kitahira blog

徒然なるままに、Benoitへの思いのたけを書き記そうかと思います。

2022年夏 Benoitの特選食材「桃の時期の終わりを迎えて…」

 かつて、野を分けんばかりの台風のことを「野分(のわけ)」と呼ばれていました。人が抗(あがら)うことのできない自然の猛威に加え、いつ来るとも分からない情報の無さは、古人をどれほどの恐怖へと陥れたことでしょうか。

 今は天気予報の精度があがり、台風の進路や勢いが正確に我々に伝わる時代になりました。しかし、抗うことのできない猛威であることは、今も昔も変わりません。まして、昨今の気候変動からでしょうか、勢いが増し、日本上陸の進路が多くなったような気がいたします。

 台風14号が勢い衰えることなく日本を横断するようです。皆様、無理は禁物です。少しでも危険を回避する行動をお心がけください。台風一過、皆様が無事息災であることを、東京の地からではありますが、切に祈念いたします。

 

 「古事記」と「日本書紀」は、「記紀」と総称され、日本の誕生や神話を紐解く重要な文献です。そして、日本最古の歌集「万葉集」もまた、同時代に編纂(へんさん)されています。時(とき)は奈良時代、8世紀ほどのことです。これに先立つこと約300年、近畿地方を中心に連合したヤマト政権が成立していた古墳時代のころ、対岸の古代中国で陶潜(とうせん)が「桃花源記(とかげんき)」を書き遺しました。

 この物語は、武陵(今の湖南省)の一漁夫が俗世間から離れた平和な別天地を訪れるというもの。後に、「桃花源」は「桃源」呼ばれ、さらに今馴染みの「桃源郷」へ。陶潜は今でいう理想郷を語っているのです。当時の中国は、五胡十六国時代という争乱期であるため、ならず者が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)していたことは想像に難(かた)くありません。だからこそ桃花源の世界を想ったのでしょう。

 陶潜が想い描く桃花源は、もちろん浮世離れしたものですが、ユートピアのような別世界ではありません。見るもの聞くもの触れるもの、全て変わったものではい。しかし、それぞれが美しい。人々は笑顔で集い語り合い、主人公である漁夫を歓待する。何をもって美しいと感じたのか。

 悟りを妨げるのは108にも及ぶ「煩悩(ぼんのう)」だと釈尊は弟子に語る。中でも、「欲」「怒り」と「愚痴」は、「三大煩悩」と呼ばれいます。自分さえ儲かればいい、認められれば良いという「欲」。言ってはいけないことを言う、行動に移すことで引きおこる「怒り」。妬みに恨み、そして憎しみの「愚痴」。全て、大小にかかわらず、人間が引き起こす争いの原因です。

 陶潜は、この人心の乱れによる厭世観はびこる世界に嫌気がさしたのではないか。遠い遠い別世界ではなく、煩悩を抑え込むことで、和やかな人間関係となり、素晴らしい世界になるのだと。物語の漁夫が再訪を試みるも、桃花源へは辿り着くことはできませんでした。桃花源の世界を探し求めても見つからない、個々の人間が煩悩を無くすことで導かれる世界なのだ。そう教えてくれている気がいたします。

 さらに、桃の花が紅色に美しく咲き誇り、すでに咲き終わった柳の樹々は、新緑美しい葉が列々(つらつら)と繁らせた枝を風になびかせる。この「桃紅柳緑(とうこうりゅうりょく)」とは、中国でいう春の美しい光景のこと。陶潜は、桃に備わる霊的な力と、春の美しい光景が、人々を我に返らせるのではないかと考える。物語の中で、桃花源へと導くため、乱れ切った心を癒すため、そのキッカケとしたのが「桃」だったのでしょう。5世紀から人口に膾炙(かいしゃ)しているといことは、個々の心に多少なりとも響いたことに他なりません。

 と、ここで疑問が頭をもたげます。なぜ、中国で百花の王と称される「牡丹(ぼたん)」ではなかったのでしょう?

 中国の陶磁器には、絢爛豪華な「牡丹(ぼたん)」と威風堂々たる「唐獅子(からじし)」の文様が描かれています。中国では百花の王は「牡丹(ぼたん)」で、百獣の王が「唐獅子」ということから、この上ない2つの組み合わせであるからこそ、人々に好まれたのでしょう。もともとは「牡丹と唐獅子」という慣用句があり、語義に諸説はあるものの、唐獅子が害虫から逃れるため、その害虫が寄り付かない牡丹の下で休むという逸話が有力だといいます。

 調べてみると「ぶつだんやさん」というHPで興味深い説明がありました。百獣の王である獅子が唯一恐れるものが、獅子に寄生する虫だったという。その虫は、獅子の体毛に寄生し、やがて皮を破り肉喰らいつき、内側から内臓を食い破って獅子を滅ぼすという。しかし、牡丹の花から滴り落ちる露にあたるとその虫は死んでしまう。そこで、獅子は夜な夜な牡丹の下で休むようになったという。なるほど!獅子にとって「安住の地」が牡丹の下だったのです。

 仏教語に「獅子身中の虫」という言葉があり獅子に寄生しておきながら獅子を死に至らせる虫ということで、仏教徒でありながら仏教に害をもたらす者のことをいいました。そこで、「牡丹と唐獅子」が意味深くなります。牡丹はお釈迦様で、唐獅子が我々人間、そして害虫が身を滅ぼしてゆく煩悩であると説く。煩悩に寄生された我が身を、お釈迦様が牡丹の露を落とすかのように諭し戒めてくださるのだとう。 寺社仏閣やお仏壇にも「牡丹と唐獅子」の文様が彫り込まれている理由がこれです。

 書いているうちに、牡丹こそ理想郷にあい相応しい花であると思わずにはいられません。「桃花源記」ではなく、「牡丹源記」であり、「桃源郷」も「牡丹源郷」である。仏教が中国に伝来したのが1世紀ごろのことで、陶潜は「牡丹と唐獅子」を知っていたことでしょう。では、なぜ陶潜は牡丹ではなく桃の花だったのでしょうか。

 これは、紀元前の古代中国ですでに伝播していた神仙思想が影響していたのでしょう。そこで、Benoitではすでに桃のデザートは終わりを迎えましたが、思いのほか歴史深く日本の伝統行事にも登場する、摩訶不思議な桃の世界をご案内させていただきます。

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 遅きに失した感は否めませんが、6月半ばからBenoitへご尽力いただいた桃栽培者の方々を、ご紹介させていただきます。南は熊本県から、北は山形県まで。桜前線ならぬ桃前線の北上を追うようにBenoitに届く桃は、どれもが素晴らしい逸品でした。悪天候のため品質ままならず、栽培者の「Benoitへ送る品質ではない」との判断から、出荷断念と涙を呑むこともありました。

 それぞれの桃栽培者の方は、「美味しい桃を育て上げる」という志は同じでも、そこに辿り着く道のりが違うため、桃畑の姿が違います。旅行をするようにお楽しみいただけると幸いです。

 

 和歌山県紀の川市桃山町。自分が初めて桃の産地直送に踏み切ったのが、豊田屋さんとの出会いでした。半農半医という栽培を担う豊田さんには、多くを学ばせていただきました。無謀とも思える「無農薬栽培」に果敢に取り組む姿には感銘を覚えます。彼よりいただいたメッセージが心に響く…

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 桃探しも南へ南へと向かい、辿りつた先が熊本県の西川農園でした。お父様の代までは主力産物はメロンでした。しかし、現園長である西川さんが引き継ぐと同時に一念発起し、桃栽培が始まります。「園長?」、そうここに西川さんの桃栽培に対する思いが詰まっています。

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 香川県の大西さんは、桃名人の名声を得ながら、「桃が美味しくなるのを手伝っているだけです」とさらり語る。そんなわけはない!彼の桃に対する愛情は並々ならぬものがあり、夜中でも桃畑のお世話のために山に入る。齢80歳、とうとう今期をもって桃栽培は引退するという… kitahira.hatenablog.com

 

 岐阜県飛騨高山で果樹園を営む亀山さん。桃名人とうたわれる父からバトンを受け、見事に果樹園を盛りたてています。交錯するご家族それぞれの想い、葛藤があった中で、彼は引き継ぐ決意をします。父の背を見ながら、彼ならではの新たな道を模索する。彼が名人と呼ばれる日も、そう遠くはないでしょう。

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 桜前線と同じように、桃前線も北上してゆきます。Benoitが桃を購入させていただいている北限は山形県にあるタキグチフルーツガーデンです。本来であれば、他の桃農家さんのように滝口さんをご紹介しなければいけないにもかかわらず、簡単なご紹介しか書き上げることができませんでした。自分の怠慢によるもので、決して書くに足らない栽培者というわけではありません。短いですが、滝口さんの「こだわり」をご紹介させていただきます。

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滝口さん、申し訳ありません。この場をおかりし、深く深くお詫び申し上げます。

 

 秋になり、初めて感じる涼しさを「新涼(しんりょう)」や「初涼(しょりょう)」というようです。温度計という便利なものがあるために、数字というものに縛られてしまい、体感できる涼しさを忘れてはいないでしょうか。ヒグラシの声はもちろん、夜な夜な奏でるスズムシやコオロギの音色もまた忘れてはいけません。そして、秋の風は、秋の薫りも運んできます。ここはひとつ、文明の利器を遠慮し、五感を利かせて秋を探してみるのも一興ではないでしょうか。そして、秋の味覚が恋しくなった際には、足の赴くままにBenoitへお越しください。深まり行く秋と歩調を合わせるように、旬の食材がメニューをもって皆様をお迎えいたします。

 

 最後まで読んでいいただき、誠にありがとうございます。

 終息の見えないウイルス災禍です。皆様、油断は禁物です。十分な休息と睡眠、「三密」を極力避けるようにお過ごしください。「一陽来復」、必ず明るい未来が我々を待っております。そう遠くない日に、笑いながらお会いできることを楽しみにしております。

 皆様のご健康とご多幸を、一刻も早い「新型コロナウイルス災禍」の収束ではなく終息を、青山の地より切にお祈り申し上げます。

 

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬

www.benoit-tokyo.com