今回ご紹介する逸品は「Irish Porter(アイリッシュ・ポーター)」です。
アイルランドの南西部、マンスター地方リムリック州で作られているチーズ。特徴的なのは、断面の大理石模様です。
これはイギリスを代表するチーズ「ウエスト・カントリー・ファームハウス・チェダー・チーズ(俗に言うチェダー・チーズ)」と同じ製法のチーズに、アイルランドの黒ビール「ポーター」を混ぜ込んで造ったことによるもの。なぜチェダー・チーズと同じ製法を用いたのかというと、イギリスによって長い間、植民地支配されていたため、アイルランドはイギリスチーズの需要や経済状況に大きな影響を受けてきました。そのためチーズ造りもチェダー製法が中心になったのです。
さて、度々登場する「チェダー製法」。実は普通のチーズとは少し変わった製造方法でチーズを造ります。
一般的な固いチーズの製法は、ミルクを容器に入れて、乳酸菌や酵素の力を借りて固めたものをカットし、撹拌させながら加熱し水分をある程度抜いた固形状のものを型にいれて、プレス機でプレスし、成形したものを熟成させます。
ただチェダー製法の場合は、カットしたあとに少し置いて、重さで容器の底にたまる固形物と水分が分かれるのを待ちます。分かれたら水分だけ除いて、固形物を保温性のある容器に移し替えて、適当な大きさにカットし積み重ねたりします。こうして余分な水分を抜くのと同時に、乳酸菌の力を借りて、酸度を高めます。この二つの効果により、長期保存のできるチーズになります。その後細断機にて、ぽろぽろにチーズをカットし、型に詰めて、プレス機でプレスし、成形したものを熟成させます。これが、チェダー製法です。
アイリッシュ・ポーターでは、細断機にてぽろぽろになったチーズに、黒ビール「ポーター」を加えて、型に詰めて、プレス機でプレスし、成形したものを熟成させています。したがって、黒ビールの黒とチーズの黄色で大理石模様になるのです。
口に含むと、ビールの香ばしい麦芽の香りと、ホップ由来の苦み、チェダー製法による酸味、チーズの甘みのバランスがちょうど良く、マイルドだけどコクを感じるチーズに仕上がっています。2月のイベントのひとつ「バレンタインデー」にふさわしい、チョコレートのような外皮をしております。残念ながら、これはワックスなので召し上がることはできません。
この機会にぜひ、「アイリッシュ・ポーター」をご賞味ください。
と、こう熱く語るのは、Benoitでチーズ管理の重責を担う小林でした。
余談は北平が書きます。
忘れやすいのですが、ワインもチーズも農産物です。気候天候によって、原料の品質が変わるのはもちろん、管理方法によっても仕上がりに雲泥の差が生じてしまいます。ワインでは、専用のワインセラーという便利なものが、ワインの眠り快適な眠りを実現できるため、ご家庭でもお持ちの方がいらっしゃるのではないでしょうか。自分が思うに、ワインセラーが無い場合は、飲みたい時に、信用のおける酒屋さんから随時購入するべきでしょう。もちろん、チーズも同じことが言えます。家庭の冷蔵庫で熟成しようなどとは考えてはなりません。
我々飲食店も、随時チーズ屋さんから購入しています。しかし、購入後すぐに全てを楽しむわけではないため、美味しさを維持もしくは更なる一手にて美味しくなるよう管理してゆかねばなりません。日本は、フランスに比べてまだまだチーズ文化が定着していないため、この管理の点がおざなりになっている感が否めません。
刻一刻と姿を変えるチーズと向き合う日々。Benoit小林は営業時間外に、熟成の度合いや劣化がないかと、チーズを1点1点確認してゆきます。そして、どう皆様にプレゼンしてゆくのが良いのか。さらに、ドライフルーツやナッツ類などと、どういう組み合わせが食のマリアージュを生み出すのか。そのような思いを馳せながら、丁寧に接している彼の後ろ姿は、チーズへの愛に溢れているかのよう。
季節を追うように、小林が皆様にチーズの美味しさをお伝えしてゆきます。四季折々に、彼がどんなチーズを選んでくるのか、大いにご期待ください。そして、彼のチーズへの愛が本物かどうか、見定めていただくのは、もちろん皆様です。
小林が説明した「チェダー製法」のことを、英語では「チェダリング」というそうです。この言葉が存在していることこそ、伝統的であることの証ではないでしょうか。「チェダリング」という言葉、何かの機会にご活用ください。この言葉を会話の中で披露すれば、知る人ぞ知る「チーズ通」と評されるはずです!
いつもながら最後まで読んでいいただき、誠にありがとうございます。
末筆ではございますは、ご健康とご多幸を、青山の地よりお祈り申し上げます。
ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 今回の語り手は、前半が小林、後半が北平でした。