kitahira blog

徒然なるままに、Benoitへの思いのたけを書き記そうかと思います。

2023年10月11月 Benoit特選食材とお勧め料理のご案内です。

 草木の花々は移りゆく季節の機微を捉え、順を追って咲き誇るもいずれは散りゆきます。食材も同じように「旬」という期間は限られたものであり、「待つ」という優しさはありません。そこで、全ての旬食材は無理でも、Benoitの要望に応えてくれた逸材でこしらえた、まさに「旬の味覚」の料理とデザートをご用意いたしました。その旬の食材とお勧め料理/デザートを、皆様にご紹介させていただきます。

 

ラグビー日本代表の善戦に敬意を表して、今季のBenoitはこのカボチャ

 今秋のBenoitのスープは、まるでラグビーボールのような形のこの「ロロンカボチャ」でこしらえます。多くの野菜が新鮮であればあるほど美味しいものですが、カボチャは別です。収穫してから追熟させることで美味しさが増してくるのです。このロロンカボチャは、香川県の県庁所在地・高松市の南部、香南町(こうなんちょう)に畑を有する「薫る農園」さんが、丹精込めて育て上げ、同市に店を構える八百屋「サヌキス」さんが保管をしていたものがBenoitに届くのです。

 ねっとりと優しい甘みのあるこのカボチャをたっぷりと使い、なめらかなトロッとするスープに仕上げます。カボチャの美味しさを引き立てるかのように、バターと玉ねぎがいい仕事をしている。フランス料理の世界では、さらっとした液状のスープを「Soup」、とろりとした濃密なものを「Velouté(ヴルーテ)」と表現するようです。もちろん、BenoitのかぼちゃのスープはVeloutéと表現するにあい相応(ふさわ)しいもの。

 カボチャは、とてもとても栄養価の高い野菜。もちうる免疫力を最大限発揮することを促す、カロテンやビタミン類を豊富に含んでいます。さらに、ホルモン調整機能をもったビタミンEが、肩こりなどの更年期障害の症状を改善するといいます。

 夏には恨めしく思っていた陽射しは、これから冬に向かうことで日増しに短く弱くなってきます。ついつい憂鬱な気分に陥ってしまう時期だからこそ、免疫力が下がり体調を崩しやすくなるもの。「冬至にカボチャを食べると病気にならない」とは古人の教えであり、今でも十分に説得力を持っています。

 しかし、Benoitでは冬至まで待つことはありません。「秋からカボチャを食べることで、きっと病気にならない」との思いを込めて、ロロンカボチャのヴルーテをご用意しております。美味しく食することで、効率よくカボチャの豊富な栄養を摂ることができ、さらに人を笑顔にする。上向きの気持ちの時には、病気にはかからないものです。

Velouté de potiron et fromage frais “

香川県産か ぼちゃ"のスープ リコッタチーズ

※ランチのプリ・フィックスメニュー、前菜としてお選びいただけます。

 

 

Benoitの秋は栗で始まる…≫

 秋を代表する食材の中で、料理とデザートで主役を担うことのできるものとして、和洋を問わず筆頭に挙がるのが「栗」でしょう。栗なる木の実を大きく分類すると3つに分けることができ、それぞれに美味しさが異なります。天津甘栗などで有名な「中国栗」、マロングラッセなどには欠かせない「ヨーロッパ栗」、そして、日本の「和栗」です。Benoitには、ヨーロッパ栗と和栗が届いています。

 ヨーロッパ栗は、もちろんフランスから。フランス栗は特有のコクと甘さがあり、フランス伝統菓子のマロングラッセがやはり美味。栗おこわにすると、和だしや醤油の旨味ばかりかもち米の繊細な風味をも奪い去ってしまうことでしょう。そこで、Benoitでは、洋栗をこれでもかと使ったなめらかなスープに仕上げます。

 フランス栗だけでこしらえるスープは、甘さと木の実のコクが強く出ます。だからといって薄くするという発想はありません。Benoitでは栗の渋皮を加えることで、赤ワインの渋みのような味わいを加えるのです。今の時期になると、必ずと言っていいほど「栗のスープはいつからですか?」と皆様から問い合わせが入る逸品です。Benoitの秋は栗で始まる…

Velouté de châtaignes, garniture mijotée

フランス産栗のスープ

※ディナーランチのプリ・フィックスメニュー、前菜としてお選びいただけます。

 

 そういえば、栗には東西を問わず渋皮があります。美味しく食べるには、この渋皮を取り除かねばなりません。フランスで栗の収穫を迎えると、この渋皮剥(む)きは女性の担当だったといいます。この作業を経験した方はご存知かと思いますが、手が渋皮で黒ずんでくるのです。特に爪が黒ばんでくることを、フランス女性たちの美意識が許しませんでした。そこで、考案されたのが「マニキュア」だと…そのような女性たちの想いを感じながら、Benoitの栗料理と栗デザートお楽しみいただくことも一興かと。

 

 

Benoitのフォアグラのコンフィが意味するもの

 もう14年もまえのこと、2009年にフランスで「Best of Chef」シリーズのレシピブックが刊行されました。10€という価格ながら、詳細な解説に幾枚もの写真が掲載されており、ついつい素人の自分でも作れるのではないかと錯覚してしまう。1刊目は、BOCUSEさん。3刊目はROBUCHONさん。ともに鬼籍に入るも、今なおその名声は衰えを知らない。この二人の間に割って入ったのが、我々のボス、Alain Ducasseでした。

 アラン・デュカスがこのレシピブックを刊行するにあたり、まっさきにもってきた料理こそが、今回ご紹介する「鴨のフォアグラのコンフィ」でした。自分がBenoitで働き始めた頃、初めてこのフォアグラの料理を口にした時は驚愕を覚えたものです。あまりの美味しさに、当時Benoitのシェフだった小島景から事細かに作り方を聞いたものです。なんと手間暇のかかる逸品なのかと感じ入ったことを今でも鮮明に覚えています。それが、このレシピ本では、家でも作れるのではないかとも思うほど詳細に、作り方が記載されているのです。

 鴨のフォアグラは、塩・コショウをふって冷蔵庫で休ませます。そして、カットすることもなく、そのままぬるめの鴨脂の中へ。ゆっくりゆっくりと鴨脂の温度を上げてゆく。揚げるわけではないので≪ぐつぐつ≫ではなく、鍋を覗き込むと、熱で脂が対流しているかのよう。何時間を要するだろうか…

 湯ではなく、鴨脂に浸かるフォアグラの中心温度が70℃に達した時点で、温度を維持するのではなく、そのまま油から取り出し、粗熱をとります。この状態でも美味しそうなのですが、アラン・デュカスが求めるフォアグラのコンフィは、さらに気の遠くなるほどの時を要求してくるのです。

 粗熱をとったフォアグラは、冷ました鴨脂とともにパックし、そのまま冷蔵庫で眠りにつきます。何もしない…そう何もしないこと3週間。フォアグラは、ミンチにすることも潰すこともせず、そのまま調理してゆきます。そのため、1週間ではまだまだフォアグラのもつ内臓の荒々しさが残っているのです。それが、3週間という時が経過することで、口中でとろけてゆくような滑らかさのある、さらに旨味に満ちた逸品に仕上がるのです。

 

Foie gras de canard confit, pain de campagne toasté

フランス産フォアグラのコンフィ

※ランチとディナーのプリ・フィックスメニュー、前菜として+2,000円でお選びいただけます。

 

 「コンフィ」とは、今では生活に欠かすことのできない冷蔵庫が無かった時代、先人たちが考えた食材の保存方法でした。水ではなく油で煮ることで、低温でじっくり熱が入り、素材の美味しさを逃がしません。そして、油に浸かったままにしておくことで、空気に触れいないため酸化せず、あらに悪玉菌が増殖することもなく保存が可能となるのです。ちなみに「フルーツのコンフィ」は、油ではなく砂糖漬けです。ばい菌が活動できないほど甘く仕上げるのです。この先人の知恵は、保存性ばかりではなく、あらたな旨味をひきだすとして、調理方法へと発展してゆきました。

 

 

Benoit自慢のテリーヌなり!≫

 ビストロというカテゴリーの飲食店において、日本のみならず本場フランスでも欠かすことができない料理が、「テリーヌ」ではないでしょうか。Benoitにおいても、前菜として不動の地位を得ており、メニューから姿を消すことはありません。これほどまでに馴染みの料理でありながら、これといった決まった素材や調理法があるわけではなく、テリーヌ型といわれる陶器の蓋つき容器を使ってじっくり焼き上げたもの。肉に限らず野菜や魚介でも、この型で焼けばテリーヌということになるのです。

 このようにあいまいなカテゴリーなために、シェフによってさまざまなテリーヌが存在することになります。同じ肉主体でありながら、柔らかく仕上げたものもあれば、ゴロゴロと食感が残るようにこしらえたものもあります。違うからこそ、どのようなテリーヌが供されるのかもまた、楽しみの一つなのでしょう。

 Benoitシェフの野口は、長い調理人経験の中で試行錯誤を繰り返し、彼の求める美味しさを追求してきました。そのため、多くの店が提供しているとは、Benoitはひと味もふた味も違う。テリーヌの素材は、豚肉をメインに鶏レバーの加えて粗挽きでこしらえる。数多(あまた)あるテリーヌもそう変わらない。しかし、野口の肉のブレンド比率とスパイスとハーブの使い方が妙を得ているのでしょう、食感が心地よく旨味あふれる逸品に仕上がってるのです。

 ランチは、豚の肩肉をメインとし、豚の背脂で旨味を加え、鶏のレバーでコクをあたえたもの。Benoitの定番として不動の人気を誇るもの。ディナーでは、Benoitサラダのトッピングとして登場します。

Terrine de campagne, pain toasté

テリーヌ・ド・カンパーニュ

※ランチのプリ・フィックスメニュー、前菜としてお選びいただけます。

 

 ディナーでは、この時期ならではのジビエのテリーヌをご用意いたします。鴨(かも)と猪(いのしし)、さらに鹿というジビエの三つ巴ともいう食材を使い、上記の定番テリーヌとは違った、味わいと深みのあるコクに満ち満ちたものに仕上げています。それぞれの肉を大ぶりにカットするため、口の運ぶ場所場所によって少し異なる味わいをもお楽しみください。

Terrine de gibiers, pain toasté

ジビエのテリーヌ

※ディナーのプリ・フィックスメニュー、前菜としてお選びいただけます。

 

 

≪さっぱり分かり難い料理「ブランダード」、しかしこれが美味なり。≫

 ヨーロッパでは、北欧を主として、塩をたっぷりとまぶし釘が打てるほどに乾燥させ保存性を高めたタラ、「Morue(モリュ)」と名付けられた食材があります。これをいかに美味しく食べようかという、フランスの伝統と知恵が作り上げたのが、ブランダードという料理です。同じような料理が、ヨーロッパ各国にあり、大航海時代で言語が伝播するように、世界中に拡がっていきました。いったいどの地が発祥なのか、今となっては知る由もありません。

 日本は周囲を海に囲まれており、鮮度良く美味しいマダラが手に入る環境にあるため、Benoitのブランダードは塩干タラを使用しません。北海道のマダラに塩をまぶし一晩お休みです。これにより、、身が引きしまるのと同時に、旨味が出てきます。このタラを少しばかり塩抜きし、牛乳とニンニクの中で煮たものを、ほぐしたジャガイモと混ぜ合わせます。これに半熟卵をのせる。ジャガイモの甘さとホクホクの食感、そこにタラ特有の繊維っぽい身質と旨さが絡みあう。半熟卵のとろりとくる黄身との相性も抜群です。さらに、クリームにニンニクを風味付けしたものをソースとする。これがBenoitスタイルです。

Œuf mollet, brandade de MORUE

鱈のブランダードと半熟卵

※ランチのプリ・フィックスメニュー、前菜としてお選びいただけます。

 

 

≪今秋は旬の美味なる魚をムニエルでいかがですか?≫

 魚料理名の中に、「ムニエル」という言葉が度々姿をみせます。「舌平目のムニエル」などは、いかにもフランスっぽい料理であり、音の響きではないでしょうか。この「ムニエル」とは、料理を意味するのではなく、魚に小麦粉をまぶし、たっぷりのバターで焼き上げる調理法のことです。

 今秋のBenoitのメニューにも、「ムニエル」という単語が登場しています。ココットにバターをたっぷり溶かし込み、ふつふつと泡立つ中に魚を落とし込みます。この時、魚には小麦粉はふらず、シンプルに魚の美味しさを表現します。ココットの中では、熱々のバターをふりかける度にじゅわ~ビチビチと心地良く響く音色に、立ち昇るバターの甘い香りに香ばしい魚の香り…

 しっとりと焼き上げる魚に、職人技を垣間見ることができます。旨味の移ったバターに、ニンニクで香りをつけ、心地よいレモンの酸味を加え、さらにアンチョビを旨味を足したものがソース。添えるのがジャガイモを3種の調理方法で仕上げたもの。マッシュポテトにほぐしたジャガイモ、そして透けるかのようなポテトチップス。バターソースなだけに、お皿の中はジャガ&バター…この相性が悪いわけがありません。

 と、ここで気になるのが、旬の魚とは何か?ということでしょう。今季のBenoitは、ランチ/ディナーともに、「カレイ」なのですが、その仲間の中でも群を抜いた美味しさを誇る「マツカワカレイ」です。北海道で水揚げされた「マツカワカレイ」は、見事なまでに美しい背ビレに腹ビレに描かれる帯模様。これぞマツカワガレイなり!ヒラメにも負けないほどの肉厚さながら、やはり肉質は繊細で、優しい旨味に満ち満ちています。

 肉厚ではありますが、3枚に捌いてしまうと「美味しくなる前に火が入っていまう」ものです。そこで、中骨を残したままぶつ切りにして焼き上げるのです。骨付きだからこそ職人技ともいえる絶妙な火入れを可能とし、旨味を逃がさないのです。骨があって食べにくい?いやいや、骨に沿って魚ナイフをいれていただければ、きれいに身がほろっととれるのです。

 背びれを上に置き、白い腹目を地につけた時、「左ヒラメに右カレイ」なのだといいます。ヒラメとカレイを見分ける時の決まり文句です。その眼の向きは、やはり美味しさに違いをもたらしますが、エビ・カニ・小魚を捕食することで蓄えられる旨味は甲乙つけがたいもの。しかし、その肉質には大きな違いがあります。カレイ目ヒラメ科の仲間がぷりっと堅めの身質であるならば、カレイ目カレイ科はふわりとして柔らかい。

Carrelet à la meunière, pommes de terre écrasées

カレイのムニエル じゃがいものエクラゼ

※ランチとディナーのプリ・フィックスメニュー、主菜としてお選びいただけます。

 

 

佐渡ヶ島から直送!アオリイカBenoitに姿を見せる。≫

 新潟県佐渡ヶ島は、沿岸一周約280kmもあり、東京23区の1.4倍の広さを誇る本州最大の島です。新潟港からカーフェリーで2時間半、ジェットフォイルを使えば1時間ほどで島の両津港へと着岸します。そこから少しばかり北に向かうと、「佐渡魚市場」が姿を見せます。まだ東雲(しののめ)の頃から、次々と水揚げされる魚介の量の多さは、いかに佐渡近海が好漁場であるかを物語っています。

 Benoitは、マルヨシ鮮魚店の石原さんに競りを託します。活気を帯びる市場の中で、彼にお願いしたのは旨味食味が抜群で、イカの中でも最高級の食材と称されている「アオリイカ」です。生きたものしか捕食しないという硬(かた)くなまでのこだわりが、この美味しさを生むのでしょう。夏に生まれたアオリイカが、海水温が下がってくるころから沿岸部から深辺へと移りゆき、ぐんぐんと成長するといいます。確かに、今はまだ小さめだというのですが、いやいやこのサイズだからこその美味しさがあるのです。

 焼き切ってしまえばただの焼きイカ。そこで、Benoitではちゃっちゃと焼きを入れるのみ。半生のようであり、余熱で軽く焼きが入るようでもある。だからこそ、アオリイカが誇る香りの高さに魅せられ、パリッという若々しい弾けるような…そして、イカ特有のムッムッとくる食感、その溢れ出る旨味に酔いしれる…

 石原さんがこのようなメッセージを送ってくれました…「ただただ美味しく召し上がっていただきたいという一心です。良いものを早く処理して一流の料理人に渡す事が魚屋の仕事だと思っています。佐渡ヶ島の旬の逸品をお楽しみください!」と。

 

 このアオリイカに合わせるのは、やはり旬の食材である「秋ナス」です。しかし、この時期は美味しいけれども、少々皮が厚くなるもの。そこで、Benoitは3種類の調理方法でご用意いたします。一つは、皮を剥いてオーブンでじっくり焼き上げたナスを心地よい酸味のマリネ液に浸したもの。もう一つは、焼くことで旨味したナスを細かく切るように仕上げたところに、爽やかな酸味を少々。さらに、そのナスにゲソを細かく切ることで、アオリイカ特有の旨味を加えたもの。

 

 上述した「爽やかな酸味」とは、レモンではありません。この時期ならではの特選食材である幻の酢ミカン「直七」です。この聞き慣れない「直七(なおしち)」とは、スダチやカボスといったような酢ミカンに分類されています。原産は広島県尾道市因島(いんのしま)の田熊で、学名は「田熊スダチ」といいます。これが高知県へと持ち込まれました。今では因島で栽培している人はなく、高知県でも四万十市のさらに西隣にある宿毛(すくも)市とその周辺で栽培されているのみです。

 かつて、土佐の魚商人が、「魚に絞ると美味しいよ!」と、この田熊スダチを水揚げされたばかりの魚と共に売っていたそうです。あまりの相性の良さに加え、その魚屋さんのキャラクターが地元の人々に好印象だったのでしょう。人々は、その柑橘を田熊スダチとは覚えず、彼の名前で呼ぶようになった…「直七」とは、その魚行商を行っていた人の名前です。

 馴染みのスダチとは、外形も味・香も異なっています。ほのかな甘みに、心地よい酸味と柑橘の爽やかな青々しさ。姿もそうですが、スダチとミカンを合わせたような柑橘です。青果での流通は一昨年より初めてテスト的に一部のスーパーなどへ出荷しただけでした。一昨日にBenoitシェフ野口が試食し絶賛!今期も購入させていただいております。

 そう、Benoitでは、幻の酢ミカンが幻ではなくなっています。

 この「直七」を、果皮を削り、さらに果汁を絞ったものを、アオリイカの料理に使用します。レモンではない、スダチではない、直七だからこその風味が、アオリイカと秋ナスの美味しさを引き立て、調和をもたらしている。それぞれが持ちうる旬の美味しさをご堪能ください!

Calamars au plat, aubergine confite

佐渡ヶ島アオリイカのソテー ナスのコンフィ 柑橘直七

 

「秋茄子は嫁に食わすな」

 体が冷えて流産してはいけないと嫁の体を労(いたわ)った言葉です。夏野菜であるナスは、水分が多い上にカリウムが豊富です。カリウムには利尿作用があり、余分な水分を体外に排出する際に体温を奪っていきます。さらに、ナスのアクも体温を下げるのだといいます。夏であれば良いことも、肌寒くなると困りもの…しかし、秋ナスは格別に美味しい。

 食べ過ぎいけないことはどの食材でも同じこと。アク抜きしたナスを適量であれば、妊婦さんでも美味しくお召し上がりいただけます。まして、ナスから摂れる葉酸を思うと、「秋ナスこそ嫁に食わすべし!」というものです。なにぶん、体が冷えることは体感的に分かっていても、葉酸などの含有成分などわかりようもない時代にあっては致し方ないことなのかもしれません。

 

 

≪ボーノ(美味しい)という名を冠したボーノポーク?!

 「ボーノポーク」は、イタリア語で美味しいという意味の「ボーノ」という言葉を冠し、なんとも軽々しい印象を受けますが、その実は、岐阜県の中濃ミート事業協同組合の威信にかけて育て上げた銘柄豚です。飼育地は、県内の瑞浪(みずなみ)市、山県市、揖斐(いび)市の3地域。3つの種の掛け合わせで誕生した三元豚で、そのひとつが霜降り割合を増加させる能力を持つ、岐阜県が開発育種した「ボーノブラウン」という種豚です。

 抗酸化能とオレイン酸を多く含む植物性原料を含み、飼料中のアミノ酸バランスを調整した専用に開発された飼料を与えています。この飼料を含め、徹底した管理のもとで飼育されることで、霜降り割合が一般的な豚肉の二倍にものぼり、肉自体の旨味を十二分に堪能できる上に、脂の甘味か加味されるのです。さらに、一般に流通している豚肉よりもドリップロスが少なく、肉の旨味が逃げにくいのが特徴といいます。

 飼育した全てが「ボーノポーク」というブランドを冠することはありません。県下の和牛ブランド「飛騨牛」が、霜降り具合を目視によって5等級なのか4等級なのか、はたまた3等級なのかと振り分けるように、この豚もまたロース部位を目視によって判別してゆきます。違う点は、区分けが「ボーノポーク」か「一般的な豚」の2択であるということ。

 皆様が、「ボーノポーク」という豚の名前を耳にしたことがないのも当然、徹底した管理のために多くを飼育できない上に、厳しい選別ゆえに流通量が極端に少ないのです。その、貴重な豚肉がBenoitに届いています!どれほど美味しいのか?それは、Benoitが4年間にもわたり他の豚へ浮気しないことがなによりの証(あかし)です。

 しかし、どれほどのブランド肉でも、豚肉は生では食せず、良く焼くと硬くなります。そこで、ロース肉とバラン肉は厚めにカットし、時間をかけながら焼き上げます。特にロース肉は、断面がうっすらとピンク色になるよう職人技によって、しっとりとした食感とボーノポークの旨味を十二分に堪能できる。バラ肉は、ボーノポークならではの脂の甘さに旨さに感動を覚えることでしょう。さらに、この2種にウデ肉を加えてこしらえた自家製ソーセージは、保存性をもたせる必要がないため余計な添加物など一切入りません。豚肉の各部位のもつ、旨味が一堂に会するかのようにソーセージをお楽しみいただきたいです。

 添えるのはフランスのル・ピュイ産のレンズマメ。ワインと同じように原産地呼称を受けている緑レンズマメだけに、その美味しさは格別です。カスレのように、レンズマメの中に豚肉を加えて煮込んでいるわけではありません。この豆を、茹でたもの、ピューレにしたもの、チップスにしたもの、と食感を変えながら盛り付けてゆきます。

 

Cochon de Gifu aux lentilles vertes du Puy

岐阜県ボーノポークソーセージ/コンフィ/ソテー レンズ豆の煮込み

※ランチのプリ・フィックスメニュー、主菜としてお選びいただけます。

 

 我々はレンズマメと呼んでいる、今回の豆。平たくまるでレンズのような形をしているから…だからレンズ豆なのか!と思ってしまうのですが、真相は逆です。レンズが、レンズ豆に似ているから、レンズをレンズと名付けたのです。歴史は、レンズよりも豆が先です!

 

 

鴨がネギをしょってくる?いやいやBenoitではミカンです。

 フランス料理で肉食材といえば、まっさきに思い浮かぶものは鴨ではないでしょうか。今回は、ヨーロッパから届く鴨胸肉の皮目に隠し包丁を入れ、余計な脂を落とすように焼き、その後は低温でじっくりと、ローストビーフのように表面がロゼ色になるようにこしらえます。生ではないのですが、焼き切らない。鴨肉は、焼き色が付くほどに焼いてしまうと、鉄っぽいレバーのような風味が出てしまう。だからこそ、このこだわりの焼きの技が求められるのです。

 今季の鴨に添える野菜は、ビーツです。北海道真狩村(まっかりむら)の三野農園さんが、丹精込めて育て上げたビーツです。往古、甘味料の原料として北海道産ビーツが確固たる地位を獲得していました。しかし、時代は、すっきりとした甘さを求めたことでその地位をサトウキビに譲ることになります。確かに、ビーツは根菜だけに独特の土っぽい雰囲気がある。甘味料としては余分な味わいであっても、それが今回の鴨料理には必要だったのです。蒸し煮するように熱を加えたビーツに、生のスライスも。食感の違いばかりではない、ビーツそのものの美味しさを気づかせてくれる。

 日本では「鴨がネギをしょってくる」と言う。しかし、Benoitはフランス料理店なので、ここはオレンジをしょってきてほしいものです。しかし、ここで海外のオレンジを選ぶようでは、これほどまで食材にこだわるBenoitの名折れというもの。そこで、登場するのが、極早生ミカンです。

 日本は世界に誇る柑橘王国です。その実りは南から始まります。今は、熊本県天草に果樹園を有する「オレンジファーム本田」さんから、露地栽培の極早生ミカンがBenoitに届いています。太陽の陽射しを思う存分直に受けることで、濃ゆい甘さに心地よい酸味をもち、その果皮は薄くやさしい苦みがある。もちろん、ノーワックスです。

 Benoitにとって果肉はもちろん、果皮も重要な食材なのです。この極早生ミカンを惜しげもなくまるまると、軽くシロップで加熱したコンフィに、さらに細かくたたくように仕上げたコンディモンへと仕上げてゆきます。コンディモンとは、日本でいう薬味のようですが、味の重大要素を構成するためのアイテムです。今回の鴨胸肉の脇に、なにやら「紅葉おろし」のような薬味が添えられています。これが、極早生ミカンのコンディモンなのですが、なぜ赤い?…そう、ここにはビーツも加味されているのです。

 このマリアージュを思う存分ご堪能下さい!

 

Canard à l’orange, navets et betteraves

鴨胸肉のローストオレンジ風味 カブとビーツ

※ランチのプリ・フィックスメニューで、主菜としてお選びいただけます。

 

 

京都の地鶏「丹波黒どり」をご堪能ください

Volaille de Kyoto comme un coq au vin, pâtes fraîches

丹波黒どり"のオーブン焼きコック・オ・ヴァン風 フレッシュパスタ

※ディナーのプリ・フィックスメニュー、主菜としてお選びいただけます。

 

 フランスの地鶏「ラベルルージュ」の血統をもち、京都で育種されているのが「丹波黒どり(たんばくろどり)」です。飼育羽数を制限し、90~100日という長期にわたる飼育期間は、きめ細かな肉質に、上質な脂肪分とコクのある味わいを約束してくれる。しかし、鶏肉であるがために、調理方法によっては、パサパサになってしまう難しい難しい食材です。

 今回の料理名は「コック・オ・ヴァン」という、フランス伝統料理で、言わずと知れた鶏肉の赤ワイン煮込みです。先述したように、いかに美味しい鶏肉であっても、鶏肉だからこそ煮込んでしまうとパサついてしまうもの。気づかれましたか?メニュー表記に「風(ふう)」という言葉が入っている。

 Benoitでは、丁寧に下ごしらえされた「丹波黒どり」の胸肉ともも肉を骨付きのまま、低温調理を施します。旨味を逃がさず損なわず、ゆっくりと。仕上げは、表面が色付くように焼いてゆくことで香ばしさを加味してゆきます。そこに、赤ワインを使いコック・オ・ヴァンのようなソースを仕上げて、低温調理した鶏肉に絡めるように仕上げをするのです。煮込んではいないけれども、煮込みのような伝統料理。そこで、こう名付けたのです、「“コック・オ・ヴァン”風」と。

 

 

≪好評につき、仔羊を継続しました!≫

 フランス料理の肉料理のカテゴリーの中で、確固たる地位を得ているのが「仔羊」です。我々にとっては馴染みが少ない食材ですが、フランス料理界の中では、牛肉よりも仔羊肉を重要視するようです。高級レストランでの主菜に、仔羊が頻繁に姿を見せることが、何よりの証ではないでしょうか。

 Benoitはビストロということもあり、6月7月限定でメニューに載ることが常でした。実際に仔羊料理を皆様に提供しながら思うことは、Benoitのプリ・フィックスメニューの選択肢として、しばらく存在してもいいのではないかと。しかし、フランス産の仔羊では、入荷が不安定という問題もある…そこで、オーストラリア産仔羊の助けを借りて継続することにいたしました。

 仔羊は丁寧にトリミングを施し、背肉を表面に焼き色を付け、ふつふつとしたバターをふりかけながら、ゆっくりゆっくり熱を加えてゆく。この魅惑的な香りをどう表現したものか。表面には美味しそうな焼目がつくが、中はまだ生のままです。肉が内包している温まった肉汁を利用し、中からじっくり熱がゆきわたるように、温かい肉部屋で休ませロゼ色に焼きあげます。この美しい焼色なくして、仔羊の美味しさを味わえないでしょう。

 その時々の緑色の野菜、インゲン豆やスナップエンドウなどにハナニラ、さらにそこへ3種に調理したヒヨコ豆も加わったものを添えます。目の前に運ばれてきたときに、仔羊の焼き色と緑野菜の色のコントラストが目を引き、その香りに魅せられる。そして、仔羊の旨味の凝縮したソースを、そっとお肉へかけてゆく。全てが一堂に会する時、なぜシェフが継続を決めたかが、お分かりいただけるはずです。

 

Côtes d’agneau au sautoir, légumes verts et pois chiches

仔羊背肉のソテー ひよこ豆と緑野菜

※ディナーのプリ・フィックスメニューで、主菜としてお選びいただけます。

※料理画像はパプリカとズッキーニですが、今は緑野菜とヒヨコ豆に変更しています。

 

 

≪「後の名月」の異名は「栗名月(くりめいげつ)」なり!≫

 秋ともなると、Benoitのディナーは「栗で始まり、栗で終える。」というプリ・フィックスメニューの流れが多くなります。ときに栗の前菜がスープなために、コース2番目に配することもありますが、気持ちの中ではやはり「栗で始まる」ようなものです。前菜の栗はフランス栗。であればこそ、最後は和栗で終えたいものです。

 昨今の人手不足問題は、Benoitも例外でありませんでした。しかし、季節が去ってゆくものであれば、旬の食材も去ってゆく。このままでは、今季の秋の味覚を楽しまずに終えてしまうと、危惧を覚えていたのがBenoitパティシエチームでした。料理チームの協力を得ることで、下ごしらえに時間を割くことができたのです。

 遅きに失した感は否めませんが、ついに11月4日のディナーからBenoitデザートに「栗」という文字が姿を見せることになりました。昨年同様に、熊本県山江村の生産者さんの協力のもと、彼らが丹精込めて育て収穫した晩生の栗をふんだんに使います。

 今季の栗デザートは「モンブラン」ではなく、「デクリネゾン」と名付けられました。これは、単語の語尾活用の変化や書物の編集という意味があります。およそデザートには似つかないこの単語に、アジア圏のエグゼクティブ・シェフパティシエであるAriitea ROSSIGNOL(以下、アリテア)の想いが詰まっているのです。

 フランス語で動詞が主語によって語尾が変化するように、栗とミカンという食材をフランスデザートの技法を駆使し、味わいや食感を様々に変えてゆくのです。アリテアにとって和栗は初めての食材。幾度となく繰り返された試作の中で、これぞという組み合わせを見出した。熊本県山江村の特産である「やまえ栗」と、同県天草の「早生ミカン」が、フランスデザートのエスプリが加味され、さまざまに姿を変え一堂に会する。

Déclinaison marron et mikan

熊本県産やまえ栗とみかんのデクリネゾン

※ランチとディナーのプリ・フィックスメニュー、デザートとして+1,000円でお選びいただけます。

 

 今後の季節のデザートについてのご案内です。今ほど姿を見せた「栗とミカンのデクリネゾン」は、11月末をもって一時中止いたします。12月は、新潟県白根のヤマヨ果樹園さんから洋ナシ「ル・レクチェ」がBenoitに届くため、このデザートに切り替えさせていただきます。そして、今季の新潟県は暖冬の気配があり、ル・レクチェは一月少々しかご用意できない予想です。そこで、ル・レクチェ終了ししだい、「栗とミカンのデクリネゾン」に戻し、2024年1月末を迎えようと考えております。

 

 

 バランスの良い美味しい料理を日頃からとることは、病気の治癒や予防につながる。この考えは、「医食同源」という言葉で言い表されます。この言葉は、古代中国の賢人が唱えた「食薬同源」をもとにして日本で造られたものだといいます。では、なにがバランスのとれた料理なのでしょうか?栄養面だけ見れば、サプリメントだけで完璧な健康を手に入れることができそうな気もしますが、これでは不十分であることを、すでに皆様はご存じかと思います。

 季節の変わり目は、体調を崩しやすいという先人の教えの通り、四季それぞれの気候に順応するために、体の中では細胞ひとつひとつが「健康」という平衡を保とうとする。では、その細胞を手助けするためには、どうしたらよいのか?それは、季節に応じて必要となる栄養を摂ること。その必要な栄養とは…「旬の食材」がそれを持ち合わせている。

 その旬の食材を美味しくいただくことが、心身を健康な姿へと導くことになるはずです。さあ、足の赴くままにBenoitへお運びください。旬の食材を使った、自慢の料理やデザートでお迎えいたします。

 

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 猛暑な日々も影を潜めてきたようです。これと入れ替わるかのように季節性インフルエンザやコロナウイルスが猛威を振るっているようです。過ごしやすい日々が訪れますが、ここで気を緩めると猛暑疲れがドッと押し寄せてくるでしょう。さらに、疲労・ストレスなどが原因による免疫力の低下を招きます。皆様、無理は禁物、十分な休息と休養をお心がけください。

 

 最後まで読んでいいただき、誠にありがとうございます。

 「一陽来復」、必ず明るい未来が我々を待っております。皆様のご健康とご多幸を祈念いたします。

 

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬

www.benoit-tokyo.com