kitahira blog

徒然なるままに、Benoitへの思いのたけを書き記そうかと思います。

暦のお話し~知っているようで知らない、太陰暦と太陽暦の関係を少しばかり~

 2025年7月を迎えました。暦年でいえば、新暦では6月から8月までが夏です。しかし、旧暦では、4月から6月までが夏。日本が新暦になったのは明治時代のことで、それ以前は古代中国から伝来した太陰太陽暦を採用していました。地球の太陽周回軌道を一年とし、月の地球周回軌道をひと月とするもの。そこへ、古代中国で発案された「二十四節気(にじゅうしせっき)」をあてがったために、4月からが夏と古人は強く認識したようなのです。

 二十四節気は、一太陽年(約365日)を均等に24に分割(約15.2日間)し、季節折々に見てとれる事象をごく短い言葉で表現し、春から季節を追うように配列しています。これを、太陰暦の12か月にあてがってみると、上の図のようになります。各季節は、立春立夏立秋立冬という季節の始まりを意味する「四立(しりゅう)」が配置されます。そして、各季節の中間には、春分夏至秋分冬至の「二至二分(にしにぶん)」が姿を見せる。

 年賀状で、真冬なのになぜ「賀春」や「迎春」なのか?そして、「四月一日/四月朔日」という珍しい苗字があり、「わたぬき」と読みます。今では6月1日の「衣替え」も、かつては旧暦4月1日に行われていたという。着物の袷(あわせ)の中の防寒の役割を果たしていた綿をぬいたことに由来する。太陰暦は月の満ち欠け「朔望(さくぼう)周期」が基準となるので、旧暦1日(ついたち)は、朔日(さくじつ)ともいいます。そして、八月十五日は「中秋の名月」です。もちろん旧暦8月のことで、朔から15日目は望(もち)、そう満月です。

 1月に春が始まることに、なんとも違和感を覚えるものですが、四季折々の事象をよくも見事に暦にあてたものだと感じ入ります。新旧の暦の偏差が+40日近くあることを考えると、今でも十分に通用しそうなもの…と思ってしまうのは、少し気が早い。太陽暦には閏年があり、例外はあるものの4年に1回、2月29日が暦に加わります。太陰暦にも閏年があり、約3年に1回、1か月が加わります。1か月?

 地球が太陽の周回する期間を1太陽年といい、この公転周期は365.25日です。この0.25という端数があるために、前述したように、現行歴では4年に1回の閏年を設けて暦を調整しています。この1太陽年は、どの暦でも変わりません。しかし、太陽の位置変化が微妙なため、季節による違いは分かっても、日々の中では分かりにくいもの。そこで、古代賢人は日に日に姿を変える月に着目した。それが、太陰暦です。しかし、太陽暦太陰暦の較差(こうさ)は、はなはだ大きいものでした。

 太陰暦は、月の朔望周期を基準にします。この周期が約29.5日なため、一月が29日間(小の月)と30日間(大の月)の各6か月の12か月で1年(354日間)。一年は約365日ということは周知の事実。この較差は、一年を追うごとに11日早く正月がやってくるということになるのです。そこで、年を追うごとに増してくるこの較差を埋めるために、約3年に1回、1か月もの期間を暦に加えていました。

 古代中国では太陰暦が採られるものの、賢人たちはこの太陰暦の不具合を承知していた。そこで、一太陽年(約365日)を均等に24に分割し、それぞれの季節に見られる事象を言葉にしてあてがった「二十四節気(にじゅうしせっき)」を考案したといいます。そして、どうしても生じてしまう較差を解消すべく、「一定のルール」を策定し、閏月を暦に加えていった…実際に今年7月に、六月を迎える後に閏六月(29日間)が加わります。そのため、2026年2月17日に旧暦でいう新年一月朔日を迎えるため、旧暦をこよなく愛している方々には、新年を迎える前に「立春」を迎えるという「年内立春」という現象が生じます。暦も季節感もぐちゃぐちゃで訳が分からなくなってしまうのです。

 この「一定のルール」…これほどネットで情報を得ることができる環境の中で、皆様が検索していただけると分かると思うのですが、閏月を加えるルールが、自分にはまったく理解できないのです。自分が頭脳明晰であることはない、これは断言できます。でも、暦のルール、暦法を理解できる人がどれほどいるのか?天文学を専攻するプロフェッショナル以外で、明快な回答を与えてくれる人は皆無ではないかと思うのです。

 だから、ネットで検索しても、平々凡々な自分の脳みそでは理解できない…極論を言ってしまえば、地球の公転周期が365.25日(1太陽年)であって、この端数の0.25の帳尻合わせに、賢人がルールを考案したのだと。もちろん、太陰暦太陽暦の較差についてもです。

 今はネットでの検索を、分からないながら、真意も定かではないですが多くの情報を得ることができます。しかし、調べようもない往古のあっては、この複雑怪奇な暦法を説明されても意味が分からないかったのではないかと思う。邪推ですが、時の権力者に、こういうものと説かれれば、信じるしかなかったのではないか。ただ、彼の時代に暦という高度なノウハウの詰まった代物は、天皇家や一部の貴族、寺社仏閣の神官や高僧など、政(まつりごと)や祭祀に関わる人々にしか周知されなかったのではないか。庶民には、へ~そうなのかほどにしか考えていなかったような気がいたします。

 それでも、やはり何かしらの基準というものを人間は希求してしまうもの。複雑怪奇な暦法を理解するよりも、冒頭でご紹介した暦と季節の関係、まるで「架空の暦」を、別々のものとして生活に生かしていく方が都合よいと考えたのだと思うのです。現代のように、暦に束縛されるような日々ではなかったからこそ、暦と架空の暦を意識的に使い分けていた。生活の糧でもある農作業の目安は、自然観察によって捉えるようにしていた。サクラ(往古ではヤマザクラ)が咲いたら、そろそろ田起こしの頃だな…と。日本人が春の花見に心躍るのは、この農作業のタイミングを桜の開花で計っていた名残りなのでしょう、これが我々のDNAに刻み込まれている…もちろん暦には刻み込まれてはいません。

 日本は1873年明治6年)1月1日以降、太陽暦をもとにしたグレゴリオ暦(いわゆる新暦)を採用したため、二十四節気の日付は毎年ほぼ一定となりました。ほぼ?そう、1太陽年の0.25という端数が毎年のように生じるため、国立天文台が翌年の春分点秋分点(昼夜の時間が同じとなる点)を計り、同年2月1日に春分の日(3月20日か21日)・秋分の日(9月22日から24日のいずれか)の日付が書かれた「暦要項(れきようこう) 」を官報に掲載します。これが正式決定であり、翌年の暦に反映されます。

 現行歴のように太陽暦であれば、一太陽年が同じであるために、閏年には2月29日という一日を加えるだけで、一太陽年と暦の誤差を調整するだけですみます。しかし、約一月も加わるとなると、「おいおい」となるわけです。そこで、古人は季節の目安として欠かすことのできないものが「春分」や「夏至」に代表される「二十四節気(にじゅうしせっき)」を導入するのです。

 この二十四節気の基準となる重要な目安が、昼夜の時間が同じになる「春分」です。これと対をなすのが「秋分」。さらに太陽が一番長く姿を見せる「夏至」と、対となる「冬至(とうじ)」。一太陽年が、365日ピッタリではないので、この春分も一日だけずれることもある。

 日の出や日の入りの位置、空を横切る太陽の軌道「日周運動(にっしゅううんどう)※」を、毎日つぶさに観測していれば、古人も現行歴のような太陽暦をつかっていたことでしょう。しかし、この太陽の日周運動の日々のずれは、あまりにも微々たるもので、根気よく丹念に観測し続けなければ気づかないものです。その点、毎日のように姿を変える月の朔望のほうが、日数を数えやすく、今自分が年月のどのあたりにいるのかを把握しやすいものです。

※日周運動は、地球の自転していないと仮定したときの、空に描かれる惑星の軌道

 今のように暦に捉われる毎日でないからこそ、朔望による日数の把握はあっても、風流以外にそこまではこだわりはなかった。毎月に給料がでるわけでもないので、閏年で約一月増やすとしても、そこまで問題にもならないのでしょう。それよりも、いまでいう税金を米で納めていた年貢制度が明治時代まで続いていたことを考えると、稲作を生業としている多くの民にとっては、太陽年の季節感のほうを理解することの方が死活問題になる。

 そこで、古人は日数を月の朔望で判断し、農耕にかかわる季節感を二十四節気で理解していたのでしょう。往古の暦が太陰太陽暦と呼ばれている理由はここにあるのではないではないかと思う今日この頃です。

 

 バランスの良い美味しい料理を日頃からとることは、病気の治癒や予防につながる。この考えは、「医食同源」という言葉で言い表されます。この言葉は、古代中国の賢人が唱えた「食薬同源」をもとにして日本で造られたものだといいます。では、なにがバランスのとれた料理なのでしょうか?栄養面だけ見れば、サプリメントだけで完璧な健康を手に入れることができそうな気もしますが、これでは不十分であることを、すでに皆様はご存じかと思います。

 季節の変わり目は、体調を崩しやすいという先人の教えの通り、四季それぞれの気候に順応するために、体の中では細胞ひとつひとつが「健康」という平衡を保とうとする。では、その細胞を手助けするためには、どうしたらよいのか?それは、季節に応じて必要となる栄養を摂ること。その必要な栄養とは…「旬の食材」がそれを持ち合わせているのだとDNAに刻まれているのでしょう。もちろん、暦には刻まれていません。

 その旬の食材を美味しくいただくことが、心身を健康な姿へと導くことになるはずです。さあ、足の赴くままにBenoitへお運びください。旬の食材を使った、自慢の料理やデザートでお迎えいたします。

 

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一陽来復」、必ず明るい未来が我々を待っております。皆様のご健康とご多幸を祈念いたします。

 

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬

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