kitahira blog

徒然なるままに、Benoitへの思いのたけを書き記そうかと思います。

2021年6月7月 Benoit≪お勧め料理/デザート≫のご紹介です。

桜色を いまはみどりに ぬぎかへて (こずえ)しげる 衣がへかな  雲雅(うんが)

 

 6月1日は現行の暦では「衣がえ」です。学校の制服なども、この日から2週間ほどの猶予期間を設けて冬服から夏服へと変わります。着物の世界では、「袷(あわせ)」から「単衣(ひとえ)」へと更衣がなされ、初夏の暑さに対処しようとします。表地と裏地を合わせて仕立てる「袷」に比べ、表地のみの「単衣」は軽やかで風通しも格段に良いのだといいます。

 平安時代には旧暦の4月1日であり、鎌倉時代末期に活躍していた雲雅の時代もさほど大差はなかったのではないかと思います。新暦・旧暦との偏差は約40日ほどであることを鑑みると、今の5月頃のこと。季節の変わり目であり、若葉が芽吹いて瑞々(みずみず)しい姿「新樹(しんじゅ)」の時期です。

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 日本固有種の山桜は、花咲く頃の若葉は赤みがかった深みのある「桜色」(上の画像)でした。初夏を迎え、桜色の若葉が陽射しを受けることで、クロロフィルが大いに増長・活発化し、葉に満ち満ちることで淡い緑色(下の画像)へと「ぬぎかへ」た。花は笑い終え、その若葉が梢に生い茂るさまは、まさに新樹の季節の到来であり、雲雅は山桜の「衣がえ」だと詠う。そして、彼は人々の「更衣(こうい)/衣がえ」も時同じくしていたという。

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 新樹の季節の更衣は、「袷(あわせ)」から「単衣(ひとえ)」ではなく、「袷」の「襲(かさね)」の色目を変えたのではないかと思います。この「襲の色目」とは、「袷」の表地と裏地の色の違いを、季節にあわせて変えてゆくという、これが往日のファッションであり、「粋な姿」であるという。新樹の時期は、袷(あわせ)の表地は萌黄(黄緑)色で裏地は桜色という「桜萌黄」から、表地は白で裏地は青緑色という「卯(う)の花」へと衣がえをしたといいます。この裏地の色目の変化を、山桜の葉色の変化と呼応させるように雲雅は詠ったのではないでしょうか。

 そして、五月雨が続く頃は、薄手の袷で過ごし、梅雨時期の終わりを待って、単衣に「衣がえ」をしたのでしょう。その名残が、現行の6月1日なのかと。毎年のように、なぜ梅雨時期に衣がえをするのか?と疑問に思っていましたが、新旧暦の偏差約40日を考えると、旧暦6月1日は7月初旬にあたります。梅雨が明け、盛夏を迎える間に「衣がえ」ということなのでしょう。

 

 「衣がえ」は、季節が大きく変わることを意味しています。季節の変化は、我々の衣服などという些細なことよりも、自然環境に与える影響のほうが大きいでしょう。自然界の動植物は、この自然の機微を捉え、季節という概念があるかどうかはさておき、今何をすべきか判断し行動する。花を咲かせたり、冬眠したりと。人類以外の生きとし生けるものは、本能で季節を悟る。人は、この動植物の行動によって季節の移ろいを知る。

 時の経過は「成長」を促します。その結果、実を成すのが野菜や果物であり、栄養を蓄えるようにたらふく食してふくよかになるのが魚介です。我々は、これらを「旬の食材」と呼び重宝しています。そう、旬の食材には、今我々が欲している栄養が満ち満ちているのです。これらを「美味しく」「楽しく」摂ることは、心身共に満たされることとなり、各々の持ちうる免疫力を堅持することを約束してくれることでしょう。

 皆様が、Benoitでの「口福な食時」のひとときを過ごしていただくための一役を担う、「旬の食材」と「お勧め料理」をご紹介させていただきます。

 

Benoitの夏は、毎年のように魚のスープなり!≫

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 7月になると問い合わせが入るBenoit東京の「魚のスープ」。マルセイユの代表料理ですが、Benoitではドロドロしいというよりも滑らかに仕上げています。「魚介」ではなく「魚」のスープは、ワインを使用せず、魚本来の美味しさを引き出す。エビ・カニ・貝類を一切加えないため、口にするほどに魚の旨味を堪能できます。

 どのような魚で仕上げるのか?これは捕まった魚に聞くしかありません。Benoitシェフである野口が絶大なる信頼を寄せる80年近い歴史のある老舗魚卸の大芳さん。魚種の希望は伝えるも、彼らの目利きに一任します。とはいえ、この二人の付き合いの長さは、多くの言葉を必要としないようです。そのため、Benoitに届けられごとに、魚の産地ばかりか、種類も同じではありません。そこで、instagramを利用して、届いた魚情報を随時ご案内していこうと思います。

 今は、オニカサゴにホウボウ、そしてマゴチにオニカジカ。さらに小鯛が加わるかどうか。前者4種は、似ても似つかぬ容姿ですが、分類上では「カサゴ目」です。見た目からでは想像もつかないほど繊細で美味なる身質を持っている魚たちで、そのごつい頭や骨からは、得も言われぬ上質な旨味をとることができるのです。しかし、オニカサゴにオニカジカ…「オニ」「オニ」と、見たこともないのに、鬼にも魚にも失礼千万な話…

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 「POISSON de roche」という表記に、「roche(岩)」だけに「岩魚」やら「磯魚」との訳をあてています。確かに荒波の磯でもまれにもまれた魚種は美味しいもの。しかし、旨味の多い魚が磯ばかりではないことを、深い魚文化の日本人は知っています。ごつごつだったり、とげがあったり、ぬるぬるしていたり。

 今回ご紹介した魚たちの特徴といえば、自分のような素人が捌くには難儀な、ごつい顔と堅い骨があることでしょう。これが旨味のもととなります。「roche」とは、そういう「ごつごつの魚」を総称して名付けたのではないとも思うのです。どう調べても確証は持てませんが、そのような気がしてならないのは、あまりにもBenoitの「魚のスープ」が美味しいからです。

 皆様の目の前で、スープがそそがれた直後から、磯の香りに包まれます。濃厚な茶色を帯びた深みのあるオレンジ色の液体に、透明感はないが輝いている。濃厚ながら、甲殻類のような濃さではなく、さらりとした感さえあるものの、余韻に感じる魚の美味しさに酔いしれることになるでしょう。五臓六腑に染み入るかのような美味しさは、猛暑に疲れた体を癒してくれそうな気がします。目を閉じれば潮騒(しおさい)が耳に届き、目を開ければ、Benoitの窓越しに地中海が望める…かもしれません。

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Soupe de POISSON de roche, rouille et croûtons aillés

魚のスープ ルイユとクルトン

※プリ・フィックスメニューの前菜として、ランチ+1,000円/ディナー+800円でお選びいただけます。

 

≪最初の一皿は、冷製ヴィシソワーズでいかがですか?≫

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 毎年Benoitの夏季に登場する冷たいスープ、今期はジャガイモです。馴染みの食材ですが、素材が持ちうる美味しさを十分に楽しむには、やはりコツがありました。ジャガイモの繊細な甘さと滑らかさを生かすために、クリームではなくミルクでのばしてゆくのです。それだけでも美味しい、そこへプルンと鶏のブイヨンが加わることで、味わいに深みが増してきます。そして忘れてはいけないものが、バターをたっぷりつかったクルトンです。「後のせサクサク」とすることで、香ばしさと心地よい食感が生まれるのです。

 まだまだ残暑の残る昨今にあり、この冷たいスープから食事を始めるのも一興なのではないでしょうか。前菜2つのコースご希望で、このヴィシソワーズスープ、次に魚のスープをお選びいただいても止めません。というよりも、お勧めしたいぐらいです!

 VICHYSSOISE rafraîchie, garniture taillée

ジャガイモの冷製スープ “ヴィシソワーズ”

※ランチ/ディナーで、プリ・フィックスメニューの前菜としてお選びいただけます。

 

≪鶏レバーのテリーヌが登場!≫

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 Benoitがビストロである真髄は、やはり「テリーヌ」にあるのではないでしょうか。あまりにも有名な料理だけに、これといった決まった素材や調理法があるわけではなく、シェフの個性が表現される料理でもあります。Benoitの王道でもある「テリーヌ・ド・カンパーニュ」、そこのけとばかりに6月からメニューに割って入ったのが「鶏レバーのテリーヌ」です。

 鴨のレバーを太らせたものが「フォアグラ」であれば、ニワトリを太らせると「白レバー」です。これをたっぷりと使うのですが、これではレバーペーストになってしまいます。そこで、豚の肩肉で肉肉しい食感と豚の背油で旨味を加えるように、よく混ぜ合わせ、テリーヌの型で焼き上げます。レバーの比率が高いため、熱が入り過ぎればパサパサとなる。断面がほのかにピンク色の、この職人技ともいえる火入れが、まとわりつくような白レバーの旨味を逃がしません。レバー好きにはぜひお楽しみいただきたい逸品です。

 TERRINE DE FOIE DE VOLAILLE, pain toasté

鶏レバーのテリーヌ

※ランチのプリ・フィックスメニューの前菜としてお選びいただけます。ディナーでご希望の際には、ご予約の際にご希望数をお伝えください。

 

≪夏の暑さを払拭してくれる、爽やかな「ギリシャ風」前菜です。≫

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 マダイは、表面を炙るようにすることで、香ばしさを加え旨味を引き出します。しかし、この前菜は、マダイを凌駕する野菜の美味しさが際立っているのです。セロリ、ニンジン、タマネギ、カリフラワー、それにラディッシュ。レモンにコリアンダーの種を使い、絶妙な火加減で調理してゆき冷蔵庫で休ませます。コリアンダーパクチーのことで、苦手の方の多い香草かと思います。しかし、このコリアンダーの種は、うんともすんともいわない味気ない食材。ところが、野菜とともに熱を加えることで、野菜本来の甘さを引き出すのです。

 野菜それぞれの食感がリズミカルに口中に響き、野菜それぞれが甘さ旨さの旋律を奏でます。さらに、天草晩柑の甘ほろ苦さ、マダイの美味しさが一加わることで、至高の一皿へと仕上がります。美味しさに酔いしれ、Benoitの窓へと目を移すと…エーゲ海を望めるかもしれません。

 DORADE marinée, légumes à la grecque

真鯛と野菜のマリネ ギリシャ

 

≪イサキが夏の訪れを告げにきました。≫

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 関東近海ではなく、遠く西へ向かった地からBenoitに届けられるイサキは、対馬海流や豊後水道でもまれにもまれ、豊富な小エビのようなアミ類やシラスなどの仔魚をたらふく食しているからこそ、きれいな脂がのりにのった黒光りするパンパンの体系。だからこそ、長崎県大分県のイサキは、他に類を見ないほどの美味しさを誇ります。参考までに、魚の鮮度は目の澄み具合で推し量るといいますが、イサキ鮮度に関係なく目が白濁するため、参考になりません。

 Benoitだけに、お刺身で楽しむわけにはゆきません。丁寧に下ごしらえされた、見るも美しい切り身に、最後の一手間をかけることになります。「焼き」という、簡単そうで奥の深い最後の工程です。食材が持ちうる美味しさが、下ごしらえが、全て水泡に帰するかもしれません。「生」ではないが焼き過ぎない。言うは易く行うは難しとは、このことでしょう。職人としての経験に裏打ちされた「焼の技」が、イサキのさらなる美味しさ引き出すのです。

 夏を告げにきた魚だけに、新樹を想わせるような青々とした夏を代表する野菜を添えたいものです。中でも、イサキの下に広げた、ズッキーニの甘さと心地よいヴィネガーの酸味が、これほどまでに相性が良いものだったのかと思わずにはいられません。イサキの添えものでありながら、ソースのようにともに食した時には、皆様を「口福な食時」へと誘(いざな)うことでしょう。

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ISAKI au plat, légumes verts, sucs de cuisson

イサキのソテー 緑野菜

※ランチとディナー、ともにプリ・フィックスメニューの魚料理としてお選びいただけます。

 

Benoitではなかなかお目にかかれない仔羊料理です!≫

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 仔羊の骨付き背肉を表面に焼き色を付け、ふつふつとしたバターをふりかけながら、ゆっくりゆっくり熱を加えてゆく。この魅惑的な香りをどう表現したものか。表面には美味しそうな焼目がつくが、中はまだ生のままです。肉が内包している温まった肉汁を利用し、中からじっくり熱がゆきわたるように、温かい肉部屋で休ませロゼ色に焼きあげます。この美しい焼色なくして、仔羊の美味しさを味わえないでしょう。

 添える野菜は、やはり新樹らしく緑野菜です。なかでも枝豆が今回の味の決め手になります。湯がき細かくすることで心地良い食感と、まとわりつくような緑豆の旨味を引き出し、タルトのように仕上げます。他の緑野菜をのせた後に、パルメザンチーズを振りかけ焼き上げます。

 目の前に運ばれてきた時、仔羊の焼き色と緑野菜のタルトのコントラストが目を引き、甘い野菜と香ばしい焼いたチーズの香りが漂います。そこへ、仔羊の旨味の凝縮したソースを、そっとお肉へかけてゆく。全てが一堂に会する時、なぜシェフがお勧めするのかお分かりいただけるはずです。

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AGNEAU rôti, légumes verts au jus

仔羊のロースト 枝豆と緑野菜

※プリ・フィックスメニューの肉料理として、ランチ+1,500円/ディナー+1,200円でお選びいただけます。

 

≪パリ-東京?≫

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 先月まで、Benoitのデザートに名を連ねていた「パリ・ブレスト」。これは、2つの都市「Paris(パリ)」と、もう一つはブルターニュ半島の西端に位置している港湾都市「Brest(ブレスト)」の2つの都市を結ぶ一大イベントが「Paris-Brest-Paris(パリ-ブレスト-パリ)」と呼ばれている、自転車レースを記念して考案されたデザートです。誰が発案者なのかは諸説あるため断言できませんが、シューの生地をドーナツ状にした理由は、自転車のタイヤに模したのだといいます。

 今回のデザートは「パリ-東京」です。すでにお察しかと思いますが、「パリ」と「東京」の2つの都市名がついたデザートというよりも、1912年創業の老舗「Benoitパリ」と、その連綿と引き継がれてきたビストロ料理を日本にも紹介していこうと2005年にオープンした「Benoit東京」。ここから名付けられたのが今回のデザートです。

 パリ・ブレストが自転車のタイヤならば、パリ-東京は飛行機のタイヤとでもいうのでしょうか。残念ながら、今回は東京らしい食材を使用しているわけではありませんが、フランスでは相性抜群と言われるピスタチオとグリオット・チェリーの組み合わせをお楽しみいただきます。

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 原型がパリ・ブレストなだけに、シュー生地をドーナツ状に絞り込み、香ばしく焼き上げます。横から半分に切り分けたその間に、ピスタチオとグリオット・チェリーを挟み込みます。ピスタチオは、緑美しいムースリーヌとアーモンドの香ばしさを加えたプラリネへ。グリオット・チェリーは、食感を残すように煮詰めたコンディモンと甘酸っぱいマルムラードへと姿を変えたものを。

シュー生地だからこそのの心地よい食感。さらに、たっぷりとピスタチオを使うことで芳しい香りとナッツの美味しさと、グリオット・チェリーの心地よい甘酸っぱさ。全てが一堂に会する時、そこに「パリ-東京」が姿を現します。一口お召し下がりいただければ、そこにBenoitパリと東京との絆を見出せることでしょう。

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PARIS-TOKYO pistache / griottes

パリ-東京 ピスターシュ / グリオット

※ランチとディナー、ともにプリ・フィックスメニューのデザートとして、+500円でお選びいただけます。

 

2021年の、待望のBenoit桃デザートは…≫

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 今期、Benoitでは、桃の収穫を待ちパティシエの準備ができしだい、予定「ピーチ・メルバ」としてデザートに登場します。昨年は長引く梅雨が桃の品質に大きな影を落としました。こと、新潟県では出荷できる桃が調達できませんでした。今年は、暖冬により、桃の開花が早まっていることもあり、収穫は今月後半を予定していると聞いています。

 我々は、本能で季節を悟れないかわりに、我々は食材の旬を計(はか)ることができる。しかし、計るのみで見極めることができません。「いつから桃デザートが始まりますか?」という問いには、「桃に聞くしかありません」と…桃のみぞ知る、収穫の時期。皆様には不確定な情報でご不便をおかけいたしますが、なにぶんにも自然の産物ゆえ、ご容赦のほどなにとぞよろしくお願いいたします。始まる時には、再度ご案内を送らせていただきます。

 

ホトトギス」、名前は知っているも、どんな鳥でどんな鳴き声なのでしょうか?今も昔もホトトギスの初音をきくことは、なかなか難しかったようです。だからこそ、歌人は恋焦がれ、待ち続けることに…この想いのお話から、Benoit6月の特別プランのご紹介をさせていただきます。以下よりご訪問いただけると幸いです。

kitahira.hatenablog.com

 

 最後まで読んでいただき、誠にありがとうございます。

 今年の辛丑が始まりました。その「辛」の字の如く優しい年ではないかもしれません。しかし、時は我々に新地(さらち)を用意してくれている気がいたします。思い思いの種を植えることで、そう遠くない日に、希望の芽が姿をみせることになるでしょう。

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 「一陽来復」、必ず明るい未来が我々を待っております。マスク無しで笑いながらお会いできる日が訪れることを願っております。皆様のご多幸とご健康を、一刻も早い「新型コロナウイルス災禍」の収束ではなく終息を、青山の地より祈念いたします。

 

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬

www.benoit-tokyo.com