kitahira blog

徒然なるままに、Benoitへの思いのたけを書き記そうかと思います。

2023年11月「月の魅力を少しばかり、≪月かげに見初むる心地≫について…」

夜とともに 山の端(は)いづる 月かげの こよひ見初(みそ)むる 心ちこそすれ  藤原清輔

 往古より、「花」といえば春を意味します。数多(あまた)あるどの花のことなのか。かつては「梅(白梅)」でしたが、今では「桜」です。「桜」といえば、真っ先に思い描くのがソメイヨシノかと思うのですが、これは江戸時代に誕生した改良品種。平安時代では、山桜(ヤマザクラ)のことを指していたといいます。なぜ変わったのでしょう?

 万葉の頃は、古代中国から怒涛のように渡来してきた文化に圧倒され感化されてゆく時代でした。書くこともままならなかった古代日本に、「漢字」という文字が渡ってきたのです。圧倒的な文化の差に、宮廷人がどれほど驚愕したことか。この頃の公式文書が漢文であったことを思うと、必死に取り入れようと苦心していたことは間違いないでしょう。このような趨勢(すうせい)の中で、彼の時代の日本人は、話し言葉である「日本語」を捨て去らなかった…万葉集とは当時の人々の想いを話し言葉でまとめた、日本最古の歌集です。この時代に「ひらがな」はなく、識(し)った漢字を駆使して、漢字の音読みの「音」を駆使し、まるで当て字のように書き綴っているのです。これが「万葉仮名」というものです。

 古代中国文化に圧倒される時代の中でも、古代日本人は「日本文化」を見失わなかった。和歌という文化を遺しつつも、「和歌の暗黒時代」と呼ばれる月日の中で、どれほど肩身の狭い思いをしていたことでしょうか。古人は、漢字の素晴らしさを理解し取り入れるも、「完璧」とは思っていたなかったのでしょう。古代の日本の賢人は、話し言葉として連綿と引き継がれてきた大和言葉でなければ、日本の「花鳥風月」の移ろいの美しさを表現できない、そう悟っていたのかもしれません。

 いくほどの月日が経るなかで、ついに平安の時代に「ひらがな」が誕生したのです。今でもいう日本語とは、この時代に姿を現したといってもいいと思います。万葉の時代から、ゆうに300年近くの暗黒時代を経れなければなりませんでした。そして、時代が求めたのでしょうか、稀代の天才が続々と歴史に姿を現すのです。日本最古の勅撰和歌集の編纂を命じた醍醐天皇、その時代には紀貫之がいる。彼の書き綴ったいう序文には、四季を尊ぶ日本人特有の花鳥風月の想いがとうとうと込められている気がします。この話は、次の機会に。

 このような時代変遷があったことを鑑みると、万葉の時代には。、古代中国文明とともにもたらされた「梅」を愛でることこそが文化人なり、と考えていたのも想像に難くないもの。そのため、「花」といえば「梅」。それが、平安時代に日本文化が開花することによって、日本の固有種である桜「ヤマザクラ」に移っていった。そこで、「花」といえば「桜」となる。ヤマザクラの美しさは、今も昔も変わりません。もちろん万葉の時代もです。しかし、彼の時代の文化人を自負する人々には、梅を愛でることこそが美であると気取っていたのでしょうか…まあ梅も桜も美しい花を咲かすことは周知の事実ですが、幸いに花笑う(はなわらう)時期が違うことが、ともに忘れ去られることがなかった理由かもしれません。

 余談が過ぎました。今回は「花」ではなく「月」です。上記のような時代の変遷をたどりながらも、「月」は「月」です。大和言葉で「つき」と呼んで崇めてきた唯一無二な存在であり、満ち欠けと姿の移ろいが何やら神秘的なものと捉えていたのでしょうか。そこに、漢字が怒涛のように渡来してくるも、「月」という漢字の意味は踏襲するも、これに「つき」と「読み」をふるという英断をするのです。

 四季折々に月の軌道は変わりますが、毎月のように月を空に眺めることができます。雲が邪魔をしていたとしても、少なくともご自身の年齢に12を掛けた数だけ満月に出会っている。それにもかかわらず、「月」が秋を意味するというのは、古代中国で生まれた「中秋の名月」という美意識が日本にもたらされ、秋の風物詩として確固たる地位を確立したことことを意味しているのでしょう。それでも、月(つき)と呼ぶことを変えなかった。

 よくよく考えると、今も昔も地球から眺める月の姿は変わりません。もっと言ってしまえば、地球と月が誕生してから悠久ともいえる何億年もの歳月が流れていますが、その姿は変わりません…のはずです。夜の帳(とばり)が下りてくるころ、東の山々へと視線を向けると、その稜線から姿を見せる月がある。上弦の月であれば、明るい中でしれっと昇ってゆく。下弦であれば夜遅くないと姿を見せないもの。藤原清輔が夜更かしでもしていなければ、冒頭の歌で詠われた月の姿は、満月に近かったはずです。

 煌々(こうこう)と光をはなちながら天高く昇ってゆく姿を目にし、あまりにも清らかな「月かげ(月の光)」であったからか、今宵に初めて出会ったかのような心地を覚えてくるようだ…と藤原清輔はいう。まさに「さやけさ」を感じるひとときではないかと思うのです。清らかで美しいと辞書に記載があるも、この「さやけさ」という言葉には、月の光のように、なにやら畏敬の念が込められた不思議な響きをはなっている気がするものです。

 我々にとって、月は子供の頃から知っている、馴染みの存在です。そして、毎月のように、いかなる形であれ目にすることができます。それにもかかわらず、あまりにも月かげに神々(こうごう)しいからなのか、「見初(みそ)むる心地」がするという清輔の感慨に、大いに共感を覚えるものです。夜半に、ついつい立ち止まって眺めてしまう自分がいる…皆様も同じような経験があるのではないでしょうか。

 

 余談ですが…月の光によって照らされた地は、なんとも寒々しさを感じるほどの美しさがあります。影ができるほどの月明りではありますが、月が発する光ではなく、太陽光が月に当たり反射したものであることは周知の事実。では、どれほどの明るさなのかというと、身近なもので例えると「20mの高さに吊るした100ワットの電球」だといいます。

 LEDが普及しつつあるも、まだまだ随所で見かける100Wの白熱球。高さ20m、ビルでいえば7階から、この電球で照らす明るさを想像できるでしょうか。闇の中では、無いよりはましだけれども、何をするにも不自由な暗さです。科学的な説明では、なんとも味気ないものですが、澄み渡る秋の空一面の星月夜の中で、その星々を凌駕するかのような光を放つ秋の月は、美しく魅力的なことは間違いありません。

 「月」は秋の季語ではありますが、春夏秋冬それぞれに違った美しさをもっています。そして、往古よりその姿を変えていません。万葉の時代から平安・室町の時代にかけて、数々の秀歌を遺した賢人たちも、間違いなく同じ月を眺めていた。そして、その月に魅せられていった。こう考えると、毎月のように眺めることのできる月が、なにやら畏敬の念を覚えるものです。

 名月といわれていなくとも、月の美しさにかわりはありません。「見初むる心地」のなかで、「さやけさ」という感覚をおおいにお楽しみください。そして、しみじみと感じ入る…「いとをかし」と。月齢が増すごとに、月が姿を現す時間が遅くなります…夜更かしには、十分ご留意ください。

 

 バランスの良い美味しい料理を日頃からとることは、病気の治癒や予防につながる。この考えは、「医食同源」という言葉で言い表されます。この言葉は、古代中国の賢人が唱えた「食薬同源」をもとにして日本で造られたものだといいます。では、なにがバランスのとれた料理なのでしょうか?栄養面だけ見れば、サプリメントだけで完璧な健康を手に入れることができそうな気もしますが、これでは不十分であることを、すでに皆様はご存じかと思います。

 季節の変わり目は、体調を崩しやすいという先人の教えの通り、四季それぞれの気候に順応するために、体の中では細胞ひとつひとつが「健康」という平衡を保とうとする。では、その細胞を手助けするためには、どうしたらよいのか?それは、季節に応じて必要となる栄養を摂ること。その必要な栄養とは…「旬の食材」がそれを持ち合わせている。

 その旬の食材を美味しくいただくことが、心身を健康な姿へと導くことになるはずです。さあ、足の赴くままにBenoitへお運びください。旬の食材を使った、自慢の料理やデザートでお迎えいたします。

 

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 猛暑な日々も影を潜めてきたようです。これと入れ替わるかのように季節性インフルエンザやコロナウイルスが猛威を振るっているようです。過ごしやすい日々が訪れますが、ここで気を緩めると猛暑疲れがドッと押し寄せてくるでしょう。さらに、疲労・ストレスなどが原因による免疫力の低下を招きます。皆様、無理は禁物、十分な休息と休養をお心がけください。

最後まで読んでいいただき、誠にありがとうございます。

一陽来復」、必ず明るい未来が我々を待っております。皆様のご健康とご多幸を祈念いたします。

 

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬

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