kitahira blog

徒然なるままに、Benoitへの思いのたけを書き記そうかと思います。

Benoit特選食材「サクラマス」のご紹介です。

 「東京から1か月半遅れで、札幌の桜が笑いました」と、メールをいただきました。地理的条件から、多少の前後はあるものの、「桜前線」は南からやってきます。急ぎ足で過ぎ去った「桜の笑顔」を、北海道で見ることができるのです。2020年5月10日に稚内で桜の開花が観測されたという、きっと今頃は「八重桜が大笑い」しているのではないでしょうか。

 桜前線に一喜一憂したのもつかの間のこと。今都内ではすでに、葉桜が美しく、季節は初夏へ入った感があります。言い得て妙、二季草(ふたきぐさ)と呼ばれる藤の花が咲き誇っています。しかし、今いちど「サクラ」を思い出していいただきたく、桜が咲き誇っている地、北海道より届きし食材のご紹介です。

サクラマス

f:id:kitahira:20200523102252j:plain

 清流の川で生まれ、1年半ほど川での生活を過ごした「ヤマメ」が、川を下ってゆく。下ってゆく。そして、大海原(おおうなばら)へと足を踏み込む。足?尾ビレを力強く動かすことで、大海原へ身を投じる。北海道の稚内脇を通って北回りか、はたまた津軽海峡を通過する南回りか、いざ、向かう先はベーリング海峡

 この行動距離を、絶えず泳ぎ続ける。これが、どれほどの運動量となるのか、人間には想像もつかないことでしょう。この運動量が身を筋肉質へと変え、美味しい餌となるエビ・イカ・小魚が滋養強壮となる。この身に蓄えれられた栄養こそ、我々にとっては美味しさということになります。

f:id:kitahira:20200523102249j:plain

 この流線形に鍛え抜かれた美しさには、惚れ惚れとします。養殖されているサクラマスもいます。しかし、Benoitは北海道の天然の逸品を選びました。見た目には変わらないが、身を3枚におろす際に中骨をとりますが、そのときに天然ものは身が崩れない。シェフ野口に声をかけてもらい、養殖と天然を捌きながら説明を受けたのですが、一目瞭然でした。

 運動量の差なのでしょう。大海原でもまれにもまれたサクラマスは、中骨のある周囲が筋肉隆々(りゅうりゅう)としており、身崩れせず、背と腹の場所に、きれいな脂がのっている。捌いているシェフの手がきらきらと輝いている上に、嫌な香りがしない。いいこと尽くしかと思える天然サクラマスですが、魚特有の問題が付きまといます。「アニサキス」という寄生虫です。

 徹底的に管理された養殖であれば、この問題はなく生食が可能です。これが養殖の最大の利点。安定供給も可能であり、シェフのとっては使い勝手の良い食材です。しかし、Benoitの野口は、なに悩むことなく天然の北海道産を選びました。そして、養殖であれば必要のない「一手間」をかけることにしたのです。3枚におろしたフィレを、そのまま冷凍庫へと移し、-20度を超える凍える中で24時間以上おくこと。

f:id:kitahira:20200523102246j:plain

 この冷凍保存によって、アニサキスを退治した安心安全のサクラマスのフィレは、細心の注意を払い解凍されて、切り身へと姿を変えます。見るほどにその美しい色に輝く身質。営業が始まり、当たり前のことですが、皆様からオーダーが入った時から焼き始めます。焼くのであれば、冷凍しなくても良いのではないか?

f:id:kitahira:20200523102257j:plain

 サケとサクラマスとは大きな違いがあります。そのおもたる違いが、サケは孵化して稚魚の段階で大海原へ旅立ちます。サクラマスは、川で1年ほど成長してから。人生ならぬ、魚生の9割以上が海であるサケと、半生が海のサクラマス。これが身質に大きな違いを生み出しています。サケに比べ、サクラマスは優しい味わいであり、脂ののりもおだやかな感があります。

 しっかりと焼き鮭のように火を入れてしまうと、パサパサとした身質になってします。さらに、焼くことで加わる香ばしさが、特有の優しい味わいを陰に隠してしまうのです。かといって、西京漬けやみそ漬けのようにしては、フランス料理を生業としているプライドが許しません。

 そこで、サクラマスだからこその、「焼きの技」を、粛々と毎日のように実践していました。なぜ、冷凍処理を行ったのか。今回の「焼き」に理由があったのです。

 

 Benoitの営業時間内の話です。皆様よりサクラマスのメインディッシュのご要望が入り、サービススタッフが希望料理とコースの流れをキッチンに伝えます。これを合図に、前菜の仕上げが始まります。順番にもよりますが、ひとつ手前の料理がキッチンを旅立ったと同時に、サクラマス料理の準備が始まります。切り身に塩をふって一呼吸。焼の担当のスタッフが、皮目から鉄板をつかって焼きを入れます。

f:id:kitahira:20200523102242j:plain

 びちびちと心地よい音色を奏でながら、熱が入ることで切り身の色が変わってゆく。さあ、ここでひっくり返す、鉄板の外で。反対側は焼かずに、バットに移して、温かい小部屋へ移動します。オーブンではなく、温かい小部屋で一休みです。この段階では、皮目からしか焼いていないので、下の画像の通り2トーンの色彩です。

f:id:kitahira:20200523102234j:plain

 皆様の食事のペースを見計らい、サービススタッフがキッチンへ、サクラマス料理の仕上げを伝えます。付け合わせのアスパラガス担当者から、仕上がりまでの時間がシェフへ伝えられる。傍らで、その時間を耳にした焼き担当者が動き出す。温かい小部屋で休息中のサクラマスを取り出し、皮目から再度鉄板で焼きを入れる。先ほどとは音が違う。パリっとしたところで、ひっくり返し、数秒で鉄板からバットへ移す。これで、焼きの作業が終了です。

f:id:kitahira:20200523102238j:plain

 焼き過ぎない、生ではない。この余熱を使いながらの絶妙な火加減こそ、サクラマスの美味しさを十二分に楽しむことのできる調理方法。パリッとしながら、身はほろっとしつつも、中はしっとりとしている。サケとは違う、優しい旨味を感じ取ることができます。さあ、フランス料理に仕上げてゆきます。

 「桜」を冠するサクラマスだからこそ、初夏ではありますが、やはり春の食材「グリーンアスパラガス」を合わせたいです。塩ゆでにしたものと、生のもの。春の息吹を感じることのできるアスパラガスの新芽には、得も言われぬ旨味があるものです。湯がいただけでも美味しいですが、今回はさらに、スライスした生のアスパラガスを添えます。しゃりしゃりとした食感と、爽やかな生だからこその味わいは、単調になりがちな料理に、心地良い春の風を吹き込ませたかのよう。

 ソースは2種類です。卵黄をホワホワにしたサバイヨンという黄色のソース。もうひとつはエシャロットをバターとともにゆっくりと熱を加え、甘さと旨味を十二分に引き出すように仕上げ、ヴィネガーで心地良い酸味を加味した茶色のソース。それぞれが、サクラマスとの相性は抜群です。さらに、この2つのソースをお皿の上で合わせることで、また違った美味しさをお楽しみいただけることができるのです。あえてシェフが、2種のソースを混ぜ合わせないことには、理由がありました。

f:id:kitahira:20200523102301j:plain

SAKURA-MASU sur la peau, asperges vertes cuites et crues

サクラマスポワレ グリーンアスパラガス

 ランチとディナーのプリ・フィックスメニューに、今月末まで名を連ねております。Benoitは「三密」を避け営業を再開いたしました。もし機会がございましたら、足の赴くままに、Benoitへお立ち寄りいただけると幸いです。普段よりも「言葉少な目」ですが、皆様を万全の準備をもってお迎えいたします。何かご要望などございましたら、何気兼ねなくご連絡ください。

 

 生物分類学上では、サケはサケ目サケ科、サクラマスはサケ目サケ亜科です。サケの仲間というわけです。前述いたしましたが、サケもサクラマスも、川で産卵し稚魚へと成長してゆきます。その稚魚全てが大海原へ向かうのがサケ。「ヤマメ」として、1年ほど川で過ごしたのちに、海へおりていったものがサクラマスです。

 同じサケ目という仲間でありながら、この生体の違いを重視したからこそ、科と亜科とに分けたのでしょう。サケのほうが「少しばかり寿命が長いようですが、差は2年あるかないか。「人の体は食べたものでできている」、これは人に限ったことではありません。生きとし生けるものにとって、普遍の原理です。魚生の大半を海で過ごすのがサケと、半生を海で過ごすサクラマスとは、身質にも大きな違いほうがでてきます。だからこそ、サクラマスにはサクラマスに適した調理方法があるのです。

 

 ところで、魚は、その筋肉中の血色素のミオグロビンの含有量により「赤身」「白身」に区分されています。赤身の魚はマグロ、カツオ、サバなどの回遊魚に多く、白身の魚は、カレイ、ヒラメ、タイなど。サケは切り身がお馴染みなので、皆様いともたやすく想像できるはずです。サクラマスも、今まで画像を添付していたので問題ないかと思います。では、サケとサクラマスは赤身なのか白身なのか、どちらでしょう?

 このサケ目の仲間は、「白身魚」です。身色が赤みがかり「サーモンピンク」などとも呼ばれています。さらに回遊しています。赤身魚と思いやすいのですが、白身魚です。フラミンゴが時期によっては根の色が変わるのと同じ仕組みなのですが、これはサケの生態を追いながらお話させていただきます。

 

 勝手な憶測ではありますが、サケとサクラマスが同じような習性を持っていることを考えると、美味しく豊富な餌を獲(と)るには、海流激しく荒波で有名なベーリング海域を目指すはずです。

 サケは川から海へ辿り着くも、まだまだ稚魚であり、大海原を回遊するには体を造り上げねばなりません。そこで、当初は北西太平洋が回遊拠点となるようです。そして、夏にはベーリング海峡で美味しい餌を食む。越冬するためにアラスカ海へ赴き、再度ベーリング海峡へ。そして、3~4年の間、ベーリング海峡とアラスカ海を交互に渡り泳ぎ、母川(ぼせん)に還(かえ)ります。

f:id:kitahira:20200523102616j:plain

 サクラマスは1年ほど。この期間の短さを考えると、サクラマスベーリング海峡でたらふく摂餌(せつじ)した後に、踵(きびす)を返して、いやいや背ビレを使って方向転換し、母川である北海道を目指すというルートが、妥当なのではないかと思います。アラスカ海に行っては1年で還ってくることは難しいでしょう。

 サケの仲間(以下、「サケ」と記載)の身色は、赤身魚のように血色素のミオグロビンではなく、「アスタキサンチン」という色素物質によるものです。「トマトのリコピン」や、「ニンジンのβカロテン」などと同じ、カロテノイドと呼ばれる天然色素群のひとつです。さらに、このカロテノイド群は強い抗酸化作用があるのです。リコピンとβカロテンなどは、健康補助食品サプリメントとしても存在しているほどです。

 その、カロテノイドの中で最強とうたわれているのが、「アスタキサンチン」なのです。ウィキペディアによると、抗酸化作用はビタミンCの約6000倍、コエンザイムQ10の約800倍、ビタミンEの約500倍、βカロテンの約40倍とも言われてるのです。ビタミンEは細胞膜の内側で、βカロテンは細胞膜の中心部でというように、効果を発揮する場所が限られているといいます。ところが、アスタキサンチンは細胞膜の内側と外側の両方で活躍するのだというのです。

 このスーパー抗酸化物質「アスタキサンチン」を、サケが自ら作り出すことはできません。生まれた時から常に泳ぎ続け、回遊範囲はまさに大海原、活性酸度がわんさかと体内で発生してゆきます。いうなれば、サケは抗酸化物質を必要としてる側であり、餌として体内に摂りこみ蓄えるようになったといいます。

 「アスタキサンチン」は、藻類の一部や甲殻類の殻に多く含まれています。サケが表層を回遊することを考えると、甲殻類は食すのは難しいでしょう。ではどうやって体内に摂りこむのか?このアスタキサンチンを含み、外洋の表層を遊泳する、エビに酷似した大型プランクトン、オキアミでした。

 サケは、オキアミから得ることのできたアスタキサンチンを体内に蓄え、泳ぎ続けることで生まれる活性酸素を抑え込み続けます。そして、このアスタキサンチンが、サケの身色をサーモンピンクへと変えていたのです。サクラマスがヤマメであれば、身色の違いは一目瞭然です。そして、サケの産卵が近くなると、この色素でもあるアスタキサンチンは、体表に婚姻色として、さらに卵にも表れます。「いくら」の色は、アスタキサンチンによるものだと。

 このアスタキサンチンというカロテノイドは、いまだ解明されていないことが多く、人にどれほど有用かは定かではありません。しかし、化学的に作り上げた物質ではなく、自然界に存在するものだからこそ、何かしらの良い影響を信じてもいいのではないでしょうか。美味しく旬のものをいただきながら、体の中から免疫力をあげてゆく。今一度、天然のサケを見直す良い機会だと考えています。Benoitでは今月末をもって終わりを迎えますが、皆様の食卓のメイン食材として、今後ご検討いただけると幸いです。

 

≪鮭(さけ)と鱒(ます)の違いとは?≫

知っているようで知らないことではないでしょうか?鱒(ます)という大きな分類の中に、鮭(さけ)があるのかと思っておりました。飲食を生業としながら、この認識の甘さに大いに反省させられることになりました。そこで、皆様を「鮭と鱒」の世界へと誘(いざな)わせていただきます。

kitahira.hatenablog.com

 

≪Benoitテイクアウト始めました!≫

田水が引き入れられ、蛙が目覚めるように、5月1日に「営業自粛」の塞きを外し、「営業を再開」という水を引き入れ、Benoitキッチンが本格的に始動いたしました。日々仕込む料理が無駄になっては元も子もありません。そこで、皆様にもお楽しみいただきたいと考えました、「自宅で」。

もちろん全ての料理ではなく、シェフがお家でも美味しくお召し上がれると判断したものを厳選させていただきました。

kitahira.hatenablog.com

 

 ≪公式ブログの再始動≫

f:id:kitahira:20200523102005j:plain

久しく投稿していなかったBenoit公式「instagram」、これに連動して「facebook」を再始動いたしました。自分も参加するかもしれませんが、やはり他のスタッフからの目線も面白いものです。ぜひ「フォロー」を、よろしくお願いいたします。

https://www.instagram.com/benoitjapan_restaurant/

 

最後まで読んでいいただき、誠にありがとうございます。

終息の見えないウイルス災禍です。皆様、油断は禁物です。十分な休息と睡眠、「三密」を極力避けるようにお過ごしください。「一陽来復」、必ず明るい未来が我々を待っております。そう遠くない日に、笑いながらお会いできることを楽しみにしております。

皆様のご健康とご多幸を、一刻も早い「新型コロナウイルス災禍」の収束ではなく終息を、青山の地より切にお祈り申し上げます。

 

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬

www.benoit-tokyo.com