kitahira blog

徒然なるままに、Benoitへの思いのたけを書き記そうかと思います。

2021年6月 Benoit「料理とワインのマリアージュ解禁!」と「お勧めワイン」のご案内です。

ひとこゑの おぼつかなきに ほととぎす われも聞きつ といふ人もがな 詠者不明

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 ホトトギスは「時鳥」と漢字で書きます。今では渡り鳥であることが周知されているホトトギスですが、昔々は山にこもり5月頃に里に下りてくると考えていたようです。そのため、この鳥の鳴き声は、夏が訪れたという「時」を教えてくれる「鳥」というわけで「時鳥」と。さらに、かつて生活の糧を担う稲作においては、一大イベントである「田植え」の最中、昔は田植え機などあろうはずもなく、難儀な作業だったことでしょう。その労をねぎらうように、はたまた手を止めずに早く植えなさいと急(せ)かすかのように、「時」を告げにくる「鳥」でもあるようです。

 自分が聞いたこともない、聞いたが記憶にない、このホトトギスの鳴き声。耳にはしていないのですが、どうやら我々に「緊急事態宣言解除」と「条件付きながら酒類提供解禁」の「時」を告げに来てくれたようです。この日をどれほど待ち望んだことでしょうか。

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 しかし、業務中ということもあり酒類提供解禁の「ひとこゑ」は、どんな内容だったのか?断片的にBenoitスタッフから言伝される内容は、あまりにも「おぼつかなきに(ぼんやりしていて、はっきりとつかめないので)」、周りに「われも聞きつといふひともがな(誰かはっきりとっ聞いたよ、という人がいてほしいものだ)」と思いながら、サービスに勤しむ自分がいました。証歌取りなどというたいそうなものではない、あまりにも低レベルの言葉遊びなだけに、お恥ずかしい限りですが、ここ数日の自分の気持ちを込めてみました。

 当たり前のことが当たり前ではないこと、今までの日常の日々がいかに恵まれていたことか、コロナウイル災禍が教えてくれた気がいたします。もう十分に痛感したところで、日常の回復に向け第一歩を踏み出そうと思います。「口福な食時」なひとときをお過ごしいただきたく、万全の準備をもって皆様をお迎えいたします。

 

Benoitシェフソムリエ厳選!シャンパーニュロゼワインでバラ色のひとときを!

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 緊急事態宣言下、Benoitは営業継続を決断するも、ワインとのマリアージュが無い食事というものは、困りはしないものの、いかんせん寂しいものでした。栄養を摂るというよりも、美味しい料理とワインは、我々の心も体も満たすことになり、心身共に健康へと導くのだと、このフランスの格言は教えてくれる。

Avec bon pain, bonne chère et bon vin, on peut envoyer promener la medecine.

「美味しいパン、美味しい料理、美味しワインがあれば、我々は薬を手放すことができる(医者いらず)」

 東西を問わず同じような格言があることを思うと、「過剰摂取」でなければ、あながち間違っているわけではない、そう確信しています。そこで、Benoitシェフソムリエ永田が、この夏にお楽しみいただきたく、選びに選んだ2種を特別価格でご紹介させていただきます。

 

 旧名シャンパーニュ地方のアイ村に1860年から本拠地を持つ老舗シャンパーニュメゾン「AYALA(アヤラ)」。彼らのシャンパーニュの特徴はシャルドネ種にあり。アイ村のシャルドネは果実味があり、酸味が柔らか。そこに、ピノ・ノワール種を合わせてつくる、その作りは常にエレガントであり人々を魅了し続けています。

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AYALA BRUT MILLÉSIMÉ 2007

10,000(税込/サービス料別)

 良年のみ醸されるミレジム。2007年の出来は称賛に値する、素晴らしい香りと堂々とした味わいピノ・ノワールの力強さとアルコール感に、シャルドネによる魅力的なフレッシュ感とエレガントさが加わっています。 ハチミツ・アカシア・トースト香・クリのデリケートな香りです。このミレジムはアイ村・特級のピノ・ノワール種をベースとしており、熟成感も感じられ、素晴らしい香りと堂々とした味わいの見事なシャンパーニュです。

※本数に限りがございます。ご希望の際には、このメールへの返信でご希望本数をお伝えいただけると幸いです。

 

 フランスでのワイン消費量の順位は赤➔白➔ロゼと続いていました。皆様のワインのお好みや、家での消費も変わらないのではないでしょうか。ところが、続いていまし「た」と書いたように、3年ほど前に順位が入れ替わったのです、赤➔ロゼ➔白と。どうも我々日本人はロゼワインが甘口でワイン初心者向けだという偏見が付きまといます。フランスの方々が、このような偏見をもっていようはずもなく、彼らは純粋に美味しい料理と美味しいワインを楽しむという、至極明快な理由でワインを選びます。

 フランスも日本も北半球に位置しているだけに、これから真夏を迎えます。まして、日本は梅雨時期にあり、じっとりムシムシの日々、さらに猛暑が待っているかと思うと、気が滅入ってしまうものです。だからこそ、キリっと冷やした芯のある辛口のロゼワインをお楽しいいただきたいのです。フランスで、ワイン消費量の順位が入れ替わった理由は、このワインが教えてくれるはずです。

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2018 Côtes de Provance  La Vie en Rose Ch.Roubin

6,000(税込/サービス料別)

 フランスンのプロヴァンス地方は、言わずと知れたロゼワインの銘醸地です。「La Vie en Rose (ラ・ヴィ・アン・ローズ)」と銘打たれたこのロゼワインは、真っ赤なバラ色のワインではなく、「バラ色の人生」のひとときをこのワインを通して感じていただきたいのでしょう。輝かんばかりの淡いロゼ色の美しさに魅せられる。花畑の中にいるかのような香りに包まれるも、その片隅に植栽されているのかアニスの香りを感じ取れる。爽やかで繊細な味わいは、一口目から我々をプロヴァンへと引き込んでいくかのよう。

 ボトルが空になる頃ともなると…目を閉じれば、遠く地中海の潮騒(しおさい)が聞こえてくる…かもしれません。

 

営業時間変更のご案内です。

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 昨今の日本の状況を鑑み、Benoitでは、考えうるウイルス対策を徹底し、ランチは通常営業を継続し、ディナーは時間を短縮して営業させていただきます。さらに、この度の「蔓延防止等重点措置」による都の要請に従い、条件付きながら酒類の提供を621()の営業より始めさせていただきます

ランチ

1130分から1600 (1430 ラストオーダー)

ディナー

1700分から2000 (1900 ラストオーダー)

 ご予約以外にも、何かご要望・質問などございましたら、このメール(kitahira@benoit.co.jp)への返信をご利用ください。もちろん電話(Benoit東京 03-6419-4191)でも快く承ります。

 

≪今宵はBenoitで! Benoitの個室を貸切しませんか?≫

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 夜の帳(とばり)が下りてゆくのをBenoitの窓越しに眺め、美味しい料理に舌鼓をうち、気心知れた仲間内で、騒ぐではない「語らい」のひとときを過ごしていただきたい。そこで、平日ディナーはBenoitの個室を占有していただきたく。「今宵はBenoitで!個室貸切」をご案内させていただきます。

 

皆様が気になる価格: 営業補償ということで8万円(税込/サービス料別)

期間: 730()までの平日ディナー限定

ご利用人数: 人数は問いません。

お時間: 170020:00まで

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 ここで、ポイントとなる「営業補償」を説明させていただきます。これは、お部屋代というわけではなく、提示させていただいた金額をご飲食代でご利用いただきけませんか、というものです。分かり難いので、以下に例をあげて説明させていただきます。以下の価格は、消費税込みサービス料別です。

~ 平日ディナーを4名様(2名様2組)で貸切る場合 ~

ディナーのプリ・フィックスメニューから、2名様が10,000円(前菜x1主菜x2デザートx1)のコースで2名様が8,600円(前菜x1主菜x2デザートx1)のコースをお選びいただくと、

10,000x2=20,000

8,600x2=17,200

合計は37,200円

メニューの中には、追加料金が必要な料理をお牛ランプのステーキ(+1,500円)や仔羊のロースト(+1,200円)、魚介では魚のスープ(+800円)やオマールエビ(+1,500円)など、魅力的な料理がメニューに名を連ねております。皆様が何をお選びいただくかにもよるのですが、今回は合計で10,000円ほど追加してみます。

合計は47,200円

営業補償との差額分32,800円以上を、お飲み物でのご利用をお願いいたします。

 

ひとこゑは おぼつかなきを ほととぎす われも聞きぬ といふ人もがな  宗良親王

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 緊急事態宣言解除され、東京都から蔓延防止等重点措置の指針が発表されました。「ひとこゑ(ひとづてに一度耳にしただけ)」では、条件付きの酒類提供解除であるために、「おぼつかなきを(実情がつかめず不安)」を払拭できません。誰かはっきりと理解できたよという人がいてほしいものだ…と、ついつい心中を吐露させていただきました。

 

 冒頭の一首といい、この一首といい、なにを言っているのか?季節のお話で解説させていただきました。お時間のある時に、以下よりご訪問いただけると幸いです。

kitahira.hatenablog.com

 

 6月1日に「衣がえ」を迎えました。これは季節が大きく変わることを意味しています。季節の変化は、我々の衣服などという些細なことよりも、自然環境に与える影響のほうが大きいでしょう。この自然の機微を捉え、人類以外の生きとし生けるものは成長してゆきます。その成長の末に実を成すのが野菜や果物であり、栄養を蓄えるようにたらふく食してふくよかになるのが魚介です。そして、我々はこれを「旬食材」と呼んでいます。

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 旬の食材は、今我々が欲している栄養が満ち満ちています。これを「美味しく」「楽しく」摂ることは、心身共に満たされることとなり、免疫力を堅持することを約束してくれることでしょう。そこで、Benoitでの「口福な食時」のひとときを過ごしていただくため、「旬の食材」と「お勧め料理」をご紹介させていただきます。

kitahira.hatenablog.com

 

 最後まで読んでいただき、誠にありがとうございます。

 今年の辛丑が始まりました。その「辛」の字の如く優しい年ではないかもしれません。しかし、時は我々に新地(さらち)を用意してくれている気がいたします。思い思いの種を植えることで、そう遠くない日に、希望の芽が姿をみせることになるでしょう。

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 「一陽来復」、必ず明るい未来が我々を待っております。マスク無しで笑いながらお会いできる日が訪れることを願っております。皆様のご多幸とご健康を、一刻も早い「新型コロナウイルス災禍」の収束ではなく終息を、青山の地より祈念いたします。

 

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬

www.benoit-tokyo.com

2021年6月 季節のお話「ホトトギスの声音を聞いたのか?聞いていないのか?」

 先日の季節の話は、「ホトトギス」でした。これほど名の知れた鳥でありながら、その鳴き声を聞いた覚えがありません。いや、田舎育ちだけに、聞いていたかもしれません。しかし、まったく興味がないということが、ホトトギス美しい声音を「雑音」と自分の脳みそは判断していたのでしょうか。ネット検索で知ることのできる、その声はリズミカルで、澄んだかのように響き渡り、かくも美しいものかと聞き惚れてしまいます。はて、自分は聞いたことがあるのか?

 古人は、季節を代表する動物や昆虫など、その今季初めての鳴き声を「初音(はつね)」と名付け、季節の到来を知る上での目安としていたようです。ウグイスやセミの声、もちろんホトトギスも。ことホトトギスにかんしては、テッペンタケタカやら東京特許許可局と表現してしまうと美しさを微塵も感じませんが、その美しい「初音」を心待ちにしていたようです。

 さらに、ホトトギスがまだ鳴き慣れていない頃のチッチッチッという声を、「忍音(しのびね)」と呼んでいます。あまりにも親の声音が美しいがために、恥を忍んでん健気に練習しているのでしょう。ホトトギスは、ウグイスなどの巣に卵を産み、そのウグイスの親に育ててもらうという托卵という生態をもちます。ということは、親の鳴き声をまねるのではなく、ホトトギスが持っている本能が、忍音を繰り返すことで覚醒され、あの美しい声音になるということなのでしょう。

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 前回に引き続き、またもや季節のお話で書いてしまいました。そこまで愛着があるのか?と言われれば、確かに電子音ではなく、生で聞いてみたいと切望している自分がいます。それもこれも、前回のホトトギスの話の返信に、「ホトトギスの美しい鳴き声を毎日聞いていますよ」と木村様。そして、「ホトトギスの鳴き声を聞くと、何とも清々しく、静かな気持ちになります。しかし、姿は見たことがありません。」と続く。さらに、偶然にホトトギスの鳴き声を耳にしたという福田様からは、「青葉輝く中で聴くホトトギス、いっときコロナを忘れて、古の歌人の心地を味わえました。」と。

 そうまで人を魅了する声音なのか!なんと羨ましいことか!と思う中、意味の違いが分からずにいた二首の和歌の違いが、なんとなく分かった気がしてきたのです。さてどのような和歌なのかご紹介させていただきます。

 

ひとこゑの おぼつかなきに ほととぎす われも聞きつ といふ人もがな  詠者不明

 この歌は、1256年(建長8年)に開催された建長百歌歌合(けんちょうひゃっかうたあわせ)に出詠された一首です。そして、1311年に後醍醐天皇の王子として誕生し、鎌倉時代後期から南北朝にかけて活躍されていた宗良(むねなが/むねよし)親王の歌が下です。

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ひとこゑは おぼつかなきを ほととぎす われも聞きぬ といふ人もがな  宗良親王

 言葉遊びのような歌で、「盗作か?」とも思ってしまいます。和歌の世界には、さきの賢人が詠み遺した歌を根拠として、意思や意味合いを引き継いで詠う「証歌(しょうか)」という伝統がありました。今のようにネット検索などあろうはずもなく、この証歌として引用するためには、よほど過去の和歌に精通していなければなりません。

 なるほど。歌道の二条家出身の母親の影響もあり、幼き頃より和歌に親しんでいたからこそ、一首目を証歌として宗良親王は詠ったのかのではないかとも思えるのですが…親王が一首目を知っていたからこそ、その意を汲むというよりも、その歌に敬意を表するように、たった3文字を変えることでまったく別の意味の歌にしてしまったのだと思うのです。二首を並べてみます。

ひとこゑ おぼつかなき ほととぎす われも聞き といふ人もがな ①

ひとこゑ おぼつかなき ほととぎす われも聞き といふ人もがな ②

 はて、なんのことやらと思いあぐねるなかで、前述したようにお客様から「ホトトギス」の返信をいただいたのです。さぞや美しい声音なのだろうな、と羨ましく思う自分がいました。その時、濃霧がうっすらと晴れてゆくように、この歌の違いが分かりかけてきた気がしたのです。そして古語辞典を開くことで、光明が差し込みました。

 着目したいのは、詠者が「ホトトギスの一声」を聞いたのか、聞いていないのか

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 ここから、古文法の話なので、さらりと読み流していただきたいです。「覚束(おのつか)なし」とは、「ぼんやりしていてはっきりつかめない」「(長く会わない人などに)会いたい」という意味の動詞です。これの連体形にくっつく接続助詞が「に①」と「を②」です。ともに、意味は「~ので」や「~から」という意味ですが、少しばかりニュアンスが変ります。「に①」は、後に続く文章の起こる原因や理由が「に」の前に書き記される。「を②」は、順接の確定条件を意味し、これで文章は完結します。「われも聞き・つ①」と「われも聞き・ぬ②」は、ともに完了を意味するのですが、「つ」は意志的動作の完了であり、「ぬ」は自然的作用の完了です。「聞いた」のか「聞こえた」のか。

 自分のように昔聞いたかもしれないが覚えておらず、今更ながら聞きたいと切望する人が①の詠者なのでしょう。「ホトトギスの鳴き声を久しく聞いていないなあ、いったいどんな鳴き声だったのか、その声音を聞いて知っているよという人がいてほしいものだ。」となる①の歌。対して、偶然にもホトトギスの声が聞こえた。しかし、「一声だけでは、ホトトギスの鳴き声だったのか他の鳥なのか、なんとも疑わしい。私もそのほととぎすの声音を聞いたという人がいてほしいものだ。」とする②の宗良親王の歌。

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 専門家ではないから正しいかどうかは「おぼつかない」ものです。しかし、素人だからこその浅い知識だからこそ、素直に受け取れることができるのかもしれません。前回のご案内でいただいた、木村様と福田様のメッセージが、導いてくれた自分なりの結論でした。なかなか説得力があると思いませんか?さて真相はいかに、詠者ご本人たちに伺ってみたいものです。

 

 当たり前のことが当たり前ではないこと、今までの日常の日々がいかに恵まれていたことか、コロナウイル災禍が教えてくれた気がいたします。もう十分に痛感したところで、日常の回復に向け第一歩を踏み出そうと思います。今回ご紹介した二首を引用させていただき、Benoitから皆様への「お勧めワイン」と「個室プラン」をご案内させていただきます。以下よりご訪問いただけると幸いです。

kitahira.hatenablog.com

 

 最後まで読んでいただき、誠にありがとうございます。

 今年の辛丑が始まりました。その「辛」の字の如く優しい年ではないかもしれません。しかし、時は我々に新地(さらち)を用意してくれている気がいたします。思い思いの種を植えることで、そう遠くない日に、希望の芽が姿をみせることになるでしょう。

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 「一陽来復」、必ず明るい未来が我々を待っております。マスク無しで笑いながらお会いできる日が訪れることを願っております。皆様のご多幸とご健康を、一刻も早い「新型コロナウイルス災禍」の収束ではなく終息を、青山の地より祈念いたします。

 

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬

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2021年6月7月 Benoit≪お勧め料理/デザート≫のご紹介です。

桜色を いまはみどりに ぬぎかへて (こずえ)しげる 衣がへかな  雲雅(うんが)

 

 6月1日は現行の暦では「衣がえ」です。学校の制服なども、この日から2週間ほどの猶予期間を設けて冬服から夏服へと変わります。着物の世界では、「袷(あわせ)」から「単衣(ひとえ)」へと更衣がなされ、初夏の暑さに対処しようとします。表地と裏地を合わせて仕立てる「袷」に比べ、表地のみの「単衣」は軽やかで風通しも格段に良いのだといいます。

 平安時代には旧暦の4月1日であり、鎌倉時代末期に活躍していた雲雅の時代もさほど大差はなかったのではないかと思います。新暦・旧暦との偏差は約40日ほどであることを鑑みると、今の5月頃のこと。季節の変わり目であり、若葉が芽吹いて瑞々(みずみず)しい姿「新樹(しんじゅ)」の時期です。

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 日本固有種の山桜は、花咲く頃の若葉は赤みがかった深みのある「桜色」(上の画像)でした。初夏を迎え、桜色の若葉が陽射しを受けることで、クロロフィルが大いに増長・活発化し、葉に満ち満ちることで淡い緑色(下の画像)へと「ぬぎかへ」た。花は笑い終え、その若葉が梢に生い茂るさまは、まさに新樹の季節の到来であり、雲雅は山桜の「衣がえ」だと詠う。そして、彼は人々の「更衣(こうい)/衣がえ」も時同じくしていたという。

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 新樹の季節の更衣は、「袷(あわせ)」から「単衣(ひとえ)」ではなく、「袷」の「襲(かさね)」の色目を変えたのではないかと思います。この「襲の色目」とは、「袷」の表地と裏地の色の違いを、季節にあわせて変えてゆくという、これが往日のファッションであり、「粋な姿」であるという。新樹の時期は、袷(あわせ)の表地は萌黄(黄緑)色で裏地は桜色という「桜萌黄」から、表地は白で裏地は青緑色という「卯(う)の花」へと衣がえをしたといいます。この裏地の色目の変化を、山桜の葉色の変化と呼応させるように雲雅は詠ったのではないでしょうか。

 そして、五月雨が続く頃は、薄手の袷で過ごし、梅雨時期の終わりを待って、単衣に「衣がえ」をしたのでしょう。その名残が、現行の6月1日なのかと。毎年のように、なぜ梅雨時期に衣がえをするのか?と疑問に思っていましたが、新旧暦の偏差約40日を考えると、旧暦6月1日は7月初旬にあたります。梅雨が明け、盛夏を迎える間に「衣がえ」ということなのでしょう。

 

 「衣がえ」は、季節が大きく変わることを意味しています。季節の変化は、我々の衣服などという些細なことよりも、自然環境に与える影響のほうが大きいでしょう。自然界の動植物は、この自然の機微を捉え、季節という概念があるかどうかはさておき、今何をすべきか判断し行動する。花を咲かせたり、冬眠したりと。人類以外の生きとし生けるものは、本能で季節を悟る。人は、この動植物の行動によって季節の移ろいを知る。

 時の経過は「成長」を促します。その結果、実を成すのが野菜や果物であり、栄養を蓄えるようにたらふく食してふくよかになるのが魚介です。我々は、これらを「旬の食材」と呼び重宝しています。そう、旬の食材には、今我々が欲している栄養が満ち満ちているのです。これらを「美味しく」「楽しく」摂ることは、心身共に満たされることとなり、各々の持ちうる免疫力を堅持することを約束してくれることでしょう。

 皆様が、Benoitでの「口福な食時」のひとときを過ごしていただくための一役を担う、「旬の食材」と「お勧め料理」をご紹介させていただきます。

 

Benoitの夏は、毎年のように魚のスープなり!≫

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 7月になると問い合わせが入るBenoit東京の「魚のスープ」。マルセイユの代表料理ですが、Benoitではドロドロしいというよりも滑らかに仕上げています。「魚介」ではなく「魚」のスープは、ワインを使用せず、魚本来の美味しさを引き出す。エビ・カニ・貝類を一切加えないため、口にするほどに魚の旨味を堪能できます。

 どのような魚で仕上げるのか?これは捕まった魚に聞くしかありません。Benoitシェフである野口が絶大なる信頼を寄せる80年近い歴史のある老舗魚卸の大芳さん。魚種の希望は伝えるも、彼らの目利きに一任します。とはいえ、この二人の付き合いの長さは、多くの言葉を必要としないようです。そのため、Benoitに届けられごとに、魚の産地ばかりか、種類も同じではありません。そこで、instagramを利用して、届いた魚情報を随時ご案内していこうと思います。

 今は、オニカサゴにホウボウ、そしてマゴチにオニカジカ。さらに小鯛が加わるかどうか。前者4種は、似ても似つかぬ容姿ですが、分類上では「カサゴ目」です。見た目からでは想像もつかないほど繊細で美味なる身質を持っている魚たちで、そのごつい頭や骨からは、得も言われぬ上質な旨味をとることができるのです。しかし、オニカサゴにオニカジカ…「オニ」「オニ」と、見たこともないのに、鬼にも魚にも失礼千万な話…

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 「POISSON de roche」という表記に、「roche(岩)」だけに「岩魚」やら「磯魚」との訳をあてています。確かに荒波の磯でもまれにもまれた魚種は美味しいもの。しかし、旨味の多い魚が磯ばかりではないことを、深い魚文化の日本人は知っています。ごつごつだったり、とげがあったり、ぬるぬるしていたり。

 今回ご紹介した魚たちの特徴といえば、自分のような素人が捌くには難儀な、ごつい顔と堅い骨があることでしょう。これが旨味のもととなります。「roche」とは、そういう「ごつごつの魚」を総称して名付けたのではないとも思うのです。どう調べても確証は持てませんが、そのような気がしてならないのは、あまりにもBenoitの「魚のスープ」が美味しいからです。

 皆様の目の前で、スープがそそがれた直後から、磯の香りに包まれます。濃厚な茶色を帯びた深みのあるオレンジ色の液体に、透明感はないが輝いている。濃厚ながら、甲殻類のような濃さではなく、さらりとした感さえあるものの、余韻に感じる魚の美味しさに酔いしれることになるでしょう。五臓六腑に染み入るかのような美味しさは、猛暑に疲れた体を癒してくれそうな気がします。目を閉じれば潮騒(しおさい)が耳に届き、目を開ければ、Benoitの窓越しに地中海が望める…かもしれません。

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Soupe de POISSON de roche, rouille et croûtons aillés

魚のスープ ルイユとクルトン

※プリ・フィックスメニューの前菜として、ランチ+1,000円/ディナー+800円でお選びいただけます。

 

≪最初の一皿は、冷製ヴィシソワーズでいかがですか?≫

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 毎年Benoitの夏季に登場する冷たいスープ、今期はジャガイモです。馴染みの食材ですが、素材が持ちうる美味しさを十分に楽しむには、やはりコツがありました。ジャガイモの繊細な甘さと滑らかさを生かすために、クリームではなくミルクでのばしてゆくのです。それだけでも美味しい、そこへプルンと鶏のブイヨンが加わることで、味わいに深みが増してきます。そして忘れてはいけないものが、バターをたっぷりつかったクルトンです。「後のせサクサク」とすることで、香ばしさと心地よい食感が生まれるのです。

 まだまだ残暑の残る昨今にあり、この冷たいスープから食事を始めるのも一興なのではないでしょうか。前菜2つのコースご希望で、このヴィシソワーズスープ、次に魚のスープをお選びいただいても止めません。というよりも、お勧めしたいぐらいです!

 VICHYSSOISE rafraîchie, garniture taillée

ジャガイモの冷製スープ “ヴィシソワーズ”

※ランチ/ディナーで、プリ・フィックスメニューの前菜としてお選びいただけます。

 

≪鶏レバーのテリーヌが登場!≫

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 Benoitがビストロである真髄は、やはり「テリーヌ」にあるのではないでしょうか。あまりにも有名な料理だけに、これといった決まった素材や調理法があるわけではなく、シェフの個性が表現される料理でもあります。Benoitの王道でもある「テリーヌ・ド・カンパーニュ」、そこのけとばかりに6月からメニューに割って入ったのが「鶏レバーのテリーヌ」です。

 鴨のレバーを太らせたものが「フォアグラ」であれば、ニワトリを太らせると「白レバー」です。これをたっぷりと使うのですが、これではレバーペーストになってしまいます。そこで、豚の肩肉で肉肉しい食感と豚の背油で旨味を加えるように、よく混ぜ合わせ、テリーヌの型で焼き上げます。レバーの比率が高いため、熱が入り過ぎればパサパサとなる。断面がほのかにピンク色の、この職人技ともいえる火入れが、まとわりつくような白レバーの旨味を逃がしません。レバー好きにはぜひお楽しみいただきたい逸品です。

 TERRINE DE FOIE DE VOLAILLE, pain toasté

鶏レバーのテリーヌ

※ランチのプリ・フィックスメニューの前菜としてお選びいただけます。ディナーでご希望の際には、ご予約の際にご希望数をお伝えください。

 

≪夏の暑さを払拭してくれる、爽やかな「ギリシャ風」前菜です。≫

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 マダイは、表面を炙るようにすることで、香ばしさを加え旨味を引き出します。しかし、この前菜は、マダイを凌駕する野菜の美味しさが際立っているのです。セロリ、ニンジン、タマネギ、カリフラワー、それにラディッシュ。レモンにコリアンダーの種を使い、絶妙な火加減で調理してゆき冷蔵庫で休ませます。コリアンダーパクチーのことで、苦手の方の多い香草かと思います。しかし、このコリアンダーの種は、うんともすんともいわない味気ない食材。ところが、野菜とともに熱を加えることで、野菜本来の甘さを引き出すのです。

 野菜それぞれの食感がリズミカルに口中に響き、野菜それぞれが甘さ旨さの旋律を奏でます。さらに、天草晩柑の甘ほろ苦さ、マダイの美味しさが一加わることで、至高の一皿へと仕上がります。美味しさに酔いしれ、Benoitの窓へと目を移すと…エーゲ海を望めるかもしれません。

 DORADE marinée, légumes à la grecque

真鯛と野菜のマリネ ギリシャ

 

≪イサキが夏の訪れを告げにきました。≫

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 関東近海ではなく、遠く西へ向かった地からBenoitに届けられるイサキは、対馬海流や豊後水道でもまれにもまれ、豊富な小エビのようなアミ類やシラスなどの仔魚をたらふく食しているからこそ、きれいな脂がのりにのった黒光りするパンパンの体系。だからこそ、長崎県大分県のイサキは、他に類を見ないほどの美味しさを誇ります。参考までに、魚の鮮度は目の澄み具合で推し量るといいますが、イサキ鮮度に関係なく目が白濁するため、参考になりません。

 Benoitだけに、お刺身で楽しむわけにはゆきません。丁寧に下ごしらえされた、見るも美しい切り身に、最後の一手間をかけることになります。「焼き」という、簡単そうで奥の深い最後の工程です。食材が持ちうる美味しさが、下ごしらえが、全て水泡に帰するかもしれません。「生」ではないが焼き過ぎない。言うは易く行うは難しとは、このことでしょう。職人としての経験に裏打ちされた「焼の技」が、イサキのさらなる美味しさ引き出すのです。

 夏を告げにきた魚だけに、新樹を想わせるような青々とした夏を代表する野菜を添えたいものです。中でも、イサキの下に広げた、ズッキーニの甘さと心地よいヴィネガーの酸味が、これほどまでに相性が良いものだったのかと思わずにはいられません。イサキの添えものでありながら、ソースのようにともに食した時には、皆様を「口福な食時」へと誘(いざな)うことでしょう。

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ISAKI au plat, légumes verts, sucs de cuisson

イサキのソテー 緑野菜

※ランチとディナー、ともにプリ・フィックスメニューの魚料理としてお選びいただけます。

 

Benoitではなかなかお目にかかれない仔羊料理です!≫

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 仔羊の骨付き背肉を表面に焼き色を付け、ふつふつとしたバターをふりかけながら、ゆっくりゆっくり熱を加えてゆく。この魅惑的な香りをどう表現したものか。表面には美味しそうな焼目がつくが、中はまだ生のままです。肉が内包している温まった肉汁を利用し、中からじっくり熱がゆきわたるように、温かい肉部屋で休ませロゼ色に焼きあげます。この美しい焼色なくして、仔羊の美味しさを味わえないでしょう。

 添える野菜は、やはり新樹らしく緑野菜です。なかでも枝豆が今回の味の決め手になります。湯がき細かくすることで心地良い食感と、まとわりつくような緑豆の旨味を引き出し、タルトのように仕上げます。他の緑野菜をのせた後に、パルメザンチーズを振りかけ焼き上げます。

 目の前に運ばれてきた時、仔羊の焼き色と緑野菜のタルトのコントラストが目を引き、甘い野菜と香ばしい焼いたチーズの香りが漂います。そこへ、仔羊の旨味の凝縮したソースを、そっとお肉へかけてゆく。全てが一堂に会する時、なぜシェフがお勧めするのかお分かりいただけるはずです。

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AGNEAU rôti, légumes verts au jus

仔羊のロースト 枝豆と緑野菜

※プリ・フィックスメニューの肉料理として、ランチ+1,500円/ディナー+1,200円でお選びいただけます。

 

≪パリ-東京?≫

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 先月まで、Benoitのデザートに名を連ねていた「パリ・ブレスト」。これは、2つの都市「Paris(パリ)」と、もう一つはブルターニュ半島の西端に位置している港湾都市「Brest(ブレスト)」の2つの都市を結ぶ一大イベントが「Paris-Brest-Paris(パリ-ブレスト-パリ)」と呼ばれている、自転車レースを記念して考案されたデザートです。誰が発案者なのかは諸説あるため断言できませんが、シューの生地をドーナツ状にした理由は、自転車のタイヤに模したのだといいます。

 今回のデザートは「パリ-東京」です。すでにお察しかと思いますが、「パリ」と「東京」の2つの都市名がついたデザートというよりも、1912年創業の老舗「Benoitパリ」と、その連綿と引き継がれてきたビストロ料理を日本にも紹介していこうと2005年にオープンした「Benoit東京」。ここから名付けられたのが今回のデザートです。

 パリ・ブレストが自転車のタイヤならば、パリ-東京は飛行機のタイヤとでもいうのでしょうか。残念ながら、今回は東京らしい食材を使用しているわけではありませんが、フランスでは相性抜群と言われるピスタチオとグリオット・チェリーの組み合わせをお楽しみいただきます。

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 原型がパリ・ブレストなだけに、シュー生地をドーナツ状に絞り込み、香ばしく焼き上げます。横から半分に切り分けたその間に、ピスタチオとグリオット・チェリーを挟み込みます。ピスタチオは、緑美しいムースリーヌとアーモンドの香ばしさを加えたプラリネへ。グリオット・チェリーは、食感を残すように煮詰めたコンディモンと甘酸っぱいマルムラードへと姿を変えたものを。

シュー生地だからこそのの心地よい食感。さらに、たっぷりとピスタチオを使うことで芳しい香りとナッツの美味しさと、グリオット・チェリーの心地よい甘酸っぱさ。全てが一堂に会する時、そこに「パリ-東京」が姿を現します。一口お召し下がりいただければ、そこにBenoitパリと東京との絆を見出せることでしょう。

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PARIS-TOKYO pistache / griottes

パリ-東京 ピスターシュ / グリオット

※ランチとディナー、ともにプリ・フィックスメニューのデザートとして、+500円でお選びいただけます。

 

2021年の、待望のBenoit桃デザートは…≫

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 今期、Benoitでは、桃の収穫を待ちパティシエの準備ができしだい、予定「ピーチ・メルバ」としてデザートに登場します。昨年は長引く梅雨が桃の品質に大きな影を落としました。こと、新潟県では出荷できる桃が調達できませんでした。今年は、暖冬により、桃の開花が早まっていることもあり、収穫は今月後半を予定していると聞いています。

 我々は、本能で季節を悟れないかわりに、我々は食材の旬を計(はか)ることができる。しかし、計るのみで見極めることができません。「いつから桃デザートが始まりますか?」という問いには、「桃に聞くしかありません」と…桃のみぞ知る、収穫の時期。皆様には不確定な情報でご不便をおかけいたしますが、なにぶんにも自然の産物ゆえ、ご容赦のほどなにとぞよろしくお願いいたします。始まる時には、再度ご案内を送らせていただきます。

 

ホトトギス」、名前は知っているも、どんな鳥でどんな鳴き声なのでしょうか?今も昔もホトトギスの初音をきくことは、なかなか難しかったようです。だからこそ、歌人は恋焦がれ、待ち続けることに…この想いのお話から、Benoit6月の特別プランのご紹介をさせていただきます。以下よりご訪問いただけると幸いです。

kitahira.hatenablog.com

 

 最後まで読んでいただき、誠にありがとうございます。

 今年の辛丑が始まりました。その「辛」の字の如く優しい年ではないかもしれません。しかし、時は我々に新地(さらち)を用意してくれている気がいたします。思い思いの種を植えることで、そう遠くない日に、希望の芽が姿をみせることになるでしょう。

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 「一陽来復」、必ず明るい未来が我々を待っております。マスク無しで笑いながらお会いできる日が訪れることを願っております。皆様のご多幸とご健康を、一刻も早い「新型コロナウイルス災禍」の収束ではなく終息を、青山の地より祈念いたします。

 

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬

www.benoit-tokyo.com

2021年6月 Benoit≪特別プラン≫と≪お勧め料理≫のご案内です。

ほかに鳴く やまほととぎす こと問はむ われに増さりて 人は待つかと  俊恵(しゅんえ)

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 「ホトトギス」、名前は知っているも、どんな鳥でどんな鳴き声なのか?

 昨今のインターネットとはなんとも便利なもので、この鳥を検索すると出るわ出るわ、これでもかと。姿・鳴き声も動画で楽しめます。これほど多くの方が投稿しているということは、やはり多くの人が捜し求め、出会った時の感動を共有したいという証なのでしょう。和歌の世界に幾度となく登場し、我々日本人に馴染みの鳥でありながら、今ではなかなか耳目に触れることがありません。

 気象庁が実施している「生物季節観測」というものがあります。「桜の開花宣言」のように花の開花であったり、ウグイスやセミの初音であったりと、気象庁のスタッフが自らの目と耳を使った確認方法というアナログなもの。昨年末に、この観察対象となる動植物の大幅な削減が発表されました。日本各地に点在する観測地点の自然環境の変化から、観察対象を見つけることが困難になったことが要因です。その削減された中に、ホトトギスがありました。寂しい限りですが、昨今の自然環境を考えると、住み難(にく)くなったのでしょう。

 今では渡り鳥であることが周知されているホトトギスですが、昔々は山にこもり5月頃に里に下りてくるとのだと考えていたようです。そのため、「ヤマホトトギス」と書き記すも、同じ鳥のこと。この鳥の習性から、ウグイスのように人目に触れることはほとんどなく、まして同じ樹に留まるという優しさを持ち合わせていないため、昨日に声音を聞いたからと今日も耳にできるということはないようです。今ほどに希少ではなかったとはいえ、昔も出会うことが難しかったようです。

 平安時代末期に活躍し、小倉百人一首にも歌を遺す俊恵といえども、ホトトギスはなんら忖度することなく気の向くままに飛び歌う。どれほどホトトギスの初音を待ち望んでいたことか。やっかみ募ってついつい冒頭の一首を詠ってしまったのでしょう。山からやってきたホトトギスは何処で声高らかに心地良いリズム奏でているのだろう。ホトトギスよ、お前に訊ねたい。そこには私以上にお前を切望する御仁がいるのか?いっときでよいから、こちらに来てはくれまいか…

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 コロナウイル災禍であろうとなかろうと、温暖化などが多少ならずとも影響していようが、自然界にはそれなりの理(ことわり)があり、それにならうかのように、気温・湿度が変化し、梅雨や台風といった気象環境が訪れます。我々人類は、脳みそが大きくなることで「考える」ことには長けているのですが、この変化を察知する能力を持ち合わせていないようです。そこで、古人は自然の機微を捉えることのできる自然界の動植物の変化を見てとることで補ってきたようです。

 今を生きる我々は、人類の英知の結晶ともいえる「暦」に囚われること、天気予報の精度が格段に上がったこと、さらに生活環境が良すぎるために、この季節感を捉えようとする気持ちを失ってしまったような気がします。旬の食材には今我々が欲している栄養が満ち満ちています。季節感を失うことは、この「旬」という感覚をも失わせ、その結果が今欲している栄養の不足を招いてしまうのはないでしょうか。昨今の現代病の一因も、ここにあるような気がいたします。

 

 日本全国津々浦々で名乗りを上げる旬の食材の数々。地方に眠る逸材たちよ、お前に訊ねたい。そこには私以上にお前を切望する御仁がいるのか?と言いたいところですが、間違いなく自分以上に必要としている人々がいます。地元にとっては必要不可欠な食材だからこそ、今でも栽培や漁にでているのですから。しかし、少しばかりBenoitに顔を向けてはくれまいか?君たちを待っているのは、地元の人ばかりではない。

 旬の食材は、今我々が欲している栄養が満ち満ちています。これを美味しく摂ることは、心身共に満たされることとなり、免疫力を堅持することを約束してくれることでしょう。コロナウイル災禍に抗するワクチン接種が始めっていますが、ご自身の体調が優れなければ元も子もありません。そこで、皆様にはBenoitで「口福な食時」のひとときをお過ごしいただきたく、特別プランをご用意させていただきます。

 

コロナに負けるな!Benoit特別プランのご案内です。

 草木の花々は移りゆく季節の機微を捉え、順を追って咲き誇るも、いずれは散りゆきます。食材も同じように「旬」という期間は限られたものであり、「待つ」という優しさはありません。そこで、全ての旬食材は無理でも、Benoitに少しだけ顔を向けてくれた食材で、「口福な食時」ひとときをお過ごしいただきたく、「初夏特別プラン」と銘打って、皆様にご紹介させていただきます。旬の食材を美味しくお召し上がりいただくことで、体の中から元気になっていただきたい。そして、気心知れたご家族ご友人との、騒ぐではない「語らい」のひとときは、ただ食事をする以上に心満たされることとなり、このコロナ災禍を乗り越える助けになるものと信じています。

 

初夏特別プラン

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ランチ

前菜x2+メインディッシュ+デザート

6,000円→5,000円(税込/サービス料別)

期間:土日を含めた2021630()まで

 

週末限定ディナー

前菜x2+メインディッシュ+デザート

8,600円→6,800円(税込/サービス料別)

期間:20216月20(日)まで

 

 陽が西の山の端(は)に沈みゆき、夜の帳(とばり)が下りてくる。Benoitは、「時短営業」ならびに「酒類提供中止」というとの要請を甘受し、「休業」ではなく「営業継続」という選択肢を選びました。そこで、思い立ったその時に、Benoitへお運びいただきたく、「首夏の夕暮れ特別プラン」を継続させていただきます。

 

首夏の夕暮れ特別プラン

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週末ディナー

前菜+メインディッシュ+デザート

7,500円→5,000円(税込/サービス料別)

期間:2021620()まで

 

 上記2つのプランは、お一人様でのご利用も喜んで承ります。「語らい」のために、自分が適度にお席にお伺いさせていただきます。現在の営業時間を以下に記載させていただきましたが、緊急事態宣言如何によって変動する可能性がございます。ランチはいつもと変わりませんが、ディナーは週末だけ通常営業を行い、平日は貸切のみとさせていただきます。

ランチ

1130分から1530 (1400 ラストオーダー)

週末ディナー ~ ※平日のディナーは、通常営業を行いません。

1700から2000 (1900 ラストオーダー)

ご予約は、このメール(kitahira@benoit.co.jp)への返信をご利用ください。お急ぎの場合には、Benoitメールアドレス(benoit-tokyo@benoit.co.jp)より、もちろん電話でもご予約は快く承ります。何かご要望・質問などございましたら、何気兼ねなくご連絡ください。

 

北平のBenoit不在の日

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 私事で恐縮なのですが、自分がBenoitを不在にしなくてはならない6月の日程を書き記させていただきます。滞りがちだったご案内を充実させるべく、執筆にも勤しませていただきます。ご不便をおかけいたしますが、ご理解のほどよろしくお願いいたします。

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 上記日程以外は、Benoitを優雅に駆け回る所存です。自分への返信でのご予約はもちろん、BenoitのHPや、他ネットでのご予約の際に、コメントの箇所に「北平」と記載いただけましたら、自慢の料理の数々を語りに伺わせていただきます。自分が不在の日でも、お楽しみいただけるよう万全の準備をさせていただきます。何かご要望・質問などございましたら、何気兼ねなくご連絡ください。

 

 6月1日に「衣がえ」を迎えました。これは季節が大きく変わることを意味しています。季節の変化は、我々の衣服などという些細なことよりも、自然環境に与える影響のほうが大きいでしょう。この自然の機微を捉え、人類以外の生きとし生けるものは成長してゆきます。その成長の末に実を成すのが野菜や果物であり、栄養を蓄えるようにたらふく食してふくよかになるのが魚介です。そして、我々は、これを「旬食材」と呼んでいます。

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 旬の食材は、今我々が欲している栄養が満ち満ちています。これを「美味しく」「楽しく」摂ることは、心身共に満たされることとなり、免疫力を堅持することを約束してくれることでしょう。そこで、Benoitでの「口福な食時」のひとときを過ごしていただくため、「旬の食材」と「お勧め料理」をご紹介させていただきます。

kitahira.hatenablog.com

  

 最後まで読んでいただき、誠にありがとうございます。

 今年の辛丑が始まりました。その「辛」の字の如く優しい年ではないかもしれません。しかし、時は我々に新地(さらち)を用意してくれている気がいたします。思い思いの種を植えることで、そう遠くない日に、希望の芽が姿をみせることになるでしょう。

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 「一陽来復」、必ず明るい未来が我々を待っております。マスク無しで笑いながらお会いできる日が訪れることを願っております。皆様のご多幸とご健康を、一刻も早い「新型コロナウイルス災禍」の収束ではなく終息を、青山の地より祈念いたします。

 

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬

www.benoit-tokyo.com

2021年6月 Benoit「今宵はBenoitで!」平日貸切と週末個室占有のご案内です。

 「いずれ菖蒲(あやめ)か杜若(かきつばた)」とは、優劣をつけることが難しい時に使います。さらに、似すぎているからややこしいというニュアンスも持ち合わせているようです。先日、皆様にご案内しました「今宵はBenoitで!」のご案内が言葉足らず、「いずれが部屋代で飲食代か」との多くの質問をいただきました。余計な話ばかり書いていて、肝心な内容が疎かになっていると反省しております。

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 そこで、緊急事態宣言延長に伴い延期となったことを受け、この「今宵はBenoitで!」も期間を延長し、再度皆様にご案内させていただきます。そう、夜の帳(とばり)が下りてゆくのをBenoitの窓越しに眺め、美味しい料理に舌鼓をうち、気心知れた仲間内で、騒ぐではない「語らい」のひとときを過ごしていただきたい。この思いから、通常一般営業をしていない平日ディナーはBenoit貸切り、土日のディナーは個室を占有していただこうと思います。

 

≪平日ディナー限定! Benoitをまるまる貸切りませんか?≫

皆様が気になる価格: 営業補償ということで11万円(税込/サービス料別)

期間: 617()までの平日ディナー限定

ご利用人数: 人数は問いません。

お時間: 170020:00まで

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≪週末ディナー限定! Benoitの個室を占有しませんか?≫

皆様が気になる価格: 営業補償ということで8万円(税込/サービス料別)

期間: 620()までの週末ディナー限定

ご利用人数: 人数は問いません。

お時間: 170020:00まで

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 ここで、ポイントとなる「営業補償」を説明させていただきます。これは、お部屋代というわけではなく、提示させていただいた金額をご飲食代でご利用いただきけませんか、というものです。分かり難いので、以下に例をあげて説明させていただきます。以下の価格は、消費税込みサービス料別です。

 

~平日ディナーを11名様で貸切る場合~

 ディナーのプリ・フィックスメニューから、皆様各々がお好みのコースと料理内容をお選びいただきます。食材の鮮度を維持するために、ランチと同じ料理と差し替えられているものもございます。11名様が10,000円(前菜x1主菜x2デザートx1)のコースをご注文いただいた場合は、

10,000x11=110,000

お料理代金の合計は110,000円

ご利用金額が営業補償と同額なので、お飲み物がご希望の場合は別途加算させていただきます。

 

~平日ディナーを6名様で貸切る場合~

ディナーのプリ・フィックスメニューから、4名様が10,000円(前菜x1主菜x2デザートx1)のコースで2名様が8,600円(前菜x1主菜x2デザートx1)のコースをお選びいただくと、

10,000x4=40,000

8,600x2=17,200

合計は57,200円

メニューの中には、追加料金が必要な料理をお牛ランプのステーキ(+1,500円)や仔羊のロースト(+1,200円)、魚介では魚のスープ(+800円)やオマールエビ(+1,500円)など、魅力的な料理がメニューに名を連ねております。皆様が何をお選びいただくかにもよるのですが、今回は合計で10,000円ほど追加してみます。

合計は67,200円

営業補償との差額分42,800円以上を、お飲み物でご利用いただけますでしょうか。

 

 営業補償料金はお部屋代ではなく、ご飲食代とお考え下さい。そのため、人数やご注文の量によっては、11万円を超えることになります。極端な例として、50人であればお一人様2,200円で、貸切ご飲食が可能ということではございません。料理の価格はいつものBenoitのディナー価格を参考にしていただけると幸いです。

 ご予約はもちろん、何かご要望・質問などございましたら、何気兼ねなく北平までお問い合わせください。このメール(kitahira@benoit.co.jp)への返信、電話でも喜んで承ります。

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 Benoitで目に入るものは、スタッフ以外はほぼフランスから届いたもの。其処彼処にアンティークが設(しつら)えられ、どこを向いても絵になる内装が自慢です。平日ディナーは、ここを皆様の仲間内だけで占有していただきたいのです。一般営業では写真撮影が憚(はばか)れることもあるかと思いますが、この日は全くその心配はありません。思い思いのドレスアップでお食事を楽しみ、想い出の写真撮影に興じるのも良いかもしれません。

 昨今のコロナウイル災禍で、結婚式などのお祝いができていない方も多いのではないでしょうか。この機会に、Benoitを占有してみませんか?簡単なドレスであれば、個室を更衣室にしてドレスアップしても良いかと思います。いつもであれば、ご利用は小学生以上に限定させていただいておりますが、貸切なのでお断りする理由はございません。離乳食やお子様ランチのご用意はないですが、メニューよりお好みものをお選びいただくが、ご両親との料理シェアでも良いかと思います。

 人数が少ない場合、ご希望があればBenoitの四隅を利用した完璧なるソーシャルディスタンスも可能です!これは冗談としても、Benoitを10階から11階まですべてを占有できる機会は今しかございません。別途お送りするご案内の中で、自分がBenoitを不在にする日の記載がございます。しかし、貸切をご希望の際には喜んで自分が自慢の料理の数々を語りに伺わせていただきます。ご検討のほど、なにとぞよろしくお願いいたします。

※あまりにも閑散とした雰囲気を回避するため、お食事のテーブル以外も通常のテーブルセットをさせていただきます。

※週末の個室占有の場合は、他のお客様がいらっしゃるため、多少の制約がでてしまうことをご了承ください。

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 ブドウの花は、やがて果実となり、そのまま食して美味しいものです。そのブドウの房を、軽く潰して器に入れておくと、果皮に付着している酵母が動き出し、発酵が始まります…人類が初めて口にしたお酒はワインであったといいます。

Avec bon pain, bonne chère et bon vin, on peut envoyer promener la medecine.

「美味しいパン、美味しい料理、美味しワインがあれば、我々は薬を手放すことができる(医者いらず)」

ご飲食代とは…皆様、お察しいただけると幸いです。

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 昨今の未曾有のコロナウイル災禍は、いまだ収束の兆しが見えておらず、ウイルスとの戦いは厳しさを増すばかりです。「営業自粛」という選択肢が脳裏をよぎる中で、昨年に自粛した3週間に自分が心の拠り所を見失いかけた辛さを思い出し、Benoitは「営業継続」を選びました。どんなに厳しい営業結果になろうとも、考えうるウイルス対策を徹底し、皆様へ門戸を開けておくことで皆様に「美味しい料理」と「語らいの場」を提供し続けよう。そして、Benoitのために尽力してくれている仲卸さんや生産者さんにも少なからず報いたいと考えております。

 

 花びらを3つ上向きに、うてなを3つ垂れ下がるような花姿は、「三英の花」と称され人々に愛でられてきた、カキツバタにアヤメ、そしてハナショウブ。美しい花にもかかわらず区別が難しいことから、「いずれ菖蒲(あやめ)か杜若(かきつばた)」という名文句が生まれました。優劣がつけがたいほど、ともに優れているので選ぶのに困ってしまう。さらには、美しい方々への賛辞に使われます。しかし、往日は少しばかり意味合いが違ったのではないかと思うのです。では、どのように?

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 最後まで読んでいいただき、誠にありがとうございます。

 今年の辛丑が始まりました。その「辛」の字の如く優しい年ではないかもしれません。しかし、時は我々に新地(さらち)を用意してくれている気がいたします。思い思いの種を植えることで、そう遠くない日に、希望の芽が姿をみせることになるでしょう。

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 「一陽来復」、必ず明るい未来が我々を待っております。そう遠くない日に、マスク無しで笑いながらお会いできる日が訪れることを願っております。皆様のご健康とご多幸を、一刻も早い「新型コロナウイルス災禍」の収束ではなく終息を、青山の地より祈念いたします。

 

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬

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2021年6月 季節のお話「いずれ菖蒲(あやめ)か杜若(かきつばた)」ああややこしや…

花菖蒲(はなしょうぶ)が花笑い始めました。

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 花びらを3つ上向きに、うてなを3つ垂れ下がるような花姿は、「三英の花」と称され人々に愛でられてきた、カキツバタにアヤメ、そしてハナショウブ。地域によって違いはあるものの、4月末あたりからカキツバタ、そしてアヤメへと引き継がれ、6月前後にハナショウブが殿(しんがり)を担います。咲き誇る時期こそ違えど、アヤメ科アヤメ属に分類されているそっくりな花です。

 これほど印象深い、美しい花にもかかわらず区別が難しいことから、「いずれ菖蒲(あやめ)か杜若(かきつばた)」という名文句が生まれました。優劣がつけがたいほど、ともに優れているので選ぶのに困ってしまう。さらには、美しい方々への賛辞に使われます。皆様、気づかれましたか?アヤメは「菖蒲」と漢字で書きますが、ハナショウブもまた「花菖蒲」です。

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 上の画像はアヤメで、下の画像はカキツバタ。気持ちカキツバタが早く花笑うも、時期がともに重なります。しかし、アヤメは草原でカキツバタは湿原で育つこともあり、よほど意図的に植栽しない限り、同じ場所で見ることはないでしょう。ところが、ここに湿原か水持ちの良い草原で姿を見せるハナショウブが加わり、生育地での判別は難しくなります。さらに、この花は園芸品種が多々あることで、姿・形はもちろん花期が重なることもある。そして、ここに菖蒲(しょうぶ)が入ろうものなら…さあ、皆様を混乱の渦中へと誘(いざな)います。

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五月(さつき)こば あやめ引くべき沼水に まづ人さそふ かきつばたかな  藤原家隆

 

 五月にもなれば、「あやめ」を引き抜きに多くの人が沢沼に訪れるのだろう。それよりも一足先にカキツバタが花開き、我々を誘っているではないか、と家隆は詠っている。おや?つい先ほど、アヤメは草原でカキツバタが湿原だと自分が説明したばかり。アヤメを引き抜くために水辺にゆくのか?これは、「あやめ」≠「アヤメ」ということを意味しています。

 月を基準とした旧暦と、太陽の新暦では、その偏差が一か月と十日ほど生じます。そのため、5月は梅雨入り時期にあたるのです。我々が、この梅雨の長雨を「五月雨(さみだれ)」というのは、その名残でしょう。旧暦5月は稲作で重要な田植シーズンであり、その際には大量の水資源を必要とします。そのため、5月は農耕の神様を指し示す「さ」の月なので「五月(さつき)」であり、降り続ける恵みの雨が「水垂(みだ)れ」るので、「五月雨(さ・みだれ)」だという。確かに、通常「五」の漢字に「さ」の読みはありません。参考までに、「さ」が舞い降りる「座(くら)」で、「さ・くら」、昔は神聖なる田植えを担ったのが女性で、彼女たちは「早乙女(さ・おとめ)」です。

 梅雨時期にある旧暦の5月は、稲作には恵みの雨であっても、湿度も気温も上がり伝染病や蚊などの害虫に悩まされる日々が続くことになります。そのため、この様変わりする季「節」の「句」切りとし、生活様式を変えてゆこうと考えたのが、5月5日の端午(たんご)の節句です。では、古人はこの悩ましい日々を乗り越えるためにどうしたのか?衣替えもそうでしょう、食品乾燥させ腐らぬよう知恵を絞ったことでしょう。そして、今でも名残を残すのが薬効効果のある風呂に浸かることでした。「菖蒲湯」です。

 アヤメとショウブは別の植物ですが、ともに漢字では「菖蒲」と書く。調べてみると、往日は今のショウブを「あやめ」と呼び、アヤメは「花あやめ」や「菖蒲(しょうぶ)」であったという。ということで、先の一首の「あやめ」は今でいう「ショウブ」のこと。この葉の持つ薬効効果が「菖蒲湯」を生み出した。さらに、その芳香は蚊が忌避することを知っていた。ぷ~んと甲高い羽音に悩まされるのは、今も昔も変わらず、蚊取り線香の無い時代にはどれほど重宝されていたことか。

 

かげくもる 庭の梢(こずえ) 見るほどに 軒もみどりに あやめをぞ葺()  藤原家隆

 

 蚊が部屋に入るのを防ぐために、軒にこれでもかと「あやめ」の葉を葺き並べてしまい、部屋から庭を眺めると、梢が繁茂しているかと思えるほどに薄暗い影ができているではないか。偶然にも、ご紹介した二首は同じ詠者でした。もしや、よほど蚊に悩まされていたのか、前首では「下見」に行き、後首は防蚊対策が準備万端となった時の安堵を詠ったのものなのでしょうか。「あやめ」は薬玉にしつらえ吊り下げられていたとも言います。きっと彼の屋戸には、其処彼処と薬玉を吊るしていたのでは。

 ショウブが勝負や尚武(武道を重んじること)に通じるとして、兜や武者人形を飾り、鯉のぼりを空高く泳がせる、我々の馴染みの男の子のお祝いである「端午の節句」が誕生したのは、武家社会の江戸時代のこと。そうすると、この時代かこれ以前に、「あやめ」は「ショウブ」へと呼び名が変ったことになります。

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 さて、ショウブは菖蒲と書くことは前述しました。そこで、菖蒲の花をご紹介させていただきます。上の画像は品種改良で生み出された「ハナショウブ」、漢字では花菖蒲と書きます。しかし、これは菖蒲の花ではありません。まるで言葉遊びのようですが、「菖蒲の花」≠「花菖蒲」ということです。では「菖蒲の花」はどんな花なのか?

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 画像の中央に、ウインナーのような長細いものを見ことができると思います。肉穂花序(にくすいかじょ)と呼ばれる花の集合体です。生い茂る剣先のような葉の中で、ひっそりと花開くのです。ショウブが育つのは水辺なので、見つけるには長靴などのそれ相応の準備が必要なほどにひっそりと。

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 かつては里芋の仲間ではないかと思われていたものが、いまではショウブ目ショウブ科と立派に独り立ちしたものへと分類されています。菖蒲の花は、花菖蒲の花は似ても似つかないまったくの別物でであり、唯一その剣先のような葉の形が似ているといるだけ。美しい!と愛でるのではなく、この葉の薬効と芳香が梅雨時期を乗り切るための必需品であり、かつては今の時期ともなると、こぞって沢沼へショウブを引きにいったのです。

 

 14世紀の約50年間を綴った軍記物語「太平記」は室町時代に成立したのではないかと言われています。その物語の中で、平安時代末期に活躍した源頼政の故事が遺されています。頼政が朝廷に出没する鵺(ぬえ)を退治した時の褒美として、宮中の美女、菖蒲前(あやめのまえ)を賜ることになります。その時、白河法皇は彼が彼女に恋心を抱いていることを知っており、いたずらを画策します。菖蒲前を含めた3人の美女に同じ着物を着させ、薄い絹の布越しに頼政に判別させようとしたといいます。もちろん、分かりようがなく、頼政はこう詠ったといいます。

 

五月雨に 沢辺の真菰(まこも) 水たえて いづれ菖蒲(あやめ) 引きぞ煩(わづら)

 

 五月雨の長雨によって、沢の水かさが増し溢れている。真菰(まこも)とは水辺に自生しているイネ科の植物で葦(あし)の仲間。繁茂している真菰の中であるはずの菖蒲(あやめ)が分からす、引き抜くことを思い悩んでいます。菖蒲(あやめ)は文目(あやめ)の掛詞になっており、物事の筋道という意味があります。「文目わからない」ほどの恋をしているのだな~との頼政の思いがひしひしと伝わってきます。ここから、「何(いず)れ菖蒲(あやめ)」という諺(ことわざ)が生まれたといいます。

 冒頭で皆様にご紹介した「いずれ菖蒲(あやめ)か杜若(かきつばた)」は、この延長にあります。当初、自分はアヤメとカキツバタの花とが優劣つかないほど美しい、と考えていました。しかし、調べるほどになんとなくニュアンスが違うような気がしてくるのです。沼沢の岸辺に繫茂する剣先の葉の群(むら)の中で、どれがショウブでどれがカキツバタなのかと、思い悩んでいる。ただ外見が美しいから惹かれているのではない、自分の人生に不可欠な存在であり「あやめも分からぬ恋」をしている、あなたに…そう伝えたいのではないかと。皆様は、どう思われますか?

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 そう、ハナショウブが花笑い始めました。

 

いずれ菖蒲(あやめ)か杜若(かきつばた)

 先日皆様にご案内しました「今宵はBenoitで!」のご案内が言葉足らず、「いずれが部屋代で飲食代か」との多くの質問をいただきました。余計な話ばかり書いていて、肝心な内容が疎かになっていると反省しております。そこで、緊急事態宣言延長に伴い延期となったことを受け、この「今宵はBenoitで!」も期間を延長し、再度皆様にご案内させていただきます。

kitahira.hatenablog.com

 

 最後まで読んでいいただき、誠にありがとうございます。

 今年の辛丑が始まりました。その「辛」の字の如く優しい年ではないかもしれません。しかし、時は我々に新地(さらち)を用意してくれている気がいたします。思い思いの種を植えることで、そう遠くない日に、希望の芽が姿をみせることになるでしょう。

 「一陽来復」、必ず明るい未来が我々を待っております。そう遠くない日に、マスク無しで笑いながらお会いできる日が訪れることを願っております。皆様のご健康とご多幸を、一刻も早い「新型コロナウイルス災禍」の収束ではなく終息を、青山の地より祈念いたします。

 

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬

www.benoit-tokyo.com

2021年6月 北平がBenoitを不在にする日

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 私事で恐縮なのですが、自分がBenoitを不在にしなくてはならない6月の日程を書き記させていただきます。滞りがちだったご案内を充実させるべく、執筆にも勤しませていただきます。ご不便をおかけいたしますが、ご理解のほどよろしくお願いいたします。

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  上記日程以外は、Benoitを優雅に駆け回る所存です。自分への返信でのご予約はもちろん、BenoitのHPや、他ネットでのご予約の際に、コメントの箇所に「北平」と記載いただけましたら、自慢の料理の数々を語りに伺わせていただきます。自分が不在の日でも、お楽しみいただけるよう万全の準備をさせていただきます。何かご要望・質問などございましたら、何気兼ねなくご連絡ください。

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 「一陽来復」、必ず明るい未来が我々を待っております。そう遠くない日に、マスク無しで笑いながらお会いできる日が訪れることを願っております。皆様のご健康とご多幸を、一刻も早い「新型コロナウイルス災禍」の収束ではなく終息を、青山の地より祈念いたします。

 

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬

www.benoit-tokyo.com