kitahira blog

徒然なるままに、Benoitへの思いのたけを書き記そうかと思います。

2022年3月 「春の気色は≪きのふの日かげ けふの春雨≫」であるという…

 春は「三寒四温」といわれているように、3日間の寒い日の後は、4日間の暖かい日が続き、この周期を繰り返しながら、日を追うごとに春本番へと移りゆく。なるほど、春という季節は今も昔も変わらない、なんとも的を射た表現なのかと感じ入るものです。しかし、ここ数年はこの寒暖差が大き過ぎるのではないかとも思う今日この頃。

 この寒暖の要因は、日照時間の他に、春の気まぐれな風向きがあるでしょう。春一番が南風で暖かさをもたらすのであれば、北風があっというまに奪い去る。この春の「寒の戻り」に追い風となるのが、「春に三日の晴れなし」と言われている「春の雨」です。

 

のどやかに やがてなりゆく 気色かな きのふの日かげ けふの春雨  伏見院

 「三月三日は、うらうらとのどかに照りたる」と清少納言枕草子に書き綴る。3月3日には、うららかでおだやかな陽射しが降り注ぐという。3月3日には、陽春が訪れることを教えてくれる。

 古代中国から伝来した陰陽五行説によれば、3月3日のように月日で同じ奇数一桁の数字が並ぶ日を「節句(せっく)」としています。そして、奇数(陽)+奇数(陽)=偶数(陰)であるとして、「陽から転じて陰(不安定)となす」と考えました。そこで、この日は、水辺で体を清め、春を言祝(ことほ)ぎ、宴会を催すことで無病息災を願う厄払いの日、「上巳(じょうし)の節句」となったのです。これが、桃の開花時期ということもあり、「桃の節句」となったようです。水辺で身を清めることが、人形に厄を託して川に流す「流し雛(びな)」となり、今のひな祭りへと姿を変えていったといいます。

 古来より春を代表する花、梅(白梅/上の画像)と桜(山桜/下の画像)。花笑う順は、梅→桜です。ここに、桃の花(桜の下の画像)が加えるとすると、どの位置に入るのか?3月3日が桃の節句であれば、梅→桃→桜となる。太陽の軌道を基とした現行歴と、月の軌道の旧暦では偏差が生じます。古(いにしえ)より連綿と受け継がれてきた年中行事は、明治時代の改暦に際し、そのまま新暦に移されたのです。自然界では、梅→桜→桃の順で花開きます。

 ソメイヨシノよりも早く花咲く山桜なので、まもなく桃の花の出番なのではないかと思うのです。ともすると、清少納言が「うらうらと長閑(のどか)に照りたる」春は、これから迎えることになります。伏見院は、このような陽春が「のどやかに(ゆるやかに)」ではあるが「やがて(まもなく)」訪れると実感している。その兆候が、昨日の「日かげ」と「今日の春雨」という天気の気まぐれともいえる移ろいだという。「日かげ」とは、「日陰」ではなく、陽の光を意味する「日影」のこと。

 「三寒四温」であり、「春に三日の晴れなし」といわれる春にあり、寒さや雨に悪態をつくのではなく、春の訪れの兆しであると伏見院は我々の教えてくれているかのようです。「春がなかった」や「春が短かった」とよく耳にします。しかし、それこそ陽春のことで春の一部であり、寒暖差があり変わりやすい天気こそが春なのです。昨日のやわらかい陽射しが、今日ははやくも春の雨…

 

 話しが変わるのですが、「春の雨」と「春雨」では、「の」が加わるだけで意味が変わります。春は「三日の晴れなし」というほど、雨の多い季節です。古人は、この雨を鬱陶(うっとう)しいと思うよりも、畏敬の念を込めて待ち望んでいたような気がします。その証が、この時期ならではの多彩な雨の表現です。草木に潤いを与える「甘雨(かんう)」、穀物の成長を促す「瑞雨(ずいう)」、花の開花を誘う「催花雨(さいかう)」、しとしと3~4日続く雨を「菜種梅雨(なたねつゆ)」、糸引くような「春雨(はるさめ)」、霧の如く立ち込める「霞(かすみ)」。二十四節気でいう「穀雨(こくう)」も忘れてはいけません。これらの雨の呼称が春の季語となっており、全てをひっくるめて「春の雨」という。

 「春雨」と「春の雨」との違いに、なるほどと思ってしまうのですが、なにか先人たちの高尚な言葉遊びに思えてしまうのは自分だけでしょうか。何の確証もないのですが、ひらがなが誕生した平安時代は、日本語の過渡期ともいえる時期で、この2つに違いはまだなかったのではないかと思うのです。その後に、多くの英才が和歌や連歌の研鑽に励む中で、先人の秀歌を学ぼうとする。その過程で、納得のいく論理を導き出し、後世へ伝えていったのではないかと思うのです。古今伝授は、その集大成なのではないかと。偉そうなことを言っていますが、自分は国文学者でもなく、何の確証もありません。

 伏見院は今回ご紹介した歌の中の「春雨」を、いまでいう「春の雨」として詠ったのではないかと思うのです。この時期らしい雨の降り方を識(し)るからこそ、限定しなかった。そのことで、「日影」の日と「春の雨」との交差が一度ではなく、繰り返されることで晩春へと向かっている。この「春の雨」があるからこそ、陽春を待ち望む気持ちが高まってゆく。だから雨の日だからといって、憂鬱という思いがしないもの。「春」とはこういう季節なのですよ、と教えてくれている気がいたします。

 「春に三日の晴れなし」、視線を変えれば雨もまた春を彩る風情あるもの。「春雨じゃ、濡れてまいろう…」という名台詞もありますが、やはり濡れては風邪のもとです。天気予報を参考に、傘の準備を怠らず、順を追うかのように花笑う姿を愛でながらの散策などもまた一興かと。すでに桜のソメイヨシノが花開き、八重桜が後に続きます。そうそう牡丹や椿も忘れてはいけません。春の花々が皆様をお出迎えしてくれると思います。そして足の赴くままにBenoitへお運びください。

 

 

 桜前線に一喜一憂する時期も終わり、心穏やかな日々を過ごされている方も多いのではないでしょうか。東西南北に長い日本だからこその季節の移ろいを追うことは、食材が農産物であることを教えてくれます。それぞれの食材には、栽培適地があり、北限や南限といった境もあります。その中で、日本全国で栽培され、春を代表する野菜として確固たる地位を築いているのが「グリーンアスパラガス」ではないでしょうか。

 春の陽射しに誘われるかのように芽吹くグリーンアスパラガスの「春芽」は、西日本の早い地では2月から始まり、北海道の6月まで続きます。この動向を「アスパラガス前線」と勝手に自分が命名し、毎年のように追い続けています。今は佐賀県の杵島(きしま)郡白石町の橋本農園さんから。次は、香川県香南町の薫農園さんのへ。残念ながら、Benoitのアスパラガス前線は、ここで終わりを迎えます。

 もうひとつ、Benoitには「桃前線」があるのです。7月から9月までの、夏のデザートとして欠かすことのできない食材です。この食材の北限は山形県でしたが、昨今の気候変動により青森県南部まで栽培地が伸びているようです。アスパラガス前線同様、Benoitも西日本から始まります。

 先日、西川農園さんと出会うことができました。いつも思うのですが、栽培者の方の生きた情報は、どんな食材辞典よりも正確で生き生きとしたもの。面白い話を伺う中で、このようなメッセージが届きました。「桃の花が八分咲きです!」と。そして、見事なまでに花笑う画像も添えられていました。

 花開いたということは、西川さんにとって「摘花」の作業に追われることを意味しています。さらに、「摘花」の後には「摘果」が続く、収穫までの約90日という多忙極まる時期の始まりなのです。

 さて、この画像の撮影は3月27日です。ということは、6月半ばには桃の収穫を迎えるということになります。早生の品種であれば6月に桃がBenoitに届くということに。そう、とうとう念願であった6月から、桃デザートがBenoitプリ・フィックスメニューのデザートの選択肢に名を連ねるのです。

 今期の「桃前線」は西川農園さんから。美味なる桃が熊本県からBenoitへ届きます!

 

 過ごしやすい日々ではありますが、まだ「三寒四温」と表現される時期です。寒暖の差は、知らず知らずのうちに体力を奪ってゆくもの、油断はなりません。疲労・ストレスなどが原因で免疫力が下がっている時に、乾燥が加わると、コロナウイルスばかりではなく、風邪やインフルエンザにも注意が必要です。さらに、肌荒れやかゆみの原因にもなり、体感温度も下がります。健康のためにも、美容のためにも、程よい湿気お忘れなきように。そして、心の潤いも保ちながら快適にお過ごしください。

 最後まで読んでいいただき、誠にありがとうございます。

 「一陽来復」、必ず明るい未来が我々を待っております。そう遠くない日に、マスク無しで笑いながらお会いできる日が訪れることを願っております。皆様のご健康とご多幸を、一刻も早い「新型コロナウイルス災禍」の収束ではなく終息を、青山の地より祈念いたします。

 

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬

www.benoit-tokyo.com