kitahira blog

徒然なるままに、Benoitへの思いのたけを書き記そうかと思います。

北海道根釧台地のフレッシュチーズ「Brise de mer Faisselle」

冬は時雨(しぐれ)から始まる

  暦の上では、11月7日の「立冬」が冬の始まりです。冬の到来を実感するのは、北風激しい「木枯らし」が吹き荒れた時。しかし、冒頭の文章が、なぜか人々の心に響くものです。「雨」は、時に猛威を振るうために我々に畏怖を抱かせるものの、生きとし生けるものにとって欠かすことのできないもの。農耕民族である日本人には、畏敬の念を込め、四季それぞれの雨の違いを、美しく表現しています。「催花雨」「菜種梅雨」「春雨」「五月雨」「梅雨」…そして、「時雨」。言葉の多さは、その国の古人の思い入れの強さの表れなのでしょう。フランスが自国の「料理」を表現するうえで、独特の料理用語を生んだように。日本が、多種多様な「魚」の名称が人々に浸透しているように。「雨」もまたしかり。

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  「時雨」とは、初冬にかけてパラパラと降ったり止んだりする通り雨のこと。分かったようで分からない、これが正直な意見だと思います。それもそのはず、厳密に時雨とは、都内はもちろん、日本海側全般や太平洋側の海に近い場所では滅多に見ることのできない自然現象なのです。北風が海の湿気を含み、日本列島を縦断している山脈にぶつかり、日本海側に雨をもたらす。乾いた空気はそのまま山を越え太平洋側へ。この山越えの際に、振り落とした雨粒の名残を運んだものが「時雨」です。

  この自然現象を体感できる有名な地は、「北山時雨」の名がつくほどの、京都府です。空が晴れていても、パラパラと風に運ばれてくる雨は、きらきらと美しく輝き、陽射しに温められた顔に、ある種の心地良さを感じることでしょう。しかし、古人にとっては、これから迎える厳しい冬に一抹の不安を覚える時期です。この憂いが、人生の無常観と重なり、何とも言えぬ物寂しさを、時雨に感じるようになったのでしょう。この歌が詠まれる所以はこのあたりにある気がいたします。

 神無月 ふりみふらずみ 定めなき 時雨ぞ冬の はじめなりけり (よみ人しらず 「後撰集」)

 

 今回は、寒さ厳しい地、北海道から届く特選食材はフレッシュチーズ、それもフランスのフロマージュ・ブランに習い誕生した至高の逸品、「Brise de mer Faisselle (ブリーズ・ドゥ・メール フェッセル)」のご紹介です

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  北海道東南部、根室と釧路にまたがる広大な牧草地が特徴の根釧地区。彼の地は、火山灰地な上に、独特の気候環境のため、作物の栽培には向きません。北風ではなく、南の海から陸に吹き上げる「潮風」は、暖かく湿った空気が、寒流の千島海流に冷やされ、時雨ではなく「海霧」を発生させます。これが上陸するも、根釧台地にそびえる山に阻まれ、滞留するのです。そのため、特に夏場は、冷涼な気候を約束された大地となるのです。

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 作物には厳しい環境も、これを嬉々としているのが牛たちです。牛は暑さに弱く、夏はミルクの量が少ないばかりか、乳脂肪分が減るために、薄くなりがちです。ところが、根釧台地は、この問題もなく、牛たちがのびのびと夏を過ごすことができる理想の地なのです。ただし、大消費地である東京とは距離があるため、牛乳というよりも、おのずとバターやチーズといった加工品に力を注がなくてはなりません。

  彼の地で酪農を生業としている多くの人々の中で、フランスにある濃厚で美味な「Fromage Blanc(フロマージュ・ブラン)」を作れないものか?と考える方々が現れます。フランスには、乳牛・肉牛含め300種類にものぼる品種が存在します。その中に、ジャージー種やホルスタイン種が入っているのですが、ほとんどがホルスタインとは比べ物にならない濃厚なミルクを出すため、チーズやバターなどの加工品が特化しているのです。なんとかして、フランスに匹敵する美味しいフレッシュチーズを造りたい…そう切望するのです。

  彼が思い悩んだ末に出した結論が、フランスから牛乳を持ってくる…のではなく、フランスのノルマンディー地方から牛を5頭連れてきたのです。ノルマンディー地方と言えば、世界に名を馳せるチーズ、「カマンベール・ド・ノルマンディー」発祥の地。この濃厚なチーズの元となるミルクを産みだすノルマンド種(通称パンダ牛)が、なんと根釧台地にいるのです。搾乳されたミルクは、厚岸郡(あっけぐん)浜中町に集められ、至高の国産フロマージュ・ブランへと姿を変えることになります。牛を連れてくる…この浜中町は有名な方の出身地でした。若い方はご存じないかもしれませんが、モンキー・パンチさんです。そう、ルパン三世の生みの親。もちろん、牛を泥棒してきたわけではなく、正式なルートで運ばれてきたことは言うに及ばず。ルパン三世といえば不可能を可能にする大泥棒。奇想天外だと思われているところに、勝機を見出す気質を育んだ地が浜中町。だからこそ牛を連れてこようという発想になったのでしょう。人は食べたものでできている、人格は育まれた地で形成される。

  この熱い思いに応えたのは牛ばかりではなく、ノルマンディー地方の雄、「イズニー・サントメール酪農協同組合」もまた。なんと彼らの伝統の乳酸菌を譲ってくれたのです。これで役者がそろいました。根釧台地の酪農家が目指すものは「ミルクの美味しさを最大限に生かした逸品」に仕上げること。

  ミルクを乳酸発酵させ凝固させたものをカートといいます。新鮮で濃厚なミルクで仕上げるカートが、美味しくないわけがありません。これをフェッセルと呼ばれる水切りかごへ移し、1日自然脱水したものがBenoitへ旅立ちます。乳酸発酵は、旨味を引き出すのはもちろん、保存性も向上します。しかし、生乳で仕上げるフレッシュチーズ、やはり賞味期限は1週間ほど。フランスで作られた、余計なことは何もしない伝統的なフロマージュ・ブランが日本に持ってくることができない理由は、このあまりにも短い賞味期限なのです。そのため、日本ではあまりにも馴染みがありません。

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 さらに特筆すべきは、ヨーグルトのように滑らかなバチュというタイプではなく、フランスでも現地でも産地に赴かなければ、なかなか見ることの無い、カートをフェッセルで自然脱水しただけのもの。もろもろとした食感を生かしたカンパーニュというものなのです。画像をご覧いただければ、違いは一目瞭然だと思います。染み出ている白っぽいジュースは、ホエーと呼ばれる乳清です。この乳清から再度チーズができるほど、これまた美味なのです。

  何かに調理するなどとは、夢想だにせず。北海道でも有数の酪農の産地、根釧台地が育んだ牛の新鮮なミルクの旨味をそのまま、ホエーもお楽しみいただきます。口に含むとヨーグルトのような心地よい酸味と新鮮なミルクの風味を感じるも、後から追いかけてくる濃厚なフレッシュチーズの味わいが素晴らしい。Brise de merは「潮風」、Faisselleは「水切りかご」を意味します。根釧台地ならではの、地の特徴が潮風であり、これゆえに牛が健やかにのびのびと成長していきます。その牛たちの生み出したミルクを、フランスの伝統に習い、フレッシュチーズに仕上げています。料理とは、素材以上の美味しさはなく、組み合わせや調理方法で、最大限に引き出すのみ。チーズもまたしかり。この想いが、名前に込まれています。

 

 このフレッシュチーズとの相性が抜群な逸材をご用意いたしました。長野県茅野市の青木さんの蜂蜜です。思い描くだけで美味しいさが伝わるのではないでしょうか。この蜂蜜もどれほど素晴らしいかを語らねばなりませんが、すでに長文のため、次回へ見送らせていただきます。

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 ランチでもディナーでも、Brise de mer Faisselle100g)を、このブログをご覧いただいた方には1000円→800(蜂蜜込です)でお楽しみいただけます。お二人で分けても良いですが、きっと100gはお一人でペロっといただけてしまうほど、それほど美味。ただし、まだまだミルクの量が少なく、Benoitでも購入数が制限されています。もし、ご希望の際には、ご予約の際に「フレッシュチーズとっておいて」とお伝えいただけると幸いです。本場であるフランスからお越しのお客様が、Benoitでいつもご賞味いただいている逸品。きっと皆様は、とうとう日本のチーズもここまでに至ったか!と感嘆の声を上げることになるでしょう。

  

 残念ながら都内では時雨を見ることはできそうにありません。「はらはら」ではなく、「ぽつぽつ」という表現でしょう。染物を作る際に、染料に一度漬けることを「一入(ひとしお)」と言います。冬本番を迎えるにあたり、降り続くのではなく、何度となく分け降るため、この時期の雨を「八入(やしお)の雨」と呼んでいます。一雨一雨が何を染めるのか?樹々を紅葉・黄葉へと染め上げるのです。さらに、「一雨一度」と言われるように、徐々に日々の気温が下がっいきます。皆様、無理は禁物です。十分な休息と休養をお心がけください。インフルエンザ予防接種もお忘れなきように。

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長々とお読みいただきありがとうございました。

末筆ではございますが、皆様のご健康とご多幸を、青山の地より祈っております。

 

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬

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