kitahira blog

徒然なるままに、Benoitへの思いのたけを書き記そうかと思います。

「2020年新春のご挨拶」Benoit北平

田鶴(たづ)のすむ 沢べの蘆(あし)の したね溶け みぎは萌えいづる 春は来にけり  大中臣能宣(おおなかとみよしのぶ)

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 詠者は平安時代中期に活躍していた歌人。彼が、ある年の祝賀の屏風に添えた歌だといいます。沢のほとりに枯れた姿を残す蘆の群生。その株元を覆っていた雪や氷も溶けはじめ、水際には萌えいずる若草が、まるで春の陽射しに誘(いざな)われているようだ。新春を迎えた喜びと希望を、萌える若草に託し言祝(ことほ)いだのでしょう。ところで、「田鶴」とは、どんな鳥なのでしょうか?

 古来、「田鶴」とはタンチョウを指し、「鶴」はコウノトリのことをいっていたそうです。北海道では留鳥(とどめどり)として生息するも、他の地域では冬鳥として北方から渡ってきます。昔は自然豊かなため、其処彼処で見かけたのかもしれませんが、今ではすっかり姿を見かけなくなったタンチョウです。そのためなのでしょう、故郷が新潟である自分には、「田鶴」とは何か別種の鳥の別称なのではないかと勘ぐってしまうのです。寒くなる頃のぬかるんだ田を訪れるのは、サギだけではありません。田の鶴と称される美しい鳥と聞き、想い描いたのは「ハクチョウ」でした。新潟県は日本有数の白鳥の飛来地なのです。

 ハクチョウは、新潟県に点在する大池を拠点とし、夜が明けて、準備が整ったグループから、ボス鳥を先頭に矢印のような編隊を組みながら、池より羽ばたいてゆきます。誰が決めたのか、順々に飛び立つ姿の美しさに見とれながら、空飛ぶ最大の鳥だけに、その羽音の大きさを体で感じることができます。ふぁ~ふぁ~という鳴き声は、仲間を鼓舞しているのか叱咤しているのか。声が遠のいてゆく先には、餌場となる田んぼが広がっています。画の中に、灰色がかった羽根色の数羽が写っています。他の泥汚れなのではなく、体は大きいですが、まだまだ幼いハクチョウです。自分の姿に警戒して、親鳥が囲い込むように子を守らんとするも、のんきな子鳥たち。

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 暖冬とはいえ、寒さ厳しい時期です。ところが、雨や雪解けによってぬかるむような土壌の中へ手を差し込んでみると、意外にも温かいことに驚かれることでしょう。多くのドジョウやカエルなどにとって、程よい湿度に温(ぬく)い寝床は、快適な越冬生活を約束されているようなもの。しかし、その安眠をぶち壊すように、空より白い鳥が優雅に舞い降りてくるのです。我々はついつい見とれてしまうものですが、田んぼの生きものにとっては、戦々恐々としていることでしょう。

 日本有数の米どころである新潟県には、越後平野が広がりを見せています。畦道で囲われているとはいえ、ほぼ一面が田んぼです。その中に、ハクチョウが集中している田があるのです。よほど美味しい物に恵まれている地なのでしょうか。専門家ではない上に、数か月も観測しているしているわけでもなく、調べきれてもいない中で、ふと思うことがあるのです。

 彼らは、大きな池や沼を寝床としています。この拠点には、多くのハクチョウのグループが存在し、ある種のコミュニティーを形成してるのでないのか、と。生き抜くための餌場を確保するために、留め鳥であれば、ある程度の縄張りがあるかもしれません。しかし、冬鳥ともなると、危険地域や餌場の情報を共有し、厳しい自然の中を皆で生き抜こうとしている気がしてなりません。なぜ、新潟県に湖沼が点在するも、ハクチョウの飛来地は限られています。この湖沼こそ、彼らの情報交換の場であると。皆で外敵に備え、争いがおきないよう調停し、餌場の情報を共有しているのではないか。

 生存競争の只中にいる彼らが、糧(かて)を食べつくしては越冬できずに、全滅の危機を迎えます。そこで、お互いが協力することになり、計画的に糧を得ることを考えるようになるのは、しごく当然の流れではないでないでしょうか。「今日は一緒に、あの田へ行こう」なのか、「俺たちはあっちに行くから、お前らは向こうな」なのか。こう考えると、一面に田畝(でんぽ)が広がる中で、まとまったハクチョウが餌をついばんでいる大グループは前者であり、血気盛んな斥候(せっこう)の役割を担う小グループが後者なのではないか。暗くなる前に寝床である湖沼に舞い戻り、情報を共有しているのでしょう。斥候役の情報を加味し、新たな餌場の開拓を模索する。越冬するために食べつくさないよう、餌場を順序だてるかのように移動することで、コントロールしている。そような気がしてなりません。専門家ではないので、憶測の域を出ませんが、なかなかに説得力があると思いませんか。この真相の究明は、とどのつまり「ハクチョウに聞く」しかありません。

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 都内では星の数ほどのレストランが存在します。世界各国の料理店が切磋琢磨し続けている、美食の街です。ネットで検索しようものなら、これでもかという数のレストランが名を連ね、美味しい料理に対するコメントは事欠きません。終わることの無い美食への追求、日進月歩といえる料理技術、世界中から集(つど)う美味なる食材の数々。四季折々の食材に恵まれ、長きにわたる日本の歴史が「和食」という食文化を育み、なによりも皆様が美味しいものを楽しみたいとの想いが、この類稀なるこの食環境をうみだしたのでしょう。

 ハクチョウの世界での湖沼が、皆様のご家庭であるならば、斥候役の情報とはネットのコメントのことでしょう。その「美味しい」情報を得ることで、訪問すべきレストラン(田畝)を決める。皆様をハクチョウに置き換えることは失礼極まりないことではありますが、生きとし生けるもの全てのシステムは同じなのかもしれません。Benoitは、皆様が求める「口福な食時」のひとときお楽しみいただくための、一つのレストランとなるべく、水面上は優雅でも、水面下で水を足でかいているハクチョウの如く、日々研鑽に励みます。

 アラン・デュカスの料理哲学である「素材を厳選し、その素材の持ちうる香りと味わいを十二分に引き出し、表現すること。」を実践するためには、料理の構想から始まり、それ相応の仕込みに時間を要すること鑑みると、どうしても「日替わりの逸品」は難しいと考えざるをえません。そこで、フランス伝統の逸品を残しつつ、期間限定で季節を反映した料理をご用意することで、「選択」するという楽しみを感じていただければ幸いです。

 旧年を省み、新春を迎えた喜びとBenoitの新たな決意を、大中臣能宣の名句とともに、言祝がせていただきます。皆様におかれましては、令和2年が、萌えいずる若草のように生き生きと、空飛ぶ最大の鳥ハクチョウが羽ばたくように、大きな夢に向かって飛躍する素晴らしき年となるよう、青山の地よりお祈り申し上げます。今年も変わらぬご愛顧のほど、なにとぞよろしくお願いいたします。

 

 2020年1月の「Benoit特選情報」は、以下に記載しております。お時間のある時にご訪問いただけると幸いです。

kitahira.hatenablog.com 

 「寒の入り」から9日目に降る雨のことをを「寒九の雨」と古人は名付けました。そして、この雨はその年の秋の豊穣がもたらすものだと信じてきたのです。2020年の寒九は1月15日です。関東では、昼間に陽射しが射しこんだものの、朝より雨模様の一日でした。古人は何かの根拠をもって決めたのかもしれませんが、自分には皆目見当がつきません。新年早々の天気による占いでは、今年は吉が出たようです。

 こう思うと、寒々しい雨でしたが、悪い気がしないものです。幸先が良い年になりそうです。雨に濡れてしまった方々は、今年一年の幸運を身にまとったのかもしれません。風邪をひかぬよう十分に注意しながら、幸先の良さに笑みをこぼしても良いのかもしれません。

 

いつもながらの長文を読んでいいただき、誠にありがとうございます。

末筆ではございますは、寒九の雨にちなみ、皆様のご健康とご多幸を、青山の地よりお祈り申し上げます。

 

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬

www.benoit-tokyo.com