Benoitに送り出される鮮魚は、この貝ノ川港で水揚げされたもの。それともう1か所、宿毛(すくも)市にある「すくも湾中央市場」で競り落とされたものも含まれます。宿毛高知県の最西端、愛媛県との県境に位置しており、目の前には大きな宿毛湾が広がっています。この海域は、サンゴ礁や藻場が多く成育環境が整っており、1000種以上の魚種が生息しているといいます。

 漁船が漁を終えて帰港する際に、漁協に着港予定時間だけではなく、水揚げ予定の魚種と漁獲量が伝えられ、A4サイズの用紙にまとめられ掲示されます。この報告書が、「与力水産」経由で自分にも届くのですが…よほど豊かな漁場なのでしょう、この市場に水揚げされる魚種の豊富さと量の多さに驚きを隠せません。さらに、素人の自分では魚の名前と姿が一致しない…

 言語とは、それを母国語とする人々の生活と密接なかかわりを持っています。往古より日本は魚食文化であり、これがために日本語には多くの魚が、学術名ではなく馴染みの名前として存在しています。さらに、同じ魚であっても、地方によって愛称があるものが多い。まして、漁業を生業(なりわい)とする専門の漁師さんともなると、連綿と受け継がれてきた地魚の名前があるものです。貴重な情報を生かすも殺すも自分しだい…これは今後の自分の課題です。

 これでもかと多くの魚種の水揚げがある中で、Benoitに送っていただくのはマダイです。威風堂々たる姿に加え、美味しい白身の身質ゆえに、「腐っても鯛」などという諺(ことわざ)にもなっているほど。四季を通して水揚げがある魚種ですが、春が一番美味しいといい、この時期の天然マダイに「桜鯛(さくらだい)」という愛称をつけました。※サクラダイという魚がいるのですが、これとは、全く別品種です。

 さらに、桜鯛とひとくくりにしてはいけないほどに、この足摺岬近海のマダイは違うという。太平洋という大海原の面しているうえに、黒潮という速い海流がこの岬にぶつかり、沿岸をかすめるように東へ向きを変える海域なのです。だからこそ、顔身体に傷があり、逞(たくま)しく成長するという。顔つきが違うよ!と与力水産の吉村さんはいうが…比較対象のない自分の浅い知識では、残念ながら測りようがない。

 Benoitに届くこの特選食材は、さきほどから名前の挙がる「与力水産」の吉村典彦さんとの出会いなくして、Benoitに高知県の鮮魚直送はありえません。彼は、会社を切り盛りする代表でありながら、自ら漁船に乗り込むほどの、あふれんばかりの行動力を持ち主です。このご案内で使っている画像は、もちろん自分が撮影したものではなく、吉村さんにお願いしたものです。さらに、毎回のように「今日は神経抜きマダイの水揚げあるよ!」と、現地の貴重な情報も教えていただけるのです。

 少しばかり、吉村さんに話を伺ってみました。

 与力水産は、宿毛市に本社を置いていることもあり、地元の「すくも湾漁協」管轄の「すくも湾中央市場」で水揚げされた鮮魚を、プロの目利きが競り落とし、必要とする処理を施してすぐに発送します。この漁港を拠点とする漁船の漁場は、宿毛湾はもちろん、足摺岬までの海域とかなり広い。さらに、この海域では、「釣漁業、定置網、曳縄、まき網、底引網、刺網などの」ほぼすべての漁法が認められているという。乱獲や混獲、環境破壊を防ぐために、日本全国で禁止区域を設けている中で、この漁法の豊富さは、いかにこの海域が類まれなる好漁場であるかを物語っています。

 特筆すべきは、この与力水産が仲卸という業務だけに終わらないということ。高知県海域には、大型定置網が約30か所(免許取得34件中、実働30統←定置網を数える単位)、小型ならば約21か所(2015年に吉村さんが実施した県内漁業実態調査によると、専業小型定置網数は21統)あるといい、この大型のうちの1統を与力水産が所有している。これが前述した定置網です。本社のお膝元(ひざもと)である宿毛では、この定置網までの距離がありすぎる。そこで、与力水産の定置網を管理・管轄するチームは、最寄りの土佐清水市貝ノ川地区に事務所を置き、貝ノ川港を水揚げ港および係留港としているのです。

 与力水産は定置網を所有している。名前だけの所有ではなく、管理・管轄をしているということが重要であり、この維持のために拠点を土佐清水市貝ノ川地区に置いた…簡単に書きましたが、定置網の設置を決め稼働するまでに、ゆうに2年という歳月を要しているのです。なぜ?地元の理解を得るためです。

 地図で見ると土佐清水市貝ノ川地区は、3面が山で囲まれ残り1面は海という地域。恵まれた海を活かし、漁業を生業とする方々ばかりだったと想像がつきます。今でこそ、物資の流通が円滑になっていますが、往古はそうではなかった。魚食だけでは人は生きてはいけず、穀物や野菜を必要とします。そのため、必要最小限の田んぼや畑を平地に確保しなければなりません。そうなると、漁業が興生を誇っていた時代にあっても、そこまで多くの人を許容できる地ではなかったはずです。

 日本は水資源にも恵まれ、自然豊かな国です。しかし、時に自然は我々に試練を与えてくる。この自然災害に一人一人で抗(あが)らうことは難しい。古人は、村ぐるみで協力し助け合いながら困難を乗り越えようと考えたのです。お近所さんとの井戸端会議も、ある意味では安否確認であり、情報交換の場であった。都内の希薄なご近所づきあいとは異にするのです。

 しかし、時が経つにつれ、漁業では生活できないと見切りをつける若者が増えてくる。そして、彼らは貝ノ川を去ってゆく。今では、40名ほどしか住んでいないという。住民が少なくなればなるほどに、「助けあい」の必要性に駆られるもの。さらに、高齢化が進めば、不安にさい悩まされ、「よそ者」を受け入れることに恐怖を感じるようになるものです。

 与力水産の吉村さんが、いかに説明しようとも、最初は拒絶されたことでしょう。しかし、「定置網漁」が未来の漁業を担うことを、貝ノ川地区に少なからず活気が戻ることを、諦めることなく丁寧に住民の方に説明していったのだと思います。すると、この姿勢に共感を覚え、地方漁村経済存続の可能性を感じた高知県土佐清水市宿毛市までもが賛同してくれることとなり、力添えをいただけることになったのです。

 ついに、貝ノ川地区の皆様からご理解をいただき、念願の定置網の設置と同時に、貝ノ川地区に管理事務所を設けることができたのです。そして、住民の皆様のご期待に応えするために、環境に配慮した最先端の技術を導入し、さらにIOTを取り入れることで、無駄なく効率的な水揚げを行えるように貝ノ川漁港を整備したのです。

 与力水産にとっての、この一大事業を成しえるために、吉村さんは並々ならぬ努力を積み重ねてきたはずです。心折れそうになったこともしばしばでしょう。しかし、この件に関して、彼は多くを語りません。そして、こう教えてくれました。「漁師とは、永遠に追求する課題があり、これをひとつずつチームでクリアしていく、楽しい仕事です。感謝しかありません。」と。

 これほどまでに熱意あふれる吉村さんは、多くの漁法があるなかで、貝ノ川漁港での定置網漁を選びました。なぜ?

 魚の習性を考えた定置網漁は、「底引き網漁」のように網によって海底環境が破壊されることはほぼなく、「巻き網漁」のように魚群を取り巻くように網を張り獲り尽くす、まさに一網打尽のようなこともありません。さらに、先の画像からもわかると思いますが、まこと細やかな網目のものを使用しているため、刺し網漁のように魚が網に絡んだり、網目に刺さったりすることで絶命することなく、網の間を泳ぎ続けることになります。そのため、「運動場」の大きな窓から網の外に出ることはいつでも可能。この漁法では、「運動場」に入った魚の20%ほどしか「箱網」に導けないといいます。確かに、定置網漁は効率が悪い。しかし、この漁法が環境に一番配慮しているともいえるのです。

 日本では馴染みが薄いのですが、「Marine Stewardship Council(海洋管理協議会)」という国際組織が、水産資源や環境に配慮し、適切に管理された持続可能な漁業を世界に広めることを目的に設立されました。この組織が、厳しい審査で認めた漁業者に与えられるのが、「MSC認証」というもので、「エコラベル」などと呼ばれています。どのようなロゴなのかは、皆様検索してみてください。

 余談ですが、これとは別に、「Aquaculture Stewardship Council(水産養殖管理協議会)」という国際組織が、「ASC認証」を交付しています。似ていますが、名称が示す通り、MSC認証は天然水産物に対して、ASC認証は養殖水産物に対してです。

 さて、本題に戻ります。MSC認証の目的に、乱獲や混獲防止、自然環境の配慮が盛り込まれています。なるほど!魚群を一網打尽に獲るような巻き網漁や、ウミガメや海鳥などが巻き込まれやすい刺し網漁、海底環境を破壊する底引き網漁などを自制しようというものなのか。すると、定置網漁こそが、効率こそ悪いが、MSC認証に合致する漁法ではないかと思うものです…が!多品種の魚種を獲ることになる定置網漁では、審査が通りにくいのだと吉村さんは教えてくれました。

 確かに、MSC認証の審査基準は理想かもしれません。しかし、マダイを釣りに行って、マダイだけが釣れる方法などあるものなのか?マダイの生簀で釣りをするならまだしも、多種多様の生物が生息する自然の海で、単一魚種のみを釣り上げることなど不可能なことです。そもそもが、この認証に無理があるのでは?

漁獲した鮮魚全て捨てる事なく水産資源として活用し、なおかつ、未来に持続可能な漁法(定置網)で高知県水産経済の一助となるよう日々奮闘しております。」吉村さんより

 吉村さん率いる与力水産の取り組みが、MSC認証を得ることのできるところまできたといいます。なぜ?答えはこの吉村さんのこのメッセージにあります。動物は何かしら食べなければ生きてはいけません。これは、人も例外ではありません。この食べるものというのは、植物であれ動物であれ、生きていたもの。つまり、命をいただくことで、生きながらえているのです。

 食事をする前に、日本語には「いただきます」という言葉があります。これは、栽培や採集、流通に調理といった、食に携わった方々に感謝の気持ちを表してます。そして、もう一つ食材への感謝、そう命をいただくことの感謝の気持ちなのです。無駄な命などあろうはずはない。

 どんなに雑魚(ざこ)と呼ばれる魚であっても、命を無駄にしてはいけないという心意気が、吉村さんのメッセージに込められている。定置網で漁獲した中で、逃がすものは逃がす、いただくものは無駄になることなくいただく。この徹底こそが持続可能な定置網漁となる。この信念が、吉村さんの行動の端端に現れているのでしょう。それを肌身で感じたからこそ、与力水産がMSC認証を認められるところまできているのです。

 思うに、吉村さんを筆頭に、乱獲や混獲を望む漁師さんはいない。海の環境の悪化は、自分たちの糧を奪うことでもあります。日本人は、「いただきます」という言葉が根付いているように、命への感謝の気持ちを失ってはいないはずです。こう考えると、我々に認知度が低いMSC認証を取得することで、行動の制約や金銭的な負担が増すことが漁師さんにとって良いことなのか?と思うものです。乱獲を行っているのは、漁師さんではなく、欲望にかられるままに行動する密漁者なのでは?さて、皆様はどう思われますか?

 日本語には、「ごちそうさまでした」という言葉もあります。「ご馳走さまでした」と書くのですが、「ご」と「様」という最上の敬語を使っている言葉で、「馳走」は食材を集めるなどで走り回ることを意味します。今はスーパーマーケットなどの普及で食材を手に入れやすくなっています。しかし、農家さんや漁師さんのご苦労は、機械化によって昔から比べればだいぶ軽くなってきたのかもしれませんが、自分などと比べれば並々ならぬ重労働で「馳走」しているようなもの。さらに、自然相手だけに心労ともなると計り知れません。やはり、最後は「ご馳走さまでした」と、彼らの労に感謝の気持ちを伝えたいものです。この気持ちを持つことで、日々の食事も、美味しさ倍増でしょう!

 天然マダイは、もちろん漁に出なければならず、水揚げがあるかどうかも神頼みです。今年は関東でも暴風が吹き荒れました。そのような時は、間違いなく足摺岬の海域は大時化(しけ)なため、漁にでられません。しかし、Benoitへお運びいただいた皆様に、時化(しけ)でマダイの水揚げがないので、ご用意叶いません…というのもいかがなものかと。そこで、吉村さんに相談したところ…

 宿毛湾で美味しいマダイを養殖していると教えてくれました。このマダイは、ストレス軽減のために大きな生簀(いけす)で飼育数を減らして悠々と育てている。すると、身の引き締まった身質になるといいます。さらに、高知県の特産であるショウガを餌に与えることで、魚臭さを低減させることに成功した。「生姜真鯛(しょうがまだい)」と名付けらえたこの逸材は、「満点☆青空レストラン」でも紹介されています。※上の画像は天然マダイです。

 そこで、天然マダイの水揚げがないときは、緊急措置としてこの「生姜真鯛」を送りましょう、と吉村さんより提案をいただいたのです。Benoitは大いに助かるのですが、与力水産の業務が増えることと、水揚げの有無を確認してからでは「生姜真鯛」の確保が間に合わないため、事前に確保しておかなくてはならないという、金銭的な負担が加わるのです。

 天然の産物にこだわることには、リスクがつきものです。その負担を一手に担うという。なぜ、そこまで?との問いに、彼は「信用の問題です」と即答しました。Benoitは、彼の信頼に応えなければならなりません。そして、皆様のご期待にもこたえなければなりません。しかし…天然マダイの水揚げがないときは、「しょうがない」ので「生姜鯛(しょうがだい)」…

 お後がよろしいようで…

 

 バランスの良い美味しい料理を日頃からとることは、病気の治癒や予防につながる。この考えは、「医食同源」という言葉で言い表されます。この言葉は、古代中国の賢人が唱えた「食薬同源」をもとにして日本で造られたものだといいます。では、なにがバランスのとれた料理なのでしょうか?栄養面だけ見れば、サプリメントだけで完璧な健康を手に入れることができそうな気もしますが、これでは不十分であることを、すでに皆様はご存じかと思います。

 季節の変わり目は、体調を崩しやすいという先人の教えの通り、四季それぞれの気候に順応するために、体の中では細胞ひとつひとつが「健康」という平衡を保とうとする。では、その細胞を手助けするためには、どうしたらよいのか?それは、季節に応じて必要となる栄養を摂ること。その必要な栄養とは…「旬の食材」がそれを持ち合わせている。

 その旬の食材を美味しくいただくことが、心身を健康な姿へと導くことになるはずです。さあ、足の赴くままにBenoitへお運びください。旬の食材を使った、自慢の料理やデザートでお迎えいたします。

 

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一陽来復」、必ず明るい未来が我々を待っております。皆様のご健康とご多幸を祈念いたします。

 

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬

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2024年5月 古人に学ぶ、春の「あはれ」なるものは春曙なのか、それとも春宵/春夕なのか?

 とかく今の時代は便利になったものだとつくづく感じます。水・電気・ガスなどのライフラインの完備、大都市に張り巡らされた交通網、スマホを使えば指先1本であらゆる情報に触れることができます。「時」の流れに緩急はないにもかかわらず。この環境の変化は日進月歩の様相を呈しており、十年も遡ると時代が違うかのような錯覚を覚えるものです。このような思いに駆られる時点で、自分も歳をとったのだな…と感じる今日この頃…

 「時」というものは生きとし生けるものに共通に過ぎてゆくもので、地球が少しばかり地軸が傾きながら太陽を周回することで、四季というものが姿をみせることになりました。緯度の高低如何(いかん)で変化の度合いが変わるものですが、この四季というものは、地球誕生から多少の誤差はあるものの連綿と繰り返されてきたはずです。今も昔も、自然が織りなす自然の姿は、そう変わりがありません。まして、月ともなると…全く変わってはいないのでしょう。

 自分が皆様にお送りしているBenoitご案内メールは、書くも書いたり14年を迎えました。当初は、さっぱりと料理や食材のご案内でしたが、多くの方にアドバイスをいただくことで、画像が加わり、さらに身近に感じる季節をご挨拶に取り入れるようにしました。それが今では、この季節のお話が独り歩きをしているかのように長文へ。よく「博識ですね」と言われるのですが、これはまったくの誤解で、旬の食材を紹介する以上、自然の機微に敏感たれ!ということで、学びながら書いています。

 では、何に学ぶのか?今の時代は便利になりすぎたがために、自然の機微を捉えることを怠ってしまっている、いや見失ってしまっている気がするのです。そこで、数々の季語を生み出してきた和歌に学ぼうと思い立ったのです。季節は廻り、去ってゆく。万葉の時代も、平安の時代も、賢人の目にした光景は、今とそう大差はなかったはずです。梅雨や雪などの気候現象もあったであろう。草木も、品種改良による違いはあるものの、季節に従って花笑ったであろう。だから、先人に学ぼうと考えたのです。

 

春はなほ 花のにほひも さもあらばあれ ただ身にしむは (あけぼの)の空  藤原季通(すえみち)

 春はやはり桜が満開のときが素晴らしいと誰しもが言う。大衆に烏合するかのようで不本意だが、確かに咲き誇る桜は何人(なんぴと)をも魅了することは間違いない。ただ、私が浸(し)むほどに執心しているのは、心に染(し)むほどに趣深い曙の空である。万葉の時代では「花」は「梅」のことでしたが、平安時代ともなると「山桜」となる。「さもあらばあれ」という感情が、はいはい、誰しもが春といえば桜が咲き誇る光景が「おはれ(趣深い)」であるという。確かにその通りではあるが、桜が咲く時期だけが春ではない!孟春(もうしゅん)の曙の美しさを忘れてはいけない…こう藤原季通は喝破している。

 春でなくとも夜明けの空は美しいものです。しかし、さもあればあれ「春の曙」は格別だという。今ほどに防寒・暖房設備のない時代にあっては、暗く寒い冬の日々は当時の人々にかなりの忍耐を強いていたはずです。晴れた日であっても、寒いものは寒い。春の陽気を切望するからこそ、暦が春に変わったときの曙に、大いなる喜びを感じたのでしょう。

 今では防寒・暖房設備が発達したおかげで、寒風吹きすさぶ季節でも快適に過ごすことができます。暖房器具としてストーブが登場するのは明治に入ってからのことであり、それ以前は「炭火(すみび)」によって暖をとっていたのです。家の中で焚火(たきび)をするわけにもいきません。この「炭」の発明がどれほど、どれほど冬の生活を快適にしたことか!皆様ご想像ください。そして、この炭火の活用により「埋火(うずみび)」という言葉が生まれたのです。

kitahira.hatenablog.com

 さらに、梅や柳の花が順を追って花開いてゆく姿を目にし、待望の桜の花が笑う時が近づいてきていることを知る。日増しに強まる、抑えることのできないきれない心躍る心地が、「春の曙」を他のどの季節のものよりも美しく、瞼の裏に焼き付くことになるのでしょう。

 夜の闇を西へ西へと追いやるかなおように、東から太陽がゆるりゆるりとその姿を見せてくる。古人は、「日の出」という中に、刻一刻と姿を変える空模様に「美」を見出したからこそ、その時々に名前を付けた。東の山の端が一筋の茜色に染まる頃から、「暁(あかつき)→東雲(しののめ)→曙(あけぼの)→朝ぼらけ」という順に、ほんの30分足らずの間で、空の呼び名が変わってくるのです。中でも「春は曙」だという。

 冒頭で書いた通り、自然の機微を捉えるため、自分は古人の秀歌にその季節感を学んでいます。どうも、先人たちも同じように過去の秀歌に、季節感ばかりか言葉遣いや歌の技法などを学んでいたようです。もちろん、趣味でやっているような自分とは違い、人生の栄達が深く絡んでくる平安・鎌倉時代にあっては、取り組む真剣さに雲泥の差がありことをお忘れなきように。歴史に学ぶというものとは違い、先人たちの遺した英知の結晶ともいえる日本語を学ぶことの大切さは、今も昔も変わらないのでしょう。

 藤原季通は、春に「身にしむは曙の空」だと詠う。自分なりに考えた理由(わけ)を先に書いてみました。一理あるかと思いますが、これでは「さもあればあれ」と表現するまでの根拠としては、心もとないものです。彼が和歌を学ぶ中で、先人が遺した偉大な随筆に感銘を受け、これを玉条(ぎょくじょう)とした。それは、我々も学生時代に学んだ清少納言が綴った「枕草子」です。

 

春は曙 やうやう著(しる)くなりゆく 山ぎは少し明かりて紫だちたる 雲のたなびきたる

 万葉の時代から約300年もの長きにわたり、世の趨勢(すうせい)は漢詩で和歌にとっては暗黒時代でした。その中でも、古代の日本の賢人は日本語を書き遺すことに希求する。しかし、書き言葉がなかった。そこで、表意文字である「漢字」の意味を無視して音(おん)読みのみを駆使し、まるで当て字のようなならべて日本語を表現する「万葉仮名」を生み出したのです。この発明なくして、日本最古の和歌集「万葉集」はありえなかったことでしょう。しかし、時代が漢文を選んでいただけに、日本語として遺されたものは極めて僅かなものでした。

 古代日本人が連綿と受け継いできた日本文化、特に日本人ならではの自然に対する「美」へのこだわりは、カクカクとした漢字では表現しきれなかった。万葉仮名では、納得がいかなかった…と思うのです。そこで、平安時代の賢人は漢字をもとに表音文字である「ひらがな」を生み出したのです。表意文字である「漢字」の素晴らしさを生かしながら、「ひらがな」との融和を図るのです。これにより、やわらかで語りかけてくるかのような書き言葉、今にも通ずる日本語が誕生しました。

 多くの貴族や識者がこぞって「漢字」と「ひらがな」学ぶなかで、和歌が人生の栄達にかかわる一つの要素となっていくのです。経験に裏打ちされた言葉は、人々に感動を与えるもの。しかし、経験には長きにわたる「時(とき)」が必要ですが、これを少しでも補うことができるのが知識です。現在(いま)のように情報溢れるネット環境にあるわけではないため、学ぶにはすでに大いに学んだ師匠に頼るしかない。では、その師匠は何に学んだのか?書き遺された書物に頼るしかなかった…

 「印刷」などという技術がない時代にあっては、遺された書物は貴重な宝物であり、読むことができた人は限られていたはずです。幸運にも、その書物に触れることのできた人は、諳(そら)んじるほどに繰り返し読むばかりか、書写もしたことでしょう。素晴らしいと評価された書物の読書履歴があるのであれば、そこには数多(あまた)の人々の名が記載されていたことでしょう。そして、その名前の中には、歴史に名を残した賢人の名が記(しる)されていたはずです。

 なるほど、「春は曙」なのか!と思うと…

 

あけぼのを なにあはれとも 思ひけん 春暮るる日の 西の山かげ  後鳥羽院

 曙をどうしてあれほど情緒の富むと思ってきたのであろうか。夕刻ともなると陽が山の端へと落ちてゆき、山際が夕陽に赤く照り映(は)えることで浮かび上がる山影…春は「夕映(ゆうば)え」の暮れなずむころこそが「あはれ(趣深い)」であるという。歌帝と称される後鳥羽院なだけに、どれほどの影響を及ぼしたことでしょう。いくら歌帝でも、誕生したときからこれほどまでに和歌に精通していたわけではありません。何か玉条たるものがあったはず。それは、蘇軾(そしょく)は漢詩「春夜」の中で詠っているものでした。

 

春宵一刻値千金(しゅんしょういっこくあたいせんきん)

 前述したように、万葉の時代から平安時代までの長き期間、世は漢詩が全盛を誇っていました。だからこそ、この蘇軾の歌がもたらした美意識が、どれほどの影響を知識人たちにもたらしたことかは、想像に難くはありません。

 いまにも通ずる美しい日本語表現の数々は、平安時代に誕生した「ひらがな」によって胚胎したといっても過言ではないでしょう。賢人たちは、この日本語ツールを駆使し磨きをかけ、美しい言の葉の数々を誕生させました。「春曙(しゅんしょ)」に美を見出したならば、「春宵(しゅんしょう)」に対しての優位性を大いに語ったことでしょう。喧喧囂囂(けんけんごうごう)とした議論もあったことでしょう。

 冒頭にご紹介した藤原季通の「春はなほ 花のにほひも さもあらばあれ ただ身にしむは (あけぼの)の空」の中にある「ただ」という表現は、「唯/只」という漢字を当て、「ひたすら/もっぱら」という意味があります。しかし、意味は違いますが「」を当てることもできます。そして、蘇軾の「値千金」という表記を、語源辞典「漢辞海」では「千金」と書いています。古文書すぎて「人偏がすり消えた?」のかどうかはわかりませんが…。藤原季通は、意図的に春宵派の玉条としている蘇軾の歌を意識して詠ったのか?「さもあらばあれ」とは、春宵派に対しての思いなのでしょうか。ついつい勘ぐってしまうものです。

 では、歌帝は「春曙」を軽んじていたのか?決してそうではなかったことは、遺された数々歌が教えてくれます。「春曙」なのか「春宵/春夕(しゅんせき)」なのか?好みはそれぞれであり、歌帝とはいえ、この2つに優劣などつけることはできておらず、ともに「あはれ」なのだという。

 しかし、今回ご紹介した歌の中に、「春暮るる日」という表現があります。ここを「春暮るる」と「暮るる日」と折り返して読むことで、少し意味深くなってくる。歌帝は「春暮るる(晩春)」の「暮るる日(陽が西に沈みゆく夕刻/宵)」こそが「あはれ」であるという。であるならば、初春は曙であると、暗に我々に伝えようとしているの気がするのです。

 日本人として、春の花といえば古今を問わず「桜」です。古来に「梅」とってかわられるという不遇の時代がありましたが、それは一部の知識人の中だけだったはずです。農耕の神を意味する「さ」が「くら(座る)」樹という名づけからわかるように、畏敬の念ととも我々の心に根付いているのです。この桜が笑うのを、「心待ちにする」のか「惜しむ」のか。

 桜が笑うのを待ち望むからこそ、一日の始まりである「曙」に対して大いなる期待感と喜びを感じてしまう。この思いが強いからこそ、花が散ることで押し寄せる喪失感は並々ならぬものであり、この惜しむ思いが強いからこそ「春宵/春夕」に得も言われぬ美しさを感じ取るのではないか。「春曙」か「春宵/春夕」はともに美しい、しかし「あはれ」と感じることは、その花笑う前後によって違うのだよ、そう歌帝は教えてくれているのかもしれません。

 往古、和歌は長けることは必須の教養だったはずです。「和歌入門」などという解説書があったのかもしれませんが、寡聞(かぶん)にして知りません。先人が遺した秀歌や物語・随筆などを玉条としていたのでしょう。、詠者の思いをくみ取りながら、歌/文章の着眼点を捉え、よくよく考察してゆく。そして、技巧を凝らした文体や巧みな言葉遣いを識(し)ることで、自らに取り込むことを心がけたと思うのです。その中のほんのわずかな天才が、今なお心に響く秀歌だけではなく、自然の機微を今までにない言葉として遺すことになる。

 今も昔も、学ぶことに基本は変わりません。しかし、彼らにとって和歌は栄達のひとつの要素であって、自分のように軽い学びではなく、まさに「競う」かのような学びだったはずです。だからこそ、春に山桜が「にほふ(咲き誇る)」ことは、誰しもが認める春を代表する光景であるが、いやいや春の趣を感じるものはそれだけではない、そう藤原季通は問いかける。

 さらに、「競う」かのような学びは、春曙か春宵/春夕がどちらも趣があることは理解している中で、少しでも優位たらん理由(わけ)を見出そうとすることを導くのです。先人の想いをよくよく理解しながら、そこに自らの経験と思いを上乗せしてゆくことで、この上ない「身に染むような美しさ」を、そこに見出すことになるのでしょう。

 藤原季通の「さもあらばあれ」という感情は、春という季節に桜のみに執着する人々に向けたものなのか?それとも、春宵/春夕にこの上ない美しさを見出している人々に向けたものなのか?きっと彼の時代には、「春曙」派と「春宵/春夕」派とで激論を交わしていたのではないかと思うのです。さて、皆様はどちらに組しますか?それとも、時期によって気持ちが移りゆく歌帝に賛同しますか?

 晴れた日のお休みの時に、少しばかり早起きをして「春曙」を楽しみ、惜春の思いで一日を楽しんだ後、「春宵/春夕」を眺めるというのも一興かと思います。1000年経とうが、2000年経とうが、眺める景色には、多少の人工的建造物が入り込みますが、同じ姿と言い切っても差し支えないでしょう。清少納言や藤原季通、後鳥羽院もまた、同じ光景を目にしていたかと思うと、何気なく見ている太陽や月に、なにやら感慨深さを覚えてしまうものです。

 

 バランスの良い美味しい料理を日頃からとることは、病気の治癒や予防につながる。この考えは、「医食同源」という言葉で言い表されます。この言葉は、古代中国の賢人が唱えた「食薬同源」をもとにして日本で造られたものだといいます。では、なにがバランスのとれた料理なのでしょうか?栄養面だけ見れば、サプリメントだけで完璧な健康を手に入れることができそうな気もしますが、これでは不十分であることを、すでに皆様はご存じかと思います。

 季節の変わり目は、体調を崩しやすいという先人の教えの通り、四季それぞれの気候に順応するために、体の中では細胞ひとつひとつが「健康」という平衡を保とうとする。では、その細胞を手助けするためには、どうしたらよいのか?それは、季節に応じて必要となる栄養を摂ること。その必要な栄養とは…「旬の食材」がそれを持ち合わせている。

 その旬の食材を美味しくいただくことが、心身を健康な姿へと導くことになるはずです。さあ、足の赴くままにBenoitへお運びください。旬の食材を使った、自慢の料理やデザートでお迎えいたします。

 

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一陽来復」、必ず明るい未来が我々を待っております。皆様のご健康とご多幸を祈念いたします。

 

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬

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2024年5月 「北平がBenoitを不在にする日」のご報告です。

 私事で恐縮なのですが、自分がBenoitを不在にしなくてはならない5月の日程を書き記させていただきます。滞りがちだったご案内を充実させるべく、執筆にも勤しませていただきます。ご不便をおかけいたしますが、ご理解のほどよろしくお願いいたします。

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18(土)

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 上記日程以外は、Benoitを優雅に駆け回る所存です。自分への返信でのご予約はもちろん、BenoitのHPや、他ネットでのご予約の際に、コメントの箇所に「北平」と記載いただけましたら、自慢の料理の数々を語りに伺わせていただきます。自分が不在の日でも、お楽しみいただけるよう万全の準備をさせていただきます。何かご要望・質問などございましたら、何気兼ねなくご連絡ください。

 

最後まで読んでいいただき、誠にありがとうございます。

一陽来復」、必ず明るい未来が我々を待っております。末筆ではございますが、皆様のご健康とご多幸を、青山の地より祈念いたします。

 

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬

www.benoit-tokyo.com