kitahira blog

徒然なるままに、Benoitへの思いのたけを書き記そうかと思います。

2021年9月Benoit 晩生のピーチ・メルバを楽しまずして9月は終われません!

絵にかきて おとるのみかは 言の葉も あはれおよばぬ やまとなでしこ  松永貞徳

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 絵で花の美しさを表現することに加え、言葉でもまったく実物には遠く及ばない…おっしゃる通りでございます。言葉巧みに料理以上に過剰表現をしてしまうと、それは詐欺師ということ。幸いに、自分はそこまでの国語表現力をもっていないので、この点は安心です。いかに美辞麗句を駆使し、料理やデザートの美味しさを「言の葉」で書いたところで、実際にお召し上がりいただいた時の感動には、「あはれおよばぬ」ものです。

 どんなにきれいな写真を撮ろうとも、どんな美味しさなのかを言葉巧み表現したところで、実際に「ペーシュ・メルバ2021(以下、ピーチ・メルバと表記します。)」をお召し上がりいただいた時の感動には、「あはれおよばぬ」ものです。あまりの感動があった時には、言葉を失うもの。本当に美味しいと感じるものを口にした時、人は心の奥底から湧き出でる「美味しい」という言葉しか発することがでず、筆舌に尽くし難(がた)いものです。

 そのようなことは重々承知しているのですが、どうしても皆様に2021年版ピーチ・メルバをお勧めしたく、ご案内を送らせていただきます。どれほど美味しいのかお伝えることはできませんが、自分の持ちうる言の葉を使い、それぞれのどのような葉であるのかを説明させていだきます。皆様には、それぞれの「葉(パーツ)」を知っていただき、どのような「樹(デザート)」であるかをご想像いただけると幸いです。

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 皆様もご存知かと思いますが、今期の夏の農産物にとっては厳しい年であり、中でも果樹は深刻でした。春に霜が降りたことによって、新芽が霜焼けとなり枯死、収量の激減を招きました。さらに、予想だにしなかった台風の進路によって、実を落とすばかりか、樹自体にダメージが加わることに。追い打ちをかけるように長雨が続き、これによって日照不足に陥ったのです。昨今話題となっている、地球温暖化による気候変動の影響かと思うのですが、霜や大雨であれば、ハウス栽培では対処できたかもしえません。しかし、植物の光合成の源である陽射しばかりは人智及ばぬもので、いち農家さんでどうこうとできる問題ではありません。

「今年の桃はいまいちだった」という話をよく耳にします。

 桃は開花してから約90日後に収穫を迎えます。果実が完熟に向かう中で、山の際(ぎわ)が白々しくなると目覚め始め、光合成をすることで果実に栄養を蓄えてゆきます※①。そして山の端(は)に陽が沈むと、しばしの休憩に入ります。生きとし生けるもの、呼吸をして酸素を取り込み、蓄えた栄養を消費し続けます※②。植物は、②のサイクルを継続しながら、日中は①を同時に行います。

 蓄えるサイクルの①と、消費する②。通常、日中の活動が大きいため、①>②となり、栄養を消費しつつもそれ以上に果実に蓄えてゆきます。夜の休眠中、涼しければ樹の活動は鈍くなるため、②で消費する量は減ります。そして、翌日にまた①の活動を再開する。日中に蓄えた栄養が「2」であり、夜間に「2」全てを消費してしまえば、翌日は「0」からスタートです。日中に「10」蓄え、夜間に「2」消費であれば、翌日は「8」スタート。この繰り返しで果実に栄養が満ちてゆく。果実が完熟に向かう時、①>②であれば美味しくなる、①<②であれば味気なくなるということに。なぜ昼夜の寒暖差が美味しい果実となるのか、どれほど日照時間が大切であるか、お分かりいただけたのではないでしょうか。

 今期は、日照時間の確保がポイントでした。どの食材もそうですが、旬の「はしり」は需要がおおいもの。こと桃に関しては、お盆期間中にピークを迎えるため、ここの収量を確保できる品種を選び栽培しておる方が多いです。しかし、皆様お気づきかと思いますが、西日本を中心にお天気がすぐれませんでした。

 Benoitも例外ではありません。7月には、instagramで桃の画像とともに、Benoitに届く桃の品種をお案内してゆきます、と自分が語っておきながら、まったく産地と品種が定まらず、皆様のご期待にお応えできないと反省する夏を過ごしておりました。そして、やっと皆様に胸を張ってご案内できる時が来たのです。

 今の時期に桃?という疑問が頭の中をよぎったのではないでしょうか。野菜や果物は、よほどの例外がなければ、旬は南よりやってきます、まるで桜前線のように。いち品種の収穫期は、おおよそ1週間ほど。そのため、桃栽培農家さんは、品種を変えることで、可能な限り長い期間を皆様へ美味しい桃を提供しようと画策します。早生(わせ)の白鳳シリーズを皮切りに、中生(なかて)から晩生(おくて)の白桃シリーズへと継投してゆくのです。

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 仲秋の名月を9月21日に迎えます。この名月は、豆名月とも呼ばれており、この豆は「枝豆」のことです。そもそも、枝豆は大豆の未熟化で、これから旬を迎えるものでした。しかし、昨今の「ビールのお供」という最高のマリアージュを成すために、品種改良を重ね早めに収穫できるようにしたものが、今の枝豆です。自分が新潟県出身なため、桃と言えば「白根白桃」という品種が主流で、桃の中では晩生のため収穫はお盆過ぎ。桃農家さんは考えるのです…一番需要の多いお盆時期に、桃を提供できないものか?そこで、早生の品種を育て始めるのです。

 日照時間が、果実に与える影響はお分かりいただけたかと思います。7月は、南より梅雨明けを迎え、夏本番を迎えます。ここで、十分な日照量を得ることで、美味しい桃が実るのです。北の地域が、無理をして早生の品種を植えても、梅雨明けが遅い分、日照時間を確保できません。どうしても地理的な限界があるのです。そのため、お盆時期に早生の品種が姿を見せ、その後に、彼の地の自慢の桃が登場します。

 そう、「北の地では、これから晩生の桃の旬を迎える」のです。

 

 今は、岐阜県高山市に居を構える亀山果樹園です。北ではないじゃないか?とお思いでしょう。彼らの果樹園は、標高800mを超える山間(やまあい)に果樹園があります。この標高の高さは、この春の芽吹きが遅くなることを意味し、本州の中心部にありながら収穫は他の地域よりも遅くなります。そして、厳しい自然環境でありますが見事なまでの寒暖差を生み出すのです。

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 亀山果樹園の殿(しんがり)を担うのが「昭和白桃」です。聞き慣れない品種ですが、これは岐阜県が「飛騨もも」ブランドとして導入した品種。収穫時の果肉は硬めで、そのままでも十分に美味しいのですが、追熟させることで本領を発揮します。この桃の購入を先月末に、亀山さんに発送を打診したとところ…「3日ほど待ってほしい」との返事がきました。今年の桃の確保に混迷を極めていただけに、すぐにでも購入させていただきたかった…しかし、亀山さんは「待ってほしい」と。

 「桃の追熟で桃の持つ甘さが増すわけではなく、もぎ取る前に十分に桃に糖分を蓄えさせねばならない。」と亀山さんが教えてくれました。Benoitへは中途半端な桃は送れない、発送が遅れて迷惑がかかることは十分承知しているが、桃農家としいて妥協はできない。語らずとも、ひしひしと伝わる彼のプロとしての意気込み。桃の重みが違う…

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 9月11日、いよいよ晩生の品種「さくら白桃」の収穫が、山形県天童市の滝口果樹園で始まりました。昨年同様に、Benoit桃デザートの最後を飾るのが、この桃です。画像を見るからに硬そうな印象を持たれるかと思います。これが育種されたのは最近のことで、まだまだ知られていない品種。しゃくっという硬めの、まるでリンゴのような食感ですが、白桃の美味しさを持ち、なおかつ甘みが強いのです。これも追熟させることで本領を発揮します。

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 桃の栽培は堆肥など有機物を多く使うこだわりよう。収穫は一気にしてしまわずに、一つの木でも4回くらいに分けて味がのったものだけを選びながら収穫してゆきます。そのため、常に出荷できるわけではなく、収穫のタイミングでそのときいいものだけを選ぶので出荷数が限られたりすることもしばしば。しかし、誰一人として文句を言わないのは、彼の育て上げた桃があまりにも美味しい上に、味にバラツキが少ないから。きっと滝口さんは、常に果樹園と真摯に向き合い、土地の土質やバランスを見極めているからなのでしょう。

 さあ、滝口さんの「さくら白桃」を確保いたします。今期の桃の購入は最後です。

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 標高の高さを誇る、岐阜県高山市の亀山果樹園。北の地だから収穫期が遅くなる山形県天童市の滝口果樹園。ともに、「十分日照時間をとれるからこその、桃本来の美味しさに満ち満ちた逸品に育ちます。生でも美味しく堪能できる「昭和白桃」と「さくら白桃」が、ピーチ・メルバ2021に姿を変えます。

 アラン・デュカスの料理哲学は、素材を厳選し、その素材の持ちうる香りと味わいを十二分に引き出し、表現すること。そのため、魔法でもかけない限り素材以上美味しさがあるはずもなく、シェフは素材を見極め、美味しさを際立たせることに注力する。今回のピーチ・メルバ2021は、桃尽くしの「桃を食べた~」というよりも、桃のデザート「ピーチ・メルバを食べた~」というデザートです。素材それぞれが引き立て合い、ひとつのマリアージュを生み出し、デザートとして姿を見せます。

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PÊCHE MELBA

ペッシュ・メルバ (ピーチ・メルバ)

※ランチとディナーともに、プリ・フィックスメニューのデザートとして+800円でお選びいただけます。

 

 2021年Benoitのピーチ・メルバは9月末までを予定しております。しかし、山形県の滝口果樹園さんが丹精込めて育て上げた「さくら白桃」をもって、今期の終わりを迎えさせていただきます。月末ではご希望にそえないかもしれません。何分、自然の賜物ゆえ、ご理解のほどなにとぞよろしくお願いいたします。

 

≪季節のお話 「言の葉はあはれおよばぬ撫子の花」≫

 平安時代の美的理念を表現する言葉に、風情がある、趣きがある、美しい、というような意味の「をかし」というものがあります。清少納言は、随筆「枕草子」の中でこの「をかし」をランク付けするように紹介していいます。その中で、「草の花は撫子(なでしこ)」と彼女は書き遺しました。

 自分の「言の葉もあはれおよばぬ」ものですが、知っているようで知らないナデシコの花をご紹介させていただきます。

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≪ピーチ・メルバ2021の全貌を公開!≫

 どれほど美味しいのかお伝えることはできませんが、どうしても皆様に2021年版ピーチ・メルバをお勧めしたく、自分の持ちうる言の葉を使い、それぞれのどのような「葉(パーツ)」であるのかを説明させていだきます。皆様には、それぞれの「葉(パーツ)」を知っていただき、どのような「樹(デザート)」であるかをご想像いただけると幸いです。

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岐阜県の飛騨もも「亀山果樹園」のご紹介です。≫

 今回の訪問先は、高山市の南に位置している久々野町に居を構える「亀山果樹園」さんです。標高750mの高冷地の大自然の中に2.5haの園地を有し、今は二代目園主の亀山忠志さんが陣頭指揮を執っています。甘く香り高い高品質の果実を皆様へお届けすべく、研鑽に励む日々。どのような果樹園なのか、少しばかり岐阜県を観光するようにご紹介させていただきます。

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9月お勧め料理「エイヒレのムニエル」≫

 エイヒレとはその名の通り「エイの鰭(ひれ)」です。北日本で「かすべ」として親しまれている食材ながら、まだまだ周知されるにいたっておりません。しかし、フランスではエイヒレは馴染みの食材であり、ビストロでは欠かすことができません。。伝統料理として確固たる地位を確立している、「グルノーブル」というスタイルとは、いったいどのような料理なのでしょうか?

kitahira.hatenablog.com

 

≪エイヒレグルノーブルの出会いについて考えてみました…≫

 フランスのビストロ料理として欠かせない「エイヒレのムニエル」。我々日本人には馴染みのない食材である「エイ」、それがグルノーブルという調理スタイルで仕上げた逸品は、美味しいからなのでしょう、今なお多くの人々に愛され続けられている料理です。そもそも、グルノーブルとは何を意味しているのでしょう。そして、どうしてエイなのでしょう。皆様、気になりませんか?

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≪特選食材「六条大麦」を使ったお勧め料理のご紹介です!≫

 六条大麦の国内シェア約3割を有し、堂々たる全国1位の生産量を誇るのが福井県。6月初旬に麦秋を迎えた「六条大麦」がBenoitに届いています!さあ、この栄養価満点に旬の食材を、Benoitではどのような料理に姿を変えるのでしょうか?

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≪初秋特別プランのご案内です。≫

 気がつけば、蝉の諸声(もろごえ)が止んでいる…

 コロナウイルス災禍が猛威を振るう中でも、季節は巡り去ってゆく。蝉は我々に秋の到来を教えてくれた気がします。そして、季節と同じように、旬と呼ばれる季節の食材も巡り去ってゆきます。彼らに「待つ」という優しはありません。そこで、この機を逃してはならないとの思いから、「初秋」と銘打った特別プランと、個室貸切プランをご案内させていただきます。

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北平のBenoit不在の日

 私事で恐縮なのですが、自分がBenoitを不在にしなくてはならない9月の日程を書き記させていただきます。滞りがちだったご案内を充実させるべく、執筆にも勤しませていただきます。ご不便をおかけいたしますが、ご理解のほどよろしくお願いいたします。緊急事態宣言如何によって変更の可能がございます。ご不便をおかけいたしますが、ご容赦のほどなにとぞよろしくお願いいたします。

kitahira.hatenablog.com

 

 最後まで読んでいいただき、誠にありがとうございます。

 今年の辛丑が始まりました。その「辛」の字の如く優しい年ではないかもしれません。しかし、時は我々に新地(さらち)を用意してくれている気がいたします。思い思いの種を植えることで、そう遠くない日に、希望の芽が姿をみせることになるでしょう。

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 「一陽来復」、必ず明るい未来が我々を待っております。そう遠くない日に、マスク無しで笑いながらお会いできる日が訪れることを願っております。皆様のご健康とご多幸を、一刻も早い「新型コロナウイルス災禍」の収束ではなく終息を、青山の地より祈念いたします。

 

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬

www.benoit-tokyo.com

 

2021年9月 Benoit「ピーチ・メルバ2021」の全貌を公開!

 「昭和白桃」も「さくら白桃」も追熟させるため、仕込む時にBenoitのパティシエルームでは、面白い光景が広がります。作業台の上をまっさらにし、届いた桃の箱を全て並べるのです。何をするのか?同じ品種に同じ日に収穫した桃とはいえ、個体差があります。この作業は、追熟度合いを測り、今が好機と判断した桃を選ぶための大事な工程なのです。

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 選ばれし桃は、風味を損なわないように湯にくぐらせ、氷水へ。丹精込めて育て上げ桃の果皮を、至極丁寧に剥いてゆくのです。果実は果皮の内側と種のまわりに美味しさが集まっているもの。さすがに種は食べませんが、果皮は大切な素材なので、捨てることはいたしません。

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 湯剥きして半実に割った桃は、種を取り除き、ステンレスのバットに並べてゆきます。そこへ、熱々のラズベリージュースを注ぎ一日旅疲れを癒すように浸かっていただきます。ここで、煮込むわけではなく、余熱を利用することによって桃の持つ風味を損なわず、ほのかな甘酸っぱさを与えていくのです。毎日のように繰り替えされるこの作業によって、Benoitのパリシエールは、シーズン終わる頃には、桃の皮剥き種取り名人となるのです!

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 一日経った桃は、これだけでも十分に美味しいのですが、これをピーチ・メルバへと昇華させてゆきます。半実をBenoit自慢の器に盛り付けた桃の半実。種のあったくぼみに何やら得体の知れないものが見えます。これは、フランスから届いたペッシュ・ド・ヴィーニュという、硬めで心地良い酸味で硬い小ぶりの桃です。甘さを控えるようにマルムラードと、くし型に切ったものを4時間オーブンで焼くセミドライへと仕上げ、混ぜ合わせたもの。このなんともペタッとムニュっとした食感は病みつきになる。そして種らしきものを砕いたものが上に…決して桃の種ではありません。香ばしいアーモンドなり!

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 Benoitでは、バニラエッセンスの使用が禁止されています。理由は、美味しいから、とこの一言に尽きるのです。その美味しさを追究するに当たり、料理もデザートも「妥協をするな」と徹底されているのです。そのため、マダガスカル産のバニラビーンズで仕上げたアイスクリームは、アラン・デュカスグループ共通の仕込みだけに、バニラが香り濃密でかなり美味しい、もう一度言います、かなり美味しい。ピーチ・メルバでは、あくまでも脇役ですが、このバニラアイスクリームがあるからこそ、桃が冴える!

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 甘さを減らし、極限まで軽やかに、そしてここにもバニラビーンズを加えた生クリームをこしらえます。これを桃の周りから包み込むように絞ってゆきます。どんなに熟練したパティシエでも、この段階で息を整える。あまりにも柔らかく繊細なクリームだからこそ、力加減に細心の注意を払わなければなりません。両の手で何度も感触を確認しながら、自らでタイミングを計っているかのよう。心の準備ができた後、息を止めながら全身全霊をもって絞り始める…失敗は許されない!

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 Benoitのパティシエ-ルチームは、さらっとこなしていますが、今回のピーチ・メルバはなかなかに職人我を要求してきます。隙間なくアイスクリームが包み込まれた姿は、まるで桃が毛糸の帽子をかぶったようででもあり、感動すら覚えます。しかし、まだ終わりません。

 最後の仕上げに、クリームの上にハラハラッと茶色とピンク色の2種類を振りかけます。ツオと梅のふりかけのようですが、もちろん違います。茶色はアーモンドを細かくカットしたもの。そしてピンク色は、まるでヤマトナデシコの花びらのようですが、これは、桃の果皮をチップスに仕上げたものです。

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 前述した通り、果実は、種のまわりと果皮の内側に美味しさがかたまります。さすがに種は食べれませんが、果皮を捨ててしまうことは、美味しさを減らしてしまうことに等しい。そこで、湯剥きした果皮は、桃を漬けていたラズベリージュースに潜(くぐ)らせて、オーブンでパリッと乾燥させてチップスにします。そう、これは飾りではなく、しっかりと美味しさの一要素です!

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絵にかきて おとるのみかは 言の葉も あはれおよばぬ やまとなでしこ  松永貞徳

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 絵で花の美しさ表現することに加え、言葉でもまったく実物には遠く及ばない…おっしゃる通りでございます。料理もまた、その美味しさを「言の葉」で書いたところで、言葉巧みに過剰表現をしてしまうと、それは詐欺師ということ。幸いに、自分はそこまでの国語表現力をもっていいないので、この点は安心です。

 どんなにきれいな写真を撮ろうとも、どんな美味しさなのかを言葉巧み表現したところで、実際に「ピーチ・メルバ2021」をお召し上がりいただいた時の感動には、「あはれおよばぬ」ものです。あまりの感動があった時には、言葉を失う。本当に美味しいと感じるものを口にした時、人は心の奥底から湧き出でる「美味しい」という言葉しか発することがでず、筆舌に尽くし難(がた)いものです。

 どれほど美味しいのかお伝えることはできませんが、どうしても皆様に2021年版ピーチ・メルバをお勧めしたく、自分の持ちうる言の葉を使い、それぞれのどのような「葉(パーツ)」であるのかを説明させていだきました。皆様には、それぞれの「葉(パーツ)」を知っていただき、どのような「樹(デザート)」であるかをご想像いただきたいです。

 2021年Benoitのピーチ・メルバは9月末までを予定しております。しかし、山形県の滝口果樹園さんが丹精込めて育て上げた「さくら白桃」をもって、今期の終わりを迎えさせていただきます。月末ではご希望にそえないかもしれません。何分、自然の賜物ゆえ、ご理解のほどなにとぞよろしくお願いいたします。

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PÊCHE MELBA

ペッシュ・メルバ (ピーチ・メルバ)

※ランチとディナーともに、プリ・フィックスメニューのデザートとして+800円でお選びいただけます。

 

≪季節のお話 「言の葉はあはれおよばぬ撫子の花」≫

 平安時代の美的理念を表現する言葉に、風情がある、趣きがある、美しい、というような意味の「をかし」というものがあります。清少納言は、随筆「枕草子」の中でこの「をかし」をランク付けするように紹介していいます。その中で、「草の花は撫子(なでしこ)」と彼女は書き遺しました。

自分の「言の葉もあはれおよばぬ」ものですが、知っているようで知らないナデシコの花をご紹介させていただきます。

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≪晩生のピーチ・メルバを楽しまずして、9月は終われません!≫

 晩生(おくて)の桃を使ったデザート「ペッシュ・メルバ(ピーチ・メルバ)2021」をご案内せずして、自分は10月を迎えることはできません。そうなのです、皆様!このデザートの美味しさを楽しまずして、9月を終えることはできません。

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岐阜県の飛騨もも「亀山果樹園」のご紹介です。≫

 今回の訪問先は、高山市の南に位置している久々野町に居を構える「亀山果樹園」さんです。標高750mの高冷地の大自然の中に2.5haの園地を有し、今は二代目園主の亀山忠志さんが陣頭指揮を執っています。甘く香り高い高品質の果実を皆様へお届けすべく、研鑽に励む日々。どのような果樹園なのか、少しばかり岐阜県を観光するようにご紹介させていただきます。

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9月お勧め料理「エイヒレのムニエル」≫

 エイヒレとはその名の通り「エイの鰭(ひれ)」です。北日本で「かすべ」として親しまれている食材ながら、まだまだ周知されるにいたっておりません。しかし、フランスではエイヒレは馴染みの食材であり、ビストロでは欠かすことができません。。伝統料理として確固たる地位を確立している、「グルノーブル」というスタイルとは、いったいどのような料理なのでしょうか?

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≪エイヒレグルノーブルの出会いについて考えてみました…≫

 フランスのビストロ料理として欠かせない「エイヒレのムニエル」。我々日本人には馴染みのない食材である「エイ」、それがグルノーブルという調理スタイルで仕上げた逸品は、美味しいからなのでしょう、今なお多くの人々に愛され続けられている料理です。そもそも、グルノーブルとは何を意味しているのでしょう。そして、どうしてエイなのでしょう。皆様、気になりませんか?

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≪特選食材「六条大麦」を使ったお勧め料理のご紹介です!≫

 六条大麦の国内シェア約3割を有し、堂々たる全国1位の生産量を誇るのが福井県。6月初旬に麦秋を迎えた「六条大麦」がBenoitに届いています!さあ、この栄養価満点に旬の食材を、Benoitではどのような料理に姿を変えるのでしょうか?

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≪初秋特別プランのご案内です。≫

 気がつけば、蝉の諸声(もろごえ)が止んでいる…

 コロナウイルス災禍が猛威を振るう中でも、季節は巡り去ってゆく。蝉は我々に秋の到来を教えてくれた気がします。そして、季節と同じように、旬と呼ばれる季節の食材も巡り去ってゆきます。彼らに「待つ」という優しはありません。そこで、この機を逃してはならないとの思いから、「初秋」と銘打った特別プランと、個室貸切プランをご案内させていただきます。

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北平のBenoit不在の日

 私事で恐縮なのですが、自分がBenoitを不在にしなくてはならない9月の日程を書き記させていただきます。滞りがちだったご案内を充実させるべく、執筆にも勤しませていただきます。ご不便をおかけいたしますが、ご理解のほどよろしくお願いいたします。緊急事態宣言如何によって変更の可能がございます。ご不便をおかけいたしますが、ご容赦のほどなにとぞよろしくお願いいたします。

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 最後まで読んでいいただき、誠にありがとうございます。

 今年の辛丑が始まりました。その「辛」の字の如く優しい年ではないかもしれません。しかし、時は我々に新地(さらち)を用意してくれている気がいたします。思い思いの種を植えることで、そう遠くない日に、希望の芽が姿をみせることになるでしょう。

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 「一陽来復」、必ず明るい未来が我々を待っております。そう遠くない日に、マスク無しで笑いながらお会いできる日が訪れることを願っております。皆様のご健康とご多幸を、一刻も早い「新型コロナウイルス災禍」の収束ではなく終息を、青山の地より祈念いたします。

 

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬

www.benoit-tokyo.com

 

2021年9月 季節のお話 「言の葉はあはれおよばぬ撫子の花…」

 平安時代の美的理念を表現する言葉に、「をかし」というものがあります。これは、風情がある、趣きがある、美しい、というような意味があり、皆様も学生時代に古文でまっさきに覚えたのではないでしょうか。清少納言は、随筆「枕草子」の中でこの「をかし」をランク付けするように紹介しています。「春は曙(あけぼの)」「夏は夜」「秋は夕暮れ」「冬はつとめて(早朝)」と喝破しています。その64段ではこう言っています。

 

草の花は撫子(なでしこ)。唐(から)のはさら也、大和のもいとめでたし

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 草の花では撫子が「いとをかし」であるという。撫子といえば、女子サッカーで活躍した選手たちを「なでしこジャパン」と称したことが記憶に新しいのではないでしょうか。その花は、小さいながらも艶(あで)やかさがあり、美しいと感じる以上に可憐という言葉が似つかわしい。そうは言うものの、自然界で生き抜いていくため、他の植物との覇権争いに勝たねばならず、見た目以上の力強さをも持ち合わせている。小柄ながら芯のある力強さと美しさを兼ね揃えた女性を讃えるように、大和撫子(やまとなでしこ)と呼んだりもします。

 唐のものは言うまでもないが、日本のものも甲乙つけがたく美しい。さて、問題はここです。いったい何を言いたいのか、ナデシコを調べてみました。しかし、調べるほどに、まるで泥沼に足を突っ込むかのような一筋縄ではゆかない難解さをもっていました。確証がなく、推論の域を出ませんが、なんとなく納得していただけるのではないかと思う「撫子の話」、ご紹介させていただきます。

 

秋の野に 咲きたる花を 指折(およびお) かき数うれば 七草(ななくさ)の花  巻8 1537

萩の花 尾花(おばな)葛花(くずばな) 瞿麦(なでしこ)の花 おみなゑし 藤袴(ふじばかま) 朝顔の花  巻8 1538

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 万葉集の中で、山上憶良(やまのうえのおくら)は上記の二首を詠い遺し、秋の七草を見事なまでに定義づけしました。野原を見渡し、美しく咲き誇る花々を指折り数えたならば7種あった、そこに挙げられた花の中に「撫子(なでしこ)」の花があります。

 万葉の時代、話し言葉としての日本語はあるものの、書き言葉としてはままならなかったようです。「ひらがな」は存在せず、知れば知るほどに便利で文明的な漢字が中国から伝来した時、大和朝廷の宮中の賢人は驚愕し、貪欲に取り込んでいくことにしました。宮中での文書は漢文となり、漢詩が主流となるご時世の到来です。

 母国語を失うことは国を失うに等しい、そう危機感を感じる賢人は、漢字の音読みを利用して日本語の書き言葉を表現する「万葉仮名」を生み出します。額田王(ぬかたおう)を筆頭に歌聖と称される柿本人麻呂山上憶良ももちろん、多くの万葉歌人によって万葉集が編纂され、今もその功績が讃えられています。しかし、万葉時代以降は、唐風文化の繚乱(りょうらん)を迎えることとなり、日本語の書き言葉が衰退の一途を辿るばかり…和歌にとっては暗黒時代でした。

 しかし、平安時代になり「ひらがな」が誕生したことで攻勢に転じます。ここに、話す・書くという日本語が言語として形成されたのです。どの言語もそうですが、まだ言語として大成していない時代にあっては、その物足りなさを物語や詩歌に求めたようです。日本の歴史を振り返ってみても、各時代の激動の時世の勢いが言語に革新を求めてくるようで、多くの素晴らしい作品が生まれています。今は言葉の乱れはあるものの、現代日本語としては画期的な飛躍を遂げた時期であり、その礎(いしづえ)は明治の文豪たちです。そして、日本語は、万葉歌人なくして成し得なかったでしょう。

 もし、万葉の時代に、中国語をそのまま導入していたならば、日本語は存在していませんでした。ここが、大和の賢人の素晴らしい所だと思います。文化を鵜吞みにせずに、咀嚼(そしゃく)するように良い所だけを取り込もうと考えたのです。理路整然と確立していた漢字を学び得ながら、万葉仮名を駆使し書き綴る。日本にも存在する、もしくは似ているものがあると理解した単語は、そのまま導入するも、古来より連綿と受け継がれてきた日本語の読みをあてました。「山」や「川」はという象形文字である漢字を使いながら、「やま」「かわ」と読むのです。

 

 先の山上憶良2首目の歌の中で、ナデシコを「瞿麦(くばく)」と漢字をあて、「なでしこ」と読んでいます。あまりにも馴染みのない「瞿麦」という単語は、日常生活ではまず使うこともなく、自分もナデシコをテーマに掲げなければ、知ることもなかったでしょう。瞿麦とはナデシコのことでもあるのですが、美しい花を咲かせる緑美しいナデシコではなく、これを乾燥させて漢方にしたものを意味するというのです。中国で自生しているナデシコは「石竹(せきちく)」と名付けられ、これを漢方薬にしたものが「瞿麦」という。

 隋を亡ぼし興った王朝が唐(618~907年)です。遣隋使・遣唐使が持ち帰ったのか、はたまた日唐貿易の中でのことなのか定かではないですが、中国のナデシコ「石竹」が渡来しました。思うに、漢方の「瞿麦」も一緒だった…異国の言葉を何とか理解しようとするなかで、「漢方の瞿麦はこの草だよ」と、美しい花を咲かせる石竹を指さし説明したとすれば、ウィキペディアもなければ辞書もない時代にあり、瞿麦は石竹で、石竹は瞿麦だと思ってしまうもの無理はないものです。

 古人は、渡来してきた「石竹」に似ている花が日本にも自生していることを知っていた。その花は、知っていたというよりも、秋の七草に詠われるほど可憐に咲き誇るナデシコのこと。馴染みの花であったればこそ、同じ仲間だと気づいたのでしょう。そこで、古人は日本に自生していたものを「大和撫子(やまとなでしこ)」と、中国から渡来したものを「唐撫子(からなでしこ)」と呼び分けることにしたのです。「唐」という字がつくことから、やはり唐王朝の時代に海を渡ってきたのでしょうか。

 ここで、予想だにしなかったことが起きます。「石竹」が日本に自生し、「大和撫子」と自然交配していったのです。時が経つほどに増えていく交雑種は、あまりにも美しい花を咲かすこともあり、人々は忌避することなく「常夏(とこなつ)」という名前をつけて愛(いと)おしんだといいます。順を追って花を咲かすために、夏から秋にかけてと花期が長いことから、「常夏」なのだといいます。

 日本タンポポと西洋タンポポとの押しつ押されつの領土争いとは違い、自然交配してしまうということは、古来より日本に自生していた「大和撫子」が自然淘汰されてゆき、「常夏」へ変ってしまうことを意味します。

今、我々が目にすることのできる「ヤマトナデシコ(※以下、昔の花は大和撫子、今の花はヤマトナデシコと表記させていただきます)」は、花の姿から「常夏」のようなのです。その花びらは、淡いピンク色に少しばかり紫がかったかのような色合いであり、花弁の付け根は白い。そして、その先端は歯牙状で、細やかに深く切り込みを入れたかのよう。この色のコントラストと花の姿は、柔らかな優しさを感じさせ、撫でたくなるほど可愛いい守ってあげたくなる子供のよう。まさに「撫子」名前にあい相応(ふさわ)しいもの。

 もともとの「大和撫子」はどんな花なのか?江戸時代中期の歌人であり国学者でもある小沢蘆庵(ろあん)の歌が興味深い。彼は大和撫子をこのように詠っています。

 

花の色は からくれないに 匂へども みな敷島の 大和なでしこ

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 花が美しく輝いていることを「匂(にほ)ふ」といい、ただ咲いているだけではない、と古語辞典は教えてくれる。それと、崇神(すじん)天皇と欽明(きんめい)天皇の両天皇の宮があったという磯城瑞籬宮(しきのみずかきのみや)の「磯城(しき)」と、日本列島が島国であることから、大和の国は「磯城の島」であるといい、それが「敷島」へ。そのため、「敷島の」は「やまと」にかかる枕詞とされています。

 「からくれない」色に、鮮やかに咲き誇る花は、全てが日本の大和撫子ではないか!と蘆庵はいう。ポイントはこの「からくれない」という色です。「韓紅(からくれない)」と漢字で書き、紅花で染めた濃い紅赤色のこと。奈良時代には「紅の八入(やしお)」とも言われています。「一入(ひとしお)」は、生地を染料に一度漬けること。8回漬けることが「八入」ではあるのですが、八百万の神々というように、「八」には多いという意味も含まれます。「紅の八入」とは、紅の染料に幾度となく漬けることで、最も濃い深みのある紅色に染め上げた色のこと。

 大和撫子とヤマトナデシコとは、まったく相容れないほどに違う花の色合いです。しかし、古人が石竹と大和撫子とを同じ仲間だと判別できた理油は、特徴的な歯牙状の花びらだった気がします。しかし、石竹に見て取れるような「浅い切れ込み」だったのではないかと。深い歯牙状の花びらであれば、その可愛らしさが、歌人の琴線(きんせん)に触れてもいいものです。

 かつて、多くの風流人がナデシコの花を庭などに植栽してまで、花咲く時を心待ちにしていたといいます。それほどまでに愛されていたのであれば、「瞿麦」と「石竹」の混同はあれど、「唐撫子」と「大和撫子」、さらに「常夏」の違いを十分に理解していた、頭の中では。しかし、今のように検索して画像がネット上で表示されることもなく、カラー図鑑があるわけでもない時代にあれば、間違いがあってもおかしくはないもの。杜若(かきつばた)、花菖蒲(はなしょうぶ)、菖蒲(あやめ)もまた、あまりにも美しく似ているために混同されてしまうことが多かった。

 世界史上、類を見ないほどに発展した江戸文化の只中で、小沢蘆庵が間違えたとは考え難(がた)いものです。韓紅の貴(あて)やかな花を匂わせ(咲き誇っ)ているのが、大和撫子であると思いたい。時が経つにつれ、生きてゆくのが難儀になったのか、それとも石竹と交配することで常夏へと姿を変えてしまったのか。それとも、常夏と交配することでヤマトナデシコになっていったのか。専門家ではないために、自分の推論はここまでで、結論はでません。ここから先は、皆様のご想像のご想像にお任せしようと思います。

 これからご紹介するナデシコの花の歌は、どのナデシコを詠ったものなのか。あれやこれやと想い描きながら読んでいただきたいと思います。

 

われのみや あはれと思はむ きりぎりす 鳴く夕かげの 山戸撫子  素性(そせい)

われのみは あはれともいはじ 誰もみよ 夕露かかる やまとなでしこ  式子内親王

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 素性は、山近くに隠棲していたのだろうか。自らの屋戸(やど)に植栽したナデシコを、あえて「山戸撫子」と表記することで、山里の夕暮れの寂しさを表現しているかのよう。昔々の「きりぎりす」は、今でいうコオロギのことをいうらしい。蝉の「もろごゑ」も止み、コオロギのチリチリチリという声が心地よく耳に響く。鳴き声の方へと目を向けてみると、夕陽に照らされて大和撫子が咲いているではないか。なんという可憐な美しさだろうと思うのは自分だけではないか、と自問している。

 夕露は朝露と違い、空気中の水分が結露したものとは違うため、式子内親王は夕立の後の光景を詠ったのでしょうか。ナデシコの花を可憐だと思うのは私だけではありません!と喝破する。皆に見てほしい、ナデシコの花に残る雨粒に夕陽が射したときの美しさを。

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 二人にこれほどの賛辞をいただければ、大和撫子も本望なのではないでしょうか。この大和撫子が、石竹でも常夏でも、それぞれの詠い上げた光景に遜色はなく、美しいものです。「ひらがな」が誕生して歴史が浅いにもかかわらず、31文字でここまで表現する詠い手の自然の機微を捉える感性は、今でも十分に共感できてしまうものです。

 

 和歌では、31文字という世界に自らの想いの丈を反映させることに鎬(しのぎ)を削りました。日本語として確立して間もない時期だからこそ、歌人たちは「自然の美を、自分の気持ちを、いかに言葉で表現すべきか」に精力を注いだともいえます。彼らは大いに悩み、言葉を選び、または創作し、文字としてしたためたはずです。切磋琢磨の中で生まれる美しい描写の数々は、千年経った今も、なんらくすむことはありません。我々は、その詠者の想いのこもった言葉の力を感じつつ、各々の人生を反映した光景を脳裏に描きながら読むことができます。

 かつて、絵はあるものの抽象的なものであり、写真のように細部までありのままを写す術はありませんでした。今は、カラー図鑑やネット検索という情報が溢れている時代です。考えようによっては、当時に詠者がどのような光景を眺め詠ったのかを想像しやすくなったともいえます。今なお輝き続ける和歌を知ることで、便利になり過ぎたために失った何かを、我々はそこに見出すことができるのではないでしょうか。

 

 冒頭で紹介した清少納言は、枕草子112段でこう我々に教えてくれています。三大随筆を執筆しただけの彼女の感性には、感服いたします…

 

絵にかきおとりするもの、なでしこ。かきまさりするもの、松の木。

 

 確かに!屏風絵や掛け軸には、見事な松の木が描かれていても、可憐なナデシコの花は描きようがないもの。それに加え、このような思いが込められているような気がします。簡単に手に入る情報を鵜吞みにせず、そのものを見なさい。樹形が美しいとはいえ朴訥な松の姿は想像しやすいもの。しかし、世界中の人々が愛してやまない「花の姿」は、文字では表現しがたいほどに美しく、画像では感じ取ることのできない、花そのものがはなつ貴品があるものです。

 「知る」ことと、「識(し)る」ことは違うのですよ、そう教わった気がします。やはり、画像で思うだけではなく、自分で足を運び、何かを感じ取りなさいという。今は外出が憚(はばか)れますが、そう遠くない日に、「識る」ために散策に出ることを許されることと思います。今も昔も変わらぬ、太陽や月を感じながらの散策も一興なのではないでしょうか。

 

 江戸時代前期の歌人であり歌学者でもある松永貞徳(ていとく)は、清少納言枕草子を読解した後なのでしょう。このような一首を書き遺しています。

 

絵にかきて おとるのみかは 言の葉も あはれおよばぬ やまとなでしこ  松永貞徳

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 絵で花の美しさ表現することに加え、言葉でもまったく実物には遠く及ばない…おっしゃる通りでございます。下句が「やまとなでしこ」で終わっています。山上憶良を先に覚えたこともあるのかもしれませんが、ここを「撫子の花」とするほうが個人的には可愛らしく終えることができるような気がしています。そう考えると、この「やまとなでしこ」が、なにやら意味深長なものに感じてしまうもの。皆様はどう思いますか?

 

≪晩生のピーチ・メルバを楽しまずして、9月は終われません!≫

 晩生(おくて)の桃を使ったデザート「ペッシュ・メルバ(ピーチ・メルバ)2021」をご案内せずして、自分は10月を迎えることはできません。そうなのです、皆様!このデザートの美味しさを楽しまずして、9月を終えることはできません。

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≪ピーチ・メルバ2021の全貌を公開!≫

 どれほど美味しいのかお伝えることはできませんが、どうしても皆様に2021年版ピーチ・メルバをお勧めしたく、自分の持ちうる言の葉を使い、それぞれのどのような「葉(パーツ)」であるのかを説明させていだきます。皆様には、それぞれの「葉(パーツ)」を知っていただき、どのような「樹(デザート)」であるかをご想像いただけると幸いです。

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岐阜県の飛騨もも「亀山果樹園」のご紹介です。≫

 今回の訪問先は、高山市の南に位置している久々野町に居を構える「亀山果樹園」さんです。標高750mの高冷地の大自然の中に2.5haの園地を有し、今は二代目園主の亀山忠志さんが陣頭指揮を執っています。甘く香り高い高品質の果実を皆様へお届けすべく、研鑽に励む日々。どのような果樹園なのか、少しばかり岐阜県を観光するようにご紹介させていただきます。

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9月お勧め料理「エイヒレのムニエル」≫

 エイヒレとはその名の通り「エイの鰭(ひれ)」です。北日本で「かすべ」として親しまれている食材ながら、まだまだ周知されるにいたっておりません。しかし、フランスではエイヒレは馴染みの食材であり、ビストロでは欠かすことができません。。伝統料理として確固たる地位を確立している、「グルノーブル」というスタイルとは、いったいどのような料理なのでしょうか?

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≪エイヒレグルノーブルの出会いについて考えてみました…≫

 フランスのビストロ料理として欠かせない「エイヒレのムニエル」。我々日本人には馴染みのない食材である「エイ」、それがグルノーブルという調理スタイルで仕上げた逸品は、美味しいからなのでしょう、今なお多くの人々に愛され続けられている料理です。そもそも、グルノーブルとは何を意味しているのでしょう。そして、どうしてエイなのでしょう。皆様、気になりませんか?

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≪特選食材「六条大麦」を使ったお勧め料理のご紹介です!≫

 六条大麦の国内シェア約3割を有し、堂々たる全国1位の生産量を誇るのが福井県。6月初旬に麦秋を迎えた「六条大麦」がBenoitに届いています!さあ、この栄養価満点に旬の食材を、Benoitではどのような料理に姿を変えるのでしょうか?

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≪初秋特別プランのご案内です。≫

 気がつけば、蝉の諸声(もろごえ)が止んでいる…

 コロナウイルス災禍が猛威を振るう中でも、季節は巡り去ってゆく。蝉は我々に秋の到来を教えてくれた気がします。そして、季節と同じように、旬と呼ばれる季節の食材も巡り去ってゆきます。彼らに「待つ」という優しはありません。そこで、この機を逃してはならないとの思いから、「初秋」と銘打った特別プランと、個室貸切プランをご案内させていただきます。

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北平のBenoit不在の日

 私事で恐縮なのですが、自分がBenoitを不在にしなくてはならない9月の日程を書き記させていただきます。滞りがちだったご案内を充実させるべく、執筆にも勤しませていただきます。ご不便をおかけいたしますが、ご理解のほどよろしくお願いいたします。緊急事態宣言如何によって変更の可能がございます。ご不便をおかけいたしますが、ご容赦のほどなにとぞよろしくお願いいたします。

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 最後まで読んでいいただき、誠にありがとうございます。

 今年の辛丑が始まりました。その「辛」の字の如く優しい年ではないかもしれません。しかし、時は我々に新地(さらち)を用意してくれている気がいたします。思い思いの種を植えることで、そう遠くない日に、希望の芽が姿をみせることになるでしょう。

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 「一陽来復」、必ず明るい未来が我々を待っております。そう遠くない日に、マスク無しで笑いながらお会いできる日が訪れることを願っております。皆様のご健康とご多幸を、一刻も早い「新型コロナウイルス災禍」の収束ではなく終息を、青山の地より祈念いたします。

 

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬 www.benoit-tokyo.com

 

2021年9月Benoit 岐阜県の飛騨もも「亀山果樹園」のご紹介です。

秋ちかう 野はなりにけり 白露の おける若葉も 色かはりゆく  紀友則

 秋を迎えようとする晩夏、早朝に涼しさが増すことで白露が落とすその若葉も色衰えてゆく。と、秋の野を美しく詠んだものかと思いきや、深い言葉遊びが隠されていました。すでにご存じの方も多いのではないでしょうか、物名歌の名手である紀友則の秀逸な一句です。

 初二句の箇所をひらがな表記に変えると、「あきちかう・のはなりにけり」となり、この中に、「きちかうのはな」という花の名前が書き記されています。秋の野の風景が、いっきに深い紫色を帯びてきます。万葉の時代から日本人に親しまれてきた野の花であり、山上憶良が「秋の七草」に詠った、7月末から8月に見事な花を咲かす花。「きちかうの花」何度も早口で繰り返すと「あ!」とひらめく花の名は?

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 「桔梗(ききょう)の花」です。蕾が大きく膨らんでゆき、先端から5つに分かれるように花開く姿は愛らしく、さらに濃い紫色の花弁は、凛としながら陽射しにあたることで輝きを増す。馴染みのある朝顔のように、朝に花開き夕刻には一つの花の一生を終えることになる、この「はかなさ」にも美を感じるのが日本人なのでしょう。

 若葉が、時とともに緑濃くしっかりとした葉へと姿を変えてゆく中で、次々と花開く桔梗の花。日を追うごとに枯れ色になり花つぼむ姿が目に留まるようになります。「白露の・おける若葉も」の「も」が気になるところ。ここには「花」が隠れているのでしょう。そう考えると、「白露の・おける若葉も花も・色かはりゆく」なる歌へ。白露に「はかなさ」の意があることを考えると、詠者は一日で尽きる「桔梗の花」にこそ、歌の本意を込めている気がいたします。

 「きちかうの花」は「桔梗の花」であり、この花をモチーフに家紋としたものが「桔梗紋」です。この家紋を見て、日本史上最大の謎を含む行動に踏み切った武将を思い浮かべることができるでしょうか。鎌倉時代から美濃地方を中心に栄えた土岐(とき)氏が家紋として使用し、齋藤道三の下克上により没落することで、庶流が誕生しこの家紋を引き継ぎました。中でも、群を抜いて世に名を馳せた武将が、明智光秀です。

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今回この名句で書き始めた自分の本意はどこにあるのか?前述した「きちかうの花」と「も」が大いに関連しています。

 そのそう、彼の生誕の地は岐阜県。そして、「も」も忘れてはなりません。「もも(桃)」です。皆様にご紹介したい特選食材は、岐阜県高山市の亀山果樹園さんの白桃です。※紀友則とは雲泥の差のある、かなり強引な言葉遊び、ご容赦のほどなにとぞよろしくお願いいたします。

 

 今回、旅路の行く先は、岐阜県の中でも南端に位置している岐阜市から。齋藤道三が難攻不落として名高い稲葉山城を築き、居城としていた地でもあります。そこから南へ向かい木曽川を渡ると、目と鼻の先には名古屋市が、そう織田信秀が居城としていた名古屋城です。直線距離で30kmほどしか離れていない中で、両雄が対峙していたのです。木曽川を挟んでの駆け引きは、息子の代にまで及ぶことになるのですが、このあたりは皆様すでにご存じだと思うので割愛です。

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 歴史ロマンに浸るのはここまでとし、向かう先は岐阜市から南ではなく、東へ。25kmほども進むと美濃加茂市に辿り着き、そこから国道41号線を北上していきます。山々の稜線に沿うように進むこの国道は、今でこそ道が整備されていますが、かつては相当の難所だったはずです。しかし、この道からは、人々をして「岐阜百山」と称させた美しい山並みを堪能できます。四方に聳(そび)える峻嶮なる嶺(みね)が、尾根を造り上げる、荘厳なる景色。自然の造形美がここにある。

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 その山々が織りなす緑の叢(むら)の色合い、色調の違いの美しさに魅せられる。そして、山より湧き出ずる水が「せせらぎ」となり、山間(やまあい)で落ち合い「飛騨川」となる。荘厳なる山々のなかに、川の流れが輝きを加えている。心に清らかさを与えてくれる、まさに清流とは、このことでしょう。

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 温泉で有名な「下呂市」を過ぎ、美濃加茂市から直線距離では80kmほどですが、山間を抜ける道なため、思いのほか時間を要し、高山市へ辿り着きます。高山市は、観光ガイドで「飛騨高山」という表記で紹介されていることが多いのですが、やはり中心地は高山市の中心街でしょう。江戸時代から続く城下町の風情を、市民皆の努力によって保全していることで、「飛騨の小京都」と称されているのです。海外のガイドブックでは軒並み高評価、名高いフランスのガイドブックでは3ッ星です。

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 今回の訪問先は、高山市の南に位置している久々野町に居を構える「亀山果樹園」さんです。標高750mの高冷地の大自然の中に2.5haの園地を有し、今は二代目園主の亀山忠志さんが陣頭指揮を執っています。甘く香り高い高品質の果実を皆様へお届けすべく、研鑽に励む日々。

 1年に一度迎える果樹の収穫は、6月のサクランボの収穫に始まり、8月に「モモ」、そして9月の「ナシ」、それを追うようにして12月までの「リンゴ」をもって終わりを迎えます。そう、彼にとってこの期間は休みなどあろうはずもなく、毎日畑に赴き、自然の機微を感じとり、果実の声を聴きながら、深い経験に裏打ちされた慧眼(けいがん)で果実の熟度を見極め、収穫に臨(のぞ)みます。

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 標高の高さは、夏にもかかわらず昼夜の寒暖差を約束してくれます。ましてや、800m近い標高ともなれば、寒暖差はかなりのもの。これは、果実に大いなる甘みをもたらすのです。生きとし生けるものにとって共通していることは、「呼吸」によって酸素を取り込み、体に蓄えられた養分をエネルギーに変え、代謝として生み出された二酸化炭素を「呼吸」によって体外に排出します。ここに、植物特有の「光合成」が同時に行われるとどうなるか。降り注ぐ太陽の下では、呼吸によって消費する養分よりも、光合成によって蓄えられる養分の方が多くなるのです。

 動植物全てが、昼夜に関係なく「呼吸」をしていること、これが生きているということ。植物は、光合成によって養分を蓄える能力を持つため、陽の射すときは、養分の消費よりも貯蓄が大きくなる。陽が沈むと、呼吸によって養分は消費するのみ。この消費と貯蓄の差が、日増しに果実に蓄えられていくことで、養分に満ちた完熟の美味なるものへと姿を変えるのです。日照不足が、どのように影響するのかは、ご想像の通りです。では、昼夜の温度差は、どのように影響するのか。

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 果樹の場合、昼夜に呼吸していることは前述しました。あまりある陽射しによって光合成が成され、養分を消費よりも貯蓄するほうが上回ることで、その過剰の養分が果実に包含されてゆきます。陽が沈むと、果樹は呼吸によって養分は消費するのみ。夜明けまでの間、気温が高いと樹は活発に活動することになり、低いと鈍るのです。この消費量が少ないということが大切で、余剰な養分が果実に多く残ることに。これを繰り返すことで、寒暖差のない地域よりも間違いなく、養分に満ち満ちた、つまりは美味しさの詰まった果実が実るのです。

 では、全ての果樹を標高の高い山に植栽すればよいかというと、そうではありません。それぞれに適した温度帯があり、寒すぎても暑すぎても成長を止めてしまうのです。これは人もまた同じです。動物の冬眠とは、厳しい寒さを利用し、体内の活動を鈍化させ、養分の消費量を抑えることで春まで乗り切ること。冬が寒くならなければ、冬眠することもできず、生きるエネルギーを得るために、さまよい歩くことになるのです。

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 桃栽培の北限は、新潟県山形県のラインでした。「た」、このラインは過去形のものとなり、いまでは温暖化の影響で秋田県まで上がっているようです。暑ければ良いわけではなく、寒ければよいわけでもありません。亀山果樹園のある地は、本州中央に位置していますが、標高が高いこともあり「高冷地」と言われています。昼夜の温度差はあるものの、桃栽培においてはかなり厳しい自然環境であることは確かです。

 過去、2018年9月の台風21号と24号、特に24号の日本縦断の被害は深刻なものだったようです。早朝に果樹園の見回りに向かった時、惨禍な姿に変わり果てた樹々に、「ガックリ肩を落としました」と。「桃栗三年柿八年~」、実際には新植しても実を成すのに4~5年を要します。

 そして2019年では、4月は冷害によって開花したにもかかわらず、受粉せずに花を落とす「花ふるい」や結実不良を引き起こし、さらに6月には雹(ひょう)によって、緑果や葉が痛めつけられたようです。「農業は自然相手です。」と言い切る亀山さん。自然の厳しさを克服するのではなく受け入れるのだと。

 さらに、昨年2020年の記録的な梅雨の長さは記憶に新しいのではないでしょうか。長雨は日照不足により桃が美味しく熟さないこと加え、桃も体調を崩してしまうようで、いつもであれば抵抗できる病原菌に負かされてしまうのでうす。さらにジメジメ・ジトジトは病気の蔓延を導きやすくなりました。

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 山々に囲まれた風光明媚な大自然ゆえに、イノシシやシカの被害ばかりではなくクマまでも、美味しい果実を目当てに園地を訪問してくるようです。この招かれざる珍客は、闇深き中を甘い桃の香に誘われるかのように果樹園に入り込み、たわわに実る美味なる桃を貪(むさぼ)り食らう、まさに食べ放題のように。丁寧に一玉一玉を味わいながらお召し上がりいただければ、少しは心穏やかになろうものを…

 しかし、野生はそう一筋縄ではいかないものです。枝はバキバキに折られ、中途半端にかじった桃が点在している光景を目の当たりにした時には、怒りを通り越して苛(さいなさ)まれ、無感に襲われたように呆然と立ち尽くすのみ。他の桃産地であれば、イタチやタヌキにハクビシンという厄介者ですが、動物危険度が違いすぎ、身の危険すらあるのです。園地全体を囲うように柵を張り、防御しようとするも、この彼と動物のせめぎ合いは、いまだ終わりを見せようとはしておりません。

 抗しがたい自然に辛酸を舐めること幾度となく。「厳しい」と簡単に書くことができないほどの試練に直面しながら、「自然災害に負けない安定した収量を確保する為の対策も考える良い機会となりました」と、前向きなコメントが届きます。なぜ、亀山さんは「諦める」という選択肢を選ばないのか?

 

 亀山忠志さんが幼き頃より、この果樹園で素晴らしい品質の桃が実を成すことを、毎年のように見ていたからです。厳しい自然環境であることは百も承知。それを乗り越えた先には、最初の一口の出会いの瞬間(とき)に「香り」「甘さ」「食感」に感動していただける逸品との出会いが待っていること身をもって知っているのです。

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 この果樹園は、彼のお父様である亀山烈(いさお)さんが一代で築き上げました。開拓と同時に栽培ノウハウの試行錯誤を繰り返す日々だったことでしょう。しかし、彼もまたこの地で美味しい桃が実ることを肌身で感じていたはず。妥協することなく「美味しい桃」を実らせることを追求する弛まぬ努力が、父烈さんを「飛騨美濃特産名人」の認定へと導きました。そして、そのノウハウと心意気はそのまま息子さんの忠志さんへ引き継がれるのです。

 桃名人と称される父を持ちながら、「さらなる高みへ」という志は今なお衰えを見せません。栽培に関しましては、有機質肥料を主体とし養分の微量要素のバランスも考え、食味の良さ、栄養価の高い実を成すように。そして、農薬の使用は最低限に抑え、安心して皆様がお召し上がりいただけるように。彼は「努めています」と短い言葉で話をまとめていますが、弛まぬ努力と途方もない手間暇を必要としていることを忘れてはいけません。そして、まだあまり認知されておりませんが、岐阜県GAP(農産物の安全を確保し、より良い農業経営を実現する取り組み)を実施しており、昨年9月には県から認定されました。

 

 数々の試練を乗り越えながら桃栽培を続けることに、「桃名人」と称される父の存在は、どれほど心強かったでしょうか。家族という絆は、「優しさ」とは違う深い深いつながりであり、厳しさの中にも「子思う愛」がある。反面、「桃名人」の後を継ぐことに、忠志さんに気負いはなかったのか?ご本人に聞いてみました。

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 「正直なところ、若い頃は農業を継ぐ気はありませんでした。営業という仕事が楽しくて、黙々と農作業をこなすという事が自分には向いていないと思っていたからです。」と、今の後継者不足による農業の衰退を思えば、至極まっとうな考えだと思います。そして、農業を生業とはしない進路を進みます。

しかし、「父親が一代で築き上げてきた職業を、長男である自分が無くしてしまうことに対して申し訳ない気持ちが、心の中にありました。」と当時の心情を吐露してくれました。

 長男が継がなくてはならない、という考えは今や昔の話であることを、父である烈さんは感じていたのでしょう。家族での会話の中で、「継いでほしい」と思いつつも無理強いはせず、農業以外の進路に反対をしなかった。農業とは、自然に左右される不安定なものである、苦労と危険をともなうものを肌身で感じているからでしょう。息子には息子の人生がある。

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 この亀山果樹園存続の危機ともなる、この親子の決断が大いなる好機を導きました。「作業を手伝っているときに、ふと分野が違うだけで果物も商品だと思った瞬間があり、自分で作った物を自分で売る事もできるのだ!と思った時に、農業に対しての自分の中の思い込みが無くなり、視野が広くなった気がしました。」と、忠志さん。亀山果樹園の歴史が動いた時です。

 若かりし頃は、暑いわ重いわ疲れるわと、悪態をつきながら農作業の手伝いをしていたはずです。栽培しているこだわりの農産物が、あまりにも身近であったために、価値が分からなかった。それが、農から離れることで、父によって育まれたものが、どれほどの逸品であるかを知る由となるのです。父親の背中を見ながら成長しながら、その大きさを実感した時です。

 さらに、営業という職業を社会人として経験したからこそ、「自ら育てた逸品」を、「自ら販売する」という発想を生み出しました。日本全国に、桃の名産地が多々あるなかに、亀山果樹園としての販路を見出すことに、楽しみを見出したのです。そして、苦労を厭わず誠心誠意を込めて収穫したものを、自ら販売することで、我々消費者の声を聴くことができた。溢れんばかりの笑顔で「美味しい」と声は、職人冥利に尽きるというものです。

 忠志さんが「亀山果樹園を継ぐ」と心に決めると同じくして、父の偉大さを気付かされることになります。「桃名人」の称号は、生易しいものではありませんでした。

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 「プレッシャーは、ありました。絶対、比較されると…。」と。圧し潰されそうな重圧の中で、「それが逆に良いプレッシャーとなり、息子の代になって落ちたねと言われないよう、常にお客様に喜ばれる果物を作ろうという、強い向上心へと変わりました。まだまだ未熟ですが…」。慢心ではなく、未熟という気持ちが大切なのです。

 自然の機微を捉え反映しながら栽培方法を臨機応変に変えなければならない。この難しさは、経験に裏打ちされたものであり、マニュアル化はできません。父である烈さんの桃は美味しかったことでしょう。まだ父の桃を越えられない、と心の中で感じているかもしれません。経験を知識で置き換えることはできないが、補うことはできます。忠志さんの桃栽培とは、父のノウハウを踏襲しつつ、父とは別となる高みを目指しているのです。「妥協」を知らない彼には、一生「学び」がつきまといます。一段上れば、さらに上にもう一段。階段のように連なる先に、彼の追い求めるものがある、そう信じながら。

 「亀山果樹園 亀山忠志です。大自然に囲まれた果樹園の中で、季節を感じながら果物作りを楽しんでいます。農業は、天候に左右されやすい一面もありますが、お客様に、今年も美味しかったよ!と言っていただけるよう、努力と勉強を重ねていきたいと思います。」

 今年、2021年は、春に霜が降りたことによって、新芽が霜焼けとなり枯死、収量の激減を招きました。さらに、予想だにしなかった台風の進路によって、実を落とすばかりか、樹自体にダメージが加わることに。追い打ちをかけるように昨年ほどではないですが今年も7月に長雨が続き、これによって日照不足に陥ったのです。

 この状況は岐阜県のみならず、全国的に深刻なものでした。Benoitでも8月に桃を確保することが困難を極め、薄氷を踏むような桃産地の継投をしておりました。もし、桃が確保できずBenoitでピーチ・メルバがご用意できないとなると…皆様待望のデザートだけに、自分はホールに立つことができないのではないか…と。

 その最中に、待ちに待った亀山さんの「昭和白桃」収穫予想日の連絡が入ったのです。得も言われぬ安堵感に包まれ、どれほどの喜びを感じたことか。しかし、当日に「もう3日ほど待たせてほしい」との連絡が入ります。「桃の追熟で桃の持つ甘さが増すわけではなく、もぎ取る前に十分に桃に糖分を蓄えさせねばならない。」と亀山さんが教えてくれました。

 Benoitへは中途半端な桃は送れない、発送が遅れて迷惑がかかることは十分承知しているが、桃農家としいて妥協はできない。語らずとも、ひしひしと伝わる彼のプロとしての意気込み。桃の重みが違う…その桃がBenoitに集う。想いの詰まった彼の桃が美味しくないわけがない!

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 冒頭でご紹介したように、今回は「桔梗の花」→「桔梗紋」→「明智光秀」→「岐阜県」→「飛騨もも」という、こじつけで話を書いてみました。昨年の大河ドラマは、「麒麟がくる」、主人公は明智光秀です。冒頭で紹介した桔梗紋を旗印に、戦国の世を駆け抜けた逸材です。そこで、桔梗が咲き終わる前に、明智光秀の話を少しばかり。 

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 浪人から織田信長に仕えると、その卓越した才能を発揮し、織田家の中でも異例の出世をします。織田信長の天下統一に尽力するも、あと一歩という時に謀反を起こし、本能寺の変にて織田信長を討ち取ります。その後、明智光秀に味方するものは無く、京都府大阪府の堺にある天王山をめぐる攻防、山崎の戦いにて羽柴秀吉に敗れ、逃走中に土民の落武者狩りに会い、命を落とす。「天下分け目の天王山」という言葉は、この戦によって誕生したといいます。

 諸説では、彼の出生地が岐阜県可児市(かにし)にある長山城ではないかと言われています。岐阜県から東へ向かい美濃加茂市へ。亀山果樹園へは国道41号線を北上しましたが、南下し木曽川を越えると可児市に辿り着きます。その瀬田長山の地に、この長山城があったようです。今では「明智城址」として、その片鱗が残るものみ。生誕してからこの城が落城するまでの30年間を過ごしたと言われ、彼の才能はこの地で育まれたようです。

 1556年、長良川の戦いで、斉藤道三に味方した明智家当主、叔父の明智光安は、 道三が敗れたことで斉藤義龍の攻撃を受け落城しました。この時、明智家再興を託されたがために明智光秀は浪人となることを決め、落ち延びたのだといいます。数々の試練を乗り越え、脚光を浴びるようになるのは、10年後に朝倉義景一乗谷城足利義明と出会うまで待たねばなりません。

 「裏切り者」というレッテルを張られ、日本史に名を残す明智光秀ですが、前半生の詳細はほとんど解明されておりません。昔昔の一介の浪人だった彼の詳細など残っていようはずもなく、明智家が滅亡しているため伝承もままなりません。織田家家臣の中で、一国一城の城主となった最初の人物は、旧臣ではなく羽柴秀吉でもなく、明智光秀でした。現実主義の織田信長が、いかに明智光秀の能力を評価し、重用していたかがわかります。所領では税金を軽減し、治水工事を行うなど善政もみられ、はたまた連歌会を催すなど教養豊かな片鱗を見せている。

 しかし、「歴史は勝者が作る」のです。彼の時代に、明智光秀を正当に評価することなどなかったはず。なぜ、彼が本能寺の変に踏み切ったのか?時が下るにしたがい、多くの識者が考察するも、いまだ謎のままです。来年放送される大河ドラマ麒麟がくる」が、どのようなストーリーを我々に見せてくれるのでしょうか。きっと近いうちに撮影が再開されることを期します。

 明智家再興を託され、ひたに実践していき、天下をとりました。僅か11日間ではありますが、上り詰めたのです。無能な人物ができる偉業ではありません。文武両道に優れた天才だったのでしょう。国をまとめるため、ある種の厳しさが必要な中で、彼は優しすぎたのでしょうか。明智光秀は何を想い、滅亡へ突き進むことになったのかは、日本史上最大のミステリーです。

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 「秋近くなり、咲き誇る桔梗の花も、白露が消えてなくなるかのように花を閉じてゆき、そして時代は変わってゆくのです。」と、何とも不思議な繋がりを見せた31文字です。

秋ちかう 野はなりにけり 白露の おける若葉も 色かはりゆく  紀友則

 

 人間社会で生きるということは、国家も大企業も個人商店も、大小にかかわらず、いずれかは誰かに引き継がねばなりません。先人があまりにも偉大であれば、その重圧は並々ならぬものでしょう。どれほど難しいかは歴史が教えてくれています。

 しかし、見事なまでに引き継いだ者もいます。亀山忠志さんが帰農することを決意したことは、離農したからこそ、その心意気は本物です。美味しいものを皆様に届けたい、この強い想いが、きっと成功に導くはずです。亀山果樹園さんが、忠志さんに引継がれ、新たに「桃名人」の称号を得ることを信じております。

 

≪季節のお話 「言の葉はあはれおよばぬ撫子の花」≫

 平安時代の美的理念を表現する言葉に、風情がある、趣きがある、美しい、というような意味の「をかし」というものがあります。清少納言は、随筆「枕草子」の中でこの「をかし」をランク付けするように紹介していいます。その中で、「草の花は撫子(なでしこ)」と彼女は書き遺しました。

自分の「言の葉もあはれおよばぬ」ものですが、知っているようで知らないナデシコの花をご紹介させていただきます。

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≪晩生のピーチ・メルバを楽しまずして、9月は終われません!≫

 晩生(おくて)の桃を使ったデザート「ペッシュ・メルバ(ピーチ・メルバ)2021」をご案内せずして、自分は10月を迎えることはできません。そうなのです、皆様!このデザートの美味しさを楽しまずして、9月を終えることはできません。

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≪ピーチ・メルバ2021の全貌を公開!≫

 どれほど美味しいのかお伝えることはできませんが、どうしても皆様に2021年版ピーチ・メルバをお勧めしたく、自分の持ちうる言の葉を使い、それぞれのどのような「葉(パーツ)」であるのかを説明させていだきます。皆様には、それぞれの「葉(パーツ)」を知っていただき、どのような「樹(デザート)」であるかをご想像いただけると幸いです。

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9月お勧め料理「エイヒレのムニエル」≫

 エイヒレとはその名の通り「エイの鰭(ひれ)」です。北日本で「かすべ」として親しまれている食材ながら、まだまだ周知されるにいたっておりません。しかし、フランスではエイヒレは馴染みの食材であり、ビストロでは欠かすことができません。。伝統料理として確固たる地位を確立している、「グルノーブル」というスタイルとは、いったいどのような料理なのでしょうか?

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≪エイヒレグルノーブルの出会いについて考えてみました…≫

 フランスのビストロ料理として欠かせない「エイヒレのムニエル」。我々日本人には馴染みのない食材である「エイ」、それがグルノーブルという調理スタイルで仕上げた逸品は、美味しいからなのでしょう、今なお多くの人々に愛され続けられている料理です。そもそも、グルノーブルとは何を意味しているのでしょう。そして、どうしてエイなのでしょう。皆様、気になりませんか?

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≪特選食材「六条大麦」を使ったお勧め料理のご紹介です!≫

 六条大麦の国内シェア約3割を有し、堂々たる全国1位の生産量を誇るのが福井県。6月初旬に麦秋を迎えた「六条大麦」がBenoitに届いています!さあ、この栄養価満点に旬の食材を、Benoitではどのような料理に姿を変えるのでしょうか?

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≪初秋特別プランのご案内です。≫

 気がつけば、蝉の諸声(もろごえ)が止んでいる…

 コロナウイルス災禍が猛威を振るう中でも、季節は巡り去ってゆく。蝉は我々に秋の到来を教えてくれた気がします。そして、季節と同じように、旬と呼ばれる季節の食材も巡り去ってゆきます。彼らに「待つ」という優しはありません。そこで、この機を逃してはならないとの思いから、「初秋」と銘打った特別プランと、個室貸切プランをご案内させていただきます。

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北平のBenoit不在の日

 私事で恐縮なのですが、自分がBenoitを不在にしなくてはならない9月の日程を書き記させていただきます。滞りがちだったご案内を充実させるべく、執筆にも勤しませていただきます。ご不便をおかけいたしますが、ご理解のほどよろしくお願いいたします。緊急事態宣言如何によって変更の可能がございます。ご不便をおかけいたしますが、ご容赦のほどなにとぞよろしくお願いいたします。

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 最後まで読んでいいただき、誠にありがとうございます。

 今年の辛丑が始まりました。その「辛」の字の如く優しい年ではないかもしれません。しかし、時は我々に新地(さらち)を用意してくれている気がいたします。思い思いの種を植えることで、そう遠くない日に、希望の芽が姿をみせることになるでしょう。

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 「一陽来復」、必ず明るい未来が我々を待っております。そう遠くない日に、マスク無しで笑いながらお会いできる日が訪れることを願っております。皆様のご健康とご多幸を、一刻も早い「新型コロナウイルス災禍」の収束ではなく終息を、青山の地より祈念いたします。

 

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬

www.benoit-tokyo.com

2021年9月 Benoitお勧め料理「エイヒレのグルノーブル風」のご紹介です。

残暑お見舞い申し上げます。

 

 まだまだ暑い日々が続きますが、朝晩は思いのほか風に涼しさを感じるものです。そういえば、この「涼しい」やら「涼風(りょうふう)」というのは、夏の季語になっています。そして初秋ともなると、「初涼(しょりょう)」や「新涼(しんりょう)」へと表現が変ってゆきます。暦の上では、8月7日に「立秋」を迎えているので、秋が始まっています。しかし、自分の中ではまだまだ晩夏であり、「新涼」というよりも、「涼風」である気がするものです。

 なにやら言葉遊びのようですが、これは古人のまさに遊び心のある言葉選びなのだと思うのです。暑さの度合いに違いはあるとは思いますが、今も昔も夏は暑いものです。そして、秋ともなると少しは過ごしやすい日々となります。

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 昔は今のようにエアコンなどあろうはずもなく、人々は川辺や木陰などに涼をもとめたはず。清流に足先を落としたり、水しぶきを浴びたり、木陰を吹き抜ける風を浴びたり。思うに、気温が下がっていることはないですが、水が気温よりも冷たいからこそ感じる涼しさであり、水しぶきや汗による気化熱の作用で体温が下がる涼しさのこと。夏は気温そのもとというよりも、体感温度に及ぼす「涼しさ」を意図している。これに対して、秋は気温そのものが低くなるからこその「涼しさ」だと考えています。

 今の時期の朝晩は、確かに気温も下がり、風にも涼しさを感じます。ただ、半袖の衣服を着用していている時点で、我々は体感温度の「涼しさ」を求めている気がします。これが、半袖で玄関から踏み出したとき、「あ!少し肌寒いかな?」と、何か羽織るものを考えた時、気温そのものが下がった「涼しさ」であり、「新涼」「初涼」の到来と考えたのではないかと思うのです。

 さて、夏の涼しさと秋の涼しさ、皆様はいったいどこで線引きしますか?

 

 雄大な大海原を、まるで自らの優雅な時を謳歌するかのようにゆったりと羽ばたくかのように泳ぐマンタの姿は、海の中だからという理由以外にも、魅せられた者に得も言われぬ涼しさを与えるものです。このマンタ、正式名称は「オニイトマキエイ」といい、その姿からも想像がつく通りエイの仲間で、エイ目トビエイ科に属します。エイの多くは、羽ばたくように泳ぎはするものの砂地の海底で佇(たたず)んでいたり、ゆらゆらと海の底でエサを探していたりもします。オニイトマキエイは、休憩の時すら水面近くで浮いてるといい、トビエイとは生態を熟知しているからこその的を射た表現ではないでしょうか。

 今回の特選食材は、もちろんトビエイのマンタではありません。海底で佇んでいる方のエイ、「ガンギエイ」です。日本を含めた温帯域の海を棲みかとしており、「アカエイ」とともに、日本でも「カスベ」という名前で北海道や青森を中心に流通しています。そもそも、この「カスベ」といのは、北海道の方言でエイのことをいうようです。

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 エイの特徴といえば、背と腹で圧し潰されような縦扁(じゅうへん)という平らな姿をし、体とは区別がつきにくい大きな胸ビレではないでしょうか。この胸ビレを、鳥が飛ぶ時の翼のように波打つようにし動かして泳いでいます。日本ではエイヒレといいますが、フランスでは「Aile de Raie (エル・ドレ)※難解なRの発音!」です。「Raie」はエイのことを意味しているので、これは「エイのaile」ということに。では、この「aile」はというと…決して「ail(アイユ)」のニンニクではありません。「aile(エル)」は「ヒレ」ではなく「翼」という意味です。

 

 日本の食用エイでは、「アカエイ」が主流です。皆様が想像しやすいエイの姿をしており、高さの低い縦扁の姿なために、両翼が大きく薄いことが特徴です。そのため、焼くというよりも、煮付けにすることが多いようです。乾燥させて焙って食べたりする「エイヒレ」は、酒の肴(さかな)として馴染み深い逸品ではないでしょうか。

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 今回の「ガンギエイ」は、この両翼がコンパクトなため厚みがある。まして、ブルターニュ地方の北に広がるドーバー海峡の激しい海流にもまれにもまれたいるからこそ、さらに肉厚な「Aile de Raie (エイの翼)」なのです。日本からは地球の地軸に対してほぼ反対に位置しているフランスから。鮮度が重要な食材だけに、現地で捌かれた後、間髪入れずCASシステムと呼ばれている瞬間冷凍の技術を利用します。そして、「エイの翼」は飛行機の翼を利用し飛んできたのか、はたまた船に揺られて来日したのか、とにもかくにもBenoitに届いています。船の舵(かじ)も、なんとなく「エイの翼」のように見えなくもない…

 

 我々には「エイヒレ」という名前の方が分かりやすいので、以下エイヒレという表現で書かせていただきます。「エイヒレ」は、白身ではあるのですが、ふるふるっという身質に加え、少しぷるっとしているのが特徴でしょう。カレイやヒラメでいうエンガワのようなものであり、それが大きく肉厚である。そして、ヒレを支える軟骨も、コリコリと口中を楽しませてくれます。ぷるっということは、そう、「コラーゲン」がたっぷりです。

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 このエイヒレを、フランスの伝統料理でありながら、ビストロ料理として確固たる地位を確立している、「グルノーブル」というスタイルに仕上げます。ココットの中にたっぷりのバターを加え、ゆっくりと溶かしてゆきます。ふつふつと泡立つのと同時に、バター特有の甘い香りが立ちのぼる。そこへ、丁寧に下ごしらえを施したエイヒレを入れる。ジュワジュワッと心地良い音がココットから漏れ出で、香りにも磯の雰囲気が加わったようだ。熱々のバターを、スプーンを使ってエイヒレの上から幾度となくふりかける。ココットにスプーンが当たるカシャカシャという音の後に、ピチピチッとバターの気泡が弾け、香ばしい香りが周囲に漂い始めます。

 

 エイヒレにしっとりと熱が入った後に、その旨味が加わったバターの中へケッパーとレモン、そしてクルトンを加えます。香ばしいバターの風味に、ケッパーの旨味とレモンの心地よい酸味が加わり、その美味しいソースがカリカリのクルトンに染み入る。こ

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れをエイヒレにまとわせるようにして完成。これぞ、グルノーブル料理なり。

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Aile de RAIE à la grenobloise, épinards juste tombés

フランス産エイヒレのムニエル グルノーブル ほうれん草

※プリ・フィックスメニューの主菜として、ランチ+1,500円/ディナー+1,000円でお選びいただけます。

 

≪季節のお話 立秋があるからかこそ気になる一首」≫

 「涼しさ」というものを、体感的に感じるのか、実際の気温で感じるのか。冒頭で勝手な持論を書いてみましたが、なかなかに説得力があるのではないでしょうか。そうすると、同じ「涼しさ」という言葉でも、思い浮かぶ風景は少しばかり変わってきます。こう考えながら、藤原季経(すえつね)の一首を詠(なが)めてみると…つい気になってしまいます。季経が詠(うた)ったのは、「立秋」の前?それとも後?

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≪エイヒレグルノーブルの出会いについて考えてみました…≫

 フランスのビストロ料理として欠かせない「エイヒレのムニエル」。我々日本人には馴染みのない食材である「エイ」、それがグルノーブルという調理スタイルで仕上げた逸品は、美味しいからなのでしょう、今なお多くの人々に愛され続けられている料理です。そもそも、グルノーブルとは何を意味しているのでしょう。そして、どうしてエイなのでしょう。皆様、気になりませんか?

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≪特選食材「六条大麦」を使ったお勧め料理のご紹介です!≫

 六条大麦の国内シェア約3割を有し、堂々たる全国1位の生産量を誇るのが福井県。6月初旬に麦秋を迎えた「六条大麦」がBenoitに届いています!さあ、この栄養価満点に旬の食材を、Benoitではどのような料理に姿を変えるのでしょうか?

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≪初秋特別プランのご案内です。≫

 気がつけば、蝉の諸声(もろごえ)が止んでいる…

 コロナウイルス災禍が猛威を振るう中でも、季節は巡り去ってゆく。蝉は我々に秋の到来を教えてくれた気がします。そして、季節と同じように、旬と呼ばれる季節の食材も巡り去ってゆきます。彼らに「待つ」という優しはありません。そこで、この機を逃してはならないとの思いから、「初秋」と銘打った特別プランと、個室貸切プランをご案内させていただきます。

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≪季節のお話 「言の葉はあはれおよばぬ撫子の花」≫

 平安時代の美的理念を表現する言葉に、風情がある、趣きがある、美しい、というような意味の「をかし」というものがあります。清少納言は、随筆「枕草子」の中でこの「をかし」をランク付けするように紹介していいます。その中で、「草の花は撫子(なでしこ)」と彼女は書き遺しました。

 自分の「言の葉もあはれおよばぬ」ものですが、知っているようで知らないナデシコの花をご紹介させていただきます。

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≪晩生のピーチ・メルバを楽しまずして、9月は終われません!≫

 晩生(おくて)の桃を使ったデザート「ペッシュ・メルバ(ピーチ・メルバ)2021」をご案内せずして、自分は10月を迎えることはできません。そうなのです、皆様!このデザートの美味しさを楽しまずして、9月を終えることはできません。

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≪ピーチ・メルバ2021の全貌を公開!≫

 どれほど美味しいのかお伝えることはできませんが、どうしても皆様に2021年版ピーチ・メルバをお勧めしたく、自分の持ちうる言の葉を使い、それぞれのどのような「葉(パーツ)」であるのかを説明させていだきます。皆様には、それぞれの「葉(パーツ)」を知っていただき、どのような「樹(デザート)」であるかをご想像いただけると幸いです。

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岐阜県の飛騨もも「亀山果樹園」のご紹介です。≫

 今回の訪問先は、高山市の南に位置している久々野町に居を構える「亀山果樹園」さんです。標高750mの高冷地の大自然の中に2.5haの園地を有し、今は二代目園主の亀山忠志さんが陣頭指揮を執っています。甘く香り高い高品質の果実を皆様へお届けすべく、研鑽に励む日々。どのような果樹園なのか、少しばかり岐阜県を観光するようにご紹介させていただきます。

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北平のBenoit不在の日

 私事で恐縮なのですが、自分がBenoitを不在にしなくてはならない9月の日程を書き記させていただきます。滞りがちだったご案内を充実させるべく、執筆にも勤しませていただきます。ご不便をおかけいたしますが、ご理解のほどよろしくお願いいたします。緊急事態宣言如何によって変更の可能がございます。ご不便をおかけいたしますが、ご容赦のほどなにとぞよろしくお願いいたします。

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 最後まで読んでいいただき、誠にありがとうございます。

 今年の辛丑が始まりました。その「辛」の字の如く優しい年ではないかもしれません。しかし、時は我々に新地(さらち)を用意してくれている気がいたします。思い思いの種を植えることで、そう遠くない日に、希望の芽が姿をみせることになるでしょう。

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 「一陽来復」、必ず明るい未来が我々を待っております。そう遠くない日に、マスク無しで笑いながらお会いできる日が訪れることを願っております。皆様のご健康とご多幸を、一刻も早い「新型コロナウイルス災禍」の収束ではなく終息を、青山の地より祈念いたします。

 

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬

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2021年9月 Benoit「エイとグルノーブルとの出会い」を考えてみました。

Aile de RAIE à la grenobloise, épinards juste tombés

フランス産エイヒレのムニエル グルノーブル ほうれん草

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 2021年8月9月と月をまたぎ、ランチ・ディナーともにプリ・フィックスメニューの「シェフのお勧め」の枠内に名を連ねるメインディッシュです。日本では馴染みのない食材であるエイヒレを使い、グルノーブルというスタイルの調理方法で仕上げる、このフランスの伝統料理は、いまでもビストロの定番料理としてゆるぎない地位を獲得しています。バターに、ケッパーとレモン、そしてクルトンを加えるこの調理方法は、今もそのレシピは変わらず、好みによって分量が変わる程度のものといいます。ところで、この「グルノーブル」とは何を意味している言葉なのでしょうか。

 

 Grenoble(グルノーブル※以下、地名はアルファベット表記、料理名はカタカナ表記とさせていただきます。)は、フランス南東部に位置している都市で、Isére県の県庁所在地です。1968年の冬季オリンピック開催地としてご存知の方もいらっしゃるのではないでしょうか。ドラック川とイゼール川が街中を流れ、車で30分も走ったところには、3000m級の山々が峰を連ねるアルプス山脈が聳(そび)える、まさに風光明媚な景観とはここのことかと思ってしまうほどの美しさです。パリからTGVで約3時間、リヨンからは電車で約90分と大都市からのアクセスも良好ということもあり、夏の登山や、冬のウィンタースポーツを楽しむ観光客の玄関口となっているようです。

 2016年、フランスの地域圏(région)の再編が行われ、Grenobleのあるイゼール県は、オーベルニュ・ローヌ・アルプ地域圏という大きな枠に組み込まれています。それ以前は、ローヌ河の東側から国境となっているアルプス山脈までの地、ローヌ・アルプ地域圏でした。経済ではなく、地理として考えると、旧地域圏はその特色が現れており理解しやすいものです。

 アルプス山脈の麓(ふもと)は、緩やかな傾斜をもつ裾野(すその)が広がっており、昔から酪農が盛んだったようです。牛乳そのままでは日持ちがしないため、いかに栄養価を維持しながら保存性を上げるか。この地の人々が生き抜く上での英知の結晶が、トム・ド・サヴォアやグリュイエールなどの「山のチーズ」です。その名声は、今も色褪(いろあ)せることはありません。

 この「山のチーズ」の原料は牛乳です。山羊や羊も飼育しているとは思いますが、牛に比べて飼育頭数は微々たるものであり、ミルクの量も及びません。この豊富な牛乳からは、チーズばかりではなくバターも作られていたはずです。その地の特産が伝統的な地方料理に反映されます。石がごろごろしている地が多いために牛の飼育が難儀なプロヴァンス地方が、オリーブオイルを多用します。その北に面するGrenobleでは、平面上の地図ではお隣でありながら、容易に手に入るバターが、日々の食事の中で欠かせない食材になっていたと思うのです。もちろん、オリーブなど栽培できる環境ではありません。

 

 すでにお気づきかと思いますが、Grenobleは山岳都市。およそ海産物とは無縁なほどに地中海からは距離があります。そのため、魚料理といえばマス(truite)やヨーロッパイワナ(omble de chavalier)などの川魚を使ったものばかりであるということは、想像に難くはありません。淡水魚は、淡白な白身なだけに、バターで調理したほうが旨味とコクが加わり美味しいものです。

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 ふつふつと泡立つバターの中で、小麦粉をまぶした魚を焼き上げる調理方法は「ムニエル」といい、フランスでは一般的な調理方法です。牛の飼育が盛んな地であれば、潤沢にあるバターを使ったムニエルに、さらにアレンジされたスタイルが確立され、伝統料理として今もその名を残しています。その一つが、今回の「グルノーブル」。ムニエルした後に、レモンとケッパー、そしてクルトンを加えたものです。

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 ふっと疑問が頭をもたげる。料理名にグルノーブルと名前が入る以上、Grenobleが発祥の地であると考えても良いと思います。地方の伝統料理には、その地の特産が使われるからこそ、連綿と引き継がれてきた。そう考えると、Grenobleは山岳地域なので、日本でも西日本でしか栽培の適わないレモンや、地中海沿岸が主産地であるケッパーは、栽培することが不可能な食材です。

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 さらに、Grenobleから地中海へは南へ進めば一番近いとはいえ、直線距離でもほぼ180kmはある。しかし、南と東は峻嶮なる峰々が聳(そび)えているため、南の山塊を迂回するような道のりは、とても海から近いとは言い難いもの。エイヒレはGrenoble(街名)でグルノーブル(料理名)に出会ったのでしょうか?

 

 ここからの話は、自分の推論です。調べていった中で自分が納得のいくストーリーを書かせていただきます。あながち間違ってはいない気もするのですが、はっきりとした確証があるわけでもありません。フランス料理店に勤務している一スタッフの「ひとりごと」として、読んでいただければ幸いです。

 

 人々が集うことで村ができ、村どうしを繋ぐ道が作られ、その道によって人々が行き交うようになると、要所要所に町が形成されるようになります。村にしろ町にしろ、その地が受け入れることのできる人数の規模でしか発達しないものです。では、その地が受け入れることのできる人数制限は、何で決まるのか。以下の3点だと考えます。

  • 水の確保
  • 居住地の広さ
  • 人々を養う食料を得るための耕作地

 生きとし生けるものにとって必要不可欠のものが①であり、飲料水はもちろん、生活用水としても欠かせません。湧水や清流であれば喜ばしい限りですが、そこまで山奥に行くと、②と③が確保できなくなります。いかに②を確保したところで、人を養うほどの食料を得るための、耕作地を確保しなくては生活を続けることはできません。

 上記を全て満たすとなると、大きな町を造ることができません。そこで、食料を栽培する耕作地を周囲の地に託し、食料として運び込むことで大人数を養うことを考えたのです。これによって都市が誕生しました。都市には、水の道と、周囲から食料などの必要物資を運び込むため道が必要不可欠です。例えば大都市「江戸」には、墨田川に加え、飲用のため神田上水玉川上水という水の道があり、五街道という物資の道が整備されています。

 フランスに目を向けようと思います。以前、フランス本土の形をした型というかパネルというか、ついつい衝動買いしたものを思い出し、引っ張り出してきました。そこには、フランスの県名と県庁所在地の街名が印字されており、街の位置は小さな丸を穿(うが)っています。名立たる地名が並ぶフランス北部の画像が下です。黄色の丸で囲んだ街の名前は、右回りに上から「Rouen(ルーアン)」「Paris(パリ)」「Orléans(オルレアン)」「Blois(ブロワ)」「Tours(トゥール)」「Angers(アンジェ)」と、世界史に街名が登場するほどの主要都市です。

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 この地図の優れたところは、2枚組になっており、この2枚目には、川と標高の違いによって色変えをした山が印刷されているのです。そこで、重ねてみると…分かり難いですが、黄色の丸で囲んだ街名の位置を記した穴が、ものの見事に川に重なるのです。セーヌ川は、「Paris(パリ)」を通り「Rouen(ルーアン)」抜けてドーバー海峡へ。ロワール川は、古城で名立たる街「Orléans(オルレアン)」から「Blois(ブロワ)」へ、そして「Tours(トゥール)」に「Angers(アンジェ)」と通り、大西洋へと注ぎます。

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 では、フランス南西部へ。下の画像の上から時計回りに「Lyon(リヨン)」、「Grenoble(グルノーブル)」、「Avignon(アヴィニョン)」と、黄色の丸で囲みました。一見、何も関係ないように居並ぶ街ですが、川・山が記されている2枚目を重ねてみると…

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 見事にローヌ川と符合します。右上にスイスとの国境をなすレマン湖があり、その先にあるサン・ゴタール山塊に端を発する。山々にぶつかり迂回するように東から流れてくるローヌ川が、北からの支流ソーヌ川と落合う場所が「Lyon」で、そのまま南下して「Avignon(アヴィニョン)」を経由して地中海へと注ぎます。この両都市の中間に位置してるのが「Valence(ヴァランス)」の、少し北側で、ローヌ川は支流イゼール川と落合います。この支流を右往左往と上流へと向かうと、今回のテーマとなっている「Grenoble(グルノーブル)」の町に辿り着きます。ちょうどこの町が、イゼール川とその支流ドラック川が落合う場。

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 世界遺産となっている全長275m、高さ49mの巨大な橋ポン・デュ・ガールは、ガール川を横切るように架かる水道橋です。「Uzès(ウゼス)」という町から、人口が増えていった当時ネマウススと呼ばれた「Nîmes(ニーム)」までの約50kmにも及ぶ水の道の一部。およそ2000年前にローマ人によって作られ、6世紀頃まで実際に使用されていました。Avignonのすぐ左にNîmesの街があります。

 前述したように、人が集い生活を営むにあたり、水の確保がなによりも重要な課題でした。特に、ローマ時代には共同浴場のように、水を潤沢に使用することが何よりも富の象徴でもあったようです。日本のように多雨な気候ではないため、この水資源を確保するための一番の良策は、雄大な大河の脇に街を作り上げることです。清流ではないかもしれませんが、この水資源によって上下水道を備えることを可能にしました。

 そして、山間(やまあい)を抜けた川の流れは緩やかとなり、その川岸には耕作地に適した地が広がります。さらに、川を利用しての水運は、陸上輸送とは比べることのできない物資に輸送を可能としたのです。そのため、川が落合う場所や、人々が集うに適した開けた地に、街が形成されてゆきました。

 Lyon(リヨン)が「食の都」と評されている理由は、ローヌ川の水運を使うことで、海産物と陸産物の交易の地として最適な場所であったからと考えています。この町から北はワイン銘醸地であり、東西には酪農による乳製品や農産物の銘産地、さらに鴨やブレス鶏など家禽類も美味とくる。内陸の地でありながら、Morue(モリュ)という、塩干乾燥タラを使った伝統料理があることは、なによりの証ではないかと思うのです。そして、この交易は海産物に限らず、南フランスの特産品や国外からの輸入品にまで及んだはずです。食材に限らず、Lyonからは、絹織物も旅立って行ったことでしょう。

 全ての商人(あきんど)が、水運の良さに従いLyonへ行ったのでは、相場は下がる一方で大手には敵いません。そこで、野心家は考えた。大きな船では辿り着きにくい支流を上がっていこう、と。イゼール川を遡って進むと、そこにはアルプスのお膝元ともいえる地Grenobleがありました。彼らは、ここで山の幸と海の幸との交易に加え、南フランスの特産品も持ち込んだと考えると、グルノーブルという料理に必要なケッパーやレモンであることも、合点がいくのではないでしょうか。

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 ここから知っているようで知らない「エイ」の話です。

 魚類は、「無顎(むがく)類」と「軟骨魚類」、そして最も繫栄している「硬骨魚類」の3つに大別できます。軟骨魚類とは、体のすべての骨が弾力性のある軟骨でできた魚のことで、約5億4300万年前の古生代カンブリア紀に出現した魚類は、全て軟骨で体を支えていたといいます。その中で、顎(あご)の骨があるものとないものに分化する。無顎類の魚は、その字の如く、顎骨が無いため、丸口で吸いつくように捕食する至極原始的な体の構造をもっています仲間です。ほとんどが絶滅するなかで、ヤツメウナギヌタウナギが今なお生存し続けています。

 顎骨をもつものが軟骨魚類として進化を続ける中で、硬い骨で体を支える魚類が誕生しました。それが硬骨魚類です。その中にあり、我々に馴染みの魚群を真骨魚類と総称されています。日本人にとって、一部の熱帯魚以外で名前を耳にする、スズキやアンコウ、カレイにコイなど、ほぼほぼ全てがここに収まります。

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 しかし、今回のテーマであるエイは軟骨魚類に分類されています。その中でも最も分化され、世界に約450種、日本近海には70種が生息しているといいます。生息域も、沿岸域から深海底まで、さらには熱帯の淡水にまで及ぶのです。エイまで多種に及ばないものの、同じ軟骨魚類の中にサメがあり、このグループで最も繁栄しているのが、この2種です。

 魚類が魚類である所以は、水の中で呼吸するために「鰓(えら)」があること。水または海水は口から取り込みこまれ、鰓を通り、後方にある「鰓孔(えらあな)」から抜けてゆきます。よく見かける硬骨魚類は、体の側面に一対しかありませんが、軟骨魚類は数対をあります。そういえば、サメは両サイドに鰓孔がいくつかあるのが見て取れます。ではエイは?

 左右の両サイドではなく腹面、下側にあります。この違いが、「サメ」と「エイ」を分類する重要なポイントです。図鑑やネットで姿を見てほしいのですが、「サカタザメ」は前の半分がエイのようで、後の半分はサメのような姿をしています。「サメ」と名前がついていますが、エイに分類されます。それと、「カスザメ」は、エイのような姿をしていますが、鰓孔が側面にあるため、サメの仲間です。

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 硬骨魚類にはない軟骨魚類の特徴として、歯が次々に生え代わることと、楯鱗(じゅんりん)と呼ばれる歯と同じ構造をもつ鱗(うろこ)をもつこと、浮き袋がないことが挙げられます。わさびを擦り下ろすために、鮫皮(さめがわ)を使うのも、この楯鱗だからこそ。硬骨魚類では、体内に浮き袋があり、ここに気体を溜めることで体重と同じ程度の浮力を得ることになり、上下左右にと水中を自由に動き回ることができるようになります。この浮き袋がないと、体は沈んでいく一方で常に体を海底から浮かせる力を維持し続けなければなりません。弱肉強食の自然界の厳しさの中、これほど余計な体力を消耗し続けていなくては生き抜けないと思うのですが…

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 そこで、軟骨魚類は生き抜くために体を進化させていった。浮き袋を手に入れることは生態的に無理だったのでしょう。彼らは尿素を身体(からだ)にため込むことで、自然淘汰の荒波を乗り越えてきた。いや、海の中でゆうゆうと潜(くぐ)り抜けてきたというのでしょうか。では、この尿素とは何ぞや?漢字から想像するに、なにやらばっちいものを想像してしまうのですが、動物にとって欠かせないものです。我々馴染みのハンドクリームの成分表をみると…肌の保湿には必要不可欠な成分です。

 人間を含めあらゆる動物は、活動のエネルギーを得るため、そして成長してゆくために代謝(たいしゃ)を行い続けます。タンパク質はα-アミノ酸に分解され体に摂りこま、代謝によって有用な成分と有毒なアンモニアを生成してしまう。このアンモニアは、血液によって肝臓に運ばれ、この臓器のオルニチン回路によって無毒の尿素へと姿を変えます。そして、余分な尿素は腎臓によって尿として体外に排出されるのです。

 魚類にとって、つねに水の中で生活するため、浸透圧調整が必要不可欠な能力です。海水魚の場合、自分の身体よりも海の塩分濃度が濃いため、体内の水分がどんどん抜けていってしまいます。反対に淡水魚は体内の塩分濃度の方が高いため、体内の塩分濃度下げるために水分がどんどん体の中に入ってきます。水棲生物でありながら、淡水魚が海水で、その逆も生きてはいけない理由はここにあります。

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 さあ、軟骨魚類が、この尿素を身体に溜め込む理由が、なんとなく想像がついたのではないでしょうか。決して肌の保湿のためではありません。尿素が海水よりも比重の軽いことを利用し、身体(からだ)に溶け込ますことで、硬骨魚類の浮き袋のように浮力を得ていたのです。さらに、海水と同じくらい濃い体液・濃い血液を作り出すことになり、浸透圧による体内の濃度調節の必要がないのです。硬骨魚類は、変化する体内の塩分濃度を、飲水や尿による塩分の排出によって維持します。軟骨魚類はその必要が無いため、ほとんど水を飲まないといいます。

 サメやエイの軟骨魚類にとっては生きていく上で必要不可欠な尿素が、捕食者である我々にはなかなかの厄介者でした。硬骨魚類は、死後数日も経つと生臭さがでてきます。しかし、サメもエイも美味しい魚でありながら、時間の経過とともに生臭さではなく、鼻をつんざくようなアンモニア臭を発するのです。なぜ?尿素は無味無臭なのに…理由は、微生物がこの尿素を分解してしまい、アンモニアに戻してしまうからでした。

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 サメもエイも鮮度が良いと美味しい魚です。このアンモニア臭は腐っているわけではなく、微生物のいたずらなため、魚自体の美味しさは変わりません。人によっては、このアンモニア臭の香りが美味しさを引き立てると言うのです。しかし、この香りはなかなか万人受けするものではありません。我々がサメやエイを美味しくいただくことを妨げている、一番の理由です。

 

 ところが、先人たちは、この厄介者のアンモニアを利用することを考えたのです。アンモニアのおかげで、軟骨魚類は腐りにくい!冷蔵技術の発達していない時代に、山間(やまあい)の村々で食べることのできる海の幸だったのです。今でも山陰地方の山間部では、「わに肉/わに料理」として名物のひとつになっています。

 お刺身としていただくにも、焼いていただくにも、やはり刺激のあるアンモニア臭が困りものです。「クサヤ」のように、慣れると病みつきになってしまうものかもしません。しかし、この香りが無くなることで、もっと馴染みやすい食材になるというものです。古人は多くのことを試したのでしょう。試行錯誤する中で、ミカンやユズ、そしてカボスのような柑橘に浸すのが効果的だと知ったのです。山陰地方の南側には瀬戸内海があり、まさに柑橘の宝庫。出会うべくして出会ったのでしょう。柑橘に含まれるクエン酸が、アンモニアと反応することで、クエン酸アンモニウムに変わり、臭みがなくなるのです。

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 料理とは、「理(ことわり)を料(りょう)るもの」であり、美味しく、安心・安全に食べるための知識であり技術です。鮮度の良い食材が多く手に入る地では、シンプルに生食や、焼く蒸すなどの調理で十分美味しくいただけます。しかし、生きるために食材を確保することが困難な地では、いかに保存して食いつないでゆくか。さらに、その保存食をさらに美味しく食べることができないかと、試行錯誤の後に見つけ出したものが、伝統料理として今も息づいているものです。

 エイは、地中海にも生息しています。プロヴァンス地方の港で水揚げされ、すぐに調理されてしまえば、そのまま美味しくいただけるのです。その美味しさを知っているからこそ、彼らは保存食に加工することで、ローヌ川を上った内陸の地へ運べないものかと考えた。冷蔵技術のない時代であれば、沿岸の民もエイがアンモニア臭を放つことを知っていたはずです。そして、誰かが口にしたのでしょう…臭いけれども、腐っているわけではなく、美味しいことに気がついた。これはいける!

 彼らは、エイばかりではなく他の食材とともにローヌ川を遡(さかのぼ)ったはずです。そして、食の都と称されるLyonに辿り着く。しかし、他の多くの逸材に埋もれてしまい、エイの魅力はかすれるばかり。そこで、支流を上がりさらに山間部へと向かうことにした。さらなる時間を要するため、多くの海産物は腐敗したことでしょう。しかし、エイだけはアンモニア臭があるが腐っていなかった。いや、アンモニアのおかげで腐らなかった!

 Grenobleは山岳都市です。かつては、山の幸は豊富でも、海の幸は皆無といってもいいでしょう。この街の人々が、水運によって持ち込まれたエイという食材に出会った時、アンモニア臭はするが腐っていない海産物を手にした感動は一入(ひとしお)だったことでしょう。彼らは考え実行したはずです、どうしたらこの香りを消せるのか…。答えは同じ船の積み荷にあったのです。南仏特産のレモン!もちろんレモンは柑橘でありクエン酸を多く含みます。日本の山陰地方の人々と同じことに着目したのです。

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 ここに「エイヒレグルノーブル料理」が誕生した。Lyonのように食材の宝庫では、この着想はなかったでしょう。しかし、この料理が美味しかったからこそ、Lyonのブション(ビストロの前身)と呼ばれるレストランでお目見えしたことでしょう。美味しいからこそ伝播してゆく。ついにはParisのビストロで、セーヌ川の水運がもたらしたエイヒレと出会ったことで、ビストロ伝統料理へと昇華し、今なおエイの料理として色褪せることはありません。

 Grenobleで発案されたグルノーブルという料理スタイル。当初の手順では、エイヒレにレモンを搾りかけてから小麦粉をまぶしてバターで焼いていたのではないか…なんの確証もないですが、ついついそう考えてしまうもの。今は、運送と冷蔵・冷凍技術の発展により、エイヒレアンモニア臭がないため、レモンを搾りかけるという手間が省かれているのではないか。

 今回のブログ自体が、自分の推論でしかありません。しかし、調べるほどに分かってくる事実を考えていくうちに、全てが紡がれていくことで見えてくるものがありました。確かに、史実にそった確証はありません。ただ、理屈が通る物語を書けたように思います。さて、皆様はどのように思いますか?Benoitで「エイヒレグルノーブル」という料理をお召し上がりいただきながら。思いを馳せることも一興なのではないでしょうか。

 

≪季節のお話 立秋があるからかこそ気になる一首」≫

 「涼しさ」というものを、体感的に感じるのか、実際の気温で感じるのか。冒頭で勝手な持論を書いてみましたが、なかなかに説得力があるのではないでしょうか。そうすると、同じ「涼しさ」という言葉でも、思い浮かぶ風景は少しばかり変わってきます。こう考えながら、藤原季経(すえつね)の一首を詠(なが)めてみると…つい気になってしまいます。季経が詠(うた)ったのは、「立秋」の前?それとも後?

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9月お勧め料理「エイヒレグルノーブル風」のご紹介です。≫

エイヒレとはその名の通り「エイの鰭(ひれ)」です。北日本で「かすべ」として親しまれている食材ながら、まだまだ周知されるにいたっておりません。しかし、フランスではエイヒレは馴染みの食材であり、ビストロでは欠かすことができません。。伝統料理として確固たる地位を確立している、「グルノーブル」というスタイルとは、いったいどのような料理なのでしょうか?

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≪特選食材「六条大麦」を使ったお勧め料理のご紹介です!≫

六条大麦の国内シェア約3割を有し、堂々たる全国1位の生産量を誇るのが福井県。6月初旬に麦秋を迎えた「六条大麦」がBenoitに届いています!さあ、この栄養価満点に旬の食材を、Benoitではどのような料理に姿を変えるのでしょうか?

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≪初秋特別プランのご案内です。≫

気がつけば、蝉の諸声(もろごえ)が止んでいる…

コロナウイルス災禍が猛威を振るう中でも、季節は巡り去ってゆく。蝉は我々に秋の到来を教えてくれた気がします。そして、季節と同じように、旬と呼ばれる季節の食材も巡り去ってゆきます。彼らに「待つ」という優しはありません。そこで、この機を逃してはならないとの思いから、「初秋」と銘打った特別プランと、個室貸切プランをご案内させていただきます。

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≪季節のお話 「言の葉はあはれおよばぬ撫子の花」≫

 平安時代の美的理念を表現する言葉に、風情がある、趣きがある、美しい、というような意味の「をかし」というものがあります。清少納言は、随筆「枕草子」の中でこの「をかし」をランク付けするように紹介していいます。その中で、「草の花は撫子(なでしこ)」と彼女は書き遺しました。

 自分の「言の葉もあはれおよばぬ」ものですが、知っているようで知らないナデシコの花をご紹介させていただきます。

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≪晩生のピーチ・メルバを楽しまずして、9月は終われません!≫

 晩生(おくて)の桃を使ったデザート「ペッシュ・メルバ(ピーチ・メルバ)2021」をご案内せずして、自分は10月を迎えることはできません。そうなのです、皆様!このデザートの美味しさを楽しまずして、9月を終えることはできません。

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≪ピーチ・メルバ2021の全貌を公開!≫

 どれほど美味しいのかお伝えることはできませんが、どうしても皆様に2021年版ピーチ・メルバをお勧めしたく、自分の持ちうる言の葉を使い、それぞれのどのような「葉(パーツ)」であるのかを説明させていだきます。皆様には、それぞれの「葉(パーツ)」を知っていただき、どのような「樹(デザート)」であるかをご想像いただけると幸いです。

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岐阜県の飛騨もも「亀山果樹園」のご紹介です。≫

 今回の訪問先は、高山市の南に位置している久々野町に居を構える「亀山果樹園」さんです。標高750mの高冷地の大自然の中に2.5haの園地を有し、今は二代目園主の亀山忠志さんが陣頭指揮を執っています。甘く香り高い高品質の果実を皆様へお届けすべく、研鑽に励む日々。どのような果樹園なのか、少しばかり岐阜県を観光するようにご紹介させていただきます。

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北平のBenoit不在の日

私事で恐縮なのですが、自分がBenoitを不在にしなくてはならない9月の日程を書き記させていただきます。滞りがちだったご案内を充実させるべく、執筆にも勤しませていただきます。ご不便をおかけいたしますが、ご理解のほどよろしくお願いいたします。緊急事態宣言如何によって変更の可能がございます。ご不便をおかけいたしますが、ご容赦のほどなにとぞよろしくお願いいたします。

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 最後まで読んでいいただき、誠にありがとうございます。

 今年の辛丑が始まりました。その「辛」の字の如く優しい年ではないかもしれません。しかし、時は我々に新地(さらち)を用意してくれている気がいたします。思い思いの種を植えることで、そう遠くない日に、希望の芽が姿をみせることになるでしょう。

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 「一陽来復」、必ず明るい未来が我々を待っております。そう遠くない日に、マスク無しで笑いながらお会いできる日が訪れることを願っております。皆様のご健康とご多幸を、一刻も早い「新型コロナウイルス災禍」の収束ではなく終息を、青山の地より祈念いたします。

 

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬

 

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2021年9月 「立秋」があるからこそ気になる一首…

 8月7日に「立秋」を迎え、暦の上では秋が始まりました。まだまだ猛暑が続く中で、「秋」と言われても…と毎年のようにこの立秋だけは、何とも言えない違和感を覚えるものです。2007年に新たな気象用語がお目見えいたしました。最高気温が25℃以上は「夏日(なつび)」、30℃以上で「真夏日」、35℃以上では「猛暑日」と表現するそうです。ともすると、暦では秋が始まったとはいえ、夏日を超えた真夏日猛暑日が続く8月は、まったく秋の様相を見せてはくれません。昔は違ったのでしょうか?

 月の軌道を基準とした旧暦と太陽の新暦との違いあり、その偏差は40日ほどある。なるほど!旧暦の時代には、秋の訪れはまだまだ先だったのか…と早合点しておりました。

 「立秋」というのは二十四節気の中の一つの季節区分のこと。二十四節気というだけに、1年を24に分け、太陽が真東から昇る「春分点」を起点にして振り分けられます。新暦は太陽の軌道が基準になっているので、毎年この節気に変動はほとんどありません。しかし、旧暦では毎年のように節気が移動するのです。偏差が40日ということで、旧暦では年内に「立春」を迎えることもあるのです。

 二十四節気が、春分点を起点にしているということは、旧暦も新暦も暦の日付は違えども、ほぼ時期を同じくすることを意味しています。そう考えると、昨今の地球温暖化の影響はあるかと思いますが、今も昔もやはり暑かったはずです。

 

立ちよれば すずしかりけり (ははそ)はら 木ずゑは秋の いろならねども  藤原季経(すえつね)

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 柞(ははそ)とは、コナラ、ミズナラクヌギにブナのブナ科の落葉高木群の総称です。今でこそ馴染みのない「柞」という言葉ですが、かつては身近な存在であり、今でも雑木林の重要な一役を担っています。藤原季経は、何のためらいもなく降りそそぐ陽射しから逃れようと、柞(ははそ)が生い茂る木陰に潜り込むと、思いのほか涼しさを感じることができたという。

 日陰に入ることで、茹(う)だるような暑さから逃れることは、今でも常套手段です。ビル群の影でも確かに涼しいものですが、樹々の葉影は一入(ひとしお)の涼しさを感じるものです。コンクリートと土では、気温に与える影響は違うでしょう。しかし、それ以上に涼しさを感じるのは、視覚的効果が大いに関係するのではないかと思うのです。柞の葉隠れは、大小の葉が縁を重ねるように形成されています。そこに陽射しが当たると、その重なり具合によって濃淡の違う緑の叢(むら)の美しさを見せてくれます。さらに、樹々の合間を縫うように吹き抜ける薫風(くんぷう)が、感覚的な涼しさで後押ししてくれているかのようです。

 猛暑の中での、柞の葉影で心安らぐひとときを過ごしたとき、ふと見上げた先で、葉が生い茂る梢(こずえ)へと目が留まる。柞の梢は、まだ秋の色へと変わってはいなせんねと、感慨深い。この秋の色とは、「こうよう」のことですが、柞なので紅葉ではなく黄葉です。

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 余談ですが、万葉の時代は樹々の葉が色を変えることを「もみつ」(動詞)といい、これが名詞のかたちをとると「もみち」なのだといいます。この時代は、まだ「ひらがな」は誕生しておらず、万葉仮名は漢字の音読みを利用して書き綴っています。「もみつ」は「毛美都」、「もみち」は「毛美知」と。しかし、古人の美的感覚はこれを許さなかったのでしょう。「黄変(もみつ)」や「黄葉(もみち)」と書いている歌も多く見かけるのです。いかに、黄葉の柞原が身近にあったことか。我々が慣れ親しんでいる「紅葉(もみじ)」は、万葉集ではほんの一首のみ、市民権を得るには平安時代まで待たねばなりません。

 藤原季経の歌意がなんとなく分かったところで、ふと思う。この歌は、立秋の前に詠まれたのか、後なのか。涼を求めて、柞原に立ち寄る。葉隠れに一息ついた後に、目に留まった梢の葉の色を見て…「まだ夏なのだから、もちろん秋の色ではないよね」なのでしょうか、はたまた「立秋過ぎているのにこの暑さ、秋とは名ばかりで、もちろん秋の色ではないよね」なのでしょうか。「立秋」という節気があるからこそ、ついつい気になってしまうもの。さて、皆様はどう思われますか?

 

9月お勧め料理「エイヒレグルノーブル風」のご紹介です。≫

 エイヒレとはその名の通り「エイの鰭(ひれ)」です。北日本で「かすべ」として親しまれている食材ながら、まだまだ周知されるにいたっておりません。しかし、フランスではエイヒレは馴染みの食材であり、ビストロでは欠かすことができません。。伝統料理として確固たる地位を確立している、「グルノーブル」というスタイルとは、いったいどのような料理なのでしょうか?

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≪エイヒレグルノーブルの出会いについて考えてみました…≫

 フランスのビストロ料理として欠かせない「エイヒレのムニエル」。我々日本人には馴染みのない食材である「エイ」、それがグルノーブルという調理スタイルで仕上げた逸品は、美味しいからなのでしょう、今なお多くの人々に愛され続けられている料理です。そもそも、グルノーブルとは何を意味しているのでしょう。そして、どうしてエイなのでしょう。皆様、気になりませんか?

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≪特選食材「六条大麦」を使ったお勧め料理のご紹介です!≫

 六条大麦の国内シェア約3割を有し、堂々たる全国1位の生産量を誇るのが福井県。6月初旬に麦秋を迎えた「六条大麦」がBenoitに届いています!さあ、この栄養価満点に旬の食材を、Benoitではどのような料理に姿を変えるのでしょうか?

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≪初秋特別プランのご案内です。≫

 気がつけば、蝉の諸声(もろごえ)が止んでいる…

 コロナウイルス災禍が猛威を振るう中でも、季節は巡り去ってゆく。蝉は我々に秋の到来を教えてくれた気がします。そして、季節と同じように、旬と呼ばれる季節の食材も巡り去ってゆきます。彼らに「待つ」という優しはありません。そこで、この機を逃してはならないとの思いから、「初秋」と銘打った特別プランと、個室貸切プランをご案内させていただきます。

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北平のBenoit不在の日

私事で恐縮なのですが、自分がBenoitを不在にしなくてはならない9月の日程を書き記させていただきます。滞りがちだったご案内を充実させるべく、執筆にも勤しませていただきます。ご不便をおかけいたしますが、ご理解のほどよろしくお願いいたします。緊急事態宣言如何によって変更の可能がございます。ご不便をおかけいたしますが、ご容赦のほどなにとぞよろしくお願いいたします。

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 最後まで読んでいいただき、誠にありがとうございます。

 今年の辛丑が始まりました。その「辛」の字の如く優しい年ではないかもしれません。しかし、時は我々に新地(さらち)を用意してくれている気がいたします。思い思いの種を植えることで、そう遠くない日に、希望の芽が姿をみせることになるでしょう。

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 「一陽来復」、必ず明るい未来が我々を待っております。そう遠くない日に、マスク無しで笑いながらお会いできる日が訪れることを願っております。皆様のご健康とご多幸を、一刻も早い「新型コロナウイルス災禍」の収束ではなく終息を、青山の地より祈念いたします。

 

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬

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