kitahira blog

徒然なるままに、Benoitへの思いのたけを書き記そうかと思います。

Benoit「一夜限りの≪春食材の饗宴≫」メニュー確定のご案内です。

 先日、東京で「桜の開花宣言」が発表されました。桜前線に一喜一憂したときも束の間、今ではいつに「花見」を行うか思い悩む日々なのではないでしょうか。「春に三日の晴れなし」とはよく言ったもので、この時期の天気は、「花冷え」「花散らしの雨」「桜雨」「花嵐」など、サクラの花にちなんだ言葉が多々あり、天気予報でもよく耳にします。これほどまで馴染み深く、想いを馳せる花だからこそ、これほどの名句が詠まれたのでしょう。

世の中に 絶えて桜のなかりせば 春の心は のどけからまし 在原業平

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 世の中に、春を彩る食材がなくなれば、ゆったりと春を過ごすことができるかもしれません。いや、そのようなことはできません。四季折々の旬の食材は、今我々が必要としている栄養が豊富に含まれており、その時々を無事息災に乗り切ることを手助けしてくれています。自然から与えられたこの特権を放棄してはいけません。生きとし生けるものの体は、食べたものでできているのです。

 そこで、Benoitシェフのセバスチャンが、アラン・デュカスの料理哲学「素材を厳選し、その素材の持ちうる香りと味わいを十二分に引き出し、表現すること」を踏襲しながら、春の雨によって目覚めた食材を使い。一夜限りの「春食材の饗宴」を、Benoitで開催することにいたしました。開催といっても、ミュージックディナーのように、何かイベントがあるわけでありません。通常通りのディナー営業です。しかし、この一夜だけは、シェフのセバスチャンが、「今、これを食せずして春は始まらない」という旬の食材をつかって組み立てたコース料理のみご用意いたします。Benoitディナーの営業時間内のご都合の良い時をご指定いただき、ご予約いただけると幸いです。

 

Benoit特選メニュー「一夜限りの≪春食材の饗宴≫」

日時:201941()17:30より(21:00LO)Benoitの営業時間内にお越しください。

コース料金:お一人様9,800(税サ別)

※ご予約をご希望の際は、このメールへの返信か、Benoitへご連絡をいただけると幸いです。何か質問などございましたら、何気兼ねなくお問い合わせください。

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 いったいどのような饗宴となるのか。春を代表する旬の食材は、日持ちのするものが少なく、食材を厳選し、手に入るかどうかの確認をとるのもなかなか難儀な作業でした。よほど天候不順などの問題がなければですが、食材が決まり、シェフのイメージするコース料理の流れが確定いたしました。皆様に以前にご案内した内容から、少し変更が入っています。以下に今回の「春食材の饗宴」メニューを、簡単に紹介させていただきます。

 

Menu de saison du CHEF “C’est le PRINTEMPS !! ”

≪一口の前菜≫

グリーンピースのスープ

≪前菜≫

モリーユのフリカッセ グリーンアスパラガス「さぬきのめざめ」 ヴァン・ジョーンヌ風味

≪魚料理≫

千葉県勝山港より桜鯛ポワレ フランスのロワール産ホワイトアスパラガス

≪肉料理≫

仔羊背肉のロースト グリーンアスパラガス「さぬきのめざめ」、そら豆オニオン・ヌーボーの旬野菜

≪デザート≫

愛媛県宇和島より「樹成完熟デコポン」と熊本県天草より「不知火」と「パール柑」のヴァシュラン

 

 今回のメニューを鑑み、シェフソムリエの永田から、「料理とワインのマリアージュ」の提案です。シャンパン、白2種類と赤ワインの計4杯のセットを、お一人様5,000(税サ別)にてご用意しております。

Champagne (当夜のお楽しみ)

2008 Pinot Gris cuvée des Comtes d’Eguisheim  Léon Beyer

2012 Châteauneuf-du-Pape cuvée special Clairettes vieille vigne Magnum  Dom.Saint Préfert

2005 Château Calon-Ségur Magnum

 この豪華なラインナップです。マグナムボトル(1.5L)のご用意のため、数に限りがございます。ご希望の場合はご予約の際にお伝えいただくと幸いです。当夜にご希望の旨をお伝えいただけることも可能ですが、一部ワインがl変更になる可能性がございます。この点は当夜にご相談させてください。

 

 今回は道のりの長いコースを組み立てたため、前菜の前の「小さな一品」としてご用意するのは、グリーンピースのスープです。素材そのものの美味しさをお楽しみいただきたく、余計なことはせずに翡翠色美しいとろりとなめらかなスープへと仕上げました。ボイルした粒粒そのものも少しばかり添えさせていただきます。

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 前菜は、今回のメインディッシュともなりうる、フランスの春を代表する、自分も心待ちにしていた逸品、「モリーユ茸とグリーンアスパラガス」です。フランスと日本との育ちの違いこそあれ、ともに太陽の恵みを十二分に受けた春の食材。2019年のBenoitの春は「讃岐から目覚める」、香川県の生み出した至高のグリーンアスパラガス「さぬきのめざめ」です。瀬戸内海を想わせる塩分の湯の中で、職人ならではのしゃくっという心地よい食感を残すように湯でた「さぬきのめざめ」。日本の多くの地域が海外品種を栽培している中で、これは香川県独自品種です。このアスパラガスだけでも十分に美味であることは、この食材が「さぬき(讃岐)」を冠することが物語っているのではないでしょうか。

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 さらに、モリーユ茸はもちろんフレッシュが届きます。生の時にはパッとしない香りが、熱を加えることで豹変するのです。芳しい香りを放つこの茸に、相性の良いクリームを加え、旨味を十二分に引き出した中に、フランスのSavoie(サヴォア)県の特産でもあるVin Jaune(ヴァン・ジョーンヌ)と呼ばれる黄色いワインを香りづけに使用します。なかなか独特な風味のワインですが、モリーユ茸とクリーム、さらにグリーンアスパラガスとを全て調和させる力を持っている山のワインです。よく考えると、全てが「山の幸」ではないですか。春が萌えてくる山を想い描きながら、この美味しさのマリアージュをご堪能いただきたいと思います。

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 魚料理もまた、日仏の春を代表する食材のマリアージュです。日本からは、千葉県の勝山漁港より直送される「桜鯛」です。魚の品種である「サクラダイ」とは全く別物。「腐っても鯛」といわれるほど美味しい魚のため、日本では真鯛は魚の王者として君臨し、季節のよって愛称がつけられ、産卵後から夏にかけての期間は、特になし。秋は「紅葉鯛(もみじだい)」、冬は「寒鯛(かんだい)」、そして春が「桜鯛(さくらだい)」です。海深く、美味しい海老をたらふく食べている真鯛が、産卵に向けて浅瀬に姿を現す時期が「春」なのです。エビをむしゃむしゃいただいているということで、身の色がピンク色になるのだといい、まさに春色。日本人の心に花咲く「桜」にぴったりという、古人の名付けのセンスに感服です。縦横無尽に大海原を泳いでいるため、身が締まり格別な旨味をもち、運動不足と飽食の養殖とは違い適度な脂によって美味しさを増しています。この身を、表面に焼き色を付けるようにし、オーブンを使ってふんわりと焼き上げます。

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 そして、フランスからは春食材の代名詞的な逸品、ロワール地方より「ホワイトアスパラガス」が届きます。フランスの大地が育んだ独特の春の苦みと優しく甘い味わい。これこそ、日本でなかなか内包できないフランスのホワイトアスパラガスの美味しさです。この特徴を生かすように、シンプルに茹であげたものを真鯛の下に。アクセントを加えるように、バターのコクをベースに、レモンの心地良い酸味とケッパーの美味しさを加え、イタリアパセリをアクセントに。真鯛白身とホワイトアスパラガスの出会いを演出するこのソースもまた美味なり。Benoitで一堂に会した時、お皿の上でどのようなハーモニーを奏でるのでしょうか。

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 メインディッシュは春の肉料理として「仔羊」の登場です。ニュージーランドから届く仔羊の背肉を、余計な脂身は取り除き、赤身の背肉を筒状に整形し、ブロックのまま中がピンク色になるようにゆっくりゆっくりと熱を加えていきます。ラムチョップの肉と脂身とのコンビネーションも良いですが、やはり肉本来の美味しさは赤身です。時間をかけて焼くことは、美味しさの要素でもある肉汁を逃がさず、心地良い食感に、噛むほどにジュワと仔羊の旨味があふれ出すことを約束いたします。仔羊の背肉のローストをご堪能いただきたい。

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 ここへ、日本の春を代表する食材を揃えます。香川県の「さぬきのめざめ」はもちろん、そら豆とオニオン・ヌーボーも加えさせていただきます。そら豆の美味しさは言うに及ばずでしょう。オニオン・ヌーボーとは、なにやら聞き覚えなおない食材ですが、実は銘産地の静岡県浜松では「葉付き玉葱(たまねぎ)」という昔から存在していたようなのです。春に旬を迎える、ネギの風味優しく熱を加えると甘みを増す美味しい野菜です。決して間引いた玉ねぎではありません。江戸時代に年貢として納めていたという由緒正しい伝統野菜です。「葉付き玉葱」では残念至極ですが、「オニオン・ヌーボー」という名もどうかと。なぜ、地名を名前に冠しなかったのでしょうか?そう思いながら、春に出会う美味しい逸品です。仔羊の肉本来の旨味は格別です。そこへ、日本を代表するこれらの春野菜がそろい踏みするのです。

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 仔羊が苦手な方は、他の肉への変更が可能です。ご予約の際にお声をおかけいただけると幸いです。

 

 デザートは、これを以外に春を語るものは無いのではないでしょうか。今まさに旬を迎えている、熊本県を代表する柑橘「不知火」と「パール柑」を惜しげもなく使用し、冬眠気味の我々の体を目覚めさせてくれる今の時期ならではの至高の逸品。不知火とデコポンはパール柑、それぞれ色味の違う果肉と果皮は、見た目にも美しいばかりではなく、味わいや香りの違いを生み出します。果実はそのままに、果皮は甘さ控えめのシロップで煮るようにコンフィへ、さらに果肉と果実をつかって甘ほろ苦いマルムラードへ。さらに、果汁を絞り、そこへ果肉と果皮を加えて仕上げた、輝かんばかりに美しいオレンジ色を放つシャーベットは、今回の特選食材2種類の柑橘の魅力を凝縮したかのよう。さらに愛媛県から「樹成(きなり)完熟デコポン」が加わることになりました。

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 余計な甘さは一切なし。旬の柑橘のもつ「甘さ」「酸味」「苦さ」が、見事なまでのハーモニーを奏でることで、ひとつの作品へと仕上がります。熊本県天草と愛媛県宇和島がはなつ「春の魅力」を我々に教えてくれることになるでしょう。

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 おそらく、今回のメニューだけに登場することになる、愛媛県宇和島の「デコポン」を少しばかり書いてみようと思います。

 不知火(しらぬい)という品種の中でも、甘味と酸味が基準値を超えたもののみに与えられる名称のため、この名を名乗ることができるだけでも、美味しさは保証されたようなもの。日本屈指のミカンの産地である愛媛県の中にありながら、海より隆起した地形ゆえにミネラル分を多く含み、急斜面だからこそ水はけの良さを誇ると同時に、恵まれた日照条件を満たす地。温暖だからという理由以外に、数々の条件を兼ねそろえた、愛媛県の西側に位置する宇和島市の吉田町の産物です。

 今回は愛媛県東部、瀬戸内海に面している西条市、JA周桑(しゅうそう)のもと、県下最大級の直売所として2006年にオープンした「周ちゃん広場」。他の直売所と異なることは、地元の食材のみならず、県内の素晴らし食材を探し集めていること。いうなれば、愛媛県の農について知らぬことはないプロ中のプロが選んだ逸品がそろう直売所なのです。前述した宇和島吉田町の多種にわたる柑橘を育む山ひとつ分の全量を買い取り販売しているといいます。この柑橘フルーツを指揮しているのが、皆より柑橘のプロと称された武田さんです。

 彼女の見立てにより、吉田町で完熟まで収穫せずに樹に実らせておく「樹成完熟デコポン」がBenoitに届いています。完熟に向かえば向かうほど、糖度が上がり酸味が減るため、劣化・腐敗というリスクが高まります。その危険を冒してまでも、美味しさを追求することを求めたのが「樹成完熟」なのです。天気との駆け引きの中で、どこまで耐えることができるのかを見極めることは、経験なくして成しえないもの。彼らがここまで求めるにはそれなりの理由が存在します。どれほどの美味しさなのか、この機会にぜひご賞味ください。

 

 春の雨によって目覚めた食材を使い、4月1日の一夜限りの「春食材の饗宴」をご用意いたします。それぞれが個性的であり、春の美味しさを内包した逸品食材が、どのように変貌するのかをご紹介させていただきました。全てが一堂に会するこの一夜は、皆様を「口福な食時」へと誘(いざな)うことでしょう。何かご要望・疑問な点などございましたら、何気兼ねなくご連絡ください。

次回は7月1日月曜日に、「夏食材の饗宴」を予定しております。

 

 今咲き誇る桜の花。この花には花言葉とは別に異名があります。「夢見草(ゆめみぐさ)」。出会いや別れの重なる春らしく、桜ととともに思い出と輝かしい夢を重ねながら、新たな門出を迎える時期だからなのでしょうか。はたまた、桜の豪華絢爛な満開の姿が、これから迎える人世の門出を盛大に祝福していると見たからなのでしょうか。学業の1年の区切りが、海外では9月であるのに対し、日本では4月です。かつては世界競争力を養う上でも、変更すべきと話題になりました。賛否両論でましたが、やはり4月から変更しなかったことは、この「桜」にちなんだ、日本人ならではの感性が大きな要因だったのではないでしょうか。もちろん、他に大事な理由はあると思いますが、毎年「桜」を見るたびに、しみじみと感じ入ってしまう自分がいます。年をとってしまったのでしょうか。

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いつもながらの長文を読んでいいただき、誠にありがとうございます。

末筆ではございますは、ご健康とご多幸を、そして新しい人生の門出を、イノシシ(風水では無病息災の象徴)が皆様をお守りくださるよう、青山の地よりお祈り申し上げます。

 

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬

www.benoit-tokyo.com

Benoit特選チーズ「バノン・ア・ラ・フォイユ」のご案内です。

 フランスの食文化を語るうえで欠かすことのできない食材、チーズ(フランス語ではフロマージュ)です。ミルクを濃縮したようなものなので、栄養価は抜群です。牛、羊に山羊とミルクの種類の変化に加え、フランスの気候風土が育んだ風味は千差万別。同郷のワインとのマリアージュを通し、まるで旅をするかのような醍醐味もまた一興なり。そこで、Benoitでチーズを担当する保坂と自分が、皆様に「美味しく」、「面白く」、「ベストプライス」で提案させていただこうと考えております。

 

 今回ご紹介する逸品は、「Banon à la feuille (バノン・ア・ラ・フォイユ)」です。

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 手のひらサイズで栗の葉で包まれた可愛らしい姿が特徴でしょう。スイスに源流を持ち、風光明媚なレマン湖を経由し、地中海に流れ込む、全長812kmにおよぶフランスを代表する大河「ローヌ河」。この流域には、上流にリヨン、下流域にはアヴィニョンなど、そうそうたる町々が名を連ねます。そのアヴィニョンを下ったあたりに、東から流れ込む支流「デュランス川」が。この川を上るように進んでいくと、プロヴァンス地方の北部に位置している山岳地帯でもあるアルプ=ド=オート=プロヴァンス県(04)に入っていきます。この県の西側に位置しているのが「バノン」の町です。低いところで標高400m、高い箇所は1000m越え、平均標高は817mといいます。

 

 これほどの高低差がある地域ということは、アルプス山脈の稜線をなしているかのような雄大な牧草地をのんびりと牛たちを放牧しながら…とは違い、斜面厳しいがゆえに、牛の生育は難しく、おのずと羊か山羊が登場することになります。羊と山羊とは漢字一文字違い、やはり山岳地域は「山」「羊」というわけです。バノンの町を代表するチーズ「バノン」は、少なからず育てている牛のミルクが加わることもありますが、やはり山羊のチーズです。

 

 バノン(ここから先はチーズ名です)の詳細は、巷溢れるチーズ本やnet検索の情報を参照してください。山羊のミルクを分離させ、フェセル(水きりかご)の中に詰め、自然脱水を施し、2週間ほどの熟成期間を取ります。この間に自然に発するカビが、ミルクのたんぱく質を分解することで美味しさを導き出します。これを、オー・ド・ヴィ(イタリアのグラッパのようなもの、アルコール40%の蒸留酒)にくぐらせ、栗の葉で包みます。

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 山羊チーズの特徴はなんといっても、ミルク由来の心地よい酸味と食感でしょう。フランス国内の山羊チーズの産地は言わずと知れたロワール河流域です。この地域の特徴は、熟成の若いときにはみずみずしいながらホロっとした崩れるよな食感。熟成をなしたものは、水分が抜けるためにこくのある風味にぼろっとほぐれるような食感。しかし、バノンはまったくタイプが異なります。表皮が少し硬く、切るととろりとした断面を目にすることができます。そう、ほろっとではなく、ねっとりとまとわりつくような食感なのです。なんとも美味!この特徴をなしえるために欠かせないものが栗の葉です。奈良柿の葉寿司のような殺菌効果ではなく、そう殺菌しては困るのですよ、チーズなので、保湿を保つ役割を担っているようです。硬く繊維のしっかりとした栗の葉だからこそなのでしょう。

 

 すでに「食べ頃」とろっとした状態でBenoitに届いております。限定的に購入したもののため、皆様がお越しいただける際に、あるかどうか。しかし、美味しいチーズなので、頃合いを見て今後も購入を考えております。フランスの伝統に裏打ちされた逸品、タイミングがあった際には、ご賞味いただけると幸いです。何かご要望・疑問な点などございましたら、何気兼ねなくご連絡ください。

 

最後まで読んでいいただき、誠にありがとうございます。

末筆ではございますは、ご健康とご多幸を、イノシシ(風水では無病息災の象徴)が皆様をお守りくださるよう、青山の地よりお祈り申し上げます。

 

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬

www.benoit-tokyo.com

Benoitデザート物語「テオブロマ」のご案内です。

 2019年「己亥(つちのとい)」の幕開けは穏やかなものでした。漢字の語源を調べ、賢人からのメッセージを推し量り、推敲を重ねながら書いている「干支の話」。いつもであれば、「早く書き終えなければ松の内が終わる」と焦る日々が、書き慣れたのか?今年は早々に書き終え、ゆとりをもって皆様へ新年のご挨拶を送ることができていたのです。

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 今年は「努力の成果を導き、次の人世のサイクルへと引き継ぐ」のだと。その想いを胸に、Benoit年間計画を組み立てる。心にゆとりがあるのか、食材やイベントのことを考えている時間に苦痛を感じません。ただ、人間というものはある程度のプレッシャーがないと、良いアイデアは生まれないもののようで、ただただ時を過ごすだけでした。「年末の慌ただしさがすでに遠い過去のような日々」は、1通のメールによって霧散します。

 「全世界でほぼ取り扱いのない原料≪カカオの果肉部分≫をつかってストーリー性のある企画を開催できないかという相談です。年明けのお忙しいところ大変恐縮ですが、詳細をお会いし、お話するお時間いただけないでしょうか。実際の商品も見ていただいた方がよろしいかと思いますので、お持ちいたします。」

 メールの送り主は会員制のネット予約を管理運営する会社に勤務する影山さんからでした。彼女がBenoitの食材やイベントに関して知る由もなく、このメールはレセプションを管轄している副支配人澁谷へと届いたのです。時は201917日夜、そう新年早々に、ぽやーと自分が日々過ごしている最中です。澁谷はすぐにシェフパティシエール田中と自分へと転送します。全く想像もつかない「カカオの果肉」という食材に、興味津々で調べ始めた自分。流石というべきか、田中はいちはやく返信が来ました。「興味あります」と。ただし、使用できるかどうかはアラン・デュカスグループの許可が必須とも。

 

 ここで、Benoitで料理がどのような流れで決められるのかを簡単に説明いたします。Benoitのシェフが使用したい食材を決め試作しレシピを作成します。そのレシピを、グループを統括しているフランスのエグゼクティブシェフチームへ伝え、必要があれば電話で協議が始まるのです。この統括しているシェフチームとは、アラン・デュカスの側近という表現が良いかもしれません。グループの展望を考え企画し実行に移しながら、世界に点在する30近いレストランに赴く。多忙を極めるアラン・デュカスが直に各レストランのメニュー作成に関与することは不可能です。そこで、彼の嗜好を良く知り、今後どのようなものを皆様に提案すべきなのかを常に彼と話をしているエグゼクティブシェフチームがあるのです。Benoitシェフがこのエグゼクティブシェフチームと協議し、決定したメニューがアラン・デュカスの下に伝えられ、承認が得ることができれば、晴れてBenoitのメニューに採用なのです。

 そのため、メニューに載っていない「今日美味しい魚が手に入ったのですが、いかがですか?」ということはできません。不自由な面もありますが、アラン・デュカスの意向を反映したメニューのため崩れることはありません。興味深いことは、フランスからの押し付けメニューではないといいうこと。それぞれの国を尊重し、食材の確保は可能な限り自国のものを使うこと、そのためBenoit東京の食材の約95%は日本の食材です。あくまでもそれぞれのレストランのシェフが、それぞれの国の気候風土に着想を得た料理を、統括シェフチームへと提案しています。ここで、アラン・デュカスの意向と鑑み、そのままかもしくは微調整がなされます。あまりにも違えば、もちろん不採用です。このやり取りは、メールであり電話で随時行われているのです。フランスとは時差が8時間ほどあるため、Benoitシェフが夜半までいるときは、このレシピをめぐる攻防が繰り広げられた時、その表情から結果を察することができます。

 

 話を戻します。この影山さんのメールから始まり、間髪入れずの澁谷のメール転送は、20191720:30、すぐさま転送され、田中の返事が21:00、自分が遅れること10分後。澁谷から影山さんへ返信が送られたのが21:30でした。送信先が会社のメールアドレス、時間が時間だけに彼女が目を通すこともないものと澁谷は判断し、非礼は承知の上で電話を何度となくかけることに。影山さんとコンタクトが取れたのが22:00でした。このわずか1時間30分が、Benoitパティシエチームにどれほど影響を与えることになろうとは、この時点で誰も予想しておりません。後から影山さんから聞いたところ、携帯電話の着信回数にただならぬものを感じ取ったのだといいます。なぜ、これほどまでことを急(せ)いたのか?

 料理がフランスの承認を必要としていることは前述しました。もちろん、デザートも例外ではありません。メールや電話のやり取りでは、どうしても食材の違いがあるために微妙な誤解が生じます。これを解消すること、技術のアドバイス、そして一番の目的はアラン・デュカスの意向を直接伝授すること。そのため、エグゼクティブシェフチームが定期的にBenoitを訪れ、2日間という短さではありますが朝から晩までキッチンに入ります。この2日間が、今後のBenoitの方向性を決定づけるといっても過言ではありません。サービスチームにとっても、直接にフランスの意向を行くことのできる貴重な時でもあります。料理を担うMatthias HAHN(マティアス)とデザートのJean-Marie HIBLOT(ジャンマリ)。19に、彼らがBenoitに来ることになっていたのです。

 このタイミングを逃すまい。9日はすでに朝から忙殺されることは目に見えていました。我々に残されているのは、18の一日のみだったのです。なんとしても影山さんとコンタクトを取り、8日に会わなければならない。澁谷が無礼を承知で何度となく携帯電話に連絡したのは、これが理由でした。そして、8日午前に、影山さんとパティシエールの田中、そして自分が会う段取りがついたのです。この絶妙なるタイミングを影山さんが知る由もありません。突然の「明日午前に会いませんか?」との返答に、会員制のネット予約に勤める影山さんが、食材サンプルを持っているのか?間に合うのか?

 18日午前三者が一堂に会しました。自信満々に影山さんが保冷バックから特選食材を取り出しました。昨日の今日、それも夜中を挟み12時間の猶予しかないにもかかわらず、彼女は特選食材を準備できていたのです。説明を受けながら、口にした特選食材は、この職業に就き20数年経っていますが、初めてのこと。あまりの美味しさに言葉を失いました。田中も想像をこえていたようで、一同無言。固唾をのんで我々の言葉を待つ影山さんをよそに、自分の中では、いかに皆様へこの美味なる逸品を提案すべきなのか?その可能性を模索していたのです。この静寂を破るかのように、「美味しい」と自分が言葉を発することで、田中もまた納得するかのように「美味しい」と。安堵した影山さんが。この後に影山さんから、どれほどの逸品であるかの説明を受け、この試食は終わりを迎えます。すでにこの時には、自分の中では購入を決め、皆様へ提案するひとつを決めていました。田中の中でも新デザートへの兆しを見出していたようです。そして、ついに19日のエグゼクティブシェフチームのBenoit訪問を迎えます。

 

 この時に、影山さんから紹介いただいた特選食材は2つ。ひとつは「Pulpe de CACAO(ピュルプ・ドュ・カカオ)」というカカオの果肉。これは別にブログで書かせていただきました。以下をご参照いただけると幸いです。


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 もう一つが、「Cupuaçu(クプアス)」です。まったく馴染みのないこの名称に、なんのことやら全く想像もつかないかと思います。実っている姿はきキウイフルーツのようですが、もっともっと大きく、ラグビーボールほどもあり、重さは2kg前後にまで。カカオ属の属し、アマゾン地帯原産の固有品種で現地ではアサイーと同じくらい人気のフルーツなのだといます。何とも言えない独特な香りは、熟したバナナのようでもあり、エキゾチックな香りというべきなのでしょうか。その香とは対照的にシャープな酸味と甘くコクのある味わいが人々を魅了してやまないのでしょう。後引く心地良い酸味がまた格別。「Theobroma(テオブロマ)」は、「theo=神様」と「broma=食べ物」という語源であり、現地ではクプアスを「神の果実」と呼んでいます。かつて、シャーマンがクプアスのジュースを安産祈願の妊婦さんや、妊娠を望むご夫婦に、さらには病気の薬として与えていたといいます。ビタミンCと鉄分を多く含むことが特徴だということがわかる以前から。

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 学生時代に学び、今でも問題になっている「焼き畑農業」。いち早く畑を開墾できる反面、森が姿を消してしまう諸刃の剣です。アマゾンでも例外ではありません。そこで、登場したのは「アグロフォレストリー」という農法です。高さの異なる植物を、森の如く植栽していくことで、自然界の多様性を導きながら実りを得ようというもの。病気や天候不順によるリスクを減らし、持続可能な農業を目指すのです。クプアスは、生育時に影を必要とするため、この農法に適した植物果肉は食品へ、種は油脂へ、殻は有機肥料となり全てを有効活用しています。そう、アマゾンでは重要な作物のひとつなのです。

 なぜ、今の今まで美味しい食材として日本で確立しなかったのか?あまりに力強い香と味わいは、果肉そのものはでは、好き嫌いが出てしまうのです。好きになってしまうと、病みつきになってしまう食材でもあります。美味しいにもかかわらず、この果実に自分はお手上げ。ところが、パティシエールの田中は違っていました。何も語らない彼女は、一つの可能性を試食の際に見出していたのです。テオブロマにはテオブロマ、はて?

 

 19、エグゼクティブシェフチームがBenoitに到着し、時差の辛さを微塵も見せず、すぐに事を始めたのです。1日目は座談のミーティングが行われ、Benoitのシェフセバスチャンと田中が同席。現状をヒアリングし、今後のアラン・デュカスの方向性を語ります。その後に、料理とデザートに分かれ、個別に話し合いが行われたのです。田中がフルーツを中心とする1年の計画をジャンマに話すなかで、満を持してのもちだしたのが「カカオの果肉」と「クプアスの果肉」。間髪入れず自分が現物を持ち出し、試食へ。すでに存在を知っていたために、何も支障がなくあっさりとしたものでした。その最中、そこいらで見ていたのではないかというほどのタイミングで、自分宛にメールで見積書が届いたのです。焦る心をひた隠し、見積もりに目をやり、購入できる金額を確認した後に、彼女の下に。彼女が見出したデザートの可能性が実を結ぶ。Benoitの食材として「カカオの果肉」と「クプアスの果肉」が確定したのが、この時です。

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 そして110、に本格的に試作が始まります。残念ながら、他の重要事項を先に済ませなければいけないため、今回の特選食材は後回しになります。自分が「Benoitの御三家」と呼んでいる、そのババとミルフィーユに手が加わり、ショコラデザートに関してはまったく別物へと変貌を遂げます。さらに2月から始める「イチゴ」の試作も。静岡県掛川の「赤ずきんちゃんおもしろ農園」さんより「紅ほっぺ」を送ってもらっていたのです。このイチゴの美味しさを絶賛したジャンマリと田中が仕上げたのものが、今メニューに載っている「イチゴ“紅ほっぺ”とレモンのクープ」です。

 この時に、試作はできなかったものの、すでに日本で手に入れることのできる「カカオの果肉」と「クプアスの果肉」を試食できたことは、大きな成果を生んだのです。会話の中ではありますが、新しいデザートのイメージが出来上がり、ジャンマリが参考になるデザートのレシピを後日送るというところまで進んだのです。こうして、エグゼクティブシェフチームがBenoitを去っていきます。

 この日から、Benoitパティシエチームが多忙を極めることになります。御三家のデザートが変わることは、今までの仕込みの段取りから組み立てなおさなければなりません。さらに、アラン・デュカスがデザートに求める味わいは、手間暇をかけなければ仕上がらず、今まで以上の負担を強いているのです。田中から他のスタッフへ技術伝授がなされると同時に、「季節のフルーツ」のデザートも考案しジャンマリへ提案しなくてはなりません。すでに始まっている2月からの「不知火とパール柑」のデザートは緊急を要するものでした。この最中、彼女は着々とジャンマリと「新しい食材による新たなデザート」の話を進めていたのです。そして、新しい食材を紹介していただいた影山さんの提案した「企画の開催」が決まったのです。3月13日から15日の3日間限定でした。

 

 時は2月を迎え、様変わりしたBenoitのデザートが一段落したときに、いよいよ本格的に新しいデザートの仕込みに入ります。田中がジャンマリより受け取ったデザートのレシピを鑑み、彼女がデザート求めたものは「テオブロマにはテオブロマ」でした。カカオの種は発酵させて乾燥させるとチョコレートの原料です。そこで、日本橋のアラン・デュカスのチョコレート工房のチョコらをベースに、「カカオの果肉」と「クプアスの果肉」を加え、さらにこの特選食材のソルベを合わせるものでした。2月半ばに実際に試作を仕上げ、写真とともにジャンマリへレシピを送り出す。後は返信を待つのみ。彼は全てのレストランのデザートを管轄しているため、時間を要することは分かっていましたが、思いのほか早く返事が届いたのです、「OK」と。

 ここに「Barre au chocolat/cupuaçu, sorbet cacao (ショコラとクプアスのバル、カカオのソルベ)」が誕生したのです。

 ショコラは全てアラン・デュカスの工房から届いた75%カカオ含有のビターながらカカオの風味を堪能できる逸品です。このショコラにアーモンドとヘーゼルナッツを加えプラリネに仕上げ、カカオ豆をローストして砕いたGrué de Cacao(グリュエ・ドゥ・カカオ)とココナッツを加えてカリカリに焼き上げます。この上には、たっぷりとショコラを使ったサクサクの食感のビスキュイを。そして、「カカオの果肉」と「クプアスの果肉」のなめらかなクリームを載せ、ショコラに「クプアスの果肉」を加えた生クリームを絞り込む。最後に艶やかなショコラのシロップをまとわせることで「バル(横棒)」が完成。添えるのは、「カカオの果肉」と「クプアスの果肉」のソルベです。カリカリ・パリパリにまとわりつくようなクリーム、この食感の違いに、様々な味わいが加わります。ショコラの美味しさは言うにおよばず、カカオ種子の香ばしさとほろ苦さ。カカオの果肉のライチのような風味にバナナのコクに心地よい酸味。クプアスの果肉は濃厚な南国裕由来の、まさにエキゾチックフルーツと呼ぶにふさわしい味あいに、後引く酸味。テオブロマ属を一堂に会するかのような逸品に仕上がりました。

 

 イベントのことは知らなかったよ、皆様お怒りのこと思います。実は、このイベントは冒頭でお話した通り、「会員制のネット予約」のための特別プランのデザートだったのです。あまりにも美味しいデザートに仕上がったため、パティシエチームに負担をかけるのを承知の上で、多目に仕込んでもらったのです。そして、このイベントが終了した今、このblogを見ていただいて皆様に、このデザートをご賞味いただきたく、ここにご案内させていただきます。

限定50人様、プリ・フィックスメニューのデザートの選択肢の中で、ランチ・ディナーともに追加料金なくお選びいただけます

 限定数の準備のため、必ずご予約をお願いいたします。その際に「クプアスのデザート希望」とお伝えください。ご予約は、自分よりお送りしているメールへの返信、もしくはBenoitへご連絡をいただけると幸いです。何かご要望・疑問な点などございましたら、何気兼ねなくご連絡ください。未知なる食材を知る喜びはもちろん、この美味しさは、皆様を「口福な食時」のひとときへと誘(いざない)います。2月に自分が試食した時、あまりの美味しさに他のスタッフの分けることを忘れ、全て食べきってしまった逸品です。限定数のためメニューには載せません。御三家のショコラのデザートが君臨する限り、今後もメニューに載ることはないでしょう。

 2月にイベントに関して影山さんと話をする機会が増えた時、なぜ8日午前に「食材のサンプル」が間に合ったのか伺いました。彼女が言うには「2018年末に提案する予定でした」と。そのため、サンプルを冷凍庫に保有していたのだといいます。自分が思うに、年末に提案のメールが来た場合、多忙のためこの話は消えていたことでしょう。全ては、神がかり的な、絶妙なタイミングでなければ、姿を見せなかった「クプアスのデザート」。皆様も、今のタイミングを逃すと…

 

いつもながらの長文を読んでいいただき、誠にありがとうございます。

末筆ではございますは、ご健康とご多幸を、イノシシ(風水では無病息災の象徴)が皆様をお守りくださるよう、青山の地よりお祈り申し上げます。

 

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬


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Benoit特選食材「ピュルプ・ドゥ・カカオ」のご案内です。

 「二十四番花新風(にじゅうしばんかしんふう)」。古代中国の賢人は、後世に四季折々の目安として「二十四節気(にじゅうしせっき)」を遺しました。1年を24に区分し、それぞれの季節を「立春」や「春分」などと表現し、今でも暦の中に登場しています。それをさらに細分化したものが「七十二侯(しちじゅうにこう)」。これは中国から伝わったものの、日本の気候風土に合わせて改訂されたものが明治に発布されています。1節気は3侯です。「小寒(1月6日)」から「穀雨(4月20日)」までの8節気の期間は24侯で成り立ち、その時々で吹く風が、それぞれの花を咲かるのだというのです。厳しい寒さを甘受し、自然への畏敬の念を忘れず、一歩一歩近づく春の訪れを、順を追って咲き誇る花を愛でることで感じていたのでしょう。古人にとって、風が運んでくるのは「花粉」ではなく、「花開くタイミング」でした。

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 今回の花は「水仙(すいせん)」です。小寒の末侯で吹く風が開花を導くのだといっています。そう、その頃咲き誇るのは「ニホンズイセン」。寒さに負けず、清楚に咲き誇ることから、春の訪れを告げる花と称される「水仙」。地中海沿岸が原産とされ、シルクロードをわたり、中国へ。この大陸から海を渡り、ひっそりと海岸線沿いに咲いていたというのは平安時代と言われています。大陸の水仙に似ている花が日本でも咲いているではないか、というわけで「日本水仙(にほんずいせん)」と名付けてしまったようです。花を愛でる俳諧の世界に登場するのは、意図的に持ち込まれた梅とは対照的に江戸末期なのだといいます。これほどまでに美しい花を咲かせ、芳しい香りはなち、「すいせん」という名の美しい響きがある花にもかかわらず。今回は水仙の中でも晩生の「キズイセン」。その名の通り「黄水仙」です。清らかさのある白い水仙も良いですが、春間近の太陽を思わせる輝かんばかりの黄色の水仙もまた美しいものです。

 

 さて、皆様にご紹介したい食材は、フルーツとしてこれほどまで美味しいにもかかわらず、時の趨勢にのまれてしまたったのか、世にでることはほとんどないもの。特に日本ではご存知の方も少ないのではないではないでしょうか。長らくこの飲食の業界に身を置いていますが、この食材を口にしたのは初めてです。この名前を耳にした時も、味わいがどんなものか全く想像がつかなかったことはもちろん、ホロホロなのかペタペタなのかすら分からず。ただただ、試食した時の想像とのギャップに、さらにあまりの美味しさに言葉を失いました。それは、何か?

「Pulpe(果肉) de CACAO(カカオ)」

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 カカオの果実はラグビーボールよりも一まわりほど小さな大きさで、画像のように樹から花梨のように実をつけます。外皮はご想像の通り、ガチガチです。この種子を発酵させ、さらに乾燥させることでチョコレートの原料になることは、すでに皆様ご存知のことと思います。発酵させずに焙煎すればチョコレートの原料へと姿を変えるようですが、彼の地に自然に存在する酵母と菌による「発酵」の力を借りることで、さらなる美味しさを得るのだというのです。最初の発酵に必要なエネルギーこそ、果実に含まれる「果糖」なのです。

 果肉がついている種子を集め、バナナの葉で覆うようにすることで、発酵を促します。カカオ種子は、バナナの厚く丈夫な葉によって徐々に酸欠の環境へと陥ることになり、ここでワインと同じようにアルコール発酵が始まるのです。このアルコールが、今度は酢酸菌によってアルコールが酢酸へと変貌します。まさに、ワインでヴィネガーを作るようなものでしょう。この酸性の酢酸が、カカオ豆に染み入ることで、渋みを減らすというのです。この期間は1週間ほど。画像は発酵半ばなのか、終わりなのか判別できませんが、発酵によって温度が50℃にも達するといいます。バナナの丈夫な葉でさえ、褐色に変貌してしまうことが見て取れます。ワインのように温度管理のできる近代的なステンレスタンクを使うのではなく、あくまでも伝統にのっとった手法によって、カカオを醸すのです。意外に知られていないチョコレートの一面です。

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 今回は「種子」ではなく「果肉」です。カカオの果実から5%ほどしか取れない希少なものであることに加え、前述したように「種子」の発酵に必要不可欠なものなのです。姿は変えますが、チョコレートの風味を作る一要素であるともいえるのではないでしょうか。このような理由から、市場に流通することはほとんどありません。「なるほど」と思いつつも、あまりにもこの果実に馴染みのない我々は、大きなカカオ果実のどこが果肉なのか皆目見当もつきません。

 そこで、ブラジルのカカオ農場よりお送りいただいたこのカカオ畑の画像です。たわわに実を成すカカオ果実は、まるで日本昔のこぶとり爺さんのこぶのようではないですか。現物をどうしてもご覧になりたいときには、新宿御苑の温室に現存しています。話戻って、現地でカカオの果実を収穫し、固いカカオの外皮を切り取った姿には驚きです。

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 果皮からから飛び出している、ぽこぽこしている姿のものが「種子」。それと、「果肉」です。この種子にまとわりついている「白いものが果肉」なのです。どこが果肉かわかったところで、まったく味わいに想像がつかないかと思います。そこで、少しだけ自分の口にした時の感想を書いてみると。ライチのような優しくも甘い味わい、これに続くようにバナナのようなコクのある風味、きれいな甘酸っぱさの余韻は南国のフルーツであることを教えてくれています。「カカオフルーツ」と呼ばれている所以は、美味しい果肉があるからなのでしょう。

 

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 このカカオフルーツそのものの美味しさを、皆様にお楽しみいただきたい。そこで、真っ先に思い当たったのが、北海道のフレッシュチーズ「Brise de mer Faisselle (ブリーズ・ドゥ・メール フェッセル)」でした。爽やかなフレッシュチーズとカカオフルーツが、お互いに美味しさを引き立て合う、まさに「未知なる世界へ誘(いざな)うマリアージュ」を皆様には体感していただきたいと思います。このセットは1,000円で昼夜問わずご用意しておりますが、このblogを読んでいただけた方には800円でのご案内です。フレッシュチーズの入荷数には限りがございます。ご予約の際に、「フレッシュチーズとカカオ希望」とお伝えいただけると幸いです。このフレッシュチーズがどれほどの逸品かは以下をご参照ください。

kitahira.hatenablog.com

 

 この「カカオの果肉」の美味しさは、Benoitシェフパティシエール田中真理をも魅了しました。職人気質の彼女の特徴は、美味しいであろうとデザートのイメージができていても口にはしません。何も語らぬその頭の中では、知りうる食材とのマリアージュを考えているのでしょう。文章を推敲するかのように、考え抜くことでいくつかの答えを導きだすのです。その時に彼女は「美味しいのができる」と口にする。これを、パリのアラン・デュカスグループのエグゼクティブ・シェフパティシエに、レシピを送ることになるのです。

 よく皆様から「アラン・デュカス氏はBenoitに来るのですか?」と聞かれます。答えは「もちろん、年に3・4回ほどでしょうか」と。この質問の裏を返してみると、著名なシェフの海外出店は、名ばかりなのではないですか?です。そういう店が多い中で、Benoitではどのように料理・デザートが組まれていくのか、気になりませんか?話すでに長いため、このお話は「はてなブログ」に書き記そうと思います。お時間のある時に以下のURLより、ご訪問いただけると幸いです。特別なデザートのご案内も書いてあります。

kitahira.hatenablog.com

 

 美しく花を咲かせ、芳しい香りを漂わす水仙の花が、歌壇という舞台に登場するのは、日本への伝来の仕方が数奇なために、かなりの時を必要としました。その可憐な姿に芳しさを見出した松尾芭蕉は、「其(そ)のにほひ 桃より白し 水仙花」と歌を遺します。今回のカカオの果肉は、希少性からかあまりにも馴染みのない食材であるからこそ、日本へもたらされるまでに時間がかかったのでしょうか。あまりにもチョコレートという食材が有名すぎるからでしょうか。チョコレートの発酵に使用するのはバナナの葉。おや、俳号使われている「芭蕉」とは、「バナナ」のこと。ただ、美味しい実のなる馴染みのバナナではなく、同類ながら実は食用には向かない中国原産の樹です。ただ、同類ゆえに葉の特徴が酷似しているのです。「水仙」と「カカオ果肉」にちなんだ意外な共通点でした。

 

 「春に三日の晴れなし」とはよく言ったもので、不安定な天気が続くようです。さらに、寒暖の差が激しい日々は、知らず知らずのうちに体力を奪ってゆくものです。「寒さ暑さも彼岸まで」が一つの目安かもしれません。まだまだ、無理は禁物、十分な休息と睡眠をお心がけください。いつも温かいお心遣い本当にありがとうございますで。何かご要望・疑問な点などございましたら、なに気兼ねなく返信をお願いします。

 

いつもと違い、少々短めなご案内を読んでいいただき、誠にありがとうございます。

末筆ではございますは、ご健康とご多幸を、イノシシ(風水では無病息災の象徴)が皆様をお守りくださるよう、青山の地よりお祈り申し上げます。

 

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬

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Benoit「一夜限りの≪春食材の饗宴≫」のご案内です。

夜もすがら 思ひやるかな 春雨に 野辺の若菜の いかに萌ゆらん  具平親王(ともひらしんのう)

 世界規模での異常気象が昨今の話題である中で、「春に三日の晴れなし」とは今も昔もそう変わりがないようです。心地よい陽気に包まれたかと思いきや、一転しての「春の雨」。しかし、古人はこの日々変わりゆく天気にも趣きを感じとっているかのようです。一晩中降り続ける春の雨。屋根を叩く雨音を耳にしながら、夜更けまで考え込んでしまったのでしょう。この雨が野辺の冬の眠りのままでいる草木を目覚めさせ、成長と同時に萌芽をも促すことだろう。明日の朝にはどれほどまで「萌え」ていることだろうか。生きとし生けるものにとって、欠かすことのできないものの一つが水」です。春の雨は、まさに「恵みの雨」であり、「催花雨(さいかう)」たらんと。

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 ここ数日の催花雨に促されたか、春の薫りを代表する花「ジンチョウゲ(沈丁花)」が花開きはじめています。雨降る中でも、芳しい香りを漂わせている日本の春を代表する「三大香木」です。ちなみに他の2種は、夏のクチナシ(梔子)と秋のキンモクセイ(金木犀)。クチナシは甘いバニラの香ですが、ジンチョウゲキンモクセイは「芳香剤の香」と評され、好きではない方がいらっしゃいます。いやいや、あまりにも芳しい香りだからこそ、芳香剤に採用されたのですよ。「香りの原点は芳香剤ではなくてジンチョウゲキンモクセイ」。都内にいても、四季折々の花々の香に出会えるにもかかわらず、化学的に作られた香りが基準になってしまうこと、あらたな現代病なのでしょうか。いや、もしかしたら香りの楽しみを奪ったものは、「花粉症」が原因なのかもしれません。公園に限らず、庭木として植樹されている方も多いので、其処彼処で目にすることができるはずです。花粉舞う時期ではありますが、天気の良い時には「春の香」に誘われるような散策にでかけてみませんか。

 さて、「催花雨」は、草木ばかりではなく、美味しい野菜やキノコをも目覚めさせる「穀雨」でもあるのです。「春の陽射」しと「春の雨」が成長を促したものは、まさに旬の食材であり、今我々が必要としている栄養に満ちています。そして、我々の体は食べたもので作られる。春の食材には、冬眠していた体を目覚めさせる「ほろ苦さ」があり、春の農作業(日本人は稲作民族なので、きっといまでもDNAにはしっかりと刻み込まれているはず)に耐えるための滋養強壮をもたらします。

 

 そこで、Benoitシェフのセバスチャンが、アラン・デュカスの料理哲学「素材を厳選し、その素材の持ちうる香りと味わいを十二分に引き出し、表現すること」と踏襲しながら、春の雨によって目覚めた食材を使い、特別メニューを皆様に提案させていただきます。一夜限りの「春食材の饗宴」を、Benoitで開催いたします。開催といっても、ミュージックディナーのように、何かイベントがあるわけでありません。通常通りのディナー営業なのですが、この一夜だけは、シェフのセバスチャンが、「今、これを食せずして春は始まらない」という旬の食材をつかって組み立てたコース料理のみご用意いたします。もしろん、皆様から「選ぶ楽しみ」を奪ってしまうため、特別な価格のご案内。Benoitディナーの営業時間内のご都合の良い時をご指定いただき、ご予約いただけると幸いです。

 

Benoit特選メニュー 「一夜限りの≪春食材の饗宴≫」

日時:201941()17:30より(21:00LO)Benoitの営業時間内にお越しください。

コース料金:お一人様 9,800(税サ別)

 今回のメニューを鑑み、シェフソムリエの永田から、「料理とワインのマリアージュ」の提案です。シャンパン、白2種類と赤ワインの計4杯のセットを、お一人様5,000(税サ別)にてご用意しております。ご予約の際にお伝えいただくか、当夜にご希望の旨をお伝えいただけると幸いです。

 ご予約をご希望の際は、Benoitへご連絡をいただけると幸いです。質問などございましたら、何気兼ねなくお問い合わせください。

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 さあ、いったいどのような饗宴となるのか。春を代表する旬の食材は、日持ちのするものが少なく、食材を厳選し、手に入るかどうかの確認をとるのもなかなか難儀な作業でした。食材がほぼ決まり、シェフのイメージするコース料理の流れをフランスのエグゼクティブシェフチームと最終調整に入っている段階です。まだ、料理内容が確定はしていませんが、特選食材のご案内と、垣間見える料理を少しばかりご紹介させていただきます。

≪イタリアより、飛行機に乗って届いたグリーンピース

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 今回の饗宴は、日本でもお馴染みの春食材「グリーンピース」から始まります。缶詰の普及がこの食材への偏見を導き、好き嫌いの多い食材になってしまったことは否めません。しかし、鮮度の良いグリーンピースの美味しさは、春にしか味わうことができません。国産の食材を愛する自分ですが、今回ばかりは驚きの美味しさを誇る、地中海の太陽をさんさんと浴びて育ったイタリア産を、飛行機に載せて運んできたという逸品です。もちろん、品種が違うといえば違うのですが、あまりにも国産を凌駕する甘みのある美味しさは、一食の価値あり。生の鞘を口にすると、鞘の筋が口中に残るものの、春らしい甘さを堪能しながらポリポリと食べることができるのです。鞘がそれほどまでに美味しいということは、中の粒粒は言うに及ばずでしょう。コクのある甘みに満ちた味わいは、過去何人もの「グリーンピース嫌い」の方々を「好き」へと導いた実績があります。

香川県から車に揺られて届けられたグリーンアスパラガス「さぬきのめざめ」≫

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 香川県仲多度(なかたど)郡まんのう町の山内農園、丸亀市の藤井農園さんより届けられる逸品は、春を代表する食材「グリーンアスパラガス」です。国内で栽培されている多くは「ウエルカム」という海外育成品種。香川県では、県農業試験場で試験栽培を重ねた末、2005(平成17)年にオリジナル品種として誕生したのが「さぬきのめざめ」なのです。他の品種に比べ春の萌芽が早く、まさに「春一番の美味しいめざめ(萌芽)」な特選食材です。

 アスパラガスは、種をまいて数ヶ月で収穫できる野菜ではなく、植えてから収穫までに3年間を要します。この期間、アスパラガスはわさわさとした葉を成し、香川県ならではの陽射しを十二分に受けることで、根に栄養を蓄えていき枯れてゆく。これを毎年繰り返すことで、根を大地に広げてゆくのです。香川県の気候風土が育んだ逸品。穂先がきゅっと締まった美し姿、根元までやわらかいが歯ごたえはシャキシャキ。鮮度が良いので、みずみずしいのはもちろん、にじみ出でるアスパラガスのジュースには野菜特有の甘さを感じます。美味しいアスパラガスの必須条件は、間違いなく「鮮度」です。だからこそ、栽培地からの直送にこだわりました。Benoitに届く「さぬきのめざめ」は、まさに栽培者の想いの詰まった「春一番の美味しいめざめ」です。

≪フランスのロワール地方より、飛行機に乗って「ホワイトアスパラガス」がBenoitに≫

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 日本人が「山菜を食べないと春を迎えた気にならない」ように、西ヨーロッパの人々のとっては、ホワイトアスパラガスを食さないと春を終えることができないのでしょうか。この時期になると、フランスの其処彼処で開かれるマルシェでは、所狭しと山積みの白アスパラガスを目にすることができます。太陽をさんさんと浴びて育てられたグリーンアスパラガスは、コクがあり甘みが強いのですが、遮光されたホワイトアスパラガスには、得も言えぬ心地良い「ほろ苦さ」が特徴で、これがアスパラガスの旨味を引き立てているのでしょう。しかし、残念なことに日本のホワイトアスパラガスは、味わいが優しすぎるのです。

 そこで、今回はフランスでもホワイトアスパラガスの産地として名高い地、「Touraine(トゥーレーヌ)」の逸品を選びました。移動に時間がかるため、国産に比べ鮮度は間違い落ちます。しかし、独特の「ほろ苦さ」を含めた美味しさのバランスではフランス産に軍配が上がるのです。西ヨーロッパの人々は、春食材の代名詞ともいえるホワイトアスパラガスをこの時期に食するのは、日本人が山菜を食するのと同じように、冬眠している体にカツを入れ、目覚めさせる役割を担っているのかもしれません。

≪フランスから「モリーユ茸」、もちろん飛行機でBenoitに≫

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 キノコの仲間が秋の旬を迎えるのに対し、このモリーユ茸は春です。日本でいう「クロアミガサダケ」なのだといいますが、育っている環境なのか土壌の違いなのか、日本産も美味しいようですが、どうしてもフランス産には香り味わいが劣ってしまうようです。「アミガサ」とは、キノコの傘が網のような姿から名付けられたなかなかユニークなもの。美味しそうな姿ではないからか、日本では食用としての価値は見いだせず、収量が少ないことも相まって。市場に出回ることはありません。とはいえ、意外に身近なキノコのようで、この特徴的な姿だからなのでしょう、数年前に自分の娘が新宿区内の公園脇で偶然にも発見し教えてくれたのです。小躍りしながら、すぐさま見に行ったのを覚えています。収穫するのではなく、キノコの傘開くのを期し、温かい眼差しで見守っていたのですが、残念ながらその後の行方は分からずじまいです。

 このモリーユ茸、フランスでは春を代表する美味しい食材であることは言うまでもありません。しかし、育てるノウハウが確立されておらず、天然物が流通しているのみです。そのため、ここ数年の異常な気候も影響しているのでしょう、収量が不安定なために量を確保するのも大変。茸のため、穏やかな成長であるものの、雨の日々が続こうものなら、瞬く間に成長を遂げてしまうのです。Benoitの希望サイズは、親指の先、第一関節のあたりまでの大きさです。このような食材だからこそ、価格は年々上がっていくことになり、Benoitパリでは春馴染みの食材でも、Benoit東京では何年もお目にかかってはおりません。

 日本にシイタケのように、「乾燥」したものは、旨味が増し美味極まりない食材へと変貌します。しかし、今の時期に美味しいからといって「乾燥」なのか?この時期にしか味わえないのが「フレッシュ(生)」の味わいこそ「旬の味」なのでは。栽培が無理な上に収量が少ないために、高価な食材である「モリーユ茸」。この美味なる食材を、今の時期ならではのフレッシュで皆様へ提案しないでいつするのか?葛藤を重ねるシェフがついに、この茸とは思えない価格を提示されている逸品の購入を決めました。なぜか?Benoit東京で、今しか味わいえない「至高の逸品」をお楽しいいただきたいからです。

熊本県を代表する柑橘「不知火」」と「パール柑」が天草から≫

 熊本県の天草の島々を横断する道のりは、別名「柑橘ロード」とも呼ばれ、周辺では多くの柑橘フルーツが植樹され、美味なる逸品を世に送りだしています。その中でも、今まさに旬を迎えているのが、「不知火」と「パール柑」です。

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 熊本県の天草は、「不知火」発祥の地。数々の失敗を繰り返し、自然の辛酸を舐め、淘汰され、生み出された品種です。これがあまりにも美味であるために、周辺地域に波及していきました。そこで、JAは不知火をブランド化しようと考えたのでしょう。規定値としての糖度と酸度を決め、これをクリアしたものを「デコポン」としたのです。この2つの名称を、数値によって分けることは、我々消費者には分かりやすく、斬新な試みだと思います。だからといって「不知火<デコポン」ではありません。消費者から見れば、デコポンの方が品質に安定感がある。しかし、不知火の中には、デコポンを凌駕する品質のものもある、ということです。発祥の地であるプライドが熊本県天草にはります。中途半端な不知火はBenoitへ送ってきたりはいたしません。

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 かつて、日本原産の柑橘フルーツのことを、「橘(たちばな)」と総称していました。一年を通して緑美しい丈夫な葉を成すことから、不老長寿の象徴でもあったようです。その中で大きな実を成すことから名付けられたのでしょう、文旦(ぶんたん)と同じ種に属する、「大橘(オオタチバナ)」です。熊本県の宇城・天草地域の特産で、「天草文旦」とも呼ばれていますが、現地では天草列島と九州本土とを結ぶ天草五橋(パールライン)にちなみ、「パール柑」という名前で親しまれています。輝くような黄色のぽちゃっとしたまん丸の可愛い姿をしており、グレープフルーツを想わせるような爽やかさ、甘さと酸味の見事なまでのバランス、特筆すべきは放たれる芳しい香りです。心地よく爽快な黄色い柑橘特有の香りは、手の取った指にまで残るほど。

 

 メニューについては、シェフがフランス本部のエグゼクティブシェフチームの知恵を得ながら微調整をしている段階で、予定では来週末までには確定すると思います。しかし、皆様にご案内するにあたり、何も情報がないのも困りもの。そこで、多少の変更は許していただくという前提で、以下に今回の「春食材の饗宴」メニューを、簡単に紹介させていただきます。

 今回は道のりの長いコースを組み立てたため、前菜の前の「小さな一品」としてご用意するのは、少しばかりのスープです。グリーンピースそのものをお楽しみいただきたいので、余計なことはしない、その美味しさを十二分に引き出した、翡翠色美しいとろりとなめらかなスープへと仕上げ、湯がいた粒粒そのものも少しばかり添えさせていただきます。

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 前菜は、今回のメインディッシュともなりうる、フランスの春を代表する、自分も心待ちにしていた逸品、「モリーユ茸とグリーンアスパラガス」です。フランスと日本との育ちの違いこそあれ、ともに太陽の恵みを十二分に受けた春の食材です。2019年のBenoitの春は「讃岐から目覚める」、4月には本領発揮するグリーンアスパラガス「さぬきのめざめ」。瀬戸内海を想わせる塩分の湯の中で、職人ならではのしゃくっという心地よい食感を残すように湯がきます。モリーユ茸はもちろんフレッシュ。生の時にはパッとしない香りなのですが、これに熱を加えることで芳しい香りを放つのです。さらに相性の良いクリームを加え、この茸の香り旨味を十二分に引き出す。さらに、フランスのSavoie(サヴォア)県の特産でもあるVin Jaune(ヴァン・ジョーンヌ)と呼ばれる黄色いワインを香りづけに使用します。なかなか独特な風味のワインですが、モリーユ茸とクリーム、さらにグリーンアスパラガスとを全て調和させる力を持っているようです。よく考えると、全てが生「山の幸」、春も萌えてくる山を想いながら、この美味しさのマリアージュをご堪能いただきたいと思います。

 魚料理もまた、日仏の春を代表する食材のマリアージュです。日本からは、千葉県の勝山漁港より直送される「桜鯛」です。魚の品種名である「サクラダイ」とは全く別物。「腐っても鯛」といわれるほど美味しい魚のため、日本では真鯛は魚の王者として君臨しています。その真鯛は、季節のよって相性がつけられ、産卵後から夏にかけての期間は、特になし。秋は「紅葉鯛」、冬は「寒鯛」、そして春が「桜鯛」です。海深く、美味しい海老をたらふく食べている真鯛が、産卵に向けて浅瀬に姿を現す時期が「春」。エビをむしゃむしゃいただいているというこで、身の色がピンク色になるのだといいます。まさに春色であり、日本人の心に花咲く「桜」にぴったりという、なんという的を射た名前なのか、古人の名付けのセンスに感服です。ということで、桜鯛は天然ものしかなく、美味しさのほどは?普段から美味しい魚が真鯛、天然もので季節の名を冠する時期ですから。ここに、フランスからホワイトアスパラガスを添えるのです。絶妙な火加減でふんわりと焼き上げた真鯛の旨味に、ホワイトアスパラガス特有の春のほろ苦さ。この両者が相まみえた時、いったいお皿の上ではどのようなハーモニーを奏でるのでしょうか。

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 メインディッシュは春の肉料理の代表は「仔羊」です。ニュージーランドから届く仔羊の背肉を、余計な脂身は取り除きブロックのまま、中がピンク色になるようにゆっくりゆっくりと熱を加えていきます。ここへ、日仏の緑と白のアスパラガスを添えるのです。アスパラガスは、湯がいてから焼きを入れることで、香ばしさを引き出し、前菜と魚料理とはまた違った魅力をお楽しみいただけるのではないでしょうか。仔羊が苦手な方は、他の肉への変更が可能です。ご予約の際にお声をおかけいただけると幸いです。

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 デザートは、これを以外に春を語るものは無いのではないでしょうか。今まさに旬を迎えている、熊本県を代表する柑橘「不知火」と「パール柑」を惜しげもなく使用し、冬眠気味の我々の体を目覚めさせてくれる今の時期ならではの至高の逸品です。不知火とパール柑、それぞれ色味の違う果肉と果皮は、見た目にも美しいばかりではなく、味わいや香りの違いを生み出します。果実はそのままに、果皮は甘さ控えめのシロップで煮るようにコンフィへ、さらに果肉と果実をつかって甘ほろ苦いマルムラードへ。さらに、果汁を絞り、そこへ果肉と果皮を加えて仕上げた、輝かんばかりに美しいオレンジ色を放つシャーベットは、今回の特選食材2種類の柑橘の魅力を凝縮したかのよう。余計な甘さは一切なし。旬の柑橘のもつ「甘さ」「酸味」「苦さ」が、見事なまでのハーモニーを奏でることで、ひとつの作品へと仕上がります。熊本県天草がはなつ「春の魅力」を我々に教えてくれることになるでしょう。

 

 春の雨によって目覚めた食材を使い、アラン・デュカスの料理哲学「素材を厳選し、その素材の持ちうる香りと味わいを十二分に引き出し、表現すること」を実践する。旬の食材には、今我々が必要としている栄養が満ちています。そして、我々の体は食べたものでできています。4月1日の一夜限りの「春食材の饗宴」に登場する食材が、まだ確定ではないですが、どのような逸品へと変貌するのかをご紹介させていただきました。全てが一堂に会するこの一夜は、皆様を「口福な食時」へと誘(いざな)います。何かご要望・疑問な点などございましたら、何気兼ねなくご連絡ください。

 次回は7月1日月曜日に、「夏食材の饗宴」を予定しております。 

 

いつもながらの長文を読んでいいただき、誠にありがとうございます。

末筆ではございますは、ご健康とご多幸を、イノシシ(風水では無病息災の象徴)が皆様をお守りくださるよう、青山の地よりお祈り申し上げます。

 

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬

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Benoit特選情報「3月のダイジェスト版」のご案内です。

衣更着(きさらぎ)の 冴えつる風の よのまにも また薄こほる 池のおもかな  藤原家隆

  懐かしき中学生の時に、旧暦2月は「如月(きさらぎ)」と学びました。しかし、同じ読みのまま別の漢字表記もあるようです。その一つが今回ご紹介した歌にある「衣更着」。ようやく暖かくなってきたと着衣を一枚脱いだところへ、寒さがぶり返し、あらためて着重ねをする。その更着をする月だから「衣更着」なのだというのです。さらに、「よのま」には2つの意をもたしているのです。寒々しい風の吹く「夜の間」であり、竹の節間のように短い間隔を意味する「節(よ)の間」でもある。寒さはいっとき、時間的な短さなのだと知りながら。

 天気が不安定で、寒暖の差が激しい時期が2月です。なんという遊び心のある、的を射た表現なのかと思いませんか。昼間は春の暖かさを感じるも、池が凍ることはありませんが、夜半は肌寒さを感じる日々です。昼の陽気に誘われるように薄着で外出しようものなら、陽が沈むやいなや、じわりじわりと気温が下がってゆく。つかの間の寒さとはいえ、もう一枚多めに着ておけば良かったと後悔の念にかられるものです。一日一日と暖かくはなってきているような気がしつつも、この時期は三寒四温と言うとおり、まだまだ厚手の上着をしまえずにいる自分がいます。

 朝の陽射しに光り輝く、ほわほわのコートをまとったような冬芽が特徴の「ハクモクレン」、少しずつですが芽が膨らんできました。冬の厳しい寒さから春芽を守るためのプロテクターの役割を成す冬のコート、今か今かと脱ぎ捨てるタイミングを計っているかのようです。人は衣更着できても、ハクモクレンはそうはいきません。このタイミングを計る能力は、カレンダーの虜になっている我々が失ったものの一つ。そこで、古人は草木が自然の機微を捉える能力の助けを借りることを考えます。その萌芽や開花をつぶさに観察し、四季の移ろいを見極め、農作業の目安にしていました。

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 ハクモクレンが冬のコートを脱ぎ捨てる時は、この樹が本格的な春の暖かさを感じ取った時なのでしょう。やはり衣更着(2月)ではありませんでした。3月のいつぞやなのか。お天気の良い時など、草木それぞれが見出す春の兆しを探しながらの散策も一興ではないでしょうか。しかし、前述したように、不安定な天気に加え、寒暖の差が知らず知らずのうちに体力を奪ってゆくものです。十分な防寒対策をお忘れなきように。そして、気の赴くまま、足の赴くままに、Benoitへ。病は気から、健康は食事から。旬の食材を使った自慢の料理の数々で、皆様をお迎えいたします。新暦の3月15日は、旧暦の2月9日であることを言い訳に、3月なのに「衣更着」のお話から始めさせていただきました。

 

 今の時期は、「春に三日の晴れなし」と言われているように、不安定な天気が続きます。雨の日などは、何とも憂鬱な気持ちになってしまうものです。ところが、古人はこの「春の雨」に愛おしさを感じとったのか、多彩で美しい名前を遺しました。草木に潤いを与える「甘雨(かんう)」とは、ここ数日の雨のことではないでしょうか。穀物の成長を促す「瑞雨(ずいう)」、花の開花を呼ぶ「催花雨(さいかう)」、しとしとと3・4日続く「菜種梅雨(なたねつゆ)」、糸引くような細かい雨は「春雨(はるさめ)」、霧のごとく立ち込める「霞(かすみ)」。五穀豊穣をもたらす恵の雨は、二十四節気にもなっている「穀雨(こくう)」です。すべてが春を指し示す雨の表現であり、総称して「春の雨」です。

 まだまだ続く「余寒」と「春の雨」。無理をせずに上手にお付き合いいただきながら、旬を迎える食材を食することで、無事息災に春を過ごしていただきたい。旬の食材は、人が必要としている栄養に満ちています。そして、人の体は食べのものでできていいます。この想いを込め、Benoitの3月のダイジェスト版を作成いたしました。皆様にご紹介したい内容は、以下の23件です。

「特選食材」のご案内 10件

「料理/デザート」のご案内 11件

「ミュージックディナー」のご案内 1件

「余談」 1件

 

香川県まんのう町からグリーンアスパラガス「さぬきのめざめ」が届きます。≫

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 香川県仲多度(なかたど)郡まんのう町より届けられる逸品は、春を代表する食材「グリーンアスパラガス」です。国内で栽培されている多くは「ウエルカム」という海外育成品種です。香川県では、県農業試験場で試験栽培を重ねた末、2005(平成17)年にオリジナル品種として誕生したのが「さぬきのめざめ」。他の品種に比べ春の萌芽が早く、まさに「春一番の美味しいめざめ(萌芽)」な特選食材です。

 アスパラガスは、種をまいて数ヶ月で収穫できる野菜ではなく、植えてから収穫までに3年間を要します。この期間、アスパラガスはわさわさとした葉を成し、香川県ならではの陽射しを十二分に受けることで、根に栄養を蓄えていき枯れてゆく。これを毎年繰り返すことで、根を大地に広げてゆくのです。香川県まんのう町の気候風土が育んだ逸品。穂先がきゅっと締まった美し姿、根元までやわらかいが歯ごたえはシャキシャキ。鮮度が良いので、みずみずしいのはもちろん、にじみ出でるアスパラガスのジュースには野菜特有の甘さを感じます。太陽をさんさんと浴び、まんのう町の皆様が守り抜いた自慢の大地があるからこそ、この美味しさを生みだすのでしょう。

 地面よりすらっと姿を現したアスパラガス、穂先と根元で食感も違えば特有の甘みも違います。根に蓄えられた養分が萌芽と同時に伸び行く1本にどんどん送られます。この養分こそ、アスパラガスの「旨味のジュース」。鮮度が良いとは、このジュースを失っていないこと。アスパラガスの穂先と根元でどちらに旨味が多いかとの質問は、間違いなく根本です。しかし、この萌芽し伸びた芽は、収穫すると同時に大きなストレスを感じ、すぐに「木質化」が始まってしまいます。根本が筋っぽくなるのはこの木質化のためなのです。旨味の多い根元から固くなる。美味しいアスパラガスの必須条件は、間違いなく「鮮度」。どんなに美味しい品種であれ、こだわりの栽培者であれ、時が経ったものは、そのアスパラガス本来の美味しさを失います。

 鮮度が要(かなめ)の食材ゆえに、随時収穫してゆかなければなりません。Benoitの希望の数をまかなうため、今回は、「まんのう町」でアスパラガスを長年にわたり育て上げている、彼の地のプロフェッショナルの皆様にご協力をいただきました。朝に収穫し、昼には旅立ち、翌日にはBenoitに「春一番の美味しいめざめ」が届きます。この特選食材を、Benoitシェフのセバスチャンはどのように調理し、皆様を「Benoitの美味なるめざめ」へと導くのでしょうか。

 

Benoitシェフのお勧めは「グリーンアスパラガスと半熟卵」の前菜です。≫

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 鮮度の良いアスパラガス「さぬきのめざめ」の美味しさをどう表現したものでしょうか。長年にわたり丹精込めて育て上げることで、アスパラガスが根を地に張り巡らせ、降り注ぐ太陽の恩恵を根に蓄える。香川県の気候はもちろんですが、栽培する方の「土」に対する想いなくして、やはり美味なる逸品には育ちません。

 シェフが「さぬきのめざめ」を手にした時、あまりの品質の良さゆえ余計なことはしてはいけないと感じたようです。アスパラガスの旨味を引き立てるように、海水ほどの塩分濃度の中で茹で上げるのみ。穂先を左に向けるのは、穂先から皆様にお楽しみいただきたいからです。心地良い食感の穂先を楽しみ、根本に向かうほどアスパラガスの旨味が濃くなってゆく。このままでも十分に美味しいですが、セルフィーユとイタリアパセリのハーブのアクセント、エシャロットの甘さとシャリシャリを加えたまろやかな酸味のヴィネグレットが、アスパラガスの美味しさをさらに際立たせます。今回は、アスパラガス「生」のスライスを添えることで、シャクシャクの食感と、春らしい優しい甘さとほろ苦さを。ここに半熟卵の黄身のまろやかな味わいが加わることで、茹で上げるだけではないアスパラガスの魅力をお楽しみいただきたいと思います。

 プリ・フィックスメニューの前菜の選択肢の中で、ランチ・ディナーともに+1,000円にてお選びいただけます。

 

≪イタリアから「グリーンピース」が飛行機でBenoitに。≫

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 日本でもお馴染みの春食材の「グリーンピース」。ところが、缶詰の普及がこの食材への偏見を導き、好き嫌いの多い食材になってしまったことは否めません。しかし、鮮度の良いグリーンピースの美味しさは、春にしか味わうことができません。国産の食材を愛する自分ですが、今回ばかりは驚きの美味しさを誇る、地中海の太陽をさんさんと浴びて育ったイタリア産を、飛行機に載せて運んできたという逸品です。もちろん、品種が違うといえば違うのですが、あまりにも国産を凌駕する甘みのある美味しさは、一食の価値あり。生の鞘を口にすると、鞘の筋が口中に残るものの、春らしい甘さを堪能しながらポリポリと食べることができるのです。鞘がそれほどまでに美味しいということは、中の粒粒は言うに及ばずでしょう。

 グリーンピースそのものをお楽しみいただきたいので、余計なことはしない、その美味しさを十二分に引き出した、とろりとした緑美しいスープへと仕上げます。コクのある甘みに満ちた味わいは、過去何人もの「グリーンピース嫌い」の方々を「好き」へと導いた実績があります。今回は、さらなる美味しさを追求するがために、北海道のフレッシュチーズ、それもフランスのフロマージュ・ブランに習い誕生した至高の逸品、「Brise de mer Faisselle (ブリーズ・ドゥ・メール フェッセル)」とのマリアージュをお楽しみいただこうと思います。このフレッシュチーズの詳細は昨年に投稿したブログを参照ください。

kitahira.hatenablog.com

 グリーンピースが完熟したものが「えんどう豆」。グリーンピースの前、まだまだ実がなりたての若さやの状態が「絹さや」です。まさに出世魚ならぬ出世豆なのです。未熟だから栄養が貧弱かと思いきや、このグリーンピースの栄養価はまさにエリート級です。豊富なビタミンB群は糖質や脂質の代謝を盛んにし抵抗力を、さらにビタミンCとの相乗効果で感染症から守ってくれます。特筆すべきはカリウムと食物繊維の豊富さです。便秘解消、生活習慣病の予防にも最適です。まさに春の美容と健康のためにあるような食材です。

 プリ・フィックスメニューの前菜の選択肢の中で、ランチ・ディナーともに追加料金なくお選びいただけます。

 

Benoitシャルキュトリーに「豚肉のリエットと鴨のフォアグラ」が仲間入りです。≫

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 「charcutrie(シャルキュトリー)」とは、ハムやソーセージなどの豚肉を加工した製品の総称です。Benoitで不動の地位を獲得しているテリーヌ・ドゥ・カンパーニュやパテ・アン・クルートも、同じ分類に属します。ここに、今月からニューフェイス「豚肉のリエットとフォアグラ」が登場いたします。豚肉のリエットといえば、フランスで食の都としての名声を誇る「リヨン」の家庭料理。伝統料理が家庭料理となり今なお引き継がれている理由はただ一つ。美味しいからです。

 ニンニクと香草の香りと旨味を豚の脂に移し込み、豚すね肉をたっぷりと加え低温でゆっくりと熱を加えていきます。このすね肉をほぐし冷ますことで、風味が落ち着くのと同時に、リエット特有の粘りが生まれるのです。しかし、今回はテリーヌの型に詰めて冷ましていくのです。なぜか?「鴨のフォアグラ」とのマリアージュを求めたからです。粗びきの生肉を型でまとめて熱を加えるテリーヌとは違うリエットの調理方法。姿は似れども味わいは別物です。

 プリ・フィックスメニューのディナーのみ、前菜料理の選択肢として追加料金なくお選びいただけます。

 

≪千葉県保田漁港直送の「ナナメノヒラメ」は、3月末までです。≫

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 千葉県房総半島の先端から、少し内房に入ったところに「保田漁港」があります。東京湾への入り口に位置しているため、内房外房の豊かな漁場から、網で巻き上げられた魚、釣り上げられた魚と多くの種類が集められているその中から、今回皆様にご紹介す るのは「ヒラメ」です。

 日本最大の漁獲量を誇る北海道が群を抜いていますが、千葉県は第6位と、なかなかの好位置に名を連ねます。房総半島の内房外房と最高の漁場に恵まれ、さらに都心に近いことで鮮度が抜群。その千葉県で、Benoitが白羽の矢を立てたのが、「保田漁港」です。ここで水揚げされるヒラメが、知る人ぞ知る「ナナメノヒラメ」。いったい何が「ナナメ」なのか?画像に見る、斑点のような「目が七つ」あるからか?それとも性格が「ナナメ」なのか?

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 すでにご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、「ナナメノヒラメ」は「七目のヒラメ」という意味で、魚の模様でもなく性格でもありません。網の目が「七つ目」ということなのです。砂地にたたずんでいるヒラメの漁獲方法は、底引き網漁か刺し網漁です。前者は、袋状の網を海の底に這わせるように船で曳き上げる漁法。ヒラメに限らず。多くの魚が網にかかることになり、船上に揚がるまでの間に、多くの魚が押し合いへし合い、まるで通勤時の満員電車のような状態。さらに水面近くでは、網の袋状が小さくなるので、魚たちのストレスは計り知れません。その時に、お互いがぶつかり合ことで、傷つくことになるのです。対する、保田漁港で採用している刺し網漁は、網を海の底に沈めヒラメが網に絡まるのを待つ方法。底引き網漁にくらべ、ヒラメにとってはストレスフリーなのです。この刺し網の「目が七つ」といいます。素人の我々には分かりにくいのですが、簡単にいうと「網の目が大きい」ということなのです。この漁は、大物のヒラメを対象にした仕掛け網なのです。確かに効率は悪い、しかしストレスフリーの美しく美味しいヒラメを漁獲できるのです。

 丁寧に船上に引き上げられた「ナナメノヒラメ」は、保田漁港の生簀にて心落ち着かせた後に、〆られます。有名な「関サバ」や「岬(はな)サバ」もそうなのですが、網にかかることで受けるストレスを、少しでも軽減するためにも、生簀に放たれるのです。そして、ヒラメはBenoitへ直送されます。画像から、どれほどの大きさかお分かりいただけるかと思います。このヒラメを捌いた時の断面の厚さは、まるでフッコ(小ぶりのスズキ)と変わらないのではと思うほど。

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 話は変りますが、ヒラメとカレイの見分け方を少し。目を上にして「左向きがヒラメ、右向きがカレイ」です。しかし、人間界同様、ヒラメの世界にもひねくれものがいるようで、右向きヒラメもいるのだとか。そこで、口を開いていただけると、カレイはイソメやゴカイなどを食す分、歯が細やか。対するヒラメは、魚食だからこそのキバキバしい歯を持っています。悩まれたときには口をあんぐりとさせ、ご確認ください。

 

≪ぷりぷりの「ナナメノヒラメ」のメインディッシュは、3月末まで。≫

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 今回、保田漁港より直送の「 ナナメノヒラメ」の肉質はブリブリです。あまりの鮮度の良さもあり、焼こうものなら身が弾けるのです。そのため、シェフ・セバスチャンは、中骨を付けたまま、分厚い切り身とし、表面の焼きをいれてから、休ませるようにゆっくりと熱を加えていきます。ポロっと身がほぐれ、見事なまでの弾力のあるぷりぷりの食感、溢れんばかりのヒラメの旨味。バターに卵を加え、さらにレモンの酸味を小気味よくきかせ、ふんわりと泡立てるように仕上げたオランデーズソースが、ナナメノヒラメの美味しさを際立たせます。皆様を「口福な食事」のひとときへとご案内いたします。

 プリ・フィックスメニューのメインディッシュの選択肢の中で、ランチ・ディナーともに+1,200円にてお選びいただけます。保田漁港より直送するため数に制限がございます。そこで、ご希望の場合は、ご予約の際に「ナナメノヒラメ希望」とお伝えいただけると幸いです。

 

≪ヒラメがぷりぷりならば、北海道「アンコウ」はブリブリです。≫

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 「東のアンコウに西のフグ」とは、冬を代表する美味なる食材の代表をうたったものです。アンコウはつぶれたように平たく、表面ぬるっと触るとぶよぶよ。大きな「がまぐち」のような口には鋭い歯が並びます。深い海に生息しているからなのか、この独特の風貌は、およそ食材とは遠い存在かと思いきや、「東のアンコウ」と評されるほど美味。柔らかい巨体を自由に動かす筋肉部位は、見事なまでの身の締まりよう。画像は豚の棒フィレよりも大きなサイズ。一口淡白な味わいかと思いきや、旨味は抜群。さらにコラーゲンたっぷりといいます。

 

≪「アンコウのブーリッド風」もまた、3月末まで。≫

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 厚めにカットしたアンコウの身を、蒸し焼くように熱を加えることで、旨味逃がさずぷりぷりの食感へ。ここへBourride(ブーリッド)に仕上げたソースを合わせます。ブーリッドとは、Languedoc(ラングドック)地方Montpellier(モンペリエ)群の「Sète(セット)町」の伝統料理なのだといいます。魚の旨味を香味野菜とともに煮出すように仕上げた「Soup de Poisson(スープ・ド・ポワソン)」にニンニクマヨネーズのようなアイオリでのばす。今回はさらに、「あん肝」をこのソースに潰し入れることで、コクと肝の旨味を加え、日本の食材「アンコウ」と、フランスの伝統料理「ブーリッド」とを引きあわせ、相乗効果を生み出します。このマリアージュは一食の価値あり。

 プリ・フィックスメニューのディナーのみ、魚料理の選択肢として追加料金なくお選びいただけます。

 

≪ビストロ料理の王道「鴨モモ肉のコンフィ」が、ランチメニューに。≫

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 フランスのビストロ料理で、欠かすことのできない王道の逸品は、間違いなく「鴨モモ肉のコンフィ」ではないでしょうか。なぜBenoitのメニューに登場しないのかと不思議に思っていたのは自分だけではないはずです。そこで、ランチのみ、肉料理の選択肢としてプリ・フィックスメニューに、追加料金なく加わりました。

 ニワトリと違い、普通に焼くと固くなる食材です。そこで、鴨の油を使い、高温では揚がってしまうので、70℃といいう低温を維持しながら煮るように仕上げる、コンフィという伝統方法で調理していきます。鴨特有の旨味を逃がさず、ほろっとした食感を生み出し、仕上げに表面をパリっとオーブンで焼き上げます。そのままでも美味ですが、添えるディジョンマスタードとの相性は抜群、さらに、別添えで皆様のテーブルへお持ちする、鴨の旨味を凝縮したようなソースと合わせれば、三度もお楽しみいただけます。

 

≪馴染みがないのですが美味なり、「豚ほほ肉」。≫

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 牛のほほ肉の煮込み料理は、其処彼処で目にするかと思います。確かにほろっと崩れる牛ほほ肉の赤ワイン煮込みは美味しい。ところが、今回の「豚ほほ肉」の煮込みを知ってしまうと、「牛肉は独特の風味があるため赤ワインで煮込むのか」と感じ入ってしまいます。そう、豚ほほ肉はその優しい風味を生かすため、白ワインで煮込んでいくのです。

 ことこと煮込むこと1時間ちょっと、豚ほほ肉が崩れ始めるため、鍋の外へ避難させ、残った旨味のスープは煮詰めていきます。フォン・ド・ヴォーでコクを与えた後に、豚ほほ肉にまとわせるように仕上げをします。肉ナイフは必要ないスプーンほぐしながら白いんげん豆と味わおうものなら、「なぜ、豚ほほ肉は食材として売っていないのだろうか?」と思わずにはいられないはずです。

 プリ・フィックスメニューのランチのみ、肉料理の選択肢として追加料金なくお選びいただけます。

 

≪フランスのラングドック地方の伝統料理「カスレ」のご案内です。≫

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 南 フランスProvence(プロヴァンス)地方の左隣に位置している、Languedoc(ラングドック)地方。彼の地を代表する伝統料理といえば、異論の余地なくCassoulet(カスレ)です。簡単に言ってしまうと、お肉いろいろを白インゲン豆とともに煮込んでいった料理。では、カスレに使うのは何の肉なのか?実は、これほどの伝統料理にも関わらず、町々によってレシピが違うという困った逸品なのです。参考までに、我々がカスレの発祥の地だと主張している3つの街は、Castelnaudary(カステルノーダリー)、Carcassonne(カルカッソンヌ)、そしてToulouse(トゥールーズ)。

 どのレシピが正解か?全てが正解というカスレ。それでは困るので、Benoit東京では、Benoitパリの伝統を踏襲することにいたしました。仔羊の肩肉、鴨のモモ肉のコンフィ、プラチナポークのソーセージ、そして塩漬けにした豚バラ肉を塩抜きしたもの。全てを白インゲン豆と煮込んでいきます。それぞれの肉よりしみ出る旨味。これをインゲン豆が吸い上げる。肉が主役か?豆が主役か?という質問には、豆が主役ですと即答する逸品です。どこからどう撮ってもインスタ映えしない、Benoitらしい美味しい「茶色」の料理です。

 プリ・フィックスメニューのディナーのみ、肉料理の選択肢として追加料金なくお選びいただけます。フランスの歴史を感じながらいただく伝統の茶色の逸品。フランスのレシピより豆の量は1/2、安心してお楽しみいただけるのではないでしょうか。

 

≪スペインより「仔豚の骨付きリブ」がディナーに登場です。≫

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 ヨーロッパの中で、豚の飼育数ナンバー 1の国がスペインです。イベリコ豚の生ハムをはじめ、サラミやソーセージ、もちろん豚肉自体も美味。飼育に適した気候風土、長年培われてきたノウハウによって、世界屈指の豚肉を産する国との名声を博することになったのでしょう。

そのスペインから仔豚のリブが届きました。丁寧に余計な部分は取り除いていき、ハーブをまぶして少しばかりお休みを。仔豚ならでは優しい肉質と脂の甘さを生かすため、必要最低限の短さで鉄板で焼きを入れ、キッチン内の温かい小部屋で休ませます。内包された温かい肉汁を利用して、時間をかけながらしっとりと余熱を使いながら焼き上げる職人技。仔豚ならではの美味しさを十二分にご堪能いただきます。

プリ・フィックスメニューのディナーのみ、肉料理の選択肢として追加料金なくお選びいただけます。

 

≪フランス・ロワール地方、モローさん「Selles-sur-Cher (セル・スュル・シェル)のご案内です。≫

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 ロワール河の中流域は、古城が多くある観光名所。その周りに広がるブドウ畑と広大な牧草地が、彼の地を風光明媚なものへと演出しているかのようです。その牧草地で放牧されているのが山羊(やぎ)。この地域は、フランスで抜群の品質と美味しさ、種類の多さを誇る山羊チーズの一大産地です。

多々ある山羊チーズの中でも、最高傑作だといわれているのが、なんとも発音の難しい「Selles-sur-Cher (セル・スュル・シェル)」。その産地にあり、山羊のスペシャリストとして名を馳せるのがMOREAU(モロー)さんです。

山羊ミルクらしい優しさの中に心地よい酸味、チーズに仕上げた時の、しっとりとした水分を含みながら、きめの細やかな食感。一口ほおばると、かすかな甘みと程よい塩加減が、きれいな余韻となって続きます。切った時の断面の美しさは必見です。さらに、若草が牧草地を輝かんばかりに美しい緑色に染める春。山羊がその春の草を食むことで生み出されるミルクは、一年で一番爽やかな味わいをもっています。そのミルクでモローさんが仕上げたセル・スュル・シェルがBenoitに届いています。

ふつうに食しても美味しいですが、今回は「春」を意識し、後述する熊本県天草産「不知火」と「パール柑」の柑橘のほろ苦さと甘さを生かしたマルムラードとともに。日仏のマリアージュをお楽しみいただこうと思います。ご希望の際にはお気軽にお声がけください。

 

≪「Pulpe de CACAO(ピュルプ・ドゥ・カカオ)」がBenoitに届きました。≫

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 長らくこの飲食の業界に身を置いていますが、 この食材を口にしたのは初めてです。この名前を耳にした時も、味わいがどんなものか全く想像がつかなかったことはもちろん、ホロホロなのかペタペタなのかすら分からず。ただただ、試食した時の想像とのギャップに、さらにあまりの美味しさに言葉を失いました。それは、何か?

「Pulpe(果肉) de CACAO(カカオ)」

カカオの果実はラグビーボールよりも一まわりほど小さな大きさで、画像のように樹から花梨のように実をつけます。外皮はご想像の通り、ガチガチです。この種(たね)は、発酵させ、さらに乾燥させることでチョコレートの原料になることは、すでに皆様ご存知のことと思います。今回は「種」ではなく「果肉」。カカオの果実から5%ほどしか取れない希少なものなのなのだといいます。さらに、通常は「種子」とともに発酵させてしまうため、チョコレートの風味を作る一要素であり、流通することはほとんどありません。「なるほど」と思いつつも、あまりにもこの果実に馴染みのない我々は、大きなカカオ果実のどこが果肉なのか皆目見当もつきません。

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 そこで、ブラジルよりお送りいただいたこの画像。カカオ果実から飛び出しているのは「種子」。それと、「果肉」です。この種子にまとわりついている「白いものが果肉」なのです。どこが果肉かわかったところで、まったく味わいに想像がつかないかと思います。そこで、少しだけ自分の口にした時の感想を書いてみると。ライチのような優しくも甘い味わい、これに続くようにバナナのようなコクのある風味、きれいな甘酸っぱさの余韻は南国のフルーツであることを教えてくれています。「カカオフルーツ」と呼ばれている所以は、美味しい果肉があるからなのでしょう。

 このカカオフルーツそのものの美味しさを、皆様にお楽しみいただきたい。そこで、真っ先に思い当たったのが、北海道のフレッシュチーズ「Brise de mer Faisselle (ブリーズ・ドゥ・メール フェッセル)」でした。爽やかなフレッシュチーズとカカオフルーツが、お互いに美味しさを引き立て合う、まさに「未知なる世界へ誘(いざな)うマリアージュ」を皆様には体感していただきたいと思います。このセットは1,000円で昼夜問わずご用意しておりますが、このblogを読んでいただけた方には800円でのご案内です。フレッシュチーズの入荷数には限りがございます。ご予約の際に、「フレッシュチーズとカカオ希望」とお伝えいただけると幸いです。このフレッシュチーズがどれほどの逸品かは以下をご参照ください。

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≪「ル・ショコラ・アラン・デュカス 東京工房のショコラ ブノワ風」がスタンダードメニューへ。≫

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 2018年4月、「ル・ショコラ・アラン・デュカス」の海外初工房が東京日本橋にオープンいたしました。この日本橋の工房が軌道に乗った今、待ちに待ったショコラがBenoitに届いたのです。購入はカカオ含有率75%と45%のショコラブロックと、カカオ豆をローストして砕いたGrué de Cacao(グリュエ・ドゥ・カカオ)。このショコラを贅沢に使い、8年もの間、Benoitの重鎮のごとくメニューに君臨していた「BENOIT CHOCOLAT/CARAMEL(ショコラとキャラメルのブノワ風)」が、ついに変貌を遂げたのです。

 食感の異なる4層は、下からアーモンドやヘーゼルナッツを加えて仕上げたプラリネをカリっと焼き上げたもの、さくっとショコラのビスキュイ、カカオの風味豊かながら甘さ控えめ濃厚なショコラにクリーム、ほのかに甘さを感じるように艶やかなショコラのシロップ。それぞれが異なる美味しさのヴァリエーションが、口中で奏でられる。さらに、一番下のカリっとしたプラリネの中には、2種類のパリパリとした食感がアクセントを加える。グリュエ・ドゥ・カカオは得も言えぬカカオのほろ苦さを、蕎麦(ソバ)の実は香ばしさをもたらします。ショコラは濃厚だが、全体的に甘さを抑えている分、風味豊かに軽やかささえ感じるように仕上げています。そして口休めに、蕎麦の実をふんだんに使ったアイスクリームを。

 Benoitはビストロなのか?これがビストロのデザートなのか?そのような疑問が脳裏をよぎる逸品に仕上がっています。最後の判断は、皆様ご自身で。ランチでもディナーでも、プリ・フィックスメニューのデザートの選択肢として、追加料金なくお選びいただけます。

 

≪長野県戸隠より、探し求めた最高の「蕎麦の実」がBenoitに。≫

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 新しいBenoitのショコラデザート が、満を持して今月からプリ・フィックスメニューに加わりました。「ル・ショコラ・アラン・デュカス」の工房からBenoitへ納品されたのは、昨年末でした。え?今までの1月ほど何をしていたのか?決してサボっていたわけではありません。シェフパティシエールの田中がフランスのエグゼクティブ・シェフパティシエと協議を重ね、レシピが固まりつつある中で、自分に対して指令が発せられたのです。デュカスショコラに相負けない逸品を探してほしいと。何を?

「蕎麦(そば)の実」

 長野県の戸隠といえば、岩戸伝説で知られている通り、神話の里です。平安から鎌倉時代には、日本三大霊場として栄え、五穀断ち(難行苦行)の修験者たちの体力を支えたのが、栄養豊富な「蕎麦」だったといいます。この地に居を構え、自らも戸隠高原に蕎麦畑を所有し、信州内に契約している農家さんは多数にのぼる。国産の蕎麦の扱いに関してはプロ中のプロです。この時期にあり、画像の蕎麦の実を見ての通り、美しく緑がかった色合いは、鮮度の良さの証です。香り高く蕎麦本来の風味を損なっていない、美味しく食感の心地よさ。この逸品をBenoitへおおくりいただいているのが「おびなた」さんです。

 この「蕎麦の実」無くして、今回のBenoitのショコラデザートは成しえなかったことでしょう。

 

静岡県掛川から直送、赤ずきんちゃんおもしろ農園さんの「紅ほっぺ」。≫

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  栽培地域は、ほぼ日本全土を網羅し、新品種育成を目指し、各都道府県が鎬(しのぎ)を削る。美味なるものであれば、彼の地を代表する品種となります。しかし、この熾烈を極める戦いの中で、全国に名を馳せるにいたるものは、ごく僅か。毎年どれほどの新種が生まれ、淘汰されていったことか。それもこれも、誰しもが愛してやまない「イチゴ」だからなのでしょう。

 みずみずしく、しゃくしゃくの食感。心地良い酸味がイチゴの優しい甘さを引き立てる。甘いだけではない、イチゴの優劣はこのバランスによって決まるように思います。鮮度を維持することが難しいため、収穫は随時行わなくてはなりません。さらに、水分が多いからこそ輸送に耐え得ないフルーツでもあります。Benoitの席数を考えると、一農家さんからの購入では、イチゴの確保がかなり厳しいのです。

 シェフパティシエールの田中が、フランスとのやり取りの中で決まりつつあるレシピを知った時、あまりの驚愕に言葉を失いました。デザートに使用するイチゴの量、一人分がMサイズで約20粒ほど必要であること。さらに、イチゴの品質がそのままデザートの味わいに反映してしまうこと。つまり、高品質のイチゴを、定期的に過不足なく購入し続けなければなりません。

 この難問を、いとも簡単に解決へと導いてくれたのが、静岡県掛川市にて広大な農園を構えている「赤ずきんちゃんおもしろ農園」さんでした。Benoitへ送っていただく品種は、誰しもが知る静岡県を代表する「紅ほっぺ」。サイズ指定も購入量も、担当してくださった方の「大丈夫です」という一言に、どれほど安堵したことか。さらに、届いたイチゴの品質にはただただ脱帽するのみ。豊潤な香りをはなちながら、美しい輝かんばかりの赤い色、口中いっぱいに広がる豊潤な甘さに心地よい酸味、いかに丁寧に育てられた「紅ほっぺ」か。自分のみならず、パティシエチーム皆が「美味しい」と納得の逸品です。

 

静岡県掛川の「紅ほっぺ」をつかった真っ赤なデザートが登場です。≫

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 紅ほっぺMサイズを、お一人様10粒分は半分にカットしてオリーブオイルと塩少々。もう10粒分は、広島県大崎上島の岩﨑さんの瀬戸内レモンとともに、軽く火にかけザルの上に。ゆっくりと滴り落ちる紅ほっぺのジュース。ザルに残ったイチゴは、そのままマルムラードへ姿を変え、ジュースはオリーブオイルが加えられてソースへ。そのままを盛り付ける中に、心地良い酸味とほろ苦さを演出する瀬戸内レモンの皮のコンフィ。さらに爽やかなミルクの風味を生かしたフレッシュチーズのソルベを一番上に。イチゴの調理方法を変えることで、それぞれ違った魅力を引き出すように。

 皆様お察しの通り、「イチゴそのもの美味しさ」が、今回のデザートのポイントになります。だからこそ、彼の地を代表する品種を選び、その中でもこだわりの農園から直送しなければならなかったのです。違った表情をみせるイチゴに、レモンとソルベが加わり、オリーブオイルを加えたイチゴジュースをそそぐ。一つの器の中で、それぞれが奏でられた時、このデザートが皆様を「口福な食時」へと誘(いざな)うことになるでしょう。

 プリ・フィックスメニューのデザートの選択肢の中で、ランチ・ディナーともに+1,000円にてお選びいただけます。

 

熊本県を代表する柑橘「不知火」」が天草より直送です。≫

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 熊本県の天草の島々を横断する道のりは、別名「柑橘ロード」とも呼ばれ、周辺では多くの柑橘フルーツが植樹され、美味なる逸品を世に送りだしています。その中でも、画像のフルーツこそ、彼の地を代表する柑橘でしょう。「デコポン」と皆様お思いかもしれませんが、これは「不知火(しらぬい)」です。

 不知火とデコポンは、これほどまでに酷似している姿にもかかわらず何が違うのか?実は同じといえば同じもの。「不知火」の品種の中で、JAが定めた糖度と酸度をクリアしたものが「デコポン」です。では「デコポン」が優良品種なのか?そうとも言えますが、そうでないとも言えます。この2つの名称を、数値によって分けることは、我々消費者には分かりやすく、斬新な試みだと思います。だからといって「不知火<デコポン」ではありません。消費者から見れば、デコポンの方が品質に安定感がある。しかし、不知火の中には、デコポンを凌駕する品質のものもある、ということです。

 熊本県の天草は、「不知火」発祥の地。数々の失敗を繰り返し、自然の辛酸を舐め、淘汰され、生み出された品種です。彼らには不知火を世に生み出したプライドがある。だからこそ、中途半端な不知火は出荷いたしません。天草の柑橘を購入し始めたのは3年前。これほど暖秋暖冬の影響下で、毎年安定感のある「天草の不知火」の美味しさには、ただただ驚くばかりです。熊本県産「デコポン」も市場にあります。ここで、ひねくれものの自分がふと思う。「不知火」発祥の地でもある熊本県天草で、「デコポン」を名乗る理由が見つからない。言い換えると、熊本県産で「デコポン」名乗るには、何か理由がある。不知火として勝負する自信がないためにデコポンの名を利用するのか?何はともあれ、天草の不知火は美味であることに間違いはありません。

 

≪まだまだある、熊本県の柑橘「パール柑」が天草より直送です。≫

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 3年ほど前から、自分が「フルーツの」食材探しを本格的に始めました 。いろいろ試行錯誤する中で、身近な同僚に相談してみようと考えたのです。Benoitがそこそこ大きなレストランなため、地方から上京している仲間が多くいます。そこで、熊本県出身の仲間に、「今の時期で熊本県特産の柑橘はないかな?」と聞いたところ、「不知火ですかね。特に他には思いつきません」と。苦心に苦心を重ね、探し求めた逸品です。Benoitに届いたとき、あまりの嬉しさに熊本県出身の仲間に「ほら、届いたよ」と自慢する。すると彼の返答は「あ!パール柑じゃないですか」と。知ってるのであれば教えてくれよ、と思うものの、彼にとってあまりにも身近な柑橘だけに、特産だとは考えなかったようなのです。そう、自分の聞き方が間違っていた。「いつもどんな柑橘をこの時期に食べているの?」

 かつて、日本原産の柑橘フルーツのことを、「橘(たちばな)」と総称していました。一年を通して緑美しい丈夫な葉を成すことから、不老長寿の象徴でもあったようです。その中で大きな実を成すことから名付けられたのでしょう、文旦(ぶんたん)と同じ種に属する、「大橘(オオタチバナ)」です。熊本県の宇城・天草地域の特産で、「天草文旦」とも呼ばれていますが、現地では天草列島と九州本土とを結ぶ天草五橋(パールライン)にちなみ、「パール柑」という名前で親しまれています。輝くような黄色のぽちゃっとしたまん丸の可愛い姿をしており、グレープフルーツを想わせるような爽やかさ、甘さと酸味の見事なまでのバランス、特筆すべきは放たれる芳しい香りです。心地よく爽快な黄色い柑橘特有の香りは、手の取った指にまで残るほど。今まさに旬を迎えている熊本県を代表する逸品が、熊本県の天草からBenoitに送られてきています。

 

≪「不知火」と「パール柑」で至高の柑橘デザート。≫

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 今まさに旬を迎えている、 熊本県を代表する柑橘「不知火」と「パール柑」を惜しげもなく使用し、冬眠気味の我々の体を目覚めさせてくれる今の時期ならではの至高の逸品。今回は、イタリアンメレンゲを軽やかにぱりっと焼き上げたものとアーモンドのシャーベット、これ以外は全て熊本県天草から届いた柑橘のみ。メレンゲを使うことで、デザートの名称は「ヴァシュラン」です。

 不知火とパール柑色味の違う果肉と果皮は、見た目にも美しいばかりではなく、味わいや香りの違いを生み出します。それぞれの果実はそのままに、果皮は甘さ控えめのシロップで煮るようにコンフィへ、さらに果肉と果実をつかって甘ほろ苦いマルムラードへ。さらに、果汁を絞り、そこへ果肉と果皮を加えて仕上げた、輝かんばかりに美しいオレンジ色を放つシャーベットは、今回の特選食材2種類の柑橘の魅力を凝縮したかのよう。余計な甘さは一切なし。アラン・デュカスの料理哲学は、素材を厳選し、その素材の持ちうる香りと味わいを十二分に引き出し、表現すること。旬の柑橘のもつ「甘さ」「酸味」「苦さ」が、見事なまでのハーモニーを奏でることで、ひとつの作品へと仕上がります。熊本県天草がはなつ「春の魅力」を我々に教えてくれることになるでしょう。

 プリ・フィックスメニューのデザートの選択肢の中で、ランチ・ディナーともに+800円にてお選びいただけます。

 

≪ミュージックディナー「三味線プレイヤー 史佳」のご案内です。≫

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 津軽三味線の楽曲の原型は新潟県にあるといいます。それがためなのか、初代高橋竹山師の竹山流津軽三味線を正しく継承していこうと「新潟高橋竹山会」が誕生し、今は二代目会主の高橋竹育さんが100名近い会員を束ねています。その高橋竹育さんを母にもち、さらに師匠として9歳より三味線の世界に入りました。音の響きを大切にする「弾き三味線」を得意とし、古典を大切なベースとしながらも、伝統芸能の枠を超えた新しい「ニッポンの音楽」を求め、国内外の演奏活動・公演活動を行っている三味線プレイヤー「史佳 Fimiyoshi」さん。2019年10月5日にカーネギーホールでの演奏が決まっています。その前にBenoitで奏でます。前哨戦?いえいえ、史佳さんは本気です。

Benoitミュージックディナー 「三味線プレイヤー 史佳Fumiyoshi ≫」

日時:2019612()18:30より受付開始 19:00開演

会費:18,000(パフォーマンス・ワイン・お食事代・サービス料込、税別)

※ご予約を受け付けております。電話もしくは、Benoitへメールにてご連絡をお願いいたします。質問などございましたら、何気兼ねなくお問い合わせ、もしくは返信をお願いいたします。

≪史佳Fumiyoshi プロフィール≫

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≪余談ですが、2019年の「干支」のお話です。≫

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 古代中国の賢人の英知の結晶でもある「干支」。なぜこの漢字なのか?もちろん、自分は占い師ではなく、漢字の語源から読み解いてみたものです。添付の画像は、今年早々に撮影したものです。そして、ブログの中には昨年の初夏の画像。なぜ「ユズリハ」を干支の話で選んだのか?この理由も理解していただけるはずです。

kitahira.hatenablog.com

 

 3月21日に、太陽が顔を出す時間と隠す時間が同じになる、季節の分岐点「春分」を迎えます。太陽の周期を基本に組まれたのが、今使用しているグレゴリオ暦。人類の英知の結晶でもありますが、人間が勝手に利便性を数字にあてはめているため、太陽がそういうことを聞いてくれるわけではありません。太陽は365日ちょっとで太陽の周りを1周します。そこで閏年がでてくるのです。そのため、日本の祝日のなかで、振替休日を除き、唯一変動するのが「春分の日」です。とはいえ、ほぼ21日、たまに20日ですが。この春分を中日とし、前後3日間が彼岸(春の彼岸)です。「暑さ寒さも彼岸まで」とはよく言ったもので、いま少しこの寒暖の差と上手に付き合っていかなければなりません。

 見方を変えれば雨もまた風情のあるもの。「春雨じゃ、濡れてまいろう…」という名台詞もありますが、やはり濡れては風邪のもとです。天気予報を参考に、傘の準備を怠らず、春を愛でながらの散策をお楽しみください。などもまた一興かと。桜の花をはじめ、春の花々が皆様をお出迎えしてくれると思います。

 

いつもながらの長文を読んでいいただき、誠にありがとうございます。

末筆ではございますは、ご健康とご多幸を、イノシシ(風水では無病息災の象徴)が皆様をお守りくださるよう、青山の地よりお祈り申し上げます。

 

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬

www.benoit-tokyo.com

下関物語「唐戸市場」への想いを込めて

めづらしや 垣ねにうゑし すはえぎの 立ち枝に咲ける 梅の初花  源仲正(なかまさ)詠

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 梅の樹は、主幹となる、太い本体となる幹から梢(こずえ)と呼ばれる細い枝を垂直に天を目指すかのように多く伸ばします。それも思いのほか多く。そのため、剪定をしなければ、見るも無残な樹形へと変貌してしまい。対する桜の樹は、剪定を行うと、樹が枯朽してしまいます。そこで生まれたのが、「桜伐(き)る馬鹿 梅伐らぬ馬鹿」です。この梅のひゅんひゅんと伸びる梢を「すはえぎ」と呼ぶようです。今では、梅に限らずこのような枝のことを「ずわえ」と。
 専門家ではないので、自分の考えが間違えているかもしれないことを念頭に。華道の世界では、流儀によって異なることと思いますが、枝と枝とが交錯する様を禁忌とすし、細い枝を垂直に押し立てる「天指す枝」を忌み嫌うのだといいます。これを活ける際に、「見切る」のです。ところが、梅のみは例外で、まっすぐ伸びた「すはえぎ」を1本か2本、天を指すように曲枝と交差するように活けるといいます。このほうが、花型に梅らしさが生じるのだと。完璧な整形には美は宿らない。梅の樹の剪定には、細心の注意を払わなければならない。華道の達人をも唸らす「見切る」技を要する、きっと職匠もそう心得ているはすです。
 さて、冒頭の仲正詠へ。剪定された「すはえぎ」は、立ち入り禁止を伝えようと「垣ね」としてご本人が植えたのか、はたまた誰かが植えたのか。地に挿して垣ねとして立ち並んでいる「すはえぎ」が、通常であれば枯死しているはずなのに、芽吹きいるではないか。品種改良していない梅の樹は、「白梅」が先に花開きます。きっと、初花とは白いはず。立ち入り禁止を意図する「すはえぎ」に、人を惹きつけるかのように花開く白梅だった。
 平治の乱でと刃を交えた源義朝平清盛に敗れ去り、彼を父に持つ源頼朝は、まだ幼子であったため伊豆へ流されました。後に、彼が平氏を滅ぼし鎌倉幕府を開府することになろうとは、微塵にも感じなかったことでしょう。この戦によって、平清盛時代の寵児となり、平氏の興生を導きます。その勢いは孫の安徳天皇が即位するまでにいたり、これを機に、後白河天皇の第三王子である以仁王(もちひとおう)が清盛打倒に動きだします。以仁王が頼りにしたのは頼朝とは別の流れをくむ源氏、源頼政(よりまさ)でした。源頼政が、諸国の源氏以仁王(もちひとおう)から手に入れた令旨(りょうじ)を回覧、天下を掌握する平清盛を打倒しようと立ち上がったところから、源平の争乱は始まったのだと言われています。
 「以仁王の挙兵」にて散った頼政は、文武両道の賢才な人物だったようで、平氏側には寝耳に水のごとく。平清盛によって官位を得ていくという厚遇を受けながら、平氏の横暴に耐えかねたのか。真相は頼政にしか分かりません。その頼政の父親が、冒頭の歌を詠んだ仲正です。立ち入り禁止の垣根に、人を誘(いざな)う白梅の花。花は以仁王の誘いであったのか。誘いに乗ることで、身を亡ぼすことを予見していたのか。親だからこそ感じ取った頼政の行く末を、懸念して詠んだものなのか。歴史を知ることのできる後世だからこそ思う、意味深長な31文字。

 

 「祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)の鐘の声 諸行無常の響きあり 沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらわす。」この有名な語り出しで始まるのは「平家物語」。平清盛の生涯ではなく、平氏の栄華と没落までを描いた物語です。多少の脚色はあるものの、要所要所で出演してくる多才な主人公に、人情に惹き込まれてしまう見事なまでの生き生きとした語り口。この物語の後半は、「以仁王の挙兵」は失敗に終わりましたが、これによって始まった治承(じしょう)・寿永(じゅえい)の乱、そう、源平合戦の火蓋が切って落とされたのです。

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 数々の戦の中での人間模様、葛藤や死生観を描きながら、京都から西へ西へと向かう。そして、源平最後の合戦となる、本州と九州が最も近づく関門海峡の最狭部である「壇ノ浦」へ。関門橋が架かっていますが、総長が約1,000mなので、どれほど狭いかがお分かりいただけるのでしょうか。日本海と瀬戸内海を結び、先には太平洋が広がります。この海峡がどれほどの難所であるかは、皆様のご想像の通り。平家終焉を迎えることになる、壇ノ浦の戦いが、どのようなものだったのか。潮流が勝敗を左右したともいわれていますが、定かではありません。全ては遠い歴史の中に埋もれてしまったもの。ただ、平家物語のように、数々の人間ドラマがあったことは間違いないでしょう。

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 さて、この関門橋山口県側のたもとには、壇ノ浦漁港があり、潮流激しいながらも好漁場であることから、大いに賑わいを見せています。さらに本州最西端を目指し、南西へと向かうと、下関市役所にほど近い場所の海沿いに、ひときわ大きな市場が登場します。「本州最西にある庶民の台所」とも呼ばれている「唐戸市場(からといちば)」です。

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 山口県下関市は、陸路・海路の中継地として、かねてからの要所という位置付けづけだったようです。さらに、外国船の立ち寄り関所もあったため、おおいに刺激のある風土だったのでしょう。明治後半に建築された英国領事館は、現存する日本最古の異人館として、当時の様子を感じ取ることができます。
 商船の行き交う港町の下関は、明治時代の頃に、日本銀行の支店が、そして大手地方銀行の本店が立ち並ぶ、西日本最大規模の金融街としての地位を確立しました。人の集まる場所には、自然と商売の品々が集い、規模の大小はあれ、「市(いち)」が形成されることになります。唐戸町にある亀山八幡宮では、野菜や果物といった生鮮食品の市場が開かれ、さらに隣町である阿弥陀寺町には、鮮魚や干魚といった四十物(あいもの)を扱う物品問屋組合が組まれ、知事の許可を得た市営の魚市場へと成長していきます。
 1924(大正13)年になると、阿弥陀寺町にあった市営市場は唐戸市場と合併し、「唐戸魚市場」が誕生します。1933(昭和8)年には規模を広げ、青果部、バナナ部、鮮魚部、雑部の4部門を抱える「下関市唐戸魚菜市場」が開場。通常、市場は業者向けの卸しとしての機能を担っていましたが、ここは一般の方々も購入できるという市場としての先駆けとなった場所です。1971(昭和46)年の卸売市場法の制定により、2年後に「下関市地方卸売市場」へと改名。後に、さまざまな立地環境を考慮し、青果卸売部門は勝山地区へ移転することになり、唐戸の市場は「下関市地方卸売市場唐戸市場」と改名。平成13年2001(平成13)年に、ショッピングセンターが加わることでリニューアルされ、今に見る下関有数の観光スポットとして、「唐戸市場」の名で親しまれています。

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 この「下関市地方卸売市場唐戸市場」(以下は「唐戸市場」)は、内海のみだったフグの漁場が広がり、水揚げされるフグの量が増えると、唐戸市場ではさばききれなくなり、フグを扱う市場を新設する必要に迫られました。そこで、本州最西端の彦島に「南風泊市場」を新設。ここに全国で唯一、フグ専門の市場が誕生いたしました。全国で水揚げされた約8割の天然フグが、さらにフグの養殖場が多く存在する九州からも多くの養殖トラフグが、この南風泊市場を通って出荷されていきます。遠方で漁獲されたものをわざわざ集積させるのは、効率が悪いように思いますが、「扱う魚がフグ」であるがために、下関という地が選ばれたようです。まさに「フグの玄関口」です。
 猛毒を持つフグは、捌くのに専門の資格を必要とします。以前から下関には熟練のフグ料理人が集まり「下関で調理されたふぐは安全」と、信頼されていました。その長年培われてきたフグ調理のスキルは全国から注目され、惜しみなく伝承されていったのです。このノウハウは、資格制度が確立された今も途絶えることはなく引き継がれ、全国で最も多くのフグ調理人が南風泊市場に集まっています。さらに、除去した有毒部位を処理する体制が整った場所でなければなりません。南風泊市場には、フグを捌く大きな共同工場が隣接しているのです。そして、トラフグの産卵地である玄界灘沖や瀬戸内海西部沿岸に近く、東シナ海日本海、瀬戸内海とフグ漁場として名立たる海域に囲まれた地の利があることも忘れてはいけません。
 フグがフグだけに、他にはない特別な市場が必要だった、そう人々が切望するからこそ、人々が集う下関の唐戸市場に「フグの市場」が誕生した。しかし、時代を追うごとにフグの美味しさが日本全国に知れ渡り、養殖技術の発展とともに取扱量が増してゆく。そこで、新たにフグ専門の市場を開場しようと白羽の矢が立ったのが、彦島の「南風泊市場」でした。「フグは喰いたし命は惜しし」、美味しい食材なのは分かるが、除毒しなければならない。フグの種類のよっては毒の部位も違うし、美味しさの優劣も出てくる。この地は、全国で最も多くの熟練したフグ処理師が集うのと同時に、他には類を見ない特別な目利きをもった仲卸人をも育て上げていったのです。

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 海の恵み豊かな下関だからこそ、魚市場は3つあります。フグ専門の卸市場「南風泊市場」、養殖魚の鮮魚の「相対売り」と環境客を対象とした市場を併せ持つ「唐戸市場」、そして一般鮮魚を扱う「下関漁港市場」。これらの市場に集められた魚は選別され「競り」にかけられます。「競り」とは市場に集まった商品の値段を決める取引のこと。このそれぞれの市場で、仲卸人が競り落とした魚介類が、全国の卸売市場へ出荷されていくため「プロ中のプロ」としての優れた目利きが必要になります。そこで、今の唐戸市場が2001年に新設されると同時に、「下関唐戸魚市場仲卸協同組合」が設立されました。
 それぞれの市場で「競り」に参加できるのは、多様な項目をクリアし山口県下関市から認可を受けたこの「下関唐戸魚市場仲卸協同組合」の24社のみ。特にフグという猛毒をもつ特殊な魚を扱うにあたり、この組合に登録されている現22社(2社はフグを扱いません)でないと、南風泊市場でフグを仕入れることができません。「フグと言えば下関」とイメージされる自信と誇りを胸に、フグの発信地としての信頼を守り、下関ブランドを揺るがないものへと確立するために、認可された仲卸人しか参加できないのです。今回Benoitがフグの購入でお世話になっている、道中さんも、もちろん認可受けた1社です。自ら競り落とし、身欠きにし、その日の昼過ぎにはBenoitへ送り出す。抜群の鮮度を維持しながら届くフグが美味しくないわけがありません。

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 日本全国から南風泊市場へフグが集まる流通体制は、仲卸人の目利きに磨きをかけさせ、「下関ふく」とブランド化できるほど、確固たる地位を確立しました。そこで、2004(平成16)年に南風泊市場で水揚げされ、組合員が取り扱うフグのみに付けられる「本物の下関のふく」の証が特許庁に商標登録されました。山口県では「フグは福招く魚」であるとして、「ふく」と呼ぶこととで、縁起を担いでいます。

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 唐戸市場には、多くの鮮魚に並んで、多くフグが並んでいます。下関ではフグは「ふく(福)」と呼んでいます。この広大な敷地のどこかに、「フクマネキン」(福招金)の像があるのだとか。それ相応の大きさらしいのですが、広大ゆえに見つけることが難しいといいます。市場スタッフに聞いても、鮮魚情報は快く教えてくれるにもかかわらず、「フクマネキン」には口をつぐむ。ガイドブックへの記載もなし。だからこそ、見つけた時の喜びは一入。その福招金には、皆様へのメッセージが添えられています。「僕はフクマネキン(福招金)。唐戸市場のマスコットです。僕の顔をなでれば、ご利益があるかもよ。一緒に写真に写れば開運の始まりです。いつでも唐戸市場で貴方をまっています。」と。

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 今回、Benoitと道中さんの懸け橋となっていただいたのが、グルメリポーターの菊田あやこさんです。山口県下関市の出身だと伺い、自分の食材探しを助けていただきました。下関はもちろん、山口県にさえ、足を踏み入れたことの無い田舎者の自分が、知りえる縁ではありません。菊田さんより、皆様へコメントをいただきました。
「1949年創業、下関唐戸市場ふぐ専門店の道中さん。昨年他界されたオヤジさんには可愛がっていただきました。帰省の折に会う温かい眼差し、楽しい会話に故郷の愛を感じていました。 いま週末に観光客で大人気の唐戸市場の寿司! これを最初に手掛けたのは道中のおじちゃん!大当りして、どの店もこぞって寿司や食べ歩きの旨いもの、を並べ始めこんにちの賑わいとなっています。道中のおじちゃんの熱意が、全国・海外からのツーリストに伝わり下関の宝物を大発信しているのです。おじちゃんのDNAを引き継いでる息子さん、美人姉妹さんをBenoitさんに繋げることが出来て幸せです。」
 幸せなのは、自分のほうです。どれほどのご尽力を賜ったか、この場をお借りしまして御礼申し上げます。残念ながら、自分は道中さんのお父様とお会いすることはできませんでした。どれほど唐戸市場から人の姿が消えてゆくのを嘆いたことでしょうか。誰よりも下関を愛し、自分の仕事を天職と決め、唐戸市場のことを想っていたことか。幼き頃の菊田さんは、唐戸市場をルンルンとスキップをしていたのだといいます。彼女がグルメレポーターとして独り立ちできた背景には、市場で当たり前に見ていた海からの贈り物があったため、目も舌も養われたのだと。そう、子供たちへ、本物を遺してゆきたい。だからこそ、一人の力でも何かをしなければいけないと心に決め、菊田さんが見ていたような、ピチピチ跳ねるシャコや青魚、もちろん河豚(ふぐ)!が並ぶ場内に活気に満ち溢れる、そのような唐戸市場の復活を切望したのでしょう。

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 この話を書いている折に、一枚の写真に気付きました。下関市役所からいただいた「唐戸市場」での一コマ。前列中央の貫禄のありながら笑顔が素敵な男性が、Benoitを訪問くださった道中さんに似ていないか?と。人と人とは会うべくして出会うもので、その機会を生かすも殺すも自分しだい。心躍る心地を抑え、菊田さんに確認のメールを送りました。唐戸市場が直面する数々の苦難の壁を乗り越え、今の名声を得るにいたる立役者、道中さんのお父様と出会えたのです。写真という形ではありましたが、偶然にも、自分の手元に届いていたのです。どれほど唐戸市場への愛を、笑顔で語ってくれています。まだまだ遣り残したことは多々あったかともいますが、その想いは息子さんが引き継いでくれていることでしょう。まだ悲しみが癒えない中で、Benoitでお会いできた道中さん。しかし、目の奥底に宿る決意のほどは、お父様譲りなのでしょう。この出会い、大切にさせていただきます。皆様におかれましても、「魚介」を通して道中さんの思いのたけを感じ取っていただけるはずです。下関をご旅行の予定がございましたら、「唐戸市場」を、もちろん「道中」をご訪問いただけると幸いです。

 

 平家物語が、史実を鑑みながら多少の脚色がんされることで、後世にまで語り継がれる「平家の栄枯盛衰物語」に仕上がっています。個性豊かに描かれた登場人物に惹き込まれる、感情移入してしまい涙腺がゆるむ、そして大いに考えさせられる壮大な物語。この物語は、平清盛が主人公ではなく、あくまでも平家の栄華を築いた一人として描かれ、清盛の死後に平家が転落の道を歩んでゆく源平合戦の模様が、後半を引き継いでいます。
 物語後半に脚光を浴びるのが平清盛の跡を継いだ宗盛と、サポート役に徹した知盛、この平家一門を支えた清盛の息子たちです。1183年、源義仲の進行を受けた宗盛たちは、安徳天皇建礼門院を奉じて、平家一門を率いて都落ちをします。九州、瀬戸内海を転々とし、一時は兵庫県神戸市の、清盛が遷都を画策した「福原」まで盛り返したものの、義経軍の猛攻に遭い、軍事拠点であった「一ノ谷」を失い、そして香川県の「屋島」に築いた御所も追われました。西へ西へと向かう中で、平氏は下関の彦島に陣を張り、源氏を迎え撃たんとします。時は1185年、ついに「壇ノ浦の戦い」を迎えることになります。序盤は海戦を得意とする平氏が有利に戦いを進めるも、時の趨勢は源氏を選びました。

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 平家物語の中では、「壇ノ浦の戦い」を迎える際に、知盛が不安材料を無くすため、怪しい動きのある重能の処分を主張するも、重鎮であるがゆえに宗盛は許しません。結果、壇ノ浦の戦いにて、重能が裏切ることで、源氏方に平氏の作戦が筒抜けになることに。都落ちの際にも、知盛は京都で源義仲を迎え撃つことを主張するも、宗盛は一族討ち死にの危険性を回避すべく、さらに京都を流血の惨事に巻き込まないことを望み、京都を離れます。知盛の冷徹な分析力と積極性のある行動力。対して、宗盛の凡庸さに判断力の甘さ、受動性が、対照的に描かれています。知盛が弟ゆえに補佐役であったことで、類まれなる彼の指導力が発揮されませんでした。そして、宗盛の無能さが平家滅亡を早めたのだと語られています。
 「壇ノ浦の戦い」の勝敗は決し、敗北を確信した平知盛は、罪作りな殺傷は控えよとの下知を飛ばします。平教盛(のりもり)と経盛(つねもり)兄弟は、平清盛の弟たちで平家を支えてきた重鎮です。二人は碇(いかり)を背負い、手を組んで入水しました。能の「碇潜(いかりかづき)」や、歌舞伎や文楽の「義経千本桜」で、知盛が海に飛び込むときの装いです。その原型が、この兄弟の入水場面にありました。この平教盛の息子である教経(のりつね)は、平家の中でも一二を争う剛の武将、せめて源氏の実質的な指揮官でもあった源義経に一矢報いようと、義経の船に乗り込み詰め寄ります。しかし、ひょいひょいと舟を移り渡り、すでに八艘先へ。これが世にいう「義経の八艘跳び」です。にじみ出る悔しさを隠し、両脇に源氏の兵士を抱えたまま教経も入水します。

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 ≪新中納言知盛卿、小舟に乗って御所の御舟(おんふね)に参り、「世のなかは今はかうと見えて候。見苦しからん物共、みな海へいれさせ給へ」とて、艫舳(ともへ)にはしりまはり、掃いたりのごうたり、塵拾ひ、手づから掃除せられけり。≫戦いに破れしも、平家一門の「心意気」と武人としての「潔さ」が、この行動をとらせたのでしょうか。
≪女房達、「中納言殿、いくさはいかにやいかに」と口々に問い給へば、「めづらしきあづま男をこそ御覧ぜられ候はんずらめ」とて、からからとわらひ給へば、「なんでうのただいまのたはぶれぞや」とて、声々にをめきさけび給ひけり。≫ 知盛は、無意味な慰めの言葉などは語らず、ただただ現実を伝えるのみ。二位尼(にいのあま)時子(清盛の妻、建礼門院徳子の母、安徳天皇の祖母)は全てを悟りました。
今ぞ知る みもすそ川の 御ながれ 波の下にも みやこありとは
 「今だからこそ知りましょう。この身も御裳濯川(みもすそがわ)のある、伊勢平氏の御嫡流であることを。この波の下にも、あなたがお治めになる都がございます」と、満7歳になる安徳天皇に語りかけたという辞世の句です。御裳川(みもすそがわ)は、壇ノ浦へ流れ込む小さな川の名です。そして、伊勢神宮の神域に流れる五十鈴川(いすずがわ)の別名が御裳濯川(みもすそがわ)。漢字一字が違いますが、同じ読み方をします。今滅びゆく平氏一門は、五十鈴川に縁の深い伊勢平氏です。二位の尼時子は、安徳天皇を抱き、三種の神器の剣と神璽(しんじ)を身につけて入水します。そして、安徳天皇の母である建礼門院徳子も後に続きます。
 ≪新中納言、「見るべき程の事は見つ。いまは自害せん」とて、めのと子の伊賀平内左衛門家長を召して、「いかに、約束はたがふまじきか」と宣えば、「子細にや及び候」と、中納言に鎧二領着せ奉り、我身も鎧二領着て、手をとりくんで海へぞ入りにける。≫ ここに治承・寿永の乱最後の合戦となった「壇之浦の戦い」が終わりを迎え、栄華を極めた平家一門が滅亡へとひた向かうことになります。

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 壇ノ浦の海岸沿いに「みもすそ川公園」があります。前述した御裳川の河口はこの公園の下を通り関門海峡へと流れ込んでいるといいます。ここに飾られている、源義経平知盛の2体の像。ひらりと身をひるがえし船から船へと飛び移る義経と、碇を担ぎ、義経を無念極まりない目で追う知盛。二人がこのように対峙したかはわかりません。平家物語を見るに、知盛の聡明さは、怒りにまかせて碇を担いで義経と対峙するとは考えられません。平教盛と経盛が碇(いかり)を背負い、手を組んで入水する。教盛の息子である教経が義経を追い続けるも断念を余儀なくされ海へと沈む。知盛も鎧を2領身にまとい、乳兄弟となる平家長とともに海へ入って行く、そう平家物語は教えてくれる。この知盛像は、平氏の無念の想いを一手に担い体現された姿なのでしょうか。

 下関の唐戸市場にほど近い、阿弥陀寺町。名前の示す通り、「阿弥陀寺」が、彼の地の存在していました。江戸時代までは「安徳天皇御影堂」と呼ばれ、壇ノ浦で入水した安徳天皇を仏式に祀(まつ)られ、今でも安徳天皇阿弥陀寺陵(あみだじのみささぎ)を見ることができます。

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 さらに、ここには壇ノ浦で敗れた平家一門の合祀墓があり、二位尼時子をはじめ、知盛はもちろん、教盛と経盛、そして教経と名を連ねます。その中に「盛」の付く名前が7つあるため、「七盛塚」と名付けられ祀られています。

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 この阿弥陀寺、残念ながら今はその名は地名のみ。明治政府が神道を国家統合の基幹と定め、神仏分離を画策したことで、過激な「廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)」の動きが活発化しました。そのため、阿弥陀寺は廃されることなるも、安徳天皇を祀っているからこそ、下関に残したい。そう切望する地元の人々が存続を可能としたのでしょう、神社へと変貌を遂げることで「赤間神宮」として存続することとなります。その際に建立された神門は、見事なまでに人目を惹く美しい姿、まさに竜宮城を想わせます。「波の下の都」をお治めしている安徳天皇を偲び、建立されたようで、安徳天皇が水天宮の祭神として祀られていることから「水天門」と名付けられたようです。

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 さて、平家物語壇ノ浦の戦いが最後ではありません。平家の武将たちの最後が語られ、最後は建礼門院徳子の一期(いちご)を終えるところで、この物語は終わりを迎えます。前述したように、安徳天皇二位の尼時子が入水するのを見届け、安徳天皇の母である彼女も後に続きました。しかし、源氏の兵士に引き上げられ、一命をとりとめたのです。生け捕りの20人ほどの男共と40人ほどの女房たちは京都へ送られ、男共には厳しい沙汰が下されるも、女房は皆が無罪放免となります。しかし、もとの絢爛豪華な生活など望めるわけはなく、隠棲し粛々と時を過ごすことになります。愛する我が子を目の前で失いながら、なぜ建礼門院徳子は、自害せずに余生をまっとうしたのか。
 当時、権謀術策うずまく宮廷内において、言われなき嫌疑がかけられ処刑された者、謀反を企て身を亡ぼす者、時代が時代だけに、戦(いくさ)によって命を落とす者も多かったことでしょう。男共は間違いなく短命だったはずです。そこで、残される女房たちには、先だった男共の菩提を弔い、極楽浄土へと導かなくてはならなかったのだといいます。勝手気ままに先立つ男共のなんとも身勝手な言い分か。それでは、残された女房自身は自らの弔いを誰に託せばよいのか?自ら仏に祈り願い続けることでのみ、極楽浄土へいけるのだと。
 建礼門院徳子が全てを失った時、自害したほうがよほど楽だったような気がいたします。しかし、彼女はしなかった。二位尼時子が入水する時に、平家一門の菩提の弔いを託したからという話もあります。彼女が実際にはどのような考えだったのか、まったく分かりません。ただ、平家物語の中の彼女は、死を覚悟しながら自害する勇気がなかったわけではなく、愛する我が子である安徳天皇をはじめ、平家一門の菩提を弔わんがために、生きながらえたのだと思うのです。真相は定かではありません、皆様のご想像にお任せいたします。
 隠棲の中で、仏門に入り、祈りを捧げる日々。平家物語の終巻では、後白河法皇が大原寂光院建礼門院徳子を訪問する「大原御幸(ぎょこう)」の場面を迎えます。彼女は法皇に「六道の沙汰」を涙ながらに説きました。自分の辿ってきた生涯を、生きながら平家の栄華から滅亡までの六道輪廻(天上・人間・阿修羅・畜生・餓鬼・地獄)になぞらえて振り返ってみせたのです。≪さるほどに寂光院の鐘の声≫が日暮れを知らせ、法皇は還幸(かんこう)されました。想いのたけを語れたことで安堵したのか、はたまた古き良き時を懐かしんだのか、涙にくれながら仏様の前で祈りを捧げていた時、山不如帰(ヤマホトトギス)が奏でながら寂光院を飛び去った、そしてこう詠んだのだといいます。
いざさらば 涙くらべん ほととぎす 我も浮き世に 音をのみぞなく 建礼門院徳子
 「祇園精舎の鐘の声」から始まった平家物語は、「寂光院の鐘の声」で終わりを迎えました。平家の栄華盛衰を、数々の人間ドラマを通して描いたこの物語は、今なお多くの人々に共感を与え、考えさせられ、色褪せることはありません。そして、建礼門院徳子が最後に六道輪廻を後白河法皇に語る内容が、この物語の総集編ともいうべきもの。そして最後に「ホトトギス」。今では渡り鳥であることが周知されているホトトギスですが、昔々は山にこもり5月頃に里に下りてくるとのだと考えられていました。「ヤマホトトギス」と書くのもこの考えからで、同じ鳥です。この鳥の初音を耳にする時期は田植えの時期なので、そのタイミング教える鳥ということで「時鳥」として親しまれています。この物語では、時鳥ではなく別の漢字で「不如帰」と書き記しています。「不如帰」は「帰ることができない」という意味。最後の最後で、建礼門院徳子は皆様に問いかけている気がいたします。

 

末筆ではございますは、ご健康とご多幸を、イノシシ(風水では無病息災の象徴)が皆様をお守りくださるよう、青山の地よりお祈り申し上げます。

ビストロ「ブノワ(BENOIT)」 北平敬
www.benoit-tokyo.com