kitahira blog

徒然なるままに、Benoitへの思いのたけを書き記そうかと思います。

2022年3月 Benoit特選食材「岩﨑農園の瀬戸内レモン」のお話です。

「Benoitでレモンは必要ない?」

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 自分が担当したテーブルのお客様のこの一言から、自分の柑橘への取り組みが始まったといっても過言ではありません。彼女は都内でパンの先生をしており、実際に彼女が使用している瀬戸内レモンが美味しいので、紹介させてほしいというのです。Benoitにとってレモンは必要不可欠であることは、シェフに確認するまでもない。喜びを隠せないほどに弾んだ声でこう即答しました、「ご紹介していただけますか?」と。

 レモン…料理や飲み物で欠かすことができない柑橘でありながら、なかなか主役をはることが無い食材だと思います。レモンをそのまま口に運んだ時、美味しい~と思うことよりも、すっぱい~と感じるはずです。その酸味が病みつきになる人もいるが、少数派でしょう。レモンスライスのはちみつ漬けやレモンスカッシュがあるではないか?とお思いかもしれませんが、それらはある種の料理でありカクテルです。

 以前に皆様にご紹介した「フランス人の柑橘の捉え方」を思い出していただきたい。ミカンやオレンジ、グレープフルーツなどは「agrumes (アグリューム)」で、レモンやライムは「citrus (シトリュス)」であると、アジア圏を統括しているエグゼクティブ・シェフパテシエは言う。分からなくもない…この区別は、前述したような食べ方の違いが理由なのかもしれません。

 何はともあれ、Benoitの料理やデザートで、「レモン」という名称の記載が無くとも、思いのほか多用している食材です。レモンをご紹介いただいたお客様からサンプルの依頼が伝えられ、すぐにレモンが送り届けられました。その品質の高さに、Benoitシェフもシェフ・パティシエールも絶賛!そこで、お礼をお伝えすると同時に、すぐに購入させていただきたく、電話をいたしました…

 お会いしたこともないため、いきなり携帯電話に連絡するのは憚(はばか)れるもの。そこで、お家の方へ。しばらく呼び出し音が続く後、電話に出てくれたのが、可愛い声の女の子でした。声から察するに小学生だったのかな~、自分の躊躇(ためらい)をお察しください。とはいえ、名乗らないことも失礼である。簡単な自己紹介の後に、お父さんはいらっしゃいますか?と。もちろん、女の子が電話に出たということは、ご両親様は家に不在でした。

 いまだに自分が反省している出来事です。会社ではなく、ご家族で経営してる農園さんの固定電話は、間違いなくご自宅です。知らない人からの電話が女の子に与えるストレスはいかほどのものか…日を改めてお父さんの携帯電話に連絡させていただきました、お詫びの言葉と共に。もう6年ほども前のお話…彼女ももう中学生かな?

 

 この電話の先は、いまでもBenoitがお世話になっている瀬戸内レモン農家さんです。2011年京都からのiターンで広島県大崎上島に移住し、レモンの栽培を始めたのだといいます。農業初心者でありながら、飽くなき探求心からなのでしょう、より安心安全な農産物を追究し、環境保全をも考慮した持続可能な農場経営を目指したのです。その甲斐あり、2019年には栽培する全ての農産物で「JGAP」を取得しました。

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 「岩﨑農園」は、岩﨑太郎さんを園主とし、奥様の亜紀さんはもちろん、ご家族皆で営んでいる農園です。Benoitの規模では、期待されるような量を購入できませんが、今でも快く素晴らしい瀬戸内レモンを送っていただいております。ご家族が描かれたロゴマークが印刷された段ボールでレモンが届き始めたのが、数年前の事。今思い返すと、前述したJGAP認定の頃ではないだろうかと思う。きっと、岩﨑さんが想う「岩﨑農園の瀬戸内レモン」を収穫できるようになった…その自信の表れがロゴに表れている気がします。

 

 さて、瀬戸内レモンについて。この果実は、柑橘類の中でもひときわ病気に弱い。いつの頃か、レモンが日本に渡来し、多くの先人が果敢に植栽するも失敗に終わる…しかし、この地は違った。北に中国山地、南に四国山地が聳(そび)えていることから、雨や風が少なく、温暖な気候が特徴の広島県の沿岸域と島嶼(とうしょ)部。特に島々では、昔から柑橘が植栽されていたこともあり、レモンを受け入れる土台ができていたのでしょう。だからこそ、昭和のはじめにはレモンの一大産地になっていました。

 しかし、1964年(昭和39年)にレモン輸入自由化が政策決定され、海外産のレモンの波にのまれ、もまれ、淘汰されてゆくのです。レモンを栽培していた農家さんは、辛酸を舐めるかのような思いでレモンを伐採してゆく…しかし、中には臥薪嘗胆(がしんしょうたん)の心意気で、一戸に数本ずつという数ですがレモン樹を守り続けた人もいた。彼らは信じていた…国産レモンの美味しさと安全性が見直され、必ず国産レモンの需要が増すはずだ!

 約20年もの歳月を過ぎた時、機は訪れたのです。輸入レモンのポストハーベストで使用されている農薬に発がん性が認められたのです。ポストハーベストとは、収穫後の品質保持のため、農薬を収穫物に散布するもの。国産レモンが反撃の狼煙(のろし)を上げるのです。しかし、野菜とは違い、果樹は収穫までに数年を要する上に、この期間も常に手間暇をかけなばりません。まして、病気になりやすいレモンは油断なりません。

 ついに、類稀なる環境と、栽培を決意した人々の並々ならぬ努力が、広島県にレモン産地という称号を与えました。いまや国産レモン6割のシェアを誇る日本一の産地にまで成長したのです。この一役を担っているのが、広島県島嶼部の大崎上島です。

 

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 Google Mapの力を拝借します。広島県の本州にある竹原市は、上の画像の上部の真ん中に位置しています。ここから海上を10kmほど南に進むと、大崎上島が出迎えてくれます。この島の右には大三島(おおみしま)、さらに右上には生口島(いくちじま)、右下は伯方島(はかたじま)と大島(おおしま)という、相応の大きさの島々が連なる地域です。

 この海域を船で安全に通過するために、船乗りは一番広い来島(くるしま)海峡を選ぶことになります。愛媛県今治市から大島まで幅約4kmのこの海峡は、数字だけ見ると十分に広いと思うのですが、この間に馬島などの小島が点在しているため、さらに3つの海道に分かれているという。海流も、この狭き海峡を向けるために川の流れのように速くなるといいます。瀬戸内海航路の一番の難所と言われている所以です。

 今では、島嶼部を利用して本州の広島県尾道市と四国の愛媛県今治市を架橋で繋ぐ「瀬戸内しまなみ海道」が、陸路として活躍しています。先の画像の真中下から右上へ、島々に沿うような黄色のラインがその海道です。大崎上島の左下には大﨑下島があり、島々を渡る橋によって「安芸灘とびしま海道」が誕生し、本州の広島県呉市と繋がっています。そう、大崎上島は、架橋で本州と繋がっていない孤島。それも、瀬戸内の多々ある孤島の中でも、小豆島に次ぐ大きさを誇るのです。

 さあ!大崎上島へ。岩﨑さんの助けを借り、大崎上島と岩﨑農園さんをご紹介させていただきます。

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 広島県の本州側に竹原市があり、そこからフェリーに乗り込み大崎上島へ。瀬戸内の島嶼部なだけに、荒波にもまれるということもなく、島々の織りなす風光明媚な瀬戸内の風景を楽しみながらの穏やかな海路。遠方に望む島影が、時を刻むごとに大きく鮮明になってゆく中で、島に聳(そび)える神峰山(かんのみねやま)が目を惹きます。

 452mの標高を誇るこの神峰山の山頂部には展望台があり、日本一と称えられる多島美を望めます。気候条件がそろうと、ここから瀬戸内海の115の島々が見渡せるという。伝説によると、厳島神社の祭神である市杵島姫命(いちきしまひめ)が、行方不明の我が子を探して瀬戸内海を旅する途中にこの山にやってきた。そして、ここから眺める景色に心癒され、この峰に宮柱を立て、終の住処にしようと考えた…そう案内板が教えてくれる。それほどまでに美しい景観がひろがる…

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 この展望台からは、もちろん大崎上島をも見渡せる。すると、緑美しい丘陵が島のほぼほぼを成し、少ない平地には居住区が広がっていることに気付く。そう、この島の特産は、瀬戸内海の恵みともいうべき海産物はもちろん、瀬戸内の気候とこの丘陵を利用した果樹栽培、特に柑橘です。この神峰山を成す峰々の周囲には、果樹園が広がっています。もちろん岩﨑農園さんの果樹園もここにあります。

 

 毎年のように、Benoitへ見事なまでの瀬戸内レモンを送っていただいている岩﨑農園さん。代々が大崎上島で柑橘栽培を生業としていたわけではありません。岩﨑さんご主人も奥様も、大崎上島に縁もゆかりもなかったのです。かつては、京都でまったく別業種の仕事に就いていたというご主人、奥様との二人暮らしであれば、島への移住という選択肢はなかったでしょう。そう、お子様の誕生を境に、ご夫婦の意識が変わっていったのです。そして、2011年に一念発起。iターンという選択肢を選び、大崎上島へ移住するのです。

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 良く耳にするiターンですが、Uターンとは違い、見知らぬ地へ移り住むことを意味します。就農を決意する前に、大崎上島の窓口になっている方に何度も相談したことでしょう。見知らぬ地、初めての就農ということで、岩﨑さんご夫妻で喧嘩をしながら大いに話し合ったのではないかと思うのです。その中で、彼らは決断をしました。彼らの背中を押したものはなんだったのか?子供たちには、自然の豊かなところで、のびのびと育ってほしい、そう切望する親心に他なりません。

 いざ、移住してみると、島の仲間と意思疎通を図るためにも、彼の地の方言を理解しなければなりませんでした。ここが観光との大きな違いでしょう。さらに、島のシンボルともいえる神峰山という名に、神の字があてられている。市杵島姫命(いちきしまひめ)の伝説があるように、この島には歴史がある。その歴史を守るため、そして住民を守るために、多くの島特有の「文化」や「しきたり」というものがあるものです。島で生きると決めた以上は避けては通れない道であり、皆に迷惑をかけないようと気を使い続ける日々でした…と岩﨑さんは教えてくれました。

 馴染みのない地に居を構えるということで、ご心労は並々ならぬものだったはずです。しかし、島での生活で得たものは、それをはるかに上回っていた。岩﨑さんは、「自分らしく仕事ができる」と言っています。そして、「自然あふれ、風光明媚な土地柄もあり、毎日が穏やかに緩やかに過ごせています。子供たちが楽しそうに自然に触れあう姿を見るに、子育てに良い場所だったと思っています。」とも。

 時間や業務など、何かに追われるかのようなせかせかした日々でも、家族で過ごす毎日は充実していた。しかし、子供たちの成長を見るにつれ、何か自分達が受け入れることのできない違和感を覚えたのでしょう。家族を養うためにも仕事は大事だが、子供たちのその時々の姿は、その時にしか出会うことができない。まして、子供たちが親を求めている時に、応じることができない。これに気付いた時こそ好機であり、岩﨑さんご家族が彼ららしい生活をするためには、大崎上島が適地だったのでしょう。

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 大崎上島は多種多様な柑橘を栽培するも、他地域と一線を画すのがレモンです。前述したように、国産レモンの6割のシェア誇る広島県、この島はその一翼を担っています。瀬戸内レモンという確固たるブランドが生まれるも、柑橘の中でもひと際病気に弱いレモンだけに、いくらレモンの産地であるからと言っても、そんなに簡単なものではありません。

 移住と同時に、岩﨑さんの果樹栽培が始まりました。最初はブルーベリーとミカンの栽培、どうしてもレモンを主力にするには二の足を踏む。この思いをレモンが感じ取ったのでしょうか。岩﨑さんがほんの少しだけ植栽していたレモンの方から彼らに誘いをかけてくるのです。

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 島の諸先輩方に教えを請いながらとはいえ、経験不足は否めません。農作業ひとつひとつが正しいかどうか不安にかられ、さらに慣れない作業なために他の人よりも無駄な動きが多くなる。まして、レモン栽培は難しいとくる。子供たちの笑顔を糧に、努力を続けるも、疲労困憊な日々だったことでしょう。

 しかし、気難しいレモンも手間暇を惜しまずに世話をすることで、美しい果実を実らせることを知る。そして、「収穫の時には樹々はレモンの香りに満ち、そのアロマに癒されるのです。」と岩﨑さんは言う。丹精込めて育ててくれたことへのレモンの恩返しのように…レモンに魅せられてしまったからなのか、今では岩﨑農園の総収穫量の8割が瀬戸内レモンになっているのです。

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 岩﨑さんに今後の目標を聞いてみました。「次世代の育成です。私たちがiターンで11年かけて培ってきたノウハウを次世代に繋ぎ、この島の農業を絶やすことなく、いい形で残せるようにすること。」自分たちを受け入れてくれた島へ、島の人々への恩返しなのでしょう。すでに、この取り組みは始まっていました。

 農業や漁業の1次産業が、食品加工や流通販売まで手掛けることを、6次産業といいます。島全体が6次産業化すること目指し、まずは自分達で何ができるのか模索しはじめたのです。生鮮果実の販売に加え、美味しいにもかかわらず見た目だけで商品にならない果実を利用し、ジャムやドレッシングの製造を始めたのです。

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 そして、就農して10年目のアニバーサリーイヤーである2020年、ついに農園敷地内に「岩﨑農園カフェ」をオープンするに至ります。ここでは、瀬戸内レモンはもちろん、島で育まれた柑橘で作られるお菓子やデリセット、そしてお飲み物を楽しめます。さらに店内では、島のクリエイターが仕上げた雑貨も販売中!しかし、ご家族で経営していることもあり、農作業が優先です。皆様がお運びいただける際には、営業日をご確認ください。

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岩﨑農園カフェ

www.big-advance.site

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 岩﨑さんより皆様へお誘いのメッセージが届いています。

 「5月になると島には柑橘の花たちが咲き、フェリーを降りた瞬間にネロリの甘い香りに包まれます。その花たちが秋から冬にかけて美味しい柑橘たちに育っていく過程を一緒に楽しめる農業に携われることに誇りを持ちつつ、皆様に安心安全で美味しい果実をお届けできるよう日々頑張っています!皆様も私どもの育てる柑橘に会いに、ぜひ大崎上島にお越しくださいませ!」

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 おすすめ観光スポットも聞いてみました。「神峰山と大串海岸です。夏は島で3ヶ所の花火大会があるのですが、特に大串花火大会は圧巻です!」と。夏か~柑橘の旬は夏ではないな~と思うも、夏の大崎上島に興味津々の自分がいます。恥ずかしい話ですが、岩﨑さんの瀬戸内レモンとの出会いがなければ、この島へこれほどの興味は湧きおこらなかったことでしょう。これも何かのご縁なのか。そう遠くない日に、自分が訪れたいと思う地が、また一つ増えました。この話を最後まで読んでくださった皆様も、共感を覚えてくださっているのではないでしょうか。

 

 岩﨑農園のHPにはこう書き綴ってありました…

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幸せなレモンの香りをあなたに届けます

 

 自分が岩﨑さんへ電話をかけた時の可愛い声の主は、すでに高校生となっていました。そして、ご子息はこの春、就職のため島を出るといいます。「本当に早いものです。」と、岩﨑亜紀さんが教えてくれました。ついこの間のような記憶ですが、すでにそれほどまでに時が経っていたのです。ご子息は、島外に出ることで、ご両親の育んだレモンの素晴らしさを知ることになるでしょう。そして、郷愁の念いかられると同時に、ご両親の目指すものへ共感し、加担することになる気がいたします。

 

 レモンは誰もが知っている柑橘でありながら、思いのほか収穫される時期があいまいなもの。確かに、用途万能なため、ハウス栽培や海外産を含め、一年中八百屋さんやスーパーでお目にかかれます。国産のレモンは、他の柑橘と同じように、晩秋から初春までの期間が収穫期です。

 岩﨑農園は、夏過ぎからハウス栽培のレモンが始まり、11月末のあたりで露地栽培に移りゆきます。旬の走りのレモンはライムのような緑色の果皮の「グリーンレモン」。太陽をさんさんと浴びることで、輝かんばかりのイエローレモンへと徐々に姿を変えてゆく。グリーンレモンは、爽やかな青っぽさのる香りをはなつ果皮、はつらつとした酸味のある果肉が心地いい。完熟したイエローレモンは、まろやかな酸味に、ほのか甘みすら感じるほどの果汁を内包します。

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 岩﨑農園の瀬戸内レモンを使ったデザートが、3月末までBenoitに登場しています。もうすでにお召しあがりいただいた方もいらっしゃるかもしれません。しかし、今この時の「完熟レモン」だからこその美味しさに満ち満ちたタルトに仕上がっています。え?どういうデザートなのか知りたいですか。詳細を別ブログに書き綴っています。お時間のある時にご訪問いただけると幸いです。

kitahira.hatenablog.com

 

最後まで読んでいいただき、誠にありがとうございます。

 

 「一陽来復」、必ず明るい未来が我々を待っております。そう遠くない日に、マスク無しで笑いながらお会いできる日が訪れることを願っております。皆様のご健康とご多幸を、一刻も早い「新型コロナウイルス災禍」の収束ではなく終息を、青山の地より祈念いたします。

 

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬

www.benoit-tokyo.com