kitahira blog

徒然なるままに、Benoitへの思いのたけを書き記そうかと思います。

Benoit新デザート「桃のヴァシュラン」のご紹介です。

 今回ご紹介させていただくデザートの特選食材は、何人をも魅了する、夏を代表する果実「桃」です。今年の梅雨明けの遅れ、それにともなう日照時間の短さという天災に見舞われる中、いつ桃がBenoitに届くのか、自分を含め誰も分からない。市場(しじょう)という、便利なシステムを活用すべきなのか?それとも桃探しの手を緩めずにいるべきか?

 

 桃のデザートはいつからですか?という問いを多くいただく中で、「8月からメニューに名を連ねます。」と言い切る。桃の購入もままなっていないことは、「Benoitのフルーツおじさん」と仲間から言われているだけに、十分に分かっている。皆様に「8月から」と即答することは、自分に言い聞かせ、奮い立たせているようでした。

 まして、今年は桃のデザートは、伝統の「ピーチ・メルバ」ではないと、春先に決まっていたのです。それが、7月中旬にいたっても、全貌が見えてこない。パティシエールチームも、試作はするものの、桃そのものがどれほどの品質なのか分からないため、思いあぐねていたのです。

 このような綱渡りのような状況の中で、ついに待望の桃デザートが、8月に登場いたしました。デザート名は、「岐阜県飛騨もものヴァシュラン」です。はて、ヴァシュランとは?

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 デザートを説明する上で、なんともちぐはぐな説明になってしまうのが、このヴァシュランです。いろいろ調べていたものの、これといって明確な回答がありません。思うに、メレンゲを使ったデザートの総称なのではないかとさえ思ってしまいます。そのため、多くはメレンゲで器をこしらえてみたり、囲ってみたりと。正直に、メレンゲは美味しいけれども、そこまで多くを欲しないもの。見てくれだけでは、Benoitのデザートとして成り立ちません。

 今年のBenoitの桃デザートは、「ヴァシュラン」という名を冠しつつも、これでもかという桃を使って仕上げてくるのが特徴です。キーワードは「焼く」「炙(あぶ)る」、そして「切り刻む」。

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 果実は、外皮の内側と種のまわりに美味しさが集まります。さすがに種は取り除きますが、皮をむくことはせずに調理してゆきます。産毛だけ洗い落とし、外皮のついた桃をくし形に切ります。それを、プラックと呼ばれる耐熱の鉄板の上に並べ、オーブンの中へ。低温で焼くこと、3時間。焼くというよりも、水分が抜けてゆくことで、桃は甘みとコクを増してきます。これを小さめにカットし、フランスから届いた「ペッシュ・ドゥ・ヴィーニュ」と呼ばれる酸味のある桃から仕上げたソースを絡めることで、心地良い酸味を加えます。これが、「焼き桃のマルムラード」です。

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 外皮付きでくし型に切った桃を、今度は炙ります。ハンディのバーナーを使用し、盛り付ける直前に、表面にうっすら焼き色がつくように炙ってゆくのです。桃表面にほのかな香ばしさが加わり、内包するそのものの美味しさが引き立てるかのよう。桃そのものの食感と果肉の美味しさを生かした、「炙り桃」。

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 「切り刻んだ桃」は、ソルベ(シャーベット)に仕上げます。特筆すべきは、水などを加えながら仕上げるソルベのレシピの中で、全体量の2/3を桃の果肉が占めているということ。既製品のピューレを使用すれば、簡単に仕上げることができるでしょう。しかし、Benoitパティシエールチームは、そのような妥協を許しません。下の画像が、ソルベのレシピを全て合わせた状態です。余計な香料などが一切入らない、これほどの果肉を加えてこしらえる桃のソルベが、美味しくないわけがありません。

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 画像撮影時は、品種が変わる狭間であったため、2種類の桃を使用していました。白い果肉は「白鳳」で、赤みがかったものは「あかつき」です。ソルベが、ほんのりピンクに色付いている理由は、果皮も一緒に加えているからです。だから、美味しいのです。

 「焼き桃のマルムラード」を下に、「炙り桃」、小さなボール状の「桃のソルベ」と順にのせてゆきます。そして、ヴァシュランだからこそ、申し訳ない程度ですが、小さなメレンゲを3枚ほど飾ります。このメレンゲ、ただの飾りかと思いきや、カリっとした食感と、桃ではない甘さをデザートに与えてくれているのです。

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 桃を生で食するのであれば、家で切り分ければ十分だと思います。しかし、デザートとして皆様に提案する場合には、思いもつかない、それも美味な、逸品に仕上げなければなりません。なぜ、毎年のように、7月から桃デザートをご用意しなかったのか?しなかったのではなく、できなかったのです。桃の美味しさを表現するにどうしたものかと試行錯誤の日々が必要だったのです。

 岐阜県の亀山果樹園さんから、8月初旬に「三笠白鳳」が6箱もBenoitに届きました。その数時間後に、急ぎ追加購入の依頼が自分の下に。追加?届いたばかりで…なんと、仕込みで3箱を惜しげもなく使用していたのです。今までは、お一人分に桃半実を使用していました。しかし、今年は一玉半です。

 「焼く」「炙る」、そして「切り刻む」桃。クリームやバターなどは一切加えずに仕上げる、「桃尽くし」の逸品です。食感違い、旨さ違いが織りなす、Benoit夏のお勧めデザートです。ついに皆様にご案内できる日を迎えました!

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Vacherin aux PÊCHES

岐阜県飛騨もものヴァシュラン

(追加料金 ディナー+800円)

 

 今期の梅雨の長期化と日照不足は、多くの作物に影響を与えています。桃も例外ではありません。8月早々に、岐阜県の「飛騨もも」をご用意する予定でおりました。しかし、亀山さんから「1週間ほど収穫を待ってほしい」との連絡が入ります。理由も聞かずに快諾したものの、8月から始まる桃デザートの桃確保に四苦八苦する日々が始まりました。

 そして、8月8日に、Benoitに亀山さんから桃が届きました。箱を開けてみると、芳しい桃の香りがはなたれたのです。すぐに、パティシエールチームと試食をすると、昨今の天候不順を微塵も感じさせない見事なまでの美味しさに、何も言葉を発せずとも、皆の表情が物語っていました。

 なぜ、亀山さんが1週間も収穫をずらしたのか、理由が分かったような気がいたします。梅雨明けの日照時間を利用し、ぎりぎりまで完熟した美味なる桃に育て上げたい。「Benoitへは美味しい桃を送りたい」との強い想いが、収穫を遅らせるという決断をなしえたのです。

 7月末の桃探しが迷走を極め、悪戦苦闘していた苦労は、亀山さんの桃を手にした時に報われた気がいたしました。2020年のBenoitの桃デザートは、余計なものが何も加わらないからこそ、桃の美味しさが重要になります。素材以上の美味しさはできません。この亀山さんの桃を贅沢に使用するからこそ、「飛騨もものヴァシュラン」が美味なる逸品に仕上がったのです。

 「三笠白鳳」から「白鳳」へと移りました。「あかつき」を挟んで、晩生の「昭和白桃」が、今月後半を担ってくれます。それぞれに、美味しさの違いがありからこそ、品種が変わるごとにデザートに微調整がなされてゆきます。今のデザートと、8月末のデザートでは、多少なりに違いが出るでしょう。まさに、一期一会なBenoit桃デザートとの出会いとはこのことでしょう。

 

 「亀山さんとは誰ですか?」と、お思いではないでしょうか。岐阜県高山市に居を構える亀山果樹園さんの園主さんです。「飛騨もも」と称される桃、収穫の早い順から「みさか白鳳」、「白鳳」、「あかつき」そして「昭和白桃」と栽培しています。いったいどのような地で、どのような果樹園なのか、詳細をブログに書き記させていただきました。お時間のある時に、以下よりご訪問いただけると幸いです。

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 「一陽来復」、必ず明るい未来が我々を待っております。そう遠くない日に、マスク無しで笑いながらお会いできる日が訪れることを願っております。皆様のご健康とご多幸を、一刻も早い「新型コロナウイルス災禍」の収束ではなく終息を、青山の地より祈念いたします。

  

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬

www.benoit-tokyo.com

Benoitのセラーから、特選ワイン≪Dom.CHANSON≫のご案内です。

 世界一の収量を誇る果物は、「ブドウ」です。もちろん、生食と加工用を含めてです。世界規模で栽培されているだけに、その歴史は深く、紀元前3000年前には、黒海カスピ海沿岸ではすでに栽培化が成されていたといいます。文明の伝播が、そのままブドウ栽培地という様相を見せる中で、ローマ帝国時代に加速度的に版図を広げたのだといいます。彼の帝国が崩壊すると、ブドウ栽培の伝道者としての役割を担ったのが「修道士」でした。

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 キリスト教を布教する目的で、イタリアからフランスへ、プロヴァンス地方を境に、さらに北へ西へと向かっていきました。その際に、拠点となる教会を中心に町を造り上げ、周囲には神聖なる「ワイン」を醸すために葡萄を植え付けていきます。しかし、肥沃な土地は葡萄など植えることなく作物を育て、民に食を提供しなくてはなりません。

 自給自足のできる農業国フランスとはいえ、昔々はまだまだ未開の地。生きるための糧こそ、まず先に確保しなければなりません。嗜好品のワインは「二の次」だったはずです。そこで、他の作物に比べ屈強な葡萄は、斜面や他の農作物が育たないような不毛の地に植えられることになりました。これが、今のワイン産地の礎を築くことになります。

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 過酷な環境でこそ高品質の葡萄が育つとは、今でこそ周知の事実です。かつては、生きるために必要不可欠な食料を確保しなければならない、その糧が育てられない「不毛な地だからこそブドウしか植栽できなかった」。斜面や地盤の緩い危険な地もあったことでしょう、過酷な環境の中で開拓を進めていったのです。

 彼らは、試行錯誤を繰り返すも、情報が無い中で多くの生死を分かつ失敗もあったことでしょう。そして、確たる情報もない中で、持ち込んだブドウを植栽する。かつてはブドウ品種というものは明確ではなかったため、ブドウ畑には多くの品種が混植されていたはずです。

 修道士たちの苦悩と苦労は計り知れません。フランス中央のブルゴーニュ地方は、いまでこそワインの銘醸地として名を覇していますが、冷害と紙一重の厳しい自然環境もった地です。この過酷な自然環境が、混植されていたブドウ品種を淘汰してゆくことになります。そう、彼の地を代表するブドウ品種、「シャルドネ種」と「ピノ・ノワール種」は、この地に適した品種だったのです。

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 パリから南へ東へと向かった先に、スイスを国境を接する「Bourgogne-Franche-Comté (ブルゴーニュ=フランシュ=コンテ)地域圏」が広がっています。首府は「Dijion (ディジョン)」。この街から、名立たるワイン畑を横目に、南に進むと「Beaune (ボーヌ)」の街が迎えてくれる。

 ワインの銘醸地として、南北に長いブルゴーニュ地方の中心にあり、まわりはもちろんブドウ畑が広がる。1443年にブルゴーニュ公国の宰相ニコラ・ロラン氏が創設した「ホスピス・ドゥ・ボーヌ」は、その荘厳たるいでたちに、美しくカラフルな屋根が特徴の建物が目を惹きます。かつては、王侯貴族から寄進されたブドウ畑から醸されたワインを販売し、その資金をもとに貧しい人々に無料で医療を施したといいます。いまでは、歴史博物館であり、ワインオークションの場として活用されています。

 ボーヌ市街地の北側に、1750年から素晴らしいテロワールを表現したワイン造りを行なっている老舗があります。45haの自社畑を所有し、そのうちの殆どがプルミエ・クリュとグラン・クリュ。また、パートナーの契約農家から供給されるブドウで自社畑産ワイン同様に高品質なワインを醸しているのです。この造り手は…

Domaine CHANSON (ドメーヌ・シャンソン)」

 

 1750年にシモン・ヴェリー氏によって創立された、ボーヌで最も古い歴史をもつワイナリーの一つ。1777年にポール・シャンソン通りにあるドメーヌを購入し、当時国有であった「バスティオン(稜堡式城郭※)」を借り受けて、ワイン熟成を行うカーヴとして使用していました。1794年にシャンソンがバスティオンを購入し、現在もカーヴとして使用しています。

 ※大砲を主要防御武器として設計した城郭。多数の大砲が死角を補い合うように設計されたもので、星形要塞であることが多い。16〜18世紀にヨーロッパで建造され、日本では幕末に五稜郭などに取り入れられた。

 1847年にジュール・ヴェリー氏は、40年のビジネスパートナーであるアレクシス・シャンソン氏に売却し、「ドメーヌ シャンソン」として再スタート。近年では1999年にSJB(ボランジェグループ)の傘下となり、2001年に大規模な投資を行い、目を見張る品質の向上につながっています。

 

 さて、なぜDomaine CHANSONの話をしているのか。いつもであれば、ご当主が来日し、Benoitでワインパーティー開催!と告知するのですが、昨今の状況はこれを許しません。そこで、皆様には、この老舗が醸すワインをBenoitのお食事とともに、皆様のご都合で、お楽しみいただこうと。特選ワインを特別価格で、皆様にご提案させていただこうと思います。Benoitシェフ・ソムリエ永田の、この一言から始まりました。

「このような逸品が、ワインセラーの奥底に眠っているのです」と。

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≪白ワイン≫

2015 Chassagne-Montrachet 1er cru Les Chenevottes

16,000円(税サ別)

2015 Puligny-Montrachet 1er cru Les Folatières

16,000円(税サ別)

≪赤ワイン≫

2012 Corton grand cru

16,000円(税サ別)

※すでに特別価格なため、ワインの日では割引対象外となることをご了承ください。

 

  希少な逸品なために、もちろん各1箱(12本)しか保有しておりません。ご希望の際は、すぐに返信またはBenoitへご一報をいただけると幸いです。2020年10月末までに、Benoitへお越しいただきますこと、なにとぞよろしくお願いいたします。ご予約日まで、希望数を大切に保管させていただきます。

 どれほど美味しいワインなのでしょうか?ワインごとに自慢話を書き記させていただきます。少しでも参考になれば幸いです。

 

2015 Chassagne-Montrachet 1er cru Les Chenevottes

シャサーニュ・モンラシェ プルミエ・クリュ レ・シュヌヴォット

 2haの特別な区画は、名高いモンラシェの目と鼻の先にあり、シャサーニュ特有の「石ころの上にある粘土石灰質の土壌」です。ブドウ樹は、密接に絡み合う小さな塊をなかのような独特な姿を成している。これは、丁寧な剪定がなせる業であり、一朝一夕にできるものではありません。畑は完全な東向き。吹き抜ける涼やかな風が、このワインに芳醇な香りと瑞々(みずみず)しさを与えているようです。オーク樽にて熟成すること11ヶ月なり。

 白金色のきれいな色合い。白い花の思わせる複雑な香りに、ほのかにレモン感じとれます。風味のあるテクスチャーと重厚なボリュームは圧巻なり。

 区画名「シュヌヴォット」は「シャンヴル(小さな麻)」という語が由来で、かつては麻を植えていたのかもしれません。何はともあれ、ブドウを植える決断が早かったことで、今の名声を勝ち得たのでしょう。

 

2015 Puligny-Montrachet 1er cru Les Folatières

ピュリニー・モンラシェ プルミエ・クリュ レ・フォラティエール

 区画はグラン・クリュのシュヴァリエ・モンラシェやモンラシェに非常に近接した理想的な位置にあります。粘土の割合が多い土壌は、ワインに繊細なミネラルを与え、シャルドネ種の真価を発揮させるようです。畑は南東向きの理想的な斜面。植栽間隔の充分とることは、ブドウ樹は地中深くに根を張ることを可能としているようです。12ヶ月オーク樽にて熟成。

 淡い黄金色。香りは総じてフローラル。スパイスのニュアンスによって引き立てられた、熟れた白い果実やトロピカルフルーツのアロマなどもあり、その背後にミネラルを感じます。味わいには複雑さがあり、それでいて均整がとれている。構成の全てが上品で、余韻は美しい。

 区画名「フォラティエール」の語源は「フォル(狂った)・テール(土地)」であるという。これは、どう捉えるべきなのでしょうか?狂おしいほど愛おしいのか、この地に何かを植えることは狂っていると古人は考えたのか?

 

 上記2本の白ワインのヴィンテージは2015年です。この年は理想的な気候条件だったといいます。春さきの昼夜の気温差が理想的なほどに大きかたこと。さらに、例年稀に見るほど、栽培者にとって寛大である夏をもたらしたこと。この完璧とまでいえる気候条件が、ブドウを最良の成熟と言える水準に導きました。収穫は9月のある晴れた日に始めることができ、白ワインにとっては、トロピカルフルーツやフローラルのアロマな香りが現れるヴィンテージとなったのです。

 

2012 Corton grand cru

コルトン グラン・クリュ

 生産区域はコルトン山の斜面、中腹に位置し、区画は東向き。中腹の土壌が赤みを帯びて小石が多く、褐色の石灰岩と豊かな泥灰質が混じり、カリウムの含有量が高いといいます。そう、ピノ・ノワールに最適な土壌なのです。

 2012年は前年からのとても寒い冬となり、春は寒い上に雨が続きました。春の長雨はミルランダージュ(結実不良)を招き、雷雨を伴う夏の天気が、栽培者の不安を煽(あお)ります。しかし、8月後半の晴れ晴れとした夏空は、強烈な暑さを導きます。9月には、さんさんと陽射しが降り注ぐ中で始めることができたのです。ミルランダージュによる少ない果実は、見事なまでに凝縮することになり、収量こそ少ないですが「偉大なる年」となったのです。細心なワイン醸造と16か月にもおよぶたる熟成、さらに瓶熟成が、ワインに豊潤な香りと繊細な味わいを与えることになりました。

 美しいルビー色。赤い果実や黒い果実を思わせる中に、奥ゆかしくフローラルな香りが潜む。奥行きある頑健なストラクチャーと、凝縮感を伴った複雑さ、心地良いタンニンによって構成される味わいは、余韻となって長く続きます。

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 美味しいかどうかは別として、ブドウ果汁が発酵したものをワインとするならば、有史以前から存在していたはずです。収穫したブドウを、保管しようと器の中に入れることで、果実が圧(お)し潰される。すると、果皮に付着している天然酵母が発酵を行うたうため、人類が最初に口にしたアルコール飲料ではないかと言われています。

 ブドウは「液果(えきか)」に分類されるほど果汁に富んでいます。そのほとんどが水で数%の成分の違いが、ワインの品質に左右するというのです。ワインの造り手は、飽くなき探求心と弛まぬ努力を、この数%の僅かな違いに、まさに心血を注いできたのです。

 どんなに醸造技術が発達したとしても、最高のブドウ果実を無くして最高のワインは生まれません。5の能力のブドウから10のワインは、魔法でもかけない限り醸せません。例外はありますが、何も加えずに造られるワインだからこそ、素材そのものが重要なのです。さらに、10の能力のブドウから5のワインが生まれることは往々にしてあること。そのため、ヴィンテージが云々、造り手が云々と語られる所以はここにあるのです。

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 老舗のDomaine CHANSONが、連綿と引き継がれてきたブドウ栽培、醸造技術を駆使して醸したワイン。そこへ、「熟成」という魔法がかけられることで、いかような美味しさを導き出すのか?この未知なる扉を開けるのは、皆様です。

 

≪待望の桃デザートが、新たな姿で登場です!≫ 

 待望の桃のデザートのご案内です。今年は「ピーチ・メルバ」ではありません。ついにBenoitパティシエールチームが新作を登場させたのです。デザート名は、「岐阜県飛騨もものヴァシュラン」。はて、ヴァシュランとは?

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 今年の干支である「庚(かのえ)」という漢字を使った「庚伏(こうふく)」という言葉があります。夏の一番暑い時期という意味なのですが…考えすぎでしょうか、今夏は十分な暑さ対策が必要なのかもしれません。

 外すことのできないマスクは、体の暑さを逃す妨げになるばかりか、水を飲む行為すら億劫(おっくう)にいたします。今夏は、意識的にというよりも計画的に、こまめな水分補給と少しばかりの塩分補給をお心がけください。

 

 「一陽来復」、必ず明るい未来が我々を待っております。そう遠くない日に、マスク無しで笑いながらお会いできる日が訪れることを願っております。皆様のご健康とご多幸を、一刻も早い「新型コロナウイルス災禍」の収束ではなく終息を、青山の地より祈念いたします。

 

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬

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季節のお話「半夏生」~後編~

 まるでセミが催促するかのように、関東梅雨明けを迎えました。今年の干支である「庚(かのえ)」という漢字を使った「庚伏(こうふく)」という言葉があります。夏の一番暑い時期という意味なのですが…考えすぎでしょうか、今夏は十分な暑さ対策が必要なのかもしれません。

 8月をすでに過ぎながら、7月1日の雑節「半夏生」を、ブログ「季節のお話」として書いてみました。なぜ、今話題として取り上げることにしたのか。今回は「半夏生~後編~」です。「前編」をご覧になっていない方は,先日投稿しましたブログを、以下よりご訪問いただけると幸いです。

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さて、前編から引き継がせていただきます。

 雑節「半夏生」の時期に花開く、ドクダミ科の中にハンゲショウという植物があります。6月から8月にかけて、小さな花穂をのばし、下から順に花開いてゆくのですが、花びらが無く、雌しべを中心に、それを取り囲むように雄しべが6本あるのみです。虫媒花であるため、受粉に虫の助けを必要とするのですが、如何(いかん)せん、あまりにも地味な花だけに、虫にすら無視されることに。そこで、ハンゲショウは考えたのです。花の近くの葉を白くし、虫たちを誘おうではないかと。

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 この白い色は、色付いているのではなく、色が抜けているといいます。光合成の源である「葉緑素」を、虫を誘う時期だけ、葉のから抜いてしまうのだというのです。そして、開花期が終われば、また「葉緑素」を戻すという、大胆な方法を思いついたのです。この時期は、思いのほか白い花が多いことを考えると、葉を白くすることは、きっと虫たちの目には輝かしく映るのでしょう。

 この植物は、「片白草」とも「三葉白草」ともよばれていたことを、古い書物に見ることができます。梅雨時期であり空が雲に覆われる日々が続く中で、美しい群生に目を奪われる。いつの時代のことか、葉の半分ほどが白化粧しているかのような容姿ならぬ葉姿なため、どこそこの誰だか分かりませんが、「半化粧(はんげしょう)」と命名したのでしょう。いつも思うのですが、古人の名付けの妙には感服するばかりです。

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さらに調べてゆくと、「半夏生の頃に花が咲く」のでハンゲショウと名付けられたという説もありました。おや?この説が世にまかり出たということは、この花がハンゲショウ命名されたときに、すでに「半夏生」という単語が存在していたことになります。では、「半夏生」とはどこからきたのでしょうか?

 

 すでにご紹介した「二十四節気(にじゅうしせっき)」は、1年を24分割したもので、、「春分」や「夏至」に代表されるように季節の目安を、我々に教えてくれます。さらに、72分割に細分化したものもが、「七十二侯(しちじゅうにこう)」。ともに、古代中国の賢人が天文学の英知の結晶として、後世に遺したもので、その効力やいまだ健在。我々が、普段気にも留めずに使っている「気候」という言葉は、「二十四節気」と「七十二侯」の語尾の漢字を合わせたものです。

 中国と日本の気候とは、似ているようで違うもの。1年を24分割であれば、そこまでの大差はないものの、72分割ではなかなかに違和感があるものです。そこで、後者は明治期に日本風に手が加えられました。しかし、変わらないものもあります。その一つが、「半夏生」です。夏至の末侯、旧暦7月1日から7日までの期間にあてられました。

 七十二侯の「半夏生」は、「はんげしょうず」と読みます。これは、「半夏(はんげ)」という植物が地表に姿を現す時期ですよ、と教えてくれます。この「半夏」は「烏柄杓(からすびしゃく)」の漢名で、先が細く伸びた袋のような花を、カラスの柄杓(ひしゃく)に見立てて名付けられたといいます。

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 サトイモ科の植物で毒草です。この姿を見て、「うわ~美味しそう」と思うことは皆無だと思うので問題ないとは思いますが、間違っても口にすることは控えてください。「毒をもって毒を制す」とはよく言ったもので、フグの猛毒「テトロドトキシン」が沈痛債へ姿を変えるように、この半夏の根は乾燥させるとありがたい漢方薬「半夏」となります。体を温め、停滞してるものを動かし、発散させる効能から、痰をとり、嘔吐を鎮めるために服用するのだといいます。

 

 この半夏の草を、探してみようと行動に移すも、いったいどこで出会えるのか思いあぐねること2年間。七十二侯の夏至の末侯だけに、その時期は草むらに目をやり続けながらの捜索の日々でした。ところが、新潟へお盆休みで帰郷した昨年のこと、偶然に見つけることができたのです。散歩中の田の畦道(あぜみち)で出会った時、思わず声を上げてしまった自分がいました。

 あまりの喜びに、家に戻り皆に自慢したところ…「ヘビクサ」じゃないか、そこいらで生えていて、なにも珍しいものではないという。そう、あまりにも身近な草だけに、その地での呼び方があったのです。確かに、気づけば其処此処(そこここ)に生えている。「ヘビクサ」、確かに似ていなくもない。

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 さて、気なることは、自分がこのカラスビシャクと出会ったのは、8月のお盆で帰郷した時。夏至の末侯(7月1日から7日の期間)が「半夏生(はんげしょうず)」であるならば、1か月ほどの差があることになります。

 多くの草木の開花期は、意外に短いものです。その中にあり、このカラスビシャクは順を追うように花開き、いや花開くというよりも口開きという表現が良いのかもしれません。我々が、野でこの草を目にすることのできる期間は5月から8月にかけての長期にわたります。

 日本の旧暦は、太陽太陰暦と呼ばれるもので、月の満ち欠けを基準にしながら、太陽の軌道が加味されたものです。月と太陽の軌跡の違いは、暦の誤差として現れます。そこで、古代中国の賢人は、月の満ち欠けを基準にしながら、太陽が真東から上り真西に沈む「春分点」を導き出し、二十四節気という形であてはめたのです。そのため、新年を迎える前に「立春」を迎える年もでてきます。

 風流な二十四節気や七十二侯を、農を生業とする人々に周知させることは、なかなか難しい。そこで、古代日本の賢人は、稲の成長を促す太陽の陽射しが不可欠なため、太陰暦がどのように時を暦に刻もうが、春分秋分の中間点までに田植えを終えなければならないことを、幾年も繰り返してきた経験から知っていた。そこで、この中間点に標(しるべ)となる「雑節」を創作することにしたのでしょう。

ちょうど、この中間点は七十二侯が「半夏生(はんげしょうず)」と教えてくれている。そこで、そのまま引用することにした、日本語の読みに変えて。雑節「半夏生(はんげしょう)」が誕生する。ところが、雑節「半夏生」の頃は、ちょうどハンゲショウ(半化粧)が花咲かせ、葉色を白く変えています。

 七十二侯の「半夏生(はんげしょうず)」が、雑節「半夏生(はんげしょう)」に引用される。この時期には「半化粧(はんげしょう)」は花盛り。口伝される場合は、まさに伝言ゲームのごときなり。時が経つにつれて、この混同が生じてきてもおかしくはないでしょう。いまだ真相は分からず、もちろん諸説ある中で、自分が調べた上でひとつの推測を書いてみました。なかなか、説得力があるとは思いませんか?

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 「半夏生」の与(くみ)する二十四節気の「夏至」の後には、「小暑」さらに「大暑」と1年で最も暑い時期が続きます。暦の上では、すでに「大暑」も末侯となり、まもなく「立秋」を迎えるのですが、今期の梅雨明けの大幅な遅れは、これから猛暑が来ることを教えてくれます。「半夏生」の後に、梅雨明けが訪れることが季節の流れてあるならば、1か月ほどの遅れではありますが、今まさに「半夏生」を過ぎた頃ともいえます。

 人間が、自然の時の流れを、暦という枠にあてがうこと自体がおこがましいこと。カレンダーに頼ることなく、自然の機微を捉えるように、柔軟に対応してゆかねばなりません。猛暑の到来を、古人は半夏生に託したのです。自分の体力を過信し、無理な行動は禁物です。十分な休息と睡眠、こまめな給水をお心がけください。

 

 カラスは、「鳥(とり)」の漢字から、横棒を1本抜き「烏」と書きます。今回の「半夏」とは、「烏柄杓(からすびしゃく)」の漢名だと前述いたしました。筒の袋状の姿を柄杓(ひしゃく)見立て、人が使うには小さいのでカラスの柄杓という名前の由来だといいます。真っ黒で狡猾なカラスを好印象で見ることは少なく、バードウォッチングでカラスを見に行くこともないかと思います。鳩(はと)や雉(きじ)でもいいのでないかとも思う。なぜ烏(からす)?少しばかり「烏(からす)」を調べてみました。すると…

 今では嫌われ鳥としての扱いをうけるカラスですが、古代中国では親孝行の鳥としての地位を得ています。成長すると親鳥に餌を口移しすることで、養育の恩返しをすることから、孝鳥であると。

 さらに、中国神話の中では、太陽には三本足のカラス「三足烏(さんそくう)」が棲んでおり、人々からは「金烏(きんう)」と呼ばれていたようです。そのため、「烏(からす)」という漢字には、「太陽」という意味も含まれています。古代神話では、太陽にいる三本足のカラスを金鳥(きんう)と呼び、月にいる兎を玉兎(ぎょくと)と呼んだことから、「烏兎(うと)」という言葉が誕生しました。これは、太陽と月のことを指し示します。

 古代日本人は炎天下での陽射しを恨めしく思うも、太陽は生きとし生けるものにとって欠かすことのできないもの。夏に盛りを迎える「半夏」は、漢方として重宝していると古代中国より言い伝わる。そこで、太陽への感謝と、無事息災に夏越しできることを祈念するために。その手助けとなる薬効を期し、「半夏」を和名にする際に、「烏(からす)」を冠したのではないか。はたまた、日本神話の「八咫烏(やたがらす)」が関係してるのか。

 何はともあれ、見識のない自分が、あれやこれやと推測することは、なんとおこがましいことでしょうか。この「おこがましい」、漢字で表記すると「烏滸がましい」となります。おや、ここにも「烏(からす)」が…

 

 自分の体力を過信し、無理な行動は禁物です。外すことのできないマスクは、体の暑さを逃す妨げになるばかりか、水を飲む行為すら億劫(おっくう)にいたします。今夏は、意識的にというよりも計画的に、こまめな水分補給と少しばかりの塩分補給をお心がけください。

 木陰に入り、葉の間を抜ける心地よい薫風、陽射しにきらめきながら重なり合う木の葉、なんと美しい光景か、と夢心地に浸るのも良いですが、夢の(意識の無くなった)世界から抜けることができなくならないよう、ゆめゆめお忘れなきようにお気をつけください。

  そう遠くない日に、「マスク無し」で笑いながらお会いできることを楽しみにしております。皆様のご健康とご多幸を、一刻も早い「新型コロナウイルス災禍」の収束ではなく終息を、青山の地より切にお祈り申し上げます。

 

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬

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季節のお話「半夏生」~前編~

 まるでセミが催促するかのように、関東梅雨明けを迎えました。梅雨明けしてから、なかなかセミの声を聞かず、なにやら不穏な夏の迎え方をした昨年に比べ、やはり今年はセミが待ちきれないほど梅雨の期間が長かったようです。いよいよ、真夏の到来です。

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 今年の干支である「庚(かのえ)」という漢字を使った「庚伏(こうふく)」という言葉があります。夏の一番暑い時期という意味なのですが…考えすぎでしょうか、今夏は十分な暑さ対策が必要なのかもしれません。

 外すことのできないマスクは、体の暑さを逃す妨げになるばかりか、水を飲む行為すら億劫(おっくう)にいたします。今夏は、意識的にというよりも計画的に、こまめな水分補給と少しばかりの塩分補給をお心がけください。

 

 今回のテーマは「半夏生(はんげしょう)」です。今期の梅雨明けが伸びたこともあり、今更ですがこのテーマを少しばかり掘り下げてみようかと思います。2020年の雑節(ざつせつ)「半夏生」は、過ぎ去りし7月1日です。さて、雑節とは?

 日本の季節の目安として欠かすことのできないものが「春分」や「夏至」に代表される「二十四節気(にじゅうしせっき)」です。その中で、季節の基準となる重要な目安となるのが、昼夜の時間が同じになる「春分」と、対をなすのが「秋分」。太陽の周りを一周する期間を1年とすることは周知の事実。しかし、365日では、徐々にずれが生じてくるために、閏年という仕組みで調節します。そのため、春分秋分にもずれが生じてくるのです。

 そこで、国立天文台が太陽の通り道である黄道と、赤道の延長線上に当たる天の赤道が同じとなる時期、我々からすると太陽が真東から登り真西に沈む時期を、「春分点」を毎年算出し、公表します。これが基準となり、秋分はもちろん、それぞれの節気もカレンダーにあてはめられているようです。とうことは、春分秋分の両日は、変動する祝日となる。この春分秋分の日を中日に前後3日の7日間が「彼岸」です。

 農耕民族である我々のご先祖様は、これらでは物足りないということで、日本の気候風土に合わせた標(しるべ)をこしらえました。それが、「雑節(ざつせつ)」です。前述した「彼岸(ひがん)」も、なんとなく仏教の色濃くインドから伝わったかのようですが、実は日本独自の考え方なため、雑節です。

 雑節は、農や漁を生業にする者のとっては気をつけなければならない日が綴られています。立春から数えて88日目の日の「八十八夜」は、「八十八夜の別れ霜」「八十八夜の泣き霜」といい、暖かくなったからといって、まだまだ遅霜には気をつけなけなさいと教えてくれる。さらに、210日目は「二百十日(にひゃくとうか)」は、野分(のわけ)が訪れるので海には出るなと教えてくれる。野分とは、いまで言う台風のこと。なんという先人達の知恵なのでしょうか。

 では、「半夏生」とは、いつのことか?さらに古人は我々に何を伝えようとしているのでしょうか?

 

 雑節の「半夏生」は、太陽の軌道が一番長くなる「夏至(げし)」から数えて10日目です。夏至は、一年で一番日中が長く、太陽の恩恵を十二分に受けることができる日ですが、日本は梅雨の最中(さなか)であり、あまりにも実感がわきません。2020年は7月1日にあたります。

 例年であれば、半夏生の後数日内に梅雨が明け、夏の猛暑の到来する頃です。稲作には豊富な水資源が必要なため、梅雨という長雨はまさに天の恵みともいうべきもの。そして梅雨明けと同時にさんさんと降り注ぐ陽射しが成長を促します。そう、かつては早乙女(さ・おとめ)が手作業で行っていました。今の我々が田植え機で行うのとはわけが違い、想像を絶するほどの時間と労力を必要としていました。「ちゅう(夏至)をはずせ、はんげ(半夏生)は待つな。」という言い伝えがある通り、田植えを終えなければいけないと古人が考えた目安が、「半夏生」なのです。さらに、半夏生以降は、「半夏半作」といい、十分な稲穂になるには日数が足りないため、無駄ですよと教えてくれる。

 この田植えの目安以外にも、半夏生の日には毒が降るから井戸に蓋をしろ」やら、「半夏生の日に採れた野菜などは食べてはいけない」と言伝(ことづて)されています。半夏生の頃ともなると、梅雨も後半へと移り、大雨に見舞われることが例年のこと。西日本では、この大雨のことを「半夏雨(はんげあめ)」といい、この雨により川より溢れ出る水を「半夏水(はんげみず)」というのだといいます。

 日増しに暑くなる中で、降り続く雨は、カビや雑菌が繁殖するには好都合であり、疫病が蔓延する危険すらあります。半夏雨により濁流となった川水は、飲み水には適さないほど雑菌を含有していることでしょう。それが、井戸に入り込むことで汚染される。さらに、半夏水となって溢れた水が、病原菌を運ぶ役割を担い、野菜に触れることで、人々の口々へと移りゆく。

 境内に設置された茅の輪をくぐることで、病気や禍を払う。6月の終わりに執り行われる「夏越の祓(なごしのはらえ)」という神事があります。高温多湿に加え、梅雨時期(田植え)の疲れが癒えない中で、無事息災に夏を乗り切ることは、神頼みをしなければならいほどに厳しいものだったことの表れです。

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 古人は、人々に注意喚起を促すため、半夏(はんげ)という植物に毒があることから、この半夏生には「毒がふる」と。さらに、半夏生の時期は、収穫という農作業をせずに、家でゆっくり休みなさい。そして、病原菌の付着しやすい時期だからこそ、「この日に採れた野菜を食べてはいけない」と言い伝えたのではないでしょうか。諸説ある中で、真相は分かりませんが、あながち間違っていることもないかと思います。

 さて、毒だ毒だと迷惑被っている「半夏」という植物。別に半夏にとって毒が有用であるわけでもなく、たまたま人間が口にすると具合が悪いというだけのこと。この可哀想ないや多々ある夏草の中で、歳時記の中に名を遺すいう「半夏」とは、いったいどんな植物なのでしょうか?

 話長くなったので、この「半夏」はどんな植物なのか?続きは次回へと引き継がせていただきます。

kitahira.hatenablog.com

 「半夏生」の与(くみ)する二十四節気の「夏至」の後には、「小暑」さらに「大暑」と1年で最も暑い時期が続きます。暦の上では、すでに「大暑」も末侯となり、まもなく「立秋」を迎えるのですが、今期の梅雨明けの大幅な遅れは、これから猛暑が来ることを教えてくれます。「半夏生」の後に、梅雨明けが訪れることが季節の流れてあるならば、1か月ほどの遅れではありますが、今まさに「半夏生」を過ぎた頃ともいえます。

 カレンダーに頼ることなく、自然の機微を捉えるように、柔軟に対応してゆかねばなりません。猛暑の到来を、古人は半夏生に託したのです。自分の体力を過信し、無理な行動は禁物です。十分な休息と睡眠、こまめな給水をお心がけください。木陰に入り、葉の間を抜ける心地よい薫風、陽射しにきらめきながら重なり合う木の葉、なんと美しい光景か、と夢心地に浸るのも良いですが、夢の(意識の無くなった)世界から抜けることができなくならないよう、ゆめゆめお忘れなきようにお気をつけください。

 

 今年の「庚伏」を乗りきるためにも、旬の美味しいものを食し、十分な英気を養わなければなりません。そこで、Benoitでは、「八月尽」と銘打った特別プランをご用意させていただきいました。詳細は、以下より次のブログをご訪問いただけると幸いです。

kitahira.hatenablog.com

 

半夏生~後編~」のご案内です。「ハンゲショウ」は「半夏生」?それとも「半化粧」?お時間のある時に、ブログをご訪問いただけると幸いです。

kitahira.hatenablog.com

 

 そう遠くない日に、「マスク無し」で笑いながらお会いできることを楽しみにしております。皆様のご健康とご多幸を、一刻も早い「新型コロナウイルス災禍」の収束ではなく終息を、西日本豪雨によって甚大なる被害を被った地のいち早い復興を、青山の地より切にお祈り申し上げます。

 

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬

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夏は夜 月のころはさらなり「八月尽特別プラン」のご案内です。

 雑節「半夏生」が、田植えの終える目安となっていたことは、季節の話の中でご紹介させていただきました。この稲作一大事業を終えた後は、家主が皆の苦労を労(ねぎら)うために、宴(うたげ)を開いたのだといいます。「早苗(さなえ)振る舞い」と言っていたものが、この難読漢字へ。

早苗饗(さなぶり)

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 すでに幾度となく自分のブログに登場しているので、ピンときた方も多いのではないでしょうか。「さ・なぶり」というわけで、田の神への感謝の気持ちと、今期の豊穣を願い意味もあるお祝いでもありました。「さ」については、以前ブログに書き記しております。お時間のある時に、以下よりご訪問いただけると幸いです。

kitahira.hatenablog.com

 

 昨今の新型コロナウイルス災禍は、いまだ収束の兆しは見えず、我々は移動の制限を余儀なくされました。何をどうしたら良いのか全く分からない混沌とした世界の中で、このやり場のない鬱憤(うっぷん)をどうしたものか。疲労やストレスの蓄積は、免疫力を下げてゆくといいます。

 今年はなかなか梅雨明けしなかったこともあり、皆様にとっての「早苗饗」は、いまだ開催されていないのではないかと思います。そこで、ささやかながらその饗宴の会場に、Benoitをご利用いたしませんかとお誘いすることにいたしました。外では怖いほどの陽射しもBenoitに差し込むことで、開放的な雰囲気を演出しているランチも良し。しかし、清少納言は「枕草子」の中でこう言っています。

夏は夜 月のころはさらなり

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 さすが日本三大随筆を執筆しているだけに、説得力があります。そこで、先月に大好評を賜った特別プランの一部を、今月末まで、「八月尽特別プラン」と銘打って延長することにいたしました。夏本番の食材がそろっている中で、Benoitで「口福な食時」のひとときをお楽しみいただきたいと思います。

 期間は、メールを読んでいただいた日より、2020831日まで、土日祝日含むプランです。ご予約は、自分へのメールをご利用ください。急ぎの場合には、以下のBenoitメールアドレスより、もちろん電話でもご予約は快く承ります。

benoit-tokyo@benoit.co.jp

 

≪八月尽ランチプラン≫

前菜+メインディッシュ+デザート

3,800円→3,530円(税サ別)

前菜x2+メインディッシュ+デザート

4,800円→4,460円(税サ別)

前菜+メインディッシュ+デザートx2

夢のダブルデザート 4,460円(税サ別)

 

≪八月尽ディナープラン≫

前菜x2+メインディッシュ+デザート

7,100円→5,300円(税サ別)

前菜+メインディッシュ+デザートx2

夢のダブルデザート 5,300円(税サ別)

 

 プリ・フィックスメニューの料理内容は、当日にメニューをご覧いただきながらお選びいただきます。ご希望人数が8名様以上の場合は、ご相談させてください。

 

 少しばかり、皆様に8月にメニューをご紹介させていただきます。特にデザートでは役者がそろった感があり、「夢のダブルデザートプラン」を復活させていただきました。これら以外にも、皆様に語りたい、いや語らなくてはならない料理がまだまだございます。どれほど美味しく、それほどこだわりがあるのかは、Benoitへお越しの際に、自分がお話に伺わせていただきます。

 

≪「魚のスープ」が、皆様を地中海へと誘(いざな)います!≫

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 この時期になると問い合わせが入るBenoit東京の「魚のスープ」。マルセイユの代表料理ですが、Benoitではドロドロしいというよりも滑らかに仕上げています。「魚介」ではなく「魚」のスープは、ワインを使用せず、魚本来の美味しさを引き出す。エビ・カニ・貝類を一切加えないため、食せば食すほどに魚の旨味を堪能できます。

 マダイにクロダイ、そしてイトヨリダイ。カサゴにホウボウと贅沢に使用した7月から、8月9月はさらに、夏の味覚のマゴチ、オニカジカとオニカサゴが加わります。いかつい姿だからといって、「オニ」「オニ」と、見たこともないのに、鬼にも魚にも失礼千万な話。しかし、この3種は姿からは想像もつかないほど繊細で美味なる身質を持っている魚たちです。

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 「POISSON de roche」という表記に、「roche(岩)」だけに「岩魚」やら「磯魚」との訳をあてています。確かに荒波の磯でもまれにもまれた魚種は美味しいもの。しかし、旨味の多い魚が磯ばかりではないことを、深い魚文化の日本人は知っています。ごつごつだったり、とげがあったり、ぬるぬるしていたり。

 8月に仲間入りした魚たちの特徴といえば、自分のような素人が捌くには難儀な、ごつい顔と堅い骨があることでしょう。これが旨味のもととなります。「roche」とは、そういう「ごつごつの魚」を総称して名付けたのではないとも思うのです。どう調べても確証は持てませんが、そのような気がしてならないのは、あまりにもBenoitの「魚のスープ」が美味しいからです。

 皆様の目の前でそそがれた直後から、磯の香りに包まれる。濃厚な茶色を帯びた深みのあるオレンジ色の液体に、透明感はないが輝いている。濃厚ながら、甲殻類のような濃さではなく、さらりとした感さえあるものの、余韻に感じる魚の美味しさに酔いしれることになるでしょう。目を閉じれば潮騒(しおさい)が耳に届き、目を開ければ、Benoitの窓からは地中海が望める…かもしれません。

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Soupe de POISSON de roche, rouille et croûtons aillés

魚のスープ ルイユとクルトン

(追加料金 ランチ+800円 / ディナー+600円)

 

≪待望の桃のデザート、それも新作で登場です。≫

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 毎年のように、7月からメニューに登場していた桃のデザート「ピーチ・メルバ」を、今期Benoitで見ることはありません。桃のデザートを諦めたわけでもありません。満を持して、8月に新しいスタイルでプリ・フィックスメニューに名を連ねました。今までは、お一人分に桃半実を使用していましたが、今期は一玉半です!

 果実は、外皮の内側に美味しさがあるのですが、皮をむくことでこの美味しさも取り除いてしまうことになります。そこで、今期は外皮をつけたまま、デザートへと仕上げてゆきます。オーブンで低温3時間「焼かれ」た桃は凝縮した味わいとなり、フランスから届いた酸味のあるペッシュ・ドゥ・ヴィーニュという桃のピューレを絡めます。さらに、くし形にカットした皮付きの桃を、にバーナーで表面を「炙った」ものは、ほのかな香ばしさをまとい、内包する旨味を引き立てるかのよう。そして、これでもかと桃を加えたソルベは、桃そのものを食すよりも桃を味わうことができるでしょう。

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 生で食するのであれば、家で切り分ければ十分だと思います。しかし、デザートとして皆様に提案する場合には、思いもつかない、それも美味な、逸品に仕上げなければなりません。なぜ、毎年のように、7月から桃デザートをご用意しなかったのか?しなかったのではなく、できなかったのです。桃の美味しさを表現するにどうしたものかと試行錯誤の日々が必要だったのです。そして、ついに皆様にご案内できる日を迎えました。

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Vacherin aux PÊCHES

岐阜県飛騨もものヴァシュラン

(追加料金 ディナー+800円)

 

 今期の梅雨の長期化と日照不足は、多くの作物に影響を与えています。桃も例外ではありません。8月早々に、岐阜県の「飛騨もも」をご用意する予定でおりました。しかし、亀山さんの「Benoitへは美味しい桃を送りたい」との、強い想いがあり、収穫が遅れております。到着しだい、facebookinstagramでご案内させていただきます。

 「亀山さんとは誰ですか?」と、お思いではないでしょうか。岐阜県高山市に居を構える亀山果樹園さんの園主です。どのような果樹園なのか、ご紹介させていただこうとブログを執筆中です。今少しのお時間をいただきますこと、なにとぞよろしくお願いいたします。

 

≪すももとももはべつのもも!≫

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 香川県さぬき市には「ひうらの里」という地があります。彼の地は、江戸時代から続くモモ栽培地だといいます。生産量を県別でみると、スモモは群を抜いて山梨県です。しかし、代々続く栽培の歴史は、ひうらの里で美味しいモモとスモモが実ることを教えてくれます。

 このひうらの里で、代々モモとスモモ栽培を手掛けるのが、飯田桃園さんです。完熟まで収穫を待ち、Benoitへ送り出す彼らのスモモは、芳醇な香り、弾力のある食感に溢れ出てくる果汁、スモモらしい心地良い酸味。品種が変わるたびごとに、その美味しさに魅せられます。

 画像のスモモが白く粉拭いて見えるのですが、これは残った農薬などではありません。キュウリやブドウなどにも見ることができる、「ブルーム」と呼ばれるものです。健全な植物自体がもっている、抗菌能力のひとつです。手間暇を惜しまず、健全に育てているかの証でもあります。

 スモモの特徴でもある酸味を利用し、バニラの風味豊かな熱々のデザート「クラフティ」というスタイルに仕上げていきます。クラフティは、甘酸っぱいグリオットチェリーやルバーブで仕上げることの多いフランス伝統のデザート。これを、同じく酸味が特徴のスモモで、ましてや飯田桃園さんの逸品であれば、美味しくないわけがありません。

 Cookpotと名付けられた耐熱の器の中に、アーモンドパウダーをたっぷりと。そこに、外皮を残してくし切りにしたスモモをごろごろと加えてゆきます。そこへアパレイユと呼ばれる、焼きプリンのような生地をそそぎ入れ、熱々に焼いてゆきます。

 焼き上げることで、スモモの酸味がまろやかになり甘さが引き立てられます。卵とクリームの焼き上がった時の優しい香りの中に、バニラとアーモンドの甘い香り、さらにスモモの甘酸っぱい香りが。ふるっとした食感の生地の中に、甘酸っぱいスモモが…

 レ・リボーと呼ばれる、低脂肪発酵ミルクで仕上げたヨーグルトのようなアイスクリームとともにお楽しみいただきたいです。きっと皆様を「口福な食時」へと誘(いざな)うことでしょう。

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Clafoutis aux PRUNES

香川県“ひうらの里のすもも”のクラフティ

(追加料金 ディナー+500円)

 

≪レモンのタルト…レモン…≫

 これほどまで国産食材を愛し、旬を追い求めている自分が、Benoitパティシエチームに膝を屈しました。

 自分が皆様にメニューをご紹介する際に、旬の食材のものではない、ましてシェフの、シェフパティシエのこだわりを感じ得なかった場合は、お勧めしていないことをご存知かと思います。今、日本は猛暑の時期にあり、柑橘類は皆無です。そこに、レモンのタルト、なんと!レモンが登場したのです。正直に言ってしまうと、まったく興味がありませんでした。なぜこの時期に…ところが、美味しい…

 レモンクリームをタルトに載せただけではなかったのです。見ただけでは分からない、タルトとレモンクリームの間に、チョコレートが隠れていたのです。Benoitが使用するチョコレートといえば、アラン・デュカスのチョコレート工房の逸品です。74%カカオのコクと心地よい甘さとほろ苦さ、さらにグリュエ・ドゥ・カカオのガリッとした食感と香ばしい風味が加わっていたのです。

 Benoitパティシエチームに、美味しさの感想と時同じく、謝罪の意を伝えたことを、ここにご報告させていただきます。

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Tarte au CITRON

レモンのタルト

(追加料金 ディナー+500円)

 

≪営業終了時間変更のご報告です。≫

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 東京都の要請を受け、営業終了時間を22時とさせていただきます。皆様にはご不便をおかけいたしますが、ご理解のほどなにとぞよろしくお願いいたします。

 

≪ウイルス除去空気清浄機を導入いたしました。≫

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 目に見えないウイルスに対し、二酸化塩素の効果を利用した、「除菌」「ウイルス除去」を目的とした空気清浄機「nanoseedα」を導入いたしました。これほどの大きさしかないにもかかわらず、100畳の広さに効果を発揮するといいます。Benoitでの「口福な食時」のひとときに、皆様が少しでも「安心・安全」を感じていただければ幸いです。

 医療従事者の皆様は身の危険を顧みず最前線で奮闘してくださっております。新薬開発に向け、寝る間も惜しんで研究を重ねている方々がいらっしゃいます。物流を途絶えないように、そして生活必需品を滞りなく取り揃え我々に提供してくださる方々がいらっしゃいます。彼ら皆様を支えてくださっている保育園や学童、役場など、多くの方々がいらっしゃいます。

 今までの日々の生活が、知らない方々の尽力の上で成り立っていることに気付かされます。この場をお借りし、深く深く御礼申し上げます。Benoitスタッフ一同、これまでの皆様の努力を胸に刻み、細心の注意をもって、日々最善を尽くすことをお約束いたします。

 

 最後まで読んでいいただき、誠にありがとうございます。皆様にお召し上がりいただきたい料理の一部をご紹介させていただきました。まだまだ言葉足らずなところがございます。何かご要望・質問などございましたら、何気兼ねなく自分へのメールをご利用ください。もちろん電話でも快く承ります。

 

 今年の干支である「庚(かのえ)」という漢字を使った「庚伏(こうふく)」という言葉があります。夏の一番暑い時期という意味なのですが…考えすぎでしょうか、今夏は十分な暑さ対策が必要なのかもしれません。

 外すことのできないマスクは、体の暑さを逃す妨げになるばかりか、水を飲む行為すら億劫(おっくう)にいたします。今夏は、意識的にというよりも計画的に、こまめな水分補給と少しばかりの塩分補給をお心がけください。

  「一陽来復」、必ず明るい未来が我々を待っております。そう遠くない日に、マスク無しで笑いながらお会いできる日が訪れることを願っております。皆様のご健康とご多幸を、一刻も早い「新型コロナウイルス災禍」の収束ではなく終息を、青山の地より祈念いたします。

 

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬

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翠の叢に咲く「忘れ草」のご紹介です。

 陸路であり海路であり「道」の誕生は、人と物が行き交うことを容易にしました。積極的な交易は、人と物の移動にとどまらず、美味しい実りをもたらすものや、観賞用の草木にまで及びます。この人々の移動は、文化や芸術を伝播(でんぱ)させてゆくことにもなります。

 花言葉という文化は、ヨーロッパが発祥で、19世紀ほどに世界中へと広がり伝わったようです。花の好みこそあれ、どの国や地域に行っても、「花を愛(め)でる」という感覚があったはずで、この文化が書く国や地域に浸透することに、そう苦難はなかったはずです。いったい誰が決めたのか?それでも花言葉は、今なおその陰りを見せることはありまん。

 美しい草木そのものとともに、花言葉が伝来したのか。はたまた、美しい花言葉だからこそ、草木が伝来したのか。何はともあれ、花言葉の文化が浸透することで、ヨーロッパ以外の地域に自生している固有品種にも、花言葉をあてがわれることになりました。そして、地域ごとに根付いている文化とも融合し、同じ草木であっても、意味の異なる花言葉まで姿をあらわしたのです。

 多種多様の花言葉が生まれる中で、花の名前と花言葉が同じという美しい花があります。この花は、言語の違う他国に渡っても、同じ意味の名がつけられているのです。ヨーロッパを原産地とするその花は、中世ドイツの悲しい恋の物語に名前の由来があるといいます。

 騎士ルドルフが、ドナウ河の岸辺に咲くこの花を、恋人ベルタに贈ろうと岸に下りてゆく。花を手に入れるも我が身を河に落としてしまうのです。甲冑を着込んでいるがために、河の水に抗することができず、身を沈めてゆく中で…「Vergiss-mein-nicht !」と叫びながら、摘んだ花を岸へと投げたのだという。彼の最後の言葉を花の名前にしたのだと。このドイツ語の意味は「私を忘れないで!」です。

 英語では「forget-me-not」、フランス語では「ne-m’oubliez-pas」、中国語では「勿忘草」。明治の頃に日本に持ち込まれ、「忘れな草」と命名されました。「勿忘我(私を忘れないで)」という中国語を鑑みると、「忘れないでの草」であり、これを「忘れな草」とするあたりに、類稀なるセンスを感じます。花咲き誇る頃が季語であるならば、この花は「春」です。

 

 時期外れの画像もない花を、なぜご紹介しているのか?実は前述した内容は、前置きでしかありません。「忘れな草」が、「≪私を≫忘れないで」という意味であるならば、日本には古来より「≪私は≫忘れることができません」という、強い思いのこもった花があります。

「忘れ草」

 なんと意味深な名前ではないでしょうか。決して、ドラエモンの未来の道具ではありません。この花を目にすると「憂(うれ)い」を忘れることができる。そのような古人の想いが込められているのです。

 

忘れ草 我が紐に付く 時となく 思ひわたれば 生けりともなし (万葉集 詠者不詳)

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 愛しい相手を忘れようと、着物の下紐に「忘れ草」をつけてはみたものの、この想い消えることなくお慕い続けてしまう日々。あ~生きた心地がいたしません。この自分勝手な解釈があっているかどうかは疑問ですが、この恋心いだく女性の気持ち、いたいほど感じとれませんか。

 防人(さきもり)へと出向く人へ送った歌なのか?いや、文字を書き記せる貴族同志で、地方へ赴任する人へ送ったものなのか?現代のような交通網が整備されているわけではないため、任期中は一時帰郷ができるわけでもなく、今生の別れとなりかねない時代のこと。男女の愛しさは、今も昔も変わらないはずです。しかし、今生の別れともなりかねない彼の時代の想いは、今と比べようのない「重さ」がある。

 梅雨に濡れ、青々しく輝かんばかりに生い茂る翠(みどり)の叢(むら)の中に、鮮やかなオレンジと黄色を基調とした、百合を思わせるかのように咲き誇る大輪の花。これが「忘れ草」です。まさに今この時期に花開いているのですが、身近で見かけたことはないでしょうか。ワスレナグサ属の花で、今は「ノカンゾウ」と呼ばれています。

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 よく漢方薬の中に「甘草(かんぞう)」というものが入っています。これはヨーロッパではレグリースという名称で、お菓子に加えたりする独特な風味の香辛料として親しまれているもの。しかし、この「カンゾウ」とは、まったくの別物。今回の花は、「萱草(かんぞう)」と漢字で書き表し、甘草はマメ科であるのに対し、萱草はユリ科の植物です。

 狭義でのワスレグサは「ヤブカンゾウ」ですが、「ノカンゾウ」はその仲間なり。下の画像が「ヤブカンゾウ」ですが、花の美しい姿を見ると、どうしても「ノカンゾウ」を「忘れ草」と思いたい自分がいます。参考までに、この花の色に見立てたものが、「萱草色(かんぞういろ)」という伝統色です。

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 昔々は、「田植え」は手作業であり、並々ならぬ労力を必要としていました。ホトトギスが田植えの催促を告げる「時鳥」であるように、梅雨明けるまでにこの難儀な作業を終えねばなりませんでした。ノカンゾウが咲くのは、この多忙極める時期です。色恋沙汰にうつつを抜かすわけにもいかず、叶わぬことを知りつつも慕い続けてしまう。

 生い茂る翠(みどり)の叢(むら)の中に、艶やかな萱草色の花が咲き誇る。この美しさに心惹かれることで、憂いや悲しみを忘れることができるのか。あまりの鮮やかであり凛とした姿に、忘れるどころか思い出してしまうのではないかと思う。簡単に忘れることができるのであれば、何もする必要がありません。何か他に行動に移さなければ、忘れることができないほどの恋心を、この萱草の花に託したのでしょう。そして、その想いは萱草色に引き継がれてゆきます。

 この歌は、宮中の陰謀渦巻く世界の上級貴族ではなく、地元に密着した下級貴族たちの「恋文」だったのではないでしょうか。「詠者不詳」だということもその証では。これを相手に送ったとなると、古人のほうが現代人よりも、物怖じせずに、はっきりと気持ちを伝えることに長けていたような気がいたします、それも31文字で。

さて、この詠者。男性なのか、女性なのか、皆様はどう思われますか?

 

 萱草の花は、一日で花を落としてしまいます。それでも、ナンテンの話でも書きましたが、この梅雨時期だからこそ、一斉に咲き誇らずに、順を追って花開いてゆくのは、萱草が自然界の摂理の中を生き抜くための知恵なのだと考えています。もちろん、植物学者ではないので真相は別にあるのかもしれません。散りゆく萱草を愛おしみ、なんだかんだと思いを馳せる中で、7月も過ぎ去ろうとしています。

 そこで、今回皆様にご提案させていただくのが、≪七月尽ディナー特別プラン≫です。Benoitのメニューも、8月に大きく変わります。そこで、7月尽きる前に皆様にお楽しみいただきたく、ディナーを特別価格でご案内させていただきます。詳細は別ブログに書き記しております。以下よりご訪問いただける幸いです。

kitahira.hatenablog.com

 

 そう遠くない日に、「マスク無し」で笑いながらお会いできることを楽しみにしております。皆様のご健康とご多幸を、一刻も早い「新型コロナウイルス災禍」の収束ではなく終息を、熊本豪雨によって甚大なる被害を被った地のいち早い復興を、青山の地より切にお祈り申し上げます。

 

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬

www.benoit-tokyo.com

≪七月尽ディナー特別プラン≫と≪四連休は泡のワイン!≫のご案内です。

 昨今の新型コロナウイルス災禍は、いまだ収束の兆しは見えず、我々は移動の制限を余儀なくされました。何をどうしたら良いのか全く分からない混沌とした世界の中で、このやり場のない鬱憤(うっぷん)をどうしたものか。疲労やストレスの蓄積は、免疫力を下げてゆくといいます。

 そこで、23日から迎える四連休を含め、Benoitの「口福な夕食時」のひとときをお楽しみいただきたいと思います。日頃より並々ならぬご愛顧を賜っている上に、自分よりご案内している長文レポートに目を通していただけている皆様の労に報いるため、前回ご案内しました≪惜夏特別プラン≫を超える、≪七月尽ディナープラン≫を画策いたしました。

 期間は、723日より、2020731日まで、土日祝日含むディナー限定です。ご予約は、自分へのメールをご利用ください。急ぎの場合には、以下のBenoitメールアドレスより、もちろん電話でもご予約は快く承ります。

benoit-tokyo@benoit.co.jp 

ディナー

前菜x2+メインディッシュ+デザート

7,100円→5,300円(税サ別)

ディナー

前菜+メインディッシュx2+デザート

9,100円→6,370円(税サ別)

 プリ・フィックスメニューの料理内容は、当日にメニューをご覧いただきながらお選びいただきます。ご希望人数が8名様以上の場合は、ご相談させてください。

 

 さらに23日(木)から26日(日)まで、≪四連休は泡のワイン!≫と銘打って、こだわりのスパークリングワインを特別価格でご提案させていただきます。この期間中は、ランチとディナーともに、このワインを特別価格でお楽しみいただけます。2020年3月から1年間、Benoitのハウス・スパークリングに採用された、「日本で飲めるのはBenoitだけ」という逸品です。

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クレマン・ド・ブルゴーニュ キュヴ・アニエス  ヴィトー・アルベルティ

7,200円→4,000円(税サ別)

※本数に限りがございます。ご希望の際には、ご予約時にお伝えいただけると幸いです。

 このキュヴェ・アニエスは、スパークリングワインの専門家、ヴィトー・アルベルティが手掛ける最高傑作です。コート・ド・ボーヌとシャロネーズの両地区の葡萄シャルドネ種のみで醸され、瓶内熟成もシャンパーニュに匹敵する3年間。華やかな香りと凛とした酸味のバランスが秀逸、いついかなる時に飲んでも、納得していただける美味しさです。

 Benoitシェフ・ソムリエ永田が直接交渉をすることで、輸入が実現した、思い入れのあるワインです。どれほどの逸品か、気になりませんか?

 

 今回皆様にご提案させていただく≪七月尽ディナープラン≫。8月にはメニューが大幅に変更してしまうため、食べ納めとなる料理が多々ございます。そこで、少しばかり皆様にご紹介させていただきます。当夜には、どれほど美味しく、それほどこだわりがあるのかは、自分が大いに語りに伺わせていただきます。

 

プロヴァンス地方の夏を代表する料理「ラタトゥイユ」が前菜です。≫

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 夏野菜を代表するナス、ズッキーニ、パプリカをトマトで煮込んでいったプロヴァンス伝統料理です。家でも作りやすい料理だからこそ、Benoitらしい「こだわり」を随所に加えてゆきます。

 ナス、ズッキーニ、パプリカとタマネギは、それぞれを絶妙な食感を残すように焼いてゆき、香ばしさと内包する野菜本来の旨味を引き出します。それらの夏野菜と、完熟まで収穫を待った真っ赤なパンパンのトマトが、大鍋で一堂に会する。くたくたと煮込むことは、それぞれの野菜の甘さ凝縮させることになり、甘みが増します。さらに、冷ますことで、味わいが落ち着き、野菜のコクが際立ちます。松の実を加えることで、カリっと心地良い食感と、夏なのでナッツの香ばしさを。ともに盛り付ける半熟卵の、とろりとくる黄身との相性も抜群です。

 良く知っている料理だからこそ、Benoitのラタトゥイユの美味しさを感じ入っていただけるのではないでしょうか。この美味しさに酔いしれた時、宵(よい)のBenoit窓越しから、月夜に照らされた地中海を望むことができるやもしれません。

 パリの赤ペン先生がフランス語表記を修正してきました。「légumes d’été (夏野菜)」から「légumes du soleil (太陽の野菜)」へと。なかなか粋な表現だと思いませんか?

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Ratatouille de légumes du soleil, œuf mollet

夏野菜の冷たいラタトゥイユと半熟卵

 

≪地中海へのオマージュ、「魚のスープ」7月バージョンです。≫

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 7月になると問い合わせが入るBenoit東京の「魚のスープ」。マルセイユの代表料理ですが、Benoitではドロドロしいというよりも滑らかに仕上げています。「魚介」ではなく「魚」のスープは、ワインを使用せず、魚本来の美味しさを引き出す。。エビ・カニ・貝類を一切加えないため、食せば食すほどに魚の旨味を堪能できます。マダイにクロダイ、そしてイトヨリダイ。カサゴにホウボウと贅沢に使用したスープが、美味しくないわけがありません。

 目の前で注がれる、濃厚な茶色を帯びたオレンジの液体は、透明感はないが輝いている。はなたれる香りが、皆様をマルセイユに導くかのよう。Benoitの窓からは、地中海が望めるかもしれません…7月バージョンとは、8月バージョンがあるということ。変わる前に、7月の美味しさをぜひお楽しみください。

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Soupe de POISSON de roche, rouille et croûtons aillés

魚のスープ ルイユとクルトン

 

ビストロには欠かせない前菜、「テリーヌ・ドゥ・カンパーニュ」を忘れてはいけません。

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 豚の肩肉をメインに、豚の背油と鶏のレバーで仕込むテリーヌです。粗挽きによる肉肉しい食感に仕上げるのは、シェフ野口のこだわりから。丁寧に下ごしらえをされたそれぞれの肉は、網脂で包まれながらテリーヌの型の中へ。ゆっくり、ゆっくりと、温度に細心の注意を払いながら熱を加えてゆき、数日冷蔵庫で休ませます。ばらばらだった味わいが馴染み塩っ気が落ち着くのに必要なのが、この休ませる期間です。

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TERRINE DE CAMPAGNE, lentilles vertes au vieux vinaigre

テリーヌ・ド・カンパーニュとレンズ豆のサラダ

 

ランチには、鶏の白レバーをたらふく使ったテリーヌをご用意しております。このレバーのまったりとした味わいを、ディナーでご希望の際には、ご予約の際にお伝えください。

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TERRINE DE FOIE DE VOLAILLE, pain toasté

鶏レバーのテリーヌ

 

≪何も足さず、何も引かず…Benoit自慢のフォアグラのコンフィ7月末まです!≫

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 鴨のフォアグラ、塩、鴨の脂、この3つの素材を使い、3週間という時の長さを必要とする、アラン・デュカスのスペシャリテでもある至高の逸品です。口の中の温かさでとろけるようなフォアグラの仕上がりと、素材の持つ旨味を十二分に引き出した美味しさは、他のフォアグラのコンフィは味気なく感じてしまうことでしょう。この詳細は、後日にお話させていただきます。

 なぜ、アラン・デュカスが巨匠と称されているのか、垣間見ることができるはずです。

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FOIE GRAS de canard confit, pain de campagne toasté

フォアグラのコンフィ パン・ド・カンパーニュのトースト

(追加料金 ディナー+1,000円)

※7月末まで、ランチ・ディナーのプリ・フィックスメニュー前菜として、お選びいただけます。

 

≪魚料理のイサキが夏の到来を教えてくれます。≫

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 夏の訪れを教えにBenoitにやってきた「イサキ」。このパンパンの体系が、旬の美味しさであることを教えてくれているようです。魚の鮮度は目の澄み具合で推し量るといいますが、イサキ鮮度に関係なく目が白濁するといいます。

 Benoitだけに、お刺身で楽しむわけにはゆきません。丁寧に下ごしらえされた、見るも美しい切り身に、最後の一手間をかけることになります。「焼き」という、簡単そうで奥の深い最後の工程です。食材が持ちうる美味しさが、下ごしらえが、全て水泡に帰するかもしれません。「生」ではないが焼き過ぎない。言うは易く行うは難しとは、このことでしょう。職人としての経験に裏打ちされた「焼の技」が、イサキのさらなる美味しさ引き出すのです。

 ディナーでは、アーティチョークをお供に添えます。山菜を食せずして春を終えることのできないのが日本人であれば、アーティチョーク食せずして夏を終えることができないのがヨーロッパの人々。旬の食材をお楽しみください。

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ISAKI au plat, artichauts en barigoule

イサキのソテー アーティチョークと野菜のバリグール風

 

 夏の魚だけに青々とした夏を代表する野菜を添えたいものです。中でも、イサキの下に広げた、ズッキーニを荒く叩くように仕上げたものは、ズッキーニの甘さと心地よい酸味で仕上げたもの。インゲン豆、スナップエンドウ空心菜がイサキの美味しさを引き立てます。

 このランチバージョンをご希望の際は、ご予約の際にお伝えください。

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ISAKI au plat, légumes verts, sucs de cuisson

イサキのソテー 緑野菜

 

≪「Aile de Raie」とは「エイの翼」のこと。Benoitへ飛んできた?≫

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 フランス語で「aile(エル)」とは、翼や羽根のことを意味し、決して「ail(アイユ)」のニンニクではありません。「Aile de Raie」とは「エイの翼」という意味になります。エイの仲間は、海底に佇(たたず)んでいるか、エサを求めて砂地を徘徊していることが多いものです。しかし、たまには羽を伸ばしたくなる時もあるのでしょう、大海原を悠々泳ぐこともあるのです。その姿は、まるで海の中を両翼を広げるように飛んでいるかのよう。なんという的を射たような表現なのか。

 我々には「エイヒレ」という名前の方が分かりやすいかと思います。北海道や青森県のあたりでは、「かすべ」という名で親しまれています。「アカエイ」という種だけに、我々が想像する薄平べったい姿をしているため、焼くというよりも、煮付けにすることが多いようです。乾燥させて焙って食べたりする「エイヒレ」は、酒の肴(さかな)として馴染み深い逸品ではないでしょうか。

 今回は、フランスの北西に位置しているブルターニュ地方から「ガンギエイ」ばがBenoitに届いています。このエイは、アカエイと違い、両翼が短いために肉厚なのが特徴です日本にもいるのですが、海流激しいドーバー海峡で、もまれにもまれたいるからこそ肉厚な逸品です。

 「エイヒレ」は、白身ではあるのですが、弾力のある肉質に加え、少しぷるっとしているのが特徴でしょう。エイに関していえば、長く広いエンガワのようなものであり、ヒレを支える軟骨もコリコリと口中を楽しませてくれます。

 エイヒレを、たっぷりのバターを使って香ばしく焼き上げます。そこへ、レモン、ケッパーとクルトンを加え、心地良い酸味と旨味の加わったバターを、エイへかけ戻しながら仕上げをしてゆきます。ふつふつと泡立つバターと、そこにほのかに香る心地良い酸味は、そばにいるだけで食欲を搔き立てます。エイの姿からは想像もできないほど美味であり、フランスではビストロ料理の定番。そして、この調理方法以外を、自分は知りません。

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Aile de RAIE à la grenobloise, épinards juste tombés

フランス産エイヒレのムニエル グルノーブル風 ほうれん草

(追加料金 ディナー+800円)

 

≪フランス料理といえば、「鴨胸肉」を忘れてはいけません。≫

 フランスから届いた鴨胸肉は、皮目に隠し包丁を入れるようにし、余計な脂を落とすようにゆっくりと焼き上げます。そして、温かい小部屋で休ませることで、この焼色を実現させるのです。鴨らしい食感と味わい、日本では鴨が葱を背負って来るのですが、Benoitはオレンジがおともをします。ソースに混ぜるのではなく、添えるように。オレンジの果肉ばかりでなく、表皮も使うことで、柑橘特有のほろ苦さを生かすように仕上げたマルムラードとの相性は抜群です。

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CANARD à l'orange, fenouil fondant

フランス産鴨胸肉のロースト ウイキョウとオレンジ

 

≪丁寧に焼き上げた仔牛をご堪能ください。≫

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 たっぷりのバターが、熱せられたココットの中で溶けてゆく。そして、ふつふつと泡立ち、甘い香りを放つようになる時、バター液面の淵が焼き色を帯びてくる。仔牛の肉は、焼くことで美味しさを引き出すも、どうして逃げてしまうものもあります。その美味しさを含んだバターを、何度も何度も繰り返しかけ戻すようにする。

 Beigeのシェフ小島が、まだBenoitのシェフに就いていた頃、「美味しさを戻してあげる」のだと語っていたのを思い出す。仕上げのタイミングを計りながら、ゆっくりと焼いてゆく。単調な作業ながら、これがいかに重要な工程であるかは、担当スタッフの眼差しの厳しさに表れています。

 この断面の美しい色が美味しさを物語っているでしょう。豚肉もそうでしたが、仔牛のような白っぽいの肉料理には、オリーブの旨味と塩加減がよく合うものです。細かくカットした黒と緑のオリーブが美味しさを引き立てます。

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Longe de VEAU cuisinée en cocotte, pommes de terre nouvelles et cébettes

仔牛ロース肉のオーブン焼き 新ジャガイモとワケギ

 

香川県ひうらの里から、旬の「すもも」が届いています。≫

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 スモモの特徴でもある酸味を利用し、バニラの風味豊かな熱々のデザート「クラフティ」というスタイルに仕上げていきます。クラフティは、甘酸っぱいグリオットチェリーやルバーブで仕上げることの多いフランス伝統のデザートです。これを、同じく酸味が特徴のスモモで、ましてや飯田桃園さんの逸品であれば、美味しくないわけがありません。

 熱々に焼き上げることで、スモモの酸味がまろやかになり甘さが引き立てられます。この甘酸っぱさが、バニラと卵の甘さとの抜群の相性で我々を魅了し、さらに牛乳アイスクリームと合わせようものならば、我々を「口福な食時」へと誘(いざな)うでしょう。

 飯田桃園さんは、完熟まで収穫を待ち、Benoitへ送り出してくれます。翌日に届く箱を開いた時の香は、丹精込めて完熟までまってるからこそのもの。今は「ソルダム」です。

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Clafoutis aux PRUNES

香川県“ひうらの里のすもも”のクラフティ

(追加料金 ディナー+500円)

 

 最後まで読んでいいただき、誠にありがとうございます。皆様にお召し上がりいただきたい料理を羅列させていただきました。まだまだ言葉足らずなところがございます。何かご要望・質問などございましたら、何気兼ねなく自分へのメールをご利用ください。もちろん電話でも快く承ります。

 

 目に見えないウイルスに対し、医療従事者の皆様は身の危険を顧みず最前線で奮闘してくださっております。新薬開発に向け、寝る間も惜しんで研究を重ねている方々がいらっしゃいます。物流を途絶えないように、そして生活必需品を滞りなく取り揃え我々に提供してくださる方々がいらっしゃいます。彼ら皆様を支えてくださっている保育園や学童、役場など、多くの方々がいらっしゃいます。

 今までの日々の生活が、知らない方々の尽力の上で成り立っていることに気付かされます。この場をお借りし、深く深く御礼申し上げます。Benoitスタッフ一同、これまでの皆様の努力を胸に刻み、細心の注意をもって、日々最善を尽くすことをお約束いたします。

 

 「一陽来復」、必ず明るい未来が我々を待っております。そう遠くない日に、笑いながらお会いできることを楽しみにしております。皆様のご健康とご多幸を、一刻も早い「新型コロナウイルス災禍」の収束ではなく終息を、青山の地より切にお祈り申し上げます。

 

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬

www.benoit-tokyo.com