kitahira blog

徒然なるままに、Benoitへの思いのたけを書き記そうかと思います。

Benoit特選食材「ピュルプ・ドゥ・カカオ」のご案内です。

 「二十四番花新風(にじゅうしばんかしんふう)」。古代中国の賢人は、後世に四季折々の目安として「二十四節気(にじゅうしせっき)」を遺しました。1年を24に区分し、それぞれの季節を「立春」や「春分」などと表現し、今でも暦の中に登場しています。それをさらに細分化したものが「七十二侯(しちじゅうにこう)」。これは中国から伝わったものの、日本の気候風土に合わせて改訂されたものが明治に発布されています。1節気は3侯です。「小寒(1月6日)」から「穀雨(4月20日)」までの8節気の期間は24侯で成り立ち、その時々で吹く風が、それぞれの花を咲かるのだというのです。厳しい寒さを甘受し、自然への畏敬の念を忘れず、一歩一歩近づく春の訪れを、順を追って咲き誇る花を愛でることで感じていたのでしょう。古人にとって、風が運んでくるのは「花粉」ではなく、「花開くタイミング」でした。

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 今回の花は「水仙(すいせん)」です。小寒の末侯で吹く風が開花を導くのだといっています。そう、その頃咲き誇るのは「ニホンズイセン」。寒さに負けず、清楚に咲き誇ることから、春の訪れを告げる花と称される「水仙」。地中海沿岸が原産とされ、シルクロードをわたり、中国へ。この大陸から海を渡り、ひっそりと海岸線沿いに咲いていたというのは平安時代と言われています。大陸の水仙に似ている花が日本でも咲いているではないか、というわけで「日本水仙(にほんずいせん)」と名付けてしまったようです。花を愛でる俳諧の世界に登場するのは、意図的に持ち込まれた梅とは対照的に江戸末期なのだといいます。これほどまでに美しい花を咲かせ、芳しい香りはなち、「すいせん」という名の美しい響きがある花にもかかわらず。今回は水仙の中でも晩生の「キズイセン」。その名の通り「黄水仙」です。清らかさのある白い水仙も良いですが、春間近の太陽を思わせる輝かんばかりの黄色の水仙もまた美しいものです。

 

 さて、皆様にご紹介したい食材は、フルーツとしてこれほどまで美味しいにもかかわらず、時の趨勢にのまれてしまたったのか、世にでることはほとんどないもの。特に日本ではご存知の方も少ないのではないではないでしょうか。長らくこの飲食の業界に身を置いていますが、この食材を口にしたのは初めてです。この名前を耳にした時も、味わいがどんなものか全く想像がつかなかったことはもちろん、ホロホロなのかペタペタなのかすら分からず。ただただ、試食した時の想像とのギャップに、さらにあまりの美味しさに言葉を失いました。それは、何か?

「Pulpe(果肉) de CACAO(カカオ)」

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 カカオの果実はラグビーボールよりも一まわりほど小さな大きさで、画像のように樹から花梨のように実をつけます。外皮はご想像の通り、ガチガチです。この種子を発酵させ、さらに乾燥させることでチョコレートの原料になることは、すでに皆様ご存知のことと思います。発酵させずに焙煎すればチョコレートの原料へと姿を変えるようですが、彼の地に自然に存在する酵母と菌による「発酵」の力を借りることで、さらなる美味しさを得るのだというのです。最初の発酵に必要なエネルギーこそ、果実に含まれる「果糖」なのです。

 果肉がついている種子を集め、バナナの葉で覆うようにすることで、発酵を促します。カカオ種子は、バナナの厚く丈夫な葉によって徐々に酸欠の環境へと陥ることになり、ここでワインと同じようにアルコール発酵が始まるのです。このアルコールが、今度は酢酸菌によってアルコールが酢酸へと変貌します。まさに、ワインでヴィネガーを作るようなものでしょう。この酸性の酢酸が、カカオ豆に染み入ることで、渋みを減らすというのです。この期間は1週間ほど。画像は発酵半ばなのか、終わりなのか判別できませんが、発酵によって温度が50℃にも達するといいます。バナナの丈夫な葉でさえ、褐色に変貌してしまうことが見て取れます。ワインのように温度管理のできる近代的なステンレスタンクを使うのではなく、あくまでも伝統にのっとった手法によって、カカオを醸すのです。意外に知られていないチョコレートの一面です。

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 今回は「種子」ではなく「果肉」です。カカオの果実から5%ほどしか取れない希少なものであることに加え、前述したように「種子」の発酵に必要不可欠なものなのです。姿は変えますが、チョコレートの風味を作る一要素であるともいえるのではないでしょうか。このような理由から、市場に流通することはほとんどありません。「なるほど」と思いつつも、あまりにもこの果実に馴染みのない我々は、大きなカカオ果実のどこが果肉なのか皆目見当もつきません。

 そこで、ブラジルのカカオ農場よりお送りいただいたこのカカオ畑の画像です。たわわに実を成すカカオ果実は、まるで日本昔のこぶとり爺さんのこぶのようではないですか。現物をどうしてもご覧になりたいときには、新宿御苑の温室に現存しています。話戻って、現地でカカオの果実を収穫し、固いカカオの外皮を切り取った姿には驚きです。

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 果皮からから飛び出している、ぽこぽこしている姿のものが「種子」。それと、「果肉」です。この種子にまとわりついている「白いものが果肉」なのです。どこが果肉かわかったところで、まったく味わいに想像がつかないかと思います。そこで、少しだけ自分の口にした時の感想を書いてみると。ライチのような優しくも甘い味わい、これに続くようにバナナのようなコクのある風味、きれいな甘酸っぱさの余韻は南国のフルーツであることを教えてくれています。「カカオフルーツ」と呼ばれている所以は、美味しい果肉があるからなのでしょう。

 

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 このカカオフルーツそのものの美味しさを、皆様にお楽しみいただきたい。そこで、真っ先に思い当たったのが、北海道のフレッシュチーズ「Brise de mer Faisselle (ブリーズ・ドゥ・メール フェッセル)」でした。爽やかなフレッシュチーズとカカオフルーツが、お互いに美味しさを引き立て合う、まさに「未知なる世界へ誘(いざな)うマリアージュ」を皆様には体感していただきたいと思います。このセットは1,000円で昼夜問わずご用意しておりますが、このblogを読んでいただけた方には800円でのご案内です。フレッシュチーズの入荷数には限りがございます。ご予約の際に、「フレッシュチーズとカカオ希望」とお伝えいただけると幸いです。このフレッシュチーズがどれほどの逸品かは以下をご参照ください。

kitahira.hatenablog.com

 

 この「カカオの果肉」の美味しさは、Benoitシェフパティシエール田中真理をも魅了しました。職人気質の彼女の特徴は、美味しいであろうとデザートのイメージができていても口にはしません。何も語らぬその頭の中では、知りうる食材とのマリアージュを考えているのでしょう。文章を推敲するかのように、考え抜くことでいくつかの答えを導きだすのです。その時に彼女は「美味しいのができる」と口にする。これを、パリのアラン・デュカスグループのエグゼクティブ・シェフパティシエに、レシピを送ることになるのです。

 よく皆様から「アラン・デュカス氏はBenoitに来るのですか?」と聞かれます。答えは「もちろん、年に3・4回ほどでしょうか」と。この質問の裏を返してみると、著名なシェフの海外出店は、名ばかりなのではないですか?です。そういう店が多い中で、Benoitではどのように料理・デザートが組まれていくのか、気になりませんか?話すでに長いため、このお話は「はてなブログ」に書き記そうと思います。お時間のある時に以下のURLより、ご訪問いただけると幸いです。特別なデザートのご案内も書いてあります。

kitahira.hatenablog.com

 

 美しく花を咲かせ、芳しい香りを漂わす水仙の花が、歌壇という舞台に登場するのは、日本への伝来の仕方が数奇なために、かなりの時を必要としました。その可憐な姿に芳しさを見出した松尾芭蕉は、「其(そ)のにほひ 桃より白し 水仙花」と歌を遺します。今回のカカオの果肉は、希少性からかあまりにも馴染みのない食材であるからこそ、日本へもたらされるまでに時間がかかったのでしょうか。あまりにもチョコレートという食材が有名すぎるからでしょうか。チョコレートの発酵に使用するのはバナナの葉。おや、俳号使われている「芭蕉」とは、「バナナ」のこと。ただ、美味しい実のなる馴染みのバナナではなく、同類ながら実は食用には向かない中国原産の樹です。ただ、同類ゆえに葉の特徴が酷似しているのです。「水仙」と「カカオ果肉」にちなんだ意外な共通点でした。

 

 「春に三日の晴れなし」とはよく言ったもので、不安定な天気が続くようです。さらに、寒暖の差が激しい日々は、知らず知らずのうちに体力を奪ってゆくものです。「寒さ暑さも彼岸まで」が一つの目安かもしれません。まだまだ、無理は禁物、十分な休息と睡眠をお心がけください。いつも温かいお心遣い本当にありがとうございますで。何かご要望・疑問な点などございましたら、なに気兼ねなく返信をお願いします。

 

いつもと違い、少々短めなご案内を読んでいいただき、誠にありがとうございます。

末筆ではございますは、ご健康とご多幸を、イノシシ(風水では無病息災の象徴)が皆様をお守りくださるよう、青山の地よりお祈り申し上げます。

 

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬

www.benoit-tokyo.com