kitahira blog

徒然なるままに、Benoitへの思いのたけを書き記そうかと思います。

2025年干支「乙巳(きのとみ)」のお話です。~竜頭蛇尾(りゅうとうだび)とならなぬように~

2025年の干支(えと)は、「乙巳(きのとみ)」です。

 世界の言語は、「絵画文字」、「表音文字」、「表意文字」などに大別されます。絵画文字は、古代文明に書き記された絵文字を代表とし、表音文字はアルファベット(音素文字)や日本の仮名(音節文字)などがあります。そして、表意文字は、一文字で単語を成し、実質的な意味を持つもの。それが「漢字」です。

 古代中国の賢人は、毎年の世相を分析し続け、世相は繰り返すことを見出した。そこで、時代時代を表現する漢字二文字を選び、この漢字の組み合わせをもって後世に伝えようとしました。それが「干支(えと)」というもので、十干(じっかん)と十二支の組み合わせで成り立っています。甲(こう)・乙(おつ)・丙(へい)…と続く「十干(じっかん)」と、馴染みの子(ね)・丑(うし)・寅(とら)…の十二支。

 この10と12という数字が、我々の生活の中でどれほど溶け込んでいることか。算数を学ぶ上で、数字の区切りとなるのが10。そして、半日は12時間、1年は12ヶ月。10と12の最小公倍数は「60」。還暦のお祝いとは、この漢字の通り「暦が還(かえ)る」人生60年目の節目を迎えたことを祝うもの。

 干支にあてがわれた漢字は、それぞれに樹の成長を模したものだといいます。賢人は、今年の世相をどのように分析し見定め、干支という形で我々に遺したのでしょうか。今年は「乙巳(きのとみ)」です。賢人は、漢字に何を託し、我々に伝えようとしたのでしょうか?素人ながら、漢字語源辞典「漢辞海」を片手に、賢人の想いを書き綴ってみようかと思います。

 

 干支が十干と十二支の組み合わせであることは前述いたしました。2つの漢字一文字ごとに意味があり、2つの立ち位置の違う「世相」を組み合わせているのだと考えます。最初の漢字の世相は、人が抗しがたい「時世」の勢いであり、賢人は10年というサイクルを見出し、「十干」をあてがう。人生とは栄枯盛衰を繰り返すもの、これが「人世」である。賢人は、その人世を12年であるとし、十二支をあてる。干支とは、古代中国の賢人が「時世」と「人世」を読み解くことで導いた、その年ごとの世相のこととみる。そして、それぞれの漢字が樹の成長になぞらえているという。

 

 「時世」を意味する十干、2025年は「乙 (きのと/おつ)」です。昨年の「甲(きのえ/こう)」を引き継ぐかのように、「乙」が始まります。「甲乙つけがたい」とは、2つのものに差がないため優劣をつけることができないとい時に使う慣用句。これは、昔の学校の成績を「優・良・可」ではなく、十干の順にならい「甲・乙・丙(へい)」と表記していたことに由来するといいます。ということは、この慣用句に、「甲」や「乙」のもつ本来の意味はなさそうです。では、「乙」とは?

 「乙」は、十干の第二位、方位では「甲(きのえ)」とともに東に配され、五行でも同じく「木」にあてています。そして、「説文字解(せつもんじかい※文末に説明を記載します)」はこう説いている。指事文字(抽象的なものを点や線で文字化したもの)である。春に草木が屈曲しながら伸びだす姿を象(かたど)るといい、「丨(こん=進む)」と同じ意味。では、なぜ屈曲しているのか?冬の陰の気が相変わらず強いので、その芽吹きは「乙乙(いついつ)」なのだという。「乙乙」とは、出ようとして難渋するさまを意味する。

 さらに、「釈名(しゃくみょう※文末に説明を記載します)」によれば、「乙」は「軋(あつ)」である。草木がみずから芽を吹き、軋(きし)るように出てくる姿を象る。「軋」には、「軋る(きし・る=こすれあう)」「軋む(きし・む=すれて音をたてる)」や「軋ぐ(しの・ぐ=圧倒する)」という使い方がある。「軋軋(あつあつ=)」とは、物事・思考などが外に出にくいさま、煩わしいさまを意味します。

 余談です。あまりにも馴染みのない「丨(こん)」という漢字。この字には「進む」と「退く」という2つ意味があります。どう使い分けるのか?「丨」を、下から上に書き上げると「進む」、上から下に書き下ろすと「退く」なのだという…これが理由で周知されなかったのでしょう。ましてや、今の時代ともなると、「丨」ですから…どちらなのでしょうかね。

 時世という樹(十干)は、2024年に還ってきました。先の十干(10年)で育まれた新たな種は、大地に落とされたものの、機を計っているのか、その種に動きはなかった。「甲」「乙」は、五行という思想の中でともに東の方位をあてている。そして、五行では東に春があてられています。季節は風が運んでくると古人は考えていたようで、東風(こち)が春を導いてくる。菅原道真の秀歌「東風(こち)吹かば 匂ひおこせよ 梅の花 あるじなしとて 春な忘れそ」も、これで合点がいきます。なぜ「青春」というかも、上の画像からご理解いただけるのではないでしょうか。

 「守る」ためにあるのが陰の気であれば、「成長」のためにあるのが陽の気である。こう考えると、種の堅い外皮や殻は、芽を守るために陰気のプロテクターともいえる。陰の気では、守られ続けるも成長を促さない。そこに、生きとし生けるものにとって欠かすことのできない太陽こそが、お天気でも陰陽でも陽気の源である。(お天気でも陰陽でも)陽気が勝ってくることで、守りから成長を促す。

 春の陽気に誘われるかのように、種の芽吹きが促される。「甲」は、その種の中で芽が動き出したこと示唆していました。しかし、いまだ堅い外皮や殻である「陰の気」によってその芽吹きが妨げられ、その兆しを見ることなかった。それが、「乙」をもって、いよいよ陽の気が勝りはじめ、芽が姿を見せ始める。しかし、まだ陰の気が残っているため、その成長は「乙乙(いついつ)」しているのだという。

 

 「人世」を意味する十二支。人世における栄枯盛衰に、賢人は12年を見い出し、樹の成長にならった漢字をあてがいました。2025年は「巳 (み/へび)」、十二支の中で6番目です。方位は「南南東」で、五行では「火」に当て、「蛇(へび)」の意味も併せ持つ。昨年の「辰 (たつ/しん)」が架空の動物「龍/竜」であるのに対し、今年は誰しもが知る動物の「蛇」、しかも嫌われている。農産物を守る益獣であるも、毒蛇による被害が後を絶たない。生息地が界中に広がっているからこそ、その被害は身近なものに感じてしまうからなのでしょう。

 語源辞典「漢辞海」で「巳」を紐解いてみる。「説文字解」によると、象形文字であり「已(=すでに)」であるという。陽の気はすでに出て、陰の気はすでに隠れたので、万物が出現して色とりどりの模様ができる。そこで、「巳」を体に模様のある蛇とする。さらに「釈名」でも、「巳」は「已」であるという。陽の気がことごとく広がり已(おわ)るのであるという。

 「巳」を調べることで、疑問が頭をもたげる。なぜ「蛇」なのか。昨年の「辰」の場合は、架空の動物である「龍/竜」なのか?とも感じたのですが、この感覚とは少し違う気がするのです。昨年の「辰」では陽の気が満ち満ちてくる中で、人世は高揚してゆくのでしょうか。樹の成長であれば、この勢いにのるかのようにグングンと成長してゆく。天へと駆け上る竜のごとく、ということだったのかもしれません。今年の「巳」では、陽の気は已(すで)に広がり已(おわ)っており、「辰」の勢いを引き継いでいる。

 誰しもが崇(あが)め、ついには神格化した竜…そして実在する蛇へ、しかも嫌われている…古代中国では、蛇は好かれていたのではないか?ということはない。ヘビとサソリを意味する「蛇蝎/蛇蠍(だかつ)」とは、ひどく恐れられ嫌われている人や物のたとえのこと。ヘビとマムシを意味する「蛇虺(だき)」とは、人を害するものをいう。これほどまで厳しい評価を下している「蛇」を、「巳」にあてている。

 人世に暗雲が覆うのか?と思うも、どうも違う気がするのです。「蛇蛇(いい)」とは、浅薄(せんぱく)でおごったさまをいう。思慮が足りない(全くない)「浅はか」ではなく、思慮が(ある程度あるが)足りない「浅薄」を使っているところが意味深い。人世の樹は、辰から引き継いだ大いなる成長を引き継いでいる。しかし、中国古代賢人は、あえて「蛇」に字をあてることで我々に「蛇蛇」とならないようにと教えてくれる。「蛇行(だこう)」してもいい、よくよく自らの行動を省み、陽の気が広がり已(や)む巳年に活かせと。そして、くれぐれも「蛇足」せんことを、と注意喚起しているように思える。

 

 2021年「辛丑」は、止まるべき時に止まり、行うべき時には行う。動くも止まるも、時(天命)を見失わなければ、その道の見通しは明るい、と伝えていた。2022年「壬寅」は、従順さであらゆる事柄を受け入れることにより、大いに順調にゆく、そう教えてくれた。川がその大地を演(うるお)すも、時世に寄り添うように身をゆだねながら、芽吹きの機を待てといってた。2023年は「癸卯」。「癸」は「揆」であり、「卯」は「冒」であるという。時世は、我々に行動に移す時ではある教えると同時に、タイミングを「揆度(きたく=はかること)」しろといっている。さらに、「揆撫(きぶ=よくよく反省して考えること)」することを促しているかのよう。水でいう「水平」の如き確固たる準則を、いうなれば信念を持って判断するようにと。

 2024年は「甲辰」。時世は「甲」であり、「孟」を導いた。「孟」によっていよいよ時世が動き出すことを知るも、いまだ「孟浪(もうろう)」としているからこそ、「孟」が努力の継続を求めてきている。それが芽となり育まれるも、いまだ「孚信(=真実)」と「介心(=高潔な心)」の介添えを必要としていた。人世は「辰」であり、「竜」「晨」「伸」を導いた。十二支の中で5番目に位置しているが、今まで4年にわたり育んできた種が、目に見える動きを見せる。時世の純粋な「晨光(しんこう=夜明けの光)」に導かれるように、大いに「伸展(しんてん=勢力や事業がのび広がる)する。

 そして、2025年の「乙巳」。時世は「乙」であり、草木が屈曲して地中から出るさまを象るという。陽の気に誘(いざな)われるように芽が出始めるも、まだ陰の気が残っているために、まっすぐに「丨(こん=進む)」することができないでいる。その傍らには人世の「巳」がある。昨年の「辰」は「竜」であり、架空の生き物であることを忘れてはいけない。その神格化するほどの竜が、なんとなく姿は似ているが「蛇」となる。陽の気が已(すで)に広がり已(おわ)っている勢いの中で、今までの努力の賜物を実感できないでいたものが、姿を見せることになるのでしょう。

 五行説では、「乙」は木であり、「巳」は火であるという。木が燃えると火を生み出す、このような順に相手を生み出す関係を「相生(そうじょう)」といい、陽の良好な関係であるという。時世が人世を後押ししてくれるかのようであり、人世は勢いづいてくるかのよう。しかし、「相生」の中にも、相手を打ち滅ぼす陰の関係「相克(そうこく)」があるという。木が燃え続ければ、いずれは陽も衰える。何事にも限度がると教えてくれる。

 「乙」は、陰の気が強く残ってはいるものの、陽の気に押されて勢いが強い。さらに、「巳」は陽の気が満ち極まっており、大いなる成長を促している。「乙(木)」と「巳(火)」は相生の関係にあり、陽の勢いは増してくる。しかし、過度ともなると相克へと転じる。これを避けるためにはどうしたらよいのか?中国古代賢人は、時世である「乙」に、あるメッセージを込めた。

 語源辞典「漢辞海」によれば、「乙」には名詞のほかに、「乙」字形の記号を用いてチェックする動詞としての働きもありました。読書をして、中断した箇所に印をつける。さらに、書物の校勘(こうかん)において、文字を削除したり、補強したり、前後の誤った個所を正したりするために印をつける。校勘とは、古典などの複数の写本や刊本を比較検討して、本文の異同を明らかにしたり正したりすること。新刊ではなく、既刊ということが意味深長。

 「乙」には、日本での使い方がありました。兄弟のうちで年下の者、弟または妹。のちに、乙女(おとめ)や乙姫(おとひめ)のように歳若く美しい意を表すようになる。さらに、音曲において高い調子である「甲(かん)」に対して、低くしんみりとした調子を「乙(おつ)」と呼んでいました。「乙な味」とは、一風変わった粋な味わいのことをいいます。「甲乙」ではなく「乙甲」という言葉もありました。まさに難読文字です!自分はまったく読めず意味も分からず…

 邦楽では、基本の音より音高が下がったものを「めり」、上がったものを「かり」というそうです。音の高低のことを「乙甲」と書き、これを「めりかり」と読みます。メルカリではなく「乙甲(めりかり)」です。音声に抑揚やメリハリをつけるという意味にも派生してゆきます。このメリハリも、漢字で書くと「乙張り」。

 古人は、「乙」をもって、我々に「蛇蛇(いい=浅薄でおごったさまをいう)」とならぬように、注意喚起している。校勘することに習い、過去の自分の行動を省み、蛇足たるものを修正してゆくようにと教えてくれている。今の自分の成長が、大きな炎であるかの如く勢いが強いのであればあるほどに、大いに蛇行するかもしれません。時間はかかるかもしれませんが、急(せ)いては事を仕損じるともいう。「軋(きし)む」ように再考に再考を重ねてゆくことで、他を「軋(しの)ぐ」結果を導いてくる。しかし、木(時世)が燃え続けるといずれ火(人世)は衰える。逆に、火(人世)が盛ると、木(時世)を燃し尽くす。

 旋律が奏でられる中で音の抑揚を求められるように、2025年の人世には「軋沕(あつぶつ=緻密)」さのある「乙張(めりは)り」を必要としているのでしょう。一筋縄ではいかぬものですが、着実に目標に向かって進んでいくのではないでしょうか。架空の竜が、実在の蛇となりました。人世は、「竜飛(りゅうひ=英雄が時を得て立ち上がる)」することを、いや「蛇飛」することを期ししてるのかもしれません。決して、「竜頭蛇尾(りゅうとうだび)」とならないように…

 1984年の「甲子(きのえね)」に幕開けした60年の世相のサイクル。「世」の字には30年という意味が込められていると聞きます。60年の中に30年の2つの世相。2014年「甲午(きのえうま)」からはすでに後半の世相が始まっています。世相における栄枯盛衰は世の常であり、これを乗り越えなくてはなりません。その先で、我々は宝の地図(人世のさらなる高み)を必ず見つけることができると信じています。

 余談ですが、ちょうど60年前の1965年(昭和40年)は、前年のオリンピック景気の後の落ち込みを経験した後に、第2期高度成長期を迎えることになりました。57か月も続いた「いざなぎ景気」の到来です。

 高度成長により、輸出と民間設備投資が活発化し、建設国債を原資とした公共事業(財政投資)が積極的に行われました。また、国際資本の移動の自由化、大企業同士の合併の活性化、ベトナム戦争などによるドル弱体化も、この好景気の理由に挙げられています。この好景気は、消費ブームをもたらし、3C(自動車/カラーテレビ/クーラー)が急速に普及しました。

 そして、大阪万博が開催されています…

 

本文中に出てくる用語を少しだけご紹介させていただきます。

 たびたび出てくる「説文解字」と「釈名」という名前。本というよりも辞典と言い表した方が良いかもしれません。しかし、これらが編纂されたのは、古代中国でした。「説文解字」は紀元後100年頃、六書(りくしょ)の区分に基づき、「象形」「指事(指示ではないです)」「会意」「形声」に大別され、さらに偏旁冠脚(へんぼうかんきゃく)によって分類されています。

 「象形文字」は、実物を絵として描き、その形体に沿って曲げた文字。「指事文字」とは、絵としては描きにくい物事や状態を点や線の組み合わせで表した文字をいい、「上」や「下」が分かりやすいと思います。十干の「己」は指事文字です。そして、「会意文字」は、既成の象形文字指事文字を組み合わせたもの。例えば「休」は、「人」と「木」によって構成され、人が木に寄りかかって休むことから。干支の「壬」は指事文字、「寅」は会意文字です。

 「偏旁冠脚」は、漢字を構成するパーツのこと。そのパーツの主要な部分を「部首」と定め、現在日本の漢和辞典は「康熙字典」の214種類を基本にしています。しかし、偏旁冠脚では、漢数字、十干や干支もこのパーツに含まれ、その分類区分は、「一」から始まり「亥」で終わる、総数が540です。数あるパーツの中から、殿(しんがり)を担ったのが「亥」です。十二支の最後もまた「亥」です。この後、さらに時は流れ紀元後200年頃、音義説によった声訓で語源解釈を行い編纂されたものが、「釈名(しゃくみょう)」です。

 万物を陰と陽にわける陰陽説と、自然と人事が「木・火・土・金・水」で成り立つとする五行説が合わさった考え方が、陰陽五行説です。兄(え)は陽で弟(と)は陰。陽と陰は、力の強弱ではなく、力の向く方向性の違いのこと。陽は外から内側へエネルギーを取り込むこと、陰は内側から外側へ発することだといいます。運の良い人とは、陽の人であり、外側から自分自身へ力を取り込んでいる人のこと。「運を呼び込め」とはよく耳にいたします。陰の人とは、運が悪いわけではなく、自分自身のみなぎるエネルギーを外に発している人のこと。一方が良くて、他方が悪いわけではなく、すべては陽と陰の組み合わせです。陰陽の太極図を思い浮かべていただきたいです。2つの魂のようなものが合わさって一つの円になる。一方が大きければ、他方は小さくなり、やはり円を形成するのです。森羅万象全てがこの道理に基づくといいます。

 

 ダイレクトメールでのご案内をご希望の方は、以下よりメールアドレスの登録をお願いいたします。

メールマガジン 購読申込用フォーム

 

最後まで読んでいいただき、誠にありがとうございます。

一陽来復」、必ず明るい未来が我々を待っております。皆様のご健康とご多幸を、青山の地より祈念いたします。

 

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬

www.benoit-tokyo.com