kitahira blog

徒然なるままに、Benoitへの思いのたけを書き記そうかと思います。

「ときわぎ」に想うことをつらつらと。

ときわぎ

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 聞き慣れないこの言葉ですが、今でいう常緑樹のことを指し示します。漢字で表記すると、「常盤木」。しかし、大和言葉だからこそ「ときわぎ」と書きたいものです。常緑樹は、ツンツンとしたイメージですが、この言葉からは何とも言えない柔らかさを感じます。ただ単に、平仮名だからでしょうか。

 「常」は、「つねに/永久に」ということ意味します。「盤」は、盤石(ばんじゃく)という言葉がある通り、「大きい平たい岩」のことで、安定して揺れ動く心配のないことのたとえでもある。一年中、美しい緑の葉を茂らせる樹であることから、常盤木=常緑樹であるといいます。大いに納得です。

 ところが、同じであるとも言えない響きが、常盤木(ときわぎ)にはある気がします。決して、「木(樹)」だから「気」がするわけではありません。「盤」には、動詞として「楽しみふける/楽しむ」という用法が漢字にあると「漢辞海」の辞書は自分に教えてくれたのです。

 ふと思う、碁盤(ごばん)や将棋盤は、誰しもが知っている物で、格子状に目の入った台のこと。「盤」には「お盆/大皿」の意味もあるので、昔はそれらで碁や将棋を指していたのかもしれません。しかし、形から察するに、碁板や将棋板、足がつていたら碁台や将棋台ではないのかと。しかし、「盤」には別の意味があった。碁や将棋を「たのしむ」ための盤なのです。

 「ときわぎ」は、常緑樹のことでありながら、その言葉を発する人の「楽しむ」という想いが加味されている樹のことを言い表しているのでしょう。この言葉を耳にした時、柔らかく何か希望めいた雰囲気を感じてしまうのも、むべなるかなと思います。口に出すときには、この「楽しさ」の気持ちを込めてなくてはなりません。

 

 そこで、皆様によく見かける3つの「ときわぎ」をご紹介させていただきたいと思います。1つ目は、冒頭の画像の樹、「ユズリハ」です。一昨年に撮影したものですが、きっと今頃がこのような姿をしているはずです。樹の先々がボンボンのようになり、列々(つらつら)とした一つをつらつら(よくよく)見てみると、新旧交代の準備をしています。

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 下の昨年の葉が、上の今年の葉へと、光合成の役割を引き継ごうとしている最中。常緑樹とはいえ、一生同じ葉が生い茂っているわけではありません。人知れずこの交代劇が行われ、昨年の葉を落としたものを、「常盤木落葉(ときわぎおちば)」といい、夏の季語になっています。この葉の譲り合いを楽しめるのが、このユズリハの樹。古くはユズルハなのだと。

 親が子を育て上げ、引き継出ゆく。縁起物として正月飾りに欠かせません。昨年、干支の話の中で、2019年のシンボルツリーとして紹介させていただきました。詳細は以下よりご訪問いただけると幸いです。

kitahira.hatenablog.com

 

 2つ目はすでに幾度となく自分のメールに登場する「橘(たちばな)」です。

柑橘を総称して古人は「橘」といっており、品種の「タチバナ」ではありません。垂仁(すいにん)天皇の命により、田道間守(タジマノモリ)が常世(とこよ)の国から持ち帰ったという「非時香木実(時じくの香の木の実)」、これが「橘」だと古事記に書き記されています。不老長寿の想いを重ねながら、花を愛で香りに酔い、実をおいしくいただく柑橘の樹々。

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 其処彼処の庭で、たわわに実った果実を目にいたします。アゲハ蝶に狙われやすく、育てるのは難儀であるにもかかわらず、丹精込めて実を成すまで育て上げたのです。家の主(あるじ)は庭木として植栽することを決めた時、いったいどんな思いだったのでしょうか。家族の不老長寿を願ったのか、はたまた年に一度の収穫を楽しみにていたのか。

 

 ご紹介したい3つ目の「ときわぎ」は、「椿(つばき)」です。柑橘が庭木であれば、椿は垣根として植栽しているお家が多いのではないでしょうか。

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 「桃」や「梅」が中国大陸から持ち込まれたものに対し、「桜」や「椿」は、昔から日本に自生していたもの。特に「椿」は日本固有種です。

 「椿」という漢字は中国に存在します。樹木の名前に加え、古代中国には伝説の霊木「大椿(だいちゅん)」というものがある。四季の春が8千年、秋が8千年といい、3万2千の季節周期を繰り返すといいのだという。そのため、「椿」には、不老長寿の意味が含まれ、「椿寿(ちんじゅ)」という言葉もあるほど。

 しかし、中国の「椿」はセンダン科の落葉樹、日本の「椿」はツバキ科の常緑樹。まったくの別物です。かつて、日本が漢字を古代中国から取り入れた際に、常に緑の葉が生い茂る日本の「椿」に不老長寿を見出し、日本風に「読み」をあてた「国訓」といいます。しかし、春に花咲く樹なので中国の漢字を手本に日本独自に造り上げた「国字」で、偶然の一致という思いも消えなくもありません。ちなみに、国字には「働く」があります。

 どちらにせよ、古人の賢人は中国から律令制度や漢詩など多くを学ぶ中で、「椿」に何か霊的なものがあることを感じ取ったのでしょう。「日本書紀」の中で、日本の第12代景行(けいこう)天皇が、九州で起きた土蜘蛛の反乱を鎮める際に、椿の杖が登場します。土蜘蛛は、朝廷に背く地方豪族のことで、妖怪のようにおどろおどろしく描かれています。

 さらに同書の中で時代は下り、第41代持統(じとう)天皇へ、悪鬼を祓う「卯杖(うづえ)」80本が献上されたと記載があります。正倉院に納められているこの杖。素材の一つが、「椿」です。

 なにかしらにこの霊力が宿っていると思われていたからこそ、人々が簡単に扱うことに畏怖の念を抱いていたのでしょう。歴史を紐解くと、椿が馴染み深い樹となるには、まだ時を下らなければならないようです。

 観賞用としてもてはやされるようになるのは鎌倉時代に入ってから。その後、茶道の世界で愛用され、「茶花の女王」と称されます。そして、徳川秀忠が各地の珍しい椿を江戸城に移植したことを機に、全盛期を迎えたといいます。その後は、武家社会の終焉(しゅうえん)とともに、落ち着きを見せることになりました。

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 日本ではなかなか陽の目を見ないツバキでしたが、意外なところでブームを巻き起こしていました。江戸時代、ポルトガル商人の手によってヨーロッパに持ち込まれ、「日本のバラ」と称賛されたのです。その後、18世紀にはイギリスへ、そしてフランス、イタリアへと波及していきます。

 ヨーロッパ各地で盛んに栽培され、多くの新品種が生まれました。このような時代背景の中で、アレクサンドル・デュマ・フィスの名作「椿姫」が19世紀フランスに誕生します。彼の時代の、何人をも魅了する美しさをもつ女性を表現するため、小デュマはバラではなくツバキをあてたのです。

 この小デュマの原作小説をもとに、ジュゼッペ・ヴェルディが発表したのがオペラ「椿姫」1853年です。初演は、聴衆・批評家からの大ブーイングという大失敗、これに挫けることなく、入念なリハーサルを重ね再演、そして継続。この弛まぬ努力が、今なお世界各国の劇場で演奏され続けられることとなり、ヴェルディの代表作ともなったようです。そう、「椿」という日本固有種である花の名が、突如ヨーロッパの社交界にその名が登場するのです。

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 一年中、艶やかな濃い緑色の丈夫な葉をもち、真っ赤な見事な大輪の花を咲かす。実からは椿油を搾り取り、髪のお手入れに利用するのは、今も昔も変わりません。さらに、行燈に使用され闇夜を照らしました。幹は木目が細かいため、お椀などの挽もの細工の材料として。枝を焼いて作った「椿炭」は漆工芸に、「灰汁(あく)」は草木染には欠かせない材料です。生活の中で、欠かすことのできないものとなってゆきます。

 これほど、昔から我々と親密な関係にありながら、個人的にもあまり好きな花ではありませんでした。理由は花の散り方にあります。

 椿よりも一足先に花咲く「山茶花(さざんか)」や「寒椿(かんつばき)」。あまりにも似すぎているために、混同されがちですが、サザンカやカンツバキは、花びらを散らすように花期が終わりを迎えます。桜吹雪とは美しく切ない感傷を湧きおこすことか。これに対し、ツバキは花びらをおさえている「うてな」ごと、ぼとりと花そのものを落とすのです。

 自分の郷里は、新潟県新発田市です。難読地名で「新発田(しばた)」と読むのですが、市のシンボルは新発田城。自分が、越後新発田藩の武士(もののふ)の血を引いているわけではないのですが、時代劇の影響でしょうか。介錯された首のように、ぼとりと落ちる花が、何か生々しく感じるのです。これがまた美しい花だからこそ、なおさらなのでしょう。

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 個人的に「あまり好きではなかった」、そう「た」という過去形です。奥深さを知るほどに心変わりしてきました。桜の場合、花が散り池や川に漂う光景を「花筏(はないかだ)」といい、晩春を想わせる、悲しくも優しい雰囲気を醸しだします。椿は、花落ちてなお、その美しさを誇示しているのです。

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 なぜ古刹(こさつ)に椿を植栽するのか、少しばかり分かったような気がいたします。日照の少ない場所でも、花咲かすこともあるかとおもいますが、苔生(こけむ)す古刹の庭園にこそ、その真髄をみることができます。庭園を見事なまでに管理清掃している方々が、敢えて残す「落椿(おちつばき)」の数々。自然が成しえたこの美しさは、今も昔も変わらないはずです。

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 残念ながら、苔が生すには長きにわたる時を必要とし、家の庭では整えることのできない自然環境が必要になります。アスファルトの道路では、「落ちた椿の花」でしかありません。石と苔が織り成すこの、日本人特有の美意識に見る、侘(わ)び寂(さび)を表現する地に一輪もしくは数輪の椿の花。これが「落椿」であり、なぜ古刹が植栽したかの理由のひとつなのだと感じ入ります。「落椿」は晩春の季語にもなっています。

 

最後に、万葉集の中に詠われている椿の歌をご紹介させていただきます。

川上の つらつら椿 つらつらに 見れども 飽かず 巨勢(こせ)の春野は  春日蔵首老(かすがのくらびとおゆ)

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 巨勢とは、奈良市御所市古瀬の辺り。ここには、阿吽(あうん)寺があり、椿の名所であると。上の歌は、春に花咲く椿の姿を偲びながら、秋に詠まれたといいます。「つらつら」となんとテンポ良く響くうたなのでしょうか。

 曽我川を「上流へと上ってきた先に、たくさんの椿が咲き誇り、よくよく眺めているけれども、この古瀬の春の景色は飽きないものです。」

 万葉の時代、「ひらがな」はありません。そのため、漢字の力を借り、意味ではなく音(おん)で表記しているのです。2つ目の「つらつら」は、「都良々々」とあります。確かに「つらつら」と読める上に、縁起が良さそうな表記です。

 では、1つ目の「つらつら」はというと。「列々」と書き記しています。ここはまさに、漢字そのものの持つ意味も含め、音で表現しているのです。ひらがなもないなかで、賢人の言葉の持つ力を利用した、見事なまでの表現と思いませんか。

 椿の花期は終わりを迎えようとしています。「列々(つらつら)に咲き誇る椿」を、つらつら(よくよく)思い起こすように楽しみ、「ユズリハ」の列々とした一つをつらつら(よくよく)見て新旧交代を知る。そして、列々実った柑橘を美味しくいただきながら、日々を楽しみませんか。

 

旬の食材には、今我々が欲している栄養価が満ち満ちています。

いつもであれば、特選食材を使用した料理やデザートをご紹介するのですが、残念ながら今春はそうもいかないようです。ただ、このまま旬の食材を見過ごすこともままならず、Benoitで購入していた、購入予定であった食材をご紹介させていただきます。スーパーや八百屋さんで見かけた際の、参考になれば幸いです。

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いまだ終息の見えないウイルス災禍。「椿」の霊力にでもすがりたい心境ですが、我々ひとりひとりの行動が、この未曾有のウイルス災禍を「収束」へ向かわせ、必ず「終息」するものと信じております。そう遠くない日に、笑いながらお会いできることを楽しみにしております。皆様、無理は禁物、十分な休息と睡眠をお心がけください。

 

最後まで読んでいいただき、誠にありがとうございます。

末筆ではございますは、ご健康とご多幸を、一刻も早い「新型コロナウイルス災禍」の収束ではなく終息を、青山の地より切にお祈り申し上げます。

 

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬

www.benoit-tokyo.com