kitahira blog

徒然なるままに、Benoitへの思いのたけを書き記そうかと思います。

2022年10月11月Benoit 特選食材とお勧め料理・デザートのご紹介です。~ノーカット版~

花すすき まねく袂(たもと) あまたあれど 秋はとまらぬ ものにぞありける  藤原元真(もとざね)

 いまでも其処此処に、秋らしい姿を見せてくれる「ススキ」。たわわに実る稲穂に似ていることからも、五穀豊穣を祝う意味でお月見や祭事では欠かすことのできない花です。誰しもが、名前を聞いただけで姿を思い浮かべることができるのではないでしょうか。

 往古、中が空洞の稈(かん)を持つ草は茅(かや)と呼ばれ、茅葺(かやぶき)屋根や家畜の餌にと利用されていました。そのため、村落の近くには、定期的に茅を刈り取るための茅場(かやば)があったといいます。その茅の一つがススキでした。しかし、茅の需要が減ることで、ススキ原は雑木林へと姿を変えてゆきます。自然界の植物遷移の過程で、ススキの群生は野原としては最後の姿であるといい、そのまま放置しておくことで、ススキが樹々を招き入れるのだと。

 

 藤原元真は、近くの茅場を眺めていたのか、はたまた山野の雑木林になる前のススキ原であったのか。群生するススキが風に穂をなびかせている姿は、着物の袂から手招きしているようにも見える。あまりにも手招きが多いために、ホラー映画にも出てきそうな場面でもありますが、ここは、秋晴れの下での清々(すがすが)しい光景を思い描いていただきたい。

 ススキがおいでおいでと誘っているのは、雑木林をなすための樹々ばかりではではありません。決して華やかではない光景に、ある種のもの侘(わび)しさを感じ取った風流人が手招きに応じる。その風情を楽しむために彼の地を訪れたのか、はたまた通りすがりなのか。

 さらに、ススキが手招きしているのは、他にもあると藤原元真はいう。そう、秋という季節を忘れてはいけない。そよそよとそよその姿は、秋風を楽しんでいるかのようにも思えるもの。少しでもゆっくりと秋を満喫したいと思うのは、我々だけではなくススキもまた同じであると。

 手招きされた人々はススキに魅せられ、ついつい足を止めてしまう。今ほどに時間に縛られていなかった時代にあれば、心行くまで鑑賞したことでしょう。夕暮れもまた格別であり、月が姿をみせれば寒さに身震いするまで居座ったかもしれません。それにもかかわらず、秋という季節は、そ知らぬ素振りで立ち止まることなく足早に過ぎ去ってゆく。なんという無慈悲なことか。

 立ち止まらない秋だからこそ、刻一刻と姿を変える美しさに魅せられ、去秋の思いが募るもの。少しでも「もののあはれ」を堪能したいとおもうからこそ、強調の係り結びを意味する「ぞ」~「文末の連体形」で詠い終わっている。藤原元真が自らに言い聞かしているのか、はたまた我々に教えてくれているのか…秋はとまらぬものにぞありける。

 古人は、季節は風が運んでくると考えていました。菅原道真の「東風(こち)吹かば にほひおこせよ 梅の花 主なしとて 春を忘るな」、菅原道真は春の東風が花の開花を促すのだと詠っています。風は春夏秋冬、東西南北を問わず日本列島を吹き抜けます。しかし、春は東から、秋は西から風に運ばれてやってくるのだと。

この理由は、以前に「秋風の色は何色?」という季節のお話として、ブログに書き記しております。お時間のある時に以下よりご訪問いただけると幸いです。

kitahira.hatenablog.com

 ということで、黄葉・紅葉も西の風に促される。ススキは西の風になびいている。オギも同じ風になびいている…オギ?

 これほどススキにそっくりな植物はないのではないでしょうか。季節同じく花咲かすため、区別するのが難しい…ともに日本に自生している植物ですが、ススキは山野を好みオギは湿地を好みます。とはいえ、混在していることもしばしば。よくよく地面からの生え際を眺めると、ススキは株を形成していますがオギは独立して稈(かん)を伸ばす。

 そのため、平安時代には屋敷のまわりに溝をめぐらし、水を引き込み、オギを植栽することで垣根としたともいいます。ススキであれば水溝は必要ないのですが…頑強な株をなすために、垣根に仕立てるなど論外で、体裁よく管理することが極めて困難なのだとか。

 

目に見えぬ 風のきたらば つげよとて 植ゑてし荻(おぎ) (ちぎ)りたがへぬ  源頼政

 風が季節を運んでくるのであれば、どんなささやかな風であろうが見逃したくはないものです。風流人ともなれば、誰よりも先んじて秋の到来を知り、「もののあはれ」を余すことなく感じ入りたいと思うものなのでしょう。源頼政は、「秋の風が訪れた時に教えておくれよ」とオギと言い交しながら、自邸にオギを植えた。

 そして、オギが手招きをするように、その約束を果たした。「そよそよ」とそよぐオギの姿に、頼政は問うた「待ち焦がれた秋が訪れたか?」、そしてオギは答える「そうよそうよ」と。

 

 あまりにも似ている姿の「ススキ」と「オギ」。漢字では、似ても似つかぬ「薄/芒」と「荻」。おや?「荻」にはそっくりな漢字「萩」があります。この「萩」は「ハギ」と読み、草ではなく樹ですが、秋の七草の筆頭に挙がるほどの秋を代表する花。

 万葉集に収めらている山上憶良のこの歌が基になります。「萩の花 尾花(おばな)葛花(くずばな) 撫子(なでしこ)の花 女郎花(おみなへし)また藤袴(ふじばかま) 朝顔の花」。秋の七草に2番目の「尾花」はススキのことで、オギの名前はありません。あまりにも似すぎているために、万葉の時代にはススキとオギは混同していたのではないと思うのです。時下り、平安時代ともなると、しっかりと区別がされています。

 

秋はなほ 夕まぐれこそ ただならぬ (おぎ)のうはかぜ (はぎ)の下露  藤原義孝

 「ゆふまぐれ」は「夕間暮れ」と書き、夕方の薄暗いこと。秋は夕暮れごろが比類のないほどに美しいものである、なかでも「荻の上風」と「萩の下露」は風光の極みであるという。秋風が、オギの上をそよそよと吹き抜けてゆく。ハギの葉の裏は、アサガオの葉のように細かな毛がびっしりと生えています。そのため、水玉は葉の面ではなく、その小さな毛の上にのるようにくっ付くために、美しい玉となる。露は冷え込んだ朝の自然現象であることを考えると、藤原義孝は秋雨の上がった夕暮れ時を詠ったのでしょう。

 秋を代表する花である「荻」と「萩」を使い分け、さらに秋らしい風情を「風」と「露」として表現する。夕暮れ時だからこそ、秋の情緒が溢れる光景の中で、荻の手招きに足を止めたときに、ふっと肌に感じる涼やかな風。「涼風(すずかぜ/りょうふう)」というと夏の季語ですが、「新涼(しんりょう)」や「初涼(しょりょう)」は秋の季語です。そして、夕暮れならではのやわらかい茜色に染まった太陽が萩の下露を照らし、まさに玉(ぎょく)の如くに輝いている。

 ここにススキは姿をみせない…

 季節の移ろいの機微を察するかのように、花は順に咲き誇り散ってゆきます。秋の花であっても、花笑う頃には違いがあります。思いのほか早く花開くのは、ハギの花。小さな花が一斉にではなく順を追って咲いてゆくので花期は長く、晩夏から初秋にかけてです。そして、初秋にオギが小さな小さな花を咲かしていき、その後にススキが引き継ぐかのようです。

 

花すすき あすは冬野に たてりとも けふはながめむ 秋の形見に  源顕仲

 2022年11月7日に「立冬」を迎え、暦の上では冬が始まります。鴨長明方丈記の冒頭に、こう書き綴りました。「ゆく川の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず~」と。そう、時の流れは途絶えることはなく、戻ることもありません。しかし、どこかで区切りを付けなくては、人生のメリハリがなくなってしまうもの。一年を大別して四季とした、古代賢人の発案は今でも十分に生きており、この考えが人生を豊かにしている。

 こと日本においては、四季折々の変化が著しいこともあり、迎えし季節の準備をする上でも、四季という感覚は衣食住のうえでは欠かせません。冬や夏をのりきるための準備のタイミングを教えてくれることもあり、安心・安全を与えてくれるともいえます。

 「立冬」を境とし冬が始まります…前日までは秋でした。生活するうえで、大きく変わることは何もありませんが、季節が変わります。この変化は、我々は迎えし厳しい寒さを乗り切るための準備を行うことを示唆してくれる。だからこそ、身の締まる思いがするのでしょう。源顕仲は、立冬前日に「花すすき」に語りかけたのでしょう。秋が終わり、明日からはあまえは冬野に立つことになる。今日はしっかりとおまえの姿を目に焼き付けておこう、秋の形見に…

 秋を代表するそっくりな花を紹介しながら、駆け足で秋を駆け抜けてみました。秋はとまらぬものにぞありける…そうなのです、秋が我々をそ知らぬ顔で過ぎ去るのと同時に、秋の食材もまた待ってはくれません。心残りのないよう、秋の味覚を存分にお楽しみください…秋の形見に。

 

 降り注ぐ太陽の陽射しが万物を育て上げ、四季折々の風はその土地土地に味わいをもたせる。その風のもたらした美味しさこそ「風味」であり、我々はここに「口福な食時」を見出すのです。そして、旬を迎える食材は、人が必要としている栄養に満ちています。「美しい(令)」季節に秋食材が「和」する逸品に出会い、食することで無事息災に秋を過ごしていただきたい。この想いを込め、Benoitの10月11月のダイジェスト版をご案内いたします。

 

晩秋特別プランのご案内です。

「秋はとまらぬものにぞありける」

 秋が我々をそ知らぬ顔で過ぎ去るのと同時に、秋の食材もまた待ってはくれません。秋の味覚が恋しくなった際には、足の赴くままにBenoitへお越しください。深まり行く秋と歩調を合わせるように、旬の食材がメニューをもって皆様をお迎えいたします。

 

晩秋特別プラン

期間:土日を含めた20221130()まで

ランチ

前菜x2+メインディッシュ+デザート

6,000円→5,600円(税込/サービス料別)

※前菜を1つにし、デザートを2つ選べるプランに変更できます。

前菜+メインディッシュx2+デザート

7,500円→6,800円(税込/サービス料別)

ディナー

前菜x2+メインディッシュ+デザート

8,600円→8,000円(税込/サービス料別)

※前菜を1つにし、デザートを2つ選べるプランに変更できます。

前菜+メインディッシュx2+デザート

10,000円→9,100円(税込/サービス料別)

 

 その他にもケーキ付プランなどもございます。詳細は以下のURLよりBenoitの予約サイトを参照ください。ご希望日のご予約が取れない場合でも、まだお席が残っている可能性もございます。その時は、何気兼ねなく自分へ返信、もしくBenoitへご連絡(03-6419-4181)ください。ご要望や質問なども、喜んで承ります。

https://www.tablecheck.com/shops/benoit-tokyo/reserve

 

Benoit東京では初食材のマダコ!11月も少しだけ延長します。≫

 「タコの産地といえば?」という問いに、真っ先に思い浮かぶのが兵庫県の明石(あかし)ではないでしょうか。高品質なうえに、水揚げ量が日本一を誇ります。これほどのタコ銘産地でありながら、存亡の危機に晒された時がありました。今から50年以上も前のこと、この海域に大規模な赤潮が発生し、タコが全滅に近い状況に陥ったのです。タコ産地としての復活を願う明石の漁師さんは、美味しいタコを探すべく全国を行脚したといいます。そして、彼らが選んだのが、熊本県天草のマダコでした。そこで、明石の漁師さんは天草へ漁船で訪れ、100tほどを譲り受けた後に明石の海に放流したのです。

 有明海に面した天草の北側には、「ありあけタコ街道」と愛称がついているほど。しかし、Benoitに届けられるのは上天草の南に位置している柳漁港で水揚げされたものです。先の画像は、上天草と天草本島の間です。をご覧いただくと分かるように、島々がひしめいている。画像の右上の島のさらに右へと向かった先に、柳漁港があります。

 島嶼郡(とうしょぐん)の海の下は複雑な岩礁地帯を形成しており、小エビやカニがこれでもかと棲みついている。そして、これがタコの餌となり、たらふく食べたこの海域のタコの旨味となるのです。さらに、海流が速い海域でだけに、タコの身がしまる。丁寧に下ごしらえされ、やわらかく茹でたマダコは、噛めば噛むほどにタコらしい濃ゆい旨味が口に広がります。

 柔らかく茹でた天草のマダコは、温(ぬく)いまま、ギリシャ風と銘打たれた野菜と一堂に会します。この野菜のギリシャ風とは、セロリ、ニンジン、タマネギ、カリフラワー、それにラディッシュ。レモンにコリアンダーの種を使い、絶妙な火加減で調理してゆき冷蔵庫で一晩休ませたもの。コリアンダーパクチーのことで、苦手の方の多い香草かと思います。しかし、このコリアンダーの種は、うんともすんともいわない味気ない食材。ところが、野菜とともに熱を加えることで、野菜本来の甘さを引き出すのです。

 この前菜は、天草産がどれほどの逸材であるかを教えてくれる。さらに、野菜それぞれの食感がリズミカルに口中に響き、野菜それぞれが甘さ旨さの旋律を奏でます。この美味しさに酔いしれ、Benoitの窓へと目を移すと…そこにはエーゲ海がひろがっている…かもしれません。

Poulpe marinée, légumes à la grecque

天草産真タコと野菜のマリネ ギリシャ

※11月末まで!? ランチのプリ・フィックスメニュー、前菜としてお選びいただけます。

 

飛騨高山の伝統野菜「宿儺(すくな)かぼちゃ」なり!

 馴染みのカボチャとは一線を画す姿に、「うり?」と思われる方も多いのではないでしょうか。これが、「両面宿儺(りょうめんすくな)」という神の名を冠する「宿儺かぼちゃ」。新品種ではなく、岐阜県の飛騨高山地方で連綿と受け継がれてきた伝統野菜です。彼の地では、品種改良はせずに原種を残そうと、徹底した種苗管理することで守られてきた日本のカボチャ。有志が集い、今でも丹精込めて栽培されています。

 大きなサイズになればなるほど、栽培が難しくなると言われるなかで、この見事なサイズにまで育て上げられるには、どれほど手間暇をかけねばならないことか。岐阜県高山市で「かぼちゃ名人」と称される若林定夫さんを筆頭に、熟練の栽培者の方々よりBenoitへ送っていただいている品質の高さには脱帽するばかりです。

 表皮は薄く、中は見事なほどの詰まった黄色がかったオレンジ色が姿を見せます。和かぼちゃの多くは、味わいが素朴であるのに対し、この宿儺かぼちゃは一線を画します。優しいカボチャ特有の甘みの中に、ねっとりとしながらも、きれいな旨味の余韻が後を引く。洋かぼちゃにはない和かぼちゃの美味しさに舌鼓を打つこと間違いありません。

 いかに美味しい「宿儺かぼちゃ」であっても、どこでどのように調理されたいかの希望があるに違いない。もしかしたら、郷里の飛騨高山から離れたくないかもしれません。そこで、「あなたはどこに赴(おもむ)きたいですか?」と問いかけてみた…すると、寡黙なカボチャは、言葉ではなく行動で意思表示をしてくれた…

 決してカボチャの表面に張り付けたのではありません。カボチャそのものが、実の内側から浮き出させた「Benoit」の文字。この「宿儺かぼちゃ」の思いを汲まなければなりません。そこで、今年も「宿儺かぼちゃ」をたっぷりと使った、なめらかな黄金色のスープをご用意いたします。

Velouté de potiron et fromage frais “

宿儺か ぼちゃ"のスープ リコッタチーズ

※ランチのプリ・フィックスメニュー、前菜としてお選びいただけます。

 

 なぜ、美味しいカボチャなのに、日本全国に出回らないのか。栽培が難しい上に、表皮が薄く日持ちがしないこと。そして、この大きさゆえなのでしょう。ご家庭で1本購入しようものならば、1週間はカボチャ料理が続くことになります。しかし、今なお栽培が続いている理由は、「美味しいから」の一言に尽きるでしょう。

 前述した若林さんが、「宿儺かぼちゃ」にBenoitのロゴを忠実に再現してくれました。あまりの嬉しさに、Benoitにお越しの方に自慢していたのですが…自分が落とすという愚行をしでかし、破損させてしまいました。なんという失態かと猛省しております。皆様にこの雄姿をご覧いただきたかった…誠に申し訳ありません。

 

Benoitの秋は栗で始まる…≫

 秋を代表する食材の中で、料理とデザートで主役を担うことのできるものとして、和洋を問わず筆頭に挙がるのが「栗」でしょう。栗なる木の実を大きく分類すると3つに分けることができ、それぞれに美味しさが異なります。天津甘栗などで有名な「中国栗」、マロングラッセなどには欠かせない「ヨーロッパ栗」、そして、日本の「和栗」です。Benoitには、ヨーロッパ栗と和栗が届いています。

 ヨーロッパ栗は、もちろんフランスから。フランス栗は特有のコクと甘さがあり、フランス伝統菓子のマロングラッセがやはり美味。栗おこわにすると、和だしや醤油の旨味ばかりかもち米の繊細な風味をも奪い去ってしまうことでしょう。そこで、Benoitでは、洋栗をこれでもかと使ったなめらかなスープに仕上げます。

 フランス栗だけでこしらえるスープは、甘さと木の実のコクが強く出ます。だからといって薄くするという発想はありません。Benoitでは栗の渋皮を加えることで、赤ワインの渋みのような味わいを加えるのです。今の時期になると、必ずと言っていいほど「栗のスープはいつからですか?」と皆様から問い合わせが入る逸品です。Benoitの秋は栗で始まる…

Velouté de châtaignes, garniture mijotée

フランス産栗のスープ

※ディナーランチのプリ・フィックスメニュー、前菜としてお選びいただけます。

 

 そういえば、栗には東西を問わず渋皮があります。美味しく食べるには、この渋皮を取り除かねばなりません。フランスで栗の収穫を迎えると、この渋皮剥(む)きは女性の担当だったといいます。この作業を経験した方はご存知かと思いますが、手が渋皮で黒ずんでくるのです。特に爪が黒ばんでくることを、フランス女性たちの美意識が許しませんでした。そこで、考案されたのが「マニキュア」だと…そのような女性たちの想いを感じ入りながら、Benoitの栗料理と栗デザートお楽しみいただくことも一興かと。

 

ヨーロッパから「キノコいろいろ」、飛行機に乗ってBenoitへお越しいただきました!

 秋の味覚の代表ともいえる「キノコ」。ここまで国産の食材にこだわりを見せながら、どうしてフランス産を購入するのか?シイタケやシメジにように、風味豊かな個性的なキノコが国産にはあります。ことフランス料理との相性となると、どうしてもフランス産に軍配があがるのです。

 さあ、冬本番を迎えるに前に、ぜひとも味わっておかねばなりません。フランスからプルーロット(ヒラタケの仲間)、ピエ・ブルー(シメジの仲間)、マッシュルーム。イタリアからカルドンチェッロ(エリンギ茸そっくり)です。上の画像の右端の真っ黒のキノコは、トランペット・ドゥ・ラ・モー(「死のトランペット」という名前ですが毒キノコではありません)は、今期は収量が激減しており、入荷できた際には料理の中で姿を現します。

 今回は、ヴォローヴァンというフランス伝統の料理に仕上げます。「パイの実」というお菓子を想い描いていただきたい…Benoitのさくさくミルフィーユのノウハウで仕上げたパイの実の生地を重ね、中をくり抜き、休ませた後に香ばしく焼き上げます。そして、地鶏である名古屋コーチン(※ホロホロ鳥の入荷がとまりました)のモモ肉をぷりっと焼き、前述したキノコを加え、ちゃっちゃっと熱を加えてゆくと…芳しい香りをはなつようになる。そこで、クリームを少々…

 鶏モモ肉のキノコクリームソース、これだけでも美味しい。これをパイ生地に詰めてゆきます。ナイフを入れるとしゃりしゃりっと音を奏でながら生地を切り、鶏肉やキノコ、旨味の煮出たクリームソースを絡ませてお召し上がりいただきたい。色こそ地味ですが、どっしりと食べ応えのある“前菜”です!

Vol-au-vent de pintade et champignons

ホロホロ鳥とキノコのパイ詰めヴォローヴァン

※プリ・フィックスメニューの前菜として、ランチ+1,500円/ディナー+1,200円でお選びいただけます。

 

Benoit自慢のテリーヌなり!≫

 Terrineとは、数多(あまた)あるフランス料理店の中でも、特にビストロを冠する店では欠かすことのできない料理ではないでしょうか。魚介を使ったテリーヌもありますが、やはり基本は肉を使ったものです。農業国フランスとはいえ、かつてはそこまで色が豊かであったわけではありません。そこで、肉の塊をステーキに整形した端であったり、内臓であったり、脂であったりを、無駄なく美味しく保存性をもたせるようにと考案したのが、テリーヌという料理でした。

 食材に決まりがあるわけではなく、今ではテリーヌ型で焼き上げたものを料理の「テリーヌ」と呼んでいます。そのため、シェフによって想い描くテリーヌが違うので、名前が同じでも、触感や味わいでそれぞれの特徴がでてくるのです。Benoitは、肉の食感を活かすように粗挽きの肉で仕上げます。

 ランチは、豚の肩肉をメインとし、豚の背脂で旨味を加え、鶏のレバーでコクをあたえたもの。Benoitの定番として不動の人気を誇るもの。ディナーでは、Benoitサラダのトッピングとして登場します。

Terrine de campagne, pain toasté

テリーヌ・ド・カンパーニュ

※ランチのプリ・フィックスメニュー、前菜としてお選びいただけます。

 ディナーでは、この時期ならではのジビエのテリーヌをご用意いたします。鴨(かも)と猪(いのしし)を主として鹿が加わります。上記の定番テリーヌとは違った、味わいのコク。それぞれの肉を大ぶりにカットするため、口の運ぶ場所場所によって少し味わいが異なる楽しさもあります。

Terrine de gibiers, pain toasté

ジビエのテリーヌ

※ディナーのプリ・フィックスメニュー、前菜としてお選びいただけます。

 

≪今秋は旬の美味なる魚をムニエルでいかがですか?≫

 魚料理名の中に、「ムニエル」という言葉が度々姿をみせます。「舌平目のムニエル」などは、いかにもフランスっぽい料理であり、音の響きではないでしょうか。この「ムニエル」とは、料理を意味するのではなく、魚に小麦粉をまぶし、たっぷりのバターで焼き上げる調理法のことです。

 今秋のBenoitのメニューにも、「ムニエル」という単語が登場しています。ランチとディナーで魚種を変え、ほぼ同じスタイルの旬の魚料理です。ココットにバターをたっぷり溶かし込み、ふつふつと泡立つ中に魚を落とし込みます。この時、魚には小麦粉はふらず、シンプルに魚の美味しさを表現します。ココットの中では、熱々のバターをふりかける度にじゅわ~ビチビチと心地良く響く音色に、立ち昇るバターの甘い香りに香ばしい魚の香り。

 しっとりと焼き上げる魚に、職人技を垣間見ることができます。旨味の移ったバターにアンチョビを加えたのがソースとなり、添えるのがジャガイモを3種の調理方法で仕上げたもの。マッシュポテトにほぐしたジャガイモ、そしてポテトチップス。バターソースなだけに、お皿の中はジャガ&バターです。この相性が悪いわけがありません。

 

 さて、主役となる旬の魚とは何か?

 背びれを上に置き、白い腹目を地につけた時、「左ヒラメに右カレイ」なのだといいます。ヒラメとカレイを見分ける時の決まり文句ですが仲間の中でも例外がいる上に、自然界のか中では稀にひねくれものもいるようです。どちらにせよ、ともに美味しい魚に変わりはありません。と、コメントしていては、飲食業を生業とはできません。

 眼の向きは、やはり美味しさに違いをもたらしますが、エビ・カニ・小魚を捕食することで蓄えられる旨味は甲乙つけがたいもの。しかし、その肉質には大きな違いがあります。カレイ目ヒラメ科の仲間がぷりっと堅めであるならば、カレイ目カレイ科はふわりとして柔らかい。

 今回は、カレイの仲間の中で、美味しさが群を抜いている「マツカワガレイ」が、北海道からBenoitに届いています。見事なまでに美しい背ビレに腹ビレに描かれる帯模様。これぞマツカワガレイなり!ヒラメにも負けないほどの肉厚さながら、やはり肉質は繊細で、優しい旨味に満ち満ちています。

 肉厚ではありますが、3枚に捌いてしまうと「美味しくなる前に火が入っていまう」ものです。そこで、中骨を残したままぶつ切りにして焼き上げるのです。骨付きだからこそ職人技ともいえる絶妙な火入れを可能とし、旨味を逃がさないのです。骨があって食べにくい?いやいや、骨に沿って魚ナイフをいれていただければ、きれいに身がほろっととれるのです。

Carrelet à la meunière, pommes de terre écrasées

カレイのムニエル じゃがいものエクラゼ

※ディナーのプリ・フィックスメニュー、主菜としてお選びいただけます。

 

 ランチは、北海道や青森県で水揚げされた「タラ」でご用意いたします。塩で身を締めること一晩、塩抜きをしてムニエルにすることで、タラ特有のぷるっと身がほぐれるように。ディナーのマツカワガレイとはまた違った美味しさをお楽しみいただけます。

Pavé de cabillaud à la meunière, pommes de terre écrasées

タラのムニエル じゃがいものエクラゼ

※ランチのプリ・フィックスメニュー、主菜としてお選びいただけます。

 

佐渡ヶ島から直送!アオリイカBenoit初登場です。≫

 新潟県佐渡ヶ島は、沿岸一周約280kmもあり、東京23区の1.4倍の広さを誇る本州最大の島です。新潟港からカーフェリーで2時間半、ジェットフォイルを使えば1時間ほどで島の両津港へと着岸します。そこから少しばかり北に向かうと、「佐渡魚市場」が姿を見せます。まだ東雲(しののめ)の頃から、次々と水揚げされる魚介の量の多さは、いかに佐渡近海が好漁場であるかを物語っています。

 Benoitは、マルヨシ鮮魚店の石原さんに競りを託します。活気を帯びる市場の中で、彼にお願いしたのは旨味食味が抜群で、イカの中でも最高級の食材と称されている「アオリイカ」です。生きたものしか捕食しないという硬(かた)くなまでのこだわりが、この美味しさを生むのでしょう。夏に生まれたアオリイカが、海水温が下がってくるころから沿岸部から深辺へと移りゆき、ぐんぐんと成長するといいます。確かに、今はまだ小さめだというのですが、いやいやこのサイズだからこその美味しさがあります。

 焼き切ってしまえばただの焼きイカ。そこで、Benoitではちゃっちゃと焼きを入れるのみ。半生のようであり、余熱で軽く焼きが入るようでもある。だからこそ、アオリイカが誇る香りの高さに魅せられ、パリッという若々しい弾けるような…そして、イカ特有のムッムッとくる食感、その溢れ出る旨味に酔いしれる…

 秋ナスを添える、その上にはアオリイカのゲソを細かくっカットしたものを載せる。このゲソのコクのある旨味と食感が、いい仕事をしている。そして、欠かすことのできない特選食材が幻の酢ミカン「直七」です。爽やかな香りに、澄んだかのような酸味が、アオリイカと秋ナスの旨さを際立たせる大役を担います。

Calamars au plat, aubergine confite

佐渡ヶ島アオリイカのソテー ナスのコンフィ 柑橘直七

 

 石原さんがこのようなメッセージを送ってくれました…「ただただ美味しく召し上がっていただきたいという一心です。良いものを早く処理して一流の料理人に渡す事が魚屋の仕事だと思っています。佐渡ヶ島の旬の逸品をお楽しみください!」と。

 

秋ナスは嫁に食わすな!?

「秋茄子は嫁に食わすな」

 体が冷えて流産してはいけないと嫁の体を労(いたわ)った言葉です。夏野菜であるナスは、水分が多い上にカリウムが豊富です。カリウムには利尿作用があり、余分な水分を体外に排出する際に体温を奪っていきます。さらに、ナスのアクも体温を下げるのだといいます。夏であれば良いことも、肌寒くなると困りもの…しかし、秋ナスは格別に美味しい。

 食べ過ぎいけないことはどの食材でも同じこと。アク抜きしたナスを適量であれば、妊婦さんでも美味しくお召し上がりいただけます。まして、ナスから摂れる葉酸を思うと、「秋ナスこそ嫁に食わすべし!」というものです。なにぶん、体が冷えることは体感的に分かっていても、葉酸などの含有成分などわかりようもない時代にあっては致し方ないことなのかもしれません。

 さて、秋ナスは美味しいけれども、少々皮が厚くなるもの。そこで、Benoitは3種類の調理方法でご用意いたします。一つは、皮を剥いてオーブンでじっくり焼き上げたナスを心地よい酸味のマリネ液に浸したもの。もう一つは、焼くことで旨味したナスを細かく切るように仕上げたところに、爽やかな酸味を少々。さらに、そのナスにゲソを細かく切ることで、アオリイカ特有の旨味を加えたもの。

 それぞれが秋ナスの美味しさを十二分にお楽しみいただけるのですが、これがぷりっと焼き上げたアオリイカと一堂に会した時、バラバラだった美味しさの旋律が見事なまでのハーモニーを奏で始めるのです。どれ一つとして欠かすことのできない食材なのです。

 心地よい爽やかな酸味とはレモン?いえいえ、次でご紹介させていただく、高知県宿毛(すくも)で育まれた幻の酢ミカン「直七(なおしち)」のこと。

Calamars au plat, aubergine confite

佐渡ヶ島アオリイカのソテー ナスのコンフィ 柑橘直七

 

≪幻の酢ミカン「直七」が、幻ではなくなる?≫

 この聞き慣れない「直七(なおしち)」とは、スダチやカボスといったような酢ミカンに分類されています。原産は広島県尾道市因島(いんのしま)の田熊で、学名は「田熊スダチ」といいます。これが高知県へと持ち込まれました。今では因島で栽培している人はなく、高知県でも四万十市のさらに西隣にある宿毛(すくも)市とその周辺で栽培されているのみです。

 かつて、土佐の魚商人が、「魚に絞ると美味しいよ!」と、この田熊スダチを水揚げされたばかりの魚と共に売っていたそうです。あまりの相性の良さに加え、その魚屋さんのキャラクターが地元の人々に好印象だったのでしょう。人々は、その柑橘を田熊スダチとは覚えず、彼の名前で呼ぶようになった…直七とは、その魚屋さんの名前です。

 樹齢200年以上の古木が現存してることから、馴染みの酢ミカンであったようですが、地元以外では名前はもちろん、その風味を知る人は少なく、幻の柑橘と呼ばれているようです。これほど美味しいのに、なぜ版図を広げなかったのだろう?思うに、栽培が難しく適地が少なかったのか…それとも、ミカンほどもある大きさに使い勝手が悪いと感じたのか…今後の自分の課題です。

 馴染みのスダチとは、外形も味・香も異なっています。ほのかな甘みに、心地よい酸味と柑橘の爽やかな青々しさ。姿もそうですが、スダチとミカンを合わせたような柑橘です。青果での流通は一昨年より初めてテスト的に一部のスーパーなどへ出荷しただけでした。昨年にBenoitシェフ野口が試食し絶賛!今期も購入させていただいております。そう、Benoitでは、幻の酢ミカンが幻ではなくなっています。

 この「直七」を、果皮を削り、さらに果汁を絞ったものを、アオリイカの料理に使用します。レモンではない、スダチではない、直七だからこその風味が、アオリイカと秋ナスの美味しさを引き立て、調和をもたらしている。それぞれが持ちうる旬の美味しさをご堪能ください!

Calamars au plat, aubergine confite

佐渡ヶ島アオリイカのソテー ナスのコンフィ 柑橘直七

 

≪ボーノ(美味しい)という名を冠したボーノポーク?!

 「ボーノポーク」は、イタリア語で美味しいという意味の「ボーノ」という言葉を冠し、なんとも軽々しい印象を受けますが、その実は、岐阜県の中濃ミート事業協同組合の威信にかけて育て上げた銘柄豚です。飼育地は、県内の瑞浪(みずなみ)市、山県市、揖斐(いび)市の3地域。3つの種の掛け合わせで誕生した三元豚で、そのひとつが霜降り割合を増加させる能力を持つ、岐阜県が開発育種した「ボーノブラウン」という種豚です。

 抗酸化能とオレイン酸を多く含む植物性原料を含み、飼料中のアミノ酸バランスを調整した専用に開発された飼料を与えています。この飼料を含め、徹底した管理のもとで飼育されることで、霜降り割合が一般的な豚肉の二倍にものぼり、肉自体の旨味を十二分に堪能できる上に、脂の甘味か加味されるのです。さらに、一般に流通している豚肉よりもドリップロスが少なく、肉の旨味が逃げにくいのが特徴といいます。

 飼育した全てが「ボーノポーク」というブランドを冠することはありません。県下の和牛ブランド「飛騨牛」が、霜降り具合を目視によって5等級なのか4等級なのか、はたまた3等級なのかと振り分けるように、この豚もまたロース部位を目視によって判別してゆきます。違う点は、区分けが「ボーノポーク」か「一般的な豚」の2択であるということ。

 皆様が、「ボーノポーク」という豚の名前を耳にしたことがないのも当然、徹底した管理のために多くを飼育できない上に、厳しい選別ゆえに流通量が極端に少ないのです。その、貴重な豚肉がBenoitに届いています!

 

 どれほどのブランド肉でも、豚肉は生では食せず、良く焼くと硬くなります。そこで、ロースの部位を厚めにカットするのですが、休ませながら断面がうっすらとピンク色になるように丁寧に焼き上げることで、しっとりとした食感とボーノポークの旨味を十二分に堪能できるように仕上げます。

 ディナーでは、前述した「宿儺かぼちゃ」を添えます。輪切りにした半実の上に、このカボチャのピューレを載せてオーブンへ。途中でパルメザンチーズを振りかけ、再度オーブンへ。甘く焼き上がる、ホクホクとなめらかな2種の食感のカボチャに、チーズが溶けてふつふつと絡みつくことでコクを与える。岐阜県という同郷の組み合わせに死角はありません。

Longe de cochon de Gifu rôtie, gratin de potiron

岐阜県ボーノポークロース肉のロースト 宿儺カボチャのグラタン

※ディナーのプリ・フィックスメニュー、主菜としてお選びいただけます。

 

 ランチは、ボーノポークの多様な美味しさをお楽しみいいただきたく、ロースの肉ステーキ、バラ肉のコンフィ、自家製ソーセージの3種は焼き、盛り合わせます。添えるのはフランスのル・ピュイ産のレンズマメの煮込み。ワインと同じように原産地呼称を受けている緑レンズマメだけに、その美味しさは格別です。カスレのように、レンズマメの中に豚肉を加えて煮込んでいるわけではありません。

Cochon de Gifu aux lentilles vertes du Puy

岐阜県ボーノポークソーセージ/コンフィ/ソテー レンズ豆の煮込み

※ランチのプリ・フィックスメニュー、主菜としてお選びいただけます。

 

京都の地鶏「丹波黒鳥」をご堪能ください

 フランスの地鶏「ラベルルージュ」の血統をもち、京都で育種されているのが「丹波黒鳥(たんばくろどり)」です。飼育羽数を制限し、90~100日という長期にわたる飼育期間は、きめ細かな肉質に、上質な脂肪分とコクのある味わいを約束してくれる。しかし、鶏肉であるがために、調理方法によっては、パサパサになってしまう難しい難しい食材です。

 そこで、Benoitでは、丁寧に下ごしらえされた丹波黒鳥の胸肉ともも肉を骨付きのまま、低温調理を施します。旨味を逃がさず損なわず、ゆっくりと。仕上げは、表面が色付くように焼いてゆくことで香ばしさを加味してゆきます。

ランチでは、軽くクリームを加えたソースをからめて盛り付けます。そして、ディナーではコック・オ・ヴァンというフランス伝統の鶏の赤ワイン煮込みのような、「ような」ソースを仕上げ、鶏にまとわせるように。煮込んでいるわけではないので、ぱさっとはせず、硬くもなりません。丹波黒鳥の美味しさを十二分にお楽しみいただけはずです。

Fricassée de volaille de Kyoto légèrement crémée, légumes en beaux morceaux

丹波黒どりのフリカッセ クリーム風味 季節野菜

※ランチのプリ・フィックスメニュー、主菜としてお選びいただけます。

Volaille de Kyoto comme un coq au vin, pâtes fraîches

丹波黒どり"のオーブン焼きコック・オ・ヴァン風 フレッシュパスタ

※ディナーのプリ・フィックスメニュー、主菜としてお選びいただけます。

 

ジビエを代表する食材「エゾシカ」がメニューに名を連ねます!

 Benoitのプリ・フィックスメニューには、通年を通して牛肉のランプステーキが鎮座しています。それに、対抗するかのように、日本のジビエ料理の代表格ともいえるエゾシカが、名乗りを上げました。のんびり歩いている牛とは違い、北海道を駆け回っているからエゾシカ。この行動パターンの違いは、赤身の肉質とはいえ、まったくの別物です。

 今回は、エゾシカのモモ肉をつかいます。硬そうなイメージをお持ちかもしれませんが、丁寧にトリミングされ、休ませながらしっとり焼き上げることで、モモだからこその肉の旨味を堪能できるのです。トリミングで外した筋の部分は、廃棄するではなく我々のまかないにすることもありません。全てがソースへと姿を変えるのです。食材を無駄なく使いきるため、なに躊躇(ためら)うことなく、トリミングができるのです。

 しっとりと焼き上げたエゾシカのモモ肉に、コショウを利かせたソースを合わせます。このお供をするのが秋の野菜と果物です。宿儺かぼちゃにビーツ、リンゴ「紅玉」に柿と洋ナシ、忘れてはいけない洋栗。これらの個性豊かな甘みとコクとともに、お楽しみください。あ!宿儺かぼちゃも入っています。

 さあ、この美味しいエゾシカの肉を糧(かて)に、そ知らぬ顔で駆け抜けてゆく秋に追いつきましょう!

Noisettes de chevreuil rôties, garniture d’automne, sauce poivrade

蝦夷鹿のロースト 秋野菜と果実 ソースポワヴラード

※プリ・フィックスメニューの主菜として、ランチ+1,500円/ディナー+1,200円でお選びいただけます。

 

遠藤農園のリンゴ「紅玉」だからこその美味しさです!

 リンゴが美味しい時期がやってまいりました。甘ずっぱくて瑞々しい、しゃくっという食感が心地良い、我々には馴染み深いフルーツではないでしょうか。とはいえ、リンゴには多くの品種があり、それぞれに収穫時期や美味しさに違いがあります。多くの品種が世界に誇れるほどの美味しさを生食で発揮している…しかし、ことデザートとなると、やはり品種「紅玉」に勝るものはありません。

 国内に数多(あまた)あるリンゴ農園ですが、思いのほか「紅玉」を植栽しているところが少ないのです。さらに、植えていたとしても樹の本数が少ないとくる。程よい食感で甘みに満ちた新品種が続々と登場し、昔ながらの硬く酸っぱいりんごである「紅玉」は敬遠されてしまうのでしょう。

 自分が探しあぐねている中で、救いの手を差し伸べてくれたのが、Benoitに幾度となくお越しいただいているお客様でした。彼女には料理研究家という肩書があり、料理教室の開催や料理本へのレシピの掲載などと、幅広く活躍されている方です。そのような彼女に、自分が作ったわけでもないBenoit料理の自慢をするという、傍から見たら「釈迦の説法」そのものでしょう。しかし、彼女の寛容さが自分の愚行を笑いながら受け入れてくれています。と、勝手に自分は思っているのですが…

 5年ほど前の事だったでしょうか、「山形県に美味しいリンゴを栽培している人がいるのだけど、興味ない?」と。彼女ご自身がお手伝いに行っているリンゴ農園といのです。実地で見聞したからこそ、Benoitに自信をもって紹介してくれたのです。興味がないわけない、すぐに紹介いただき連絡をしたのです。電話の先は、遠藤果樹園の園主、遠藤直裕さんです。

 山形県の西には、新潟県との県境をなしている山々が聳(そび)えています。その一角にあるのが、急峻な朝日連峰です。あまりにも峻険であるがために、この山を挟んで新潟県朝日村山形県の朝日町では行き交うことが困難で、北か南を迂回しなくてはならないほど。

 その朝日連峰より湧き出でる清らかな水はせせらぎをなし、一方は新潟県へ他方は山形県へ。山形県側では、落合い落合いながら川幅を大きくし、山間(やまあい)を穿(うが)つの蛇行しながら海へ向かう、これが最上川です。その上流域に朝日町があり、大谷(おおや)という地でリンゴ畑を拓(ひら)いているのが、遠藤果樹園です。

 Benoitの申し出に、遠藤さんは快諾してくれました。そして、「紅玉の収穫が始まりますよ!」と一報が入ります。初めて遠藤さんの紅玉を試食したBenoitシェフパティシエール田中は、「見事なバランスで素晴らしい!」と絶賛したのです。遠藤さんが、いかにリンゴに真摯に向き合い、美味しくなるようにと想いを込めて育て上げているかを知る今では、田中の評価もそれは当然だろうと思うもの。毎年のように購入させていただいていることが、何よりの証です。晩夏ともなると…「遠藤さんのリンゴをよろしくね」と、これ毎年のこと。

 今年も遠藤さんの美味しいリンゴ「紅玉」が、Benoitに届きました!

 

 この遠藤農園さんの美味しそうなリンゴご覧ください!この可愛い小柄な紅玉を、1人2玉ほど使用して、デザートに仕上げます。果物は、果皮の内側に美味しさが集結します。そのため、一玉一玉丁寧に皮を剥(む)き、スライスしてゆきます。

 このデザートで欠かすことができないものが2つあります。一つは、美味しい紅玉。素材以上の美味しさは、いかに腕の立つ調理人であろうとも、錬金術師でもない限り不可能です。もう一つが、素焼きのこの器です。Benoitでは、Romertöph(ロメルトフ)という、ドイツ生まれの可愛い器を使用します。2~3時間、しっかりと水に浸けておき、水分を十分に含ませておいた器の中へ、遠藤さんの紅玉を一枚一枚と丁寧に盛りつけてゆきます。

 リンゴの盛り付けの最中(さなか)、数度にわたりサトウキビ由来のカソナードと呼ばれるブラウンシュガーと、香辛料をふりかけながら。香辛料?ここが昨年と大きく変わったところです。シナモンではありません。カルダモンとアニス、さらに白コショウ・ナツメグクローブ・ショウガの絶妙なるブレンドでフランスでは定番のキャトル・エピスを少々と。

 水分を含んだ蓋をし、180℃のオーブンの中でゆっくりと焼き上げること約60分。ロメルトフ自体に水分を含んでいるため、当初は、この水分が蒸発することで、器の中はじわじわと温度が上がります。蒸発しきった時点から、温度がぐんぐんと高くなるという、勝手に温度調節をしてくれる優れものが、このロメルトフという器なのです。

 60分という長い時間、オーブンに入れっぱなしでじっくりと焼いてゆくのかと思いきや、パティシエはオーブンから離れるわけには行きません。そう、そのまま入れっぱなしでは焦げてしまうのです。そこで、15分おきに、オーブンに入っているリンゴを引き出し、カソナードを振りかけなければなりません。

 焼き上がったリンゴは、ロメルトフに入れたまま、冷ますように休ませます。この休憩時間は、味わいを落ち着かせると同時に、美味しさを引き出すことにつながるのです。そして、皆様からのご注文があった際に、温め直してお持ちいたします。

 このロメルトフという器無くして作ることができず、遠藤農園さんの美味なる紅玉だからこそ、今の美味しいデザートに仕上がっているのです。蓋を開けた時の姿に驚き、爽やかな甘酸っぱい香りに魅せられることに。この長い工程があればこその、美味しさがロメルトフの中に詰まっている、これがBenoitの「リンゴのオーブン焼き」です。

Pomme au four

山形県産りんごのオーブン焼き

※プリ・フィックスメニューのメインディッシュの選択肢として、ランチ・ディナーともに+800円でお選びいただけます。一日にご用意できる数に限りがございます。ご希望の際は、ご予約時にご希望数をお伝えいただけると幸いです。

 

 遠藤果樹園の遠藤さんが、夢の実現に向けて一歩踏み出しました!

 今の果樹園の経営を継続しつつ、若き担い手の育成を目的とし、「マルホンファーム株式会社」を立ち上げました。将来的に地域の農業を守り、共感いただき賛同してくださる皆様が集うことで版図を広げてゆく。一次産業である農業という分野を通して、5次産業に挑む。新たな雇用を生みだすことで、山形県朝日町大谷を盛りたててゆくのだと。

 「マルホン」は「○」に「本」が加わった屋号といいます。遠藤さんのご先祖様が代々つかっていたものといい、今の直裕さんで八代目。連綿と受け継がれてきた屋号を旗印に、ご先祖様のお力添えも賜り、その名に恥じぬよう最善を尽くす!この思いで、社名にしたといいます。

自分なんぞは微力の微ほどではありますが、青山の地より応援させていただきます。

 

≪知る人ぞ知る熊本県「やまえ栗」がBenoitのデザートに!

 秋ともなると、Benoitのディナーは「栗で始まり、栗で終える。」というプリ・フィックスメニューの流れが多くなります。ときに栗の前菜がスープなために、コース2番目に配することもありますが、気持ちの中ではやはり「栗で始まる」ようなものです。前菜の栗はフランス栗。であればこそ、最後は和栗で終えたいものです。

「洋栗に始まり、和栗で終える」

 今季のBenoitでは、「やまえ栗」のデザートが初お目見えです。この名前を聞いて「お!」と思った方は、栗を愛してやまない方か、栗を取り扱う専門家でしょう。もちろん、自分も知りませんでした。そこで、少しばかりこの栗が育まれた地と歴史をご紹介させていただきます。

 

 「やまえ栗」の「やまえ」とは、地名のこと。熊本県の南部に位置している、球磨郡山江村の村名です。球磨川を上流へと向かった先にある人吉市から、北に聳(そび)える標高1,302mの仰烏帽子山(のけえぼしやま)へと向かうかのように山路へと入った先にこの村があります。121㎢という広大な地でありながら、その90%が山林が占めているという。

 三方を山で囲まれるかのような地だからこそ、その山々に源を発する清流「万江川」と「山田川」が、南へと流れる中で彼の地を潤し、そして球磨川(くまがわ)へ落ち合う。この豊富な水資源と、開けた地の緩やかな傾斜は、かつては山田として村が誕生したのでしょう。しかし、如何せん平野部が限られていることもあり、多くの人々を養うことができなかった。

 そこで、この盆地だからこその夏冬・昼夜の寒暖差、さらに山の斜面を利用した果樹の栽培を先人は考えた。賢人は、柑橘ではなく栗を選ぶ…鎌倉時代から明治維新までの約700年間、すでに年貢として栗を納めていたという記録があるほどに、彼の地では特産となっていったのです。

 ついに!1977年9月、山江村の福山栗園の栗が昭和天皇へ「やまえ栗」として献上されることになるのです。今に至るまで連綿と受け継がれてきた栗栽培が、そして労を惜しまず丹精込めて育ててきた「やまえ栗」が、ついに認められた時がきたのです。どれほど山江村の人々の励みとなり希望となったことか。その年の大阪市場では、「献上栗に輝くやまえ栗」という横断幕が掲げられ、競りの最後に姿をみせた「やまえ栗」を見た村民は、「栗が輝いているようだった」と述懐しています。

 しかし、世相は「やまえ栗」に試練の時与えたのです。1992年、山江農協が球磨(くま)地域農協合併されたことで、「やまえ栗」は他地域とブレンドされ「球磨栗」として出荷されるようになるのです。歴史から、「やまえ栗」が消えたのです。

 球磨栗だって十分に美味しい栗です。しかし、山江村の人々は自分達の育んだ栗の美味しさに確固たる自信があったのです。今まで培われてきた栗栽培の歴史に加え、献上栗に選ばれたことが、山江村の誇りを見失うことに歯止めをかけたようです。粛々と時が経つ中で、「栗は命」であると言い切る彼らは、村の中という狭い範囲ですが「やまえ栗」を残し続け、復活の機会を待ち望んでいたのです。

 2008年、ついに世相が山江村の人々に微笑みかけたのです。時は大量生産から高品質を求めるように。そう、栗も例外ではありませんでした。和栗から球磨栗へ、さらに細分化された栗のブランド化が加速してゆくのです。そして、待ちに待っていたこの機運を、山江村の人々が見逃すわけがありません。ここに、「やまえ栗」の名前が復活を遂げたのです。

 2015年8月の台風15号の直撃し、栗畑は壊滅的な被害を受けました。献上栗に選ばれたころの生産量約400tもあったものが、約40tにまで落ち込んだのです。栽培者にとっては存亡の危機にいたる…心折れるほどのことだったはずです。さらに、翌2016年に熊本地震、2020年の豪雨災害と、度重なる自然の猛威の前に、なすすべなく打ちのめされます。

 しかし、彼らは諦めなかった!「やまえ栗」の品質向上を継続しつつ、「収量200t」との目標を掲げ、「やまえ栗」復興に向けて奮励努力することを厭(いと)わなかった。その結果、今では100tを超える実りを得ることができるに至ります。

 

 「やまえ栗」は、山江村で丁寧に渋皮を剥き、炊き上げ、ペースト状に加工されてBenoitに届きます。これだけでも十分に美味しいため、巷に溢れる栗尽くしデザートを期待してしまう。確かに、美味しい栗なのでたっぷり使ったデザートは、インパクトがあり美味しいだろう…しかし、人間の味覚というものは単調であると飽きてしまうもの。

 そこで、今年のBenoitモンブランは、フランスの伝統にならい、カシスと組み合わせてタルトに仕上げます。栗とカシス?摩訶不思議な組み合わせと思いきや、フランスでは伝統的にこのマリアージュを是(ぜ)とする。

 アーモンドの香ばしさを加えたさくっと心地よい食感のタルト生地を焼き上げる。これを土台として、中にカシスのマルムラードを絞り込む。カシスをたっぷりの使い、ほとんど甘さの加わっていないマルムラード。この美しい酸味が、今回のモンブランの芯となるかのように、凛(りん)とたっている。

 しゃりっとした食感と優しい甘さを加味するためにメレンゲをのせ、その周りには小さくカットしたフランス産マロングラッセを飾る。そして、フレッシュチーズであるマスカルポーネを加えたクリームを搾り、いざ栗のペーストへ。タルト生地にかぶせるかのように、栗のペーストをくるくると絞り盛り付けてゆく。

 やまえ栗のペーストがなめらかに口中で溶けてゆく中で、さくっ、しゃりっと食感が心地良く響く。栗の優しい甘さに加え、クリームやメレンゲ、タルトという一味違う甘さが、調和というよりもそれぞれを引き立てるかのよう。この絶妙なる食感と甘さのバランスを維持しているのが、カシスの綺麗な酸味なのでしょう。

Mont Blanc à notre façon

熊本県やまえ栗モンブラン ブノワ風

※プリ・フィックスメニューのデザートとして、+1,000円でお選びいただけます。

 

≪国産のカマンベールチーズが、ついにこの美味しさにまで!≫

 日本屈指のタカナシ乳業と、フランスはノルマンディー地方のイズニーサントメール酪農協同組合が、本気になった。

 北海道の東南に位置する根釧地区は、酪農の産地として名高い。広大な大地には牧草が青々と生い茂る。暑さに弱い牛にとって、夏をどうしのぐかが悩みの種。皆様が夏の生乳を、軽く感じるのは皆様が夏バテしていて味覚が鈍っているのではなく、牛が夏バテをしてるからです。特に、猛暑を運ぶ南風は如何(いかん)ともしがたいもの。この根釧地区は、南からくる暑い風が、寒流である千島海流によって冷やされ、海霧となったものが根釧地区に吹き込むのです。野菜の栽培には不向きであっても、牛にとってはこれほどの好環境はないのではないでしょうか。

 この地で育まれている牛「ホルスタイン種」に加え、フランスから「ノルマンド種」を連れてきた!イズニーサントメール酪農協同組合の伝統製法と門外不出の乳酸菌を受け継ぎ、ここにタカナシ乳業が培ってきた日本の技術が融合する。「根釧地区らしい、誰も食べたことのない熟成チーズの傑作を皆様に!」という想いのもと、4年にもおよぶ研究の歳月を経て、ついに姿を現しました。

 フランスのノルマンディー地方出身のフランス人お方に、このチーズを供した時、彼はこう言った…「カマンベールチーズは、日本が発祥だったかな」と。なんとも嬉しい言葉ではないですか!皆様、気になりませんか?

CAMEMBERT Bries de mer

カマンベール ブリーズ・ド・メール

※ランチでもディナーでも、ご希望の際にはスタッフにお声かけください。800円(税込)~でご用意させていただきます。

 

北平のBenoit不在の日

 私事で恐縮なのですが、自分がBenoitを不在にしなくてはならない11月の日程を書き記させていただきます。滞りがちだったご案内を充実させるべく、執筆にも勤しませていただきます。ご不便をおかけいたしますが、ご理解のほどよろしくお願いいたします。

kitahira.hatenablog.com

 

 日ましに秋めく今日この頃。目に見える季節の移ろいの加え、秋風は秋の薫りも運んできます。ここはひとつ、文明の利器を遠慮し、五感を利かせて秋を探してみるのも一興ではないでしょうか。そして、秋の味覚が恋しくなった際には、足の赴くままにBenoitへお越しください。深まり行く秋と歩調を合わせるように、旬の食材がメニューをもって皆様をお迎えいたします。

 最後まで読んでいいただき、誠にありがとうございます。

 終息の見えないウイルス災禍です。皆様、油断は禁物です。十分な休息と睡眠、「三密」を極力避けるようにお過ごしください。「一陽来復」、必ず明るい未来が我々を待っております。そう遠くない日に、笑いながらお会いできることを楽しみにしております。

 皆様のご健康とご多幸を、一刻も早い「新型コロナウイルス災禍」の収束ではなく終息を、青山の地より切にお祈り申し上げます。

 

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬

www.benoit-tokyo.com