kitahira blog

徒然なるままに、Benoitへの思いのたけを書き記そうかと思います。

Benoit特選チーズ「エポワス」のご案内です。

f:id:kitahira:20200413095834j:plain

 これは、Benoitで新年1月4日と5日の両日にご用意いたしました、フランスでの新年恒例の焼き菓子「ガレット・デ・ロワ」です。下の画像はオーブンに入る前の「ガレット・デ・ロワ」…

f:id:kitahira:20200413095837j:plain

 ではありません。今回ご紹介する逸品はフランスウォッシュタイプの代表格とも言えるチーズ、「Époisses(エポワス)」です。

 

 故郷であるブルゴーニュ地方のマール(ワイン用ぶどうの搾りかすから作られたブランデー)によって洗われた表皮から発する個性的な香りと熟成によるクリーミーな味わいは、美食家ブリア・サヴァランにして「チーズの王様」と称させたほど。このチーズの歴史は古く、16世紀の初めには修道院で作られ始めたという記録が残っており、19世紀にはパリやリヨンといった大都会にもその美味しさが伝わったと言われています。

 かの有名なナポレオンもこのチーズに魅了された人物の一人。うたた寝をしたナポレオンの目を覚まそうとした兵隊が、好物であるエポワスをナポレオンの鼻に近づけると、「ジョゼフィーヌ、今晩は勘弁してくれ」とつぶやいた、という小話もあるほどです。エポワスが好きすぎて、奥様でさえエポワスと感じてしまう。なんというエポワス愛だったことでしょうか。

 さて、今では定期的に食する事のできるエポワスですが、20世紀に入ると消滅の危機に見舞われます。2度の世界大戦で農家が焼失し、生産者は減少の一途をたどってしまいます。さらに、「大量生産」時代の到来が、追い打ちをかけたのです。一見、良いことのように思いますが、なんでもかんでも大量生産ということは、農畜産を生業(なりわい)にしている人々にとっては、今までの価値観を一変させなければなりません。

 

 野菜などの農産物は、病害虫に強く栽培期間が短いものが選ばれてゆくことに。土にはその土地土地の敵した自浄能力があるものです。しかし、それを無視した大量栽培に取り組むことで、土は疲弊し病気が蔓延する。結果、農薬と化学肥料の大量使用をもたらしました。そして、畜産も例外ではありません。成長の遅いもの、ミルクの搾乳量が少ない品種は、淘汰されてゆくのです。美味しいにも関わらず、栽培が難しく収量が少ない野菜が姿を消してゆく。肉質に優れ、得も言われぬ美味しさの家畜にまたしかり。

 しかし、美味しいからという理由で栽培や飼育を続けている人々がいました。フランスで昔から栽培されていた「白インゲン豆」があるのです。品種すら思い出せない話なのですが、美味しいが手間暇がかかり過ぎて、今は栽培している人が激減しているといいます。「激減」、そう「皆無」ではないのです。アラン・デュカスグループの旗艦とのいえるモナコのレストら「ルイ・キャーンズ」では、全量買うことを約束し、このインゲン豆を栽培してもらっているのです。なぜか?美味しいからに他なりません。

 フランスとスペインの国境に聳(そび)えるピレネー山脈。この山中で駆けまわっている「イノシシ」が、スペイン側に下りていったのが「イベリコ豚」であれば、フランス側に下りたものが「ビゴール豚」という。聞き慣れない後者の名前。それもそのはずです、いっときは5頭という「絶滅の危機」に瀕していました。これに危機感をもったのが、地元の有志達です。まだまだ飼育数は少ないですが、食肉の流通にのるようになりました。

 チーズは関係ないような気もいたします。しかし、この大量生産時代に、地方に根付いた多くの伝統的なチーズが姿を消していきました。なぜか?乳牛が激減したのです。フランスの地方地方には、その地で長年育まれた乳牛がいました。濃厚で美味しいミルクを産みだしますが、効率的に大量のミルクを作りだすことのできるホルスタイン種に取って代わろうとしていたのです。その結果、濃厚で美味しいミルクが手に入らなくなり、その地で育まれた伝統のチーズも姿を消すことになったのです。

 

 このエポワスは、1950年代にはたった2軒の農家でしか製造されていません。時代に淘汰されてしまうのか?

 この窮地を救ったのが、故郷であるブルゴーニュ地方エポワス村で生まれ育ったひとりの村人でした。チーズ会社BERTHAUT(ベルト―)社の初代社長ロベール・ベルトー氏。

f:id:kitahira:20200413095831j:plain

 ブルゴーニュ生まれだからこそ、エスポワを失いたくない。彼のこの一心から会社を設立し、伝統ある製法を引き継ぎ、1991年には原産地呼称制度(AOC)を獲得したのです。もし、ベルトー氏が「何が何でもエポワスを失いたくない」と思わなければ、エポワスの製法は失われ、歴史からその名が消えてたことでしょう。彼の故郷への熱い想いと、エポワスが何人をも魅了して止まないほどの美味しさがあったればこそ、今こうして楽しむことができるのです。

 

 今回Benoitでご用意するエポワスも、伝統的な製法で造られております。チーズの醍醐味でもある熟成。エポワスも同様に日々熟成しております。若い内は、熟成している時に比べ香りも味わいも優しく、熟成していればクリーミーで濃厚な味わいをお楽しみいただけます。

 さらに、特筆すべきは、その大きさでしょう。通常、目にする大きさは、約250gほどの大きさです。カマンベールチーズとそう大きさは変わりません。しかし、Benoitでは、約1kgのサイズが届いているのです。熟成が進むにつれ、トロトロへと姿を変えるチーズだけに、このサイズでは管理が難しく扱いにくいというのが本音です。だからこそ、流通もほとんどしていません。

f:id:kitahira:20200413095840j:plain

 なぜ、Benoitはこのサイズにこだわるのか?あまりにも美味しいからです。生産者も販売しにくいこのサイズを、敢えて作る理由は、この一言に尽きるのです。ワインが通常サイズのボトルよりもマグナムサイズ(倍量)のボトルが、熟成したときにより美味しさを発揮するように、チーズも大きいことで大きいからこその熟成をなし、美味しさを身にまとうのです。日増しに変わる味わいは、人々を魅了して止みません。

 Benoit自家製のパン・オウ・ルヴァンとの相性は抜群です。特に香ばしさとカリカリの食感の皮目を手でちぎり、たっぷりとエポワスをのせて、口には運ぼうものならば、なぜベルトー氏が、復活をさせようと思ったのか?なぜ、人々がこのチーズの復活を指示したのか?そして、「美味礼賛」を執筆するほどの美食家たるブリア・サヴァランが「チーズの王様」と称したのか?ご理解いただけるはずです。

f:id:kitahira:20200413100502j:plain

 歴史を感じながら楽しむのも、なかなかに趣きがあります。そして、どうせならば旅をするように同郷であるブルゴーニュのワインをお供につけることをお勧めしたいです。赤ワインも良いですが、個人的には樽の雰囲気のあるコクのある白ワインを。きっと、皆様をマリアージュの世界へ誘(いざな)うことでしょう。

 そういえば、このエポワスの香りは、フランスでは「神様のおみ足」やら、イギリスでは「豚の足の指の間」の香りと表現されています。およそ美味しいとは思えない香りの表現です。さて、皆様ならどの様に表現されますか?

 

いつもながら最後まで読んでいいただき、誠にありがとうございます。

末筆ではございますは、ご健康とご多幸を、青山の地よりお祈り申し上げます。

 

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬は一部加筆。今回の語り手は小林でした。

www.benoit-tokyo.com