kitahira blog

徒然なるままに、Benoitへの思いのたけを書き記そうかと思います。

特選食材「郡上クラシックポーク物語」のご案内です。

「春のはじめだったために雪が深く、粉雪という動くものを透かして見ているせいか、悲しくなるほど美しかった。」司馬遼太郎 街道をゆく・二より

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 「日本でいちばん美しい山城があるはずだと登ったのは~」と司馬氏。登る最中で出会った山城の姿を仰ぎ見て、「街道をゆく」に綴った感想が冒頭の一文です。この時から、いかほど時が経ったことでしょうか。2014年(平成27年)、やはり粉雪がちらつく凍てつくような寒さ厳しい季節の頃の物語。

 郡上街道が郡上八幡に差し掛かると、右手に富山県へと向かう国道472号が姿を現します。この国道と並走するように吉田川が流れるも、雪に覆われる景色だからなのか、流れが止まっているかのようにも見える。上流へと向かうと、「明宝(めいほう)」という地名が目に入ってくる。その「畑佐」という地区で、国道を離れ山中へ入り込むと、何やら建物が見えてくる。「郡上明宝牧場」だ。車から下りたつ一人の男が、「仕上がった豚肉を送るので、みんなで食べてほしい」、そう農場長へ語りかけていた。

 「一生懸命育てた想いをわかっていただける商売をしたい」との強い信念のもと、販売ではなく「飼育」の分野に乗り出し、やっと結果がでたその時だった。数々の困難の中で、打開策がないか模索する日々が彼の日常であり、彼と彼の意志に共感した農場スタッフの弛まぬ努力によって成し得た美味なる豚が、豚を扱うプロの面々から高評価を受けたのは、ほんの前日のこと。今までの苦労の日々を想うと、どれほど嬉しかったことか。この日は農場スタッフの労をねぎらい、この喜びを分かち合いにきていたのだ。皆に安堵の表情が浮かび、喜びに変わる。しかし、この男は喜び勇む中で、身の引き締まる思いでいた。郡上の寒さではない、「より安心・安全な美味なる豚肉を皆様の食卓へ」加工者ではない生産者としての責任が双肩にのしかかってきたからだ。

 

 山の頂から流れ落ちたせせらぎが、谷間を縫うように落合いさらに落合い、悠然と流れゆく長良川。この清流の上流を目指し、山間(やまあい)に深く深く入り込むと、突如として姿を現す古き良き京都のような街並み。さながら「隠国(こもりくに)」のような。ここは、奥美濃の小京都と称される、郡上市にある「郡上八幡(ぐじょうはちまん)」です。この歴史深い美しい地のご紹介は、このメールの後半に書かせていただきます。この郡上八幡を目前にして、郡上街道を右手には、富山県へと向かう国道472号が姿を現します。美しき山城を目前に、ここで右手にハンドルを切る、なんとも後ろ髪を引かれる思いでいると、意外にもこの国道はなかなかに興味深い絶景の街道でした。

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 この国道は、吉田川と並走するようにするように走っているため、「せせらぎ街道」と名付けられています。カーブを曲がる度に、姿を変える山々と清流とが織り成す景色は、四季折々の美しさで我々を迎えてくれる。蒼翠とした山の姿も良いが、秋の粧(よそお)いに勝るものは無いかもしれない。上流へ上流へと向かい、「明宝(めいほう)」の「畑佐」という地区で、国道を離れ山中の峠道へと入り込むと、そこに「郡上明宝牧場」が広がる。ひょんなことから、この明宝牧場の持ち主である田中成典さんと出会えたことで、この地よりBenoitに「郡上クラシックポーク」が届くことになりました。この出会いは偶然というよりも、出会うべくして出会ったのかもしれません。

 郡上明宝牧場は、澄んだ空気に清らかな水という自然環境の中で、ストレスなく健やかに育った三元豚が「郡上クラシックポーク」なのだといいます。三元豚とは三元交配により生み出された種豚のこと。母豚は柔らかく美味しい肉質を持つ、全農ハイコープSPF種豚(「ランドレース種」と「大ヨークシャー種」の掛け合わせ)。父豚は良質な脂肪を蓄える、ゼンノーDこと「デュロック種」。この三元交配によって生まれた種豚が、「郡上クラシックポーク」です。商標登録は「クラシックポーク」と「郡上明宝三元豚クラシックポーク」です。

 

 「クラシック」とは?「伝統的な」という意味ではなく、クラシック音楽が流れる落ち着いた環境の下で育てているからです。特にモーツァルトは副交感神経を効果的に刺激し、交感神経優位の状態を改善してくれるなどリラックス効果があると言われ、ストレス解消にも良いとされています。そして、「この効果は豚だけではかなったのです」と教えてくれたのは、田中さんご本人から。「我々スタッフも心穏やかになり、ストレス少なく、いきいきと仕事をしています」と。

 なるほど、この類稀なる自然環境に加え、モーツァルトを聴かせて育てることでストレスを軽減させて育て上げる。さらに、徹底した衛生管理を維持しています。外部からの入場者を制限し、飼料・資材搬入入場者にも場内専用衣類、場内専用長靴の義務付けで疾病侵入リスクの軽減に努めています。そう、全ては「安全・安心な美味しい豚肉」を皆様にお届けするために。

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 「まずは試食してみてください」と、豚バラ肉がBenoitに届いたのが、8月末のことでした。届いた豚肉の艶やかな美しい色合いに、Benoitで食肉加工を担当しているスタッフからの驚嘆の声が漏れたといいます。ランチ営業最中、キッチンが全ての料理を供し終えたのを見計らい、送っていただいた豚バラ肉を1cmほどの厚さにカットし、フランス料理の手法でもある「休ませる」焼きを施し、シェフはもちろんキッチンスタッフで試食をしていた。

 キッチンが試食できる頃というのは、サービススタッフにとってはデザートを提供しようかという頃であり、何かと多忙である。それにもかかわらず、キッチンよりお呼び出しがかかる。何か問題なのかと一抹の不安を抱えながら向かう先に、シェフが待ち構えていた。無言のまま差し出されたステンレスのバットの上には、見事な色に焼き上げた尾田バラ肉がのっていた。「郡上クラシックポークだ!」と、お礼も束の間、豚肉を片手に勇む心を抑え込み、ホールに戻る。お客様へのデザートを伺いに行かなくてはならない。豚肉は気になる、お客様は待っている。この葛藤の中で、もがきながらお客様の待つホールへ赴く。恨めしいかな、自分のデザートの自慢話は長かった…。ホールが落ち着く頃を見計らい、シェフももう少し後で焼いてくれればと悪態をつきながら、いざ郡上クラシックポークの下へ。

 なぜ、シェフが忙しい只中に、自分をキッチンへ呼び、焼き上げた郡上クラシックポークを渡してくれたのか。この理由は、この豚肉が自分に教えてくれた。「うわ!美味しい!」と心の叫びが体中にこだまするかのようだ。冷めている上に、ただ塩だけの味付けで、何たる美味しさなのか。脂と肉のバランスが良く、特に脂の美味しさは甘く澄んでいる。美味(おい)しいとは、美しい味と書きますが、この郡上クラシックポークの味わいは、「美しい」とはかくなるものかと教えてくれている。後から聞けば、あまりの美味しさに、シェフを始めスタッフ一同が絶賛したのだという。

 そのまま焼いて食しても、かなりの美味なる逸品を前にして、フランス人の職人魂が黙っているとは思えない。「この豚肉で、自家製生ソーセージ作ったら美味しいのでは?」と問いかけてみると、不敵な笑みを浮かべて「考えてみる」との返事。難しいから諦めるという反応ではない、美味なる逸品を仕上げようとする職人気質を感じ取った瞬間だった。フランスには、食肉豚を無駄なく保存性をもたせながら美味しく加工する職人技が、綿々と受けつがれている。「シャルキュトリー」という伝統技です。テリーヌやパテなどはもちろん、豚の血のソーセージ「Boudin Noir (ブーダンノワール)」などは、無駄なく美味しくの典型ではないでしょうか。そして、忘れてはいけないのが、豚バラ肉のコンフィやソーセージです。

 さあ、ビストロBenoitの出番です。フランスの伝統「シャルキュトリー」の技にならい、美しいバラ肉に塩を振り、タイムの香草を添えた後にパックにします。それを湯の中に投入。脂の美味しさを維持しながら、肉の旨味をひきだすかのように、肉質を固くならないよう、ぐつぐつではなく、じんわりと低温にて熱を加えてゆきます。この旨味を馴染ませるかのように、いったん冷蔵庫で休ませた後、再度温め直し、表面をかりっと焼きを入れる、これぞBenoitの豚バラ肉のコンフィ。美しい脂をもっている郡上クラシックポークは、他の豚とは別格の美味しさに満ちています。

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 もうひとつ。シャルキュトリーという分類の中で、豚肉の塩漬けで我々でいうベーコン雄のような「Bacon(バコン)」、これと双肩を成すものが「Saucisse(ソスィス)とSaucisson(ソシィソン)」でしょう。前者はソーセージで後者は乾燥させたサラミのようなもの。ソーセージというと、我々日本人には馴染みの食材であり、2袋結束で売っているのを其処此処で見かけます。しかし、フランスでは加熱加工されたものではなく、「生ソーセージ」のこと。各店ごとの比率で、こだわりの香草が入った「生ソーセージ」が何種類も販売されているのです。確かに、加熱加工されたソーセージは便利ですが、生肉を詰めてあるだけのソーセージは、生肉なので扱いに注意が必要ですが、格別の美味しさがあります。この美味しさに慣れ親しんだBenoitシェフのセバスチャンが、前述したような高品質の豚バラ肉が手に入ることを知り、職人魂に火がつかないわけがありません。「これほどの豚バラ肉であれば、肩肉もまちがいなく美味しいはずだ」、手をこまねいていないで「肉こねよう」となるわけです。

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 このBenoitの試みを待っていたのは、自分だけではなかった。田中さんに打診すると、「選りすぐりを送ります」と即答です。しかし、肉のプロフェッショナルである田中さんから、こう要望が付け加えられました。「生ソーセージは肉の鮮度が大切です。そのため、ご不便をおかけいたしますが、Benoitへ納品する日を限定させてほしい。」と。シェフに伝えるも、すました表情で頷くのみ。プロ同士の多くを語らない阿吽の呼吸なるものを見せつけられた一幕でした。そして、見事なまでの肩肉がバラ肉とともにBenoitに届くのです。田中さんから「〇日に出荷できる」との報を受けると、キッチンは受け入れる体制を整え待ち受けます。

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 届いたクラシックポークは、営業の隙をみて、大ぶりの大きさにカットされたのちにPiment D’Espretto(フランス・エスプレット村特産のトウガラシのようなもの)少々に 塩・コショウを加えた後に、旅疲れを癒すように冷蔵庫で一日お休みさせます。翌日にミンチにし、イタリアンパセリとセージの香草を加え、よく混ぜ合わせます。そして、腸詰へ。クラシックポークの美味しさを十二分にお楽しみいただきたく、肩肉を6割以上加えてバラ肉とともに仕上げる、食品添加物を全く使用しない、自家製の生ソーセージがBenoitにお目見えしています。

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 ただ焼き上げたのとは一味も二味も違う美味しさがある反面、家ではなかなか仕上げるには技と手間暇がかかる。そのため、フランスではシャルキュトリーの専門店があるほどです。フランス料理伝統のシャルキュトリーの手法で導き出された、「郡上クラシックポーク」バラ肉のコンフィとソーセージが、美味しくないわけがありません。さらに、「Le Puy-en-Velay(ル・ピュイ・アン・ブレ)」の特産である「緑レンズ豆」を座布団のように下に敷きます。ワインと同じように、原産地を名乗ることのできる、政府保証付きのレンズ豆。この町は、ちょうどDijon(ディジョン)から西へ向かった先にある。同郷のよしみではないですが、Dijonの特産である「Mutard(ムタード)」、通称ディジョンマスタードとの相性は抜群。今回の付け合わせのレンズ豆にも、もちろんこのマリアージュです。

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 Dijonの町から、ワイン街道を南下るとLyon(リヨン)の街がある。フランスでも多種多様のシャルキュトリーに満ち満ちてるのが、この食の都リヨン。ともすると、全てが一堂に会した時、そこには伝統に裏打ちされた郷土のマリアージュが、我々を迎えてくれる。さらに、日本の美味なる逸品「郡上クラシックポーク」と「鮮度」というエッセンスが加味されたとき、皆様を「口福な食時」へと導いてくれます。プリ・フィックスメニューのランチ、肉料理の選択肢としてお選びいただけます。ディナーでご希望の方は、ご予約の際にお伝えいただけると幸いです。

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 さて、冒頭で登場した「郡上クラシックポーク」の生みの親ともいうべき「彼」とは、岐阜県下で有数の食肉メーカーの「株式会社養老ミート」の代表取締役社長である田中成典さんです。食肉への加工はもちろん、ハム工房まで備え、肉の扱いには長けている。県下には、他県よりもずっと恵まれた飛騨牛を筆頭に、奥美濃古地鶏や養老山麓豚といった特選食材が多く、彼がそれらを美味しくないと考えているわけではありません。美味しい食材が巷に溢れる中で、彼は考えた。「丹精込めて育てた想いが、更なる美味しさの高みへと導く」と。

 こうして、「郡上クラシックポーク」の生産プロジェクトの火蓋が切って落とされたのです。しかし、ことはそう易々とは進まないものです。県内はもちろん近隣県も、希望に叶う農場と出会うことはありませんでした。半ば諦めかけていた中での、1本の電話。

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 「建屋は古いが条件次第で私の理想の豚肉が生産出来そうな農家がある」と。場所は郡上市、飛騨高山の市場に行く途中でした。田中さんすら、こんな山の中に豚を育てている農場があることを全く知らなかったといいます。農場の持ち主は故畑佐敏夫さん(当時83歳)、「JAめぐみの」の農協参事を歴任され、県下畜産への功績は計り知れません。田中さんが畑佐さんとお会いした時、生産者としての想いを熱く語られたそうです。そして、今まで感じた事のない不思議な感覚にとらわれたといいます。きっと、予期せずに運命の歯車がかみ合ったときの感覚なのでしょう。

 急ぎ会社に戻り、父である会長にこの話をしたところ、「豚飼いはな(養豚事業)・・・」、しばしの沈黙の後「大丈夫か?」と。田中さんは、事の重大さに気づき、「今なら止められる」と考えたそうです。しかし、養豚にかける畑佐さんの想いと田中さんの想いが重なる。そして、託された願い、「一生懸命やったが、わしのこの年では…息子たちや働く村のもんを頼む」と。重責に押しつぶされそうな自分がいる中で、不思議な感覚に囚われていることに気付く。「なんだろう、失敗する気がしない」。経験が少ないがための無謀なのか?はたまた傲慢なのか?

 会長と対峙する中で、沈黙がゆっくりと時を刻む。なぜ、自分にこれほど自信があるのだろうか?実際には短かったと思うが、自分を顧みるためには十分すぎるほどの猶予を与えてくれたようだ。「そうだそうなんだよ、畑佐さんの農場で働く人々に失望感や喪失感が無いのだ。生き物を飼うということを前向きな気持で捉えていることが表情に表れているからか。」これを肌身で感じとっていたのだ。

 会社を長年切り盛りしてきた会長が、まして父親が、息子のである成典さんの機微を捉えないはずはない。「迷惑かけんで」という息子の控え目の一言とは裏腹な、確固たる信念と自信を感じ取り、息子の「郡上クラシックポークプロジェクト」の申し出に応じるのです。

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 代表取締役を担っている養老ミートと、「食材」を「食卓」に届ける最終目的は同じであっても、「生き物を飼う」ということは、全くの別の発想をもって運営していかなくてはなりません。会長に「迷惑かけんで」と約束した以上、失敗は許されない上に、ゼロから始まる全てのことを自らで行わなければなりません。銀行との借り入れ交渉や、事業計画も会計事務所と昼夜問わず打ち合わせ、資金繰りもろもろと、プロジェクトが進むにしたがい、難題がでるわでるわ。「大丈夫だ!」と自らを奮い立たせること、数知れず。

 畑佐さんの農場を引き継ぐと決めた後、すぐに相談に向かった先は全農岐阜県本部です。前部長川尻さんへ心意気を話したところ、「全面的にバックアップするで、東日本くみあい飼料の田中と話してくれ」と何と心強い返事をいただいたことか。ご紹介いただいた田中さんに教えを請い、ともに取り組むことが農場再建の基本となったのです。

 まずは衛生レベルの引き上げです。築30年以上の豚舎の徹底的な清掃を始めることになりました。そして、外部からの入場者を制限し、農場スタッフはもちろん、飼料・資材搬入入場者にも場内専用衣類、場内専用長靴の義務付けしたのです。徹底的な清掃とは、言うは簡単ですが農場スタッフ皆が周知し、徹底することは容易(たやす)いことではありません。郡上市明宝とは、遠く離れた地から「新社長」として就任した田中さんが、「掃除してください」「キレイにしてください」と言ったところで、「豚を飼った経験は数か月だという素人社長で、本当に大丈夫なのか?」という懐疑的な想いが農場スタッフの中で沸き起こることは疑いようがありません。

 そこで、事業計画の段取りの合間に、幾度となく農場へ足を運び、田中さんの熱い想いをスタッフに語り、ともに行動する時間を可能な限りもったのです。「安全安心な美味なる豚肉を皆様の食卓へ届ける」という想いは、田中さんも農場スタッフの皆さんも同じ。「最高に美味しい」という枕詞(まくらことば)を付けることを目指す田中さんは、その想いを皆に理解してもらえるように語ることに終始する。彼はスタッフが自分の想いを素直に受け入れてくれ、志一つになれたことを、「幸運でした」と語る。いやいや、人を動かすことは並大抵な努力ではできません。きっと田中さんの背中が、雄弁に語っていたのです。「とにかく、やろう!」、プロジェクトの屋台骨が堅牢に組みあがります。画像は、立役者の町田農場長と息子さんです。彼らいなくして、このプロジェクトは成し得ません。

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 1頭もいなくなった豚舎の清掃に明け暮れる日々が、はや半年が経とうとする頃、母豚の導入準備に入るとの一報を受けます。「いよいよか!」と田中さんはもちろん、農場スタッフも逸(はや)る気持ちを抑えつつ、清掃の日々。さあ、次の課題はどう育てたものか?どう育てたら美味しい豚肉を作るにはどうしたら良いのか?多くの方に相談するも、リンゴジュースやパイナップル、梅やヨーグルトなど、美味しくなりという根拠がない。母豚の来園までに決めなければならないが、田中さんに焦りが募るも解決の糸口は見つからない。ここまで、頑張ってきたのに…

 飼育のプロフェッショナルではないからの、柔軟な発想がある。アマチュアではないから、何かしらの根拠がある。「豚舎にクラシック音楽を流しては?」愛知県でスーパーマーケットを展開している㈱フィール・コーポレーション会長の蟹江さんの一言が、田中さんが日々思い悩んでいた問題に光明を照らしたのだ。今まで、飼育することに囚われてしまうことで見失ってしまっていたこと。複雑に絡み合うことで難解怪奇なものと思っていたが、実は解きほどくカギは根本にあった。「飼育」ではなく「育てる」のだ。「美味い物を与えるだけじゃ美味しいお肉にならない。リラックスさせる環境だ!豚の気持ちを忘れてしまっていた。」農場に戻り、すぐに音楽が流れるよう準備したことは言うに及ばず。

 12頭が試験導入され、経過観察の後に本導入が決まりました。今までの努力が報われたかのように順調に事は進みます。これと時同じくして、「クラシックポーク」の商標申請に入ります。そして、待望の仔豚の誕生を迎えるのです。「本当に嬉しかった」と当時を振り返る田中さん。ところが、この喜びもつかの間、1週間ほどで農場には暗雲が立ち込めるのです。何だか発育の良くない仔豚が生まれたと連絡が入ったのです。生きた心地がしないとはこの時の事です。家畜保健所に検査を依頼しても、ウイルスは発見されません。最悪の結果が脳裏をかすめます

 不安を抱える中でも、農場スタッフの日々の努力の甲斐もあり、仔豚が次々と誕生し、成長していきます。仔豚の発育問題の原因が分からないまま、育てることの不安はいかほどのものか。原因が分からない以上、対策のとりようがありません。「とにかくやるしかない!」

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 後日、今回の仔豚の発育不良を引き起こした原因が解明されました。豚舎が無菌すぎて、母親から大腸菌に対しての免疫が受け取れなかったというのです。衛生レベルを極限まで高めようと、徹底した清掃をしたことが、あまりにもキレイすぎる無菌状態の豚舎としてしまい、大腸菌の免疫を仔豚が得られないという結果をもたらしたのです。しかし、決して皮肉でもなく無駄なことでもありません。当時の田中さん、農場の皆様の心配は、並々ならぬものであったことでしょう。清掃を徹底する意識を継続していることで、今の「郡上クラシックポーク」の美味しさの評判が消えることはありません。

 「郡上クラシックポーク」として販売が始まる前に、いままでお世話になった方々に集まっていただき、お礼の意味も込めた試食会を催しました。豚に関わるプロフェッショナルが集(つど)い、さながら品評会の様相です。大御所が田中さんへ、「湯を沸かして、鍋ごと持ってきてみい」と。意味も分からず、熱い湯の入った鍋を彼の目の前に持ってくる。すると、おもむろにクラシックポークを湯の中へ、しゃぶしゃぶと。「見てみい、灰汁(あく)がでとらん。田中さん、いい豚を育てたな。」極度の緊張下にある田中さんに笑みがこぼれるも、理解に苦しんだ。それを察したのか、「若いもんに、そこいらで売っている豚肉を買いに行かせ」と。買ってきた豚肉をしゃぶしゃぶすると、我々がよく見かける灰汁が浮いてくる。そう、大御所は最大の賛辞を田中さんへ贈ったのだ。

 続々と伝えられる賛辞のコメント。今までの労が報われた時だ。ただ、自分だけの業績ではない。明宝牧場の皆が、自分の無理難題に果敢に取り組んでくれたおかげである。一刻も早く、この喜びを皆と分かち合いたい。翌日、まだ雪が降り残るせせらぎ街道をひた走る、喜びを噛みしめながら、逸(はや)る気持ちを抑え込みながら。農場に着くと、寒い中に農場長が待っていた。田中さん、どうやら控えめな性格のようで、この喜びをどう皆に伝え分かち合おうか思案するも、うまい言葉が見つからない。

 冒頭でご紹介した場面こそ、まさにこの時のこと。畑佐さんに出会い、皆で同じ目標をめざし、徹底的な清掃から始めた日々。苦悩も分かち合えた仲間だからこそ、余計な言葉は必要ないのかもしれません。「仕上がった豚肉を送るので、みんなで食べてほしい」、この田中さんの一言で、皆には十二分に伝わったことでしょう。「より安心・安全な美味なる豚肉を皆様の食卓へ」加工者ではない生産者としての重責で、身が引き締まる忘れえぬ日になった。郡上の寒さが、いくばくか心地良いとさえ感じたことでしょう。

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 雪解けを迎え、明宝牧場よりまだ先に進んだところ、山肌一面に咲き誇る「國田家の芝桜」に魅せられる心癒されたころ、皆が努力した成果が表れ始めます。岐阜県では毎年6月に「トラックロードショー」と名付けられた品評会が実施されます。これは、40年ほど前から始まった品評会で、当時はまだ舗装していない道にトラックを並べ、荷台の豚の良し悪しを競ったのが始まりなのだといいます。田中さんは初出荷の2015年と翌年に出品し、見事に「金賞」を獲得。さらに2017年には「、岐阜県畜産共進会の「肉豚の部」では、優秀賞の栄誉をえることに。「郡上クラシックポーク」の美味しさを、プロフェッショナルが認めた証です。

 どれほどの栄誉に輝こうが、おごり高ぶることがない。ひたに基本に忠実に育て上げることを心がける田中さんと、農場の皆さん。彼らに妥協という言葉はなく、飽くなき探求心と弛まぬ努力は今も変わらない。今日もまた、豚舎隅々の清掃から始まる朝を迎える。

 

 今回は、初となる三本立ての構成です。郡上クラシックポークが美味しいのには理由があり、十分にご理解いただけたのではないでしょうか。この特選食材「郡上クラシックポーク」とBenoitは、出会うべくして出会ったようなのです。「Benoitと郡上八幡」が、並々ならぬ縁があったとはどういうことなのか?「郡上八幡の物語」は、「はてなブログ」に記載しております。お時間のある時に、以下よりご訪問いただけると幸いです。キーワードは「梅窓院」です。

kitahira.hatenablog.com

 

 さらに、郡上八幡とはどのような地なのか?史跡を辿りながらご紹介させていただきます。「郡上八幡への旅物語」は「はてなブログ」に記載いたしました。以下よりお時間のある時にご訪問いただけると幸いです。

kitahira.hatenablog.com

 

 このご案内を作成するにあたり、株式会社明宝牧場、郡上市役所、一般社団法人岐阜県観光連盟、長青山寶樹寺梅窓院それぞれのご担当者さまより、快く画像を提供いただきました。この場をお借りいたしまして、深く御礼申し上げます。さらに、郡上市役所より多くのご案内をお送りいただきました。どれほど自分の助けになったことか、重ね重ね御礼申し上げます。

 

最後までお読みいただき誠にありがとうございます。

末筆ではございますが、皆様のご多幸とご健康を、青山の地よりお祈り申し上げます。

 

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬

www.benoit-tokyo.com