kitahira blog

徒然なるままに、Benoitへの思いのたけを書き記そうかと思います。

季節のお話「手招く尾花」のご紹介です。

 万葉集の中に記載されている山上憶良の名句が、当時の野に咲き誇っている秋の花が何であるかを教えてくれます。そして、人々はこれぞ「秋の七草」だと賞賛したのです。

 

秋の野に 咲きたる花を (および)折り かき数ふれば 七種(ななくさ)の花

(はぎ)の花 尾花(おばな)葛花(くずばな) 撫子(なでしこ)が花 女郎花(をみなえし)また藤袴(ふじばかま) 朝顔が花

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 山上憶良は、野を見渡して、咲き誇る美しい花々を指折り数えてみると、7種あったと感嘆の声を上げている。自分はというと、2句目を小声に出しながら指折り数え、7種類を言えているいることに安堵している。同じように指折り数えるにしても、世界観があまりにも違い過ぎます…

 万葉の時代、話し言葉としての日本語はあったものの、書き言葉としての日本語はありませんでした。我々が使っている「ひらがな」は平安時代まで待たねばなりません。当時は、漢字の読みや、漢字のもつ意味を当て字のように使い、和歌を書き残したのです。これが「万葉仮名」です。原文では「七種花」と書き記し「ななくさのはな」と読む。そして、ここに「秋の七草」という言葉が誕生するのです。

 「七草」と言いながら、「萩」は草ではありません。枝垂れた細枝に花を咲かすために、草のように思えなくもありません。賢人も、たまには見誤るのか。そう思ったのですが、原文に「草」とは一文字も書いていない。山上憶良は、萩が草ではないことをもちろん知っており、「草」とは書かず、「種」としたのか?はたまた、万葉の時代には、咲き誇る花々を総称して「くさ」と表現しており、後世に「草」をあてたのか?皆様はどう思われますか?

 秋の七草の筆頭に挙がる「萩」については、今月にご紹介した「萩と野分」の中で、国訓であるとお話させていただきました。和歌の世界では、秋の花としてどれほど愛でられてきたことか。多くの歌人が詠い遺す中での天才の一句のお紹介です。お時間のある時にご訪問いただけると幸いです。

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 秋の到来を教えてくれる萩の花は、そろそろ咲き終えるでしょうか。今回ご紹介した「秋の七草」の殿(しんがり)の重責を担うのは、「尾花(おばな)」よばれる植物。この漢字から想像がつきやすいかと思うのですが、これは「ススキ」です。

 秋の七草の中では、我々にとって其処彼処で目にすることのできる、馴染み深い草なのではないでしょうか。「月」とは群を抜いた相性も見せており、2020年10月1日の「中秋の名月」では、皆様のご家庭でもお月見団子とともに飾られるのではないでしょうか。たわわに実る稲穂に似ていることからも、五穀豊穣を祝う祭事でも欠かせない存在です。

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 このススキ、何が花なのかよくわからず、姿を見るとすでに咲いているようにさえ思ってしまいます。上の画像は咲き始め。次にご案内する姿が咲き誇った姿です。花穂に違いがあるものの、この立ち姿こそがススキであり、多くの歌人を魅了して止まなかったのでしょう。冬になって花が枯れてしまっていても「枯れすすき」として、立派な季語として存在しているのです。

 今では限られた地でしか見かけないものの、それでもススキは自生し、立派な秋の風景を演出しています。こと、平安時代では、ススキはが広々と根を張り、草原を成していたことでしょう。風になびくように穂を垂れたような姿は、こっちこっちと、まるで我々を手招きしているかのようではないですか。ホラー映画にも出てきそうな場面でもありますが、ここは、秋晴れの下での清々しい光景を思い起こしてください。

 

花すすき まねく袂(たもと) あまたあれど 秋はとまらぬ ものにぞありける  藤原元真(もとざね)

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 大海原を想わせるようなススキの群生が、我々を秋の玄関口へと手招きしている。それにもかかわらず、秋という季節は、そ知らぬふりをして立ち止まることなく足早に過ぎ去ってゆくものです。移ろいゆく秋の景色は、刻一刻と姿を変えてゆき、同じ景色などないもの。その変わりゆく美しさに心惹かれるも、もう少しゆっくりと秋を満喫したいものだよ。そのような幽愁(ゆうしゅう)の想いが込められた一句のような気がいたします。

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 秋が我々をそ知らぬ顔で過ぎ去ってゆくのと同じように、秋の食材も我々が楽しむまで待ってくれるという「情け」は持ち合わせていないようです。夏食材も終わりを告げ、深まりゆく秋に合わせ、Benoitにも秋食材が続々と届けられることになっております。そこで、どのような食材が10月に登場するのか?食材ダイジェスト版として、皆様にご案内させていただきます。

kitahira.hatenablog.com

 

 「涼風(すずかぜ/りょうふう)」というと、夏の季語。秋に感じる涼しさは「新涼(しんりょう)」や「初涼(しょりょう)」というそうです。秋分を迎え、暦の上では秋の最中。もう涼しさを感じていらっしゃることと思います。秋らしい寒暖の差は、知らず知らずのうちに体力を奪ってゆくもの、十分な休息と睡眠をお心がけください。

 そういえば、「女心と秋の空」とはよく耳にいします。しかし、江戸時代には「男心と秋の空」といったそうです。移ろいやすい心の持ち主は、いったいどちらなのでしょうか。

 

 「一陽来復」、必ず明るい未来が我々を待っております。そう遠くない日に、マスク無しで笑いながらお会いできる日が訪れることを願っております。皆様のご健康とご多幸を、一刻も早い「新型コロナウイルス災禍」の収束ではなく終息を、青山の地より祈念いたします。

 

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬

www.benoit-tokyo.com